ヤベくんの日本文化論特殊講義
10月28日
ミネソタに来てから、あっという間に一年が過ぎ、新学期が始まってから、おっとい
う間に二ヶ月が経ってしまいました。
今年度は、日本語を選択している生徒の数が倍増したので、昨年度、小さかったクラ
スは合併し、大きな教室を学校から与えられました。
「押入れ教室」のサイズに慣れていた私は、最初、野生に還された、動物園育ちのフ
クロウのごとく、戸惑っていましたが、今は、クビをキュルキュルと180度回転さ
せながら、ネズミ小僧たちを、ギョロギョロと見張っています。
ただ、昨年度は、小さいながらも自分のオフィスを持っていたのですが、新しい教室
は、学校でも辺鄙なところにあるために、教室の一角に「センセイのオフィス・コー
ナー」を設けないといけなくなりました。
成績管理など、メリットもあることにはあるのですが、生徒からの逃げ場もなくな
り、時には、やや育児ストレスに見舞われたりもしますが、適・当・に・無視するよ
うに心がけています。
生徒が、物差しで、関が原級のチャンバラをしていようが、お手玉を投げつけ合っ
て、第二次南北戦争を繰り広げていようが、炎のように暖かい目で見守っている毎日
です。
教室の引越し自体も大変でしたが、生徒がボランティアで手伝ってくれたので、とて
も助かりました。彼等的には、文化祭気分で、5分仕事をしては30分遊ぶという状
態だったのですが、何せこちらは肩を負傷していましたから、たとえその5分でも、
大きな助けになりました。猫の手というのは、どうやら5本指のようです。ニャオ。
ちなみに、今年度の私の一日のスケジュールはというと、下記のようになっていま
す。
一時間目:日本語4 (7:35~8:25)
二時間目:授業準備 (8:35~9:20)
三時間目:日本語3 (9:25~10:15)
四時間目:ISS (10:20~11:10)
昼休み
五時間目:日本語1(A) (11:45~12:35)
六時間目:日本語1(B) (12:40~1:30)
七時間目:日本語2 (1:35~2:25)
日本語1の2クラスは、非常に大きく、全席が埋るので、ちょっと息苦しいほどで
す。 それだけ、日本に興味を持ってくれている生徒がいるというのは、喜ばしい限
りですが、もしも来年も同数程度の生徒が日本語を選択したとしたら・・・後任の先
生のご健闘を、心よりお祈りします。
説明が後になってしまいましたが、4時間目のISSというのは、「イン・スクール
・サスペンション」といって、校内で問題を起こした生徒がやってくる部屋のこと
で、私はこの部屋の監視役にあたっています。
この部屋では、飲食厳禁はもとより、おしゃべりも禁止です。本音を言えば、牢獄の
看守のようなもので、あまり気はのらないのですが、一重目レベルを最高まであげ
て、完全に能面のような顔をつくって、この時間を乗り切っています。
もちろん、中にはひやかしで話しかけてくる生徒もいますが、無責任な政治家も顔負
けの無視をしています。
「アンタ、センセイなん?」
「わかりません。」
「エイゴ、しゃべれるのー?」
「わかりません。」
「アンタのナマエ、なに?」
「わかりません。」
ふう。
ISSに送られると親にも連絡がいきますから、当然、名誉なことではないのです
が、日本語の生徒の中には、何と、私が監督をしている時間を狙って、わざわざ他の
先生に頼んで、ISSにやってきた生徒もいます。
決して褒められたことではないのですが、「いえーい。びっくりした?」と得意気な
表情をして現れた彼等には、どこか「坊ちゃん」を思わせるものがありました。
今も、武勇伝のように、ISSに来た事を誇らしげに語る彼等。ただ、当の私はとい
うと、毎日毎日会っているというのに、そこまでして会ってくれなくても・・・と
思ってしまうのでした。
大きい教室にISS、などと、何かと色々な事が新しい新学期ですが、学校が始まっ
てからの3週間は、前任の先生や、インターンシップの大学生、友達に後輩、と計5
人のお客さんが、入れ替わりで授業に来てくれて、慌しくも楽しい日々でした。
お客さんが来ると、生徒も多少は猫をかぶってくれるので、私としてもやりやすいの
ですが、今は残念ながら、猫の着ぐるみは、次のお客さんの来訪まで、タンスの肥や
しになっているようです。
お客さんと言えば、去年は、中高部からの友達が二人、スーツケースの半分を占め
る、たくさんのお土産と共に、ミネソタに来てくれました。
二人とも、大学時代から、同じ合気道部に所属しているということもあったので、二
人の来訪時には、大会議室を貸しきって、合気道をしました。
今まで、正座もしたことがないという生徒達ばかりでしたので、着座を求める度に、
「アメリカ式に座りたい」と懇願してきました。ただ、最初は、日本式の所作に戸
惑っていた生徒も、回を重ねるにつれて、その戸惑いも薄れ、合気道を楽しんでいた
ようでした。
そんな生徒を見ているのは、純粋に嬉しかったのですが、指導する側は、しゃべりっ
ぱなし、動きっぱなし、時には演武もしたりしましたから、全ての授業を終える頃に
は、友人共々、文字通り、ボロ布同然、柳の下にでも立っているような有様でした。
リフレッシュするはずの、有給休暇をとっての海外旅行なのに、私と生徒につきあっ
たせいで、「離フレッシュ」になってしまった友人達。少し心苦しいですが、それで
も、「また来たい」と言ってくれた彼女達に、心から感謝しています。また来てね!
来・て・ねー!
さて、立派な日本文化である合気道も、他の先生たちからすれば、「何やら日本語の
クラスでは、妙なことをしている」ということになるのでしょう。
しかし、普段の授業は、スペイン語やドイツ語など、他の外国語の授業と比べても、
おそらく宿題は多いし、進度は速いし、テストも週に一回はあるし、となかなかハー
ドなので、せめて「日本文化に触れる時」は、できる限り、いろいろな事を体験させ
てあげようと努めています。
古典的なところでは、茶道や書道、カルタ、福笑いや紙相撲でしょうか。現代モノで
言えば、DDR(ダンスダンスレボリューション)や、浴衣や合気道胴着、それに制
服の試着などです。教室で日本食を作ったり、遠足(フィールド・トリップ)で、
「ユナイテッドヌードル」というアジアンマーケットや、和食のレストランに行った
こともあります。
せっかくですから、日本文化に触れた時の生徒達の様子について、順に書いてみま
しょう。
まずは、茶道。この時は、私ではなく、ヘンリーシブリー高校に来ていた、日本人留
学生の子に指導をしてもらいました。
彼女に失礼のないように、と言っていたのがよかったのでしょう、厳粛な雰囲気の中
で、お茶会らしい一時がもてたと思います。合気道で、前もって正座を練習していた
のも、助かりました。
お抹茶は、苦すぎて飲めないかもしれないという心配もあったのですが、これは幸い
なことに、杞憂に終わりました。好き嫌いは別としても、宿命だと受け入れて、大人
しく飲んでいました。和菓子も、意外に好評でした。
普段はヤンチャな生徒も、自分がお抹茶を飲んでいる姿を、クラスの全員が注目して
見ているので、緊張のあまり、御椀を持つ手がブルブルと震えていました。
この日の後も、コーラやペプシのペットボトルを、茶道の礼法に則って、わざわざ三
回まわして飲んだ後、「結構な御手前でした」と報告してくれる生徒もいましたが、
これは、コカ・コーラ・カンパニーやペプシの社長さんに報告するべきであって、相
手を間違えています。
合気道、茶道に続いて、書道です。
冬休み明けに、ポチ袋(袋のみ)をあげたり、おみくじ(ハンド・メイド)をして、
お正月を祝った後に、書初めをしました。
「お手本をコピーすればいいだけなんでしょ?」と、ある生徒。
そうです。ただ、お手本をコピーするだけです。
しかし、「見るは易し、行うは難し」とは、よく言ったもので、思い通りに扱えない
毛筆に、皆、四苦八苦していました。
そして、あんなことを言わなければよかったと、後で後悔したのですが、書道の紹介
をした際に、「字には、その人の人格が出ますよ。」などと言ってしまったから、さ
あ大変。
「僕の字、どう思う?」
「私の字って、ガサツかしら?」
まるで、手相の占い師です。
しかも、生徒は、一生懸命に書いているだけに、否定的なことも言えません。
切れかけの糸のように細い字を見せられても、「あなたは、モヤシのようですね。」
などと言うわけにもいかず、言えるとしたら、「繊細なところにも、よく気が利きま
すね。」
墨汁のつけすぎで、インクが垂れ、半紙がヨレた作品に対しても、「無駄が多い」と
言いたい気持ちをグっとおさえて、「物事を、貪欲に吸収するタイプですね。」と一
言。
失敗した箇所や気に入らない箇所を、後でチョコチョコと手直ししたものには、「卑
怯・・」と言いかけて、「機転が利きますね。」
そして、そもそも写す字そのものを間違えている生徒には、「不注意」の御札を額に
貼る代わりに、「独創的ですね。」
こんなコメントが、それこそ独創的です。
ここで、ちょっと「道」からはずれて、日本古来の遊びに話を移します。
まずは、カルタ。頭から突っ込んだり、宙にうくスライディングをしたりと、激戦で
す。基本的に、ひらがなやカタカナの習熟のためのカルタなので、日本語1と2のレ
ベルで行っています。
ひらがなは、初めて触れる日本語なので、わりと覚えるスピードも速いのですが、問
題は、カタカナです。そう言われないと気がつかないかもしれませんが、実は、カタ
カナはシンプルなだけに、ややこしいのです。
「ミ」「シ」「ツ」や、「ソ」「ン」という似たもの大将にはじまり、「マ」「ム」
や「イ」「ト」。それに、「チ」「テ」「ラ」「ウ」「ワ」「ク」。「ナ」「メ」
も、ちょっと似ているし、「セ」「ヤ」も、似ていなくもない。「フ」「ヘ」も、カ
ルタのように上下が入れ替わると、一瞬判断がつきません。
見ているこちらは楽しいのですが、ゲームに参加している生徒の目には、カタカナに
対する猜疑心が、溢れんばかりです。
勉強色の強いカルタと違い、紙相撲や福笑いは、子供心にかえって(?)楽しそうに
遊んでいました。
紙相撲は、クラスで総当り戦をしました。ですが、震度10を記録するほど、机をバ
ンバン叩いて虐待しても、勝負がつかない組もあれば、なかなか力士が土俵に立て
ず、立ったとしても、「はっ(けよーい・・)」と言った瞬間に、二人仲良く抱き
合って倒れてしまう組もありました。
福笑いは、クラス中のオカメさんが、要・整形手術。
現代モノについては、DDR。一時期、日本で流行したダンスダンスレボリューショ
ンです。スクリーン画面に現れる矢印の指示通りに、前後左右に足を動かして、ダン
スをするというものなのですが、これが、アメリカでも一大ブーム。
「DDRは、僕の人生を変えた。」
とまで言ってくる生徒もいるほどです。聞けば、一日数時間踊っているといる強者
も。教室では、大きなテストが終わった後に、御褒美として、年に二回しました。
そんなに熱心にならずとも、とも思うのですが、校内行事として、ダンスもあるお国
柄ですから、分からなくもありません。
余談ですが、高レベルのクラスでは、「UFO」を振り付きで練習しています。難し
い歌詞にも関わらず、頑張って歌おうとしていますし、恍惚とした顔の表情は、ピン
クレディーそのもの。
ですが、残念ながら、ダンス自体は、まだまだ幼稚園児のお遊戯の域から抜け出せ
ず、ウニョウニョと何を踊っているのか、よく分かりません。未確認舞踏物体。
そして、浴衣や合気道道着、それに制服の試着。
浴衣や合気道道着をさせてあげた時には、胴まわりの締め付けに耐えられず、悲鳴を
あげながら半泣きになる生徒もいました。
「先生、やめてー!」
着せている私は、殺人事件の犯人扱いです。
しかし、着衣後は、先ほどの悲鳴はどこへやら、下駄を履き、傘や刀(物差し)を
持って、侍や舞妓の気分に浸りつつ、カメラの前でポーズをとってくれるのでした。
衣装係兼カメラマンは、汗ダクダクです。
そして、制服。
女装は、世界共通のお約束事なのか、アメリカでも、男の子は、やっぱり喜んでセー
ラー服を着たがっていました。中には、怖いぐらいに似合っている男子生徒もいて、
「今年のハローウィーンは、セーラームーンになるぞ!」と数名で徒党を組んでいま
した。が、それでは、ただの仮装大会です。
私も対抗して、バカボンのパパにでもなりましょうか。体のラインにフィットした、
ナチュラルベージュの上下の服に、存在感のあるベルトで腰位置をマーク。そして、
足元はちょっとハズしたヌーディなサンダル。意外に悪くない感じです。
髭さえなければ、の話ですが。
さて、教室では、おにぎりやおすし、たこ焼きなどを作って、日本料理の紹介もしま
す。おにぎりは、フリカケをまぜたご飯を、サランラップの上にのせて、握るだけな
のですが・・・ピザも冷えるまで待って食べるような生徒達ですから、手の平の炊き
立てのごはんは、灼熱地獄そのものだったようです。ごめんね。
それでも、皆、おにぎりが大好きです。特にフリカケがお気に入りで、中にはフリカ
ケだけをベロベロと舐めている生徒もいました。妖怪・フリカケ。そういえば、苦い
薬を嫌がる子供のために、甘いシロップ入りの薬がありますが、粉薬にフリカケをま
ぜるのも案外、うけるかもしれません。塩分過多で、健康によくはないのですが。
ミネアポリスのアップタウンにある、「ユナイテッドヌードル」というアジアンマー
ケット(スーパー)に遠足で行った時は、皆、文字通り大はしゃぎでした。
日本人からすれば、「遠足でコープ?」となるかもしれませんが、こちらでは、日本
のものといったら、醤油や豆腐は別として、ちょっと洒落た店に、数種類のお菓子が
売っているくらいなもの。彼等にとっては、コープでも、十二分に珍しいのです。
バスから降りると、皆、デパートのセールにも負けない勢いで、一目散にお店の中に
駆け込んでいきました。
目指すは・・・お菓子コーナー。そう、日本のお菓子は、大人気なのです。中でも、
スマッシュヒットは、コアラのマーチ、コーラ・キャンディ、CCレモン。ピラニアに
襲われたかのように、これらの商品は、瞬殺で品切れとなりました。
カルピスや煎餅、スルメイカやインスタント・ラーメンなどを、ワイワイ言いながら
品定めする生徒達。そんな彼等に目を細めながら、私は、魚や薄切り肉、コロッケや
シューマイなどの冷凍食品の値札をチェックして、細めているはずの目から、目玉が
飛び出そうになっていました。
ちなみに、自分の買い物で来る時は、まず間違いなく、特大サイズの米袋とキムチを
購入しています。ちょっと余裕のある時にしか、納豆、冷凍餃子、調味料、豚マンな
どには、手が出せません。とにかく、日本の商品は、お高いのです。
小学校の遠足の時、お菓子は200円までという規則がありましたが、こちらで日本
のお菓子を買おうと思ったら、コアラのマーチどころか、缶ジュース一本買えませ
ん。
和食のレストランでは、全員がお箸を使い、「いただきます」「ごちそうさまでし
た」の挨拶も忘れずに、お行儀も百点満点でした。
しかし、なぜ?と思うのですが、ワサビが意外に人気で、あるワサビ・フリークの生
徒は、レストランのスタッフに頼んで、味噌パックいっぱいに詰まったワサビを買っ
ていました。
個人の嗜好ですから、とやかく言うつもりはありませんが、ワサビを抹茶アイスク
リームのように食べるのは、いかがなものか。オンオン泣きながら食べている生徒を
見ているだけで、涙が出そうになりました。もちろん、同情の涙ではありません。
涙。
ミネソタの生活とは、全く何の関係もありませんが、「フランダースの犬」の映画版
は、涙を誘うらしいです。
というのも、小説やテレビ版の「フランダースの犬」には、幸せな日々も描かれてい
るのですが、映画版は時間の都合のために、そういった、いわゆる事件のないシーン
を大幅カットしなければなりません。
ネロとパトラッシュの不幸をチョイチョイチョイとつまんで出来上がった、悲劇のオ
ンパレード。純真な子供の健気さに、目頭が熱くならない人はいません。悪人説を唱
える人でさえ、オーンオーン。
私も、時々、とてもとてもとてもとても元気な生徒達を目の前に、泣きたくなること
がありますが、どうやら、理由は、ちょっと違うようです。そもそも、彼等を、純真
な子供たちと呼んでいいかどうか・・・。