内田先生からこのシリーズのタイトルについて「井上英作の社長日記」と名付けていただいた。往年の東宝の喜劇映画「社長」シリーズのようなタイトルで、まるで森繫久彌になったような気分だ。
さて、前回の続きとなるが、まずは、中貝元豊岡市長に会ってお話を伺うことにした。そこで、せっかく豊岡に行くのに何か別の用事がないか思案していたところ、「そうだ、この時期は豊岡演劇祭をやっているのでは?」という、いつもの勘が働き、すぐに調べてみるとやはり的中していた。さらに、豊岡に行く9月23日の演目を見て、僕は腰を抜かしそうになった。大袈裟ではなく本当に。なんとその日は「大駱駝艦」の公演があったのである。「大駱駝艦」というのは、麿赤児(大森南朋の父といったほうが、今の若い人たちには分かりやすいかも知れない...)が主宰する「暗黒舞踏」集団である。僕のなかでは、「大駱駝艦」と「但馬」との接点を、まったく想像することができなかった。「但馬」というのは、どちらかといえば保守的な街で、自分の両親からも、まったく文化的な香りを感じたことがなかったからだ。なにせ、父親は、7才の僕に、映画「女囚さそり」を見せるような人だった。
9月23日9時20分「城崎温泉」行きの全但バスに乗り12時半に豊岡に到着。
開演まで時間があるので、「コウノトリの郷公園」で時間を潰す。そういえば、毎年恒例の凱風館「海の家」に向かう丹後鉄道の列車の車窓から、田んぼに佇むコウノトリを今年も見かけた。中貝元豊岡市長の大きな成果は、隣町の京丹後市にまで及んでいた。
その後、ホテルに戻りテレビで相撲中継を途中まで見て、18時開演に合わせて、会場の「豊岡市民プラザ」に向かった。会場に入って僕は驚いた。なんと300人弱の客席は満席だった。
翌日9月24日朝、僕がホテルのロビーで中貝さんに会うための準備をしていると、眉毛のない丸坊主のお兄さんたちがぞろぞろと現れた。「大駱駝艦」のメンバーである。彼らの会話を盗み聞きしていると、「麿さん」とう言葉が飛び交う。すると、そこに全身黒づくめでサングラスをかけ、ハットをかぶった男が現れた。麿赤児だった。
興奮冷めやらぬまま、僕は中貝さんに会うために、「とゞ兵」へと向かった。玄関で、
「すみませ~ん」と言うと、奥のほうから足早に中貝さんが現れた。僕は少し緊張した。どちらかといえばあまり緊張しない方だが、20年もの間、豊岡市長として数々の功績を残されてきた方を前に緊張しない方がおかしいかもしれない。
事務室に通され、僕は簡単な自己紹介をすませ、僕が起業するに至ったいきさつ、「女性」をターゲットにした起業イメージ、「但馬」への思いなど、ド素人の僕の妄想とも覚束ない質問や考えに、中貝さんは、ニコニコしながら、ひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
おおむね僕の考えていることには賛同いただけたが、いくつか助言をいただいた。
その一
自分ひとりでがんばってはダメ。同じような考えをもった人をまずは探すこと。
「そのためには、十分なリサーチが必要です。」
「その期間として約1年間現地に足を運び現場の声を聴いてみようと思っています。」と僕は答えた。中貝さんは、ニコニコしながら頷いてくれた。
「必ず同じ考えをもった人がいます。探せば必ずいます。仲間を増やしましょう。」
その二
中貝さんは、今、地方で困っていることの一つに観光業界の人手不足問題を挙げられた。たとえば、かつては、「部屋食」というお部屋で晩御飯をいただくということがあったが、どうしても人手が足りないので、大部屋で宿泊者全員に食事を提供せざるを得ない。かつてのようなきめ細かなサービスができないことで、客離れに繋がらないか経営者は非常に危惧しているそうだ。そのための解決策として、旅館業と並行しながら、介護施設の運営を行っているところがあるらしい。親の介護を理由に社員が辞めないようにするために経営者が考案したそうだ。
その三
「空き家問題」について質問したところ意外な答が返ってきた。
「それは、実は仏壇問題なのです。」
つまり、一年の内、お盆の数日だけ、お墓参りに帰省した親族が集まる「場」を確保するためだけに、一年間の殆どを空き家にしているということらしい。恥ずかしながら、不動産業界に37年も携わっていながら、全然知らなかった。想像している以上に「空き家問題」の根深さを思いしらされた。
気が付いたら2時間近く、中貝さんがいうところの「おしゃべり」をしていた。やはり、現場の方のお話を伺うのは、とても楽しく大変参考になった。
別れ際に、「何か見ておいた方がいいところがあれば教えてください。」と尋ねたところ、
「カバンストリート、豊劇ぐらいかなぁ。」
「見るところより会わせたい人がたくさんいるので、また、いつでもいらしてください。」
「仲間」は、目の前にいた。起業への光が少し見えた。
【参考】
「豊岡演劇祭」
https://toyooka-theaterfestival.jp/
「大駱駝艦」
http://www.dairakudakan.com/rakudakan/top.html
「コウノトリの郷公園」
https://satokouen.jp/
「とゞ兵」
https://todohyo.com/
「カバンストリート」
https://toyooka-tourism.com/spot/kaban-street/
「豊岡劇場」
https://toyogeki.jp/
「なぜ豊岡は世界から注目されるのか」(@中貝宗治)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721270-9&mode=1