« 三つの名前で出ています | メイン | お金で買われた夜だった »

父と娘

5月15日(月)

「去年の秋から社員全員に対して強制です」という総務担当の言葉の一つが嘘であると知り、退社後も守秘義務を遂行しますという意の「誓約書」に判を押さぬまま、ここは秘密国家かと恐れいななき逃げ切り退社を敢行。そして、8年の時間という財産を背中にしょって京阪神エルマガジン社から(株)140B(http://www.140b.jp/)に移籍。といっても、140Bの社員じゃなくて居候だ。「だ」とか威張ってる場合じゃないんじゃん…。てことで、中島淳さん、江弘毅さん、石原卓さんという愉快なオッサンたち&居候仲間の煙草を吸う顔がゴルゴな松本創さんと、早速、新しいミッションに取り組んでいる。

ご挨拶が遅れましたが、在職中お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。そして、早速、お仕事など下さった皆さま、ありがとうございます。精進いたします。

株式会社140Bにて、仲良くして頂いている出版社から女性誌などを送ってきて頂いたので、久しぶりにエビちゃん系雑誌をパラパラ繰っていると、「おしゃれなパパが自慢です」という特集企画に手が止まる。サブタイトルは「ちょい不良(と書いてワル。本気と書いたらマジ)パパからBRIOパパまで」。そこにチンチンカモカモと写る「パパと娘」たちの2ショット。ていうか、年下の愛人を自慢するオジサマと、お金に惹かれてオジサマに付いて行く自称モデルの女…という構図にしか見えないんですけど。「二人でハワイや韓国に行きます」「パパからプレゼントされたロレックスです」としなを作る娘。そんな娘の知らないところでは、パパが騙したり騙されたりしてる女にも同じことしてんでしょー、きっと。いや、たぶん娘もそれ知ってるよ、絶対。でもそんなことどうでも良くて、知らないふりできるから、「パパから娘へのメッセージ いつまでも無邪気で可愛い娘でいてください」なんだろうな。結構、パパもわかってんじゃん。

Meets Regional編集部に在籍中の2000年の秋、二度目の脳梗塞で倒れた父は、以来、左半身が麻痺し、障害者手帳では体幹機能で5級の身となった。車椅子は嫌だとリハビリに励み杖で歩けるようになったが、年齢もあって長時間は難しく、ふとした拍子によろけてこけたりもするので、母親がつきっきりで生活の補助をしている。というか、倒れる前から「おい、それ」「あれ、ちょっと」の関白宣言なので、つきっきりは以前から変わらないのだけれど。娘はいま、父とは別に住んでいる。母に申し訳なく思いつつ、父からの解放感に引き止められて、もはや自宅にはなかなか帰らない。先日のとある夜、母親が実家の用事で帰宅が遅くなるということで、母不在の中、そんな父と娘の「二人で晩ご飯を食べてちょうだいね」というミッションが下された。「二人で仲良く」はミッション・インポッシブル…のようにも思われるが。

「ただいま」と素っ気も愛想のない娘の声に、テレビに顔を向けたままの父の「あぁ」という声だけの返事。勉強も素行も出来の悪すぎる娘は、ついでに口まで悪い。まだ入院中の頃、ふと目をやれば、ベッドに腰掛けいつも動かなくなった左手を無表情にじっと見つめていた父。それが目に入る度に目を潤ませる母。という、闘病ドラマな状況の中、 パラリンピックに出なアカンねんから、のんびりしてる場合と違うよ。射的やったらいけるいける。カッコええやん」と、身内しか笑えないギャグで見舞客を震撼させる娘。さらには、待てど暮らせど嫁にも行かず、二度目の失業までして帰宅する35の娘。そんな娘と、半身は麻痺しても哀れみは不要。オレの方が偉いんや〜の父が囲む食卓の会話…どう考えてもハードコアパンクだし、社会的には状況が暗すぎる。似たもの親娘でもあるので、そこらへんは心得ているから、二人きりなのに当たり障りのない会話しかできない。


「今日は暑かったねえ」
「明日はまた冷えるんや」

…。

「春子おばちゃんは元気なん」
「相変わらずや」
…。

静かだけれど根底に重い空気の流れるダイニング。背後のテレビからは、細木数子の子供を産めや増やせやとまくしたてる声が聞こえてく る。子供→孫→結婚…じ、じ、地雷じゃないか。ただでさえ耳障りな細木の声が余計に憎らしく聞こえてくる。娘、焦る→話を逸らしてごまかす↓

「そうや、細木数子のお姉さんの旦那さんて、安藤組の幹部やねんて。『週刊現代』に書いてあったわ。そら、怖くてだれも逆らわれへんよねぇ(あたふた)」

「安藤組か…」

父、つぶやく。

その反応を見て、娘、すかさず最近仕入れた「神戸893ネタ」を披露する。

花隈の…五代目の…ドンパチ…加納町の…(保安のためスキップ再生)。その娘の話を遮るように、「昔は柳川組がえげつなかったんや…」と父。にわか「噂の真相」覆面座談会となる青山家の食卓。娘が初耳の現地取材報告もあり、10年ぶりぐらいに父の言葉に真剣に耳を傾ける娘。娘と父は、他人の過去をほじくり返し、盛り上がる。そんなドンパチトークも一段落し、再び静まりかえる食卓。

皿を片付け、麩饅頭と茶を出しながら娘は言う。

「そういえば、『薔薇と薔薇』が閉店したよ。ママさんが講談社から本出してた」と娘。

「あそこは甲南女子と松蔭のコが多かったんや」と昔話を始める父。

神戸で一番と言われるクラブ『薔薇と薔薇』。店からの年賀の挨拶は、ホステスの写真一覧。男というものはみな、クラブやスナックで遊ぶものと信じ込まされていた母も一緒にその写真を眺めたものだった。母は酒場というものに出向いたことがないから、父がクラブやスナックにて女の子と一緒に飲んでいるだけで、それの何が楽しいのかわからない。楽しさがわからないので、怒る理由もない。ある時、母が娘に尋ねた。
「ゆみこちゃんはバーに行ったことがあるんでしょ。バーにはちょっと陰があって憂いのある表情をしたマスターがいるんでしょ。いいわねえ」。父は言う。「お前は何もしらん。バーは女の子がいるとこや」。
ていうか、どっちもガセネタやん、と娘は思う。父はバーとスナックとクラブを区別しない、昭和の哀しき商売人、ついでに一時は小成金。

そんなこんなで、薔薇が咲き乱れるお水の花道話を10Pほど展開し、そこからスライドした、娘が最近始めた麻雀への「遅いのはアカン。瞬間の判断力や」という指南が続き夜は更けた。思いのほか長居したけど、久しぶりにこんなに話をしたなあと娘が思っていると、「もうちょっとで帰るから、ゆみこちゃんもそろそろ帰ってちょうだい、ありがとうね」という母コール。で、実家を後にした。

帰宅すると、母から再び着信。
「パパねえ、心配してたけどなんだか機嫌がいいのよ。二人で仲良くしてたのと聞くと、うるさいと言ってたけど。何の話してたの?」

「え〜、別に」

エビちゃん系雑誌の「パパと娘」のパパよりも、うちの方が、「ちょい不良(ワル)パパ」じゃん。でも、「週刊現代」な企画だな、こりゃ。

About

2006年05月22日 22:42に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「三つの名前で出ています」です。

次の投稿は「お金で買われた夜だった」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35