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せやから、からだに悪い

12月18日(土)

今年最後のNHKラジオ第一放送の「かんさい土曜ほっとタイム」の生放送。

このラジオ放送は、全国ネットで、北は北海道稚内から南は沖永良部島まで、その昔、
関西弁で初めて放送をして今なおで活躍されている佐藤誠エクゼクティブアナウンサー
とテニスの沢松奈生子さんがキャスターのラジオ放送である。
オレは月1か場合によっては月2の割合で、「おすすめ関西ガイド」というコーナー
を大阪弁(岸和田弁か)でやらせていただいている。だからプレッシャーがかかる。

いつも通り、12時半にNHK大阪放送局の11階に着くと、すでに沢松さんはスタジ
オにひとり入って、原稿を読んでいる。
PA機器やモニターのスピーカーなどがあって、ディレクターとか技術の方とかがいる
部屋には、いつもテレビのニュースでおなじみの周山さんがいて、あいかわらずあか
抜けしたジャケット&タイで「今日もよろしくお願いします」とこれ以上にない標準
な標準語で挨拶してくれる。この人の毎日見れる大阪放送局のNHKニュースはとても
いい。服がお洒落だからだ。それもあるが、東京弁的標準語が気持ちいい。

佐藤さんがまだなので、他番組のNHK放送を聴いていると「いけない大人が…」と放
送してるのが聞こえて「ははは」と笑う。
「いけない大人が、はないでしょ」「そうですね、関西弁で言うたら、してはあかん
ことをする大人、ですかね、ははは」とこちらも笑う。ほんとうにおかしい。

佐藤さんが来てしばし2人でリハーサル。というより練習か。

生放送でこちらは2〜3日前に原稿を用意するのだが、不破智子アナウンサーの神戸
のクリスマス前・現地ガイドのあと、音楽が入ってそのときにスタジオに入ったのだ
が、今日も沢松さんは元世界のテニスプレーヤーらしくラコステのニットがよく似合っ
ていて、佐藤さんは相変わらずもの分かりがいいけれど、一言多い大阪のおじさん丸
出しの顔である。

佐藤さん沢松さんは、曲の間、年末ジャンボの宝くじの話をしている。そのまま放送
に入る。いきなり「今、曲の間、なにを話をしていてたかというとですね、宝くじの
話なんです」と佐藤さん。
オレは「うわー、なんちゅうことになるんやろ」と思いながら、自分が宝くじに当たっ
た(といっても1億円とかじゃない)ことなどを話す。あらかじめ用意していたのは、
泉南の漁港の青空市場の話でそれはないでしょ、と思っていたが、知らん間にその話
題に導入される。

ラジオの生中継というのはわれわれ素人にとってはしんどい。
しんどかったけど何とか切り抜けて京都に向かう。関西どっとコム主催の就職セミナー
である。
京都商工会議所の地下一階。旧いタッチのいいビルだ。

出版ほかマスコミ志望者の学生さんのためのセミナーらしいが、「雑誌のタイトルを
考える」みたいなテーマで、実際に企画を考える真似事のようなことをして、グルー
プ別に模造紙にその企画案を発表して、それにオレほかが講評するというもの。

オレは泣きそうになりながら例によって、「特集企画の立て方うんぬん、売れる雑誌
の特集とは、とかじゃなくてコミュニケーションの前のコミュニケーションとはどん
なものか、から入らないと、誰も読んでくれない」とか「オープンエンドの問いの立
て方が企画というものです。編集の仕事というのは、問いと答えがセットになってる
ものではないです」ともう演説調になる。血圧も上がるわなあ。

終わるやいなや京都駅まで地下鉄、そこからJRに乗り、大阪駅で地下鉄に乗り換え
南海なんばへ。
今年最後の五軒屋町若頭の寄り合いがあるからだ。

関空急行発車まで10分あるので、駅構内のケンタッキーのスタンドで「1ピース」
といい、キオスクで「生中」(サーバーで入れてくれる)といって、ジューススタン
ド(いつも数種あるミキサーの生ジュースおいしいです)に野球観戦で出されるコッ
プを持っていって飲む。こういうとこが、南海電車はわかってるなあ、である。

岸和田に着いて寄り合いまでまだ30分あるので「喜平」に寄る。
扉を開けると中町の世話人・M屋さんが奥さんと来られている。もう50歳になる彼
には、昔まだ高校生の免許がない時代に和歌山や御坊に波乗りによく連れて行っても
らった。

その話ひとしきり、そして南海電車の売店のビールは、サーバーで生、入れてくれる、
とのたわいもない話。
彼は痛風とか血糖値がどうとかを気にしていて「やっぱりあれはうまい、せやからう
ちは家に酒屋に言うて、サーバー置いたんや。せやけど樽開けたら、何ぼでも飲んで
まう。せやから酒屋に持って帰ってもうた」とのこと。「せやから」だらけである。

家にサーバーを置いてる人なんて聞いたことないわ、と大笑いしていると、喜平の大
将・Nさんも「うちも一時、置いたんや。あれは長時間通せへんかったら、衛生上悪
いしなあ。何ぼでも飲んでまう、体に悪い」。

このような街である。さあ寄り合いが始まる、会館へ行こう。

コメント (1)

ヤマナカ:

岸和田、実体験をヨシとする町ですね。
「サーバーは体に悪い」
一旦サーバーを使用してみて、「やっぱり飲みすぎるなあ」とは、何とも人間らしい。

些細なことのようですが、江さんが常日頃おっしゃっておられる「街」とは、このような事象の反復継続の故に、街として形成されるのではないでしょうか。

紙の上でのマーケティング案が、なんともウソっぽい感じがするのは、そこに実体験が伴っていないから。
○の事象も×のそれもあって、泣いて笑って、人生があり、街がありますよね。

怒涛のごとく流れる日々、お疲れ様です。
久方ぶりの寄り合いのご様子、私を含め沢山のブログ読者が楽しみにしております。
後日の更新、楽しみにしております。

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2004年12月21日 13:03に投稿されたエントリーのページです。

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