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Agosto 2007 アーカイブ

Agosto 2, 2007

日西フラメンコ同祖論


■劇中、恋人はこう云った:
「ここから先は、私にひとりで 行かせてください/
 さあもう行って! 私はあなたに 帰ってほしいの」

なんて見事な、8拍でしょう。
あいにく出来はまずい演歌の歌詞レベルだけど。
これ、もとはスペイン語で、原文は
"Desde aquí yo me iré sola.
¡Vete! ¡Quiero que te vuelvas!"
やはり見事な8音節文。
出典は、フェデリコ・ガルシア・ロルカ『血の婚礼』でした。

もっとも「スペインらしい」詩人として、スペインを愛するひとの多くから熱烈に愛されているロルカ。
スペイン文学史において彼は、文学の黎明期に民衆のあいだで産声をあげた詩の形式「ロマンセ」の最後の偉大な後継者、と位置づけられている。
ロマンセは15世紀、800年にわたるレコンキスタの結果、対イスラム戦線がようやくアンダルシアまで南下したころ、「あのさあ、なんかわかりやすいことばでさ、ほとほと疲れた俺のこころを鼓舞してくんねえ?」というムードのもと誕生したとされる。
歌われる内容は、頭も尻尾もない、短い情景。
形式は、韻をふむ16音節、つまり8音節×2。
しばらくのあいだものすごく流行って、17世紀にすたって、20世紀にロルカの手で蘇る。そして、蘇ったそのころのスペインといえば。
約100年間で200回以上のプロヌンシアミエント(クーデター宣言)が起こるワヤクチャな政治状況のなか、米西戦争敗戦でキューバを取られついに新大陸から完全撤退、さればと最後の植民地モロッコ支配にやっきになるも国内で徴兵忌避や反戦デモが続発、んでもって新たに登場し一気に増大した都市部の労働者は激しい労働運動を繰り広げ、きわめつけに世界恐慌まであって、やあでもわりと民主主義な選挙で共和制になったよちょっとグダグダだけどさ、と思うや、フランコ蜂起で内戦突入。
「あのさあ、なんかわかりやすいことばでさ、ほとほと疲れた俺のこころを鼓舞してくんねえ?」
そう、つぶやきたくもなるぜ。

ロルカは、19世紀の終わり、アンダルシア地方はグラナダ郊外に生まれた。
長じて、同世紀半ばにマドリードに開校した自由教育学院に入る。
ほぼ同時期の日本で「独立自尊の人」を学訓とする慶応義塾が開校しているが、この自由教育学院もまた、スコラ哲学に席巻されていた当時の他のスペイン教育機関と一線を画し、ドイツ観念論の影響のもとで、近代的「個」を確立することを目指して設立された。
オルテガ・イ・ガセーやウナムーノ、アントニオ・マチャードなどが巣立ったこの学院の寮で、ロルカは、サルバドール・ダリやルイス・ブニュエルと親交をむすぶ。
やがて、ロマンセを「再発見」した詩作品が激賞され、同じテイストをもつ悲劇三部作も高い評価を受ける。
しかしスペイン内戦初期の1936年8月、グラナダで、フランコのファランヘ党員により銃殺された。享年38。
ジョン・レノンではないが、この「悲劇」が彼の名を、故郷アンダルシアの強すぎる太陽が大地にうがつ黒々とした陰のように(っていうのは余計だな)、世界中のたくさんのひとの胸に強烈に刻み込んだ。

なおこの銃殺の理由は、いまだに明らかになっていない。
というのも、ロルカは共産党員や人民戦線シンパだったわけではない。
しかもフランコ側の有力者宅に匿われていて「ふつうまずだいじょうぶ」な状況だった。
だのになぜ、わざわざ引きずり出されて銃殺されたのか。
悲劇三部作のひとつ『血の婚礼』第三幕のプリントを配り終えたテクスト読解学のカルメン教授は、『ガラスの仮面』の月影先生さながら顔の半分を覆う黒髪のあいだから覗く大きな眼をカッと見開き、「それは彼がゲイだったからでしょうね」と説明した。
カトリック的父権主義的ファミリー像を規範とし近代的だか現代的だかともかく「個」なんぞ糞くらえ、と思っているのは、フランコのみならず、アンダルシアの大多数の「ふつうのひと」もだった。
だからモロッコで蜂起したフランコが、道中のアンダルシアでとくに抵抗を受けずに首都に一番乗りできたんだよ、とは、歴史学のフェルミン教授の弁。

さて、話をロルカに戻す。
ロルカの名を高めたのは、"Romancero gitano"(邦題:『ジプシー歌集』)、"Poema del cante jondo"『カンテ・ホンドの詩』などの詩作品。
前者は、アンダルシアのロマ(スペイン語でヒターノ、英語でジプシー)を題材としたロマンセ形式の詩。
後者の題名にある「カンテ・ホンド」とは、フラメンコ用語で「深い唄」というあたりの意味。(標準スペイン語ではなく、フラメンコに明るくない私には想像しかできない)
そして、これら詩作と並んで、前述『血の婚礼』など戯曲も有名だが、これもまた詩的(たとえば上記のようにセリフが8音節である)であり、かつ、フラメンコ的(たとえば生死観などどっぷりロマの世界)である。
ロルカは、フラメンコの世界に、求めていたなにかを見い出して強く惹かれたらしい。
それは、スペインでその死と結びつけてまことしやかに囁かれるように、「マイノリティであるゲイとしての、同じように差別されているロマへのシンパシー」だったかもしれない。
でも。
ひょっとしたら、単純に「リズム」だったのではないか?
というのが、あちきの今回の思いつきです。


■フラメンコは、こう踊る:
「12③45⑥7⑧9⑩11⑫」

ご存知のようにフラメンコは、アンダルシアに定着したロマによって、スペインの民俗音楽を母体として生みだされた舞踊である。
フラメンコにもいろいろあるが、ここではもっとも典型的で、「カンテ(フラメンコの唄)の母」とも呼ばれるというソレアーという形式をみる。
歌詞は、8音節が基本。
まさにRomancero gitano。

そして、曲のリズムは12拍。
この12は、3/3/2/2/2と区切られ、それぞれの最後(ウラ)にアクセントが置かれる。
これを示したのが、上記の図になる。○内の数字のところが、アクセント。
ところでちょうど『身体の零度』(三浦雅士)を読んでハッとなったのだが、3拍子というのは馬のギャロップに特徴的なもので騎馬民族=遊牧民の舞踊リズムであり、2拍子は農耕民族のリズムだという。
そして東南アジアやインドなど水田耕作をする民族はナンバに摺り足で、腰を深く落とし、上半身とりわけ手をみごとに動かす、という。
あらま、どんぴしゃ。
フラメンコの故郷アンダルシア、とくにヘレスは名馬の産地として知られ、ここの出身者がイギリスで乗馬を指導してきた長い歴史がある。
(そしてヘレスは、「カンテの母」ソレアーの本場でもある。ちなみにこの町は英語読みでシェリー、あのお酒の産地です)
さらに、ロマの発祥はインドという説が有力。
そしてフラメンコは、3拍子と2拍子が(しかもちょうど半々の6拍ずつ)組み合わさったリズムであり、また私自身が少し習ったからわかるのだが、腰をぐっと深く落として固定し上体を自由にしたうえで指先までみごとに動かすというのが踊りの最大のポイント。
まさに、騎馬民族と水田耕作民族の両者の特色を残す舞踊なのではないだろうか。

まあともかく、12だ。
70年代生まれのエイトビート・ロケンロール世代で、ど演歌オモテ打ちな日本育ちの私には、ぎょっとする数字。
しかも実際に習ったときには、このうち最後の「11⑫」をアタマに持ってくる数え方だった。
つまり、11⑫12③45⑥7⑧9⑩、となる。
というのも、フラメンコの唄の多くが、「1」の前から、ズルルッというかんじではじまるからだ。
カーペンターズの「Yesterday Once More」の歌い出しの「When I was」に近い、かな。
……などと頭で考えているとますますややこしくなるのだが、意外と、やってみるとこの12にはすんなりノレたりする。
それは私がリズム感が良いからではない。
(小学校4年から大学時代のバンドまでサックス以外は打楽器をしていたが、常にやや遅れて迷惑をかけ続けた。そういえば音楽の先生曰く「あなたの攻撃的な性格はせひ打楽器に!」だったな)
では、なぜ12でもノレるのか。
それはおそらく、私が日本人だからだ。

日本のフラメンコ人口は、本場スペインに次いで世界第2位。
幾人かのフラメンコ関係者から、「なんでか日本人は、理屈抜きで、フラメンコを愉しめるんだよね」という話を何度も耳にした。
日本は、古来の音楽は知らないけど、たぶん2拍が中心なのだと思う。
たとえば、わらべうたの「あんたがたどこさ」。
……と、何の気なしにこの歌をセレクトして、実際に拍数を確認してみようとして、ゾッとした。

あんた-がた(2拍子)
どこ-さ(2拍子)
ひご-さ(2拍子)
ひご-どこ-さ(3拍子)
くま-もと-さ(3拍子)

ガーン。
2拍子と3拍子が6拍ずつ、って、見事なフラメンコじゃないっすか!

いやえっと、私が姑息にも密かに思い描いていたのはそういうことじゃなくて。
ただ単に、スペインと日本が5母音8拍のベタなリズムでつながっていることをロルカを枕にフラメンコで例証あげながら軽々しく書いてしまおうと思っただけだったのに。
思いがけず、「あんたがたどこさ」トラップに引っかかり、呆然。
続きは、次回また考えさせてください。

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