4月12日、上司に辞表を提出した。生まれて初めて辞表を書くにあたって、書き方が分からず困惑していると、会社のイントラの中に辞表の書式があることを知った。合理的といえばそれまでだが、何だかすっきりしない。
90分ほど上司と面談した。
辞表を提出すると、ニコニコしながらも半分真顔で「却下します」と言われたので、僕は、「今の答えを却下します」と言い返した。
上司は「この仕事は井上さんが適任だ。もう一度考え直さないか、それが無理ならせめて今年いっぱい残ってくれないか。」等、あれこれと引き止められたが、僕の考えに変わりはなかった。
上司から辞めてどうするのかと聞かれたので、
「僕が師と仰いでいる、おそらく今日本で一番有名な思想家の方の助言に従い、起業することにしました」と僕は答えた。
「思想家って何する人???」と予想もしていなかった上司からの返答に、僕は面食らった。
「これからは、こういう世界では生きていたくない。」
僕は、心の底からそう思った。
5月2日から有給消化に入り5月18日に久しぶりに出勤した。後輩たちからは、「毎日何をしているんですか?寂しくなかったですか?」など、矢継ぎ早に質問を受けたが、
「それが、そうでもないねん。」と愛想のない答えで返した。決して強がっているのではない。休みに入り、昼間は本を読み、断捨離を合間に行い、夕方にはビールを飲みながら夕飯の準備を始め、夜には、「昭和残侠伝」を第一弾から見始めたり、ヨーロッパの古い映画を見たりして過ごしている。愛おしい時間である。また、時々、ライブを観に行ったり、人と会ったりしている。それなりに忙しい毎日である。本当のことを言えば、少し会社が恋しくなるような気がしていたのだが、自分でも不思議なくらいそんな気持ちには一切ならず、生まれて初めての長期休暇を満喫している。むしろ、一旦サラリーマンから離れ、朝の込み合った通勤電車に乗っている不機嫌そうな表情のサラリーマンやランチ時にニコニコしながら会社の同僚と話をしながらお店の前に並んでいるサラリーマン、あるいは、夜の居酒屋で妙にテンションの高いサラリーマンを見ていると、ついこのあいだまで、自分がそうであったにも関わらず、すこし離れて彼らを見ていると、強烈な違和感を覚えてしまう。
サラリーマン以外の方はあまり知らないと思うが、僕の周りを見渡してみても「壊れた」人たちがそれなりに存在する。それは、心であったり身体であったりと様々だ。自分の承認欲求を満たすために会社に利用され、家庭を犠牲にしてまで数字を追っかけ、最後には役職からも家庭からも見放されるなど、笑い話にもならない。そんな会社組織が内在している暴力性に僕はひたすら恐怖を覚えるのである。
1988年、僕は、今は亡き「セゾングループ」の不動産デベロッパーの会社に入社した。
当時の「セゾングループ」といえば、若い人は想像しづらいかもしれないが、西武百貨店を中心とした「イケてる」企業体だった。しかし、残念ながらその会社はバブル崩壊の影響を大きく受け倒産した。その後、その会社は今の会社に吸収され今に至る。
前の会社が存在するころは、社会全体も緩く、今ほどの息苦しさはなかった。今では信じ難いようなことだが、春になれば就業時間もそっちのけで、昼から花見に興じ、クリスマスになれば、神戸市中央区山本通にあるお坊ちゃま上司の家で、クリスマスパーティーと称した大宴会を行った。
なかでも忘れがたいのは、営業所所員といってもたったの4人だが、所員全員で「箕面スパーガーデン」に泊りがけの忘年会を行った。その中の4人には、若い女子社員も含まれていた。ほとんど家族といえるかもしれない。「箕尾 銀鍋」で食事をすまし、ウィスキーを飲みながら「箕面スパーガーデン」のバーでビリヤードをしたあと、部屋に戻り「人生ゲーム」で大盛り上がりしていると、部屋の扉をドンドンと叩く音がし、扉を開けるとサラリーマン風のおじさんがずかずかと部屋に入ってきて、
「うるさぃ!!寝られへんやないか!!」と怒鳴りちらし、部屋を出ていった。僕たちは
目を合わせ、大声で笑い合った。それから数十年が経ち、その忘年会に参加していた先輩とこのときの話で盛り上がり、お互いに「あの日」がサラリーマン生活で一番楽しかったねと、互いに確認したのである。
僕は単なるノスタルジーで言っているのではない。社会が大きく変わったのに歩調を合わせるかのように会社という組織も残念ながら豹変してしまった。そのことは、政治の世界と相似形をなしていて、忖度のできる人=優秀な人=出世する人=自分の頭で考えない人という図式を見事に成立させ、組織が持っている暴力性の亢進に大きく貢献した。
何の話をしているかよくわからなくなってきたが、6月末までは、有給休暇を楽しむことにし、7月からは本格的に新しい仕事に勤しむことにする。
現在、内田先生に新しい会社の社名についてお願いしているところである。できれば、漢字で「●●社」がいいなと思っている。