ソーシャルであること

1月27日
 
 アメリカ人のデーヴィッドは、いわゆる"オタク"だった。私はデーヴィッドと"ミートアップ"というインターネット上で共通の趣味を持つ人達が集う交流会を通じて知り合いになったが、彼はいつも日本の電子辞書を懐刀のように大切に持ち歩き、時に、グループで集まっていてもゲームの攻略本を一人黙々と英訳しているような、ちょっとミステリアスで、「結構変わった人」だった。
 だから、と言ってはなんだけれど、私はずっとそんなデーヴィッドが少し苦手だった。ちょっとダミ声だったし、黙っているかと思えば話し出すと止まらなくなることもあって、そしてやっぱりどこからどう見ても"オタク"だったからだ。それから一度、デーヴィッドが風邪をひいてマスクをつけてミートアップの交流会に来たときがあった。私はただでさえマスクをつけるアメリカ人が珍しくて興味津々だったのだが、デーヴィッドはさらに話すたびにマスクをいちいちせわしなく口から離したり触ったりしており、そのことで私はずっと笑いをこらえていた。だけどどういった神様の悪戯か、この時そんなデーヴィッドが勢いよく話しだそうとした瞬間、彼のかけていた眼鏡がマスクに絡まり、眼鏡が吹き飛びそうになるという奇跡のようなことがあった。
 それはほんの一瞬の出来事だった。もちろん、誰もそんなことを気に留めてなどいなかった。静かに皆で話している空間だったので、このちょっとしたデーヴィッドの動きはほんのすこしだけ人々の視線を集めたりもしたけれど、真面目なミートアップの集まりである。ふっと一瞬会話は途切れたものの、誰もがまた静かに会話を再開した。そんなことは誰にとっても「消しゴムが床に落ちた」程度の些細な出来事だったのである。ただ一人、そのデーヴィッドの慌てふためく姿を見て、ガスが爆発したかのように吹き出した私を除いては...。
 というわけで、私はそれ以来しばらくデーヴィッドとはそのグループ内で心の距離を取るようにしていた。私がデーヴィッドを笑ったことはすごく失礼な行為だったし、デーヴィッドも明らかに気を悪くしたのが分かったからだった。

だけどそんなある日のことである。珍しくそのデーヴィッドがミートアップのグループチャットで飲み会を呼びかける投稿をしたことがあった。このグループ内のチャットではいつも、様々な飲み会やイベントが呼びかけられるのだが、デーヴィッドが自ら招集をかけたのは初めてのことで、それはなんだかとても特別なことのように思えた。デーヴィッドはいつも、自分から積極的に集団を扇動するというタイプではなかったからである。
 私はさっそくこの夜、飲み会に顔を出してみることにした。ただ、折悪しくこの日は激しく雪の降る夜だったので、顔を出してみると集まっていたのはごく少人数だった。だけどそんな少人数の集まりの中で、デーヴィッドはいつになく快活で饒舌にふるまっていた。いつものミートアップの集まりでは口数少なく一人で座っていることの多々あるデーヴィッドだったけれど、この日はプライベートなことを、とりわけ自分自身のことを多く語った。彼は現在、ウィスコンシン大学で解剖学を学んでおり、以前は病院で働いた経験もあったが、ゆくゆくは再び病院で働きたいこと。また採血の仕方や効率よくリストカットする方法。日本語はあくまで趣味で勉強しているのだが、日本語の勉強が楽しくて仕方がないこと。日本にまたすぐ行きたいし、目標は同じミートアップに在籍しているピーターという翻訳家のおじさんであること。デーヴィッドはそんなことをとめどなく、とりとめもなく語ってくれた。

「どうして日本語の勉強がそんなに好きなの?」
 私はそんな上機嫌なデーヴィッドにそう尋ねた。ただでさえ解剖学の勉強が大変で、資格の勉強もしないといけないと語っている彼が、なぜそこまで同時に日本語の勉強に熱心に取り組むのか、私にはとても不思議だった。だいたい日本語を勉強したからといって、その後デーヴィッドが将来的にその日本語のスキルを彼の仕事上のキャリアに活かせるとは思えなかったのである。
「あー、それはね、日本語で話してる自分が好きだから」
 デーヴィッドは日本語でぺらぺらとそう答えた。
「僕は普段、英語で話していると全然話さないんだ。すごく静かなんだ...。だけど、日本語を話しているときだけ、僕は"ソーシャル"になるんだ。なんでか分からないけど、とても"ソーシャル"になるんだ。別人になれる。だから日本語を話すのが好きなんだよ」

「...面白いね」
 どこかでそれを聞いていた誰かがポツリと言った。
「マディソンは好き?」
 私はまたデーヴィッドに尋ねた。
「マディソンでの暮らしは辛いことが多かった。だから好きじゃなかった。友達も二人しか居ない。その二人ももうマディソンには居ない。だけどこのグループの集まりは好き」
 デーヴィッドはまたあっけらかんと、結構重いことを日本語で、早口でぺらぺらと言った。だけど彼はいつになく嬉しそうだった。実は、この次の日が彼の誕生日だったのである。そのことを、デーヴィッドは私がお店についてすぐに照れ臭そうに打ち明けた。「僕が今日は奢るからね」と。
「明日誕生日なら私が奢った方がいいんじゃないの?」
 そう驚いている私に向かってデーヴィッドは静かに首を横にふった。
「誰かを幸せにする方が幸せになるから、僕が奢るんだ」

 12時を過ぎるのを待って、私達はデーヴィッドに「おめでとう」と伝えた。誰かの大切な日に集まっているという事実と、この日「なぜいつも呼びかけないデーヴィッドがグループの招集をかけたのか」という秘密の答えを共有していたことが、その場に居合わせた人たちに不思議な連帯感を感じさせ、暖かい気持ちにしているようだった。
 外ではしんしんと雪が降り積もっていた。デーヴィッドは日本のサラリーマンが持っているような鞄から最近買ったという日本の漫画を得意気に取り出すと、無邪気に見せびらかしていた。彼はやっぱりオタクだった。だけどもはや私にとって、とっつきにくい苦手な人物ではなかった。この日、デーヴィッドは日本語を話すときだけソーシャルになる、勉強熱心な友人の一人として、私の目には新たな姿で映っていたのだった。