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掃除の日々

2月20日(日)

 今日はさすがに疲れて休養日。明日からもあるので台所の残りを掃除して何とか目標を達成。残りの部分は来週に持ち越し。まあ、それでも今日は、周囲のできることをこつこつと仕掛けていったのがよかったのか、いくらかの話が前に進む。


2月19日(土)

 掃除の合間を縫って稽古。部屋は何者かが押し寄せたかのよう。あまりにはかどりの悪そうな(遅そうな)様子を聞いて、今日は稽古の後に手伝い要員数名が来てくださる。なんということもなくはかどる。ありがたやありがたや。


2月18日(金)

 掃除をしていると、ときに必要なものとそうでないものの見極めが難しい。一説には「二年使わないものは捨てる」というのがあるが、また別の説によれば「一年使わないものは捨てる」というのもある。三年ならどうなんだろうかと思う。三年経てば、周囲の状況や環境といったものも変化していることが多い。ふと官公庁などの資料保管が義務付けられているのは、どのくらいの期間なんどろうかと思う。いや、私がさほど機密書類を持っているわけではない。そんなことはないのだが、ふと思う。そんなことを思いながら紙類をザクザク捨てている。


2月17日(木)

 掃除熱がさらに上がり、いらない資料を捨てる。使わないまま行き場をなくし、部屋の隅に追いやられることになった品々も分別する。棚に乗っているいらないものを認識し、使わないものは処分することにする。いや、いっそ棚さえも捨ててしまいたい。そんな欲望に駆られる。部屋にあるものの並べる場所を変えるだけで、案外部屋の中はすっきりするものだ。続いては台所へ。カオスを見つけて排除しよう。


2月16日(水)

 急に片付け熱が発生する。年度末に出てくる片付けたい病がいままさに私の身体に飛び込んできた。それはまた春の訪れを告げるものでもあるのだろう。
とりあえず水回り、下駄箱からきれいにすることになる。要は入口から改善ということだ。


2月15日(火)

 やっと咳が収まってきた。いつの間にか風邪も治ったのだろう。だらだらとひいていたものだけに、だらだらと治っていったみたいだ。なんだか調子も出てきた。


2月14日(月)

 ごりごりと稽古したくなってきた。ようやく元気になってきたのか。外の雪のせいかな。外は朝から真っ白な雪。それだけでうれしくなるって、ありがたい気候に育ったものだ。


2月13日(日)

 終日新年会。いちにち着物で過ごす。たくさんの人に会ったからか、なんだかぐったり疲れる。


2月12日(土)

 ぐったり。まさに体調不良であり、その信号をきちんと受け取る。


2月11日(金)

 今日は祝日なんですね。雪が降ってきましたよ。


2月10日(木)

 ま、いろんなことがありますわな。


2月9日(水)

 昨日に引き続き、たくさんのメッセージ、贈り物などをいただいた。
 うれしくて、しあわせな時間の連続だ。


2月8日(火)

 ぐったりしたまま、それでも目をはっきりを覚めた。日付が変わって今日を迎えた。誕生日を迎えた。また新しい日が来たのである。


2月7日(月)

 本当に具合が悪くなり、起きてもいられなくなった。横になる。横になる。


2月6日(日)

 寝込んでみる。ほんとに具合が悪くなってきた。


2月5日(土)

 まだ咳が出る。長引くぜい。げほげほ。


2月4日(金)

 終日片付けと休養に徹するつもり。実際はそうもいかない。


2月3日(木)

 粕汁とか鰯や節分の豆まきなどすることは、こどもの頃のほうが確実に行い、確実に食べていたものだ。今頃になって家族に感謝。


2月1日(火)~2日(水)

 杖道会の合宿に行く。遠い。果てしなく遠い。しかも風邪をひいているので、寒い。果てしなく寒い。


1月31日(月)

 まだいくらか咳が出る。ぼんやりする。明日は寒くないだろうかと考える。それだけで荷物が多くなる。


1月30日(日)

 気分がよくない。でも、休んでもいいんだ、という気持ちからか風邪がやまない。


1月29日(土)

 疲れる土曜日であった。


1月28日(金)

 風邪をひいてもいいんだ、と思った途端に喉は痛む、身体はだるくなる、眠くなる、それなのにお腹が減る、咳が激しく出る。わかりやすい身体だ。

1月27日(木)

 さあ、倒れよう。風邪をひこう。


1月26日(水)

 どうも身体がほてって、喉が痛くて、だるくて、これは風邪ですよね。でも、風邪っていってしまうと途端に倒れそうである。明日なら倒れることもできるぞ、と身体に言い聞かす。


1月25日(火)

 朝から礼拝に。午後から講義に。


1月24日(月)

 喉の痛みが激化する。危ない。風邪の兆候だろうか。


1月23日(日)

 翌日は朝早くから祖母の満中陰のおつとめに行く。これまたあちこちに動き回るであろうし、何よりふるまいが難しいであろうと予想される場所である。ぐったりする。


1月22日(土)

 内田先生の最終講義、茶話会、退職記念パーティの日。朝から各地でざわついている。
 私も朝からカジュアルとはいえ、普段しないような恰好でいるためか、不思議な感慨を覚えながら化粧台の前に座る。この不思議な記憶と感触とざわめきは、まさかこんなに長く教えていただくことになろうとは、思ってもみなかったことが理由でもある。
最終講義、茶話会共に予定していた聴衆人数を軽く超え、講堂はほぼ満席になった。
茶話会は、用意していた食べ物はいつあったかのかわからないくらいにあっという間に消えてなくなっていた。あの念入りな打ち合わせはなんだったのかと思うくらいに(私は幹事を承っていた)。
退職記念パーティはさすがに事前予約制だったので、場所に対して人口が溢れかえることはなかったが、極端に食べ物が少なくてかなりひもじい思いもした。
盛大かつ盛会ないちにちであった。

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2011年03月02日 09:57に投稿されたエントリーのページです。

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