初めてのボランティア

 61才にして初めてボランティアに参加することにした。若いころは、ボランティアという言葉に偽善性を感じ抵抗があったのだが、よく考えてみると、僕は人に何かをされるよりは、人に何かをしたい人間なので、気質としては、意外とボランティア向きなのではないかと思っている。
 今回ボランティアとして参加するのは、「豊岡演劇祭」である。「豊岡演劇祭」は、2020年に始まった国際舞台芸術祭で、劇作家平田オリザさんの「カンヌ国際映画祭のカンヌの人口は7万人、世界で最も成功した演劇祭のひとつ、アヴィニョン演劇祭のアヴィニョンは9万人、豊岡は8万人弱。まったく問題ありません。」という力強い助言のもと、中貝市長(当時)の強いリーダーシップにより実現したものである。
 また、豊岡市や但馬地域の劇場、温泉街、海岸、高原、神社、農村舞台など多様な場所を舞台として活用するのも大きな特徴である。そのなかには、僕の両親の出身地、新温泉町も含まれている。
その実績について、おそらくもっとも成功した(と思われる)「瀬戸内芸術際」と比較してみた。

●2025年度実績
        期間    第一回      来場者数
豊岡演劇祭   13日   2020年     41,099人
瀬戸内芸術祭 107日*  2010年  1,084,128人
*三年に一度、春、夏、秋の三回に分けて開催

 期間、歴史などが違うので単純な比較はできないが、まず、共通するのは、日本国内よりむしろ海外からの注目が高いところにある。「豊岡演劇祭」に関していえば、 本年度124件の定員に対し400件を超える応募があったらしく、その半分近くが海外からだったそうだ。もはや演劇界においては、「豊岡演劇祭」に参加することが一つのステイタスになっているとも聞く。
 また、「瀬戸内芸術祭」は、ニューヨーク・タイムズが2019年に発表した「行くべき52の場所」に「瀬戸内の島々」が第7位にランクインされたことにより一挙に海外からの注目が集まり、その結果、高松市には外国資本のホテルができたほどだ。
 もう一つの共通点は、但馬、瀬戸内には、海、山、川の豊かな自然が残されている。
 但馬は、東京23区と同じぐらいの大きさで、兵庫県全体の約4分の1を占める。北は日本海に面し、中腹にはスキーで有名な神鍋高原があり、演劇の鑑賞に加えて、これらの豊かな自然も併せて堪能することができる。
 昨年、僕は初めて「豊岡演劇祭」に観客として参加した。事前にどの演劇を観るか下調べをしていて、僕は腰を抜かしそうになった。大袈裟ではなく本当に。なんと、「大駱駝艦」の公演があったのである。「大駱駝艦」というのは、麿赤児(大森南朋の父といったほうが、今の若い人たちには分かりやすいかも知れない。)が主宰する「暗黒舞踏」集団である。僕のなかでは、「大駱駝艦」と「但馬」との接点を、まったく想像することができなかった。
 「但馬」というのは、自分の両親を見ていても、どちらかといえば保守的な傾向の強いところである。そんな「但馬」で「暗黒舞踏なんて、観客に受け入れられるのかな?」と言うのが正直なところだった。しかし、実際に劇場に足を運ぶと、僕の予想は大きく裏切られた。満席だった。しかも、観客は、あの「暗黒舞踏」を観ながら、ゲラゲラ笑っていた。この手の作品を観るとき小難しい顔をしながら分かったような気になっている観客というのを、僕はこれまでにたくさん見てきたが、この日の観客はそれまで僕の見てきた観客とは違った。さらに、そのときの公演には地元豊岡市民舞踏団「但馬鸛鵲楼」も参加していて、普通のお婆さんが白塗りをして踊っているさまは、何とも愛おしい光景だった。この公演をみたときに、いかに演劇が地域に根付いているのかがよく分かった。
 「瀬戸内芸術祭」の総合ディレクターとして企画段階から参画している北川フラム氏によると「軌道に乗るまで10年かかった」そうだが、上記の実績は6年目にしては、上々の出来ではないだろうか。いや、むしろ僕には、「豊岡演劇祭」には、まだまだ伸びしろがあるように思われる。
 そんなわけで、豊岡で起業する僕にとっては、「豊岡演劇祭」にボランティアとして参加するのは、現在の豊岡を知る貴重な経験になると思い、今回参加することに決めたのである。どうせ行くなら長い方がいいだろうと思い、4日間参加することにした。
 今から約1年前、「但馬で何かをしたい」という想いだけで、とりあえず「豊岡演劇祭2025」に行ってから、たくさんのご縁があり、今日にいたっている。まさか、一年前に自分が、
ボランティアとして参加することになるなんて、そのときには一ミリも想像していなかった。
 会社を辞めてから、「俺って、こんな人間だったんだ」という小さな驚きに遭遇することが多い。「会社」という大きなフレームの中で、長い時間働いてきたわけだが、そのフレームがなくなったとき、僕は初めて自分と向き合ったような気がする。その小さな出来事の蓄積が、「起業」という「物語」の原動力になっているような気がする。
 今度、ボランティアを通じてどんな「驚き」を経験するのか、今から楽しみだ。

【参考】
豊岡演劇祭2026 Toyooka Theater Festival |
豊岡市記者配布資料