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2004年11月 アーカイブ

2004年11月05日

しみじみと異常な世界

ちらし・ポスター用スチール写真の撮影に立ち会う。
舞台写真は臨場感があってよいのだが、ちらし・ポスターでドカンと拡大して使うには色々と難がある。
そこでスタジオを借りて、本番通りの衣裳・鬘・化粧・小道具で扮装した役者さんの撮影をするのである。
雑誌のグラビア撮影風景をたまにテレビで見るが、スタジオのしつらえはだいたいあんな感じである。
しかし「セクシーモデルのテカリをおさえるうら若き美人メイクさん」といった色っぽい風景はなく、そこにいるのは頭に大きな髷をのせた非日常的な格好の役者さんと、浴衣姿のお弟子さんたち、不敵な面構えの床山・衣裳の職人さんと、ほぼ全員が男である。分かってはいるがしみじみと異常な世界である。
役者さんが素でやって来て、スタジオで化粧と着付けをする場合もあるが、都合によっては出演中の劇場で完璧に扮装をしてからスタジオに移動して来る場合もある。
今回のように、顔だけをこってり塗って鬘も衣裳もつけていない中途半端な状態でやって来ることもある。
今回のスタジオはオフィスビルの地下にあるので、よそのフロアではカタギの会社員の方々が労働しておられる。
車で玄関ホールに到着してエレベーターに向かう役者さんにでっくわした管理職風のおじさんは、隈取りをして衿を抜いた着物姿の役者さんを見上げて「ウッ」と声を出したあと、エレベーターのドアが閉まるまで棒のように立ち尽くしていた。

歌舞伎の演目にはだいたいコレというキメのポーズがあるので、1パターンか2パターンのポーズを決めて粛々と撮影していく。
立役でも女形でも、息を抜いて少うし緩やかに動いた後で「ンッ」と息を止め、ピタリとポーズをキメる。
ただ動きを止めてジッとするだけではなく、息をツメるのがミソである。
このポージングがほれぼれするほど上手な方と、どことなあくピッタリしない方とがおられる。
舞台でのお芝居とちがって前後の流れのないポーズだけを抜き出すのだから大変にやりにくいであろうし、なにもポージングの上手さだけが役者の腕ではないのだけれども、概してポージングの上手な方は芝居も上手である。
上手な役者さんだと「ここここ!もうここしか考えられないでしょ!」という位置にピタリと手がきて気持ちがよいのだが、そうでないとご本人の「あれ?この手はどこに置きゃいいんだ?」という迷いが丸出しになり、完全に「体が余って」しまう。
げに恐ろしいものである。
歌舞伎のスチール写真は出来るだけフラットに、全身まんべんなくスポンと明るく撮るものだそうだ。
撮影技術には定評があるが歌舞伎に不慣れなカメラマンに一度頼んだら、凝った陰影の付いた、さいとうたかを風の歌舞伎役者になってしまいボツになったという。
21世紀の銀座のど真ん中のスタジオで、柔らかいライトに浮かび上がるちょんまげと隈取り。
そして「いいねーグッとくるよお」などというカメラマンの甘い声もなく、男たちの撮影はしずしずと終了するのであった。お疲れ様でしたー。

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