社名が「草架社」に決まる

4月28日
 僕は、内田先生に社名について相談した。
 「いいよ、僕、名前を考えるの、好きだから」とご快諾いただいた。
 「お願いしておきながら、大変あつかましいのですが、いくつか条件があります。」と僕は、自分のイメージを内田先生に伝えた。
①漢字三文字
 まず、「●●社」のような漢字三文字を条件とした。イメージは内田先生のご著書「日本型コミューン主義の擁護と顕彰」にでてくる「玄洋社」、「黒龍会」のようなもの。ただし、これらは、あまりに政治色が強く、一歩間違えると、反社会的勢力のような印象を持たれかねないので、漢字三文字にもかかわらず可愛らしいものでとお願いした。
 もうひとつの理由は、38年不動産業界にいたのだが、平成バブル、リーマンショックの影響で存在しなくなった会社名にはカタカナ名が多かったように思ったからである。
②内田先生のお兄さま
 内田先生のお兄さまは、大変優秀な経営者で、一度会ってお話を聞いてみたかったのだが、残念ながら、その夢が叶うことはなかった。会議が嫌いだったというお兄さまに対し、同じビジネスマンとして尊敬の念を抱いていた。暇さえあれば、会議をしたがる数々のビジネスマンを見てきたが、会議ほど無駄なものはないと今でも思っている。そんなお兄さまに肖って、経営されていた社名から一文字頂きたく、その旨、内田先生に伝えたところ、
 「極東物流だよ。どうする?」と言われ、すぐにこのアイデアは没となる。
 その後、何度か内田先生と顔を合わせる機会があったものの、特に何もなかったので、
この件について、僕は黙っていた。内田先生の日々の忙しさは、十二分に理解していたつもりだったので、とにかく黙って待つことにした。

6月6日
 スマホの画面に内田先生からのメール受信の知らせがあった。「何だろう?」と思い、メールを開けると、以下のような内容だった。(文面そのまま。一部省略。)
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 それから会社の名前を決めました。
 「草」という文字を使いたかったのです。「植物の草」という名詞の意味と「ものごとを始める」という動詞の意味と両方あるので、地方移住を進める会社にふさわしい漢字だと思いました。それに何を続けようかと考えたのですが、一応候補として思いついたのは
 草架社(そうかしゃ) 「草架」は「建物を設計すること」
 僕は「草架社」が音も字面も気に入っているんです。たぶん日本に一つもない社名じゃないかなと思います。
 ※その他、候補として2つあったが、ここでは省略します。
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 ドラマ「冬ソナ」を見ても、ドラマ「北の国から」を見ても涙を流さない僕を、時折「井上には、赤い血が流れているのか」問題で、たくさんの人からいじられてきた僕が、このメールを読んで、図らずも泣いてしまった。
 「草」という漢字は、僕自身まったく想定していなくて、さらに、「草」と言う漢字の入った社名を見たことがなく単純にとても驚いたことと、「草」という漢字を入れることによって、漢字三文字でなおかつ可愛らしいものという、僕の無茶なリクエストに見事に応えてくださった内田先生のお気持ちと、凡人には決して思いつかないその言葉のセンスに感動した。それは、「架」という漢字に対しても同様である。僕は、何度も何度も口に出して「草架社の井上です」と言ってみた。他の候補に比べて、すんなりと言うことができたので、聞いている方もきっとそうだろう思い、「草架社」に決めた。僕は、奥さんと豊岡のMさんにも一応相談したが、二人とも、「草架社」が気に入ってくれた。
 そして、6月30日、僕は、会社を退社した。有給休暇中に、一旦「会社」から離れて、俯瞰して「会社」を眺めてみると、そのあまりに不条理な世界に今さらながら驚いてしまう。サラリーマンの間、腹が立つことも、悔しい思いもたくさん経験したが、それでも仕事を続けることができたのは、お客さまから時々言われる感謝のことばがあったからだ。
 そして、たくさんの後輩が個別の送別会を企画してくれたり、社内のオフィシャルな送別会には、40人近くの社員に参加いただいた。「政治的」な社内行事としての送別会は、これまでにもたくさんあったが、決して社内の評判がいいとは思っていなかった僕のためにこれだけの方が参加してくれるとは、夢にも思わなかった。さらに、お客さまからも送別会を開いていただいたりと、「終わり良ければ総て良し」なサラリーマン生活だった。
 いよいよ「草架社」のスタートである。