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さらばウィスコンシン

 6月27日。マディソンは、夕闇に無数の蛍が飛び交う美しい季節である。この時期、マディソンに点在しているいくつかの美しい湖はその水面に白と青の空の色を映し込み沢山のカヤックやモーターボートを浮かべて、まるでモネかルノワールの絵のような美しい姿を見せる。この頃、夜の九時頃まで日は落ちないので、遠くで野外ライブの演奏がいつまでも楽しげに聞こえてくる夜もある。そうしてその音が消えたかと思うと、今度は薄暗がりの中、どこからともなく蛍の光がほうぼうで舞い上がり、そこら中で彼らのひと夏の求愛が始まるのである。穏やかでこの上なく美しくとても豊かな季節である。
 
 二年前の7月、私はこの美しい夏のマディソンに白井君と二人で降り立った。右も左も分からぬ異国の地で最初に感動したのは何よりもまず、アメリカの、マディソンのこの自然の「豊かさ」だった。そしてその羨望は二年経った今もなお、ますます募るばかりである。これが戦争をしている国だろうか?マディソンでの豊かでのどかな生活は、自分がこれまで抱いていた「アメリカ」という大国への考え方を根本から覆すものだったからである。穏やかで平和で安全でクリーンでインターナショナルな学園都市であるマディソンには、あらゆる国の人々が住み、それぞれがそれぞれの文化や歴史に敬意を払いながら、思い合い、助け合って生きていた。夕暮れに行きかう人々は、知り合いではなくてもにこやかに挨拶を交わし、時に冗談を言って笑い合って去りゆく時もある。お金がなくて困っていた日、洗濯機の乾燥機用のクオーターコインを2ドル分、無償でくれた人も居た。自動販売機でポテトチップスを買おうとしたら、商品の補充をしていた業者の人からポテトチップスを貰ったこともある。赤ちゃんを連れていて知らない人から声をかけられるのも、ドアを開けてもらうことにも、私はすっかり慣れてしまった。

寛容で、いい意味でルーズでカジュアル。「マディソンは田舎で刺激がないから詰まらない」と言う人も居る。だけどそれは、代り映えのない至極の美しさに慣れてしまった人の惰性以外に他ならない。マディソンの良さは、人々の人間性も含め、優しくて素朴という点でもあるからだ。だから結局私は、アメリカに来る前に想定していた「怖い思い」(黒人にリンチされるとか、「イエローモンキー」と罵られて石を投げつけられるとか、白井君が銃で撃たれて死ぬとか。)を経験することはなく、この豊かなマディソンの土地に染みわたる国際色豊かな養分を十二分に吸い込み、学び、笑い、人生で最も楽しかったと言っても過言ではない二年間を過ごすことが出来たのである。

そしてもう一つ。そんなマディソンで感じ、身に起った一つ一つをこうして言葉に書き起こし、日記として残すことの出来る場所があったことも、私には何よりも代えがたい大きな幸せだった。こんな風に、自分一人では経験できそうもない機会を与えてくれた家族、そして恩師内田樹先生には感謝してもしきれない。ウィスコンシン渾身日記を締めくくるにあたって、二年間、こんな風に毎月毎月長屋にアップしてくださった内田先生にあたらためてお礼申し上げます。二年間、本当にありがとうございました。