けったいな話

教会版町内会

 それにしても、けったいな話です。アゴラという評論サイト。玉石混淆......と
言っても執筆者の中に「玉」と「石」が混じっているわけではありません。いつ
もは知識量も豊富で読み応えのある文章を書いている著者が、突然、トンデモ記
事を書くことがあるのです。
 サプライズが出るテーマには著者ごとのツボがあるようで、オーナーライター?
のI氏は、財政や経済のことは面白くて堅実なのですが、原発のことになると推進
派というより猪突猛進派になります。歴史分野で研究者ハダシのトリビア記事を
書くY氏は、医者と京都が鬼門。ここに着火すると読んでて怖くなるほどです。コ
ンスタントに「石」ばかり書いていたのは、数年前に石屋をやめてこの長屋に拾
われた私ぐらいです。
 今回、紹介しますH氏。普段は、ヨーロッパ中心に国際政治について味わい深い
コラムを書いておられるのですが、私の見る限り今回はやっちゃったみたいです。
辺野古沖の同志社国際高校修学旅行事故について、妄想じみたことを書いておら
れます。



「右翼」と「左翼」のルーツについて、アゴラ、長谷川良、
https://agora-web.jp/archives/260426191502.html

「そしてキリスト教主義の同志社国際高が戦後、左傾化した日本基督教団と
深い関係があること、事故の背後に左翼的イデオロギーが大きな影響を与えてい
たことなどが次々と明らかになってきた」

 こう書かれてしまうと、「同志社国際高と極悪カルトとの闇の関係がついに明
るみに出た」みたいな印象ですが、実態はかなり冴えないものです。まず、日本
基督教団は、戦中に日本政府がキリスト教団体を監視する目的で、プロテスタン
ト諸派を一つにまとめるための団体でした。目的は敵性宗教の押さえ込みで、軍
歌みたいな聖歌を歌わせたり、唯一神より皇室を上位に置くように要求したりと、
無理難題を各教会に効率よく押しつけるための組織です。戦後、この異常な状態
からもとの普通のキリスト教に戻れば、自動的に左傾化になるのです。
 もうひとつ、カトリック教会との比較で言えば、聖職者の妻帯があり洗礼制度
が実質的に存在しないこと、聖書をやたらに細かく読むことなど、プロテスタン
ト諸派はラジカルで左っぽく見えないわけでもない......ぐらいの話です。だから、
日本基督教団は所属教会間で教義を統一する気はまったくなさそう。ルーツは軍
国翼賛団体だったけれども、便利だから戦後も残ったという感じです。教会版の
町内会といったところでしょうか。



日本基督教団とは、日本基督教団、
https://uccj.org/about_uccj

 さて、同志社グループとの関係ですが、大学のホームページにも、「新島がア
メリカで所属していたのは、プロテスタント教会の流れをくむ「組合教会」
(Congregational Church)でした」とあるように、同志社は自他とも認めるプロ
テスタント系の宗教教育をする学校です。だから、「日本基督教団」とは結成時
からのつきあいであったことは、「つぎつぎと明らか」になるどころか、もとも
と常識中の常識です。
「左翼的イデオロギー」 呼ばわりもどうかと思います。あるイデオロギーを信
奉する団体から危害を加えられた者が、そのイデオロギーに対して警戒ないし反
発の態度をとるのは当然の話です。日本のキリスト教徒が戦前の国体、あるいは
戦後のゾンビ国体、もしくは昨今の帯状疱疹型国体(免疫が弱るとゾロゾロ出て
くる)に親和的でないのはイデオロギーの問題というより、自己防衛的な反射で
す。線路沿いの住民が騒音に抗議し、沖縄県民が米兵の性犯罪を警戒するのは、
電車や米国人が嫌いなのでは無く、迷惑をなんとかしてくれと言っているだけな
のです。
 「事故の背景」というのも、あらかじめ言い訳を用意した便利な表現です。さ
すがに、「事故の原因は極左偏向教育」だなどとはおっしゃらないでしょうね。
「神風が吹いて抗議船を沈めた」というのと同じことだからです。単に「背景」
だけなら、ビッグバンも太陽系の形成も、人類の登場も全て「背景」です。「揚
げ足をとるな」とおっしゃるのなら、そもそも、沖縄に米軍がいることが最大の
「背景」ではないのですか。
 このひとに限らず、事故を理由に「平和教育」を批判する声がありますが、ど
う頑張っても無茶な議論です。どんなすばらしい理念の教育実践でも、安全管理
を怠れば事故は起こりえます。逆に、統一教会の洗脳研修でもオカの上でやって
いる限り、海難事故はおこりません。教育内容の善し悪しと安全には何の関係も
ありません。自然の脅威の前では、こざかしいの政治思想など何の意味のないか
らです。


 小役人の利権あさり

 それにしても、けったいな話です。文部科学省。教育現場で起こった事故は第
一義的本来は自治体の教育委員会の管轄です。いじめや校内暴力と同じです。
 ところが、今回は始めからキリスト教系学校や平和教育にケチをつけたい自民
党政治家の意を受けてなのでしょうか、文科省の小役人どもがノコノコと京都ま
でやってきました。しかも国土交通省(外局の海上保安庁)による報告が出るま
では、学校側の管理責任など議論のしようがないはずです。いったい何を調べに
来たのでしょうか。
 褒められた話ではありませんが、同志社の教員は誰一人事故現場にはいません
でした。弁解の余地のないことですが、船上に「いなかった」のですから、さら
に調べてどうなる問題でもありません。唯一やれるとしたら、乗船していた生徒
の話を聞く事ぐらいですが、事故から一月もたってから素人の文部官僚が聞き取
れることなど、たいしてあるとは思えません。
 政権与党の意を受けて、事故を口実に「偏向教育」の証拠を取りに来たとの批
判が多いようですが、小役人の嫌らしさを舐めてはいけません。明確な「偏向」
の証拠が見つかれば、戦利品として意気揚々と持ち帰るでしょうが、過去40年間、
同志社がやってきた実習なんですから、下手に問題が見つかれば「なんで今まで
見逃してきたのか」という批判が自分や先輩(つまり上司)にも降りかかります。
いくつかの小さな落ち度を指摘して、「行き過ぎや、誤解を招く点があった」ぐ
らいの線が落としどころでしょう。
 おいしいのはここからです。関西屈指の巨大学校法人に貸しをつくれば、大き
な見返りが期待できます。具体的には天下り先でしょうか......入省以来のブルシ
ット激務で消耗しきったポンコツOBを、最低でも事務方管理職、うまくいけば
教授で引き取ってもらえます......とまで言うのは、さすがに嫌み・因縁・陰謀論
の世界です。けれども、良くも悪くも官僚の本能として、彼らは所轄の民間活動
に先手先手で介入しようとします。そして、たいていの場合、介入によって適法
で退屈で存在意義の怪しい活動になってしまいます。


原因不明は陰謀論の温床

 それにしても、けったいな話です。海上保安庁。いっこうに事故の全貌を発表
しません。産経・八重山新報といったゴロツキ新聞が、気合いを入れてあら探し
をしています。これらを寄せ集めたウィキペディアの記事では、船の長さをセン
チ単位で報じているのに、転覆の瞬間は、「10時10分頃、高波に煽られ『不屈』
が転覆」「『平和丸』も約2分後にほぼ同じ場所で転覆した」とあるだけです。
 フライトレコーダーがあるわけでなし、船体が沈没したわけで無し、基本的に
は乗船者の話をまとめれば、精度はともかく一通りの事実関係は分かるでしょう。
けれども、「船の構造や整備に問題はなかったのか」、「転覆時には巡航中だっ
たのか停船していたのか」、「予定のコース上にいたのか」、「現場の水深と岸
までの距離」、「どんな波や風をどちら側から受けたのか」、「船長(船頭さん
と言うべきか)はどんな対応をしたのか」、「近くに別の船はいたのか」。これ
らの重要な情報は、事故後一ヶ月以上経過した今も以上一切発表がありません。



辺野古沖抗議船転覆事故、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BA%E9%87%8E%E5%8F%A4%E6%B2%96%E6%8A%97%E8%AD%B0%E8%88%B9%E8%BB%A2%E8%A6%86%E4%BA%8B%E6%95%85#

 船頭が操る小型船での死亡事故例には、2023年に京都保津川での川下り船のケー
スがあります。当時の報道は「大高瀬付近で舵取り役の船頭が水を掻こうとした
ところ、空振りし川に落ちた。他3人の船頭が舵を取ろうとしたがコースから外れ
岩に衝突」とあり、簡潔ですが明確な事故の経緯が記録されています。



保津川川下り船転覆死亡事故、フリー百科事典『ウィキペディア
(Wikipedia)』、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E6%B4%A5%E5%B7%9D%E5%B7%9D%E4%B8%8B%E3%82%8A%E8%88%B9%E8%BB%A2%E8%A6%86%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E4%BA%8B%E6%95%85

 「細かい話はどうでもいい。とにかく抗議船は怪しからん」などと主張するの
は勝手ですが、報道としも批判としてもほぼ無意味でしょう。断っておきますが、
この事故はそれほど単純ではありません。
 日常的に航行している場所で、2隻の船が次々と転覆。両船から各一名だけが
犠牲になり、その後、「監視にあたっていた那覇海上保安部所属の小型船も転
覆」。かなり特殊な状況だったのではないでしょうか。また、『不屈』の船頭さ
んについては、死因や外傷の有無すら報道されていません。
 こいつまでも事故原因がはっきりしないと、「船頭さんが事故直前に急病死し
ていて操船不能だった(自動車事故ではたまにあるケース)」とか「誰かが故意
に船を転覆させた」とか「一部の生徒が船を揺らすなど悪ふざけをした」とか
「小型船にとって致命的で特殊な波が発生していた」など、常識的に見れば珍説
や陰謀論のようなものまで、仮説としては可能になってきます。
 断っておきますが、こういう突飛な推定を支持するような情報は一切ありませ
ん。極めて可能性が低い話だと思っています。けれども、これらを明確に否定で
きるだけの説得力がある公式の事故原因は、いまだに発表されていません。
 事故の詳細が謎だらけで、学校関係者を含め誰にどの程度の過失や責任がある
のかが不明のままだと、刑事責任や損害賠償などの法的な立証が難しくなり、ど
んどん遺族にとって不利な状況になります。なんでメディアは海上保安庁に食い
ついて行かないのでしょうか。


 遠巻きの自己満足

 それにしても、けったいな話です。海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民
主化を求める協議会(以下;反対協議会)。いつもは、いったい何をしていたの
でしょう。
 現在、辺野古沖は米軍基地ではなく埋め立て工事現場です。米軍幹部も日本政
府関係者も常駐していません。いや、多分いつ行ってもいないでしょう。現場に
いる末端の作業員には、基地建設に関して何の権限もありません。テロ・妨害・
嫌がらせの類いをしないのなら、反対協議会が洋上で出来る事はないはずです。
だから、数隻の小舟で現場を遠巻きにしていても、「また来てるな」ぐらいのイ
ンパクトしかありません。「自己満足」の烙印を押したいところですが、あまり
満足そうですらないので保留しておきましょう。
 反対協議会が本気で、「戦争につながる工事に協力している」と現業者に抗議
をしたいのなら、その業者の役員会や株主総会に合わせて本社(那覇か名護か知
りませんが)前で活動した方が、命がけで海に出るより、はるかに費用対効果が
大きいでしょう。陰険にやるなら、その工務店の別の現場を調べ上げて、「反沖
縄的な業者に仕事を回すな」と施主に要求するのもありでしょう。


 事実の前では偏向は無力

 それにしても、けったいな話です。同志社国際高校の平和学習。京都出身の私
から見れば、昔から同志社はボンボン学校でリスクに敏感な校風です。過剰なぐ
らい安全対策を旅行業者に要求しそうなものです。いや、実際そうだったのでし
ょう。ところが、今回の洋上実習は、牧師さんどうしの個人的つながりで企画さ
れていました。いくら宗教的・人格的にすぐれた人物でも、自然相手のリスク管
理訓練を受けているとは限りません。現地の旅行代理店が、「この船、危ないで
すよ」ぐらいの耳打ちはしたかも知れませんが、学校自身の主催となると、それ
以上強く言えるものではなかったでしょう。
 そもそも、この実習は平和学習とは言いがたいものです。繰り返しますが辺野
古の沖に出たところで、米軍や自衛隊は影も形もありません。軍用機が上空を飛
ぶのは沖縄本島のどこでも同じです。
 埋め立て工事は見えるかも知れませんが、これは平和学習というより環境学習
です。土砂をぶっかけられる珊瑚やイソギンチャクにとっては、目的が米軍基地
なのかリゾートホテルなのかは、どうでもいい話です。
 では、なぜ船を出したか。右翼メディアがよく言う「抗議活動の資金かせぎ」
というのも、あり得ることだと思います。だとしたら、生徒たちはなぜそんな退
屈なコースを選んだかというと、私の推定はオマケ説です。「あまり面白くない
基地移設反対派の話を聞いたあとは、亜熱帯の海の生き物を間近で見られる」と
いうような形で、学校側が宣伝したのではないでしょうか。埋め立て地からやや
離れた珊瑚礁の端に、船がいた理由の説明にもなる仮説です。
 一方、偏向教育という批判ですがこれは的外れだと思います。現物を見せる実
習授業は、偏向とは折り合いが悪いからです。しょぼい抗議船に乗れば、基地建
設反対が必ずしも沖縄県民の総意ではないことが、一発でわかってしまいます。
なんで支持が広がらないのかを考えてみるだけでも、学校側のもくろみとは異な
りますが、沖縄に来た意味は十分にあったと思います。
 事実の重みの前では、ケチくさい偏向などあっけなく吹っ飛んでしまうもので
す。私自身の経験ですが、某大学の学生を兵庫県南部地震の被災地に連れて行っ
たところ、瓦礫の山や広大な焼け跡では涙していた子が、避難所のお祭りでさん
ざん御馳走になり、ふと「被災地って楽しいな」と漏らしました。巨大災害のあ
と、ときには一種のアジールが生まれることを身をもって経験できたのは、こち
らの意図をはるかに越えた学習成果だったと思います。



あれから30年(後半)、この長屋、村山恭平、
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2025/01/06_1644.html

 話を沖縄に戻します。実習先で、基地被害や戦争の悲惨さばかりを見せるのは
不公平だ、という批判はあり得るでしょう。バランスをとるには、たとえば米軍
の広報にでもかけあって、基地見学をさせてもらい、日米安保の必要性や在中米
軍の健全性について拝聴できればいいのですが、そのような話は聞いた事があり
ません。
 修学旅行で沖縄を訪れる学校の数は膨大ですが、米軍や防衛省はアピールしな
いのでしょうか。基地必要論を学ぶ機会がないのですから、反対派の主張をとり
あえず聞いておくのを偏向と呼んでも仕方ないでしょう。


 ドナルドにはお願いしないのですか

 それにしてもけったいな話です。保守派の愛国心。彼らは、旧日本軍の沖縄で
の奮戦や献身的な住民の犠牲を美談にしがちですが、もし、元気な若者が、米軍
基地の迷惑があらわな現地でそういう話を聞けば、「自分たちも勇敢にアメ公ど
もと戦って、いつの日か沖縄を取り返そう」という気分になるのが自然です。け
れども、多くの保守派は、「米軍には目一杯協力して台湾有事では積極的に貢献
しよう」と主張します。間違っても、「台湾有事は米軍の寝首をかくチャンス」
などと口走ったりしません。
 親米保守と反米保守のねじれは深刻だといいますが、「外国軍の巻き添えや侮
辱はいやだ」というシンプルで愛国的な主張は、反米保守の中でさえ皆無です。
「実現性のないことは口にしない」というのなら、「北方領土返還」の旗印も引
っ込めるべきでしょう。
 保守派が「安保という名の米軍支配」を容認するのなら、旧日本軍の戦いをど
う評価するのか、かなり困った事になりませんか。「国のために命を捧げた人に
敬意を表するのは、イデオロギーや敵味方を越えて当然のこと」と逃げるのなら、
なぜ訪日した米国大統領を靖国に連れて行こうと誰もおっしゃらないのでしょう。
はるばる広島まで足を伸ばしたオバマ大統領(当時)も、帰り道に九段の鳥居を
くぐろうとはしませんでした。ちなみに、日本の総理がワシントンを訪問した際
には、アーリントン墓地に参拝するのが慣例になっています。日米英霊格差と言
うべき屈辱的状況でしょう。
 この春、ワシントンで喧嘩......じゃなかった献花をした高市総理は、一般的な
アメリカ人が抱いている「正義の戦没者と戦犯戦没者の区別」を、認めるのでし
ょうか。そうでないなら、一刻も早く行動するべきです。いきなりドナルドにお
願いするのは敷居が高いというのなら、まずはご近所のよしみで韓流ドラマー氏
を、英霊たちの社にご招待申し上げてはいかがでしょうか。



高市首相、アーリントン墓地で無名戦士の墓に献花...帰国の途に、読売新聞、

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20260321-GYT1T00096/

  旧日本軍の壊滅的な敗戦と現在の在日米軍の特権的地位......その両方が一番よ
く見える場所が沖縄です。矛盾に目をつぶっているのか、矛盾に気がつかないの
か知りませんが、政権に近い劣化保守が、無神経な平和運動批判を繰り返して、
かえって南の島の国防を脆弱化している。これが一番けったいな話だと思います。



反国防的活動、この長屋、村山恭平、
http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2026/04/27_1726.html