8月13日(金)
いつ頃買ったのか忘れてしまったが、寝る前にときどき『わが家の夕めし』(アサヒグ
ラフ編 朝日文庫)という本を読むことがある。
アサヒグラフに昭和42年7月21日から20年以上にわたり連載されていた人気シリーズを
本にしたもので、様々な人達の夕食風景を写真と文章で紹介している。見開きの左右
に、連載2回分の写真があり、ページをめくると前のページに対応した形で、左右に本
人による(ときには家族による)食事の紹介の文章がおさめられている。
まだ若乃花や貴乃花が生まれる前の二子山親方が、数年前に離婚した奥さんと二人で食事をしている風景や、偉いお坊さんが一人で精進料理を口にする姿が載っている。
アントニオ猪木と倍賞美津子夫妻なんていうのもある。
人によって気負い方が全く違うのが面白い。湯川秀樹は奥さんと長男夫婦とともに食
卓を囲んでいるが、奥さんと長男の嫁はきれいな着物を着てばっちりメイクである。
とても普段の夕食の姿には見えない。作家の森敦は雑然とした仕事部屋の机の前で、ひとりカップヌードルをすすっている。ページをめくって本人による解説の文章を読
むと、最後に「平成1・7・29没」と付け加えられているのがちょっと怖い。
写真のページには、日付と写真を撮った場所、その日の主役と一緒に写真に載ってい
る人の紹介とともに、丁寧に夕食のメニューが記されている。
例えば寺山修司。
「48.8.2 右から三人目が寺山さん=東京都渋谷区の劇団天井桟敷で
ニールコンソメ セルビア・サラダ(ピーマン、トマト、玉ネギ) ムチ・カリサ=ユー
ゴスラビア風シチュー(マトン、牛肉、玉ネギ、ニンニク) 果物」
畑正憲の場合、
「47.1.7(左から)畑さん、熊のどんべえ、弟の三喜雄さん=北海道厚岸郡浜中町アザラップの書斎兼休息所で
人間=ゆで卵 ししゃも パン 牛乳 熊=あきあじ(鮭)の煮付け ゆで卵 チーズ
プリン ソーセージ ミカン 桃の缶詰 コーヒー」
といった具合である。
解説の文章もかなり面白い。
画家の熊谷守一の回(49.5.10)の最初の部分を引用すると、
この4月2日で、94歳になりました。年とると、子どものころから食べつけているもの
が一番いい。岐阜から東京へ出てきたのが中学2年で、その夏休みに静岡の焼津へ泳ぎにいったら、旅館で毎日カツオの刺身がでるんです。それまで食べたことがなくて、三日もすると腹へって困って、ついに食べたんですよ。それが刺身を食べた最初なんです。いまでも、カツオやマグロはいいが、タイやヒラメの刺身はあんまり好きでは
ないですね。やっぱり川魚がいい。アユが好きだけど、もううまいのがないからめっ
たに食べません。いまでは、ビフテキなんか好きです。でも、40くらいのときから歯
が全部なくなっていたから、カンバス張りで潰してから、歯肉で噛んでいるんです。
(以下つづく)
という感じで、なんだかめちゃくちゃである。おもしろい。
僕がもし、今は無くなってしまったアサヒグラフの「わが家の夕めし」に出るとした
ら、どこでどんな食事をとっている所を写真にとってもらうだろうか。
僕の「芦屋の母」を自認してくれている、やまぎわさんのお店のカウンターにしよう
か。あそこで、悲哀に満ちた単身赴任らしきおじさん達や、この前、北新地のきれい
なお姉さんつれて来ていた僕の天敵の常連じじい(やまぎわさんがぼくを可愛がるのが面白くないらしい)と一緒に写真におさまることにしようか。駅前の焼き鳥屋もいいか
もしれない。最近あまり行っていないが、大学の食堂という手もある。
熊谷守一の文章の最後には「52・8・1没」と書いてあった。97まで生きたのね。えら
い。