ドクター佐藤の”そこが問題では内科医?”・2004
3月29日(月)
「知らなかった」と書こうとしたら「詩なら買った」になっていた
「詩なら買った」って、ちょっと気に入ってしまいました。
3月26(金)―28(日)
金曜の夜から合気道の合宿に参加させていただきました。
神鍋高原にも確実に春は来ていましたが、朝げいこの畳はとんでもなく冷たいのでした。
内田先生、古橋主将、合宿に参加された皆さまがた、お世話になりましてありがとうございました。
3月24日(水)
夕方、急にたばこが吸いたくなった。
たばこをやめて約3年半。とうとうニコチンが切れたのか。
うー、たばこ吸いたい。
3月24日
カウンターに座っていたら急にジャムパンがなにかぶつぶつと言い始めた。
「新三は190センチを超える長身で骨の髄まで贅沢ものだ。歯磨きに使う水はエビアンだしシルクのパンツは全部使い捨て。シンクロ選手のリリアンはとんでもない大飯ぐらいで朝ご飯は毎日カツカレーとチャーシュー麺をぺろりと平らげたうえ牛乳を2リットル飲む。3時のおやつには大皿いっぱいの回鍋肉とさーたーあんだぎーを3コ食べると決まっている。二人の息子のしげるは上品な良い子で去年の10月から日銀総裁をしている。たまに酔っ払ってキャバクラに行き「公定歩合引下げ!」と叫びながらお店の女の子のスカートを下ろそうとするのがたまに傷だ。春は名のみの風の寒さを感じるある日しげるは恋に落ちた。ワシントンの連邦準備制度理事会の向かいにある納豆屋の娘エミリーに出会った瞬間惚れてしまったのだ。ここはワシントンでも有数の納豆屋(ワシントンには星の数ほど納豆屋がある)で藁で包んだ本格的な水戸納豆を食わせる事で知られている。思いを告げることもできずに日本に帰ってきたしげるは新三に相談した。「お父さん僕好きな人ができた。どうしたらいいの」「息子よ。女の子は貧乏な男の子が好きなのだ。だからお父さんは全然もてなかった。でも女の子が考えていることはあんまり良く分からないから念のためお母さんにも聞いてみなさい」新三は今日3回目のパンツの交換をしながらこう言った。新三はおならをするたびにパンツを交換する。次にしげるはリリアンに聞いてみた。「おかあさん僕ワシントンの納豆屋の娘を好きになっちゃった」「しげるも恋をする年ごろになったのね。女の子はご飯をたくさん食べる男の人が好きなの。だからデートのときはたくさんご飯を食べなきゃだめ。でも念のためお父さんが何て言うか聞いてみなさい。もぐもぐ」リリアンは石焼きビビンバとフォアグラ丼とストロベリーシェイクを食べながらそう言った。あまりにもいい加減な両親のアドバイスに深く傷ついたしげるの足はいつのまにか行きつけのキャバクラ「インビジブルタッチ」に向かっていた。切なさにまかせていつものように「日銀介入!!」と叫びながら女の子のスカートを下げると女の子は中にもう一枚スカートをはいていた。がっかりして上の方を見上げると女の子は得意げに「残念でした」といってしげるのウオッカトニックを一息に飲み干した」
「ねえ、ジャムパンくん。しげるって一体いくつなんだよ」
「10歳。そして15歳のときにフリオっていう名前に変えたんだ」
「げ、ほんまですか」
気が付くと、カウンターの中でソムリエ姿のフリオがアイスピックで氷を割っていた。
「よくある話だよ」
何も聞いてないのにフリオはそう言った。
よくあるわけないだろ。
3月20日(土)
三宅先生にお声をかけていただきまして、三軸修正法の講習会にお邪魔しました。
講習の間は口をぽかんと開けてただただ唖然としていました。最後まで参加したかったのですが、この日は病院の宅直に当たっていて、呼び出しを受けたので途中で失礼しました。
宅直で呼び出しを受けることはめったに無いのですが、18日の木曜日にも呼び出しを受けましたし、どういうわけか最近そういう流れのようです。
当直をすると急患がよく来たり、病棟の患者さんの容態が急に変化するというお医者さんがいます。看護師さんでも、その人が夜勤だとやたら病院が忙しくなるという人がいるそうです。
霊感みたいなものとは少し違うのでしょうが、こういう人たちは何かを引き寄せるものを体から発しているのかもしれません。
話はちょっと違いますが、「一家に一人霊感が強い人がいるものだ」という話を聞いたことがあります。
核家族化が進む現代で、どこまでを「一家」とするかは難しい問題ですが、わが佐藤家では、私の母親が「霊感担当大臣」です(なんとなくヤベさんみたいになってきた)。
霊感といっても宜保愛子さんみたいにすごいやつではなくて、駐車場に停めてある車の中におじさんの幽霊をみたり、家の近所のお寺の中にある大学の動物慰霊碑から呼ばれてお参りにいったりとかその程度のものです。
ちなみにおじさんはいつも同じ人のようで、母はよく「今日はおじさん元気そうだった」とか、「今日はあんまり元気がなかった。だいじょうぶかなあ」などと言っていました。
私は特別霊感が強い方ではないと思うのですが、それでも幽霊らしきものを見たことがあります(さしずめ霊感担当政務次官といったところでしょうか)。
中学生の頃、自転車で近所のスーパーへ出掛けたところ、電信柱の根本に白いぼわっとした光のようなものが見えました。
そちらの方向をしっかりと見直してみると、そこにはいくつかの花束が置いてありました。そしてその場所が数ヶ月前に死亡者が出た交通事故現場であることを思い出しました。
その白い光は、気のせいと言うにはあまりにも長すぎる間、僕の視界に入っていました。まだ日のある時間だったこともあり、それ程恐さも感じませんでした。
それまでも、霊というのは何となくいるのだろうとは思っていたのですが、やはり実際に目にしますと、その存在を確実に信じるようになるものです。
でも、それ以降ははっきりと霊をみたことはありません。
僕は恐がりなので、幽霊さんの方で気を遣ってくれて、僕の目の前に姿を現さないでいてくれるのかもしれません。
というわけで、僕は全く役に立たない政務次官なのです。
3月18日
与作は木を切る
おばさんは梨を切る
メグちゃんはケンジを切る(ぷつり)
おならが沈黙を切る
父さんはイーピンを切る
母さんはスー萬を切る
モデルが爪を切る
彼女は問い詰められてもしらを切る(どこいってたのよー)
じいさんはかすてらを切る
陸連はQちゃんを切る
パンチは空を切る
誰かがパソコンの電源を切る(おやすみなさい)
3月15日
ジャック・ニクラウスが「帝王」で、トム・ワトソンが「新帝王」なの。
ジャックは世話好きな男でねー。とにかく人に余計な世話ばっかりやいてんのよ。これがホントの「ていおうせっかい」
よっ、出ましたね課長のゴルフギャク。久しぶりに聞いたなあ。
ねえ、課長。それならタイガー・ウッズは何て言うんですか?私あの人好き。目がクリクリしてて可愛いいんだもん。
タイガー君ね。彼の場合はタイガーってのがニックネームなんだ。元々はエルドリック・ウッズという。
へー、課長すごーい。
この小さなワインバーをやっている佳子さんはおじいさん医院の患者さんで、月に一度血圧の薬をもらいに来る。
「ねえ、ママさん。このしましまのお魚、名前なんていうの?」
「ああ、これはゼブラダニオ。ゼブラフィッシュともいうみたい」
「中途半端に大きくて怖いですね。なんか生々しい。わたしはやっぱりグッピーとかメダカがいいな」
女の子は水槽のゼブラフィッシュを見ている。課長は女の子を見ている。若造は酒が弱いのか頬を赤く染めてじっと天井の一点を見つめている。
若造はだいぶ酒が回っているようで、首筋がまだらに赤い。
「おう、山田。おまえ休みの日はいつもなにしてるんだ?」
「寝てます。それか、まんが喫茶」
「なんだよそれ、さみしーなあ。悲惨ですらあるな。彼女いないのか?」
「いませんよ。そんなの」
さっきまで課長に調子よく合いの手を打っていた若造は急に機嫌が悪くなったようで、膨れっ面をしながら干したいちじくのかけらを口の中に放り込んだ。
「山ちゃん、だめよそれじゃ。若いのはスノーボードとかそういうのをやって女の子と知り合わなきゃ。何だよまんが喫茶って」
「でも、まんが喫茶ってちょっと興味あるな。山ちゃん今度連れてってよ」
「そんなもんかねー。最近の女の子の考えることはさっぱり分かんないね。山ちゃん、おまえはどうせ『けっこう仮面』とかそんなの読んでんだろ。あー情けない。書を捨てて街へ出ないといかんよ、君」
「なんすかその『けっこう仮面』て?」
山ちゃんは肘をぼりぼり掻きながら課長に聞き返した。山ちゃんは酔っ払うとアトピーが痒くなる。
まんが喫茶。
僕はまんが喫茶に行ったことがない。
話に聞くところによると、まんが喫茶というところは時間単位で僅かのお金を払うと、漫画を沢山読めてコーヒーやジュースもいくらでも飲めて、おまけにインターネットは使い放題という便利な場所らしい。
しかし、友達のフジオカくんはまんが喫茶で居眠りをしていてカバンを盗まれたというから、ちょっとは用心も必要な場所のようだ。
まんが喫茶に行ったら僕はどんなまんがを読むだろう。
僕はきっと、『マカロニほうれん荘』か『スラムダンク』か『嗚呼!花の応援団』を読む。『後ろの百太郎』は怖いから絶対に読まない。『課長島耕作』と『生徒諸君!』も読むかもしれない。飽きたら西原理恵子の『まあじゃんほうろうき』を読みたい。
「さとう先生、今日は一人で来て下さったのね。うれしいわ。おじいさん先生、昨日見えましたよ」
カウンターに座ってぼんやりと水槽を眺めながら漫画のことを考えていたら、突然佳子さんに話しかけられた。
「ひとみちゃん、こちら、さとう先生。私の新しい主治医なの」
カウンターの一番奥に座っている女の子は頬杖をつきながら、じっとバラの花瓶を見つめていた。
肩口まで伸びた髪が照明に照らされてつやつやと光っている。
彼女は顔を僕の方に向けて小さくぺこりと頭を下げると、すぐにまた花瓶のほうに視線を移した。
僕は薄切りのりんごを食べながら、やっぱり『湘南爆走族』も読みたいなあと考えていた。
3月13日(土)
合気道のお稽古のあとに『ホテルビーナス』を見に行ってきました。
お話は面白くないですが中谷美紀が良かった。
背中が綺麗です。
3月12日(金)
この前の日曜日に小さなグラスを買いました。
模様も何にもついていない厚手のロックグラス。
台形を逆さにしたようなシンプルなデザインのグラスです。
このグラスに氷を2コ入れて濃いめの水割りを作るととても美味しい。
厚手のグラスは口に当たる感触に温かさがあります。
薄いグラスも僕は好きです。お酒の細やかな味が際立ってくるような気がします。
3月11日(木)
帰省の後、極楽スキーツアーに参加させていただきました。
最後にスキーをしたのはたぶん大学5年生の頃だったと思うので8年ぶりのスキーです。
小学校や中学校の頃はよく友達4,5人で連れ立ってバスに乗り、スキーに行きました。
僕が住んでいた盛岡から安比高原までバスに揺られてスキー場へ向かいます。時間は確か1時間くらい。
いつものようにスキー場に向かうある日、早朝のバスの中でまなぶくんが朝ご飯のおにぎりを食べ始めました。まなぶくんが持ってきたおにぎりは、お母さんが炊きたてのご飯で握ってくれたもので、中にはすじこが入っています。丁寧に密封してあるアルミホイルをはがすと、何とおにぎりから湯気が立ち上ってくるではありませんか。
みんなでじっと彼を見つめていると、まなぶくんはちょっと面倒くさそうに、そして少しだけ誇らしげにおにぎりを食べ始めました。
この衝撃的な「湯気立ちすじこお握り」が、われわれ「雪国少年」の間でたちまち大ブームとなったことは言うまでもありません。
安比高原スキー場は今でこそ大きなリゾートスキー場になってしまいましたが、思い出してみると最初は第3セクターが経営する小さなスキー場でした。
その頃は、大きなスキーセンターやホテルなどはなくて、ゲレンデの手前のところに小さなプレハブの食堂があるだけでした。プレハブの上には「高原食堂」という白い看板が掛かっていました。
朝から友達同士でがんがん滑りつつ、「ジャンプ大会」「西森山のこぶ責め」「小回り対決」等の種目をこなします。お昼ごはんの時間が近づくと、山頂からゲレンデの一番下にある高原食堂まで「直滑降レース」をして山のふもとまで降りてきます。
食堂ではカップラーメンを売っており、かじかんだ手でおにぎりを食べながらカップラーメンをすすりました。肉まんもよく食べました。
カップラーメンは何故かカレーヌードルが圧倒的な一番人気を誇っていました。
僕はスキー場でカレーヌードルを食べると下痢をするという恐ろしい体質を当時有していたので、だいたいの場合しょうゆ味のカップヌードルを食べていました。
変な話ですみません。
さて、今回久しぶりにスキーに行って初めてカービングスキーというものを試しました。
スキーはレンタルで借りたのですが、思った以上に滑べりやすくて非常に快適でした。
話には聞いていたものの、スキー板のめざましい進歩に驚いてしまいました。まさに「技術は金で買え」でございます。
極楽スキーの関係各位の皆様方、この度は参加させていただきまして誠にありがとうございました。
最後になりましたが、全国の若年スキーヤー、スノーボーダーの皆さん。スキー場でのカレーヌードルは健康を害する恐れがあるので十分注意して下さい(そんなのは僕だけか)。
さあ、仕事仕事。
3月6日(土)
風邪を引いたり、論文の修正や追加実験をしたりで、すこし慌ただしい日々を過ごしていました。
そして論文を直し終えたこの週末に、所用のためこれまた慌ただしく故郷の盛岡に帰ってきました。
金曜日の夕方に盛岡に着いて用事を済ませた後、前の大学の医局の先輩である、I藤先生、O宅先生と、同級生のアボ君と一緒にご飯を食べに行きました。
ホヤのお刺し身がおいしかった。
2月29日 脊椎動物の愛
ゼブラフィッシュの水槽にゼラニウムの花びらを細かくちぎって入れた
ゼブラフィッシュはそれを美味しそうにぱくぱく食べるとちょっときどって「セックスが欲しい」と言った
おもしろかったので水槽にもう一枚花びらを入れた
ゼブラフィッシュはそれも食べ終えるとすぐに赤色に変った
体の縞模様は消えてしまった
クリスマスのポインセチアみたいに明るいが深くてつや消し化工をしたような赤色だった
ゼブラフィッシュの水槽に税理士を入れた
今が一年で一番忙しいんだからかんべんしてくださいよーといいながら税理士は喜んで水槽に入った
ゼブラフィッシュはそれをぺろりと平らげると愛が欲しいと言った
欲しいと言われてもあげられないので隣の水槽で飼っているめだかを入れた
ゼブラフィッシュはめだかの周りを3回まわってから恥しそうにうつむいた
色は変わらなかったが縞模様が2倍に増えた
ゼブラフィッシュの水槽にセントバーナードを入れた
セントバーナードはゼブラフィッシュを食べてしまった
セントバーナードはセックスがしたいとも愛が欲しいとも言わなかった
セントバーナードはしばらく泳いでから首に下げていたウイスキーの小瓶を旨そうに飲んだ
セントバーナードの中のゼブラフィッシュの中の税理士が国民年金の納付証明書はありますかと聞いたのでわかりませんと答えた
2月28日(土)
実験をしてから合気道のお稽古へ。
細胞に、ある遺伝子を上手く導入できなくてちょっと困っています。
お稽古の後は家の近くでパンとワインを買って、内田先生のお家で開かれた大学院の授業の宴会にお邪魔しました。
ワインは1本買うか2本買うか迷ってから結局2本買っていったのですが、全然足りなかったです。
楽しくて美味しい一夜でございました
2月26日(木)宝くじは買わない
研究室からの帰りにカーラジオをつけるとRCサクセションの曲がかかっていました。
400万円が当たってもー(当たってもー)
今より幸せになれるはずがなーいー
僕は『けむり』っていう曲が好きです。
2月17日
「あなたが見ているこの赤いバラは、私が見ている赤いバラとおなじ色なのかしら」
彼女はカウンターの上にある花瓶を見つめながらそう言った。
「人ってみんな背の高さも、目や鼻の形も違うでしょう。肌の感じだってそれぞれ違うじゃない。だったら、色の見え方だって人によって違うんじゃないかしら」
「それは面白いお話ですね。でも、私もあなたも網膜の錐体細胞が同じやり方で色を感知している以上、色の見え方の個人差というのはほとんど無いと思います」
「ふーん。でも、それをきちんと証明することなんてできないでしょう。だって、このバラが私にどんなふうに見えているかというのは、私にしか解らないんだから」
妙に納得してしまい、返す言葉が何も浮ばなかったので僕はただ黙っていた。医者なんて解らないことだらけなんですよ、と言いかけたが止めておいた。
この日の診療が全て終わった後、日が落ちかけた街並を少し歩いてみた。
つい先日までは夕方5時になるとあたりはすっかり暗くなっていたのに、今では6時になっても空に明るさが残っている。
バイクに乗る人は走り抜ける風の中に、いち早く冬の訪れや春の和らぎを感じ取るという話を聞いたことがある。きっとバイクに乗る人たちは、僕が今日感じるのよりもずっと早くに春を感じていたのだろうと思う。
暗くなりかけた街を散歩しながら、色々なことを考えていた。
大学を辞めることになったあの日、僕の胃の中のジャムパンは「大学を辞めた後に、僕がやることはもう決まっている」と言った。
気が付くとおじいさん医院で働きはじめてから2ヶ月以上の時間が経っていた。そして、相変わらず僕は自分が何処に向かっているのかさっぱり分からないでいる。
近ごろは、ひょっとしたらこのままおじいさん医院で働き続けることが僕の役目なのかもしれないと思うこともある。
大学を辞めてから最初のうちは、毎日ずっと、先のことばかりを考えていた。しかし、いくら考えても肩に力が入るばっかりでさっぱり名案なんて浮ばなかった。
今でも、大学で研究をしていたころのことをよく思い出す。
不思議なものだが、よく思い出すのは一緒に実験をしていた研究室の人たちではなくて、ロレックスの時計をしている化粧の濃い売店のおばちゃんとか、食堂でいつも文庫本を読みながら一人でご飯を食べている女の子とか、フェルトの生地で壁が覆われている動物棟のエレベーターの中だったりする。
そういえば、マリちゃんとはずいぶん長く連絡を取っていない。彼女と会うときは、いつも彼女の方が連絡をくれるのだが、もう一月近く電話もメールも来ない。
僕はマリちゃんのことが好きなんだと思うし、会いたいとも思うけれど、どうしても自分から連絡をする気にはなれなかった。良く分からないが、僕が彼女に何かを働きかけた瞬間に全てが壊れてしまいそうな気がした。
気が付くと周りはすっかり暗くなっていた。小さな交差点の向かい側に、小さな公園があった。
何となくフリオがいるような気がして、公園の中を覗いてみたけれど、そこには誰もいなかった。
なぜか急にブルゴーニュの赤ワインが飲みたくなって、僕はおじいさん先生に教えてもらった小さなワインバーへ行った。
僕はとりあえずできるだけ丁寧に患者さんを見たり、丁寧にお酒を飲んでみることにした。
マリちゃんのことはどう丁寧にしたらよいか良くわからない。この事に限っては、あんまり丁寧にしないほうが良いのかもしれない。
2月13日(金)
ミスチルに 説教されたか ないんだよ
というのはある雑誌で見かけた川柳ですが(うそ)、大学生の頃までと比べても、今はお説教を受ける機会というのがずいぶん減りました。
その分、「あの時のあの言葉はああいう意味だったのかなあ」等と考えることが増えたような気もしますし、あまりそんなことも考えずにぽやんと生きているような気もします。
中学生時代は、「真面目に掃除しろ」とか「昆虫のスケッチが雑だ」とか、いろんなことでよくお説教をされました。
だいたいは、「今ちゃんとしておかないと、大きくなってから大変だよ」というようなものでした。割と鋭い指摘が多かった様な気がするのは、後から振り返って考えているからなのでしょうか。
大学生の頃、僕はあまり真面目じゃないバスケットボール部員でした。
そして、バスケット部には顧問の佐藤先生というおじいさん先生がいらっしゃいました。
生理学の教授だった佐藤先生はアメリカ生活が長かったそうで、べっ甲のフレームの眼鏡と、蝶ネクタイが似合う素敵な先生でした。
冬になると、ベルベットでできた深い緑や燕脂色の蝶ネクタイが、光にあたってつやつやと輝いていました。
新入生歓迎会などの集まりがあると、佐藤先生は色々なお説教をしてくださいます。
集合時間に遅れる学生が多くて、会が始まるのが遅くなったりすると、「言葉ばかり丁寧で態度が悪い。君たちみたいなのを『慇懃無礼』というのだよ」なんて、クールに叱ってくださいました。
追いコンでは、先生直筆の色紙が卒業生全員に贈られるのですが、その色紙には「理論理屈で人は動かず」なんて書いてありました。
僕が医者になってからは、長期出張に行った先の病院の先生が、「愛の説教部屋」と称して、お酒を飲みに連れて行ってくれました。
それは要するに、「病院の職員と面倒な色恋沙汰をおこさないでね」ということでした。
何が言いたかったかというと、別に大したことじゃありません。
ミスターチルドレンは苦手だけど、スピッツは僕もけっこう好きです。わんわん
2月9日
「もっと素敵な知り合いを作る努力をしろだなんて、ずいぶん失礼なことをおっしゃいますね。わたし、あなたのような人とこそお友達にはなれないと思います。
それに私は、友達を「この人は一週間後の予定を空けておく価値のない人」なんていうふうにランク付けするような人間じゃありません。まあそれは、付きあいの深さというものは人によってありますけれど、みんなきちんと大切なお友達だと思っています。
だからこそ、一週間後のお誘いを受けると辛いんです。大切な友達に対して「やっぱり会うの嫌だなあ」と思う自分が嫌なんです。だから先の約束なんて、できるだけしたくないんです」
彼女は少し怒っているようだった。
「そういうところが『お子ちゃま』だって言ってるんですよ。
友達なんでしょう。あなたに時間があるなら約束すればいいじゃないですか。時間がないならやめればいい。
実際会う段になって、あなたの気分が変わるなんていうことは本当はどうでも良いことなんです。
嫌だと思っても、にっこり笑って会えばいいんですよ。それは偽善とかそういう事じゃないんだ。
『わたし、そんなうわべだけの友達なんて嫌だわ。わたしは会いたいときに会いたい人と会うの』
なんていうのは、ピカソのような芸術家か、桃井かおりみたいな自分の星雲を作り出している人にしか許されないんです。そこまでいくのは結構大変なことだと思います。
ふつうは、まずそういう「うわべ」をきちんとしないといけないと思うんですよ。人と仲良しになるためには順番が大切なんだ。
恋人同士も順番が大切なんです。二人は手を握りあうことから始めないといけない。
いきなりセックスしちゃだめなんです。
「私、そんなこと言ってるんじゃありません!」
「あ、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎました。
でもね、みんなストレスを避けるために、未来の約束をしたがらないけれど、僕、それは間違っていると思うんです。そうやってみんな逆にいらないストレスを増やしているんだ。
問題なのは、「先がどうなるか分かわからないから約束しない」ということです。
でもね、ほんとうに楽しく生きようと思ったら、思い切って飛び込んでいくしかないと思うんです。
確かに、いきなり無鉄砲にどこかへ飛び出すことなんてできないですよね。間違ったところに飛び込んでしまったら困るし。
しかし、だからこそ僕たちは、3日先の約束とか、そういうことで少しづつ未来にベットする練習をしないといけないんじゃないでしょうか」
僕はいつの間にか、自分自身に対して話しているようだった。
2月8日
仕事の帰りに本屋へ寄り、その後久しぶりに三宮のバーへ行った。
カウンターに腰掛けて、水割りを飲みながら棚の上に並んでいる本の背表紙をボーッと眺めていると、一人の女性がお店にやって来た。
白いシャツと茶色いVネックのセーターがよく似合う綺麗な人である。口紅の色や身に付けているイヤリングもセンスが良い。歳は25くらい。
眉毛の形はよく覚えていない。これは、眉毛が彼女の容姿によく馴染んでいる証拠で、眉毛もまた上品だったということだ。
一人でお店に来た様子で、最初は別々に飲んでいたのだが、途中からマスターをまじえて何となく話をするようになった。
仕事の内容を聞かれたので、須磨の小さな診療所に勤めていると話すと、彼女は最近あまり眠られなくて困っていると言った。
あまり眠られない状態が続くのなら一度病院に行ったほうが良い、と極く当たり前の返事をした後で、何故か僕は、他にどこか調子が悪いところはないのかと聞いた。
考えてみるとそんなことを聞く必要は全く無かったのだが、綺麗な女性と話していることでちょっと気取っていたらしく、僕はいつの間にか「外来診察モード」になっていたようだ。
「別に体の調子が悪いわけではないのですが。あの、私、人と約束するのが苦手なんです。
例えば友達に、「1週間後にご飯を食べに行こう」と誘われるとしますよね。私それが嫌なんです。だって、1週間後にその人と会いたいかどうかなんて分からないじゃないですか。約束がたとえ3日後だとしても、その時に自分の気分がどうなっているかなんて分かりません。約束の日になって「やっぱり行きたくない」と思うんじゃないかと想像すると、どうすればよいか分からなくなってしまうんです。
だから、私が友達を食事や映画に誘うのは、いつも突然なんです。そういうときに相手から、「今日はダメだけど、3日後だったらいいよ」なんて言われると困ってしまうんです。私ってわがままでしょうか?」
「わがままって言うより、お子ちゃまですね」
僕は水割りをひと口飲んでから答えた。
「あなたのお話には3つの問題が含まれている。まず一つは、3日後や一週間後に進んで予定を入れたくなるような友達や恋人がいないということです。立ち入った話で失礼。もし、そういう人が別にいるというのなら、まあこれは良いでしょう。確かに、「一週間後の約束をするのがためらわれる程度の付き合いの友人」が存在するというのは想像できなくもありません。
しかし、お話を聞いていると何となくあなたは、お知り合いの全ての人に対してこういう感情を持って接しているというような印象を僕は受けました。だからあえて言いますが、あなたはもっと積極的に会いたくなるような、素敵なお知り合いを増やす努力をするべきです。
二つ目はもっと大切なことです。それは、あなたが「思考停止」状態にあるということだ。
あなたは友達に「一週間後にご飯を食べに行こう」と誘われる。それが映画でも何でも構いません。その時あなたがすべきなのは、「一週間後の気分なんて分からない」と開き直ることではなくて、その誘いを受けた瞬間に全ての感覚を研ぎ澄ませて、一週間後の自分がどういう状態なのかを想像することだ。
私たちの目の前に起こることは全て前代未聞の事だ。僕はこのことをある大学の聴講ゼミで学びました。あなたは「そんなこと分かっている」というかもしれない。しかし、あなたの行動は前代未聞の出来事に対応できるものではないんです。
私たちがすべきなのは、私たちのあらゆる感覚を研ぎ澄ませて、想像力を働かせて、前代未聞の状況を乗り切っていくことなんだ。一週間後の映画の約束に行きたいかどうかもわからない人に、「私、この人と結婚して幸せになれるのかしら?」なんて問題の答えが分かるわけないでしょう。いや、度々立ち入った話でごめんなさい。
そして最後の三つ目は、約束した後のことです。あなたはあまりにも潔癖過ぎる。
いくら感覚を研ぎ澄ませたって、そりゃあ間違うことだってあります。人間だからしかたありません。そして、もちろん一度した約束は守られるべきです。
でも、あなたは約束を守るという倫理観を持つのと同時に、約束を反古にするタフさを持つべきだ。あるいは、クールな嘘をつく想像力を持ったほうがいい。
どうしても気乗りしない食事の約束を無いものにするために、「家のベンジャミンの鉢植えが緊急オペを受けることになったので、今日は無理だ」とか、「家の近所の小さなホールに、マイケル・ジャクソンが『ビートイット』をこっそり1曲だけ歌いに来るらしい。お猿のバブルスも一緒に来るそうなんだ。」なんていう、言い訳のストックを持っておけばいいんです。
それ程難しいことではありません。要するに訓練が大切なんです。
だからどうでしょう。訓練のために三か月後の今日、僕とおいしいご飯を食べに行きませんか?」
「いえ。遠慮しておきます」
上品な彼女は即座に答えた。とても物覚えの良い人だった。
「すばらしい。それでいいんです」
喋りすぎてのどが乾いた僕は、残っていたウイスキーを飲み干してから、もう一杯お替りを頼んだ。
きっと、僕はとてもがっかりしているように見えたと思う。実際にとてもがっかりしていた。
2月6日
部屋に戻って缶ビールを飲みながら新聞を読んでいると、久しぶりにジャムパンの声が聞こえてきた。
「なかなか旨いお寿司屋さんだったね」
「ずいぶん久しぶりじゃないか。どっかへ行っちゃたのかと思ってたよ」
「これでも色々と忙しいんだよ。なかなか落ち着く暇が無い。でも、君の胃の中は結構住み心地が良いね。ピロリ菌もいないし。さとう君、最近はまじめに仕事に励んでいるみたいじゃないか。大変けっこう。どうだい、そろそろ何か良い考えは浮んだ?」
「全く無いわけでもないけど、もうちょっと時間がかかりそうなんだ。具体的にどうすればいいのかよく分かんない」
「どんなことを考えたの?」
「うん。外来をやっているとね、結構来るんだよ。何となく気持ちが塞ぎこんでいる人がさ。顔を見れば直ぐに分かるんだ。みんなマイナーコードの顔つきをしているから。
そういう患者さん達を診察していると、僕はいつも無力感を感じる。「ああ、この人たちには何にもしてあげられないな」って思うんだ。確かに、少しの時間だけど話を聞いたり、気持ちを和らげるお薬を処方することはできるけれど、それは全く根本的な解決にはならない。
もちろん、僕が診察室でそういう人たちの話を聞くことが、全く無意味だとは思わないし、少しでも役に立てるなら嬉しいよ。でも、残念だけど、そういうことっていうのは、最終的には自分自身で乗り越えなければならないことだと思うんだ。とっても当たり前のことなんだけどさ。でも、この当たり前のことがいつの間にか当たり前じゃ無くなってるんだ。
解決の糸口っていうのは、それ程難しいものでは無いと思うんだよ。その辺にたくさん転がっているはずだ。
例えばね、「心斎橋のバーには、切ない水割りというものが存在する」という事実がある。
僕がそのことを知ることができたのは、もちろん、ある人が教えてくれたからだ。でもね、そのごく普通のカティーサークの水割りをちゃんと「切ない」と感じることができること、そして、その切ない水割りが時として人を救うという事実は、僕自身が気付くしかないことなんだ。
おじいさん先生が好きな「曇り空」も、きっとこういう何かなんだ。結局こういうことしかないんだよ。人まかせの「癒しの時代」なんていうものは、最初から無いんだ。あほらしい」
「なんだい、今日はずいぶんと調子がいいじゃないか。そろそろ行こうよ、ジャック・ダニエルズ」
「そうくると思ってたよ。でもたまには我慢しておこう。今日はめずらしく「よっぱらっている」という自覚があるんだ」
残ったビールを飲み干して、歯を磨いて寝た。
2月2日
その日の診療がすべて終わった後、おじいさん先生に誘われて食事に行った。
おじいさん先生が連れて行ってくれたのは、診療所からタクシーに乗って10分ほどのところにある小さなお寿司屋さんで、白木のカウンターが綺麗な、感じの良いお店だった。
カウンターに並んで腰掛けて、赤貝と分葱のぬた、なまこ、それときすのお刺し身をもらい、お酒を飲んだ。
まだ早い時間だったので、客はおじいさん先生と僕の二人だけだ。
二人でゆっくり盃を空けながら、ぽつりぽつりと話をした。
おじいさん先生は4年前に奥さんに先立たれてから一人暮らしをしているそうで、このお店は顔なじみのようだった。
「さとう先生は、今おいくつですか」
「32です」
「そうですか。今はどんな感じですか」
「はい。とても恥しいんですが、僕はこの歳になるまで、これまでの時間を何かの「準備期間」みたいに思って生きてきたような気がするんです。大学を辞めてそれが何となくわかりました。だからどうということもないんですが」
「そうですか」
おじいさん先生は美味しそうにお酒を飲んだ。
「先生は、青い空と曇った空とどっちが好きですか」
「ぼくはやっぱり青い空が好きです」
「そうですか。私は、あなたくらいの頃から、いや、もう少し若い頃から曇った空の方が好きでした。今は両方好きですが、どちらかといえば、やはり曇った空の方が好きです。
真っ青な空は、確かに気持ちが良いのですが、じっと見上げていると、なんだか吸い込まれて自分が消えて無くなってしまいそうな気がしたものです。それに、冬の晴れた朝というのは肌を刺すように寒くって、一番風呂みたいにちょっと刺激があるでしょう」
「はあ、一番風呂ですか」
「うん、一番風呂」
「でも、確かに空が曇った日というのは、自分の中にある何かがじっくりと燻されるような心地よさを感じる時があります。僕はそういうときはアイルランドのU2っていうバンドの音楽を聴きます」
「そうですか。アイルランドですか」
しばらくお酒を飲んでから寿司をつまみ、お店を出た。
おじいさん先生は、タクシーで僕を駅まで送ってくれた後、診療所の裏手にあるお家まで戻っていった。
帰りの電車に乗っている間、おじいさん先生が僕と同じ歳の頃のことを想像していた。
「青空が一番風呂」だなんて相当変っているけれど、たまにはそんな医者がいてもいいかもしれない。
芦屋の駅について、U2の曲を鼻歌で歌いながら家に帰った。
その夜、久しぶりにジャムパンの声を聞いた。
2月2日(月)
抄読会の発表をしました。
抄読会とは、最近雑誌に発表になった論文の中から興味深いものを選び、研究室の先生達の前で内容を紹介するものです。
僕は今回、『ネイチャー・メディシン』という雑誌の1月号に載っていた、ヒトとマウスの胚性幹細胞(ES細胞)に関する論文を紹介しました。
ES細胞は、ヒトやマウスの体を構成する全ての細胞に分化できる、「分化多能性」を持っているのと同時に、その分化多能性を保持したまま自己複製する能力を持っています。
今回の論文は、この「自己複製」のメカニズムに関する内容のものだったのですが、この中で、ごく最近世に発表された”Nanog” という遺伝子が取り上げられていました。
この”Nanog”という遺伝子は、ES細胞が分化多能性を持ったまま(すなわち若さを保ったまま)増殖するのにとても大事な働きをしている遺伝子で、日本の先生が発見したものです。
この”Nanog” という名前は、ケルト語の「常若の国」を意味する”Tir Na Nog”にちなんで命名したのだそうです。
「常若の国」が良いかどうかは別の問題として、ちょっと粋な名前の付け方ですよね。
1月30日(金)
本格的な冬将軍の到来である。
というのは嘘で、数日前に比べると少し寒さが和らいできた気がします。
「本格的な冬将軍の到来である」って、言葉は冬にしか使えない言葉なので、今のうちに言ってみたかったのです。
NHKのニュースを見ていたら、樺太の方から流れ込んでくる-40℃の寒気を冬将軍に喩えて天気概況を説明していました。
将軍様は樺太からだけではなくて、どうやら中国大陸の方からも日本に攻め込んでくるらしいです。
少しずつ風邪も流行りだしてきているようです。
研究室の秘書さんが、風邪で3日程お休みしていました。高熱が続いていたみたいですし、インフルエンザだったのかもしれません。
僕がインフルエンザの予防接種をした人だったので、何となく責任を感じてしまいます。
注射するときに、「風邪引くなー」という念じ方が足りなかったかなあ、と思ったりします。
世界中の皆さま、どうぞ風邪にはお気をつけください。
1月29日 餅は餅屋
俊也くんのお母さんが帰ると直ぐに、よしおが事務所に入ってきた。
「おばさん、こんちわ。あー腹減った。この羊羹食べていい?」
「ああ、よっちゃん。いらっしゃい。お客さんに出した残りだけど、良かったらどうぞ。ちょうど良いところに来てくれたよ。いまお茶をいれましょう」
初江おばさんは、熱いお煎茶を出しながら、よしおに今帰ったばかりの依頼人の話を
した。
「中学生の息子の尾行を頼むなんて、ずいぶんと変ったお母さんだね。しかも理由は
エッチな本だろ。頭おかしいよ、絶対」
よしおは、とらやの黒砂糖羊羹「おもかげ」を噛りながら言った。
彼は2浪目の予備校生で、この探偵事務所をやっている島津の甥である。探偵の仕事に興味があるらしく、この事務所にちょくちょく遊びに来るのだった。
「やっぱり、こういうことは男の子に聞くのが一番だと思ってね。あんたに相談しようと思っていたんだよ」
「ふむ。まずあれだな。その俊也って子が持っているエッチな本が、どんなやつなのか、お母ちゃんに聞かないといけないな。尾行するにしても、ある程度は本を手に入れている場所を想定しておかないといけないからね」
「そんなの大概は、塾と家の間にある本屋かコンビニ辺りじゃないのかい?」
「これだから素人は困っちゃうよ。おばさん、エッチな本て一口で言ったってね、それはもう種類がたくさんあるんだ。洋の東西だってあるし、場合によってはヘテロセクシュアルではないケースを扱っているものもある。
案外、お母さんがここへ相談に来たのも、もしかしたら俊也君の持っている雑誌が、お母さんの想像の範疇を超えたものだったからかもしれないじゃない。本の種類によっては、入手先を特定出来る場合もあるんだよ。」
「はあー、そんなもんかねえ」
「うん。そんなもんだ」
よしおは満足そうにお茶をすすった。
「今日、カレーだけど食べてくかい?」
「え、ほんと。でも、その前に羊羹もう1個たべたいな。浪人生は頭を使うから腹が減るんだよね」
初江おばさんは、夕ご飯の準備にもどる前に、早速、先程帰ったばかりの依頼人に電話をして、俊也君の顔写真と一緒に、彼が持っているエッチな本の名前、できれば本の表紙を写した写真を郵送するように頼んだ。
マリちゃんの言うとおり、本当に前置きばっかり長いゲームである。
1月26日 おなら占い
大学を辞めた日からずっと考えてみたのだが、次に何をすればよいのかなんて、全く見当もつかなかった。あの日以来ジャムパンの声も聞こえてこない。
パン屋さんにフリオが居るかどうかなんて、確認するだけ無駄だと思う。
あれからちょうど一週間経った日に、須磨にある小さな医院を訪ねた。
そこはおじいさん先生が一人でやっている診療所で、大学を出る間際に山田先生が「気が向いたらいってごらん」と言って、教えてくれた。
僕はひと月程前から、毎日ここに来て外来診療を手伝っている。
朝、須磨に向かう電車の中で色々な空想をする。今日は、おじいさんの診療所の2階で、「おなら占い」の店を始めることを考えていた。
恋愛や仕事のことで相談にくる人達を占い部屋に招き入れ、まずはおならに関する問診を丁寧に取る(おならの音の大きさ、高さ、においなど)。
次に、相談内容をじっくりと聞く。
あらかじめ用意してある、「おなら運命表」に従って、適当にアドバイスをする。
占いの館を始めるに当たって新聞広告も出す。
〜おならで運命鑑定します〜
須磨ですが おなら占お ガスでます?
おじいさん医院2F
078−***―****
けっこう人気が出そうな気もする。
おじいさん医院で働くようになってから、久しぶりにマリちゃんと会った。
その時に、この前僕の家で会った後に起こったことの全て話した。
あの朝、パン屋でフリオに会ったこと。ジャムパンが僕の体に住み着いたこと。何だかよく分からないうちに大学を辞めてしまったこと。今は須磨のおじいさん医院で働いていること。そして、本当はフリオやジャムパンなんてどこにも居ないんじゃないかと思っていることなど、僕が思っていることの全てを話した。
マリちゃんは僕の話を聞き終えると、また「ねえ、じゃんけんしよう」と言った。
じゃんけんを3回して、やっぱり3回とも負けた。
マリちゃんは、にっこり微笑んで「まだまだね」と言うと、僕をしっかり抱き締めてくれた。僕はマリちゃんがこんなに力持ちだとは知らなかった。
僕は今でも一人でジャックダニエルズを飲むときは、ときどきジャムパンに話しかけることにしている。
しかし、その後返事が来たことは一度もない。
1月22日
その日の午後、本当に大学を辞めることになった。
正確に言うと僕は大学院生なので退学ということになる。
僕が所属している医局の関連病院に勤めている先生が、急病のために長期休暇を取ることになり、医局から誰かがその病院に行かなければならないことになった。
「悪いけど、大学院を休学して長期出張に出てくれないか」
医局長の山田先生は申し訳なさそうに言った。
誰かが行かなければならないことだし、仕方がないので「はい、わかりました」と言おうとした瞬間、僕の胃に激痛が走った。
激しい胃の痛みは、僕が山田先生に「今までお世話になりました。ちょっと事情がありまして、今日限りで辞めさせていただきます」というまで収まらなかった。すべてはジャムパンの仕業だった。
山田先生にちょっとは引き留めてもらえるかと思っていたら、僕はあっさり大学を辞めることになってしまった。
後片付けはその日のうちにすべて済ませた。
実験ノートや資料は、僕の実験を引き継いでくれることになった杉原君に全部渡した。
杉原君は、ひげが濃くて顎が二つに割れているので、みんなに「トラボルタ」と呼ばれている。
トラボルタと一緒に動物棟に行って、飼育中のマウスを全て彼に引き継いだ。
動物棟の事務室の前を通りかかったけれど、そこにマリちゃんの姿は見えなかった。
「突然のことで驚きました。佐藤先生、これからどうするんですか」
トラボルタは二つに割れた顎を動かしながらそう言った。
「自分でも本当によくわからないんだよね。困ったことに」
後片付けを終えた後、ノートパソコンと、実験でいつも使っていたキッチンタイマーだけをリュックに入れて大学を出た。
帰り道を歩きながら、僕はすれ違う人たちの眉毛を観察していた。ポスター広告に出ている人たちの眉毛も丁寧に見た。
マリちゃんと会ってから、僕は人の眉毛をくわしく見るようになっていた。鏡に写る自分の眉毛も頻繁に観察している。
僕の眉毛は、太さと濃さは中くらいで、両方とも外側3分の1が少し薄くなっている。眉毛の間はうっすらと繋がっている。
化粧品の広告に出ているきれいな女性の眉毛は、大抵が整いすぎていてあまり親しみが持てなかった。顔は笑っているのに、眉毛だけがどこか人工的なのである。そう思ってからもう一度顔全体をみると、何だか笑顔まで作り物のように見えてくる気がした。
坂口憲二は太くて野性的な眉毛をしていた。
眉毛観察を終えて家に着いたのは、午後5時を少し過ぎた頃だった。
フリオの言った通り、今日は本当に色々なことがあった。
まだ早い時間だったけれど、あれこれ考えるのもおっくうだったのでビールでも飲むことにした。
先に不安があるとはいえ、平日の午後5時に家でビールを飲みながらのんびりできるというのは、なかなか幸せなものである。夏休みみたいだ。
ドアーズのライブアルバムを聞きながら、プチトマトをかじってビールを1本飲んだ。
グラスに氷を入れてウイスキーを注ぎ、最初のひとくちを口に含んだとき、ジャムパンの声が聞こえ始めた。
「くーっ、旨いねー。胃袋に沁みるってのはこのことだね。これは何て言うお酒?」
「ジャック・ダニエルズっていうお酒だよ。美味しいよね。なあジャムパン君、それにしてもひどいじゃないか。あんな風に大学を辞めさせるなんてさあ。あれじゃあクビになったっていうより、勝手に自分で辞めたんじゃないか。僕は、医局にはずいぶんとお世話になったんだぜ。義理を欠いちゃったよ」
「こうなることはもう最初から決まっていたことだって、朝言っただろ。僕は君が間違った方向に行きそうになるのを修正してあげたんだよ。むしろお礼を言って欲しいくらいだね。ねえ、それよりもう一口飲もうよ。ジャック・ダニエルズ」
今度は少し多めにウイスキーを口に含んだ。
「わかりましたよ。それでさあ、一体僕はこれからどうすればいいの?」
「これから君がどうするのかって?そんなこと僕に聞くなよ。それは君自身がよく考えて決めることだ。確かにこれから君がどうなるかっていうことは、僕は知っているよ。でも、悪いけどそれを君に教えてあげることはできないんだ。
だいじょうぶ。心配はいらないよ。肩の力を抜いて、よく周りを観察して、自然に流れに乗っていけばいいんだ。眉毛観察みたいにすればいいよ。君の眉毛観察は、けっこういい線いってると思うよ」
「ジャムパン君。君は本当に何でも知っているんだね」
それ以上はもう話をする気になれなかったので、僕は黙っていた。
それからしばらくして腹が減ってきたので、家の近くにある小さな韓国料理屋さんに行った。
すでに酔いが回っていたし、家にあるものを何か食べてご飯を済まそうかとも思ったけれど、誰か人に会っておいたほうがいいような気がしたので、外で食べることにしたのだ。
辛いクッパを食べながら考えたのだが、マリちゃんには大学を辞めたことはとりあえず黙っていることにした。
話を聞いてもらいたい気持ちはもちろんあったのだけれど、彼女に会うと、何となく僕はジャムパンのいう「自然な流れ」というものに乗れないような気がした。
人と話すことは必要だが、今は韓国料理屋のおばちゃんと「こんちは」と挨拶するくらいが丁度よいのだと思う。
1月18日
安穏とした日々はそう長くは続かなかった。
その日は、いつもと同じように朝7時30分に家を出て、大学へ向かった。
途中で、商店街の端にある、いつものパン屋によって朝ご飯を買った。だいたい僕は、タマゴとツナがたっぷり挟んであるサンドイッチ(200円)と、くるみパン(80円)を買うことが多い。
トレイの上にサンドイッチを乗せて、店の中を歩いていると、1コのジャムパンが目に留まった。それはごく普通のジャムパンのように見えた。
最初は通り過ぎたのだが、どういう訳かそのジャムパンに呼ばれているような気がしたので、僕はジャムパンをトレイに取り、サンドイッチを陳列棚に戻して、レジに向かった。他にはブルーベリーのスコーンと、いつものくるみパンを取った。
「おはよう。ジャムパンか、めずらしいね。今日はサンドイッチ買わなくていいのかい」
レジを打っていたのはいつもの女の子ではなくて、フリオだった。
「なんで、僕がいつもここでサンドイッチを買うことを知ってるの?」
「まあいいじゃないか、色々と事情があるんだ。ちょっと歩こう」
フリオはエプロンをはずして僕と一緒に店を出た。しばらく二人で大学までの道を歩いた。
無言のまま300メートルほど歩き、交差点にさしかかったところで、急にフリオが僕に向かって大きい声で叫んだ。
「そもさん!」
「せっぱ!」
一休さんで育った僕は反射的に答えていた。
「木のくせに花粉症で困ってる木はなーんだ?」
「はなみずき」
「男が、みんな高い声で上手に歌をうたう国があります。しかもみーんなゲイです。それはどこにある国でしょう?」
「メラネシア」
「よし、合格」
フリオは偉そうに言った。
「さとう君、君は合格なので良いことを教えてあげよう。今日は、君がびっくりするようなことがたくさん起きるかもしれない。けれど慌てないように。」
「びっくりすることって、なにさ。気になるよ。」
「まあ、心配することはないよ。君にとっては驚きかもしれないけれど、見方によっては、それほど大したことでもないんだ。じゃあ僕はそろそろ仕事に戻るよ。忙しいんだ。また相撲でも取ろう。アディオス、アミーゴ」
フリオはこれだけ話すとくるりと振り返り、来た道をゆっくりと帰って行った。彼の後ろ姿はぜんぜん忙しそうには見えなかった。
なんだか釈然としない気持ちで、大学までの残りの道を歩いた。周りの風景や、道行く人の様子は、いつもと何も変わりがなかった。寒いけれど、空は晴れていて気持ちのいい朝だった。
大学の研究室につくと、まだ誰も来ていなかった。
培養室に入り、顕微鏡で培養中の細胞の様子を確認してから、培養液を新しいものに交換した。
その後、不思議なことが起こった。
それは、朝ご飯でも食べながらメールを確認しようと思い、インスタントコーヒーを入れてパソコンの前に座ったときだった。
どこからか、がさがさと音がする。
周りを見回すと、音の出どころは僕のリュックの中のようだ。リュックを開けて中を調べてみると、動いているのは、今朝買ったばかりのジャムパンだった。
どう考えても信じられなかったが、確かにジャムパンがぶるぶると震えていた。
エアコンの風でも当たって動いているのかと思い、リュックから外に出して、机の上に置いてみたが、やっぱりジャムパンは震えていた。その様子は何だか怒っているようにも見えた(後からわかったのだが、実際にジャムパンは怒っていた)。
怖かったのでゴミ箱に捨てようかとも思ったが、考え直してパンを二つに割ってみた。
てっきり、中に入っているのはイチゴジャムかと思っていたら、中身はオレンジマーマレードだった。厚く切ったオレンジがたっぷり入っている美味しそうなマーマレード。
本当に迷ったのだが、ふっくらと焼き上がったパンと中身のマーマレードがあまりにおいしそうだったので、僕は思いきって少しだけそれを食べてみることにした。
おそるおそる口にいれると、焼きたてのパンの香りと、しっかりと歯ごたえがある甘いオレンジの味が口いっぱいに拡がった。
おいしい。びっくりするくらい美味しい。これがフリオが言っていた、一つ目の驚きか、いや、パンが震えているのを見たのが一つ目だから、二つ目の驚きか、などと考えていると、どこからか微かな声が聞こえてきた。
「おい、おい、こっちだよ。聞こえるか?」
最初はよく分からなかったのだが、耳を澄ませてみると、それは僕の胃の中に収まったジャムパンが、話しているようだった。
「うん、聞こえるよ。君、だれ?」
「だれって、おまえアホか。ジャムパンに決まってるだろう。本当におまえさんの鈍さには呆れちまうよ。だいたい俺があのパン屋で、おまえを何日待ったと思っているんだ。毎日、たまごのサンドイッチばっかり買いやがって。危うく今日に間に合わないところだったんだぞ」
「あ、そう。ごめんなさい。でも、君おいしいね」
「俺が美味いのは当たり前なんだよ。本当に呑気な奴だなあ。今の君はね、鼻の下伸ばして女の子に『ご飯作ってあげるよ。待てるかい?うふふ』なんて言っている場合じゃないんだよ。本当に全然わかってないんだから。」
彼はせっかちで怒りっぽいジャムパンらしく、彼が興奮すると僕の胃がむずむずして、熱くなってくるのが分かった。
「じゃあそろそろ、大事な話をするよ。単刀直入に言おう。今日、君は大学をクビになる。理由はどうでもいいんだ。おまえさんは驚くかもしれないが、クビになること自体は大した問題ではない。大切なのはその後のことなのだ」
「信じがたい話だけど、自分の腹の中から話されると、変な説得力があるから困っちゃうなあ」
僕はインスタントコーヒーを飲みながら答えた。
「わっ!ばかっ。コーヒー飲みやがったな。ひえーっ!流されるうぅー・・・。あのね、さとう君、最初に言うのを忘れていたんだけどね、君の体にちゃんと俺が定着するまでに、あと1時間くらいかかるんだ。悪いけど、その間は何にも口にしないでくれたまえ」
「残ったパンもだめなの?」
「いや、それは構わない。ちゃんと残さずに食べるように。えーっと、どこまで話したかな。うん、そうそう。君は今日クビになるんだ。そして、これから君がどうするかっていうことも、実はもうちゃんと決まっているんだ。
しかし、君は鈍くさいから一回に全部話すと、うまく全てのことをのみ込めないだろうと思う。だから、とりあえず今話すのはここまでにしておこう。いずれまた話をするから、まずは後かたづけに集中しなさい。じゃあ、またね。くれぐれもあと1時間、パン以外のものは口にするんじゃないよ」
そこまで話すと、胃の中のジャムパンは黙り込んでしまった。
なにがなんだかよく分からないので、とりあえずコーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせようかと思ったが、飲むなと言われていたのを思い出して、無意識のうちに口に含んでいたコーヒーを慌てて吐き捨てた。
それにしても、マリちゃんが来た日の僕は、そんなに鼻の下が伸びていたのだろうか。
1月16日
土曜日の夕方、マリちゃんが突然家に遊びに来た。
彼女は、初めて入った僕の部屋をひと通り見渡した後、「わるいけど、お腹が減ってるの。なんか食べさせてくれない」と言って、ソファーに腰掛けた。疲れているのか、ちょっと乱暴な座り方だった。
「何か作ろうかと思って、ちょうど買い物に行くところだったんだ。買い物に行ってそれからご飯を作ることになるけど、待てる?」
彼女は待つということだったので、僕は近くのスーパーまで買い物に行き、ほうれん草、アスパラガス、スモークサーモン、それと牡蛎を買って来た。牡蛎は生食用と調理用を売っていたが、生食用を買った。
僕は料理がほとんどできない。人に食べさせられるような美味しいものなど作れるはずがなかった。けれどそんなことは僕の知ったことではない。「なにか食べたい」と言ったのは、マリちゃんの方なのだ。
家に戻ると、彼女はテレビの前に座ってテレビゲームをしていた。
僕はテレビゲームは持っていないのだが、先日イシイ博士が、新作ゲームの『おばさん的尾行』を、ゲーム機ごと貸してくれたのだ。
「なんなの、このゲーム。文章ばっかり出てきて、さっぱり中身が始まらないんだけど。これが本当に売れてるの?」
「何故かはよく知らないけど、そこそこ売れてるらしいよ」
文句を言いながらもマリちゃんは、テレビの前であぐらをかきながらゲームを続けている。
僕は台所で料理の本を見ながら、気が遠くなるほどの時間を掛けて、ほうれん草と牡蛎の中華風炒めと、アスパラガスとスモークサーモンのパスタを作った。
玉葱とワカメの入ったお味噌汁も作った。
明らかに料理とは不釣り合いだったが、どうしても食べたかったのだ。
パスタはオリーブオイルの混ぜ方が足りなくてぱさぱさしていたし、塩味も薄かったけれど、僕にしては良く出来た方だった。
ほうれん草と牡蛎の炒め物の方は、炒めすぎでほうれん草はくたくたになり、牡蛎も硬くなりかけていたけれど、これもまあ、食べられないことはなかった。
味噌汁の出来が一番良かった。
マリちゃんは余程お腹が空いていたのか、すごい勢いでパスタを食べている。滑りの悪いパスタをもぞもぞと頬張り、それをビールで流し込んでいく。
「おいしい。なかなかお上手ね」
きれいな眉毛をキュッと上げながら、彼女はそう言った。ちょっと皮肉混じりの言葉だったけれど、嫌な気はしなかった。
食事が終わり、彼女が食器を洗っている間に、僕はコーヒーを入れる。
コーヒーを飲みながら少し話をした後で、彼女は文庫本を2冊借りて帰っていった。
健全なデートだ。
マリちゃんとの関係は、今まで出会ったどの女の子とも違っている。
まず彼女がいる。僕はどこに行くにも何をするにも、彼女についていくだけだ。
彼女がピンボールの魔術師で、僕は銀色のピンボールみたいだ。
僕がどこに向かっているのかなんて当然分からない。分からないけれど、多分今はこれでいいのだ。
1月15日(木)
大阪府知事選挙
やっぱりお相撲関係の人たちは、男の人に知事になって欲しいのだろうか。それとも事情はもっと複雑なのだろうか。
1月13日(火)
晩ご飯を食べそびれてしまったので、研究室からの帰りに家の近くのコンビニに寄った。
僕はコンビニで晩ご飯を買うのがあまり好きじゃない。
別に、味に関して文句があるわけではなくて、買うものを選ぶのが面倒なのである。
コンビニで晩ご飯を買うというという状況はそれなりに非常事態というか、忙しくて食事ができなかった夜が多いので、大抵の場合とてもお腹が空いている。
疲れてお腹が空いているときに、ずらーっと並んだお弁当や、お総菜の中から食べたいものを選ぶというのは本当に骨が折れる(陳列棚におにぎりしか残っていなかったりすると、それはそれで寂しいのだが)。
面倒なので、幕の内弁当を1コ買ってさっさと帰ろうと思うのだけれど、お弁当の横にほうれん草の胡麻和えや里芋の煮物のようなお総菜が置いてあると、つい手が伸びそうになる。
さらに、その上の段に置いてある焼きビーフンなんかに目が行くと、事態は幕の内弁当という当初のプランを根底から覆しかねない状況になってくる。
たまにはハンバーグなんていうのも悪くないかなーと、『洋風弁当』を手に取ってみると、「1100キロカロリー」なんて書いてあって、それまでカロリーのことなんて全く気にしていなかったのに、それから急に気になりだしてきて、またまたお弁当選びは振り出しに戻ってしまう。
ああ本当に疲れる。訳もなくだんだん腹が立ってくる。
何の迷いもなく弁当とおにぎりを手にとって、すぐさまレジに向かう作業着のおっちゃんが、まぶしくそして恨めしい。
今日は結局、初志貫徹ということで、普通の幕の内弁当と、ほうれん草の白あえを買って帰りました。
ここのコンビニにビールを置いてくれるようになったのは、ささやかながら嬉しいニュースです。
1月12日(月)
朝ご飯を食べてから研究室へ。
朝日新聞の社説に、村上龍の『13歳のハローワーク』が取り上げられていた。
今月発売号の『ミーツ』も仕事特集だし、最近仕事について考えることが多い。
実験の合間に、土曜日に教えていただいた「くるくる回る入り身投げ」などをおさらいした。
「基本」&「ヴァリエーション」のダンスステップもやってみました。
1月10日(土)
お稽古始めと鏡開きに参加。
本日は諸手取りからのお稽古でした。呼吸投げをもう少し「びゅーん」とやりたいのですが、なかなか上手にできません。
12月の半ばから右腕の痺れと脱力があって困っていたのですが、三宅整骨院の三宅先生に治療していただき、すっかりよくなりました。
お稽古に来てわかったのですが、全身の歪みを取っていただいたら、左側で受け身をとりにくかったのも無くなっていました。
三宅先生ありがとうございました!
お稽古の後は、内田先生のお宅で開かれた鏡開きに伺う。
いやー、ディスコダンスというのは奥が深いものでございますね。
1月6日
きっちり30分後に電話のご婦人がやってきた。
年は40台半ばくらい。いかにも官僚かエリート銀行員の奥様という感じの、美しくて上品な女性だった。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
初江さんはお茶と、とらやの『おもかげ』を出しながら尋ねた。
「あの、実は中学校2年生の息子の事なんです」
「息子さんがどうかなさったのですか」
「大変申し上げにくいことなのですが、わたくし見つけちゃったんです」
「なにを?」
「本です。いやらしい本。コンビニで『18才未満立ち読みお断り』なんてかいてあるコーナーに置いてありそうな本なんです。もう、うちの俊也があんな本を読んでいるなんて今でも信じられません。いや、あの子は悪い友達に無理やり下品な本を押し付けられただけなんです。きっとそうに違いありません。とんでもない男の子が同じクラスにいるんです。ゆうすけ君て言うんです。困ったことに塾も一緒なんです」
「まあ奥様、どうかお茶でも飲んで気を落ち着けてください。私も二人の息子を育てましたので、お気持ちはとっても良く分かります。けれども、中学生の男の子が女の子に興味を持ち始めるのは普通のことでしょう。誰でも多かれ少なかれ、そういう傾向が出始めるお年ごろなのではないでしょうか。どういうお友達かは存じ上げませんが、根拠も無いのにそれをゆうすけ君という子の所為にするのはちょっとかわいそうな気がするのですが。それに探偵事務所に相談にいらっしゃるというのは、ちょっと大げさなのではないですか?」
「でも、困るんです。主人は弁護士をしておりまして、この界隈では割と有名なんです。万が一、うちの俊也がそのような下品な本を近所で買っているようなことがあれば、わたくし、恥しくて外を歩くことができません。そこでお願いなんです。俊也がどこであのような本を手に入れているのか調べて下さいませんでしょうか。どうしてもわたくし、自分であの子に聞くことができないんです。」
ご婦人はここまで話してやっと少しだけ落ち着いたようだった。
初江おばさんは、心底「こいつはアホか」と思ったが、二つの理由からこの仕事を引き受けることにした。
第一の理由はお金である。なにせ、ここ一か月ほどろくな仕事が入ってきていなかった。払いのよさそうな依頼人だし、危険が少ないことを考えると、これは願ってもない仕事である。
そしてもう一つの理由は、このご婦人に現実をきっちりと突き付けてやりたいという気持ちからくるものだった。初江おばさんは、子供部屋に置いてあった雑誌は、俊也が自分で買ったものだということが直感的に分かっていた。
「しかし奥様、恥なんていうものは、気が付かないうちに沢山かいているものじゃないでしょうか。それに第一、俊也君が本をどこから手に入れているかを知ったところでどうなさるおつもりですか」
「どうしたらいいかなんて、自分でもわかりません。今回のことは、実はまだ主人にも相談していないんです」
「そうですかわかりました。腑に落ちないところもありますが、お困りのようですし、お引き受け致しましょう。二週間もあれば、だいたいのことは分かると思います」
こうして初江おばさんは、14歳の中学生を尾行するはめになった。
その頃、所長の島津は駅前のパチンコ屋で『CR海物語』の「魚群リーチ」を3回連続で外したところだった。
1月6日(火)
11月に投稿した論文に対する回答が改めて送られてきて、Rejectだということだった。
年末に一度、2人のReviewerからのコメントが送られてきて、かなりの量の追加実験を要求された。追加実験は大変だが、落とされなかったことでホッとしていたら、年明けに3人目のReviewerのコメントが追加されるのと同時に、「やっぱりダメよ」というこということなのである。
変則的な回答の仕方に不可解な気持ちもないではないが、駄目なものは仕方がない。
僕自身としては、内容的にうまく詰められなかった部分もあったし、Rejectされたこと自体は、まあしょうがないかなあと思っている。
気を取り直して、次の雑誌に送ることにしました。
1月5日(月)
研究室のコンピューターの前で朝ご飯のツナサンドを食べていたら、大学院の同級生であるN先生がやってきた。
年末年始は全く顔を見かけなかったので、どこかへ旅行にでも行っていたのかと尋ねると、引越しをしていたらしい。
結婚するので、これまで住んでいたご両親のお家から出て、新しい生活を始めるのだそうである。
彼は僕より二つか三つ歳が上であり、確か今年で35歳になると言っていたから、決して早すぎる決断ではないですよね。
「さとう先生、僕も年貢を収めることにしました」なんて、定型的なセリフを照れくさそうに話されると、なんだかこちらまで嬉しくなってきてしまう。
N先生は、その辺にはちょっといないくらいの美男子であり、僕がトヨタカローラだとすると、彼はシボレーコルベットクラスの破壊力を持っている(何を破壊するかはよくわからないが)。
肌が健康的に浅黒くて、彫りの深い顔立ちの彼は、一見して抜け目ないプレイボーイに見られがちなのだが、実のところは相当な面倒くさがりで、自ら進んで女の子を口説いたりはしないタイプである。
若い頃はもっと盛んに活動していたのかもしれないが、少なくとも今はそんな風には見えない。
なにか諦観のようなものを感じながら生きているようにも見えるし、すこし物事を消極的に考えすぎるところもある。
付き合っているうちにだんだん分かってきたのだが、彼の悲観的なものの見方には、どうやら彼が「いい男」であるということが、大きく影響しているらしいのだ。
いかにももったいない話だが、こればっかりは本人の問題なのでどうしようもない。
彼くらいの美男子になると、どこに行くにも「あのカッコいい男の人」ということが付いて回り、彼自身の行動に対する評価よりも、いわれのない噂話が先んじてしまったり、根拠のない過大評価をされたあげくに、勝手にがっかりされたりするものらしい。
こういった、いい男であるが故の数多くの悲しい体験が、彼をペシミスティックな男にしてしまったようなのである。
「N先生は、いい男やからなあ」と言われたときの、否定するでも肯定するでもない、
彼独特の困ったような表情が僕は好きである。
昼ご飯を食べながら聞いた話によると、今は4月に控えた結婚式の準備で大変なのだそうだ。
ある親戚の人に、「簡素化した式や披露宴が流行っているが、できるだけ面倒なことは全部やっておいたほうが良いよ。」と、言われたそうである。
意味の深い、素敵なアドバイスだと思う。
N先生は、様々なややこしい問題を結婚する前からで二人で解決していくことで、二人の意思決定プロセスを洗練させていくためらしい、というようなことを言っていたけれど、どうもそういうことだけではないような気がする。
僕にも、こういう良いアドバイスをくれる親戚のおじさんがいたら、今ごろハッピーな結婚生活が続いていたかもしれない(なんちゃって)。
N先生、どうぞ末永くお幸せに。