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Qちゃん反省の日々

8月14日

 今週も結局ずっと仕事だけで終わってしまった。
 最近の日記はこんなことしか書けなくて悲しい。
 8daysのお稽古が終わってから夏合宿までずっとお稽古は自主稽古なのかなと思っていたけど8月の予定表をよく見ていたら今日練習があったのでとりあえず駒場に行く。
 ものすごく久しぶりにちゃんと朝起きられたのでうれしい。
 呼吸法を行うと、最近自分がちゃんと息を吸えてなかったことに気づく。
 今日はやはりお盆で帰省している人が多かったせいか、人が少なめ。
 山京くんが前で諸手取りのいろんな技を行う。
 調子に乗って技をかけていたら途中で激しく体温が上昇してしまったので氷を口の中に入れて冷やす。
 でも、久しぶりにちゃんとお稽古ができたのでちょっとうれしい。
 帰りにあちこちを寄り道する。
 フレッシュネスバーガーに入ってライムソーダを頼んで飲んだとき、ここ2,3か月間ずっと続いていた疲労感がだいぶなくなったような気がした。
 そうか、最近のわたくしに不足していたのはビタミンCだったのか。。。。
 ということで大量のライムとレモンを買って帰る。
これで少しは体調がマシになるのだろうか。
補足:別にわたくしが気にすることではないのだけれども、つっちーの袴のひざの部分が相当長い間破れたままになっているのがちょっと気になってしまった。とはいっても別にわたくしが気にするべきことではないのですけれども。
 
8月13日

 渡辺恒雄が巨人のオーナーを辞任、のニュースにちょっとびっくり。

8月11日

 今までは記録的な猛暑の中黙々と仕事をこなしてきたのだけれど、遂に力尽きる。
 疲労がたまっていたし、日記の文面もほとんど書けないし、ということで今日一日は休みを取って英気を養うことにする。
 しかし最近は業務が忙しいのでろくに思考していない。
 2、3日前に「京王プラザホテルで白人男性2人が全裸で飛び降り自殺」というニュースをネットで見た時も「すげー。いったいどういう事情があったんだろう???」と一瞬思ったけれど、すぐに思考の外に追い出してその後別の作業をしてしまったし、2ちゃんねるで「日本のサラリーマンが一日に平均して会社にいる時間が11時間30分というのは、長いのか短いのか?」というスレッドを発見した時も、「わたくしの個人的な感想としては特に長いとは思えないけれども(実際におとといも夜の9時近くまで仕事をしていたし)、平均の退社時間が19:30くらいということだとプロ野球中継を家で見ることのできるサラリーマンは随分少ないんだろうなあ」などと思ってはみたけれど、その事は日記用のネタとして脳内のバッファに蓄えられることは無かった。
 ろくに思考していないので時間に余裕があっておうちのノートパソコンを前にしてもあまり文章がさくさく出てこないので困る。
 日記を書き始めた頃は、「言語化できないけれどもどうしても言語化しておきたいこと」というのがたくさんあってノートパソコンを開けば怒涛のようにテキストが形成されていったような気がするけれども最近「思うように筆が進まない」と思うことが多くなった。(でも、気のせいなんだろうか。)
 あまり自分では気の利いた文章が思いつかないので、橋本治「上司は思いつきでものを言う」の一節を写経することにします。

 我々は、あきれるべきだったんです。ところが、あきれなかったのです。どうしてあきれなかったのでしょう?
 その一つは、「"あきれた"を意味する声の出し方を知らなかったから」です。どうしてしなかったのかと言うと、「そういう知的に高度な対処法がある」と知らなかったからです。
 それでは、どうして高度な対処法を知らなかったのでしょう?それは、「我々は相手に比べて劣っているから、相手に対して"高度な対処"など出来るはずはない」と思っていたからです--もちろん、これは第二次世界大戦後の話ですが。(橋本治「上司は思いつきでものを言う」p212,l5-l11

   
 橋本治はこの文章を「貿易交渉で無理難題を言ってくる西欧諸国とそれに向かって『NO』とはっきり言えないしうまくはぐらかすこともできなくて諸外国の言い分を受け入れてしまう日本」を念頭において書いているけれども、これはもっといろいろな場面で当てはまるのではないかと思う。例えば、今回ものすごく議論が沸騰したアジアカップでの中国サポーターの行動についても、「上手にあきれる」ということが有効になってくるのではないかとわたくし的には思ったりしたのだった。

8月8日

 昨日心配していた通りやっぱり朝起きることができない。
 ので、結局今年は8daysのお稽古にほとんど出席することなく終わってしまった。
 練習不足だよなあ。
 最近呼吸法を道場でやっていないしなあ。(おうちでは一応やっているけれども) 昨日まりりんちゃんに「最近ひ弱になったのでは???」と言われたのだけど、そんな感じもしてきた。暑いからなのか???  
 このところ最近暑いのか余裕がないのか疲れているのかは知らないけれどあまり文章を書く気にはなれない。漫然とネットを見てぼんやりしていることが多い。
 そういえばここ1か月くらいネットにつないでいる時間がやたらに増えたような。
 ぼーっとしているとインプットをするばかりで何かをアウトプットしていこうとする気力が無くなってきて困る。
 で、ここまでの文とは関係ないのですが、以下は遠くの星の下で旅を続けているとあるお兄さんに向けての手紙みたいな物ですので、関係のない人は飛ばしてください。個人的なメッセージですので内容についての問い合わせ等は受け付けません。ご了承ください。

【最近日記を書かないでいるのは、別に外部からの悪意ある圧力に屈したのではなくただ単に最近の怠惰な生活の表出にしか過ぎません。暑いとか疲れたとか、そのような些細な理由でただ何となく文章を書くことなく毎日を過ごしている。それだけのことです。仕事のほうで時間的に拘束されていたり余分なことに脳の働きを使うことが許されない状況がそれに対してさらに拍車をかけています。平凡な勤め人には物を思考しそれを人が理解できる形にするための時間があまりないのです。悲しいことですが。
 ここ最近の状態を遠巻きにしながらぼんやりと眺めていても私には「またか」としか思えないのですが君の目にはどのように映っているのでしょうか???悪意の旋律は大勢の人間によって奏でられるポリフォニーの様相を成していてもじっと耳を済まして聞けばその音色は僅かな差異がお互いに響きあうハーモニーとして存在するのではなく、同種の楽器によって同一のメロディーが奏でられているユニゾンであることに気づくとと思います。そしてその旋律は君と私にとって非常に聞き覚えのある音楽なのではないかと私には推測されるのです。まあこれは鬱病患者の耳にしか聞こえない空耳のようなものだ、と反論されれば否定することはできませんが。
 私は激しく人を憎み、何十年かかってもいつか自分の受けた傷を相手にも必ずつけてみせることを人生の動力源の一部として生きてきたのですが、一連の出来事を通じて私が仮想的としてきた人物はもしかしたら「敵」と仮定するのにさえも値しないのかもしれないということにつきました。私が作成した計画をわざわざ発動しなくても、京都大学文学部近辺や某国立大学の社会情報学研究所近辺などにその都度事実として起こっている事を流していけばわざわざ手を汚すことがなく勝手に消滅していくしかない。そういう認識に至ったのです。そして私は真っ当な生命への志向のみを人生の動力源にしようと思い直しました。
 日常の瑣末な仕事が積み重なっていると、目の前を大変なことが通り過ぎていたとしてもただひたすら瑣末な仕事を処理することに追われて大変なことの「大変さ」というものを理解することなくただ何となくやり過ごしてしまっているのですが、ただ一つ気になっているのは鬱病を悪化させてせて入院するに至ったというK島さんのことです。
 私は何とか廃人になる一歩手前で引き返すことができましたが、最近ふっと「そういえばK島さんはどうしているんだろう」と思うことが多くなりました。そして、どうして自分の生徒に重大な精神的な傷を負わせた人間が他人の些細な記述に対して、「この人、大学教授なんだ?世も末だね。(?)」と嘲笑できるのでしょうか。そのことが、私には不思議でなりません。
 まあ上記の文章はは最初に言った通り、あくまで私の妄想の作成物にしか過ぎません。私の友人の言う通りあのテクスチャーは不特定多数のDQNによって織り成されたと思っていたほうが精神的健康に良さそうなのでそう思うことにします。しかし私の精神の中枢の深部で掻き鳴らされる不穏な響きの不協和音は、どうしても、消すことができないのです。
 長くなりました。東京ではずっと何かに取り憑かれたような暑さが続いています。これは何か予測のつかないような現象の起こる前触れなのかそれとも何でもないのか。。。未来から現在という過去の時間を振り返って見ている人にしかこの答えはわかりませんね。それではまた。】
 
8月7日

 8daysの5日目(のはず。)

当初の予定としては6時に起きてチャプチェを作り、7時15分に家を出てちゃんと最初から最後までお稽古に出て、その後に花火と小玉すいかを買ってきて、15:00に駒場東大前の改札口で待ち合わせるはずだったけれども、朝起きた時には既に8:30を過ぎていた。
 しょうがないのでチャプチェを作るのはあきらめて急いで家を出る。
 急いで家を出たけれど、駒場に着いたのは10時。激しく鬱。
 2時間ほど後ろ両手取りの技をいろいろ行う。(確か後ろ両手取りだったはず)
 最近お稽古不足だったので身体が思うように動かない。
 そして当然のことだけれども暑いので身体から大量の水分が絞り取られていく。
 お稽古が終わった後、ドンキホーテで「手持ち花火300本セット」を買い、西武百貨店の地下1階で小玉すいかを買う。途中でマクドナルドでコーラのLサイズを頼む。
 飲んだらさらに夏バテが加速したような。。。
 その後、1時間ほど時間が空いたので、用も無いけど井の頭線を渋谷から吉祥寺まで往復してその後待ち合わせ場所まで行く。
 3時にまりりんさまとまーべらすさまと待ち合わせして、その後買出しへ。
 まーべらすさまからお誕生日プレゼントのCDプレイヤーを頂く。Thanksです☆
 お弁当や飲み物などを買う。
 しかしわたくしは午前中にお稽古をしたせいか激しく喉が渇いて仕方が無かったのでポカリスエットの1.5リットルをほとんど一人で飲み切ってそのままテーブルに突っ伏してしまう。
 その後ビールで乾杯して、その後酒のカクヤスで注文したウオッカなどを飲んだくれていたら通常より酔いが速く回ってきたらしく頭がぐるぐるしてしまった。「新撰組!」の話やスーフリ事件のマスコミには出てこない情報などについて話していたような気はするけど、詳しいことは忘れてしまった。(M本さんとステキマンさんとM川くんが途中から参加したのは覚えているのですが。)
 とりあえず、隣ですいか割りをやっていた家族の人がすいかをおすそ分けして下さったのはうれしかったのですがわたくしの買ってきた小玉すいかが食べられることが無かったのがちょっと悲しかったのです。それだけ。  

8月4日

 昔あるお兄さんが「セロリとパクチーが食べられない」というような事をどこかから聞いて、「まあ何てお子さまなのでしょう」と思っていた。
 でも、半年前の「ものを燃やす会」の後に焼き肉を食べに行った時、わたくしがおなかの具合を悪くしてしまってトイレに行って自分の席に戻った後に、キムチ盛り合わせの皿のうちセロリのキムチだけが残してあったのがわたくしの席の前に置かれていたので、「どうしてみんなセロリのキムチ食べないの???」と聞いたらその場にいた全員が「だってセロリ嫌いなんだもん」と答え、さらにその後の会話で私以外の全員はパクチーも食べられないことが判明した。
 そういう会話を聞いて、わたくしは「ああしまった。ちゃんとした統計を取ったわけではないけれどももしかしたら日本人の半数以上はセロリとパクチーが食べられないのかもしれない」と思って、あるお兄さんのことをお子さまだと思ったことをちょっと反省した。
 ・・・・・・前置きがずいぶん長くなってしまった。
 しかし、このように多くの人々から嫌われているパクチーでも、暑くて湿気のある時にはなぜか身体が欲してしまう場合がある。
 最近夏バテ気味だったので、今日は西安刀削麺に行って唐辛子とパクチーがこれでもかこれでもかと上からかかっている麺を頼んで食べる。
 確かにパクチーは一般的においしいというような味ではない。前にステキマンさんが「僕はこれを『マズ草』と呼んで必ずよけるようにしている」というのもうなずける。
 しかし、パクチーを噛みしめるとささやかなな清涼感が口の中に広がり夏バテ気味だった体が少しだけ軽くなる。これもまた事実。

8月1日

 今日は8daysのお稽古の1日目だということは重々承知していましたが身体の具合が悪すぎて起き上がれませんでした。申し訳ありません。
 でも大量の水分を取って一日中横になっていたら大分身体の中から良くないものが抜けていったような気がする。
 とりあえず痩せたい。足のむくみもとりたい。
 昨日書き忘れたライブドア堀江社長の書いた「100億稼ぐ仕事術」の感想を書いておくと、書いてある内容自体は至って普通だった。でもこの「至って普通の内容」を実際の現場で実行するというのが難しいだろうと思われる。(日本のほとんどの会社では高い給料を貰っていたり多額の経費を使っているくせにほとんど会社に利益をもたらしていない人に向かって『あなたは会社に損害を与えてるので給料減らします!!!』ということができなかったりする。恐ろしい話ですが。)ライブドアが成長した要因としては、ITバブルの波にうまく乗って途中で波にさらわれなかったという以外にも、通常発生するコストを極力抑えていったということもあるのだろう。(これからどうなるかはわかりませんが)
 記憶に残ったことを書いておくと「僕は通常8時間睡眠をとるようにしている。徹夜はしない」ということと「普段仕事で使用しているソフトはメール送受信のためのソフトとブラウザである。ワードやエクセルのようなソフトは時として資料を作成すること自体が目的となってしまい時間の無駄になる」ということ。この2点についてはちょっと納得かもしれない。  

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2004年08月16日 10:11に投稿されたエントリーのページです。

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