あのひと
気がついたら年が明けてから更新していなかった(な
ぜか表紙の日付だけは新しくなっていくが)。
えー、ごぶさたいたしまして相済みません。
例によって稽古場暮らし。
今月は色々と興味深いことが出来するのだが、なんと
スペシャル・アドバイザーとしてあの人が登場、ダメ
出しを行うことになった。
私は真後ろ50cmの席から美しく刈り上げられた襟足越
しに稽古を見るという光栄に浴する。
「いーい?これは宝探しのお話なの。あなたが『宝』
じゃなきゃお話が成立しないのよ」
「あなたはねえ、これから起こることが全部分かっち
ゃってるの。だからお芝居がするする流れて行っちゃ
うのよ。一つ一つのお話をくっきり立ち上げなきゃ」
(娘役の人に)「いいのよ、もっと思い切ってやって
も。『男』が出てきたら言ってあげるから目一杯やっ
てごらんなさい」
(稽古終了後)「ふう、今日はなんだか男の時間が長
かったわあ」
などというせりふに椅子の上で何度も眩暈を起こす。
どんなに歌舞伎に詳しかろうと、役者でない人に役者
への演技指導はできない。
できるのは「上手から出た方がいいですよ」「刀は後
見が片付けてください」というような交通整理か、「
照明もっと暗く」「衣裳を茶系統に」というような外
付けの演出めいた行為だけ。
役者への演技指導ができるのは役者だけである。
そして演技指導をする役者さんはまず例外なく自分で
やって見せる。
だから稽古場では、あんな人のお姫様や、こんな人の
ジジイや、そんな人の丁稚など、興行ではとても見ら
れない腰の抜けるような役を目撃することができる。
でまたそれが例外なく、本役の人より上手。さすがだ
。
特に去年のあの人は、夢中になってダメ出しをするあ
まり、その場面に登場するすべての役を「こうやるん
だよ」と次々に自分でやって見せた。
わははははは。
まさにマルコヴィッチの穴。
CGで『七段目』とか『太十』の全役をあの人がやっ
ているDVDを作ったら、8,000円までなら買うね。
まあそれぐらい、口うつし手取り足取りの一対一での
模倣という一見極めて非効率的な方法でしか情報が伝
達されない厄介なものが芸である。
稽古の合間に来年の企画会議。
あのう常々感じておることなのですが、伝統芸能業界
に棲息する人々は「自分たちがいかにマイナーな存在
であるか」をきちんと認識なされた方がよろしいので
はないでしょうか。
世間の大多数の人々にとって、芸術など「あってもな
くてもいいもの」に過ぎない。
芸術を「あったほうがいい」と思う人々のうち、大多
数の人々にとって、パフォーミング・アーツなど「あ
ってもなくてもいいもの」に過ぎない。
パフォーミング・アーツを「あったほうがいい」と思
う人々のうち、大多数の人々にとって、伝統芸能など
(中略)歌舞伎など(中略)わが社など・・・と考えると
、わが社の公演企画など世間さまから見ればほんとに
ほんとの「どうだっていいもの」なのである。
だからどうだっていいと申しておるのではない。
「だったらどうするよ」という所から話を始めましょ
うと申しておるのである。
そういう「こんなん連れてやってまんねん」的な視点
(なんじゃそりゃ)をもっていないと、何年何十年と
いう長いスパンで勝負した日には、業界的にちょいと
やばいのではありませんか、と申しておるのである。
これでは読んでくださる方にはなんのことやらちっと
も分からないが、まあそれはそれとして。
この長屋に越してきて二年半。
今までご挨拶に罷り出なかった失礼ぶりは全くわれな
がらどうかと思うのだが、まあそれはそれとして。
このほどようやく大家さんにおめもじがかなった。
店子としてはまことにもって慶喜の感に堪えないとと
もに、「ちゃんと店賃納めないとな」の感を新たにい
たす次第なのである。