「太りたい...」なんて言うと大半の女性から、眉をひそめ「羨ましい」と言われてしまう。心底そう願っているのだが。決まって「しっかり食べてるの?」と返されるが、人一倍食いしん坊万歳なので、美味しいものには目がないし、炊き立ての白米が大好きで、ご飯のお供さえあれば丼茶碗二杯は楽勝。それでもガリガリカリクソンから脱却できないのだ。
子供の頃から身体が強い方ではなかった私は小学三年生の時に腎臓病、四年生の時は腸捻転で入院した。腎臓病の時は、激しい運動を止められ、塩分を制限されて、味のしない食事に苦しんだ。腸捻転のときは、このまま死ぬんじゃないかと思うほどの激痛に七転八倒。いまでは笑い話だが、あまりの痛さに「神様、何でもしますからどうか許してください」と、押入れの上の天袋から飛び降りたりしたほどだ。大人になってから、恐ろしく痛いと言われている腎臓結石も二度経験したが、比べ物にならないほど痛かった。
断続する激痛のため、仕事を切り上げた母に連れられ近所の町医者に。最初は消化不良だと診断されて薬をだされ帰されたが、痛みは増すばかり。再度、別の医院で受診後、検査が必要と紹介状をもらい県立西宮病院へ。これは危ないと6時間の緊急手術。
目覚めたら、白い包帯でグルグル巻きにされたお腹が見えて、喉が焼けるように乾いていた。無意識に傍にあった花瓶の水を飲もうとしたが、付き添いの父に大慌てで止められる。その直後に後にも先にも、厳しかった父の啜り泣く声をはじめて聞いた。
数日後、執刀医から「小腸を80cmほど切除したよ」間一髪のところで命拾いをしたことを知らされる。栄養を吸収する小腸が、人より短いから太らないのは仕方がない...そう信じて生きてきた。
魚と野菜が嫌いで、お世辞にも料理が上手いとは言えない母のおかずは、シンプルな献立が多く鰹節が大量にかかった焼き茄子が出されると「魚臭いし、こんなもん食べられへんわ」と私は不平不満を爆発させた。母から「そんなことしてたら、大きくなられへんよ」「背も体も大きなりたないの」と度々諭され、大人になるにつれ好き嫌いも徐々に克服。これまで超燃費の悪いアメ車のごとく、たくさん食べてきたのだが...。
2年前、凱風館道場にて知己を得た内視鏡専門医であるM医師に内視鏡検査をお願いしたところ驚くべき新事実が判明した。腸が癒着して穴が二つ開いており、大腸と小腸が繋がっているというのだ。
ええっ⁈ 短いうえに、穴から栄養が大腸に漏れている...OMG!
その年、計3回の内視鏡。熟練のM医師が内視鏡を駆使し、ドイツ製クリップで穴を塞いでくださった。この場をお借りして再度、感謝を伝えたい。ありがとうございました!
「長年の間、穴が繋がっていたので腸の回復を実感するには、2年ほどかかるよ」とM医師。身体は以前より軽くなって体調も良い。母に会う度ごとに「もっと太らないと」と言われていたが、順調にいけば、少しずつふっくらしてくるに違いないと喜んでいた。しかし、このところ5kgも痩せてしまう。
8月末の早朝、母が亡くなったのだ。
25年ほど前から、糖尿病と認知症が出始め、自宅での介護を経て、いくつものタイプの介護施設を転々とし、たくさんの介護士の方々にお世話になりました...感謝。
体調が急変した母は、施設から緊急搬送された病院で点滴を続けていたが意識はほとんど戻らず。担当医から「回復されても、ご自身で口から食べ物は摂れないでしょう」と告げられ、迷ったが胃ろうは断念した。例に漏れず、最後は誤嚥性肺炎。
前向きで明るい母でした。94歳。よく頑張ったと思う。天国で、父と姉と三人で楽しくやってくれたらいいな。
久しぶりに茄子を焼いた。鰹節をかけて口に入れると、母の味がした。