8月22日 ジャカルタは燃えているか

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 ジャカルタに来てすぐ、これから2年間住むことになるアパートの部屋探しをしていた頃、私たちは日本では住んだことのないようなタワーマンションの高層階をたくさん内見した。中でも、内見に付き添ってくれたエージェントの人たちが最後まで強く勧めた部屋は、53階にある明るい部屋で、部屋の窓からは遮る物が何一つない、ジャカルタの街を一望できる圧巻の景色が広がっていた。
 華僑文化の影響もあり、都会のビルや高層アパートでは「死」を連想する「4」を避けることが多く、たいてい40階から49階のフロアや14階など「4」の付くのフロアは存在しないようになっていたが、それを差し引いても、53階というのはびっくりするくらい高いところにあった。下を見下ろしてゾッとしている私に対して、エージェントたちはニコニコしながら「ディスカウントする」と申し出る。だけど私は高所恐怖症なので、そんな高いところに住めるはずがなかったのである。
 では32階はどうか?27階ならどうか?
 一つ一つエージェントが用意したリストの部屋を見て回った結果、私たちは最終的に、この高層アパートの15階の部屋を借りることに決めた。あまり低層階に住んで、今度は虫が出るのも怖かったので、15階と言うのはギリギリの選択だったが、それでも私にとってはまだ色々と怖いくらいだった。
 例えば、大規模な火災が起こったらどうしたら良いのだろうか?そういう万が一のことを考えると、心配性の私は夜も眠れなくなってしまうのである。しかも、そんな私の不安な気持ちを煽るかのように、7月末にアパートに越して来てからずっと、ここインドネシアではほぼ毎日、常にどこかで火災が起こっていたのである。

 そう、実を言うとインドネシアは、火災大国だった。この8月にカリマンタン島やスマトラ島を中心に大規模な森林・泥炭火災が発生し、東京の約半分の面積が焼失したのは記憶に新しいが、過去には2020年に国際的な環境NGOである「気候リアリティ・プロジェクト(The Climate Reality Project)」で、地球上で最も深刻かつ大規模な森林火災が発生する5大地域の一つとして、アメリカやロシア、オーストラリアと並んでインドネシアが挙げられたこともあり、CO2排出量、年間焼失面積、森林火災による経済損失など、様々な統計で常に世界のトップクラスにランクインしているのが、インドネシアだった。
 加えて、こうした地方で頻繁に発生する大規模な山火事などの自然火災とは別に、都市部で起こる建物などの火災の発生件数も、ジャカルタだけで年間1200件以上にのぼっていて、これはまさに、ジャカルタのどこかで毎日数件は火災が発生しているという統計になった。

 実際、私が知っているだけでも、8月に入ってすぐ「プルマン」というジャカルタ中心部にある五つ星ホテルで漏電による火災が起こり、その6日後に、今度はジャカルタ地方政府が所有する総合庁舎のジャカルタ地域収入庁が、11階から16階まで激しく燃える大きな事件があった。この事件でジャカルタ知事は、「燃えた市民の納税データや土地の資産データは全てすでにデジタル化されていたので、サーバーも保管されていて無事である」という声明を発表したが、結局約1000人の職員が職場を失って、在宅勤務するという大惨事となった。
 五つ星ホテル「プルマン」も地域収入庁も、電気系統の漏電やショートのトラブルが暫定的な原因とされているが、インドネシアの都市部や住宅街での火災の原因は、古い配線や違法な電気接続による電気ショート、タコ足配線だったり、粗悪なケーブル使用によるもの、LPGガスボンベの漏れなどが多くを占めた。もちろん他にもタバコの不始末、建物の老朽化、「乾季」という気候などの要因もあり、とにかくインドネシアでは、都市部も地方も、今日も昨日も一昨日も、そこらじゅうで火の手が上がっていたのである。

 私がそういうニュースにばかり手を止めるせいもあるのかもしれないが、そのうち、こちらでは朝起きるとまっさきに私の携帯電話には火災発生の映像が流れてくるようになった。しかも、追い討ちをかけるかのように8月半ばには、パプア州プンチャック県で住民の暴徒化により政府庁舎が焼かれ、その次の日にはランプン県のパーム油・砂糖キビ関連企業で地域住民と企業の衝突による焼き討ち事件なども、続け様に起こった。山火事でも建物の漏電による火災でもなく、今度は一般市民による「焼き討ち」である。もちろんそんな衝撃の「焼き討ち」事件の合間に、引き続き自然火災やら住宅火災などもちょこちょこ起こるのである。

 というわけで、私は今日も、火災が起きたら逃げられるのだろうか...という不安を抱えながら、タワーマンションの15階で暮らしている。アパートのエレベータホールには「火災などの非常時の際は階段を使用してください」と書かれた金色の板が、よく見えるところに貼られているが、今朝もまた、2週間ほど前に消し止められた地域収入庁のビルが、再び燃えたというニュースが飛び込んできた。加えて西ジャカルタのタンボラというところの密集住宅街でも、住宅火災が発生したそうである。私はエレベータを待ちながら、この頃いつも、この非常階段について考えるようになった。そして15階から1階までの道のりを想像しては、人知れず心細い気持ちになるのだった。