« 2005年9月 | メイン | 2005年11月 »

2005年10月 アーカイブ

2005年10月 6日

killer street に雨が降る

10月5日(水)KILLER STREET

CDを買った。その名も“KILLER STREET”
CDなんて買ったのは久しぶりだ。
随分前から予約していたので、今日という日をすっかり忘れていたが夕方までには思い出した。
ジャケットからして、音の感じからして、ビートルズ好きには、たまらないサザンである。
今回はさらに個人的志向にとても寄り添った楽曲タイトルがあってうれしい!(気になるひとは買いましょうね)。
生後すぐからレコードプレーヤーの上が特等席。
そこで聴いていたビートルズをはじめとする音楽全般(洋楽から邦楽まで)は、いまでも身体の奥深くに染み渡っている。


10月4日(火)

 今何時?そうね、だいたいねー。
 身体、めちゃくちゃおかしいらしいねえ。
どうなっちゃうんだろうねえ。
 やあんなっちゃうねえ。
週末は合宿行くってのにねえ。
大丈夫かねえ。
大丈夫だよ。きっと。わんわん。


10月3日(月)

 靴下を履いたままでは滑ります。
 秋の夜長に束の間稽古。


10月2日(日)

 「ことばじゃ言えな~い」ことは、世の中にたくさんある。
 誰かの発することばを受けての感想もそうだし、なんということなく観た映画の感触もそうだ。予定なく食べた蕎麦の味だって、うまく表現できることもあれば、永遠に感触をつかめないまま、記憶のかなたに消えていくことだってある。
聞いたもの、観たもの、食べたものの「良い感じ」を身体のどこかで感じても、ことばにした瞬間、感じたはずのものとはまったく違う感触になることがある。
「あれれ?うーん、いやあ、そうじゃなくてさ」
かと思えば、ことばにしてみることで、思ったよりも簡単に説明できるじゃないのと知ることがある。
「そうそう、それが言いたかったんだ!」
でも、心身ともに思っていることや感じていることがぴたりと一致するなんて、あんまりないような気がする。それは心と身体のどちらかが先走るからだと思う。
結局物事に対する言い足らなさと言い過ぎが身体の中で常に曖昧に同居している。この同居する感触が、「表現のできにくさ」につながるのだと思う。
表現のできにくさは、心身双方を含む身体というひとところにある。
 このときの身体は、ある意味制御されているようでされていないものだ。とてもぐちゃぐちゃしている。
発することばと内面にある感情とがあまりにズレると、無闇に不快感を覚え、不気味な感触を残す。それはあまりに辛い。
思っていることは、表には見えないし、誰の目にも映らない。
考えていることは、マンガの噴出しのようにそのままの形で表に出ることはない。
予定外のことを述べ、思ったとおりのことばには届かない。
ことばをうまく使えないが故に話す。
ことばを届けたいが故に、日々を書いている。
身体は大分マシになってきたのだろか。


10月1日(土)

 きょうも暑いね。
 最近とんとジョンを見かけなくなったのは、ドラえもんのせいだと思う。きっと。


9月30日(金)

 9月末の金曜日。
明日から10月が来る。
「いい女にはForever夏がまた来る」


9月29日(木)

 クニクノサク。


9月28日(水)

 くにゃくにゃ。


9月27日(火)

 雨の街はしずしずと。
結構雨の中もいいじゃん。
中華もおいしくっていいじゃん。
 おまけに氷割りができてうれしいじゃん。じゃん。

 仕事するのは嫌いじゃないが、無感動な事務作業はちょいと苦手だ。
 秩序だけが存在する無機質な体験。
なにひとつ「わたし」がいた形跡がなく、どこにも現れることのない世界の出来事。
客観や主観といったことばが存在することなど到底ありえない。それ以前の世界。そ冷戦の状態。状態が辺り一面に彷徨うのは、何もない世界。
誰もおらず誰も見えない。誰かがいたこともなければ、この先もまた誰かが来ることもない世界なのかもしれない。たとえ誰かが潜んでいても誰も姿を現すことはない。それは永遠と感じる以前に、永遠とわかる前よりもさらに前に、検討もつかないくらい長い長いあいだの何もない世界なのだ。


9月26日(月)

 すこしは大きくなりたいちびっこ。

2005年10月25日

いそがしい10月(ももうすぐ終わり)

10月24日(月)

 どうもこのところすることが多い。
することのひとつは仕事だが、そのひとつさえ満足にできない有様である。原因は、ただ単に要領を得たり得なかったりということばかりではないだろう。身体の不調、未だ慣れない感触、妙な浮遊感。いろんな不確定要素がばらばらに関わると、途端によくない流れになる。うまくいかない、落ち着きのない日々になる。そんな日は、じつに身体によろしくない。

 それでも今日は仕事のあとにすこし杖の稽古に行った。ずっと行きたかったからだ。
このところ時間が取れず、まともに顔を出すことができていない。数十分なんてこともある。しかし週末に差し迫った学祭があるので、今日は這ってでも行こうと朝から心に決めていた。間際になって慌てるのもどうかと思うが、こういうときだからこそ形を覚えたり確認できたりするものなのである。

 幸運なことに、今回も内田先生の打太刀で稽古をつけていただきながら、なんとか記憶を取り戻す。毎回稽古の際、「この1本で決めよう」と思いながら杖を振る。すると自ずと身体が動き、さっきよりもいま、いまよりもその次という具合に意味がだんだんとわかってくる。永遠に終わることのない形への挑戦である。
 
杖の稽古の時や終わってからも、いつも「頭」でいろいろ考えてしまう。合気道の時も(じつはああ見えても)いろいろ考えることがあるが、考えるために使う経路が、本来的には同じなのかもしれないが、まったく違うところを辿っているように思う。
 というのも、「はっぴーはっぴーぐっどらっきー」的な開放感いっぱいの合気道の稽古のあとに比べると、杖の稽古のあとは、いくらかフラストレーションが押し寄せることがあるからだ。ストイックというか、「わーん、杖がうまくできなよう」的な感触が稽古をするうちに強くなるからである。
杖や太刀といった得物を使うので、生身の身体を動かすのと違って難しいのは当然だが(生身の身体を動かすのも難しいが!)、この感触の違いはナンだろうと思う。「杖がうまくできないよう」的な感触がずっと澱のように、身体という名の容器の底に溜まってしまっているように感じることがある。でも、澱ならば、削り取ることもできましょう。などと楽観的なことを考える辺り、まだまだ修業が足りません。しかし杖というものそれ自体は、おもしろいと思う。
その「おもしろい」は、どの部分の「おもしろい」なんだろう。
行き着くまでに辿るルートがおもしろいのか。それとも形に辿り着く(形を達成するってそんなことあるのか!?)がおもしろいのか。どっちだろう。
武道に限らず、何であれ、できない何かができたときの悦びは大きいと思う。
できるようになるための方法がなかなか簡単には見つからず、ずっと探索している過程が長ければ長いほど、辿り着いた先でのおもしろみは強く出てくることだろう。でもやっぱり考えてしまうのは、辿り着いた感触がおもしろいのか、それとも探索している過程を経ていくことがおもしろいのか。どっちだろう。いや結局、どちらもおもしろいのだろう。だから稽古するのだろう。


10月23日(日)

 トニーさん。


10月22日(土)

 早起きして掃除。間際になって片付けてみるが、もう時間がない。
適当なところで切り上げ、先週同様慌てて電車に乗って、合気道の稽古に行く。こんどはぎりぎりに到着。
しかしなんだか暑いねえ、今日も。
そんな今日は、朝から同じ会場で「保育」のセミナーか何かがあったのか、こどもたちが、そしてそれを連れてくる親御さんたちがうじゃうじゃしていて、どこもかしこもごった返している。少子化が叫ばれる昨今だが、いるところにはいるのだな、乳幼児たちがと思う。

稽古のあと、どどどどっと移動して、わが家へ。
先日、「鍋が食べたい」と思いたったわたしの一存(別名「わがまま」とも言う)に付き合ってくれた有志のみなさま総勢13名がお越しになる。家主を含めて合計14名。なんとか入るものである。
話題は各地で、まとまることを知らず、喰いねえ喰いねえ、ほら喰いねえの、笑って、はしゃいで、大騒ぎ。
笑ってしゃべってしているうちに、しんしんと夜は更け、あっという間に時が経つ。


10月21日(金)

残業積もれば疲労となる。


10月20日(木)

 銃に自由。


10月19日(水)

 「柿喰えば鐘が鳴るなり法隆寺」と一句。ああ、のぼさーん。


10月18日(火)

 微熱が続く。
 だましだましの日常にもすこし限界が来た。やっとのことで、かかりつけの病院に飛び込んで診察を受ける。
扁桃腺がひどく腫れていたらしい。
市販の薬なんかじゃ追いつかないらしい。
 幼い頃から喉が弱いので、扁桃腺の痛みなど慣れっこになっている。いまさらどれくらい腫れても、変に免疫がついてしまったのか。相当赤く腫れ上がるまで我慢できてしまっているようだ。それはそれで困る。
 などと思いながら薬を貰って、水で流し込む。粉薬はどうも苦手だ。


10月17日(月)

 寒気がする。ああ、今日も遠いな。

 
10月16日(日)

 郵便物を片付けていたら、急な睡魔に襲われる。
 やっぱり疲れているのだ。わたしだって。
すこしは熱が下がったのだろうか。


10月15日(土)

 朝8時、電話が鳴る。
既に起きていたので、とくに問題ないが、おおよそ誰なのかは見当がつく。思ったとおり声の主は母である。用件の趣旨は、今日、会わないかとのことである。
相変わらず唐突な話しだ。しかしよくよく考えてみるまでもなく、唐突なのは、今に始まったことじゃない。よくあることだ。思い立ったが吉日というか、感覚的に行動するタイプの人間は、その行動が唐突に見えたり、聞こえたりする。でも、気にしても仕方ない。それは唐突に見えるようで実際結構考えていたりもするからだ。
それに実際のところ、「いついつの何時に行きますから」などと予定を立ててこられるほうが、こっちとしては、却って辛いことがある。というのも前もって言われていると、その分心構えや準備や気がかりなことが出てくるからだ。変に緊張することもある。
ともあれ、昼から合気道の稽古があるので、終えてからならと約束し、受話器を置く。
 受話器を置いたあと、すぐさま掃除と洗濯に取り掛かる。(掃除は母の来訪とは関係なくする予定にしていた)。外は生憎の雨。どうせなら天気のいい日に掃除したいものだが、掃除がしたかったので欲望の赴くままに行動する。外の雨は、だんだんと大きくなってきている。
いつになく掃除に力が入ってしまい、気づくと、いつも出かける時間を過ぎていた。慌ててうちを出る。小雨をいいことに傘もささずに自転車をこぐ。最寄駅に着いたが予定の電車には完全に乗り遅れ、1本あとの電車に乗った。
しばらくすると、同じく稽古にみえる松田先生とホームでお会いする。どうやら先生も遅れたらしい。ひとしゃべりしながら芦屋へ。

雨か湿気か、道場はとても暑い。
ほんとに秋なのか?と疑ってしまう。
途中でクーラーが入る。同時に窓が閉められるが、瞬間的に効くものでもなし、しばらくは蒸し風呂状態。
数時間の稽古を終え、雨の中、わたしはひとり西へと向かう。
 ほんとは、稽古を終えて「お茶する一派」と成り変わるひとたちと、一緒にいたかったのだが、今日ばかりは仕方ない。
「ぶっちれ、ぶっちれ、ウッキー。私とお母さんとどっちが大事なの?」そう尋ねられる。
「どっちも大事だから一緒に行かない?」と答えてみる。
結果、一派を見送り、見送られ、ひとり電車に乗る。

待ち合わせ時間ぴったりに三宮に到着。
雨が降っているので、屋根のあるところを歩く。街を楽しむ。雨なのに、しっかりひとが動き、歩いているから驚きだ。キミもそのひとりだろう?
 お気に入りの靴屋で試着。
とてもいい感じの色合いなのだが、ここ一番の物欲がなく却下。
 ところで、久しぶりに会った母とは、なにを話したのか。
約束の用事があったので、それに費やす時間以外はずっとしゃべっていたような。
 ほんとにずっとしゃべっていた。雨にも負けず、ずっとしゃべっていた。雨もまた、それにも負けずずっと止まない。


10月14日(金)

 毎度の残業。
おかげで予定がくるくる変わる。
 本日は10時には寝てやる。


10月13日(木)

 だんだんと熱っぽくなってきた。
 平熱が低いので37度にもなると、よろよろしてくる。
 立っている、座っている、食べている。
どうにか持ちこたえている。
 早く寝ればいいのだろうが、そういうわけにも行かない辛い日々。


10月12日(水)

 教員研修会。
 疲れる。
さらに休む間がなく、作業をこなす。


10月11日(火)

 目が開かない。
 風邪をひいたみたいだ。
 りんごがうまい。
 疲れていても休む間がないのだ。


10月8日(土)-10月10日(月)多田塾合宿2005

 年に一度の多田塾合宿。
 静かに体力と精神を研ぎ澄ませ、わたしは出かける。
 いつも、ここでしかお会いできない懐かしい方々に顔を合わせ、またこの度もさまざまお世話になった。
 多田先生にお会いできる場所は、それだけで空間も時間も心地よい空気に包まれている。
 今回の合宿は、どこか色合いが違った。(と毎度同じセリフのことを思う)。
 どこかどうなのかよくわからない。わからないが、ただつかみどころがないというのではない。つかんでもつかんでもつかみきれない何かがあるのである。それでも何かをつかみたいと思う。何をだ?
途端にまたわけのわからない問答になる。こんなことを思うのは、わたしが変わったからなのか、それとも単に年月が過ぎたからなのだろうか。(と、また毎回同じことを思う)。愚問への理由を明快にしようとする時間があるくらいなら、研究すべし。

 ところで今回、道場と宿の間を何度か、運転させてもらった。
これで次からは、送迎ぐらいはできるはずだ。そう、たとえ、そこに「愛がなくとも」。


10月7日(金)

 明日から合宿だ。
 合宿は楽しみだ。
「それだけが心の支えだ」といったらおーげさか。


10月6日(木)

 今日は久しぶりに早くけーれた。

2005年10月30日

学祭演武会のこと

10月28日(金)学祭演武会1日目

 とても爽やかな秋晴れのもと、大学の演武会に出場。
 本日の出番は、杖の打立ち、受けが2回、取りが1回、師範演武の受けに1回。
 ほんとうはこれにもうひとつ、杖の仕杖という出番があったのだが、「宮仕え」なるものには、さすがの師匠も対することができなかったのか、諸般ではなく、「師範」の都合でカット!となった。結果5回出場。明日はさらに記録更新したいものである。
 こうして史上初の公的場面での12本目は、明日への楽しみへ持ち越された。
 
 自身の出番は、師範が会議へと行ってしまわれたあとの出番だったので、時間はたっぷりとあったとはいうものの、少々寂しいものであった。何となく浮遊感がある。
 演武会が終わってもまだいくらか時間もあったので、学祭の店や出し物を冷やかしながら、大笑いして、うちに戻る。
 着くなり、早速明日の仕込みを始める。
今日は調子がいい。


10月27日(木)

本日は晴天なり。
夕べは薬のせいで早く眠れたし、朝も普段より目覚めがよかった。すこしだが、朝から部屋を整頓することもできたし、ごみを捨てることもできた。

そうだ。ごみといえば、ここ西宮市は、大概のものが焼却できてしまう機械でもあるのか、「燃えるごみ」と「燃やさないごみ」の分別くらいしかない。「燃えるごみ」とは可燃ごみのことであり、木や紙でできたもの、生ごみなど。「燃やさないごみ」とは不燃ごみのことで、ビン、缶、電球電池などはここに入る。(「燃えないごみ」ではなく、「燃やさないごみ」というのがポイント)。
あとは新聞、広告、ダンボール、古着、ペットボトルくらいの分別収集がある。
居住地域によっては、プラスチックや紙くず、ビニールから木製用品まで、細かな規定によって、ありとあらゆるものを分類し、捨てるよう命じられているところもあるというのに、全部一緒くたにするなんて、いいのか悪いのは別にして、すごいこった。
細かな分類によって、ごみの量が幾分減ったらしいから、悪くもない提案ではあるのだろう。

ところで、今日はペットボトルを捨てる日だった。前回、規定の日に捨てるのを忘れていたので結構な分量になっている。ごみ袋1つ分くらいあったかと思う(もちろんボトルは「つぶして」、これだ)。
そういや昨日捨てたビン類も、これにもひけを取らないくらい大漁(というのか?)だったな。うち1本は、ポン酢のビン。
やっぱりポン酢は2本で正解である。


10月26日(水)

 調子はどう?


10月25日(火)

 また病院に行く。
 毎週行くのも申し訳ない気がしたが、先週貰った薬はとっくに切れたし、快方に向かっていた喉は、昨日辺りからまた痛くなってきたからだ。
 前よりも怪しい痛さを感じる。
 喉を見せると、また赤く腫れているらしい。先日よりも、幾分大きくなったような気になる喉仏だ。
 ところで、なぜ喉の真ん中辺りにある部分のことを「喉仏」と呼ぶのだろう。(これは、ここに書くより、持仏堂にでも質問するべきことだろうか)。
先週よりも症状が増えた。咳が出ることと、膝が少々痛いことである。寒さのせいなのか、ただ単に身体が悪いのか、どっちだろう。
 症状が増えると、また薬が増えるということでもある。それは余りいいことではない。
 早く眠る。

About 2005年10月

2005年10月にブログ「ウッキーの浮き憂き日録」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2005年9月です。

次のアーカイブは2005年11月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。