「パスカルズ」というバンドのライブを観るために、12月2日、3日と東京に行った。
「パスカルズ」は、14人編成と大所帯で、メンバーも高齢のため、いつまで見れるかどうかわからないので、東京まで観に行くことにした。また、せっかく東京に行くので、内田先生のお友達で、いくつもの会社を起業されてきた平川克美さんに会って、お話を伺うことにした。
12月3日(水)くもり
前日、「パスカルズ」のライブを「スターパインズカフェ」(@吉祥寺)で観終えたあと「立ち飲みおでん屋 つかだ」で「ちくわぶ」デビュー後、ムサコの「セカンドハウス」に宿泊。翌朝10時に「セカンドハウス」を出発し、平川さんが経営する「隣町珈琲」に向かう。「パルム商店街」を突き抜けると、時折、ぽつぽつと雨が降り出す。寒い。少し早めに到着し、周辺をぶらっと歩く。こういう場所が東京にまだ残っていることに少し驚く。そういえば、移転前の「隣町珈琲」でも「このあたりは東京でも知らない人が多いんですよね」と言われたことを思い出す。
約束した11時にお店に入る。広い店内の壁にはぎっしりと本が並んでいて、前方にあの橋本治の「東大駒場祭」のポスターが飾られてあった。それだけでも、来た甲斐があった。
ほどなくして、平川さんが現れ、挨拶を交わす。
「今日は、何のご用件でしたかねぇ~」と言われ、一瞬戸惑うが、「内田先生からお聞きいただいていると思いますが、今回起業することになりまして、いろいろとお話を伺いたいと思いまして」と言うと、平川さんはにっこりと微笑み、「あっ、そうでしたねぇ、年を取ると物忘れがひどくて...。ビジネスからは、もうずいぶん遠ざかってしまったので、期待にお応えできるかわかりませんが、思いつきでお話してもいいですか」と言われ、僕は、
「いえ、僕は、思いつきの方がありがたいです。平川さんのお考えは、ご著書のなかで、すでに拝見していますので」と、2004年にお書きになった「反戦略的ビジネスのすすめ」を鞄から取り出し、机の上に置いた。平川さんは、本を取りながら「懐かしいねぇ~、実はこれが僕の処女作なんですよ。そう、この間、上智大学の小川公代さんと対談して、この本に話題が及んだところだったんです。ところで、どんなビジネスを考えているんですか?」と聞かれ、僕は、概略を説明した。 すると、少しの間沈黙の時間があり、「これはねぇ、平田オリザの受け売りなんだけど、地方を活性化させる起爆剤は、そこにおいしいイタリアンレストランがあるかにかかっているっていうのが彼の持論なんだ。」そうおっしゃりながら、菅原文太の事例を教えてくれた。菅原文太がお金を出資して、生まれ故郷の東北で、イタリアンレストランをオープンさせた。そのレストランは、食材を各地の名産に限定したもので、いわばローカル同士を繋ぎ合わせたものを食で表現しようという試みだそうだ。平川さんは、そのレストランのお披露目パーティーに呼ばれ、お土産のバームクーヘンがいかに美味しかったかを、嬉しそうにお話された。なんでも、使っている卵が、普段我々が食べているものと全然違うらしい。
そのあと、「一度、この人に連絡してみたらいいですよ。あなたが考えていることによく似ているから。平川から聞いたって言えばいいから」とある建築家とのメールのやり取りを印刷し、僕に渡してくれた。
平川さんは、とても親切な方で、その場で思いついたことは、惜しげもなく何でも差し出すそんな姿に、僕は、ビジネスの本質をみた。かつて上司から、「こちらから情報を差し出すことなくできるだけ相手の情報を引き出せ」といわれ、「こいつ、バカだなぁ」と思ったことがある。それはまったく逆だからである。もし、情報を取ろうと思うなら、こちらから先に情報を提供することの方が先だ。人には親切にするものである。
約1時間の間に、いろいろな話をしたが、今、「大田区ラブ」について語り合うプロジェクトがあるそうで、そのメンバーに大田区出身のミュージシャン、ムーンライダーズの鈴木慶一がいることを知り、僕は驚いた。あまりの僕のリアクションのよさに、平川さんも面食らった様子で、僕が、鈴木慶一と高橋幸宏のユニット「ビートニクス」の大フアンだと告げた。なぜなら、お店のエントランス脇に、高橋幸宏の本「ヒトデの休日」が飾られていたからだ。
前にも書いたことだが、今回、起業するにあたり、僕は自分の勘だけを頼りに行動しているようなものだが、その先々で、いろいろな「縁」を感じている。この「社長日記」も、内田先生とおしゃべりをしているときに、ふと閃いたものだ。平川さんは、「反戦略的ビジネスのすすめ」のなかで、「かつての会社設立にはひとつの物語がありました。そしてこの物語性といったところから見ると、会社というもの、あるいはビジネスというものが案外面白い、深みのある人間の本源的な営みであることが見えてくるのです。」(「反戦略的ビジネスのすすめ」P57)と書いてある。僕が、この社長日記を書いているのは、サラリーマン経験しかない僕が、真っ白な紙に向かって、起業という「物語」を紡ぎ出していくその過程を自分自身が面白がっているためでもある。このことは、今勤めている大きな組織では味わえないダイナミズムを味わっているともいえる。
「あなたの起業がもう少し具体的になれば、豊岡に行ってみたいなぁ。あっ、そうそう、よかったら、帰りの新幹線で、これ読んでみて」と、帰り際に平川さんから最新作「三歩あるけば、旅の空」をいただき、僕は「隣町珈琲」をあとにした。