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2004年04月 アーカイブ

2004年04月17日

ヤベッチの華麗な放課後

4月15日

午後2時25分。

サスペンス・ドラマの再放送が終了し、空になったおかきの袋を手に、おば様方がヤ
レヤレと立ち上がる時間、ヘンリーシブリー高校に終業ベルが鳴り響き、一日の授業
が終わります。

学校生活については、少々長くなるので、次回以降にして、今回は、学校が終わった
後の、私の生活について書いてみましょう。

授業が終わると、ほとんどの生徒が、スクールバスに乗って家に直帰するのですが、
放課後の課外活動に参加している生徒は、それぞれのアクティビティーに向かいま
す。こちらの学校の課外活動は、季節ごと、あるいは学期ごとの登録制なので、日本
のクラブとは、多少違っています。

さて、放課後の私はというと、元気溢れんばかりの高校生たちを相手に、6時間の授
業を終えた後なので、すっかり気の抜けた炭酸ジュースのようになっています。シュ
ワワワワ。

しかし、気の抜けた炭酸ジュースにも、幾分、糖分が残っているのか、スクールバス
にも乗らず、かといって課外活動にも参加しない数名の生徒が、アリのように日本語
の教室に集まってきます。

文字通りハニワと化した教師に、何を期待するのかは分かりませんが、とにかく毎日
毎日、義務のようにやって来ます。

彼等は、ドラゴンボールZからプレジデント・ブッシュの話にいたるまで、世間話に
大輪の花を咲かせ、それらに飽きると、腕相撲やプロレスごっこなどをして、昭和時
代の小学生のようにじゃれあいます。

また、教室の前面にあるホワイトボードには、何かしら生徒を刺激するものがあるら
しく、マーカーを手にした生徒は、落書きの衝動を抑えることが出来ずに、ホワイト
ボード中毒者と成り果てます。

ちなみに、その間の私はというと、無邪気にはしゃぐ生徒に目を細めたり、邪鬼のご
とくはしゃぐ生徒に目を光らせたりしながら、テストの採点や課題のチェック、それ
に成績管理といった雑務に追われています。

日本からの留学生もいるので、立派に文化交流の場として役立っているとは思うので
すが、どうも鉤括弧つきの「帰宅部」の顧問のような気がしてなりません。

そして、5時。立派に活動を全うした「帰宅部」所属の生徒は、正規の(?)課外活
動の生徒のためのバスに乗って、それぞれの家に帰っていきます。

さて、賑やかな生徒達が帰ると、校内は静寂に包まれ、聞こえる音といえば、遠くの
掃除機の音のみになります。(こちらは、カストディアンと呼ばれる、お掃除のおじ
さん達に、学校の清掃が一任されています。)

お茶を飲んで一息つき、ようやくこの時間から、教案の用意やテスト作成を始めま
す。

ヘンリーシブリー高校の建築家は、もともと監獄の設計をしていたそうなので、窓も
ない、小さなオフィスに鬱々とこもっていると、さながらジャン・ヴァルジャンのよ
うな気分になります。

教案の用意やテスト作成も、毎日4レベル分(日本語1、2、3、4の計4レベルの
授業を受け持っています)となると、どうしても時間がかかってしまうのですが、最
近は、残りを週末にまわして、7時30分には、切り上げるようにしています。ちな
みに、冬は、駐車場で氷漬けになっている、車の解凍作業が、もれなくついてきま
す。レ・ミゼラブル。

家に帰ると、ビデオの早送りのような猛スピードで、夕飯の用意をして、テレビを見
ながら、夕飯を食べます。本来ならば、ここが一番リラックスする時間だと思うので
すが、とにかく英語を理解をしないことには、バラエティーであろうとコメディーで
あろうと、笑うことさえできないので、テレビの前で、眉をしかめつつ、古畑任三郎
と化しています。

食後、少しでも気をぬくと、古畑氏自身が、眠れる死体となって、床に横たわりそう
になるのですが、全身の細胞を奮い起こして、1時間ほど、体力づくりのための運動
にでかけます。

春と夏は、午後9時頃まで外が明るいので、ノコミス湖という湖の周りをウォーキン
グします。湖の見晴らしは素晴らしく、風もとても気持ちがいいので、ここは、本当
に絶好のウォーキングコースです。

自己陶酔しながら鼻歌を歌い、前を歩く人を追い抜かしては、勝手に勝利した気分に
なったりして、他人様に大迷惑をかけながら歩いていると、あっという間に、一時間
は過ぎてしまいます。

時には、童心に返って、何百といる巨大なリス達と、鬼ごっこをしたりもするのです
が、彼らが鬼になってくれるわけもないので、アジア人がリスを蹴散らしている、と
いった方が正しいのかもしれません。

冬の散歩は、以前、惨歩になったことがあるので、君子寒きに近寄らず、建物の中で
平和に過ごします。幸いなことに、アパートには、プールがあるので、こちらを利用
していました。

このプール、大して広さはないのですが、フランケンシュタインでも溺れる程に深い
ので、充分に体を動かすことができます。ただ、アパートから、プールまで、
200mも屋外を歩かねばならないので、冬は、せっかく水泳でほぐれた体も、一瞬
にして固まってしまいます。

短い髪がツンツンと凍り、顔は青白く、目は半眼ですから、いささかオリエンタル色
が濃いにしても、まさに、東洋のフランケンシュタインです。ああ、無情。

運動後、ようやく就寝準備に入るのですが、思考能力が低下しているので、時々、小
さな悲劇が起こります。

塩粒入りの歯磨き粉で洗顔にトライした時は、非常に辛かったです。「オオオオー」
という、日本語とも英語とも分からぬ悲鳴があがりました。あまりにも刺激が強すぎ
て、毛穴がヒキシマルどころか、ヒキガエルのような斑点が、できてしまいました。


たいていの場合は、笑い話ですむのですが、たまに笑うに笑えない失敗を犯すことが
あります。

それは、二月のある木曜日でした。

夜中、ふと喉の渇きを覚えた私は、牛乳を飲もうと、冷蔵庫へ行きました。普段か
ら、牛乳は、常に2パックをきらさずにしているのですが、しかし・・・何故か、そ
こには、3つの牛乳パックが。

「何だか、おかしい」

コンマ1秒後、何食わぬ顔をしている右端のパックが、衣服用の洗剤パックであるこ
とを発見し、命をかけた間違い探しに勝利しました。

以上、大小様々な事件をのりこえて、午後11時頃 —日本では、午後2時、ちょう
どサスペンスドラマが佳境に入り、おかきも残り三枚という頃— 、ようやく私の睡
眠権は認められ、長い一日は、静かに幕を閉じます。

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