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弥次喜多ブロークバック

先月は団体のお客様へのレクチャーが3回とやや少なめ。
客層を問わず一番反応のよかったのが「弥次喜多は実
はゲイのカップルだった」という一口こぼれ話である。
厳密にいうと二人ともバイ・セクシャル。ほんとです
よ。へええー。意外なぐらい盛り上がる会場。

栃面屋弥次郎兵衛、元は静岡の商家の若旦那。
旅役者・華水鼻之助に夢中になり、店を潰して江戸へ
駆け落ち。
鼻之助は喜多八と名前を変えて奉公に出て、財産目当
てに奉公先の奥様を誘惑したりしている。
一方の弥次郎兵衛はカタギの奥さんをもつが、持参金
目当てに奥さんを追い出して後妻を迎える。
これがなんと喜多八の孕ませた女で・・・という落語「持
参金」そのまんまのゴタゴタがあって、女はひょんな
ことから頓死、喜多八は店を追い出され、結局二人は
また一緒に住むことに。
長屋で顔を突き合せていてもしょうがねえというので
、人から金を借りたおして、鬱陶しい日常から脱出す
るように伊勢参りに出発する。

というのが『東海道中膝栗毛』の発端。
本当に自堕落で放縦などうしようもない奴らである。
特に女性に対しては、冒頭に限らずあちこちで地獄直
行三角木馬ものの極悪な応対が行われており、その筋
の方々にはぜひご一読をお勧めしたい。
なにしろ物語が始まるやいなや糟糠の妻は騙されて家
を叩き出されるし、妊婦は金目当ての見知らぬ男と結
婚させられそうになった挙句にううむと唸って死んで
しまうのだ。
しかし後の弥次喜多モノはどれもすっかり「凸凹コン
ビのずっこけ珍道中」テイストで統一されていて、こ
ういうダークな部分がきれいに排除されている。
そういう意味ではしりあがり寿センセイの『真夜中の
弥次さん喜多さん』は、原作のブラックかつセクシュ
アルな臭いを巧みに変換して残してあり、二人が床で
切ない睦言を交わすシーンまで登場するにおよんでは
弥次喜多史上の快挙と呼んでよい。
ま、『膝栗毛』そのものはその設定によって解釈がど
うのこうのと論じるべきほど文学性の高い作品でもな
かろうが、単なるお気楽凸凹コンビの観光ツアーと、
ドロドロ腐れ縁の恋人同士(ただし二人とも男)の日
常からの逃避行とでは、旅のムードもぐっと違おうと
いうものである。

というような話まではしないが、なぜか女性のお客様
はゲイ的なるものに異様に激しい反応を示されるよう
である。

なかなか温泉に行けない怨念を抱えつつ若山牧水『み
なかみ紀行』(岩波文庫)を読む。池内紀センセの編
集・解説。
私の偏愛する四万温泉をはじめ、沢渡・老神・法師と
いったあの辺の温泉が続々と登場する。
四万温泉に乗合馬車で降り立った牧水先生は、T旅館
(現存)の客引きに足元を見られて手厳しい部屋に通
され、その恨みを旅館の実名入りで書き綴っておるの
だが、これがいまも万人に読み継がれていると思うと
、げに物を書くことは恐ろしい。
他の宿に移りましょう、という連れに、
「でもさ、他に移っておんなじ扱いだともっと悲しい
よお。こういうのがここの気風なのかもよ」
「草津や伊香保にまじって最近売り出してきたからち
ょっといい気になってるんじゃないの、四万温泉は。
あーん」
と牧水先生は毒づいておられるのであるが、念のため
に申し添えておくともちろん現在のバスの終点にガラ
の悪い客引きなどいないし、Tは格安の別館の宿泊客
にも大変感じの良い応対をしてくれる。
知名度の割に観光地っぽいスレたいやらしさのない良
い所ですよ。四万は。第一お湯が素晴らしい。

牧水先生は脚袢に草鞋がけという時代離れした格好で
ひたすら歩き回り、風呂に入り、雑談をし、酒を飲ん
でいる。
優雅というには遠いが、誠にお羨ましい境涯である。
近世俳人以来の全国パトロネージ・ネットワークが生
きていて、というかそれ以上に歌誌という印刷メディ
アによってネットワークが拡大したのだろう。
行く先々で瞳をキラキラさせた同人に囲まれて、贅沢
さえしなければさほど懐を気にする必要はなかった様
子である。
ダテに飲んだくれていたわけではなくて、ここぞとい
うときにはもっともらしいセンセイヅラもしてみせた
のだろう。
「あかるき」はちょっとどうかねえ。いっそ「あかる
し」にしてみてはどうかね。きっぱりするでしょう。
なあるほど先生。確かにそうですね。いやあぐっと趣
が深まりました。いやま、精出して研鑚したまいよ。
おっほん。
歌の繊細さにひきかえて、酒と風呂については「うま
い酒を飲んだ」「いい湯だった」と実にそっけない感
想しか書いていないが、不思議に酒盛りの生温かい空
気や夜の風呂場で聞く川の音なぞがありありと想像さ
れる文章である。素にして実、ここらが牧水先生の散
文の本領か。
ああ、温泉行きたいなあ。
するっと体が滑り込んで、入ってるのか入ってないの
か一瞬分からなくなるようなぬるめのお湯にひたひた
と浸かりながら、深夜2時の洗い場に微醺とともに過去
への執着を流し去るのだ。ああ。
と、読んでいるうちに矢も楯もたまらなくなってきた
ので、衝動的に4月に温泉宿を予約してしまった。
意地でも行く。

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2007年02月23日 22:24に投稿されたエントリーのページです。

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