御都合主義と核武装                   【北陸新幹線 そ の 35】

 桂川ルートに決まって大阪・京都が逃げだそうとしているようです。一方、何
が何でも着工させたい福井は、理論武装に余念がありません。文系・理系とりま
ぜ怪しげな主張の連射です。順番に見ていきましょう。


無理心中のリタンダンシー

 リタンダンシー論とは、大規模災害時に備え、東海道新幹線のバックアップを
作るという考え方です。ただし、東京なり大阪なりが丸ごと被災するような状況
では、そもそもバックアップなど無意味です。つまり、都合のいいリスクを選ん
での話です。
 北陸新幹線は基本的に旅客輸送のみです。発生リスクの大きい東海地震や南海
トラフ地震・津波などの想定では、インバウンドなどの観光需要は壊滅しますか
ら、リニアか東海道新幹線のどちらかが生き残っていれば、十分に代替できます。
他にも、高速バスや航空機、船舶。米原ルートでもOK。それどころか現状の敦
賀乗り換えのサンダーバードも機能します。災害時のために、わざわざ旅客専用
の高速鉄道を追加する必要はないのです。
 一方、桂川ルートの場合、巨椋池車庫の手前でトンネルが東海道新幹線に1km
ほど併走してから交差します。川沿いで地盤が弱いこの地点が巨大地震(前例有)
でやられたら、リタンダンシーとやらは完全消滅です。それどころか、大深度ト
ンネルのせいで大規模陥没でもおきたら、上の高架を走る東海道新幹線もろとも
崩壊......いわば無理心中です。付近の東海道線(京都線)や阪急京都線、名神高
速道路、ついでに上下水道なども道連れに、インフラ一家心中になるかもしれま
せん。「あのとき北陸新幹線さえ掘らなかったら」という後悔を関西全域でする
ことになります。
 軟弱地盤による同様の危険は新大阪駅付近にもあるので、本気でリタンダンシー
を重視するのなら、京都市内などに踏み込まず小浜から舞鶴を回って、新大阪も
通らずに大阪市内のどこかのターミナル駅に乗り入れる......「舞鶴ルート」もど
き、が理にかなっています。
 つまり、桂川ルートとは、「すでに対応済みの東海方面のリスクに重複して手
当をし、京阪地区のリスクは現状維持ないし拡大する」ご都合主義戦略です。ゴー
ルポストは動かしませんが、ゴールに向かってPKを蹴らずにフォークボールを投
げ込むようなもの、議論の大前提を動かしてしまえば、結論がどんなに無茶でも
もっともらしく見えてきます。リタンダンシーを理由に国や他府県に追加負担を
求めても説得力はゼロ。財務省も許すわけがありません。


身勝手で危険な核戦略

 小浜ルートにしがみつく福井県(実際は、利権関係者と、煽られている一部の
純朴な住民だけなのでしょうが)としては、JRや国や他の沿線自治体に追加負
担を求めたいのですが、経済効果論もリタンダンシー論も説得力がない。そこで
編み出したのが原発負担論。「原発を抱える代わりに新幹線を通せ」というやつ
です。
 「本当に原発が危険なら、なんでその近くに新幹線を走らせるのですか。人質
ですか」......ただでさえ暑いときに、暴論に暴論で対抗しても意味がないで、き
ちんと反論しておきましょう。何度も蒸し返しになるゾンビタイプの議論でもあ
るからです。


角栄と原子力が輝いていた時代

 もとより「原発の補償に新幹線」という発想自体が、まともなものではありま
せん。法的根拠どころか前例もなく、全くの意味不明です。「痛い注射をするな
ら『スイッチ2』買ってよ」と悪ガキがダダをこねているのと変わりません。実際、
全国の原発を見ても、立地後近くに新幹線の駅ができた例は、当の福井県の敦賀
駅ぐらいです(因果関係は不明)。しつこい悪ガキには「この前『プレステ3』を
買ってあげたでしょ」とでも言って、叱っておきましょう。
 誰がこの原発負担論を最初に言い出したのか。絶頂期の田中角栄が福井県と密
約をしたという都市伝説がありますが、角栄がそんな約束をするとは思えない理
由があります。
 田中角栄元総理は、70年代前半、高度経済成長下の日本を代表する政治家です。
そして原子力発電は未来の日本を支える輝かしい最先端技術でした。前にも書い
た話ですが、そのころに稼働した大阪府南部にある実験用原子炉施設。正門前の
バス停は「原子炉前」で、その横には「アトム保育園」があり、今でも「免震重
要塔」などという物騒な看板が表通りに堂々と出ています。原子炉が街の自慢に
なっていたのです。
 1970年。本物の方の大阪万博。悪ガキ系科学少年だった私の好きなパビリオン
は、電力館でした。「未来を支える美浜原子力発電所」という映像展示のアナウ
ンスがいまでも耳に残っています。少し遅れて1980年、猿ガキ系理系学生だった
私のドイツ語教科書。「核技術にはプラス面とマイナス面があり、プラスが原発、
マイナスが核兵器である」などいう、技術論が語られていました。当時の常識論
です。
 「原発も原爆と同じ。核分裂は人類に災厄をもたらす」......大物物理学者によ
る核文明論の授業でショックを受けたのは、専門課程に入った年でした。ちなみ
に、人類史上初の巨大原発事故が米国スリーマイル島でおこったのは、その少し
前1979年のことです。
 田中角栄が1973年に整備新幹線の計画書に、初めてかつ唐突に「小浜」という
地名を書き込んだころには、まだ原子力発電所は地域の誇りで、補償が必要な迷
惑施設とは対極の存在でした。田中一族の選挙地盤、衆議院旧新潟3区内にある柏
崎羽倉原発は、1969年に地元がわざわざ誘致したものです。どう考えても、この
時代に田中角栄氏が原発リスクを考慮していたとは思えません。
 もともと小浜ルートは原発とは無関係に、純粋に利権で誕生したのでしょう。


両隣に便乗する小浜

 福井県の地図を見て下さい。現状では北陸新幹線の駅は原発の集中する県南部
の嶺南地方には敦賀駅だけですが、一基も原子炉のない県北部には3駅もあります。
この段階で原発負担論の公平性を疑います。嶺南地方の原発は日本海沿いに東西
に分かれて立地しています。東部にある敦賀・美浜は小浜駅より敦賀駅に近く、
今更「新小浜駅」ができても、敦賀市や美浜市の人が利用することはあまりなさ
そうです。
 一方、嶺南地方西部で原発が多数あるおおい町や高浜町は「新小浜駅」まで高
速道路で30~40分かかる距離です。なんで嶺南地方の真ん中で、東西どちらの原
発からも遠い小浜市東部に、わざわざ新駅をつくるのでしょうか。また、海沿い
でお隣の京都府には、小浜市よりはるかに高浜原発に近い舞鶴市もあり、人口は
小浜の倍以上です。
 福井県が「原発の補償には新幹線が必要だ」と主張するのなら、維新が昨年持
ち出した「8ルート」のうちで、リタンダンシー的にも最適な「舞鶴ルート」を推
して「沿線になるおおい町や高浜町にも駅を作れ」と言い出しそうなものでした
が、そんな気配すらありませんでした。それどころか、今後は関電の主力になる
であろう高浜・大飯の両発電所をさけて、小浜市から直接トンネルに入って山の
向こうへ逃げ出すのが小浜ルートの狙いのようにも見えます。
 もう一つ、どうしても原発と新幹線の話で触れておきたいのが、能登半島西岸
の志賀原発です。北陸新幹線が東京から敦賀に延伸するまでは、大阪から一日に
数本、特急サンダーバードが半島内の和倉温泉まで乗り入れていました。原発か
ら18kmほどの駅です。その特急が消え、路線は三セクが営業。北陸新幹線のせ
いで原発の街が致命的に不便になってしまいました。



迫る原発40年超運転福井、中日新聞、
https://www.chunichi.co.jp/article/241575



高浜発電所(福井県)の場所・距離/原発個別地図、みんなの知識ちょっと便
利帳、

https://www.benricho.org/map_energy/30kmColorMap/16.jpg

 どうやら、はじめから小浜ルートで方針が決まっていて、リタンダンシーなど
の議論が行き詰まったので、苦し紛れに「核武装」をはじめたというのではない
でしょうか。
 福井県の原発負担論が醜悪に見えるのは、自分たちのリスクは最大限アピール
するのに、近隣他都市のリスクや迷惑には全く関心がないことです。石川県には
いまでも根強い米原ルート論があるのも、福井県のこういうメンタリティーが大
いに関係ありそうです。


核ブーメランの危険性

 さすがに現職の政治家が、「原発負担論」の根拠に、「田中角栄伝説」を持ち
出すのは無理ですから、代わりにまた怪しげな数字が出てきました。福井県知事
の発言。「関西エリアは原子力発電が稼働していなかった東京エリアと比べて、
年間約3800億円もの経済的利益を享受してきたことになる」......「ちょっと何言
ってるんだかわからない」と突っ込みたくなる話ですが、どうやら「毎年、関西
人が東京より3800億円分安く電気を使えているのは福井の原発のおかげだろ」と
言いたいようです。3800億の算出根拠など「詳細」を聞くのも野暮で面倒ですか
ら、本質部分に真っ向から反論しましょう。
 電気の値段は原則として市場原理で決まります。大阪の電気が安いのは、東京
より供給が安定しているからです。さらに言えば、福島事故のせいで東京電力は
(最近まで)原発を回せず、そのうえ損害賠償まで背負い込んでいるから、大阪
並みに安くは提供できないのです。福井がそれを不当だと思うのなら、文句を言
うべき相手は大阪のユーザーでは無く関西電力です。「原発で安く電気を作れた
分は、値下げに使わず地元に還元しろ」という議論で、これなら私も支持します。
 けれども、ただの関電ユーザーに過ぎない京都府市民にだけ巨額の協力を求め
るのなら、それは反社のカツアゲと同じです。「だれのおかげで商売できとるん
じゃい。ワレ。出すもの出さんかい」というやつです。
 この苦し紛れの核戦略は福井の将来に大きな危険をもたらします。こうした原
発補償論を公人が口に出したあとに小浜ルートが着工されたら、「今後、関西の
電気はいくらでも福井の原発で作っていい。北陸新幹線という報酬を前渡しして
いる」という、これはこれで身勝手な屁理屈が成立します。
 ひとたび、知事が新幹線と原発を紐付けする発言をしたとなると、福井県では、
老朽機を順次廃炉にしていくという穏やかな脱原発も難しくなるでしょう。県内
で運転中もしくは運転可能な原子炉は現在8基。炉年齢は33~51です。現在の法令
上の耐用年数は60年ですが、いろいろな理由をつけて延長されるでしょう。
 桂川ルートが完成するのは早くても約30年後ですから、それまでに8基は順次耐
用年数を迎える事になります。国や関西電力から要望があったとき、延命や代替
炉の建設をきっぱりと断り切れるものでしょうか。おそらく、最低でも県内発電
量の維持を求められそうです。
 これに人口減少と財政悪化(新幹線によるものも含む)が加われば、中間処分
施設(という名の核ゴミ捨て場)や再処理工場などの話も現実味を帯びてきます。
輸送を考えれば、核関係の施設は1つの地域に固めてしまうのが合理的だからで
す。
 この状況は延伸工事が続く限り終わりません。とても近未来の完成は見込めな
いような遅々とした進捗でも、トンネルを掘っている間は原発の運転し放題です。
どこかのタイミングで延伸を断念して、「もう新幹線はいらないから核報復はや
めてくれ」と言える知事が出てくるかどうか......多分無理でしょう。 


 

「関西エリアは年間約3800億円もの経済的利益を享受している」福井の"原子
力政策への貢献"引き合いに小浜・京都ルート理解求める方針、石田嵩人福井県
知事、FNNプライムオンライン、

https://www.fnn.jp/articles/-/1065669