「内田先生合気道入門50周年祝賀会」

12月7日(日)少し暖かい

 「内田先生合気道入門50周年祝賀会」(@神戸ベイシェラトン&タワーズ)に出席した。
 合気道とは無関係な僕を、内田先生は招待してくれた。本当にありがたいことである。
 その日の午後、僕は大竹まことのラジオ番組「大竹メインディッシュ」を聞きながら、何を着ていこうかあれこれと悩んでいた。「大竹メインディッシュ」の「きたろう」の回が、僕は大好きで、老人の落ちのない何の役にも立たない話を聞いていると、本当に幸せな気持ちになる。
 少し「きたろう」の話に飽きてきたので、別のゲストの回を探していたところ、三砂ちづるの回を見つけたので、聞いてみることにした。三砂ちづるの代表作「オニババ化する女たち―女性の身体性を取り戻す」は、家の本棚にあるが、まだ読んでいない。ごめんなさい。少し聞いているうちに、その内容に引き込まれて、僕は着ていく服を選ぶのをやめて、ソファに座り聞き入ってしまった。内容は、近著「心の鎧の下ろし方」の紹介だった。三砂ちづるは、大学を退官された後、いろいろなご縁があり、竹富島に移住したそうで、そこでの暮らしぶりについて語っていた。僕が一番惹かれたのは、その思い切りのよさと、収入が減ったにも関わらず、「今、現在が一番幸せです。」と言い切る、その発言にあった。「心の鎧の下ろし方」は、まだ読んでいないが、まわりの定年を迎えた会社の先輩を見ていると、本当に情けなくなる。「肩書」を失った彼らは、まるで幽霊のようで、話すことと言えば、現在の自分の置かれているポジション、会社への不満と、昔の少し、いや大きく脚色された武勇伝ばかりである。聞いている方が、気が滅入ってくる。それに比べて、三砂ちづるのそのあまりの「男前」な態度に、男である僕は恥ずかしくなった。
 18時半の受付より30分ほど前に会場の神戸ベイシェラトン&タワーズに到着した僕は、ロビーのソファに背もたれながら、携帯で「三砂ちづる」とググッてみた。すると、「心の鎧の下ろし方」は、ミシマ社から刊行されており、ミシマ社のホームページには、三砂ちづるのインタビューが掲載されていた。
 「そうか、三島くんか~」と、少し面識のあるミシマ社三島社長の顔を思い浮かべ、携帯でそのインタビューを読みながら、受付が始まるのを待っていた。すると、知らない間にメイとユイのいつものコンビが隣に座っていた。彼女たちは、携帯を見ながら、ケラケラとずっと笑っていた。
 パーティーが始まり、播州バンドの面々、懐かしい人たちと談笑し、釈先生にご挨拶。
 「起業の方は、順調ですか?」
 「今度、12月16日、豊岡の地元の方との宴席を設けていただきました。7人もの人たちが僕と一緒にお酒を飲んでもいいということに、僕はすごくびっくりしています。」
 「そうですかぁ、それはよかった。起業の件、興味津々なので、また、いろいろとお話を聞かせてくださいね。」
「ありがとうございます。」
 釈先生と少しだけお話をしたあと、テーブルでワインを飲みながら食事を楽しんでいると、右後方に、三島くんを発見した。日焼けした精悍な顔つきは、以前の三島くんとは少し印象が違っていた。あとで知ったのだが、土、日は少年野球の指導に励んでいるそうだ。
 「久しぶり。」
 「ご無沙汰しています。」
 「さっきまで、ミシマ社のホームページで三砂ちづるのインタビューを読んでたとこやねん。すごい偶然でびっくりしたわ。」
 「え~!本当ですか。すごくうれしいです。ところで、英作さん、起業するんですって?」
 「そうやねん」
 そのあと、僕の起業イメージを三島くんに伝えると、三島くんは大いに賛同してくれた。
 現在、ミシマ社では、地方で小さな書店を作ることの支援を考えていることを、三島くんから聞かされた。例えば、平日は他の仕事をし、土日だけ書店を営業するようなしくみを作っているらしい。以前、中貝前豊岡市長にお話を伺った際に、地方移住を促進させようと思えば、育児手当とか、そういう小手先の対策だけでは効果は薄く、「文化の力」がどうしても必要だと力説されていたのを思いだした。
 「三島くん、今度京都に行くから、その話、もう少し詳しく聞かせてくれるかな。」
 「もちろんですよ、是非、いらしてください。」
 僕たちの会話を横で聞いていた大松くんも
 「僕も、一緒に行っていいですか。」となり、年明けの1月28日、大松くんと一緒にミシマ社へ行くことになったのである。
 とりあえず起業するといったものの、どうすればいいのか皆目見当もつかず、とにかくまずは、中貝前豊岡市長に会いに行き、そのときにいただいたアドバイスを思い出す。
 「とにかく、仲間を見つけなさい。同じような考えを持つている人は必ずいるから。」
 少しづつではあるが、「仲間」が増えてきているような実感を持ち始めている。
 さぁ、次は、12月16日の晩に豊岡の地元の方との宴席が待っている。だんだんと楽しくなってきた。