デーツをめぐる冒険

 4月4日。サウジアラビア人のダラルはジム先生のことが大好きである。彼女は二人の息子のお母さんで、語学学校ののちにはウィスコンシン大学でドクターを取得したいと考えているそうだ。今は語学学校で英語の勉強に励みながら、二人の息子と共に暮らしている。「旦那さんは何してるの?」と聞くと、「離婚したわよ。」とあっけらかんと言うので、つい「サウジアラビアで離婚することなんてあるんだね。」と聞き返してしまった。ダラルは「イージー!イージー!」と言って紙にペンで何かを書く真似をして豪快に笑っている。紙は離婚届ということだろう。はっきりいって、ダラルはすごく気の強そうな感じの美人だ。いい家のお嬢様だったんだろうなと想像できる。それに、ダラルは他のサウジアラビア人の女性とは違っていて、男の人と積極的に話をする。(これは他のサウジ女たちには見られない特徴である。)女王様のようなダラルにはサウジのティーン坊やたちも一目を置いているようで、彼らが敬意を示しながら彼女を取り巻いているのをよく見かける。
 
そんなダラルは、体がすごく細い。ほっそりとして小さいのだけど、いつ見ても何かを食べている。10時半から始まる授業で一緒だった時も、ダラルは11時20分の授業の休み時間にコーヒーとサンドイッチを買いに行き、授業中に自分はそのサンドイッチを食べながら、クラス全員にはチョコレートを配っていた。またある時は、授業中にどでかいコーヒーポット持ち出して、クラス全員にサウジアラビアコーヒーをふるまっていた。もちろんいくらでもおかわりは自由である。いや、そんなことをしなくてもダラルはかいがいしくコーヒーを飲んでしまった人を勝手に探し回り、追加コーヒーを入れてくれる。あわやピクニック騒ぎである。授業の腰を折られ困惑しているジム先生にだって、命令口調でコーヒーをふるまうので誰もダラルに文句は言えない。もちろん、ダラルのふるまうコーヒーやらお菓子やらに対して私たちに拒否権はない。だから私はダラルのおかげで初めてサウジアラビアコーヒーというものを飲んだし、デーツというナツメヤシのドライフルーツがサウジアラビアでよく好まれているということを初めて知った。授業中に食べたくなくて一度断ったことがあるが、そんなことは無駄だった。一つだけ、と小さいのを選んでも、「もっと取れ」と言ってくる。ダラルは皆のお母さんだった。そしてついに先週、ダラルはデーツを箱ごとジムにあげた。ジムは大喜びである。そんな大喜びのジムを見てダラルも大喜びしていた。

ダラルだけではない。ジェニーという中国人の高校生の女の子もお菓子外交に長けた素晴らしい女の子だ。彼女は月曜日には必ず週末に焼いたエッグダルトだのチーズケーキだのを持ってきてくれる。だから、そういう生徒を一人でも持った先生は幸福である。前のセッションでダラルもジェニーも同時に持つことになったジムは、そのセッションの終わりに珍しく「このクラスは本当に楽しかった」とセンチメンタルなことを言って締めくくった。ジム先生がそんなことをセッションの最終日に言ったのは初めてのことだった。明るくて積極的な生徒が居たからに違いないが、私は食べ物の効果もあったのではないかといぶかっている。

その後、クラスが別れてからも時々ダラルは私にデーツを食べさせに来ることがあった。「ジムにもあげてるのよ。」とダラルが嬉しそうに話していたので、その話をジムにしてみると、ジムは笑いながら「僕は今日、デーツを七個食べたよ」と得意気に言った。「そんなに?」と私が驚くと、ジムはこんな話をした。なんでも、その日の最後の授業でジムはとんでない空腹感にさいなまれたそうだ。お昼ご飯を十分に食べていなかったらしい。午後の授業は続けて二つあり、ジムは食べ物を持ち合わせていなかった。どうしてもお腹が空いて仕方がなくなったときである。突如、ダラルが前のクラスでデーツを置いて帰っていったことが、天啓のごとくジムの脳裏にひらめいたのである。「生徒たちにディスカッションを続けているように指示をして、隣の教室に駆け込んだんだ。」ジムは嬉しそうに言う。「あの時、机の上に置かれたデーツを見つけた時といったら…オーゴーッシュ!」授業を放棄して駆け込んだ隣のクラスには、置き去りにされたデーツが七つ、光輝いていたという。急いでそれを胃に収め、再びジムは何食わぬ顔で隣のクラスに戻って授業を再開したという。そう私に語るジムの顔はドライデーツのように輝いていた。