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神戸元町別館牡丹園夜想曲


ミル貝からはじまって、次々と円卓に載せられる大皿を、瞬時に順次に10人が食べ尽くしていく。指揮がいないのに交響曲を奏でるオーケストラのように、それぞれが料理を讃え、自己紹介代わりの小咄を披露し、紹興酒を熱燗のようにポンポンと空けてゆき、3時間の大演奏は幕を閉じたのだけど、その圧倒的な一体感は空気を振動させて、その興奮は私の心もぶるぶると震わせた。忘年会という名目で、福山、京都、大阪、淡路島から、港町に集結した「神戸元町別館牡丹園」の夜。


エントリーしたのは、哲学する俊足ラグビー選手ヒラオくん。世界一食いしん坊でロケンロールな精神科医青山シンスケ。永遠に夢を語り続けながらなぜかソロバンもはじける医者崩れ弁護士予備軍ハシヤ氏。青山シンスケとハシヤ氏の悪ガキ仲間である歯科医・ドラゴン。いつも微笑みを浮かべているホテル支配人・永末嬢。面倒ごとを粛々とこなす140Bの編集者、大迫力と書いてオオサコチカラ。新聞記者→雑誌編集者、とメディアを模索する駆け出し編集者・デカ長。ハシヤ氏の阪大ロースクール同級生のツジイくん(24歳・窪塚クン似)。アオヤマが編集者・ライター講座でナンパした次世代編集者の予感・森あきひこくん(24歳・武豊似)。そして不肖・乱れ髪アオヤマ。


大迫くんが「異業者交流会より激しいですね」と評した脈絡のない面子だからこそ、予想もしない話の展開となり、それが聞いたことのない交響曲を奏でたのだけれど、バラバラの奏者をまとめ上げたのは、何よりも圧倒的に完璧な「神戸元町別館牡丹園」の中国料理ありきだろう。その皿たちが、私たちに話をさせる。飲ませる。食べさせる。そこにはもう自分たちの意志ではない何かがあることを感じたし、それを全員が感じ取ったからこそ実現したのだろう。今までにも何度かこういう感覚を味わったことがあるけれど、10人の円卓でひとつの壮大なシンフォニーを奏でるというのは、初めての経験に思う。


いま編集をさせてもらっている『トム・ソーヤー・ワールド』の2月号(1月頭発売)に、内田樹先生にも『村上(春樹)文学における「朝ご飯」の物語論的機能』というお代のコラムを寄稿いただいたのだが(7ページに渡る大作です)、そこでもこんなことが書かれていたのを思い出した(ちょっとフライングで極一部抜粋)。

『「個食」「孤食」という食べ方が私たちの社会にはしだいに浸食してきているが、これには「共同体への帰属を拒否する」という社会的記号として解釈することができるし、現にそう解釈されている。というのは、「共食」(「ともぐい」と読まないでね)こそが人類にとって最も古い共同体儀礼だからである。共同体成員が集まって、同じ食物、同じ飲み物を分かち合う儀礼を持たない集団は存在しない。
 それは一義的には生存のための貴重なリソースを「あなたに分かち与える」という「友愛のみぶり」である。
 同時に、同じものを繰り返し食べることを通じて、共食者たちは生理学的組成において相似し、嗜好と食性を共有し、やがて同じような体臭を発するようになる。そのようにして人々はある種の「幻想的な共身体」のうちに分かちがたく統合される。』


私がまったく接点のない誰かと誰かを繋げたいとき、そのたいていの場合に「場」として「神戸元町別館牡丹園」を無意識的に選んでいたのは、信じがたく料理が美味しいのもあるけれど、そこが大事な儀礼の場としても最高に機能するということも大きいのだと改めて感じた。それには、ご主人の王泰康さんという装置がまた多分に影響するんだけれど、いったい何なんだろう。説明するのが難しいのだけれど、圧倒的な強い個性は瞬間的にその場にいる全員に共通の思い出を作り出すということを教えてくれた人でもある。そして、あれほど真剣に料理と対峙する料理人はこれだけ店の数があってもやはり多くはいないし、あれほど人を面白がる店主というのも、私はあまり知らない。昨夜も厨房から怒号が聞こえていたけれど、そういえば厨房も激しい交響曲を奏でていた。


さてはて、そんな演奏の感動と興奮が、こうして私に久しぶりにここで書かせている。私が書いている、ではなく、神戸元町別館牡丹園に書かされている。そういうことにもぶるぶると心が震える。そして、そんな場を一緒に創ってくれたみんなに感謝したい。ふくよかな人生の一部はこういう夜の連続でしか作れないと思うと、みんなもっとご飯を食べに行ったりお酒を飲みにいったりした方がいいんじゃないかな。ということを、ミーツ・リージョナルという雑誌は昔書いていたように思う。


久しぶりの更新で大変失礼しておりました。その前日の内田樹先生と平尾剛さんの朝日カルチャーセンターでの対談が、むちゃくちゃ面白かったという話や、その「場」でまたご縁ができた神鋼ラグビー部のウイング瓜生靖治選手と、偶然にもその瓜生選手と小倉高校の先輩・後輩であると発覚したミキハウスのオガワさんとの出会いなど、書きたい話が山盛りなんだけど、まとめて読むのは面倒だろうし、てかもうちょっとバランスよく更新しろよという声が聞こえなくもないので、小出しにしたいと思います。


それにしてもラグビーは本当に面白い。そして奥が深い。むー。平尾剛さんに相談していたのだが、来年、いろんなチームの各ポジションから一人一人の方に、そのポジションについてや、生まれ育った環境などインタビューしたいと考えている。街の先輩である金村さんがいるラグビー酒場「サードロウ」にて今年現役を引退された元神鋼ラグビー部の鶴長健一さんに偶然にお会いし、彼のポジションであった「プロップ」についての話を初めて聞いて面白かったせいもある。面白いというか、泣けてきて、それは私にはラグビーになぜ自分が惹かれるかの原点があるようにも思えるし。インタビューしたものをどうするかはまだ漠然としか考えていないけれど、誰よりも私が読みたいものが書けたらいいなと思っている。それを想像すると楽しすぎてまた心が震えるのであった。


コメント (2)

ツルナルド [TypeKey Profile Page]:

青山さん

こんばんわご無沙汰です。

サードローではいろいろと楽しかったです。

ブログ書いてらしたのですね。

プロップ話しなどに感激していただいて恐縮です。

プロップなんて楽なほうですよもっと大変なことしてるかた

たくさんいますので。

また面白い話し聞かせてくださいね。

aoyama [TypeKey Profile Page]:

ツルナルドさん、こんにちは。
読みに来ていただいたのですね、
ありがとうございます!

サインインという壁が立ちはだかるので
今までコメント欄参加は諦めていました。
でも、ツルナルドさんにお礼を言わねばーと粘ってみると…
なんだちゃんとできるじゃん(笑)。

プロップの話はめちゃくちゃ面白かったです。
こちらこそ、またお話聞かせてくださいね。
サードロウなどでばったりお会いできること楽しみにしております。

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2006年12月18日 21:03に投稿されたエントリーのページです。

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