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明白な未来を描くものたち

9月15日。今月からまたマディソンでの暮らしが始まった。毎日語学学校の授業を受け、火曜日と木曜日に午後からウィスコンシン大学のシネマ学の新しい授業を聴講し、火曜日は夕方からシネマ学の授業の映画上映に参加し、週末はフリーの映画鑑賞に出向くという相変わらずの生活が戻ってきた。妊娠七か月なので、前と全く同じ生活とは言えないけれど、それでも参加できるアクティビティには出来る限り参加し、やれるだけの予定を詰めて、毎日たくさんの荷物を背負って朝からバスでダウンタウンに向かう日々である。

そんな中、今日は以前からカンバセーションパートナーだったロマン・パラヴァノフ青年と二か月ぶりに再会した。これまで私は3人ほどカンバセーションパートナーというボランティアで英語を教えてくれるネイティブスピーカーを持っていたが、他の二人とは前のセメスターが終わるころに契約(口約束)を終了していて、ロマン・パラヴァノフ青年は最後のパートナーだったのである。ウィスコンシン大学で材料工学をメジャーとして専攻し、マイナーとして日本語を勉強していた真面目なロマン君と、私は半年以上前に出会い、それ以来毎週水曜日の夕方に二時間ほど日本語と英語を織り交ぜて「カンバセーション」をしてきた仲である。ロマン君は、ハリーポッターのような可愛い顔をしているが、そのくせ「飛び級」するほど頭が良く、ちょっとした質問にも熱心に答えてくれる最高のパートナーで、一度はThanksとThank youの違いについて小一時間ほど説明してくれた奇特な青年だった。が、そんな彼とも今日でパートナーは解消である。というのも、この秋からロマン君は一年間日本の九州大学への留学が決まっていて、今週末に日本に発つからである。

いつものごとく少し時間に遅れて待ち合わせ場所に来たロマン君は、これまたいつものごとくとても忙しそうで、夏の間も日本語の強化授業を受講し死ぬほど漢字を覚え、父親の仕事を24時間手伝い、毎日とてつもなく忙しかったと優しげな顔で語ってくれたので、私もこの夏は大変な英語のクラスを終えて、ひどいツワリによってパリではそこら中で吐いていた、と報告したりした。それでも目前に迫った留学をとても楽しみにしているロマン君はとても嬉しそうで、今は忙しいけれど、日本の大学がアメリカの大学と比べてあまり勉強しないと聞いているから、これからの一年間はバケーションだと思っていると言ってまた笑った。「きっと日本の大学では時間を持て余すだろうね」と私が言うと、ロマン君は「それでも楽しみだ」と言う。そして、一年後に留学を終えてマディソンに戻ってきたら、今度はその次の夏、東京のインターンシップに応募して日本に再び来日するつもりで、自分のゴールは材料工学を活かせる日本の会社に就職し、半分は日本、半分はアメリカで働けるポジションに就くことだ、と語った。「彼女?彼女はコンピューターサイエンスを専攻していて、将来的にはコンピューターさえあれば自宅でできるような仕事に就くから、そうしたら一緒に日本とアメリカを行ったり来たりできると思うんだ。」

 ああ…と私は心の中で唸る。私がアメリカに来て、こちらの若者が素晴らしいと思うのは、いつもこういう所なのだ。語学学校に通う様々な国のティーン達もそうだが、彼らは自分の明確なゴールをきちんと口にすることが出来るのである。他のカンバセーションパートナーだった女学生のミカエラも、将来的には語学の先生になりたいのだと言って、インターンシップで韓国へ渡っていったし、そのためのステップとしてボランティアで英語を熱心に教えてくれていた。大学院生でゲーマーのジョシュは、日本のゲーム会社で通訳の仕事に就くと言っていたし、語学学校で出会ったわがまま娘のコロンビア人マリアはジャーナリストが自分の夢だと語った。クラス一出来の悪いサウジアラビア人のアハメでさえ「自分は将来医者になる」と言って、コミュニティカレッジでは数学の授業を受けていると言う。(もちろん、アハメが医者になると発表したときは、クラス中が「絶対病気になっちゃだめよ!」と騒いだのだが。)彼らはたかだか二十歳やそこらである。だけどその一方で、私が語学学校で出会った日本人の留学生たちというのは、英語の出来不出来にかかわらず、驚くほど自分自身の将来についてうまく語ることができないという印象が強い。海外の学生たち(特にアメリカ人)が、明白な目標のために今を生きているのに対して、日本人の留学生たちは将来の話になると途端に歯切れが悪く、ぼんやりとしたことしか言わないことが多かったのである。

もちろん私だってそうだ。今期から受講しているライティングの授業で、担任のベス先生は生徒の一人ひとりの英語との向き合い方と、ゴールについて書かせたうえで、授業で発表させた。授業を生徒のニーズに合わせて、何を重点的にやるべきかと先生自身がその方針を生徒に合わせて決めることにしている授業だからだ。「ジャーナリズムを学びたいからTOEFLのスコアを80点以上取りたい」中国人のエレンが言う。サウジアラビア人のダラルもPhDを取る目標について語る。だけど、私はこうだ。「英語を勉強するのが楽しいからこの授業を取りました。もちろんTOEFLやTOIECの良いスコアを取って何か日本で仕事に就けたらいいですけど、いかんせん今妊娠中なので、なかなかテスト勉強は出来ないですしね…。」

ロマン君もミカエラもジョシュもマリアもアハメもエレンも、嬉々として将来を明白に語る。語ることを恐れないし、その目標に向かって日々学んでいる。そんなことを考えていると、「子供が生まれたら見せてね。」とロマン君が私に言った。「うん。ロマン君も気を付けて日本に行って来てね。」私はロマン君に別れの挨拶をした。ロマン君は去りがたそうにしながら、少し寂しそうに微笑んでくれた。だけど、去りゆくロマン君の後ろ姿が私にはなんと眩しく映ったことだろう。それは、こちらに来てから何度も目にした、自分の足で目標に向かって歩き、饒舌に未来を語る海外のたくましい若者の姿だったからだ。