mentor & apprentice
「あのう、実は歌舞伎のかつらを作る仕事をしたいんですが、どちらにご相談したらいいのか全然分からなくて。そちらでご紹介いただくことはできませんでしょうか」という電話を受けた。
「歌舞伎役者になりたい」「文楽の人形遣いになりたい」というようなお問い合わせは、それぞれ専門の養成コースがあるのでそちらの担当部署に電話がまわる。
その他の謎のお問い合わせは「伝統芸能よろづご相談窓口」である(ほんとは違うのだが)制作にまわってくるのである。
「『忠臣蔵』の初演は何年ですか」
「こんな感じの登場人物が出てくるこんな感じの歌舞伎を昔観たことがあるのだが、なんという演目であろうか」
「○○○左衛門と×××之助はどういう親戚関係になりますか」
「ウデのいい三味線屋さんを教えてほしい」
「祖父の遺品を整理していたら△△△太郎と書いた押隈(絹布を顔に押し付けて隈取りを転写したもの)が出てきたのだが、これはどういう人でしょう」
ネットや図書館でたちどころに調べのつく問題もあるが、そうでない問題もある。
とにかくこの手の問題ならまずわが社に電話すればなんとかなるかも、と連想していただけるのは、ひとまず光栄とせねばならないのかもしれない。
さて歌舞伎の裏方の職人さんになりたいというまことに貴重な金の卵さんからのお電話であるので、猫なで声で歌舞伎のかつら製作についてご説明申し上げる。
いずこを見ても後継者不足の当業界、ひょっとしてこれを機会に新しい職人さんが誕生すればしめしめである。
歌舞伎で使うかつらの製作には「かつら屋さん」と「床山さん」という二業種の職人さんが携わっている。
かつら屋さんの仕事は、まず金属製の土台を作り、役者さんの頭に合わせてフィッティングし、土台に毛を植え付けるまで。
かつら屋さんからサンバラ髪のかつらを受け取った床山さんは、まずお芝居の役柄(大名とかお姫様とかヤクザの親分とか長屋のおかみさんとか)に合わせて、次に役者さんの個性(背が高いとか顔が丸いとか首が太いとか)に合わせて、髪を結い上げていく。
あと本番の楽屋に詰めていてかつらのかけはずしやメンテナンス、舞台への登場直前の微調整をするのも床山さんの仕事である。
「というわけなのですが、もしかしてイメージなさっているのは床山さんの方でしょうか」
「は、はい、トコヤマさんです」
なにしろ歌舞伎、というか江戸文化というのは恐ろしい世界で、ちょっとした髷の太さや向き、鬢のふくらみひとつで、武張ったり粋になったり知的になったり蓮っ葉になったり、人物のキャラクターががらりと変わってしまうのである。
スタイルが本質を規定する。
このあたりのことは橋本治センセイの著述をご参照ください。
当然床山さんは、星の数ほどあるかつらの構成要素を熟知し、役柄と役者さんに応じて臨機応変に技を繰り出さなければならない。
「奥が深い」はすっかりクリシェ化してしまっているが、ほんとに一筋縄ではいかない奥底の深ーい世界なのである。
だから仕事で床山さんの楽屋を訪ねるときには「変なこと言って職人さんに怒鳴りつけられやしないか」という恐怖半分、江戸時代とおんなじことをしている超コアなプロフェッショナル集団の仕事場を覗けるというヨロコビ半分なのである。
そして床山さんは立役担当と女形担当とにきちんと分かれている。
「立役か女形か、どちらがいいとかいうご希望はおありでしょうか」
「いやあ、まだそこまでは」
「ではとりあえずいくつか事務所の連絡先をお知らせしますので、いま新規に人を採っているかどうかは分かりませんが、ひとまずご相談なさってみるとよいと思いますよ」
「どうもご親切にありがとうございました」
ぜひがむばって立派な床山さんになってくださいね。
しめしめ。
ところで「ハチミツとクローバー」「のだめカンタービレ」ときたらもう次は歌舞伎しかないと思うのですが、漫画家の皆さんどうでしょう。
伝統芸能とは縁もゆかりもない家に育った中学生がひょんなことから研修生に。
ひと癖もふた癖もある研修生仲間やお師匠さん方に翻弄されるが、芝居には天才的なセンスを発揮。
やがて謎の名女形のもとに弟子入りするが、そこでも波乱を巻き起こして・・・というような。
興味ある漫画家の方、相談にのりまっせ。
ん。でもこれって『ガラスの仮面』か。