ボミのリブート

8月27日
 コロナウィルス以前、私には毎週のように集まる密度の濃いグループがあった。すごく仲の良いミートアップのグループで、当たり前のように毎週飲み、騒ぎ、お互いの家を行き来し、週末はパーティやブッククラブ、映画鑑賞などのイベントを頻繁に企画する気心の知れた仲間たちだった。だけど3月にウィスコンシン州がロックダウンに入ってから、もちろん私たちはこれまでのように簡単には会うことができなくなった。あらゆるイベント、活動という活動がキャンセルになったので、ミートアップに限らず、人々は"今ある関係性の中でバーチャルでしか人と会うことができない"という特殊な期間を過ごすことになったからである。
 だから私もその頃は、このグループ内のさらに小さなグループで、頻繁にオンラインチャットをするようになった。凍結された世界の中で、私たちは毎週、同じメンバーで顔を合わせ、他愛無い話をし、以前とは違った形の、密度の濃い時間を持つようになった。とりわけ仕事をしてない主婦の私にとって、週に一度のこのオンラインチャットは唯一の社交の場所でもあり、これまで以上にこのグループの集まりを大切に感じるようになってもいた。

 6月に入り、やっとロックダウンが解除されると、世界はまた動き出したかのように思えた。6月と言えばウィスコンシン州はもう夏である。春をすっ飛ばし、いつの間にか始まったマディソンの短い夏をすこしでも長く味わおうと、私たちはふたたび弾けたように、少人数の決まったメンバーで屋外で頻繁に集まるようになった。
 だけど以前とは違い、こうした飲み会に新規のメンバーが加わることはなかったし、定期的に集まるメンバーの中には、コロナウィルスを危惧してイレギュラーなメンバーを呼びたがらない人も出てきた。そうすると、今度はこの固定されたメンバーという距離の近さと規模の小ささから、時々グループ内で小さな揉め事が起こるようになった。

 仲が良く、密度が濃くなったゆえの軋轢かとも思いながらも、一度揉めると少しも妥協しない友人たちの態度に、私はだんだん疲れを感じるようにもなった。だけど他に特別親しくしたり、これほどの頻度で会うグループも私にはなかった。ただでさえロックダウンが解除されてから、あからさまに感染者数がうなぎ上りのアメリカである。ビジネスが再びオープンになったからとは言え、今所属するグループ以外の人と会うことはどうしてもリスクが高く、新しい友人を見つけるということ自体が難しい時期でもあった。

「イッツ タイム トゥ エンド ザ リレーションシップ」

 静かに、私のこの最近の人間関係の悩みに耳を傾けていた韓国人のボミは、私が話し終わると同時に間髪入れずにそう言った。
 何を悩んでいるの?と言わんばかりの口調で、ボミはあっさりと、そしてキッパリと、そういうややこしい思いをするなら、それはもうその関係性の終わりの時なのだ、と主張した。数ヶ月ぶりに近所の公園でボミの子供と私の子供を遊ばせていた時のことだった。
「だけど今、新しい友達を作るのってとても大変だよ」
 私がそう反論すると、ボミは「そんなことない」とにこやかに言った。
「だって私は最近たくさん新しい友達ができたよ」と。
「どうやって?」
 そう驚いて尋ねる私に、ボミは「キム・ミギョンのReboot(リブート)」という言葉を教えてくれた。

『キム・ミギョンのReboot(リブート)』

 それは"コロナ以後の世界で私たちはどう生きるか"と言うことをテーマに、最近韓国で発売された本のタイトルだった。ボミによると、それはコロナ以後の世界を生きるにあたって個人の仕事や成長について書かれた本であり、英語で「再起動」を意味するRebootという言葉を使いながら、著者であるキム・ミギョンは"オンライン・コンタクト"(韓国では略して"オンタクト"と言うらしい。その名の通り、オンラインでの繋がりのこと)、あるいはもっとSNSを活用していくべきだとする"デジタル・トランスフォーメーション"、そして個人個人が上下関係にならない形の社会を目指す"インディペンデント・ワーカー"と言ったいくつかのキーワードを提唱し、個人個人が"消費者"ではなく"ナレッジ・メーカー"(knowledge maker)になることの重要性を説いた本なのだという。

「自分では苦しいとは気づいていなかった...」
 さらにボミはそう言って、数ヶ月前にこの本を読むまでは、自分がリアルな世界で生きづらさを抱えていたことを自覚していなかったのだと言った。だけど、キム・ミギョンの本を読み、彼女の理論に基づいてSNSを積極的に利用することで、ボミは今や毎週のようにオンラインで勉強会やミーティング、はたまたプレゼンテーションまでするグループや仲間を持つようになったのだ言う。

「それは、友達なの?」
 私がそう聞くと、ボミはノーと言った。「あの人たちのプライベートを私は知らないし、彼らも私のプライベートは知らないからね」と。
「だけど、それで良いのよ」

 ボミによると、韓国の教会で出会う人たちは「チャーチ・メイト」、公園で子供同士を遊ばせる時に会う人々は「プレイグループ・メイト」であり、大切なのは自分の興味や役割ごとに関係性を分散させることなのだと言う。ましてや、コロナウィルスをきっかけに、より多くの人々がzoomやSNSを使うようになった時代である。今こそ、私たちは軽やかに、しなやかに、その広いデジタルの海で新しい形のチームワークを見出す時なのだという。

「それで、一番簡単なのはInstagramよ」と、ボミは教えてくれた。彼女はInstagramのハッシュタグで"self development"や"Reboot"といったキーワードをたぐり、彼女の興味とマッチする同志を探し出して、勉強会を呼びかけたのだと言う。
「合わなければ、また新しくそこで探せば良いからね」
 ボミはそう付け加えた。実際、彼女は現在毎週集まっているとあるグループのメンバーとの会話がストレスに感じることがあったようで、「このグループはもう終了しようと思っているの」とクールに言った。

 数ヶ月前、「セイコは友達が多くて羨ましい」と寂しそうに言ったボミの姿が私の脳裏をよぎらないこともなかったけれど、今の彼女は古い関係性の中で思い悩む私とは対照的に、なんだかたくましくパワーアップしたかのようだった。もちろん、それがベストな関係性なのかどうかについては、私には分からなかった。だけどこの日、幸せそうにキム・ミギョンのRebootについて語るボミは、コロナウィルスをきっかけとして確実に、新しい何かに向かって自身を再起動させたようにも見えたのだった。