8月14日
一週間の夏休みに、ハワイのマウイ島へ行ってきた。あまり意識していなかったが、結婚してから初めての遠出なので、一応新婚旅行ということになる。イーダ先生は初めてのハワイ。僕は、これが都合3度目のハワイである。マウイ島は2度目で、実はそのときも新婚旅行だった。パスポートを見て確かめると、8年前のことになる。
5月の連休前ぐらいに、二人で夕ご飯を食べていて、夏休みにどこかへ旅行しようということになった。
「南国の海に行きたい」
と、イーダ先生が行った。
「じゃ、ハワイにしよう。マウイね」
即座に僕が返答し、これで決まりになった。数日後には航空券とコンドミニアムの予約を済ませた。
夏休みの旅先にマウイを選んだことには、村上龍の小説『オーパス・ワン』の影響が大きい。これは、『ワイン 一杯だけの真実』(幻冬舎文庫)に収められている短編である。
大学院4年生の春、生協の書籍コーナーで何となくこの文庫本を買い、午後からの出張へ向かうバスの中で読み始めた。読み始めたとたん、僕の目の前にはハワイの強い日射しと、濃い青色の海が広がった。そのイメージがあまりにも鮮やかで、体が震えそうになったのを憶えている。
「荷物をピックアップして、外に出ると君は溜息をつくだろう。その小さな飛行場は高台にある。海が見えるんだ。鮮やかな紺色の海は、太陽を反射して水平線の彼方まで穏やかに輝いている。濃いブルーのトレイに乗った光の粒がそっと揺すられているような、網膜の裏側が現実になったような、海だ。」(『オーパス・ワン』より)。
その年の夏休みに、友人2人とマウイ行きの計画を建てたのだが、言い出しっぺの僕だけが都合で行けなくなってしまった。それから2年が過ぎ、この度晴れてマウイ行きの願いが叶うことになったのである。嬉しくないはずがない。その2年間はあっという間だったが、色々なことがあったような気もする。その間に僕は大学院を卒業し、短い間だったが大学病院で病棟勤務をし、離婚して、もう一度結婚した。そのあいだずっと、合気道のお稽古に通っていた。
8月5日の夜7時の便で関空を発ち、その日の朝にホノルルに着いた。混雑のピークからは少しだけ時期がずれていたようで、入国とマウイへの飛行機の乗り継ぎは思いのほかスムーズだった。『オーパス・ワン』の中で、主人公の女性はカパルア空港行きの飛行機に乗っていたが、我々が乗ったのはカフルイ空港行きの便だった。カパルアと、カフルイ、ワイレアにワイルク。マウイの地名は何度読んでも憶えることができず、旅行の間中、僕の頭は混乱していた。何かに似ていると思ったら、それは登場人物の多い物語のようだった。
映画もドラマも小説も、昔から登場人物の多い話が苦手だった。誰が誰だか解らなくなってしまうのである。小説を読みながら、人物がアイデンティファイできなくなってしまい、何度も本の最初や、表紙の折り返しについている「登場人物紹介」を参照することになる。最初のうちはこまめに名前を確認しながら読み進めるのだが、そのうちにどうでもよくなってしまい、きまって、よく判らないまま強引に読み進めることになる。冬ソナを観たときだって、中盤を過ぎる頃からはさすがに理解したものの、見始めてからしばらくの間はほんとうに大変だった。サンヒョクとチュンサンとミニョンとチェリンとスリョン…頭が爆発しそうだった。僕が最初から理解できたのは「次長」くらいのものである。
話がそれてしまったが、そのように、地名人名を憶える能力に大きな問題を有する僕も、何とか無事にマウイのカフルイ空港へ到着することができた。到着時刻は、現地時間で昼の12時を少し回ったところだった。
(以下つづくよていです)