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   <title>小川順子の不眠日記</title>
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   <title>追悼忌野清志郎</title>
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   <published>2009-05-05T00:45:38Z</published>
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   <summary>5月3日 昨日、清志郎が死んだ。 癌だったので、いつかこの日が来ることはわかって...</summary>
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      5月3日
昨日、清志郎が死んだ。
癌だったので、いつかこの日が来ることはわかっていた。
58歳。まだ若い。

清志郎に恋をしたのは、小学校五年生の時。
はじめて、自ら雑誌の切り抜きを集めまくり、こつこつためた小遣いでアルバム(RCの)を買いそろえていったミュージシャンである。
それまでは、なんとなく兄や周りが聞いている音楽を自分も一緒に「好きだ」と思っていたのだが、今から思えば、誰が何と言おうとRCがそして清志郎が好きと公言した最初のミュージシャンだったと思う。
今でも、当時集めた切り抜きはきれいに保管されて手元にある。
ファンになった当時すでに絶版になっていた写真集？も、古書屋をまわって探したこともよく覚えている。
当時は、ネットもブックオフない。
レコード屋や中古レコード、古本屋をめぐるきっかけは、RCへの狂熱的な思いだったかもしれない。
あの奇抜なファッションを真似しようとしたし、まわりが「たのきん」などのアイドルに奇声をあげていたのを尻目に、RCのファンクラブに入り、ステッカーをカンぺ（懐かしい）の裏に貼って、こっそり授業中にそれを見ながら夢想に耽っていた小学生。
ませていたというか、あほな子やった。
もちろん、その後は一筋にならず、他のミュージシャンに興味が広がっていった（うつった）。年を重ねることで、世界が広がっていったからである。
だが、清志郎熱が少しさめた原因の一つは、シャイであまりメディアに出ないという独特のスタンスが好きだったのだが、ある時期からメディアへの進出率が急激に高まったことにある。
なんとなく必死で情報を集める必要がなくなり、RCの活動よりも清志郎を含め、メンバーのソロ活動が高まり、それらも自然とある程度すぐにキャッチできるのなら、まああれほど熱を上げなくてもいいかあと思っていたのかもしれない。
とはいえ、清志郎（及びRC）を好きなったことは、少なからず後年の様々な行動に影響を及ぼしている。
たとえば、大学時のゼミ選択である。
デビュー当時の屋根裏の話がゼミ面接の時に出ていなかったら、おそらく別のゼミにしていたかもしれない。（先生、すみません。動機不純で）

報道されている清志郎の死に少し戸惑いを隠せない。
清志郎が死んだことへの戸惑いではなく、メディアが「国民的」な扱いとしてコメントしているように見えてしまう報道への戸惑いである。
ファンではないような発言かもしれない。
「日本のロック（Jポップ）の礎」など解説されていると、まあそうなんやなあとは思うのだが、なんだか違和感。
忌野清志郎の軌跡を振り返るとある番組が取り上げていたが、流される映像は同じものばかり。しかも古いものはない。
そりゃそうでしょう。
「夜のヒットスタジオ」事件や、発売禁止、放送禁止など、マスコミは排除していたではないか。
それらを含め、「偉大な」ミュージシャン的に取り上げられても…
地球のやさしいサイクリストとしての姿はあがっていたが、ポルシェの話は？
など、ひねくれたファンの視線で、斜交いに構えてしまっている。
まあ、それでも死んでもほとんど取り上げられなかった江戸アケミと比べると、彼の活動が評価されたことを素直にうれしいと思うべきなんやろう。（どんととかも、音楽雑誌などでは大きく取り上げられたけど、テレビの記憶はもちろんない。）まあ、もともとテレビなどとは縁がないミュージシャンではあったが。

でも、ショックではないとは言えない。
今日はほとんど何もする気が起きず、You Tubeで在りし日の姿をあさる。
ああ、ありがたい便利な世の中だ。
ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌。

5月1日
はあ、もう五月かあ。
先月からすでに五月病気味。
忙しすぎる。
いや、単に要領が悪いだけなんやろな。
先週末が寒かったせいか、熱っぽいし、体調悪。

それでもやっと大型連休や。
連休中にすまさなあかんことをリストアップすると眩暈が。
なんやろうな。
なんか見失うしのうてしもうてる気するような、あかんたれ精神がのさばる。
はあ、身体は横になりたがってるんやけど、頭がねむらへん。
そのせいか、ひながぼーっとしているような要領の悪さ。
あかん。テンション低い。

4月29日
世間は祝日だが、うちの職場は営業。
なんか、空しいなあ。
授業はあらへんけど、会議があるし、明日の授業準備があるんで出勤。
毎日、仕事が増えていっているような気するな。
ちゃうな、確実に仕事をこなしてへんからたまってくんか。
何とか帳尻あわせなあかんな。

4月27日
息切れし、主治医の所に転がり込む。
春はしゃあないな。
盲腸疑惑はなんも異常なし。
でもなあ。
人間は数値だけでは測れん生きもんやしな。
よわっちいわ。


      
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   <title>久しぶりに日記復活</title>
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   <published>2009-04-12T23:46:20Z</published>
   <updated>2009-04-12T23:46:41Z</updated>
   
   <summary>4月12日 右下腹が痛い。 盲腸かもとこれまで何度も思ってきたが、しばらく放置す...</summary>
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      <name>uchida</name>
      
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      4月12日
右下腹が痛い。
盲腸かもとこれまで何度も思ってきたが、しばらく放置すると治るので、ほったらかしてきた。
今日はいつもと違い、痛みがなかなかひかない。
しくしくと痛む。
思わず、盲腸の初期症状をネット検索。（便利な世の中だ）
あてはまるもんとあてはまらんもん。
うーん。
吐き気や食欲不振はないし、耐えられない激痛でもない。
でも、症状は人それぞれっていわれてもなあ。

明日になっても痛むのなら、腹をくくって病院に行くか。
休講にできへんさかいな。
なんか、激痛になってくれたら、救急で運ばれるっていう手もあるのだが。
まあ、それがええのかどうかもわからん。
しくしくと痛むのも、難儀やなあ。
気持ち悪い。

4月11日
多治見の陶器祭りに行く。
念願やったのだが、昨年まで春学期は関西でアルバイトやったんで、週末は名古屋にいることがなかった。
桜がほんまにええ時期にあたり、天気もいい。
あまりに良すぎて夏日。太陽光線に耐えられずに、途中ふらふらっとなったけど。
自分で言うのもなんやけど、結構器にはうるさい。
同僚がこまごまと買いもんをしてはるなか、じっくりと器と対話する。
多少気に行ったぐらいで手を出しては、破産する。
私を魅了してやまない器にしか手を出さないと頑なに心に決める。
そうせな、次々と欲しくなるし、家に置くスペースもあらへん。
震災で「陶器」がどれほど空しいもんかようわかっているし。

いろいろと窯があるなか、全部を見て回るのは無理。
一つの窯だけでも楽しくて仕方がない。
で、とうとう一つの酒杯に出会うてしもうた。
美しい。
いつかは割れるとはいえ、やはり惚れた器は買うてしまいました。

昼は、川べりで花見。
のどかな日。
満開で、風が吹くたびに花吹雪。
リフレッシュできた。

4月10日
ああ、いやなことがあった。
どない考えても理不尽や。
組織に属すことは、理不尽なことにようけぶちあたることや。
それはわかっているが、上の方々がそれぞれ違うことをいいはるさかい、現場は振り回されるだけや。
あほらしい。

こんなあほなとこ辞めてやるって啖呵が切りたいが、切ってしもうては借金背負うて路頭に迷うのは己やさかい、そうもできへん。
なんて小心者なんや。
ううう。。。
寝付けへん。
しゃあない。今日はちょっとだけ薬を増やすしかあらへんなあ。

4月9日
授業が始まる。
年度の切り替えに失敗し、息切れ。
1日が終わって、また腱鞘炎がぶり返す。
家に帰ってご飯を作って、ほっとしたら箸が持てない激痛が…
不器用に左で箸を使ってみるが難しい。
余計肩がこる。

4月5日
昨日は新入生オリエンテーション。
あまりにも遅刻者が多くて唖然。
大丈夫かいな。

研究室の掃除が終わらない。
はやく今年度の体制に片づけなくては。
雨がふって寒い。
ここのところ、気温の変化が激しくて、体がついていかない。

授業が始まる前に、同僚たちと飲みに行った。
馬刺しと手打ちそばと看板がかかっている店があり、前から気になっていた。
ときどき夜に通ると黒板が出ていて、いろいろな旬の魚の造りなどが書かれており、一度行きたいと思っていたのだが、家の近くの店に一人で飲みに行くことはない。
かといって、誰かと行こうと思っても、家で飲んだ方が安いので、つい家で自分で作ってしまうことが多い。

熊本出身の同僚が一押しするだけあって、これだけの馬刺しは食べたことがない。
満足。
飲みすぎてしまったけど。

今日は、うちに泊まっていったもう一人の同僚と一緒に、近くの公園に花見。
おいしいパン屋と成城石井が隣の駅との間にあるのを、今になってはじめて知る。
まあ、普段はあいている時間帯に帰ることがないから、利用することはほとんどないけど。
でも、チーズとパンとハーブなどが確実に手に入るところが徒歩圏内にあることを発見できた収穫は大きい。
実は、こっちへ越して来て一番不満だったのが、輸入食材が入手しにくいことだった。
ちょっと変わったスパイスなどは、売れないためか、あまりない。
これで、思う存分アジア料理などが作れるし、チーズとパンとワインの美味しい時間を持つこともできる。
そう考えるだけで幸せだ。

4月3日
入学式。
また、新なる年度が始まる。

教員総会なるものもある。
モチベーションがさがる。

3月30日
オリエンテーション。
なんで、3月やのに、来年度がはじまるねん。
全然切り替えできへんし、疲れがたまる一方。
そういえば、昨年はこの時期に高熱出して倒れたなあ。
やばいなあ。

3月25日
HPのリニューアル作業。
師匠に泣きついて、HPリニューアルをしてくれはる貴重な人を紹介していただいた。
機械音痴なので、やりとりはかなり頓珍漢やったため、先方には随分と迷惑をかけたが、漸く今日になってリニューアルが完成した。

ほんまはもっと早く終わる予定やったんだが、ぐずぐずしてこっちでやっとかなあかんことを、昼過ぎまでやっていたために、最後まで迷惑をかけてしまった。

時間が少なくなったが、お礼を兼ねて犬山城に行く。
お礼と言いつつ、ほんまは自分が犬山に行きたかったんで、喜々としてお供したんやけど。
ええ人やった。
また、何かで御縁が続くとええなあ。

3月24日
卒業式が終わっても、年度内の仕事はまだまだ続く。
今日は非常勤懇談会。
来年度の非常勤の先生方との懇親である。
学科の方針や、最近の問題など話しつつ、よろしくお願いしますと頭を下げる。

夕方からは、明日の準備で結局夜中。
なんか、今年に入ってから帰る時間が遅い。
23時過ぎまで残っていることが、あまりにも多い。
車通勤はやっぱあかんな。
はあ、しんど。
右手首に激痛。
疲れると腱鞘炎が出ていたい。

3月23日
卒業式。
やっと、怒涛の2008年度が終わろうとしている。
心配していた雨もやんで快晴。昨日は嵐やったからなあ。
まあ、風が強いのが難儀やが。

今年のゼミ生は8名。
ひやひやした学生もいるが、晴れて全員そろって卒業となった。
ゼミの2期生である。
そうや、私も大学の時はゼミ2期生やったんや。
なんか遠い昔のことやけど。
1期生は、もうはじめてのことで何が何だかわからず、ただがむしゃらに突っ走っていた気がする。
その分、2期生になるとすこーし大学にも慣れてきたし、ゼミっちゅうもんにもなれてきたさかい、なんか余裕があったんかなあ。
まあ、卒論指導は死にそうやったけど・・・
もちろん、ゼミ生たちのノリもあるけど、この2期生たちとは、去年とは違う楽しみがあった。
恒例の卒論提出後（締切は12月15日）の忘年会では、おやつとアロマ・フューザーをプレゼントしてくれた。
アロマ・フューザーは、それから研究室で大活躍である。
卒論の口頭試問が無事にすみ、最終訂正版を立派に？書き終えたあとは、ゼミ生と温泉に1泊旅行。
昼間から馬刺しと日本酒に舌鼓を打ち、夜は3時頃まで宴会。
卒業式目前には、今度はうちで大宴会。（一人来られなかったのが残念やったけど）
そして、今日を迎えた。
みんな、立派なもんや。
卒業パーティー（前も書いたかもしれんけど、謝恩会という言葉は死後らしい）では、またもや花束、フォト・フレームに焼酎サーバーをもらってしまった。
うう、泣かせる子たちや。
ええ子たちに恵まれて、ほんまに感謝します。

しかし、後で聞いたところによると、プレゼント選びをしているときに、第一候補は「木刀」やったらしい。まあ、持っているけど。
みんな、卒業おめでとうさん。

      
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   <title>だから映画はやめられない</title>
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   <published>2008-09-15T14:29:59Z</published>
   <updated>2008-09-15T14:31:22Z</updated>
   
   <summary>9月14日 観世会。 先生が能楽「班女」を舞わはるので、観にいく。 後見が家元だ...</summary>
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      9月14日
観世会。
先生が能楽「班女」を舞わはるので、観にいく。
後見が家元だった。
先週の歌仙会で「班女」の謡をやったところなので、なじみやすい。
綺麗だった。
最後の扇を見せ合い確かめるシーンは感動してしまった。
単純かもしれないが、能楽でも結構楽しめるんです。
昔は、とろくさくてつまらないと思っていたんですが（若かったんでしょう）。

はあ、もう授業がはじまる。
厳しい宮仕えの日々にもどります。

9月13日
前回はAO入試ガイダンスのために、参加できなかったので、今回はオリエンテーションと重なったが、同僚に泣きついて仕事を頼み、研究会に参加させてもらうことができた。
久しぶりに、頭を使う雰囲気に。
勉強になる。
と同時に、4月に発表して以来、なにも進展していない自分が恐ろしい。
報告を書かないといけないのに。
気を引き締められた。

9月7日
歌仙会。
付焼刃的に、特訓、特訓で8月末から9月初めにかけてバタバタと稽古してもらったおかげで、なんとか間違わずに終えた。
仕舞は「三輪」。大会では舞囃子を舞うが、とりあえず現段階は仕舞。
これから神楽をまた思い出して御稽古しなくては。ああ、完全に忘れている。
謡は、「熊野」のツレと「班女」のワキツレ。あとは地謡。
大会では「熊野」のシテを謡うので、祖母がつとめたシテの謡を一生懸命聞いていた。
結構難しいぞ。
まあ、無事に済んでよかった。（2月の新年会は倒れてしまったからなあ）。
ほっとした。

9月3日
『スカイクロラ』を観にいきました。
個人の感想ですが、つまらない。
あまりにもつまらなくて、途中寝てしまいました。
そういえば、スクリーンでアニメを観るのは、『AKIRA』以来なので、かなり久し振り。
普段は、スクリーンで実写の映画を観るのは、モニターで観るよりも楽だし、銀幕は大きくてとても好きなのだが、今回は違った。
光がきついというか、デジタル？CG？よくわからんが、とにかく目が痛くなって始まって5分もたたないうちに、気持ち悪くなってきたのだ。
それでも1時間10分ほどは頑張って見ていたのだが、もう話は見えたし、シーンも話のくだりも繰り返されるので、飽きてきて30分ほどうたた寝。
大事なラストシーンへのところは不思議とちゃんと起きて、おそらくキーと思われるセリフは逃さずに聞きました。（書くと、観ていない人に悪いから今は書かない）。
一応一緒に行った人に寝ていた間のシーンと物語を確認したけれど、やはり思っていたとおり。
なんかねえ。
飛行機の戦闘シーンはいいんだけど、悪意を感じるというか、わざとやっていることが妙にあわないというか・・・
まあ、個人の嗜好ですから。

8月26日
はじめての北海道から帰りました。
摩周湖は霧どころか大雨だし、天気は悪い、何といっても寒い。
でも、知床五湖を歩くこともできたし、モエレ沼公園もたのしかった。
まあ、一番エキサイティングしたのは、網走でしたが。
車の運転がさすがに疲れた。

8月14日
ようやく、石井輝男監督「網走番外地」シリーズ10作品を見終える。
面白かった。
全作に出てはいないが、待田京介はやっぱりいい。
そして、これはアラカンの映画であった。
無茶なご都合主義といい、フィルムの使い回しといい、プログラム・ピクチャアばんざい！
「網走番外地」の歌もすっかり覚え、これで北海道への準備は万端。
各作品に思い入れがあり、書きたいこともあるが、まあそのうちに。
返還前の沖縄ロケはどれぐらいやったんだろうか？
高倉健も若い。
さっきも書いたばかりやけど、やはり「八人殺しの鬼虎」親分があまりにもかっこいい。
あらためて、嵐寛寿郎という役者の偉大さを思いました。
素晴らしい。

8月9日
二日間にわたるオープン・キャンパスが終了。
やっと夏休み。
疲れた。

8月7日
昨日からばたばたで東京へいって帰ってきた。
久しぶりに、お世話になっている先生にお会いし、東京へ就職した学生にも会え、楽しかった。
学生との夕食を終えてから、お世話になっている先生と大人の時間へ。
ゴールデン街へゴー！
本当にこの街は面白い。（まだまだ一人ではようきやへんけど）
楽しかった。

8月4日
毎年の恒例で、夏期ゼミナールに参加。
今年のテーマはずばり黒澤明。
ラインナップは『隠し砦の三悪人』『用心棒』『蜘蛛巣城』『七人の侍』『椿三十郎』『天国と地獄』『姿三四郎』『野良犬』。
改めて、黒澤はスクリーンで観る映画だと思う。『七人の侍』と『天国と地獄』を同じ日に観ると、面白いのだが、長い。重たいというと少し違うのだが、どう言えばいいのか、良い意味で濃い。
あれは、DVDでちっちゃい画面で観るものではない。
一番感動したのは、『隠し砦の三悪人』における光の加減だ。
あの影の入り具合は、今まで思い込んでいた場面がまるで違って見える。
ちゃんとフィルム（35mm）で観たせいか、それとも思い込みかわからないが、デジタルにするとあの陰影が殺されてしまうような気がする。
レコード派の嘆きと共通するアナログへの郷愁なのかもしれないが、私はアナログ派なのだ。（単に機械音痴という説も）
久しぶりに見て面白かったのは『姿三四郎』。
それから高堂国典の演技（さまざまな作品すべて）。もちろん伊藤雄之助の怪演も。
うっかり『七人の侍』のラストシーンを『荒野の七人』とごっちゃにして思い込んでいたことにも気付かされた。
記憶なんてそんなもんだ。私の中では木村功がちゃんと村に残るという台詞を言っているシーンがあるのだから。
シンポジウムでは、岩本憲児先生に初めてお会いする。
少し引っかかっていた疑問が、シンポジウムでの発言を聞いて腑に落ちた。
黒澤研究をしているわけではないというと言い訳だが、単に勉強不足で、その指摘をしている論文を読んでいなかった私も悪い。
岩本先生から学んだのは、要するに黒澤は「過剰」だということ。
納得。だから、『蜘蛛巣城』のようなシンプルを極める（「見立て」に頼る）能楽形式は、どことなくしっくりこない。別に『蜘蛛巣城』が失敗作だといっているわけではない。
しかし、能楽をかじっているものとしては、『虎の尾を踏む男たち』に比べると、違和感というか、なんか消化しきれていない気がするのだ。
それから、今回まとめて黒澤の作品の一部を観たが、ひとつ思ったのは、北野武は黒澤映画の影響をかなりつよくうけているのではないかということだ。
北野武作品をすべて網羅していないが、思い返せば、なんとなく黒澤作品のにおいがする。
確か二人の対談記事を昔読んだ気が・・・（そのフランス語版も一緒に挑戦したような）
浅草という場が北野武に及ぼしている影響はもちろんあるのだろうが、映画に関してはどことなく黒澤作品を感じる。（たとえば、浅草で活躍し、映画でも活躍したエノケンの匂いはそれほどでもない。）
黒澤研究者である若手の橋本君の意見も非常に面白かった。
参考になります。
ああ、だから映画はやめられない。

そして、今日は映像学会中部支部会があり、またまたテーマが「映画」。
アン・リーについての講演も興味深く、思いつきで申し訳なかったがいろいろ質問させもらう。
でも、『ラスト・コーション』はまだ見ていないので、ちょっと乱暴な質問だったかもしれない。
他にも、『キクとイサム』についての言及。映画に表出した身体の分析。
これは、私にとっても興味のある問題であるが、まだまだ着手し始めたところなので、参考になる。

大量生産された黄金期の日本映画。
発掘していけば宝の山だなあ。（観るのも大変だけど）
時間がほしい。

7月27日
今日は、雷蔵映画祭も終わるので、『新源氏物語』を観てから名古屋に戻ることに。
雷蔵の光源氏は美しい。
気品というか、それでいてちょっと傲慢というか、でも憎めないところなど、本当にはまり役。
惚れ惚れとする。
ああ、スクリーンで雷蔵がまたしばらく観られないかと思うと名残惜しい。

半ば陶酔しつつ、半ば現実に戻される恐怖を抱え、新幹線にて名古屋へ。
はあ。

7月26日
今年初の体術の稽古。
ほぼ、1年ぶり。ひどい状態。
腰が割れていないなど、基本的所作がまったくひどい。
腰がねじれている。
少しずつ、ヌンチャクを使いながら微調整。
2時間とは言え、実際に動いているのは1時間ぐらい。
すこし、体の流れがよくなったみたいですっきり。
やっぱりちゃんと体をケアしないとあかんねえ。
頭の流れまで滞るわ。

7月22日
ちょっと登校拒否。
雷蔵にはまっていたい。
みなみ会館で入手したポスターをいそいそと研究室に飾る。
「眠狂四郎、円月殺法」のワンシーンだ。（『女地獄』かな。）

仕事をすませて、遅めの帰宅。
雷蔵にはまっていたいが、北海道旅行までに「網走番外地」シリーズ全作を観るという自分のノルマがある。
まあ、楽しいノルマだが。
今日は『続網走番外地』と予告編。
『続網走番外地』も観た覚えがある。
予告編を観ながら、おそらく4作品ぐらいは観ているだろうと記憶をたどる。
（余談だが、予告編は楽しい。とくに惹句がええ。韻を踏んだり、極めつけのキャッチコピー。面白い。）
そこで、思い直した。まだ全作見ていないので単なる感想だが、私にとっての「網走番外地」は高倉健の映画ではなく、「アラカン」の映画であると。
茶髪に染めたアラカンのかっこいいこと。
スターとは、と問いかけて、当時の高倉健は本当に青二才にみえる。
それから、脇役として「待田京介」が見られるのも楽しみ。まあ、個人的な好み。
見た記憶が定かでないのが、「網走番外地」の中でも沖縄を舞台にしたもの。
「南国の対決」という予告編を見て、「あれ、この当時はまだ沖縄は返還されていないぞ」ということに気がついた。観るのが楽しみである。
そういえば、「悪名」シリーズが衛星劇場にて一挙放送している。先日うっかり見てしまって、勝新と田宮二郎から目が離せなかった。（あやうく遅刻しそうに・・・）
やめられない、プログラム・ピクチャアである。

7月21日
『炎上』（何回目？）をみなみ会館で堪能。
はあ、やっぱりスクリーンでみなあかんわ。
その後、久々のスクリーン登場、『赤い手裏剣』。
たぶん、初めていった「市川雷蔵映画祭」（15年ぐらい前？いやそれ以前？）で心斎橋のキリンプラザだったかなんかで見た作品。
なんだこりゃ、時代劇なのに、まるで西部劇。革のベストにズボン（おそらく裃を連想させる袴だった）、ラストシーンは『シェーン』ではないか。
と思ったのがこの作品。
当時のお相手が、雷蔵には興味はないが、大藪春彦の大ファンだったので、話題にしたのを覚えているが、雷蔵ファン新米の私は、戸惑ったのは確かだ。
雷蔵ファン新米というより、日本映画ファン新米でもあったので、「ええ、これってパクリやん」と日本映画を訝しく思っていた。
まあ、それまで洋画崇拝で生きてきたもんやさかい。

今日、久しぶりにじっくりと拝見。
西部劇という感想も、『シェーン』そっくりラストシーンという感想も変わらないが、もっと巧妙なパロディというか本歌取りというか。
いやいや、日本映画はすごい。と別の意味で感心し直した。
そして、やはり雷様である。

久しぶりの雷蔵映画祭に1日参加しての感想。
以前よりも女性ファンが減った。というより、男性の姿が増えた。
いや、私が同席させていただいた現役女性ファンがもしかしたら・・・
ああ、年齢的にもあり得る。いやいや、たまたま今日が少なかったからかもしれない。
しかし、映画が終わって、雷蔵を堪能して思わず拍手をしかけたのは、私一人だったように感じられた（音のない拍手になってしまったので）のがさびしい。
それは先輩現役雷蔵ファンたちから教わった流儀だと信じていたからだ。
しかし、そこで一人でも「拍手を送る」観客になりきれない自分もあかんたれや。
心からスクリーンの雷蔵を楽しんだのに…

まあ、そんなことはまたにしよ。
雷蔵に心洗われて名古屋に戻った夜であった。

7月19日
帰阪の最中、観たのは雷蔵ではなく、東映映画。
「はるか、はるか、彼方にゃあ、オホーツク。あかい、真っ赤なはまなすが、海を見てます。泣いてます。その名も網走番外地」
『網走番外地』である。
8月下旬に、親孝行を兼ねて北海道旅行をすることになった。
北海道を沖縄には行ったことがない。
そこで、「網走番外地」シリーズである。（『水戸黄門海を渡る』も観直さなくては。）
また、タイミングのええことに、東映チャンネルでは、「網走番外地」シリーズ一挙放送ときた。
全10作。おそらく半分も観ていないような気がする。
でも、一作目は何度か観ているようだ。
「8人殺しの鬼虎」が正体を現すシーンをセリフとともに覚えているのやさかい、たぶん。
いやあ、かっこええ。

7月18日
講義はすべて終了。
あとは演習のみ。
気持ちに余裕が出てきた。
そこで、またもや雷蔵へ思いを…
決心したのである。連休は関西に帰って雷蔵映画祭に行くことを。
そろそろ、研究対象の映画がみたい。

7月17日
祇園囃子がコンチキチンと流れる前の早朝、4時過ぎに暑さのために目が覚める。
ああ、もう少し時間がたった29年前、市川雷蔵が東京で息を引き取ったのだと思いをはせる。灼熱の名古屋で。
朝からニュースでは祇園祭は取り上げられるが、古の人雷蔵には言及がない。
はあ、関西におりたいと思う瞬間である、いや、正確に言うと京都市内の中心地にというべきやろう。
今年も「市川雷蔵映画祭」がみなみ会館で開催されているはず。
それに参加できないのが、名古屋にきて一番悔しいことかもしれない。

とはいえ、授業を休講にはできない。
雷蔵を思って、合掌。

ひとりで夜に『大阪物語』を拝見。
脇役の雷蔵も素敵だ。


      
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   <title>微熱日記</title>
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   <published>2008-03-30T05:56:10Z</published>
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   <summary>3月30日 ぜえぜえ。 やっと、熱が下がったと思う。 26日から27日にかけて、...</summary>
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      3月30日
ぜえぜえ。
やっと、熱が下がったと思う。
26日から27日にかけて、大学の仕事で恵那に行く。
寒かったせいか、にわかに体調を崩し、27日に大学に戻ったころには、かなりしんどかった。
仕事があったのだが、途中で放棄し、帰宅。
38度を超えている。
栄養をつけなきゃとご飯を食べたら、全部戻した。
そのまま服薬して、ベッドに直行。
咳がひどくて、よく眠れず、翌朝は、さらに熱が上がってしまった。
どうしても、昨日のオリエンテーションの前までにすまさないといけない仕事があり、解熱剤を飲んで、睡眠薬とともにもう一眠り。
ようやく、37度。微熱。
這うように、（車で？）通勤。
帰宅後、また発熱。薬が切れたのか？
まったく食欲がない。
帰宅後、またもや熱が38.5度。今朝と同じ。
またもや薬、頓服などを飲んで、ベッドへ直行。
朝は、なんとか平熱に。
汚い格好で学生に会いたくないので、お風呂に入ってから通勤。
これが、あかんかった。
だんだんしんどくなり、夕方に帰宅。
車を運転しているが、判断力が落ちている気がして、かなり慎重に。
もう、どんな姿勢をしても苦しい。
家にたどり着いて、一応熱を測ると、とうとう39度。
倒れた。

何度も夜中に起きて、水分補給。
どっと汗をかくなどするといいのだが、寒気・悪寒、喉の痛みと咳で、もうよくわからん。
それでも、やっと熱が下がってきた。

2日間固形物が喉を通らなかったが、やっとおかゆを少し食べられるようになった。
歳のせいかなあ。
とにかく、今日も1日中休養します。

3月24日
一昨日の22日は卒業式。
初めてのゼミ生（一期生！！）を無事に送り出すことができた。
赴任前のゼミ募集で、私が書いたゼミ内容の紙っきれ1枚だけで、顔もみたことがない、どんな人かもわからない（名前から性別：女性ぐらいは想像できたと思うけれど）のに、ゼミを希望してくれたつわものどもだ。
昨年の春、こっちもカチカチに緊張した1年生だったが、2年間、ほんまによう理不尽な課題や要求にこたえてくれはったと、逆に感謝する。
贈り物まで用意してくれて、感動しました。ほんまに。
ゼミ生10人、全員4月からの行き先も決まったし、ほっとした。
月並みなことしかよう言わんかったけど、無理をせず働いていってほしい。
身体だけはこわさんとってほしい。
素直で、ええ子たちやと、誇りに思っています。

それにしても、卒業式の袴姿が流行なのか？
ほとんどの女の子たちは着物と袴。一人はシックなドレス。
その後の卒業パーティー（もう、謝恩会という言葉は死語なのね）では、全員ドレスに着替える。
結婚式の披露宴か二次会に着そうな、大体がAラインのワンピースに、かなり高いピン・ヒール。
男の子たちは、まあ、両方ともスーツ。
普段よりも、ずっと大人っぽく見えるし、雰囲気が変わる。
まあ、相も変わらず、私は着物ですが。
「極妻先生、写真を一緒にとってください」と何人に言われたことか・・・
岩下志麻さんみたいに綺麗やったらええけどなあ。だんちやわ。
（岩下志麻さんを、2年前やったか京都映画祭で生で見たことがる。御歳を推測すると、さすが女優はちがう、綺麗やあ。と感動した）
なんか、卒業パーティー後の2次会も一人でまぎれて、楽しかった。

翌日から、東京へGO！
久しぶりに知らない土地を観光しながら、開放された気分。
2年ぶりぐらいにちぃちゃんの家に泊めてもらう。
花粉症がつらそう・・・
でも、私もくしゃみが出ているので、来年あたり本格的になりそうな予感。
いややわあ。
1日中、だらだらと過ごし（人の家なのに）、夕方に駅まで送ってもらうことに。
今晩は、詩人の朗読会を聞きに行く。
少しばかり、文化的な生活へ。

3月20日
今日は、退官される先生を囲んでの食事会。
直接の論文指導ではなかったのだが、かげながらに見守ってくれはり、ときには発表のきかいをあたえてくれはったりと、ほんまにお世話になった先生である。
また、ほかにも集まった人たちとも、久しぶりに再会。
楽しいひと時を過ごす。

しかし、会ったときに私と認識してもらえなかった。
そんなに肥えたかなあ。
食欲がなくて食べへん時と、暴飲暴食がかわりばんこにおきているからなあ。
ああ、自分でも自覚はしているんやけど。
身体が重いし、動きも鈍くなってきているし・・・
よし、今日のエネルギーをもとに、きっちりと自己管理して、生活を立て直さねば。

食事会がすんだ後も、再会した同期と3人でさらに、喋る。
関西にいるのは、一人だけ。あとは広島、私が名古屋。
とはいえ、非常勤などで、私ももう一人もしょっちゅう関西に帰ってんねんけど、なかなか集まられへんわ。
ほんまに、楽しかった。

3月19日
今日も、今年度中に終わらせないといけない仕事で、朝からばたばた。
余裕のある生活はどこへ？
おまけに、さらに仕事が増えた。
聞いてないよ。

3月18日
目が充血。
やることがたくさんあるのに、しんどい。
食欲がない。
でも、卒業式までにやらなくてはならないことがあって、大学を出たのは1時。
今年初の、午前様。
はああ、来年度も思いやられる・・・

3月17日
午前中はお稽古。
普段なら、やり直しをさせられるところだが、午前中に稽古をおわらせたいという社中がほかにもいたために、注意を受けるだけで逃れる。
そのあとは、日文研にゴー！

久しぶりに、プロジェクト室でご飯を食べ、お茶をする。
先生や一緒に働いていたスタッフ、後輩に会って、ほっとする。

夕方に名古屋に戻る。
なんだか、目がかゆくて、鼻がむずむず。
今日は黄砂がひどいらしい。
花粉症なのか、黄砂アレルギーなのか？
なんか、思考が落ちていく。

3月16日
夕方まで家にこもって、録画していた映画を観る。
それから、久しぶりに友人と会って、夜遅くまで喋り続ける。
楽しい1日。

3月15日
先生が能楽『杜若』を舞うので、観にいく。
なかなかお能を舞われる時に見ることができないので、なんとしても。
それにしても綺麗・・・
お話の舞台は、三河です。
舞台となったところに、杜若の名所があるのか調べて、あったら近いから行ってこようかなあ。
少しは文化的な生活にしないと、身が持たんわ。

3月14日
とうとう主治医のところに駆け込む羽目に。
おかげで、救われた。
春学期は、時間割の関係で、通うことができない。
今のうちに、秘訣をおしえてもらっておく。
なんとか、自分で管理せな、あかんわ。

3月13日
会議が重なってしんど。
昨日もまだもどしてしまった。
仕事が向いてへんのかなあ。
悩んでしまう。


      
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   <title>一月から三月までの日記です</title>
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   <published>2008-03-12T08:52:45Z</published>
   <updated>2008-03-12T08:53:36Z</updated>
   
   <summary> 3月10日 土曜日は、兄の家に泊めてもらう。 兄の仕事の関係と、久しぶりに話し...</summary>
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3月10日

土曜日は、兄の家に泊めてもらう。

兄の仕事の関係と、久しぶりに話したこともあって、寝たのは夜が明けてから。

久しぶりに夜遊びモード。

そのせいか、昨日は一日が短かったような気がする・・・ 

今日は、南座で玉三郎を鑑賞。

昆劇との合同講演。

玉三郎は、きれいです。惚れ惚れします。

外見だけの話ではなく、動きなんかも全部含めて、素晴らしい。

色っぽいし、儚げだし、目の保養。

堪能したという言葉がぴったりというか。 

いやいや？名古屋につまり現実に戻ってきたら、どっと疲れたのか、精神的なものがすなおに身体に出たというか、背中が痛くなって、調子が悪いと思わせる症状が。

絶対に精神的なもんやろうね。

明日からは、もうちっとセルフ・コントロールせなあかんな。 

ああ、でも週末の京都滞在は本当に楽しかった・・・ 

3月8日

研究会。

久しぶりに解放された気分になる。 

朝は、火災報知器の取り付け。

台所は、ガス会社の報知器も取り付けているのだが、換気扇の調子が悪く部屋に煙がたまってきたときには、誤作動を起こす。火災報知器までなったらどないすんねん？と不安に思って、説明を聞くと、台所は熱探知機だという。廊下などのスペースが煙探知器。

ふーん。いろいろあるんや。

マンションの火災に備えて、大家さん側からつけるとのことだった。たしかに、一軒家ではないのだから、単なる不始末ではすまへんやろう。

ところで、「バルサン」は反応すんの？という質問に、業者のおにいちゃんは、「反応するので、そのときはこのように解除して使用してください」と丁寧に教えてくれはった。

はーい。 

ここのところ、研究会もいつも遅れてしか顔を出せなかった。

今日は、久しぶりに早めに到着。

ほかにも研究会があって、本当に久しぶりに、先輩たちにも会えた。

いろいろとアドバイスなどを頂き、感謝。 

研究会は相変わらず刺激的。

のほほんと人の発表に感心してばかりいたら、とうとう次の発表をせよといわれる。

ああ、なんにも研究できてへんのに。

そういえば、最近、河合隼雄先生の本を読んでいて、「忙しくて○○ができない」というまえに、とにかくやってみよ、とのことが書いてあったのを思い出した。

別に、これを読む以前にも、よく言われていることで、「忙しくてできない」というのは、本当に忙しいのか、できないことの口実に忙しさを持ち出しているのかと、問われることはよくあった。（自問自答ね）

そうなんよ、どうせ自分の要領の悪い言い訳に忙しさを口実にしているんよ。

でも、どうしても言い訳して、自分の弁解を正当化したいんよ。対外的には・・・

今年の年頭に自分で立てた目標というか、誓いというか、まだ、3月というのに半分も達成できず。

いい加減、腹くくらな。

諸先生方にも、いろいろとアドバイスをいただいたことやし。

がんばらな、あかんな。 

3月5日

ああ、忙しいのか、なんだかよくわからん。

1月はいく、2月は逃げる、3月は去るというが、もう3月だよ。

どないすんねん。

こんなはずやなかったのに・・・ 

2月17日

温泉に行ってきて、体が緩んだみたいです。

しまい込んでいた疲れまで解き放ってしまったみたいです。

頭が痛くて、体がだるくて、微熱。

軽く、嘔吐。

今年に入ってから、何度もどしてんねん。

ほんまに吐き出したいもんは、なんやろう。

そういえば、主治医のところにいけていない。

吐くと、涙が出てくる。 

2月15日

芦原温泉です。

雪がすごい。おお、雪の中の露天風呂。最高や。

祖母の念願やったんで、計画したのだが、昨年は雪が少なくて失敗。

今年は、雪がようけふったんで、満足してくれたようだ。

私も大満足。

でも、雪が降りすぎて、ほかになんもできへんけど。

旅行やったらええか。住みたくはないけどね。 

2月14日

市川崑監督が亡くなった。

まあ、年齢的にもおかしくないのだが、新藤兼人も大島渚もがんばっているし、まだまだ映画を撮りそうに思い込んでいた。

雷蔵の映画を通じて、市川崑については随分、縁があったよなあ。

ご冥福をお祈りいたします。

合掌。 

2月8日

卒業研究の口頭試問。

計21人を1日がかりですることになった。

ほとんどデス・マッチ。

しんどくて、吐きそう。 

2月4日

入試。

朝、車で通勤すると、晴れていたはずなのに、山いや丘の上に立つ本校の上には、なぜか黒い雲がかかっている。まあ、天気予報は時々曇りあるいはにわか雨とのことだが、なんか・・・暗雲が立ち込めているように見えるのは、気のせい？

いやいや、考えんとこう。

昨日、9時ぐらいに服薬してとにかく寝てみたので、なんとか大丈夫。

食欲はないけど。

はあ、調子が悪い。 

しかし、もっと調子が悪かったのは昨日の新年会だった。

泣きそうやったわ。

謡曲の新年会だったのだが、こんなに最低・最悪なのは初めて。

朝、着物を自分で着て、いろいろ準備を済ませ、いざ本番というときに、めまいがしてたっていられなくなった。

脂汗が出るし、貧血と思ってしばらく横になっていると、猛烈な吐き気と寒気に襲われ、どうしようもなくなる。

何もできず、がたがたと震える体をコートにくるんで、暖房をがんがんかけた部屋で丸くなる。結局、胃の中のものを全部、吐いた。

どう考えても、昨晩からほとんど消化していない。

そういえば、昨晩はぜんぜん眠れなかった。睡眠不足？

身体が痛い。

なんとか、薬等をもらって服薬。

悔しいので、わがままを言って、自分の舞と謡だけは挑戦するが、すぐに2階にひっこんで、あとはがたがた。寝たっきり。

明日は朝から入試なので、とりあえず、着替えて、ええ加減に挨拶をして、名古屋に戻ったが、ほんまは情けなくてしゃあない。

新幹線の中で、持たされたご飯を少し食べたが、結局家に帰って嘔吐。 

今年に入ってから、ほんまに調子が悪い。

もう、休みます。 

1月25日

長い話なので端折るが、ご縁があって研究室に「キネマ旬報」の1970年代以降から1999年ぐらいまでの、ほぼ全巻がやってきた。

わたしのものではなく、お借りしたものだが、当分の間は、研究室においておける。

欠号も多少あるが、なにしろ、大学の図書館にこの時期のものがまったくないので、助かる。

特に、1970年以降は時代劇の衰退により、これまでは私があまり扱わなかった時代であるので、これからの研究方向を考えると、本当にありがたい。

なんか、本棚1棹が、こういう資料で埋まるのは、見ていて妙に興奮する。

運ぶのを手伝ってくれた学生にも感謝して、学食でお昼ご飯をおごる。（我ながらせこい）

ありがとう。ぜひ、利用してね。 

1月22日

新年会。

うまいものを食べて、満足。

の、はずが・・・

先ほどから、気持ち悪くなって結局嘔吐。

胃が荒れる。 

1月20日

あれ、あんなにうまかったステーキが、もたれている。

胸やけがおさまらない。

調子が悪いんかなあ。 

1月19日

新春能。

せっかく神戸に出たさかい、たまにはと、神戸ビーフのステーキを夕飯に食べる。

とろけるうまさ。

やっぱり、お肉は神戸なんかなあ。

この味は、家では無理やわ。

幸せー！ 

1月15日

秋学期の担当講義科目が終了。

あとは、演習科目のみ。

授業準備をしなくていいと思うと、ほっとする。

って、準備に追われる自分が悪いんか？

まあ、そろそろ年度末に向けて行事が走り出す。

採点がたいへんやけど・・・卒論も・・・

はあ、自分が学部・大学院を通じて、いかに先生方に後ろ足で砂をかけ、極悪非道の限りを尽くしていたのかをようやく悟る。

そのまま、全部自分にかえってきているんやないけ。

反省。

先生、ほんまに感謝しています。これからも、見守ってご指導ください。

いまさら、遅いか。 

1月6日

冬休みがおわるので、名古屋にもどる。

新幹線の中でめまい。

家に帰って、夜中中、嘔吐。

苦しい。

発熱。 

1月1日

あけましておめでとうございます。

実は、奈良ホテルにいます。

年越しをしました。

夜中は、興福寺と春日大社に初詣。

奈良ホテルに泊まるのは、あこがれだったのでうれしい。

昨晩は、フレンチ。

こんなにゆっくりした年越しは、はじめてかも。

今年はどんな年になるんやろう。 

この年始のように、すこしは落ち着いた年をおくりたい。

走り回るのではなく、余裕を持つようにしたい。

そのためには、自分の体からリラックスさせて、もう少しお稽古など、体によいことにちゃんと時間をさこう。

そうすれば、自分の研究にも少しはつながるといいなあ。

      
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   <title>久しぶりです。</title>
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   <published>2007-11-17T00:26:45Z</published>
   <updated>2007-11-17T00:27:08Z</updated>
   
   <summary>１１月１６日 Happy Birthday to Me. Grattis For...</summary>
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      <name>uchida</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nagaya.tatsuru.com/fumin/">
      １１月１６日
Happy Birthday to Me.
Grattis Fordelsedagen!
あれ、スペルはこれであっていたっけ？
スウェーデンでは、誕生日の朝は家族全員が早朝の寝室を襲い、祝います。
そして、ベッドで朝ごはんが食べられる特権的な日でもあります。
留学から帰国して数年間は、時差を勘定しながら、日本時間に合わせてホスト・ファミリーが毎年、国際電話で祝ってくれていました。
今はありません。理由は簡単。疎遠になったのではない。家を出て、一人暮らしをはじめてから、留守電になっていることが多いからです。
京都まで通うのに朝早くに出た日などは、夜まで留守電を聞く事もなく、留守電に向かって誕生日祝いソングを歌うのも、ホスト・ファミリーにしてみればむなしいものであったと思われます。そのうち、電話がかからなくなってしまいました。
でも、クリスマスなどは、今でも連絡を取っています。ああ、思い出したらスウェーデンに行きたくなったよ。

とりあえず、３７歳になりました。
とうとう雷蔵がなくなった年齢に達してしまいました。
うーん。「人生５０年」「命短し芸は長し」と言っていた雷蔵は、癌のため３７歳で逝去しました。きっと、今の私の３７年間よりもずっとずっと厚みのあるそしてハードな人生を送っていたのだと思います。
私もそんな厚みのある人生を、いや毎日を送りたいと思いながら、結局は極悪非道な自己中心的な毎日を送っております。
性格やさかい、いたしかたないやんけ。

昨日はボージョレー・ヌーボーの解禁日。
今日は、同僚宅でB.N.を飲んで、ひと時の楽しみを送る予定。
ぐふふ。

１１月１１日
１ヶ月ぶりのお稽古。しかも特別特訓日。
仕方ない。
週末がなかったのだから。
昨日だって、本当は研究会だったのに、午前中から昼過ぎまで大学に出勤したために、間に合わなかった。
悔しい。
舞がまだ完成しておらず、びしびしと叱られる。
ああ、どないしよう。

１１月９日
大学の出入り業者が、いろいろなシステムの展示会をやるというので、授業がないのをいいことに、朝から出かける。
気になっているのは、データベースが簡単につくれるシステム。一つは編集システムで、もう一つは配信・表示システム。
これを組み合わせて、環境を整えると、どこの教室からで無線LANで蓄積したデータを見せることができる。
もちろん、このようなシステムはこれまでにだってある。（日文研でもデータベースのお手伝いは一応していたんだし・・・システムは全然理解していなかったけれど）
ただ、かなり簡単にできるようになってきた。まあ普及してきたということか。
でもねえ、お値段がねえ。
大学のいや、学科存亡の危機なのに、どこから予算が・・・
他にも興味深いシステムはあるが、いくらこっちが涎を流してみていても、大学構内の環境が整わない限り、無理やわなあ。

夕方は学科主催の講演会。
他学科の学生のほうが発言に積極的で、どっちが主催なんやら・・・

１１月６日
3回生のゼミで、就職対策セミナーをお願いする。（大学にある就職課みたいなところの担当者にはっぱをかけてもらうのだ。）
面接時を想定した服装で臨むように通達し、服装チェックもしてもらう。
ゼミ生が全員スーツであらわれると、全然雰囲気が違う。
おお、大人っぽいねえ。
企業の出足が年々はやくなっているとか。
でもねえ、「就活」を水戸黄門の印籠のように振りかざして、まったく授業に来ないのもどうかと思うんやけどねえ。
先日、同僚は「今の大学は就職までの腰掛け」と断言していた。
まあそうなんかもしれんわなあ。
なにせ、自分が企業に出向く就職活動というものをほんの少ししかしていないので、（2～3社ぐらいかなあ）学生に相談されてもよく分からない。（今の職に就くための履歴書は、かなりたくさん書いて応募したけれど、まあ普通の会社の職ではないので、参考にならない。）
一緒にいろいろな話や対策と傾向などをきいてみるのは、なかなか面白い。
よく聞くと、書類審査の履歴書等の書き方、または読み書きや作文などの筆記で落ちている学生が山のようにいるということがわかった。
なんだ、事情は全然変わっていないじゃないか。
しかし、「就職格差」とかなんでもかんでも「格差」という言葉が横行してしまって、ちょっと暗い気分。
なんか、流行の言葉で自分の位置づけを決めて、安心ってどうかと思うのだが。

１１月４日
一昨日から大学祭。
大学祭なのに、教員が借り出されて週末をつぶされているのはどうかと思うが、オープン・キャンパスを兼ねているといわれると、のうのうと家にいられない悲しい状況。
２日は平日だし、大学祭実行委員会の勝手な都合で、「おたくらの場所では、この日は展示などはせんといて」と言われ、準備に費やす。
昨日と今日は、着物を着てうろうろ。
今日は最初の試みで高校生の映像コンクールを開催してみた。
だが、作品を応募してくれた（正確には頼み込んで、応募してもらいかき集めたのだが）造り手高校生が一人も来校してもらえなかった。
受験や文化祭など、いろいろな行事と重なってしまったのが原因らしい。
作品自体は面白かったので、とにかく時期を考え直して、継続していくことが大事だろう。
皆さんの協力で、無事に終了した。感謝している。
でも、疲れた。

ココに赴任してから疑問なのだが、大学祭のための準備期間がないこと。普通ならば、前日の午後は休講になって準備していると思うのだが・・・
本当にばたばたと走り回ることになるのは、時間がないためでは？
ああ、来年も頭が痛い。

１０月２８日
AO入試。
昨日は、AO入試ガイダンス。
とにかく週末が全部つぶされていく。
これって、士気が下がりませんか？

昨日は、午前のガイダンスを終えたあと、中部支部会に参加。
このあたりの大学の先生方と懇親会で交流。
小規模なのか、集まっている人々の良さなのか、なかなか面白かった。
今後ともよろしくお願いいたします。

１０月２０日
時間がない。
おそらく物理的に考えると、私のこなしている仕事の量や拘束されている時間なぞ、少ないほうで、何が急がしいねんといわれそうだが、人には物事をこなす要領というものがあるのだ。
要領が悪いため、精神的にも追いやられてしまう。
だが、逆のこともある。
些細なこと、今、直接に必要とするものと関連するわけではないが、それでも、今日もまたつながりが起こった。
シンクロしているというのとは、ニュアンスが違うのかもしれないが、とにかく何かをしていてふと気に留めたことが、別のものでも出会うのだ。

『村上春樹にご用心』を読んでいると、「失われるものにだけ私たちは美を感じる。失われるものだけに私たちは美を見出す。」（p.230）という話が出てくる。
そうだよなあと思いながら読んでいた。
その後、映画『トロイ』を観ていると、「終わりがあるものに美がある」というような台詞をアキレスが言っていた。
もちろん使われているコンテクストからしてニュアンスは微妙に違うが、私には「おお！またつながった！」とビビッと来たのである。
きっと、これは漠然と考えている何かにまたつながるのであろう。

土曜日なのに、出勤してなんとなく暗い気持ちがちょっと晴れやかになった瞬間である。
明日も頑張ろう。

１０月１９日
学生が演劇をやっているというので、観にいく。
そういえば、演劇を観にいくのは久しぶり。（歌舞伎も演劇か、能も演劇か、それは別にして・・・）
結構、頑張っている。なかなか面白かった。
しかし、やはりプロの小劇団を観て来たせいか、どうも声の出し方とかが気になってしまう。（腹から出している人と喉でがなっている人の差が・・・）
週末にかけてマチネーで公演するらしい。喉を潰さず頑張れ!
そういえば、知人にも何人か演劇を、女優を目指していた人がいたが、結局、趣味で終わってしまったように思える。それだけ役者で食っていくのは困難なのだ。
もしかしたら、そんな本気でやっていないのかもしれないけど。

１０月１５日
昨日は、御園座に顔見世を観にいく。
団十郎の鳴神に、海老蔵のきつね忠信。
以前、三階席で見ているので、見せ場はわかっている。
今回は１階席で堪能。
顔見世は楽しい。

終わってから、どこかで食事をと思ったけれど、御園座の周辺はビジネス街なので、日曜日は全滅。
イングリッシュ・パブが空いていたので、とりあえずそこに入った。
すると、スクリーンで野球がやっている。
忘れていた。クライマックス・シリーズだったのだ。
しかし、今シーズンで力を使い果たしている阪神が勝てるなんて思っていないし、はなから気にかけていなかった。（ひどいファンだ。）
だが、ちょうどピッチャーが交代しているところ。
やはり気になってしまい、ビールをカウンターに買いに行った時に、おもわずスクリーンを見つめて、桧山の犠牲打を見た。（それだけで満足して席についたのだが。）
案の定、阪神は負けて、そして私が好きだったひいの、それが最後の打席だったことを今日のニュースで知った。
ひい、お疲れ様でした。

１０月１３日
いやあ、いろいろと楽しかった二日間だった。
昨日は、ミニ・シンポジウムを開催。
テーマは日本映画にあらわれた茶の湯をめぐる。
パネリストには、建築家や現代美術作家、そしてもちろん研究者も。
非常にスリリングな場となったと思う。
刺激が与えられるし、勉強になるし、茶室を堪能できるし。
研究意欲が高まります。

その後の懇親会は、残念ながら一人は所用のために帰ってしまったが、あとの３名は我が家に流れて、夜中の３時半まで騒いでいました。
面白かった。
翌日は、昼までだらだらしていたので、あちらこちら観光も出来ず、とりあえず熱田神宮に行くことに。
建築家と行くと、いろいろ説明してもらえるので楽しい。
そこでおみくじを引いたのだが、そこに書かれていた植物の名が（今風に言うとラッキー・プレイスと言うかラッキー・ウッドと言うか）が、太郎庵椿。
一緒におみくじを引いた人は、大楠だった。これは熱田神宮内にある木の名前が書いてある。
この太郎庵椿の由来は、茶人である。
おお、なんと昨日からの流れで「茶の湯」つながりではないか。
なんか、今は呼ばれているのかもしれない。

そういうつながりは他にもある。ご縁があるというか・・・
実は、名鉄で名古屋から行ったのだが、熱田神宮前で降りるのを、喋っていた全員忘れていて、特急に乗ったものだから、１５分ほど次の駅まで止まらず、往復３０分のロスをして引き返してきたという珍道中だった。
その引き返した駅というか、乗り過ごしてたどり着いた駅が「ちりゅう」だった。
夕方に、蓬莱軒の「ひつまぶし」だけは食べて、みんなと別れて帰宅。
一息ついて、東映の『あばれ街道』を観ると、いきなり「ちりゅう」という地名が。
そう、三河が舞台の映画だったのだ。そしてそのなかでも「ちりゅう」という地名が出てくるとは。
また、この映画は市川右太衛門主演の映画だが、彼の役が「三河の団十郎」と呼ばれる役者（で、もとやくざの若親分）である。地元の知立にて小屋をかけているとき、本物の市川団十郎一行が通りかかって、ひと悶着。これが、冒頭のシーンである。
明日は、御園座で市川団十郎を観にいくのだ。
なんか、どんどんつながっていく。
こういうときは、テンションもあがっていく。

切羽詰って、逆にセンサーがよくなっているのか、アンテナが立っているのか。
なんか明日も起こるかもしれない。ワクワク。

１０月１０日
またもや近親者を失った。
１０月は鬼門か?
水難事故で、溺れかかっている人を助けようとして逆に自分が溺れた。
溺れかかった人は助かった。
おそらく、この類のニュースは山のようにあるだろう。
特に夏場や台風の季節に多い。
交通事故よりは少ないかもしれないが、よくある事故である。
しかし、それが自分の近しい人に降りかかると、重みが違う。
人間なんてそんなものだ。
助けにいった人の勇気をたたえつつも、聞き流すニュースであるが、結果をみれば溺れかかった人が助かった事実だけが残る。突如「他人なんてほっておけばよかったものの」という矛盾する気持ちを抱え、突然の死をどう悲しみ、悼み、気持ちに整理をつけていいのかわからなくなる。
「他人が亡くなろうとも、近しい人は生きていてほしい」という利己的な考えを悪とする世間体との葛藤なのか、偽善的に貫き通したいという世間体への己の見栄か。
自分のうちにある邪悪さが噴出する中、死者に対する敬意や弔意は神聖であってほしいという矛盾。

それでも、明日には日常の生活に戻り、私は普通に生活していくのだ。
どんなに邪悪で非道と呼ばれても、明日には笑ったりしているのだ。


      
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   <title>夏休みはこんなんでした</title>
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   <summary>９月２０日 ようやくディスプレイがなおって戻ってきた。 修理代はかからなかった。...</summary>
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      ９月２０日

ようやくディスプレイがなおって戻ってきた。

修理代はかからなかった。

なんか、配電盤の故障らしく部品交換になっていたけれど。

代替のディスプレイから接続をしなおす。

なんとか授業が始まるまでに、戻った。 


それにしても、体調が悪い。

昨日、よくわからない機械でストレスチェックとやらを受けたら、ストレス度は４段階中３レベル。医師に相談を推奨中等度レベルらしい。

とくに、額になんかつけられてはかられた脳内のストレスは、抑鬱手前。

アドバイスは「モチベーションUPにつとめましょう。メンタルバランスを整えましょう」だとよ。

機械にいわれたかねえよ。

まあ、予測していた結果やけれど。 


帰宅すると、体調不良のみならず、家でメールが送受信できなくなった。

いろいろ解決方法を探して、実行するができない。

家で仕事をするなってこと?

放棄します。 


９月１８日

うーん。

昨日より、にわかに体調不良。

身体が正直なのか。 


９月１７日

『卒塔婆小町』を堪能。

初めてこの御能を観た人は、どれほど年をとった人が舞っているのかと錯覚しそうなほど、すばらしい動き。

感動。 


敬老の日なので、夜は祖母を囲んで、両親、大叔母、伯母夫婦と会食。

伯母夫婦が、ちょうど私が滞在していたときと入れ替わりにバンコクにいたことがわかった。

まあ、こっちは安ホテル。あちらは、バンコクの最高級ホテルに滞在ですが。 


９月１５日

うわ！三連休やった。

移動しようと思うたら、ごっつい人。

逆に疲れた。 


今日は、特訓日。

記憶をすべてバンコクにおいてきてしまったので、きれいさっぱり忘れている。

おかげで、絞られました。

汗がたらたら。暑いのか、冷や汗か・・・

ただでさえ、あまり稽古に来られへんのやさかい、はやく一通り済ませようという先生の気持ち（焦り?）もわかるんやけど、すんません。 


９月１１日

リハビリ開始。

あかん、まだまだ。 


９月１０日

なんか調子が悪い。

うーん、登校拒否かしら。 


９月９日

なんと、阪神が連勝。

首位を守ったではないか。

それにしても、名古屋って野球放送が少ない・・・ 


９月８日

やっと洗面台がよく流れるようになった。

結構、短時間でなおしてくれはったから、もっとはやく連絡していればよかった。

せやけど、あまり家におらへんから、なかなかねえ。

せやけど詰まっていた原因はなんやったんやろう。

やはり老朽化かなあ。古いマンションやしね。

あとは、水の濁りか。

こちらは大仕事になりそうや。 


あきらめていた今シーズンだが、ついに阪神が首位に。

大丈夫かなあ。

１日で転落するんやないやろうな。ファンの言葉とは思えんな。

まあ、３位以内におってくれればいいんやけど、やはり巨人戦で首位は嬉しい。 


９月７日

ああ、とうとう本格的に仕事が始まった。

やだなあ。

気持ちが伝わったのか、出勤するなり、研究室のパソコンではなかった、ディスプレイが死んだ。

カスタマーセンターに電話したけれど、生き返らず。

至急、修理の手配。

１週間から１０日かかるというけど、仕事にならんやん。

あ、あまりしたくなかったのは私のほうか。

そういえば、昨年のやはり仕事が本格的に始動するこの時期に、パソコンの本体のほうがやられてしまったっけ。

保証期間内だったのでただでなおしてもらった（部品が一部交換だったような）記憶が。

あの時に、ディスプレイも不安定とか言って一緒に修理に出しとくんやったな。

はあ、気持ちがくじけるわ。

幸い３年ほど前にやめていかはった先生が使うてたパソコンがデスクトップだったため、ディスプレイだけ事務所から借りることが出来た。

助かった。

たまっていた仕事をとりあえず片付け始める。 


同僚には「バンコクでホテルの火災があったけど大丈夫なの?」とか、「マンダリンだから、そんな高いホテルに泊まっているはと思っていなかったけれど、ちょっと心配した」など言われてしまった。

御明察。火事のどさくさにまぎれて、もっとバンコクにいればよかったなあ。 


９月６日

短期間滞在で、バンコクより無事に帰国。

台風が近づいているので、ちょっと着陸はゆれました。

まあ、午前便だったので問題はなかったけれど。

それにしても、湿度のせいか名古屋は暑い。

タイも暑かったけれど、名古屋は違った種類の暑さ。

一睡もしていなかったので、薬を飲んでとりあえず一寝入り。

それから、大洗濯大会と食料買出し。

ふう。 


実家から電話。

「火災があったけれど、近くではなかったのか？無事に帰ったのか?」と聞かれてびっくり。

バンコクのホテルで火災があったの?

ホテル名を聞くと、そこは、先月、知り合いがステイしていたところだった。 


今回のバンコクは、観光を一切せず。

チュラ大とJFに資料調査。案内してくれた友人にはえらい迷惑をかけてしまったが。

でも、久しぶりに会えて楽しかった。

あとは、マッサージやぶらぶらするなど、のんびり休養を兼ねた。

タイ料理も満喫。

もっと長く滞在したかったなあ。

時間を何とか作ってまた行くぞー。

しかし、これまでは時間はないのではなくて作れば出来るものであったのに、今は４日以上連続となると・・・作れないなあ。

決められた日程と言うものがあるから。

宮仕えは辛い。 


９月２日

明日からバンコク。

海外は２年ぶり。

楽しみ。

行くことを決意してから、パスポートが切れていることに気づいてあわてたけれど、無事に取得したし、楽しみだなあ。

ほとんど、現実逃避の旅計画だけど。 


それにしても、今日はハード・スケジュール。

朝一番で御稽古。

しごかれました・・・

お昼を食べてから、車で名古屋に戻る。

栄の百貨店に御買い物。

そして、ようやく荷造り終了。

早起きしなくていけないので、もう寝なくては。 


９月１日

ほぼ半年振りの体術その他の稽古。

からだががたがた。血流やリンパ腺が滞っており、息も乱れている。

たっぷり４時間ちかい稽古で、全身がすっきり。

やはり、定期的に稽古せなあかんな。

家で一人でも出来るんやけど、つい疲労が先行して・・・ 


その後は、またまたとても久しぶりに友人と食事。

たっぷり５時間ほど話し込んでいたけれど、まだ喋り足りない。

また、会おうね。 


８月３１日

今週はちゃんと毎日出勤。

はあ、仕事が始まろうとしている。

まだまだ自分のこと出来ていないのに・・・

とはいえ、今晩はこのまま来るまで帰阪した。

さすがに、疲れた。 


８月２７日

２週間近く帰省していたら、気を遣いすぎて、倒れた。

またもや、過労による膀胱炎?

発熱。 


８月２６日

歌仙会。

ほとんど稽古をしておらず、それでも舞台に出なくてはならない。

これまでの中で一番緊張したかも。

というより、これまでの中で、内輪の会とて、みんなの前で舞台を踏むのに、稽古回数が少なかった。

少なすぎた、片手で足りる・・・

無茶やがな。

ああ、しんど。 


８月８日

オープン・キャンパスなんで着物を着て頑張る。

なんとか終了。

暑い。

パンダ状態。必死。 


８月５日

恒例の夏期ゼミナールに参加。

今年は、ある師弟の系譜。

川島雄三、今村昌平、浦山桐郎。

そして、シンポでは、原一男。

原監督ってものごっついこわい人やと勝手に想像していたんやけれど、温厚そうなおもろい人やった。

現場では、かなりおそろしいという噂が・・・

おもわずご本人に「こわい人だと思っていました」と言うてしまったけれど、笑顔で流してくれはりました。

その上、素人質問にも的確に答えてくれはるし、現場の裏話はきかせてくれはるし、すごく魅力的な人でした。ミーハーな意味を含めて、会えて感激した。

映画は、２泊３日で９本。

やはり、フィルムでスクリーンで観るのは楽しい。

『幕末太陽傳』『鴈の寺』（川島雄三）、『豚と軍艦』『にっぽん昆虫記』『にあんちゃん』『赤い殺意』『にっぽん戦後史マダムおんぼろの生活』（今村昌平）、『キューポラのある街』『不良少女』（浦山桐郎）の９本。

ただひたすら映画を観て、映画について語って、飲んで、至福の３日間。 


８月１日

ミケランジェロ・アントニオーニが亡くなった。

９４歳だったら、大往生か・・・

高校生のときだったと思うが（あれ、大学に入ってからだっけ?）、アントニオーニの代表作『欲望』が名画座で上映があって、まだ見ていなかったので、観にいった。すると、なぜか番組が変更になっていて、『砂漠』（これも未見だった）が上映された。それでも、なんというか衝撃を受けた。

今でも、アントニオーニの作品の中では、『砂漠』が一番好きだ。アントニオーニ作品の中では、それほど人気がないようだが。

昨日は、イングマル・ベルイマンの訃報を聞いた。８９歳。

ああ、２０世紀は遠くなっていくのかしら。

ベルイマンも中学（高校?）の時に名画座で見たと記憶しているが、最初に観た時はまだ子どもだったせいか、よくわからなかった。何の作品を観たのかもよく覚えていない。

当時は、大掛かりなハリウッドのSF・アドベンチャー・コメディ・アクションとか、あるいはヒッチコックとか、ミュージカルとかのほうが好きだったように思う。おそらく、淡々と描かれる映画がよく理解できなかったのだろう。

けれども、その後、スウェーデンに留学することがあって、急にベルイマンに親近感が沸いた。イングリット・バーグマンとベルイマンがBergmanと同じスペル（同じスウェーデン出身）だと知ったのは、スウェーデンに行ってからだった。馬鹿な子であった。

帰国後、もう一度、ベルイマンを観なおした。なんともいえぬ郷愁感と静けさに唸った。好きかどうかはわからないが、勝手に親近感を抱いたのは確か。

本当に単純単細胞。

御冥福をお祈りいたします。 


今日から８月。

まだ、夏休みにならないけれど、ようやく授業は終わったので、二人の巨匠の作品を追悼の意を込めて、鑑賞しようかなあ。

      
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   <title>ご無沙汰でした</title>
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   <summary>７月２３日 とうとうダウン。 この週末も、徹夜に近い状態を繰り返し、ようやく仕事...</summary>
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      ７月２３日
とうとうダウン。
この週末も、徹夜に近い状態を繰り返し、ようやく仕事を一つ終了。
２１日の午前中が期限だったのだが、今日まで待ってもらっていたので、郵送をあきらめ、直接持っていって、詫びを入れながら無事提出。

ほっとしたのだろう。
その後、御稽古に行くはずだったのだが、寒気はするし、身体は痛いし、立っているのも辛い。
御稽古を放棄し、とりあえず荷物を置いている実家にタクシーで帰る。
熱を測ると３８度を超えている。
あかん。
そのまま、解熱剤を飲んで、アイスノンを額に貼り付け、布団の上に倒れこんで、ごろごろ。
眠ることが一番いいのだが、全然眠れない。
おまけに、身体が痛いので、同じ姿勢でじっとしていられない。
それでも４時間ほどしたら、熱が下がったので、今が名古屋に戻るタイミングと思い、朝から何も食べていなかったので、かるくサンドウィッチを食べ、コーヒーを飲む。
ところが、これがいけなかったのか、再び胃痛・腹痛に気持ちの悪さが加わり、横になると、再び発熱。
５時間ぐらいあいたので、再び解熱剤を服用。

心配した両親に病院に連れて行かれ、ドーピングならぬ点滴。
診断結果は、過労による膀胱炎らしい。
ショック・・・
まあ、尿検査の結果がまだ出ていないので、はっきりと決まったわけではないが、風邪ではないことは確か。
抗生物質などを出され、点滴にも抗生剤をいれられ、帰宅。
ちょっと、楽になったので荷物を持ってとりあえず名古屋に戻る。

薬を飲まなくてはならないので、食物を摂取すると、再び気分が悪く。
かるく、微熱。
熱を測ると、気分から病気になりそうなので、もうこのまま休むしかない。
薬を数種類摂取。
おやすみなさい。

７月２１日
近鉄で帰ろうと思っていたのだが、時間がなくなってしまい、結局新幹線で帰阪。
午後の一番空いているだろうと思う時間（１６時半ごろ）だったのに、なぜか駅はごった返し。おまけに、霧雨。
新幹線もけっこういっぱい。
と思って、気がついた。
そうか、小中高はもしかして、昨日で終わり?今日から夏休み?
週末を利用して、旅行か、里帰りか。
こちとら、仕事がおわらねえ。８月にはいっても、休みは来ない。
ああ、なんか世の中おかしいよ。

霧雨だったのと、家で朝早くから（ほんまに４時ごろから）ずっと仕事をしていたのに、終わらなくて、あわてていたので、MKさんにて名古屋駅に行くことにした。
いつもは地下鉄なんだけど、ちょっと贅沢にタクシーを呼ぶなんて。
体力的にもう限界なので、たまには贅沢していいか。といいつつも一番やすいMKなんだけど。
それが、運転手が新入社員だとかで、若いお兄ちゃん。すごい分かりやすい道を行ったはずなのに、大丈夫かな・・・と不安に「あの、そこを右に」と言うと、
「道がおぼえられないんです」と言い出す。
おまけに「この仕事はむいていないと思います」と情けないことをこぼしだす。
後ろのベテランが運転していると思しきタクシーには、割り込まれるし。
あ、MKはやすさを売りにしているから、他のタクシー会社には嫌がらせされているんかな。
それにしても、心もとない。だんだん可哀想になってきた。
頑張るんだよ。

と、人のことなど応援しているほど、実は元気ではない。
昔から、雨は苦手。酸素が薄い。頭が痛い。めまいがする。
どうも、梅雨になってから、体調がすぐれぬ日が続く。

７月２０日
ようやく、一段落。講義が終わった。あとは、テストと演習が一つ。とはいえ、さまざまな雑事は山積み。かなり後回しにしてきているから、みたくない。
それでも、少しは気が楽になって、研究会に参加。
朝一だったので、車できてしまい、飲めませんが。
研究会にて、自分の知らない話を聞くのは楽しい。
華北パルチザンについて。
日中戦争以降、戦争が終わるまでの間の華北地域の話を聞いていると、なんだか私の頭の中は『七人の侍』だった。きっと誤解を招くのでうまくここで説明できないのだが、とにかく、『七人の侍』なんだよ。
話は飛ぶが、講義のフィニッシュに、木下恵介の『陸軍』のラストシーンを見せた。
田中絹代の演技を見ると、涙が出そうになる。そのときに、木下恵介と同年に東宝から黒澤明が監督でビューしたという話をしていたからかな。連想ゲームだな。

研究会後の、懇親会。
ウーロン茶でたのしく過ごしていたのだが、だんだんと眩暈。
雨のせいだ。最寄の駅まで、同僚の皆様を無事お送りして帰宅。
茫然自失。

７月１９日
河合隼雄先生が亡くなられた。
入院されていたから、突然の訃報ではないはずなのだが、それでもかなりショックだった。
大学院時代に、二回、河合先生の授業というか、御話があった。
ちょうど、先生が所長をされていた時に、日文研にあずけられたからだ。
大きな人だった。
なんだか、まだ７月なのに、知っている先生が二人も亡くなると、気持ちがつらい。
御冥福を心よりお祈り申し上げます。

今年は、人生の税金の時期かな。やっぱり・・・

７月１７日
市川雷蔵の命日。そして、祇園祭。
関西にいる時には、みなみ会館の雷蔵映画祭に必ず行っていたのに、こっちに来てから、一度もいけない。
それが、一番悔しい。悲しい。
スクリーンで雷蔵が観たい！！

７月１６日
台風が直撃。
それをいいことに、今週末は帰阪をとりやめる。
ほんまは、こういう時にこそ、祖母の家に泊まってあげるべきなのだが、こちらも、仕事が終わっていないので、連休を利用して一気に仕上げる。
６月末締め切りの原稿を、漸く書き上げる。
決して、満足のいく出来ではないが、とにかく二晩ほぼ徹夜を繰り返し、仮眠をとりながら書くなんて、久しぶり。ちょっと満足感を得る。
あー、疲れた。

７月１４日
土曜日だというのに、午前中は出勤。
AOガイダンス。
台風が来そうなので、昼過ぎにはさっさと帰り、週末に備えて食料を買出し。
さーて、やっと自分の仕事が出来る時間が持てる。
頑張るか。

７月７日
後輩のウェディング・パーティーで、岡山。
嬉しい１日。
楽しかった。

４月末に、亡くなられた先生のお別れ会があり、とても辛い気分になっていた時に、彼女から、「結婚します」というメールをもらった。
そのときは、「ああ、暗いニュースばかりではなかった」と本当に救われた気分になったことを覚えている。
だから、今日は本当に嬉しいし、楽しい。
幸せになってね。

６月２９日
『舞妓Haaaan！！！』を観にいく。
着物が観ていて楽しい。
植木等さんに合掌。
結構、面白かった。

６月２３日
父の快気祝いで、憧れの「嵐山吉兆」に行く。
ここは、雷蔵が打合せ等の接待に使っていた店である。
その後、いろいろあったのは、まあいい。
一度は行きたかった店だったので、気合が入る。
庭も店もさすが・・・とため息。
御料理もなかなか。
まあ、値段を考えれば、当たり前なんだけどね。
とにかく、これで行きたかった憧れの店を一つ制覇。
ご馳走様でした。

６月３日
御無沙汰しております。

ようやく、正謡会大会が終了。
なんとか、無事に舞い終えました。謡い終えました。
母の「砧」はさすがの一言。
やはり、関西を離れてしまったので、いくら近くてしょっちゅう帰阪しているとはいえ、御稽古不足はどうしようもない。
それだけに、結構プレッシャー（関西にいたときもプレッシャーはあったけれど）が強くて、終わると開放感とともに疲れがどっと出る。

明日の非常勤が、流行り病のための全学休講のために、なくなったので、ほっとした。
不謹慎なのは分かるが、大会の翌日は本当にしんどいやもん。
堂々と休めるなんて、学生以来、休講を喜んでしまった。
ああ、なんて極悪非道な性根をしているんやろう。
本性がでましたな。

それにしても、４月に新年度が始まり、いろいろなことがありました。
無事に父が退院できたものの、なかなか本人はしんどいらしく、家の雰囲気が悪い。
GWには喘息が出て、大変だったし、自宅療養の付き添いもかなりの負担。
亡くられた先生のお別れ会もありました。
こういう形では、久しく会わなかった人と顔を合わしたかくなかったというのが、正直な気持ち。
今年は、人生の税金を払う時期なのかもしれない。
会議は多いし、書類はなんだかたくさんあるし、歓迎会や研修や、御稽古やら。
しょうもないことも多いが、そんなことに振り回されたり、時間を取られたくない。
が、馬鹿らしいことも頻発するのだ。
C’est la vie.


      
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   <title>Good luck and good bye</title>
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   <published>2007-04-14T01:07:48Z</published>
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   <summary>４月１１日 母より電話。 予想より長引いていた父の入院だが、どうも来週には退院で...</summary>
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      ４月１１日
母より電話。
予想より長引いていた父の入院だが、どうも来週には退院できるらしい。
外科的なものは日にち薬なので、仕方がないが、やはり入院していると気分が双方ともに重い。
とはいえ、金曜日の授業が終われば、病院へ直行してほしいとのこと。
母もそろそろ看病疲れ？
やれやれ。

４月１０日
本務校にても、授業が始まっている。
とりあえず今週はイントロダクション。
今日はゼミが二つ。
ご挨拶をして、終わり。

立て続けに事務処理などが舞い込み、やはり今年度もいそがしいのだろうと、今年１年の姿がみえるようだ。
１年だっても、いろいろとわからないことが多すぎる職場。

昨晩、やはり昨日のニュースを引きずって、全然眠れず。
いつもの薬を服用したものの、どうしてもだめで、とうとうさらに飲み足してしまった。
なんだか、一進一退の日々。
ちょっとは眠れるようになったと思っていたのに、幻想だったのか？

４月９日
グッド・ニュース、バッド・ニュース。
ようやく初めての単著が完成した。
中身とは裏腹に？外側の装丁はかっこよくて気に入っている。
パッケージって大事よね。
これが、グッド・ニュース。

そしてバッド・ニュース。
お世話になって人の突然の訃報。
気持ちの整理がつかない。

授業が始まり、あまり個人的な感情で仕事に影響を出すことはしたくないのだが、どうも今日は気が散ってしまう。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
合掌。

４月７日
町蔵ではなく町田康のライブへゴー！
昨日に引き続き、命の洗濯。
『本音街』の朗読。
続いて、ロックなライブ。
昨年のGW前に新宿ロフトに行ったきり。
ほぼ一年ぶり。
あー、かっこいい。
新曲もどんどん披露していく。
御執筆が御忙しいのでしょうが、そろそろアルバムを出してくれないでしょうか。
名古屋でもライブしてくれへんかなあ。

身体いっぱいにサウンドを浴びて、心地よい気分。
ライブが終わってから、ぞろぞろと人が出口に向かう中、いろいろな感想の言葉が聞き取れる。

「INUの曲をやられたときは、もう倒れるかと思った」
「やっぱりかっこええなあ」
「俺がやりたいのは、ああいう感じなんや」
なるほど、なるほど。

「結構、歌うまいやん」（あの、もともと歌手ですから）
「あんなアナーキーなあぶなそうな人なん？」（いや、１０代からパンク歌手ですから）
と、ついつい突っ込みを内心入れている自分が、なんだかオールドになったようでこわい。
まあ、作家・町田康からファンになった人でしょうねえ。
いやいや、曲もどんどん聴いてください。
はまりますよ。

４月６日
あまりにもいろいろなことが起きるものだから、なかなか主治医のところもいけず。
本日漸く念願かなって主治医のところにたどり着く。
命拾い。

４月３日
入学式。
とうとう２年目に突入した。
ショックなことに、所属する学科はわずかながら定員割れ。
弱小大学の運命。
なんとかせんとあかん。
せやけど、出来ることは限られている。

はあ、今年度もいそがしそうやなあ。

４月１日
研究会の同窓会兼出版記念会兼花見。
嵐山に昼前に集合。
なんだが天候が不安だが、折角なので、桜の小紋に桜の帯を締めてお出かけ。
店の店員と間違えられた。

雨が降ったりやんだりしているが、まあその方が人が少なく、楽しかった。
舟遊びや展望台など、嵐山を満喫。
帰りは父を見舞いに病院へ。
大分と顔色もよく、あとは日にち薬。
頑張ってもらいましょう。

宣伝します。
私はコラムしか書いていませんが、なかなか良い本です。
『文化としてのテレビ・コマーシャル』（世界思想社）
さまざまな視点からCM研究しています。
御興味のある人は、手にとって見てください。

３月３０日
オリエンテーション。
その他いろいろ。
あまりに驚くことが多く、ただただ唖然。
ちょっと対応できない気分。
まあ、そんなこと言うててもしゃあないわ。

大学から直接実家に帰る。
夜の名神を走るのは、ちょっと緊張。
覆面につかまっている車。
追突したらしく、バンとトラックが車線の横で停車し、警察が来ている。
夜の高速って結構飛ばす車多いからなあ。
ああ、肩が凝った。

３月２８日
父の手術日。
家族待合室というところで、何組もの家族が待っている。
重苦しい空気が流れる。
説明を受けていた通り、無事に手術が終わり、まあ予定通り。
ちょっと安心。

３月２４日
朝からあわてて帰阪。
とはいえ、もともと昼に京都で打合せが入っていたので、帰る予定にはしていたのだが、いろいろと仕事を交代してもらって、しばらく関西にいることにした。
京都の打合せは有意義なものであった。
これからどうなるかわからないが、とにかく来年度にむけて少しは自分の活動をしなくては。
どうも、今年度はなんだかよくわからない一年だった。
もう少し、来年度は自分の時間を作るように計画性を持ったものにしたい。

３月２３日
卒業式。
まだ４回生は担当していないので、あまり卒業生は知らない。
けれどもお誘いいただいたので、卒業パーティーにものこのこと参加する。
帰宅すると、母から電話。
父が入院。

３月２２日
神明温泉に行ってきました。
遊んでばっかりやん？
いやいや湯治ですがな。
これでも結構疲れるんですわ。
ほんまにいろいろおましてな。

行きは美濃で和紙を購入。
帰りは、郡上八幡で少しばかり観光。
郡上八幡は一度行ってみたかったところだったので、嬉しい。
あいにくの天気で、時雨れたりして、ゆっくり観光は出来へんかったけど、それでも楽しかった。
結構、車で行くと近いことが分かり、また行こうと誓う。
結構古着（物）の店が多くて、お土産物よりも帯や着物を漁る。
何を思ったのか、小紋の反物を購入。
あとは、いろいろなお店に飾ってある得物ばかりが気になる。
鎖鎌とか槍とか具足とか甲冑とか、結構いろいろ飾っている店があって釘付け。
思わず、お店の人の許可を得て写真を撮らせてもらう。
ちなみに郡上八幡名物の｢葉なんばん｣を作って売っているお店なので、武具を扱っている店ではありません。
おばちゃんの話では、御主人の趣味だとか。
あとは、酒屋で見つけた古い日本酒のポスター。
絵ですが、山本富士子と久我美子だ。思わずこちらも写真を撮る。
ちょうど、旧暦で町中で御雛さんが飾られていて、観光客はそれを写真に撮ったり、見て歩いているのだが、一人不審な行動をとっていたかも知れぬ。
楽しかった。
しかし、ちょっと調子に乗ってお湯につかりすぎたのか、帰るとどっと疲れが出た。



      
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   <title>お正月からまとめて日記です</title>
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   <published>2007-03-20T00:46:59Z</published>
   <updated>2007-03-20T00:47:24Z</updated>
   
   <summary>３月１９日 とうとう嘔吐。 きっとずっと溜めていたんやわ。 どこかで吐きださなあ...</summary>
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      ３月１９日
とうとう嘔吐。
きっとずっと溜めていたんやわ。
どこかで吐きださなあかんねん。
主治医のところにもいけず、かなり溜め込んでいた。
自分なりに楽しい週末で、発散してきたつもりやったけど、おいつかへんかったんやなあ。

１６日から１７日にかけて、榊原温泉で湯治。
憧れの奈良ホテルでランチ。
そして、お湯がステキな温泉。
料理はいまいちやけど、温泉を望んだのは私やし。
とはいえ、家族旅行なので、麻雀三昧。
これも祖母孝行。
１７日は帰りに伊賀・上野へ。
忍者博物館やっけ？祖母と両親を待たせて、一人でのぞきに行ったら、なんと雷蔵の写真が。
霧隠才蔵をやった時のロケ風景だった。
こんなところで雷蔵に会えるなんて、やっぱり呼ばれていたんやわ。

と、のんきなことを書いてるのも、大分と復活したおかげ。
１４日の夜に身体が痛くて痛くて、薬も効かずに七転八倒。
翌日は会議が重なり、鎮痛剤でごまかし、そのまま温泉旅行中も、心配をかけたくないために、朝晩と解熱剤を飲み続けて、ごまかしごまかし。
日曜日はとうとうごまかしきれずに、１日祖母の家で寝込む。
とはいえ、眠れないからビデオに撮りためた映画を観ながら、横になっていた。
ちょっと、仕事して、あとは小説を読む。とにかくごろごろ。
久しぶりに映画を観たのも復帰の一つかも。
今朝は熱が漸く下がったようなので、とにかく名古屋に戻る。
アーバンライナーの中でも映画を観る。
ちょっと仕事をして、また本を読んで、映画を観て、ようやく落ち着いてきた。
おそらく、それで緊張の糸が切れたのだろう。
にわかに気持ち悪くなり、もう胃の中が空なのに、嘔吐を続けた。
血痰も出ていたけど、まあ、吐き出すだけ吐いたらええんやわ。
まだまだ溜め込んでる気もするけど、身体が吐き出しにかかっているぐらい回復してきたと認識。
だから、久しぶりにこうして書いています。

いやあ、就職するって大変やわとつくづく痛感。
楽しいことも多いけど。
でも、次年度の準備も全然できてへん。
仕事もまだまだおわらへん。
そして、吐いた割りには、薬がきかへん。
またまた眠れぬ夜かしら。

３月１２日
昨日は、偶然、知人に遭って、ランチをともにして楽しかった。
こんなことってあるのね。

今日は、久しぶりの日文研。
あ、土曜日も研究会で来たんですけどね。
久しぶりと言うのは、遭うメンバーのことです。
朝一に、御影で御稽古。
そのあと、日文研に行き、もとの職場であるプロジェクト室に行く。
先生もきはって、昨年まで一緒に仕事をしてきた顔がそろい、なんだかその中に自然に紛れ込んでいる自分がいるようで。
そこが、またとても心地が良い空間で。
思わず、「なんかまた明日とか言うてしまいそうですわ」ってもらしてしまった。
先生も「小川さんもずっといたみたい」と突っ込んでくれはって、ほんま、昨年にここをあとにしたとは思えない。名古屋での１年が幻なのか？
長いこと御世話になったからなあ、ここには。
３月末に、同僚がまたここを後にする。
なんか、寂しいような気もするが、すでに去っているのは私のほうではないか。
頭おかしなってるわ。

帰りは、夕飯を誘ってもらい、久しぶりに同期４人顔合わせ、後輩と同期の夫と６人で飲みました。
突然行ったのに、こうやって会えるなんて嬉しい。
とっても気分転換になりました。

３月６日
あー、怖かった。
あんなに暖かかったのに、急に冷えるなんて。
ちょっと予想をしていたから、早めに関西を出る。
でも、滋賀県にはいるなり、雲行きが怪しくなり、『リング』やないけど、高速の前方が真っ暗なんです。
そこへ突っ込んでいくように車を走らせるしかなく、養老まで吹雪でした。
でも、名古屋は晴れていたので、無事帰り着きました。
肩凝った。

３月３日
ひな祭り。
久しぶりに稽古。
あ、なんと稽古始めではないか。
うーん。そんなに忙しくて稽古に来られなかったのか。
身体がなまっています。
でも、１日稽古して、スッキリ。
ちょっと、落ちていた気分があがったかなああ。

３月２日
日記を書かないと、りはびりできない。
でも、なかなか書けないことが多すぎて。

今日は、久しぶりに車で帰阪しました。
点検に持っていき、それから漸く時間が取れたので、主治医のところへ倒れこみに行くつもりだったのが・・・
歩いているうちに、急に不安感というか、なんか嫌な予感がして、病院に到着するとその予感が的中。
なんで、今日に限って代診なん？

薬だけもらって、泣く泣く帰りました。
しくしく。
どこで癒してもらえばいいんや。

２月２４日
初めて大学院入試を担当。
おいおい、私が担当してええんか？この前まで受ける側やったのに・・・
恐ろしい世の中です。
それにしても、秋から何度、入試を担当したことやら。
あまり、試験をしたくはないんやけどね。
自分が受けたときのあれこれを思い出すわ。
生きた心地がしない。

２月２１日
あまりにも理不尽なことがあり、かなりストレスが溜まっています。
しかし、ぶちまけることの出来ないことも多いのです。
生きるって大変です。

２月４日
謡曲の新年会。
全然稽古ができていないので、ほんまに間に合わせ。
結局、謡いの節を間違うわ、ちゃんと舞われへんわ。
はああ、御稽古って大事ね。
でも、ちょっと一息つけるかな。

１月３１日
ちょっと復活。やはり気分転換は必要だと痛感しました。
無茶な生活はこれまでずっと続けてきたので、別に自分勝手に｢忙しい｣状態を作ってしまっているだけで、なんだかんだと過ごしてきたつもりだった。
１年の最後には、いつもいつも｢突っ走ってきた｣とか「なんだかわからぬまま忙殺されて」とか回想していた。
せやけど、歳なんかなあ。
ほんまにあかんわ。
そろそろ計画性を持った生活にしな。
時間を要領よく使うという技をいい加減身につけな、来年度は倒れるかもしれん。

１月３０日
久しぶりに、楽しい楽しい１日。
いやあ、なんかほっとしたわ。
今日は、朝から着物を着て京都へゴー！
母の新年会に合流し、高台寺の「馳走高月」にて会食。
昨年末の下見で行った時に、薄味で美味しかった上、器もなかなかよかったので、もう一度来たかったのだ。
たまには、美味しいものを食べてゆっくりしなあかんね。
その後は、日文研へゴー！
めでたく同僚の就職が決まったので、なんだか自分のことのように嬉しくなり、夕方にある研究会に参加ついでにお祝いを言いに駆けつけたのだ。
研究会もリフレッシュになるし、おめでたいことがあると気分がハッピー！

１月２１日
初めて、センター試験の監督をやりました。
緊張が走る一日。
疲れた。

１月８日
長い長い帰阪を終え、名古屋に戻りました。
現実世界へ引き戻され。

1月１日
あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。

無事におせちを作り終え、今年も無事に迎えました。
どんな一年になることやら。

      
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   <title>それにしても、今週は死ぬかと思った</title>
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   <published>2006-12-13T02:37:02Z</published>
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   <summary>１２月９日 久々の御稽古。 しかもダブル稽古。 午前中は、舞の稽古。 とにかく大...</summary>
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      １２月９日
久々の御稽古。
しかもダブル稽古。
午前中は、舞の稽古。
とにかく大会に間に合わない人リストのトップなものだから、厳しい。
珍しく午前中に誰も社中が来なかったので、まるで特別特訓日状態。
舞囃子がこの前やっと最後までいったところなので、もちろん身体が覚えているわけがない。頭の中で手順を思い出しつつしているのだから、ちょっと止まるとびしばし叱られる。
キリの仕舞も一挙に詰め込まれる。
キリの仕舞は一度やったはずなのだが、全然記憶にない。
覚えるのも早いが忘れるのも早い。
ふえーん。
２５日のクリスマスは、特別特訓日となってしまった。

午後は身体を健康にするための御稽古。
雨が降ったりやんだりと変な天気。
いつもと場所を変えて、新幹線高架下にある公園でからだほぐし。
驚異的に背中や腰骨がかたまって、へばりついており、腕や肩がまわらない。
体中が錆びとりますなと指摘される。
うう、一言も返せない。
ほんまは家で１０分、いや５分、いや１分でもいいからほぐしてやればいいのだが・・・
あまりにも忙しくて、ついつい自分の身体はほったらかし。
反省。
これからどんどん寒くなる。
せめて新陳代謝をよくする程度に、うごかしてやらな余計に縮こまるわなあ。

伯父たちや両親もやってきて、祖母の家で夜はにぎやかにてっちり。
美味しかった。
身体をほぐして、めぐりが少し良くなっていたせいか、ワインがよくまわり、１０時過ぎにはしんどくて（心地よいが）、横になってしまった。
このまま眠れたら・・・とうとうとしていたが、１２時ごろには目がばっちり冴えてしまい、頓服。
おやすみなさい。

１２月８日
創立記念日で大学が休み。
学生以上に喜んでいるのは、私だけ？
なんか、めっちゃくちゃ忙しかったなあ。
というても、これからもまた忙しいねんけど。

同学部の先生方と少しでも交流をはかり、学科を越えた楽しい職場づきあいをと、有志で研究会を立ち上げることにした。
その第一回目の研究会が昨日。
授業が終わってからだったので、１７時過ぎスタート。
その栄えある最初の発表者に選ばれたのだが、裏では人身御供説も。
なれない環境と忙しさに、なにも新しい研究ができていないため、まあ自己紹介を兼ねて、博論ネタのチャンバラ映画の殺陣について発表。
着物を着ていきたかったが、雨で断念。
代わり？といっては関係ないのだが、なぜか手裏剣を持参。
得物を取り揃えて、発表。
映像も満載の１時間半。
なんか９０分間喋るのが癖になってきたみたい？
１時間発表予定だったのに、丸１時間話し続けた上で、折角だからと映像を見せたため、質疑応答の時間を潰してしまった。
あこぎやなあ。計画的犯行やで、ほんまは。
二人ほどから質問を受けた後、場所を移動して懇親会へ。
年齢も、研究分野もばらばらなので、同じ映像を見せても、みんな違うところをみているのが面白い。
昨日から、他の先生の協力を得ながら作ったDVD。アナログで生きている機械音痴の私には、大作業だった。
ちなみに、断片とはいえ使用した映画は、『渋川伴五郎』（１９２２）、『雄呂血』（１９２５）、『大菩薩峠』（１９３０）、『忠治旅日記』（１９２５）、『新版大岡政談』（１９２７）、『丹下左膳第一篇』（１９３３）『丹下左膳日光の巻』（１９３６）、『決闘高田の馬場』（１９３８）、『稲妻草紙』（１９５１）、『旗本退屈男謎の蛇姫屋敷』（１９５７）、『大菩薩峠第二部』（１９５８）、『薄桜記』（１９５９）、『用心棒』（１９６１）、『斬る』（１９６２）、『椿三十郎』（１９６２）、『十兵衛暗殺剣』（１９６４）、『子連れ狼三途の川の乳母車』（１９７２）である。
好みが偏っているのがよくわかる。まあこんなもんさ。

わいわいと騒いで、夜遅くに帰って、今日が休みだったので、久しぶりに開放・解放された気分。
しかし、今日中に締め切りのものをすっかり忘れていて、昼頃にあわててとりかかる。
投函してから、帰阪。

１２月６日
会議。
なんだかねえ。
どうして、話の通じない人っていはるんやろうねえ。
御互い気持ちよく終わりたいやないの。
そうもいかへんのかなあ。
最近、いろいろ考えて、とりあえず、いったん受け流して、それから相手に気づかれぬように斬り返す術はあらへんやろうかと試してみているのだが、まだまだつかえんな。
でも、相手を居つかせることには、ちょっと成功したかも。
なにをやってんねん。

１２月５日
またもや午前様。
明日、返却しなくてはならない添削の山が終わっていない。
うーん。
頭がいたい。

１２月４日
映画鑑賞会。
悲しいことに、いくら宣伝してみても、学生さんたちにとって、ただで映画がみられるというのはどうでもいいことらしい。
まあ、関心があらへんみたいやわ。
観たことのある映画でもないらしいんやけどね。
いつも一人来るのだが、この学生は特別映画好きで熱心に来てくれるというより、どうも我々教員にかもうてもらいたくて来ているような気がする。
そんなん言うたら、その学生さんに失礼やないの。
ごもっとも。
せやけど、ちっとも映画に集中してくれへんし、終わってから少し映画講座をするのだが、ちゃんと筋を理解しているんかいな、時々不思議に思う。
それでも、来て観ようという心がけは、嬉しい。
今日は『カラーパープル』。
ジェンダーやエスニシティに興味がある人はぜひ観てほしかったので、講義中に宣伝したのになあ。
私も久しぶりに観たのだが、アリス・ウォーカーが出ていたドキュメンタリーの映像と記憶が混じっていたことが発覚。
思っていたシーンがなかったから。いつものことやけど。
せやけど、以前観終わったときに感じていたことから、今になると大分と印象が変わっていた。
ふむ。もう少し、考えてみようかな。

１２月３日
舞の特訓日。
１１月に一度も稽古に行くことが出来なかったため、日曜日にもかかわらず特訓を言い渡された。
舞囃子を半分しか習っていなかったのだが、一度に最後まで道順を教えられる。
たっぷり２時間も御稽古していただきました。

まあ、少し締め切りを延ばしてもらっていたのを、ようやく本日投函出来たので、少し気持ちにも余裕が出来た。
だから、体調はあまりよくないにもかかわらず、意外と楽しく御稽古できたと思う。
いや、稽古していないほうが、体調を崩すのかもしれないなあ。

それにしても、今週は死ぬかと思った。
締め切りが３０日だったのだが、２７日ぐらいには、泣きのメールを入れて今日まで延ばしてもらい、これ以上は絶対遅らせないと、必死。
かたや、学生のレポートの添削で時間を大幅に取られ、それも仕事のうちと、泣きながら授業準備を傍らでし、ちっとも自分のことに時間が避けない。
とうとう、今週までほとんど手付かずだったので、睡眠時間は２～３時間。
コタツで寝起きして、大学では大学の仕事、家に帰ってからは自分の仕事と、博士論文締め切り前のような状態で、なんとかやってきた。
１日の金曜日はまたもや、完徹。
あとは、日文研にある図書が必要となり、完徹のまま午前中に荷造りして、京都へ。
図書館にこもり、午後から研究会に参加。
もちろん目途がついたから。
その日は日文研に泊まり、今日の昼過ぎまで、図書館にこもって、一応あきらめた。
昨晩、久しぶりにベッドで寝たせいか、案外元気。

と、思って、稽古修了後、名古屋に戻ってきたが、家に帰るとめまいが。
しばし、放心状態が２時間ほど続いていたのだろうか。
あまり、記憶がない。

１１月２７日
映画鑑賞会。
『炎のランナー』。
不本意ながら、やらなきゃならないことが多すぎて、仕事をしながら後ろのほうで鑑賞。
情けないことに、「剽窃」リポートをみつけてしまった。
あまり「剽窃」とは言いたくない。
しかし、いろいろなサイトから参考にしたとはいいがたく、まるまるコピーしてしまっているのだから、見逃してあげるわけにはいかなかった。
なぜなら、本当に情けない話だが、これで３人目であり、すでにある科目が不合格となった他の学生の手前、同じように対処しなくてはならなかった。
このたびは、学生さんを信じて、グーグルで検索していなかった。しかし他の先生からの指摘を受け、発覚したのだが、気持ちのいいものではない。
せめて、参照ページとしてサイトを載せるか、潔く引用してくれたらよかったのに・・・
なんだか、暗い気持ちになってしまった。

１１月２１日
推薦入試のかたわら、この入試で合格した生徒さんたちに出す入学前課題というものを、副主任の先生とともに作成。
先週の金曜日から、着手しているのだが、なかなか大変な作業。
ついでに、入学前課題と一緒に同封する御手紙、まあ、高校生たちへのメッセージなのだが、それも考え、作成。
明日の授業準備も、まだ出来ていないのに・・・
何をしているのやら。

１１月１８日
またもや入試で週末がつぶれる。
噂には聞いていたが、ほんとに休みがない。

１１月１３日
映画鑑賞会、『キリング・フィールド』
３～４人と少ないが、まあまあかな。
とりわけ二人の学生は、講義中に「クメール・ルージュ」の話をしていたので、興味を持って観に来てくれたのであろう。
と思って、鑑賞後のプチ映画講座で確認すると・・・
「なんですか？それ」と言われ、おまけに「だって高校のとき世界史をとっていなかったから」といわれてしまった。
がっくり。
世界史未履修問題ではなく、先日の授業で話をしたやん。
ただ単に、映画を観にきてみただけやったんかいな。

先週は金曜日締め切りのものを日曜日まで待ってもらい、やっとメールに添付して仕上げた。
ほんまに綱渡り人生やなあ。
ふらふらになって今日は出勤したのに、なんか肩透かし食らわされたみたいやわ。
大学祭やなんやで、なんか週末がつぶれて、どうしてこんなに忙しいかもうわからへん。
頭の悪いのがさらにひどくなって、記憶力がどんどん落ちていく。


      
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   <title>暗い話が多すぎて</title>
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   <published>2006-11-06T03:39:05Z</published>
   <updated>2006-11-06T03:40:30Z</updated>
   
   <summary>１１月１日 教員総会。 のち、懇親会。 なのだが、車社会の愛知県。 大学側は何を...</summary>
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      １１月１日
教員総会。
のち、懇親会。
なのだが、車社会の愛知県。
大学側は何を危惧したのか、懇親会の飲み物は、「ノン・アルコール・ビール」に「ノン・アルコール・ワイン」。
春に引き続き、大学がいま厳しい状況に立たされている。
入試を控えるこの時期、入学者の確保をと、暗い話ばかり。
あの、私みたいな単細胞な人間は、暗い話をされると、気分がなえてしまい、あまり頑張ろうと励まされないのですが。
できれば、やる気を起こさせるような話のほうがいいのではないでしょうか。

１０月３１日
ハロウィーン。
って、別になんもせえへんけど。
ゼミの発表が一巡する。
全体的なコメントや、卒業研究に向けて、そろそろテーマを絞っていってね、と頼む。
自分が三回生だったときを思えば、とてもいえないコメントなので、頼み込むといった気分だったのだ。
まず、レポートの日本語添削をしたもので注意を促し、プレゼンテーションをする時に、きちんとした日本語を使いましょうと、基本的なことから始める。
「やっぱ」「っていう感じ」「ぶっちゃけ」「っぽい」「自分的には」など、使わないように、普段から意識しないと、就職の面接のときにボロッと出ますよ。
など、なんとか認識してもらおうと、話をするのだが、伝わっているのかしら。

３日の木曜日から５日の日曜日まで大学祭。
なぜか、オープン・キャンパスをかねているといわれ、出勤することになっている。
３週連続、週末も出勤。
大学祭といえば、休みだと思っていたのに。

夕方に、理不尽なことが続き、冗談交じりで、廊下で「全面戦争じゃ」と叫ぶ。
なんの出入りやねん。
さぞかし、この叫びを聞いた人は驚かれたであろう。
すまない。

１０月３０日
ブルーマンデー。
仕事は山積み。
論文の締め切りは近づいてくるのに、全然着手できない。
いろいろと理不尽なこと多し。

夕方は映画鑑賞会。
本日の上映は、『ニュー・シネマ・パラダイス』。
いろいろとプチ映画講座のネタを仕込んでいるのだが、来た学生はたったの２名。
がっくり。
どうせなら、誰も来ないほうが、好きな映画観られるのでいいのですが・・・と、ひねくれ根性がむくむくとわく。
あかんあかん。
しかし、今日は先生も一人来てくれはったので、話が弾む。
感謝。

１０月２９日
昨日は、面白いシンポジウムであった。
いやあ、得るものが多くて、実りあるものだったと思う。
まあ、主催している先生方一番大変だと思うけれど、その場のお手伝いは慣れている。
茶室で行ったのだが、かめむしがぶんぶん飛び回っていて、途中で笑いそうになってしまった。まあ、自分のほうに飛んでこなかったからだが。
（こっちに向かって飛んできたら、おそらく悲鳴を上げて、逃げ出していることだろう。）
なかなかいい茶室で、こういうときにお点前ができたらどんなにいいだろうと、しみじみ思う。
終わってから、前回の下見のときに目をつけておいた織部のぐい飲みと酒入れを買う。
なかなか素敵だ。

今日は、編入試。
世界史などの未履修問題が取りざたされている今、AOや推薦などに参照する成績評価が意味をなさなくなっているのでは、と不安になった。
まあ、あとは面接が頼りか。

それにしても、２週連続で日曜日がつぶれるのは、なんだか辛い。

１０月２７日
午前中は、徳川美術館へ。
「茶の湯の名宝」展を観にいった。
茶入れが一番多かった。
はあ、もう少し勉強しておけば、もっと展示品を楽しめただろうに・・・
忙しさにかまけて、ぜんぜん進展してへんなあ。
それも、普段の心がけか。

明日のシンポジウムの準備に、右往左往。
日文研のことを思い出した。
いろいろなシンポジウムを手伝ったよなあ。
おかげさまで、とても今役立っています。感謝。
会場の下見もちゃんと行ってあるし、まあ、問題ないでしょう。

１０月２５日
えらい目に遭うた。

毎日が、大変なので、自分で息抜きの楽しみを設定していたのである。
ちょっと贅沢だが、京都に映画を観にいくためだけに日帰りをするというものだ。
ちょうど、今週から京都映画祭が始まっている。
といっても、大分規模が小さくなってしまい、今週１週間だけだ。
事務局の方々も、全然知らないわけではないし、運営が大変なのもわかる。
それでも続けてくださり、映画ファンにはありがたい企画を立ててくれるので、感謝。
まあ、興味のあらへん人にはどうでもええはなしやけど。

今日は、授業が午前中だけ。
珍しく会議も入っていない。
昼間にさっさと家に帰り、車を置いて、京都へゴー！
と、張り切って行ったのだが、どうも新幹線の改札口あたりが不穏。
いつものように、指定席を自動券売機で取ろうと思うが、画面が違う。
張り紙を見ると、朝に静岡駅で人身事故があったそうな。
それで、ダイヤが乱れて、大幅に電車が遅れているという。
３時ごろに、とにかく来た新幹線の自由席に乗り、なんとか京都へたどり着いた。
私が乗ったのも、２時間半近く遅れていた。
帰りは大丈夫なのか？と内心不安に思いつつ、とりあえずバスに乗って祇園会館へ。
予定では、小一時間ぐらい祇園をぶらぶらする予定だったのに・・・
まあ、えらいようけの人やし、修学旅行生やら観光客で込み合ってきているし、しゃあないな。
１５分ほど前だが、映画館に入る。
ロビーで待っているが、さすがに今日はお客さんが多い。
だって、１０００円（チラシなどもっていると９００円）で映画が最高４本観られて、おまけにゲストトークも味わえるのだから。
１本目と２本目も観たかったが、さすがに間に合わないので、私が鑑賞したのは２本だけ。
まず、『新・極道の妻たち』を観てから、お目当てのゲスト・岩下志麻さんのトーク。
初めて、本物を（スクリーンではなく）見たのだが、お美しい。
ステキな大女優さんだ。
ご自分でデザインされたという着物は、秋の京都をイメージしたもみじの訪問着に、銀杏の帯。
あの帯はいいなあ。好みだ。
小一時間ほどのトークを拝聴し、ちょっと感動。
終わってから、久しぶりに『古都』を鑑賞。
２２歳のときだったそうだ。
かわいい。（というと失礼かも知れんが）
改めて『古都』を見ると、京都を意識して（当たり前だが）作られており、四季折々の風景や、知っている店などが出てきて、楽しい。
これは、「ランドスケープ」の話をするのに、使える映像だ、などと職業病が出てしまっている自分が悲しい。
映画にまつわるお話をいろいろ聞くことが出来たし、無理してでも来てよかった。
さすがにバスに乗ると帰れなくなりそうだったので、MKタクシーをつかまえて、京都駅へ。
東京行きはもうなくなっていたが、幸い名古屋なので、無事新幹線に乗ることが出来た。
下りは、まだダイヤが乱れていたなあ。

よし、明日からもまた頑張るか。
映画の話して、お鳥目いただけるなんて、ありがたい話ではないか。

１０月２４日
えーん、えーん。
思わず泣いてしまいたくなる。
残業時間の記録を作ってしまった。
車だからいいが、大学を出たのは午前０時を過ぎていた。
途中、夕飯を食べに出たけれども、こんなに時間がかかるとは・・・
よく、会社勤めの友達が、残業で終電がなくなってタクシーで帰ったなどとこぼしていたけれども、自分の身に降りかかるとは、思うてもみなかった。
あかんなあ。

まあ、大学も企業も同じ。
仕事をせえへんやつは、とっととかえらはるし、見て見ぬふりを出来ぬものが、結局夜中になるまで、仕事を背負う羽目になる。
一人でしていたら、放り投げだしたいところだが、４～５人で残業していたのだから、あまり文句も言えない。
なんか、精も根も尽き果てた・・・

１０月２３日
月曜日だというのに、一週間が既に長く感じる。
やはり、昨日も大学に来ていたからだろうか。
講義はないとはいえ、やることは山積み。
後期が始まって、急にしんどくなった？
歯が浮いてしまい、リンパ腺が腫れている。

１０月２２日
はじめてのAO入試。
９月にもあったのだが、法事と重なったので、休ませてもらっていた。
昨年に比べると、激減。
昨年いなかったが、とにかく窮状であることはわかる。
弱小大学の十字架。
一体、この国の初等中等教育はどないなってんねん。

って、私のような輩が大学の教員になってしもうたことを鑑みれば、致し方ないか。
日本の悲劇。

１０月２０日
やっとのことで、主治医のところにたどり着く。
血液検査をしたのは、すでに一月前。
結果を聞きながら、いろいろと話をする。
癒される・・・と感じている私は、大丈夫なのか？
薬をもらって、祖母宅に帰る。

１０月１８日
学科企画の講演会。
それから、学科紹介の映像撮り。
ついでに教授会も重なったのは、関係ないが、こちらに来て初めて着物で通勤する。
着物のまま、普通に講義を行っていたが、さすがに学生は驚いた様子。
お世辞を言うてくれはり、「せんせい、かわいい」と寄ってくる。
おおきに。ありがとう。
「うざい」とか「きもい」とか言われなくて、本当に良かったよ。

講演会は、アニメーター。
アニメといっても、CGアニメやパペットを使ったアニメなども手がけている。
ドイツのほうで、いろいろ修行されてきたようだ。
なかなか面白いお話だった。
簡単に作れるというのだが、私のような機械音痴でも大丈夫なんだろうか。
また、機械が壊れるなどという事態が招来するのではないだろうか。
でも、教えてくれはる機会がありそうなので、顔を出してみようかな。

１０月１６日
午前中、『エドワード・サイード　OUT OF PLACE』を観にいく。
「サイードの遺志と記憶を辿る」「渾身のロードムービー」をチラシに書いてあった。
サイードは代表的な著書を数冊読んだだけ。なんとも情けない。
しかし、映像から何が得られるかは、自分が見出すこと。
半分期待をしながら観ていたのだが・・・ちょっと肩透かしを食らった感じだ。

サイードに焦点化しているというよりは、どちからというとパレスチナ問題に焦点化されている印象だった。
あと、得られたことは、サイードという人は非常に裕福な家庭に育ったということ。
彼が、のちにパレスチナについて発言し、問題に取り組もうとした背景に、裕福な家庭で育ったための余裕というものがあったのではないだろうか。

ランチを食べてから、出勤。
学科で映画を学生に観てもらおうと企画を立てたのである。
とにかく、最初なので有名な作品を、１９８０年以降の作品をチョイス。
本日は『E.T.』。
お客さんは５人。
映画って、もう見向きもされないのかしら。
個人的には、懐かしかった。（チャリに乗りたくなったよ）



      
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   <title>バカが多くて疲れます</title>
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   <published>2006-10-17T01:48:25Z</published>
   <updated>2006-11-05T11:26:44Z</updated>
   
   <summary>１０月１５日 伯父が来ていたので、久しぶりに祖母と麻雀をする。 そんな余裕がある...</summary>
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      １０月１５日
伯父が来ていたので、久しぶりに祖母と麻雀をする。
そんな余裕があるわけでもないのだが、しばらく週末に帰れそうにない。
そのため、ちょっとだけ孝行をしようと思ったからだ。
その割には、ぼろ勝ちして、勝ち逃げしてしまった。
まあ、夏休みに連敗しているので、少しはプラスにしないと年末の決算がこわい。
近鉄で読書しながら帰った。
電車の中とお風呂が一番充実した読書時間になっているような気がする最近。
なんとか、生活ペースをたてなくてはあかんなあ。

１０月１４日
趣味と実益を兼ねて楽しんだ１日。
午前中は、会が終わってから初めてのお稽古。
来年の６月３日に行われる大会にむけて、早速稽古が始まる。
来年はこれまでどおり、能楽や舞囃子もある大会に戻る。
今度チャレンジするのは、『高砂』八段の舞。
八段は結構間違える人が多いので、よほどしっかりと稽古しないと危ない。
はあ、やりがいはあるし、かっこいい舞なのだが、今の稽古状況で間に合うのかなあ。
心配。

午後は、久しぶりに祇園会館に行き、『連理の枝』と『デイジー』の二本立てを鑑賞。
中高年の女性が圧倒的に多くて、あらためて韓流ブームを支えている女性層の強さを感じる。ちなみにもう私も中高年女性の範疇に入っている。複雑な気分。
『デイジー』はアンドリュー・ラウ監督となっていたが、アンドリュー・ラウって香港映画界で実績をあげている監督と同じ名前。
韓国映画なのに？と思いながらも、できるだけ余計な情報なしに映画を観たいので、あえて調べずに鑑賞。
『連理の枝』と比べると『デイジー』のほうが圧倒的に面白い。
観終わってからパンフレットをみると、やっぱり香港のアンドリュー・ラウだった。
また、殺し屋の役をしていた俳優も見たことあるなあと思っていたら、『KUMIHO』で映画デビューし、『MUSA』にも出演していた人。
なるほど。

友人に韓国ドラマ、映画にはまっている人がいるので、昨日突然声をかけてみたら、付き合ってくれた。ありがたい。
映画が終わってから、３時間も韓国料理屋で飲み食いしながら、しゃべり続け、楽しい時間を過ごした。
充実しました。
感謝。

１０月１３日
シンポジウム会場の下見で、セラミック・パーク美濃というところに行く。
ギャラリーやショップで、織部などが売っており、下見よりもそっちのほうが気になる。
なかなかいいところで、車なら近いし、またゆっくり来たいな。
他にもやることがようけあるけれども、今晩中に帰りたかったので、大学をあとにする。
家に帰って、大体すませてあった荷物を完成させ、あわてて名古屋駅に向かう。
新幹線に飛び乗ってから気がついた。
天気がよかったので、朝から洗濯していたのに、それをとりこむのをすっかり忘れて家を出てしまっていたのだ。
もう遅い。
週末も天気はよさそうなのが救いだが、排気ガスでよごれてしまっているやろうなあ。
ショック。

１０月１２日
ふう、今週がやっと終わった。
どうしてこんなに忙しいの？と思う。
きっと要領が悪いんやろうな。
今週はいろいろと理不尽なことがあったので、一人で憤慨していた。
憤慨しすぎて、なんだかどっと疲れてしまった。
いつまでも引きずっていても何も進展しないので、気持ちを切り替えよう。

少し落ち着いたので、週末の予定を考える。
ゼミの学生に夏休みの課題として、映画を５０本観るように言い渡した。
大体の提出が終わったので、それをエクセルに入力して、リストを作ったのだが、結構観ていない映画が多い。
今の動向と私の感覚がずれている結果であろう。
私が観ないわけにもいかないし、どういう映画を学生たちが観ているのか教えてもらったのだから、何とか時間を作ってできるだけ早いうちにこれらの映画を観たいと思う。
コメントできないしね。
ちょうどその中の未見映画が祇園会館で２本立て上映している。
どうせなら映画館で観たいから、週末に観にいこう。
名画座がまだ残っている関西はそういう意味で有り難い。
東京にはもっとあると思うけれどもね。
また、衛星劇場など加入している映画チャンネルを丹念に調べ、優先的に録画することにした。
折角だから利用しないと。
それにしても、映画って本当にたくさん製作されているなあ。
やることはようけあるわ。

１０月１１日
重信メイさんの講演を聴きに行く。
「パレスチナ問題」について。
ニュースでなんとなく聞いていたが、関心をちゃんともっていなかったので、いろいろと（地理的なものも含めて）知ることが出来て、面白かった。
その反面、そんな初歩的なことも知らなかった自分の無知を恥じてしまった。
日本のマス・メディアのせいばかりに出来ないな。

１０月１０日
馬鹿が多くて疲れる。
そういう暴言を吐いている自分も、かなりあほやねんけれども。
自分も含めて、馬鹿の多い時代なのね。
お互い疲弊させているから、みんな病んでいくのかしら。
しんどいし、気持ちがすっきりしない。
こんなんじゃ、血圧が上がるわ。

しかし、あまりにむかむかしてしまい、ハードディスクにとりためた映画を、間違って全部消してしまった。（間違って初期化してしまったのだ。）
あかん、ぜんぜん冷静やないわ。
ショックで、何も手につかない・・・
相当なボケやわ。

１０月７日
なんでこんなに間抜けなんやろう。
あほなことは自覚していたつもりだが、それを上回るほどだと思っていなかった。

調べ物のために、初めて国会図書館関西館に行く。
観たかったのは、ある人の博士論文。
博論は、閲覧のみのはずなので、実際に訪れて見るしか方法がない。
やっと時間を作って行ったのに、検索してみると、「利用中」となっている。
なんと、閲覧が重なるとは。やはりすぐれた論文なのだろう。
仕方がないので、他の資料を申し込みながら、利用中の博論が返却されたら教えてほしいとお願いすると、親切にも「閲覧」か「複写」か、どちらで申し込んでいるか調べてくれはった。
しばらく資料を見てから、結果を聞きに行くと、予想もしない答えが。
東京にある国会図書館のほうで申し込みがあり、ここには今はないという。
２～３週間後には返却されるそうだ。
貸し出しはないと思い込んでいたが、たしかに同じ国会図書館同士なら移動もあるわけだ。
そんな予想はしていなかった。
しかも、よくよく聞くと、国会図書館のHPで検索すると、ちゃんと利用中かどうかもわかるという。
そういえば、関西館は三日前ぐらいから、閲覧予約もネット上でできるんだった。
なんで、調べてからいかへんかったんやろう。
間抜けにもほどがある。
今度はいつ行けるんやろう。締め切りに間に合うかしら。
泣く泣く、早めに図書館を後にした。（今回探している資料が、もう他になかったのだ）

ただし収穫がなかったわけではない。
図書館の雰囲気がよく、なかなかステキなところだったので、これからも利用しに行きたいと思えたことだ。
はあ、集中して論文を書きたい。いろいろ勉強したいなあ。
でも、毎回の授業準備や雑事で手一杯。
授業準備もたしかに勉強になる。
あとは、要領をよくすることやな。
あ、何度同じことを言っているんやろう。
      
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   <title>会のあとさき</title>
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   <published>2006-10-05T00:42:59Z</published>
   <updated>2006-11-05T11:26:43Z</updated>
   
   <summary>１０月４日 昨日から、また日常に戻る。 講義をし、準備をし、夏期課題を添削し、訪...</summary>
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      １０月４日
昨日から、また日常に戻る。
講義をし、準備をし、夏期課題を添削し、訪ねてきてくれはる学生と話しをする。
会議があったり、書類の締め切りがきたり、遅くまで研究室に残る。
夏休みの間に、勉強しようと購入した本が届いているのに、ほとんど読めない自分の要領の悪さに嫌になる。
あかんなあ。

２２時過ぎに家に帰った後、どうしても呆然。
体調が音を立てて崩れていく。
家に一人でいるときなら問題ないが、職場で誰かと接して、会話中に生唾が出てきて、寒気がしたり、脂汗が出てきたりすると、「今はあかん」と焦る。
そんな状態になる自分にさらに嫌気がさした。

１０月２日
あわただしかった。
自分の気持ちも、なんとなくすっきりしない。
日曜日の大会は、残念ながら雨。
しかし、その日は、ちょうど祖父の命日に当っていた。
今回は、追善の曲、「玉之段」を舞うのも、先生の計らいだった。
しかし、今回は、意味が二重になってしまった。

大会の朝、身内の訃報が入った。
祖父がなくなった同じ日に。
複雑な気分を抱えたまま、追善の舞が、追悼の舞にもなった。
いや、そうしないと、のうのうと舞台に立っていられなかった。

虫が知らせるという言葉がある。
このたび、祖父の追善と思い、黒っぽいしぶめの着物を着ることにしていた。
あいにくの雨と言う予報をみて、行き帰りの服に、先週の法事で来た黒のパンツに黒のジャケット、白いシャツというシンプルなものを用意していた。
それが、そのままお通夜へ着ていく結果となった。
普段なら、もっと色使いの派手なものを着ていたり、ジーンズなどが多いのに、なぜよりによってそんな服装を用意して関西に帰ったのだろう。
自分の出番を終えて、あわてて服に着替え、通夜の会館へ。
そして、今日は黒のシャツを購入し、葬儀に参列し、故人を見送った。

故人を見送り、さきほど名古屋に戻ったのだが、複雑な気分のまま。
公私混同しないためにも、今晩は一人で気持ちの整理をしなくては。

９月２９日
困った。
今週末が、謡曲の大会だというのに、今週は夕方になるとずっと微熱がでる。
今日も、頭が痛くて、身体が火照って、微熱。
微熱と言うのは、別に高熱ではないのだから、それほどつらくはない。
なんとなく、だるい。
せやけど、「そんなもん大丈夫や」と思って、無理とまで言わなくてもとりわけ休むこともせず、日々を過ごしてしまうので、少しずつ身体に負荷がかかる結果になる。
それでも、倒れるほどでもないので、またもや知らない振りして、目の前の自分の仕事や都合に合わせてしまう。
さすがに、本番に倒れるのは、悔しいので、明日はおとなしくしておこう。
あー、緊張する。
      
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   <title>後期開講</title>
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   <published>2006-09-28T01:28:15Z</published>
   <updated>2006-11-05T11:26:43Z</updated>
   
   <summary>９月２６日 講義の初日。 通年科目ではないので、２０人ぐらいメンバーが変わってい...</summary>
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      ９月２６日
講義の初日。
通年科目ではないので、２０人ぐらいメンバーが変わっている。
まあ、しゃあない。
今日はイントロダクションだが、丹波哲郎さんの冥福を祈って、映像を見せることに。
来週から数回は戦争と映像について話す予定であるから、冷戦を背景にしたスパイ映画。
『００７は二度死ぬ』。
全部はみせられないので、とりわけ丹波哲郎が出ているシーンと日本イメージが強調されているシーンを見せる。

雨のせいか、なんだか頭が痛い。
急に寒くなってきた。
家に帰ると発熱。

９月２５日
お稽古。
１０月１日の会の前の最後のお稽古。
着物を着て、本番さながらに。
最後になって厳しい。
大会は楽しみでもあるが、プレッシャーでもある。

丹波哲郎さんの訃報を聞く。
合掌。

９月２３日
三回忌。
久しぶりに親戚が集まり、お坊さんにお経を上げてもらった後は、祖父が好きだった中華料理（祖父は明治生まれの人なので、支那料理とよく言うてはったなあ）で、昼食会。
いとこたちとも今では、あまり会うことがないので、楽しい。
しかし、さすがに疲れた。

夜は祖母の家に泊まる。
夕飯は、冷蔵庫の残り物であっさりすませる。
日立のほうにいる大叔母と祖母と三人。
めったにない組み合わせやわ。
祖母には、まだまだ元気でいてもらいたい。

９月２２日
大事を取って、主治医のところに行き、検査をしてもらう。
２週間後に来るようにいわれ、出来ればこれから定期的に来るようにと言われるが、なにせ名古屋にいるとなかなかねえ。
はあ。

９月２１日
授業始め。
演習だったので、さんざん学生を脅す。
ごめんよ。
またもや会議で遅くなる。

昨日のショックでなんとなくすぐれない。
帰宅すると、やはり微熱。
頭痛が続いている。

９月２０日
がーん。
ここのところずっと体調が絶不調とは認識していたが、数字で示されるとうちのめされる。
何気なく、血圧を測ったら、これまでに一度も観たことがない高数値が・・・
高血圧？？
３回も測りなおしたのに、ショックのため気にしすぎなのか、とにかく測れば測るほど数値は上昇していく。
めまいがしてきた。
めまい、動悸、頭痛、頭重、寝不足・・・すべて症状が一致する。
なんか病気を治癒するより、余計に自覚症状を認識させて、症状を重くするのかも・・・
吐き気がしてきた。

そういえば、昨晩あまりにも胸が苦しくて、胸が痛くて、夜中になんども目を覚ました。
水を飲んで落ち着いてから、ベッドに戻っては、苦しくて目が覚める。
そんな繰り返しが一晩中続いていたが、あれが動悸が激しかったのか、それとも不整脈に当ったのか、不明。
いずれにせよ、なんかあかんな。

９月１９日
微熱が続く。
いろいろ作業をしていたら、今日も遅くまで残業。
でも、自分のことはできてないやわ。
どうしてこう要領が悪いんやろう。

肌荒れが、ちょっとはましになったかも。
とりあえず、今日はステロイドを使うのはやめよう。

９月１８日
お墓参り。
昨年の納骨のときに行って以来、初めて。
台風からはうまく外れたが、六甲山には厚くて黒い雲がかかっていたので、山の手の墓地は時雨れていた。
祖母がお墓参りをすると（すませると）、気持ちがすがすがしくなると言っていた。
なんとなくその気持ちが分かる。

９月１７日
肌荒れがひどい。
顔はあかくまだらになっているし、全身かゆみが伴う。
昨日に引き続き、ステロイドの入った塗り薬を使用。
きついのはわかっているが、もうしゃあない。

体中が浮腫んで、だるい。
微熱っぽいようだ。
しかし、実家に帰っていると心配されるので、あまりしんどいしんどいとも言うてられへんな。

９月１６日
研究会。
地下鉄も、バスも遅れたので、１０分ほど遅刻。
２名の発表とも刺激的。
いつもいつも、楽しい思いをする反面、自分のあほさ加減を知らされ、反省もさせられる。
ああ、全然基礎知識がないなあ。
もっと勉強しなくては。

久しぶりに会うメンバーと楽しいひと時。
本当にみなさまにめぐり合えるチャンスをもらい、こうして仲良くしてもらえることに心から感謝。
みならって、勉強します。

ここのところの体調不良を忘れるほど楽しかったが、でも今日はアルコールを控える。
倒れたくないしな。

９月１５日
朝から履修相談という任命を受ける。
しかし自分でカリキュラムから考えて登録するのが普通屋と思うねんけど。
それでも１回生が何人か来るので、応対。
最終的には、「自分で考えてね」ということになるんやけどね。

９月１４日
オリエンテーション。
そして、教授会。
学科会議。
ああ、いよいよ後期が始まった。

雑務に追われて、大学を出るのが２２時前。
もう遅いので、同僚と軽く食事をして帰る。
が、帰宅後、激しく腹を下す。
なんでやねん。

９月１３日
夜に気分が悪くなり、１時間ほど嘔吐を繰り返す。
完全にダウン。
熱っぽい。

ふと鏡を見ると、げっそりとした顔だけでなく、吐くときに力んだせいで、毛細血管が切れる。
こめかみのところが、両側とも小さい赤い斑点が毛細血管の切れた証として出ている。
しかし、星雲のごとく赤い斑点は、直径４ｃｍぐらい。
うー、気持ち悪い。
めまいがするし、胃酸で胸焼け。
      
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