日系弁護士 in New York

 いかつい黒人の男に名前と目的の会社を書き込む用紙を渡される。
 グランドセントラル駅を抜けてパークアベニューの交差点を渡り、ドアマンが高層ビルの入り口のドアを開けると、天井高が10mはある広い空間のエントランスに圧倒された。
 黒人女性の係員から、身分証明書の提示を求められ、氏名や訪問先の弁護士事務所の名前を記入。名札をもらってセキュリティを通過。エレベーターホールから八階へ。扉が開くと、また花がいっぱいの受付カウンターがあり、笑顔の白人女性係員がドアを指定し、中に通される。
 木製の大きなテーブルのまわりに、豪華な背もたれの椅子が並ぶ。鋭利に削られた鉛筆とメモ用のノートはご自由にとのこと。窓の外にパークアベニューの通りが見えて、目の前にメットライフビルの窓が光を受けて輝いていた。
 同行のH川さんと待っていると、ドアを開けて爽やかな笑顔の小柄な日本人の弁護士が女性秘書を携えてやって来た。握手を求められ、名刺交換の後、経緯と依頼内容を話し始めるH川さん。
 丸紅の駐在員から始まり、その後独立。ニューヨークの石油輸入の重鎮として長く活躍され、現在は隠居の身。日本とニューヨークを行き来して悠々自適、80歳を超えたお爺さんですが、その英語力と押し出しの強さに、歴戦の強者の片鱗が見え隠れするのです。
「ニューヨークで45年続いている美容サロンの株を買収して、経営権の譲渡までの契約書の作成をお願いしたいのです」と同行のH川さんが話を切り出す。
「意図は事前にお伺いして理解しています。細かな条件などは、元のオーナーのS氏と交渉中だということですね」とN藤弁護士。物腰が柔らかく、分かりやすい言葉を選んで発せられるひとこと一言のなかに、聡明さと人柄の良さを感じて気持ちが楽になる。これまでの経緯や諸条件のすり合わせ、スケジュールなど、会見は50分ほどで終了。
 このN藤弁護士、元々は競走馬のジョッキーから弁護士に転身されたそうで、高いトーンと歯切れの良い声から独特のオーラを感じた。日本語が通じることで、細かなニュアンスをやり取りできる。まさに暗い雲の隙間から、パリの街の光を見出したリンドバーグの心境。
 このN藤弁護士を始めとして、いくつかの案件に合わせて何人かの弁護士と会見していきます。ロビーストとして前述のH川さんにセッティングや交渉も、まさに俎板の上の鯉状態。
 私個人のビザ取得の専門のユダヤ系白人弁護士(奥さまが、建築の大好きな日本人)。同じく5カ国語を操る、ビザ取得のスペシャリスト、インド人の女性弁護士(日本語が恐ろしく堪能でビックリ)。そして、まさに輝かしいキャリアを積み重ねてきたであろう、パワーと自信に満ち溢れたアメリカ女性。典型的なセレブ弁護士(Netflixのドラマに出てくるような素敵な方でした)と接見させていただいた。
 帰り道、グランドセントラルステーションからメトロノース鉄道で、ホワイトプレイン行きに飛び乗る。横に座ったH川さんが、低い声で話し出す。
「これからたくさん勉強してもらわないといけませんね。日々の生活もですが、まずはお金の使い方から。これから小切手帳が必要になる。来週、銀行口座を作りにいきましょう」
 NYは、旧態然としたアナログな仕組みと最先端のシステムが共存している街だ。
 小切手が、普通に商取引や個人間でも頻繁に取り引きで使われる。銀行に並んでいるCD(キャッシュディスペンサー)が小切手を読み取るのだ!複雑なサインや多種多様な筆跡の数字など、どのようにして認識しているのか。
 
 次の週、グランドセントラル駅構内にあるCiti bankにて口座を開いた。
 この模様は次回。