2004年版

マスモト・サチコの”とほほ”五年生日記・2003

 

 

 

 

le 15 decembre

 

今日はいい日だ。

こう、何かが気持ち良く突き抜けた感じがする。

そんな日。

ゼミで、村上春樹作品についての発表を聞く。

発表を聞いている時点で、なんだかドキドキしてきたのだが、その後の先生のコメントを聞いていると、さらにドキドキしてきてついでに鳥肌が立った。

村上春樹のテーマは、葬儀だ、死者の弔いだって聞いたら、今まで自分が読んだ村上春樹作品が、だーーって頭の中を回った。

あ、ここにも死者が。ここにも葬儀が。って。

なんかもう、あーー!!って感じなんですけど、何て言うか、

そうだったのか!って自分の中で何かと何かがつながって、テンション上がるんですよね。

色で表すと虹の色で、他の例えだと、クリスマスの朝、目が覚めたら枕元にプレゼントが置いてあって、

「あ!サンタさんってホントにいるんだー!」って思う、

そんな感じです。

上手く表せないけど、すっごいうれしい感じ。

村上春樹の話が終わった後、先生が、オープンエンドとブレイクスルーのお話をしてくださったんですけど、先生、途中から何か来ましたよね?

たぶん、あのとき、みんなも先生のお話に引き込まれたと思うんですけど、

すごかったです。

本当に感動というか、心の真ん中に命中して何かが開けた感じのときってあるじゃないですか。

今日は、まさにそうだったんですけど、その感覚を言葉で表したいのに、「すごい。」ぐらいしか出てこないんですよ。

「何かすごい」って言われても、よくわかんないと思うんですけど、すごいんですよねー。

ブレイクスルーって気持ち良さそう。

一度あると何度もあるそうですが、きっと、すごい快感なんですよ。

ちょっとずれてるかもしれないけど、私はこう見えて、結構直感で行動する方なんです。

あ!って思いついて、いきなりそれを実行したり、何となく止めとくかぁって思って、突然予定を変更したり。

あと、買い物も、ふらふらしてて、これだ!って思うものに急に出会って、それを買うことが多いです。

だから、ときどき予算が足りなくてカードで支払い、親には事後報告だったりするんですけど。

 

それと似た感じで、授業のレポートを書くときに、何書こうかなぁって長いこと悩んだ末、一応テーマを決めてだらだら書き始めたら、途中で突然何かが見つかって今まで悩んでいたのが嘘みたいに、すらすら言葉が出てきて気づいたら3000字、ということがたまにあります。

そういうレポートは、自分でも好きなんですよね。

悩んだ末、どこにも行き着かなくて、最後までだらだらだったレポートは、本当に自分でもつまんないんですけど。

卒論書いてる途中に、何か来ないかなぁ。

いやぁ、それにしても、今日は久々に何かが開けました。

先生、ありがとうございました。

 

le 11 decembre

 

 

卒論、卒論って思いながら、机に向かって考え事をしていると、

そういえば・・・と思い出したことがひとつ。

 

それは、小学6年生のときのことでした。

別にやりたくもないのに、生まれたときから小学6年生までの出来事をつらつら書かなきゃいけなくって、なんか泣きそうになりながら膨大な量の文章を書いたような・・・。

 

うちの小学校では、6年間の締めくくりのような感じで『生いたちの記』というものを作成していたんです。

んー、6年間の締めくくりというか、12歳までの人生をまとめるんですね。

で、それを突然思い出したので引っ張り出してくると、なんと原稿用紙53枚も書いてるんですよー。

 

いやぁ、よくがんばったもんだ。

 

まぁ、中には写真や文集のコピーなんかも貼ってあるんですが、それでも、相当の量ですよねぇ。

卒論みたい。

てかもう、これはある意味卒論です。

 

『生いたちの記』とか言って、生まれたときのことから書きなさいと言われても、その辺覚えてないですから、小さいときのことは親に聞きながら書いていくんです。

母子手帳とか見せてもらいながら、生まれたときの身長・体重を書いたりね。

体重3020g、身長50cm、胸囲31cm、頭囲33.5cmだって。

頭でかい。

そういえば、生まれたときはへその緒が首に巻きついてて、泣きもせず、保育器直行だったんですよねぇ。

元気になってよかった。

いや、ほんと。

 

パラパラ読んでると、かなりめちゃくちゃな文章でした・・・。

最初の方は、まだましだけど、小学6年生の話とかめっちゃ短いし適当だー。

書きながら、私なりに必死で泣きそうだった記憶があるんですけど、丁度この頃受験が迫ってたんですよねぇ。

実際、受験が終わった直後は、入試問題が思っていたよりも簡単だったので拍子抜けしたんですが、受けるまではすっごい難しいものだと思い込んでいたので、小学校なんてどうでもいいぐらいの勢いだったんですよ。

だから、何でこの時期に『生いたちの記』書かなあかんのよーって思いながら書いたんでしょうねぇ。

ほんまに、最後に近づくにつれて、字が汚い。

ほぼ殴り書きです。

 

確か、50枚書かなきゃいけなかったんじゃないかなぁ。

で、枚数かせぐために、写真とかコピー貼って、何とか53枚になったんでしょうね。

写真でも絵でも、その辺は自由だった気がする。

 

貼ってある写真見て懐かしくなったんで、晩ご飯のあと両親と昔のこと話しながら『生いたちの記』に貼ってある写真見てたんです。

すると両親ともが、

「小さいときかわいいなぁ。どんどん不細工になっとんちゃう?わはははー。」

と。

まぁ、たしかに。

小学2年3年ぐらいが一番かわいかった・・・と自分でも写真を見てて思います。

なんか、今と違うーーーって。

 

てか、小学生までは何でもがんばってたなぁって思いますね。

習い事もいろいろやってたし。

『生いたちの記』を読む限りでは、とても優秀な小学生ですよ。

毎年のようにクラス長に選ばれてるし、習字は4年生で金賞をそれ以外の年では銀賞をとってるし、えんぴつ書きで2年生のときに全国コンクールで銀賞だし、詩も2回選ばれてるし、リレーの選手にも選ばれてるし、金管バンドに所属してないのになぜか『カルメン』のときだけトライアングルに採用されてるし・・・。

 

習字で金賞をとったときの写真も貼ってあるんですけど、「光」って文字で、あぁ今より断然上手いなぁって思ってたら、「今の文字よりも上手なのではないかなと思いました。」って6年生のときの私が書いてました。

4年生が頂点なのか・・・。

 

いやぁ、おもしろいですねぇ。『生いたちの記』。

でも、確か弟のときにはなかったんですよ。

2年しか変わらないのに。

書いてるときは嫌々でも、何年も経ってから見たらいいもんなのに残念な話だな。

そういや、弟は卒論もないらしいけど。

 

卒論を書いてる時点では、「ぬぁーー、書けん・・・。」ってなってても、何とかかんとか書き上げて、後々読んだら『生いたちの記』みたいにいいものかもしれないですねぇ。

うん。書くか。 

 

 

le 9 decembre

 

さみー。

あっという間に12月も9日ですね。

 

先月の終わり2週間は、バタバタしたなぁ。

一緒に暮らしてるおばあちゃんの体調があまり思わしくなかったり、それとは関係なく弟が1日だけ帰ってきたり、チロというのはうちの犬ですが、そのチロが逃げ出したり・・・。

なんだよ、みんな急にさぁ。

 

おばあちゃんは、2日間だけ入院して、いろいろ検査しましたが、とくに異常はありませんでした。飲む薬が増えましたけど。

弟は、よくしゃべり、よく食べ、よく寝て帰っていきました。

チロは、私が化粧もせずにいつもの散歩コースで探している途中、一筋北側の郵便局の前にいるのを偶然にも発見し、ダッシュで追いかけ捕獲・・・。

 

そうこうしている内に、月末限定のバイトが26日から始まって、今回は12月3日の午前中までかかりました。

伯母が勤めている某運送会社で事務をやってるわけですけど、私が任されてるのは、某ベビー服会社への請求額をはじき出すってものです。

このベビー服会社は、日本全国に1000店舗ってのを目標にしているらしく、毎月毎月新しい店が上がってきて、今は400店弱なんですけど、その日本各地に散らばってる約400店から、請求書とか控えとかが、がーーっと送られてくるわけですよ。

それらを、封を開けることから始めて、地域ごとに分け、県ごとに分け、店舗ごとに分け、請求書と控えに分けて、個数・運賃・消費税・合計を書き出していくんです。

こういうことを、学校に行かない日は土日も含め、9時から17時までやってるんですね。

時にはきーってなりながら。

 

25日必着だって言われてるだろうに、全然揃わなくて、月が替わってから届くのもあるし、コードナンバーを記入しなきゃいけないはずなのに、記入されてないし、控えが必要なのに入ってないし。

お願いだから、みんなちゃんとやってくださいって感じ。

そじゃないと、仕事が終わんない。

4月からは、全部コンピューター管理になるらしいので、ちょっとは楽になるのかもしれないですけどね。

まぁ、私はあと1回か2回バイトとして関わるだけなんで、関係ないんですけど。

 

で、この日曜日は、久々にWESとまきちゃんと永本ちゃんと一緒に先生のおうちに遊びに行きました。

楽しかったー。

『シャキシャキほうれん草鍋』もおいしいし、お酒もおいしいし、みんな変だし、最高ですね。

さいこー。

 

ボケなのか素なのかわかんないところがいいですね。

っと、こういうことを言うと必ず、「いや、それはさっちゃんやから。」

って言われるんですけど、絶対みんなもそんな感じですよ?

ほんと、変な人の集まりですね。

まぁ、内田先生が変だから、うちらが変でもなるほどーって思いますけども。

 

何なんですかねぇ、あの空間は。

「じゃぁ、10時解散にしよう。」

「あの、先生すいません。今10時半なんですけど。」

「え?そうなの?じゃぁ11時解散。」

って、11時ごろに先生のおうちを後にして、それぞれが落ち着いたときに、

ケータイに「楽しかったねー。」ってメールが来るんです。

なんか、みんな元気になるんですよね。

で、あまりにもおもしろいことが盛りだくさんなので、

一人になってからも、笑いがこみ上げてきたりするんですよ。

そのおもしろさの中に、学ぶこともたっくさん盛り込まれていますし。

例えば、恋愛の話で、相手にはムツゴロウさんのように接するべしとか。

 

内田先生って、おもしろいですよねー。

改めて。

すごいなぁ。

 

ほんとうに、ありがとうございました。

 

でも、仮にも先生のおうちなのに、食べ放題飲み放題しゃべり放題で、

くつろぎまくりな上、片付けて帰らないという。

遠慮とかは一切ないらしい・・・。

凄まじいっすね、うちら。

あは。

これからもよろしくお願いいたします。

 

 

le 18 novembre

 

朝、暑くて目が覚めた。

時計を見たら8時半だったので、もうちょっと寝ようかなぁっと思ったけど、喉も痛かったし起きて熱を測った。

38度3分。

38度3分!?

げっ熱上がってるやん!さいてー。

いつもより高い自分の体温で布団が温かくなってて、暑かったんだろうと思ったから、熱を測ってみたものの38度を超えることなんてめったにないからびっくり。

なんで?昨日は熱下がってたし、12時には寝たのに。

 

土曜日に、インフルエンザの予防注射を打ってもらったんです。

インフルエンザにかかると長びくし高熱が出るし、きっと吐き気がするし、絶対最悪だから。

それにSARSと見分けがどうのこうのって新聞に載ってたし。

そのときは、自分は健康だと思ってて、問診表にもそのように答えて、先生に「今風邪ひいてないですか?」

って聞かれても「ひいてないです。」って答えて、予防注射打ってもらって看護婦さんに「あ、ちょっと似てるかも。」て言われながら、その痕にドキンちゃんのシール貼ってもらって、のほほんと帰ったんですよ。

 

でも、日曜になったら、ちょっと調子悪くって、身体のあちこちが痛み出して、夜に熱測ったら37度2分だったんです。

予防注射のせいかなぁ。まぁ寝たら治るだろと思って、ビタミン剤飲んで寝たんですよね。

けど、治らなかった。

 

だから月曜は朝から病院行きました。

 

なんか、病院に行くと急に症状が軽くなることってありません?

私は、それまで喉がすごい痛かったのに、いざ先生の前に座るとあんまり痛くないような気がしてきたし、身体が痛かったことも忘れちゃってたんですよ。

なんでだろう?

別に怖い先生でもないしなぁ。

眉尻も目尻も下がってて、いっつもにこやかでやさしい声をしていて、

やわらかい感じの先生なんですけどねぇ。

病院にいるからと思って安心するのかなぁ。

 

まぁでも、一応症状を話して、喉を診てもらいました。

「あぁ、喉は腫れてますねぇ。咳とか鼻は大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。」

「予防注射と関係あると思いますか?」

「わかんないです。でも、もしかしたらその前に風邪気味だったのかもしれないなぁと・・・。」

(←ついさっきまで予防注射のせいだと思ってた人。)

「うーん。そうですねぇ。そうですよねぇ。たぶん。うがいはよくする方ですか?」

「あぁ・・・しないです。」

「じゃぁ、うがい薬はやめにしてお薬と一緒にトローチだしときますね。」

 

で、この日は結局、風邪で喉の炎症から熱が出ているってことになって、炎症を抑える薬と風邪の薬とトローチをもらいました。

てか、うがいの話のとき、私はてっきり普段から風邪予防のためにうがいをした方がいいって話だと思ったんですけど、うがい薬にするかトローチにするかって話だったんですよね。

意外。

 

月曜はゼミも休んで、それなりに安静にしてて、普段寝るのは2時ぐらいだけど、早めにと思って12時に寝て・・・なのに、今朝熱が上がってるってどういうこと??

 

薬を朝昼夜の食後に飲むじゃないですか。

じゃぁ、夜飲んでから次朝飲むまでの時間って他より長いですよね。

だから、薬が切れて熱が上がったんだなぁって思ったんで、とりあえず朝ご飯食べて薬飲みました。

 

ほんとよほどじゃない限り食欲はあるんですけど、熱なんかめったに出なかったのに、38度ってのが驚きで、朝ご飯は食べる気がしなかった。

でも、何も食べないで薬だけ飲んだら胃に悪いしと思って、メロンパンを4分の1ぐらい食べて、紅茶にハチミツ入れたのを飲みました。

で、薬飲んで、顔洗おうと思って洗面所に行ったらまたびっくり。

顔がすっごいむくんでたんですよー。

赤いし。

 

お母さんも結構びっくりしてて、お昼まで寝てなさい。それで熱が下がらなかったら、もう一回病院行かなあかんし。

って言われたけど、眠くなかったから眠れなかったし、薬もちゃんと飲んだことだしすぐ熱は下がるだろって思って、ベッドの上で布団にくるまって村上春樹を読んでました。

 

本当は他にやることいっぱいあるんだけど、頭がぼーっとしてて、パソコン開けても無理だろうなぁってことで、村上春樹。

 

昼前には、熱は36度7分に下がって、とりあえず今もらってる薬3日分がなくなっても回復しなかったら、もう一度病院へ行こうってことにしました。

 

あーでも、やっぱりインフルエンザな気がする・・・。

ただの風邪なのかなぁ。

喉が腫れるのはいつものことだけど、熱が出るってのが私にとってはおかしいんですよねぇ。

体力落ちてんのかもしんない。

 

ま、どっちでもいいけど、早く治んないかなぁ。

 

le 12 novembre

 

 

NOVAに行きました。

ちょー久しぶり。

実に2ヶ月ぶりぐらいですね。

しばらく行ってないと、聞き取れないししゃべれないかもしれない・・・って思っていたんですが、意外に今まで通りでした。

むしろ、それらしくしゃべれたりして。

実際にはしゃべってないですけど、ときどき頭の中でフランス語しゃべってたからかなぁ。

てか、私は適当ですからね。

 

このレッスンで、顔見知りの人と一緒になったんですけど、その人が、一回上手く聞き取れてしゃべれたと思って自信ついても、またすぐダメなときがあって自信無くすって言ってたんですよ。

まぁ確かに、今日はわかんない単語が多くてダメだったなぁ、思うようにしゃべれなかったなぁってときもありますけど、あんま真剣に落ち込まないし、自信も無くならないです。

私はそんなに自信ないしなぁ。

 

このとき一緒だった2人の生徒さんは、なんかこう本当に真剣に取り組んでるようだったので、圧倒されました。

そういえば、私も最初の1年は真剣にNOVA行ってたなぁ。

最近は、単にフランス語をしゃべりたいだけなんで、よっしがんばるぞ!って言うよりは、さぁて何話そっかなぁですからね。

とりあえずしゃべってるって感じ。通じればオーケーみたいな。

で、こうやってへらへらレッスン受けてると、その内スタッフに「最終的にはどのレベルが目標なんですか?目標が決まってる方ががんばろうって気も起きると思うんですよ。」

とか言われるんですよ。

別に、目標のレベルとかない。

レベル5でもレベル3でも、しゃべれればいいんだもん。

だって、レッスンで使う言葉と実際の生活で使う言葉って、実はかなり差が有りますからね。

私としては、文法とか会話表現とかを忘れてしまわない程度にフランス語に触れられれば、それでいいんだな、これが。

 

 

NOVAのあとは、三ノ宮駅を南にずーっと下がっていきました。

久しぶりに晴れだったから、お散歩。

途中でサンドイッチを買って、またしばらく歩いて、その辺のベンチに座ってお昼ご飯。

 

その買ったサンドイッチを食べてると、どうやって嗅ぎつけるのか、ハトが1羽やって来ました。

明らかに、パンちょーだいって感じなので、パンを一かけあげると、また新たなハトがやって来ました。

で、そのハトにもパンを一かけ。

すると、2羽が3羽になり5羽になり10羽ぐらいになって、ついでにスズメもやって来て、あっという間に周りが鳥だらけになってしまいました。

その集まりの中に、試しにパンを一かけ放ってみると、なんとスズメが空中でキャッチしました。

すごい。ハトの出る幕なし。

 

あんまりにもハトとスズメが集まってきたので、そろそろこの場を去ろうと思って、持っていたカメラで鳥たちを撮ってから移動しました。

そうそう、最近LOMOのカメラを買ったんです。

なんか2秒間もしくは0,2秒間で4回シャッターが下りて一枚の写真の中に4つ連写できるやつ。

 

 

この後、映画見ようかなぁって思ってたんですけど、ちょっと気が変わったので、結局アロマキャンドルを買いに行きました。

最近、部屋にいるときにアロマキャンドルを灯してるんですけど、それがきれてたし、新しい香りのが欲しかったので。

 

ティートゥリーってのとオーシャンフルーティーってのとラベンダーとベルガモットとシダーウッドが混ざってるのの3種類を買いました。

一番気に入ったのはティートゥリーで、早速灯してます。

こういうの買いに行くと、「リラックスしたいときに」とか「ストレスを感じたときに」って説明が付いてることがあるんですけど、私は特に気にせず、そのとき気分とその香りが好きかどうかで選んでます。

 

 

そういえば、遅いですけど、選挙私が応援してた人落選しちゃったんですよー。

すごいくやしかった。

友だちに「さっちゃん政治に対して熱いよね。」って言われたんですけど、まぁ政治っていうか、政治の知識とかないですけど、今回の選挙は熱かったなぁ。

勝手に。

思えばですね、私が二十歳になって初めての選挙が衆議院議員総選挙だったんですよ。

そのときは、単にドキドキしながら投票に行っただけで、それ以前に演説を聞いたわけでもなかったんですけど、今回はマニフェストも読んだし演説も聞いたしってので、一応自分で「この人」って思い入れがあったので、ちょっと熱かったんですよ。

まぁ、昔から、選挙のポスター見るのは好きでしたけど。

あれおもしろくないですか?

意味わからないながらも、「あ、この人いい人そう。」とか「この人、悪そう。」とか思って、よくポスター見て名前覚えてましたねぇ。

文字の色とか背景の色も、みんなさまざまだし。

 

てか、反対派の意見に、「頭が良すぎる」ってのがあったんですけど、頭良くていいやんって感じ。

言ってることが難しくてよく理解できなかったって意味なのかなぁって思いますけど・・・理解して欲しかったなぁ。

まぁ今回は落選しちゃったけど、またがんばるそうなので、機会があったら演説聞きに行こうと思います。

 

le 10 novembre

 

 

ゼミの帰りに、五年生のたっきーと卒業生の永本ちゃんと西北でお茶する。

¥650のケーキセットで約4時間居座ってしまった。

ま、お客さん少なかったし、いっか。

 

私たちは、普段からそんな際立って熱い人ではないが、話し始めてのって来るとどんどん熱くなって止まらなくなる。

誰も止めないし。

だから、気づいたら4時間経っていて、それでも話は終わらないのだけれども、さすがにそれぞれ家も遠いし、帰ったら9時前ってやばくない?ってことで話を切り上げたわけです。

 

私は、最近だと永本ちゃんとよく語っていますけど、なぜ、私たちが集まってわいわい語っているのかと言うと、それは、丁度うちらのゼミ宴会が憩いの空間であったように、あーだこーだと語る機会が私たちにとって憩いの空間だからです。

永本ちゃんが、ほんまにこうやって語れる人って少ないねんっと言うと、たっきーは、こうやって語れる人が他に一人だけいると言っていました。

確かに、少ないですねぇ。

私は、結構いろんな人に何でも話してしまう方ですけど、一度話してみて手ごたえが微弱だと、もうその人には話さなくなりますね。

だって、おもしろくないし。

話しながら興味なさそうだなと感じれば、途中でその話切り上げて他の楽しそうな話を始めたりもしますしね。

別に、いっつも堅苦しい話をしているわけじゃないですよ。

ただ相手の話を聞いて自分の意見を言っているだけです。

先生のいないゼミみたいなもんです。

その場に先生がいたら、なんとなくまとまりますけど、私たちの場合、何か結論めいたものが出るわけでもないので、まぁこういう考え方もあるけど、どう?って意見交換し合っているだけなんですよ。ほんとに。

 

相手の話を聞いて真剣に意見を言い、逆に自分が最近考えていることを話し意見してもらう。

なんだそれだけ?って思うかもしれないですけど、これができる人ってなかなかいないんです。

「何また小難しいこと言って」とか「暇だからそんなこと考えられるんだ」とか、そういう扱いされちゃうこともありますから。

 

話してみて手ごたえのない人の方が多くて、それでも以前はそういう人ともそれなりにちょっと無理して話していたけど、最近は、割り切れるようになったっていう話があって、あぁそれは私もそうだなぁと思いました。

なんかもう仕方ないな、別にいいやって思えるようになってきました。

丁度先週の土曜に高校のときの友だち4人と会って、集まった5人それぞれが言いたい放題で話にまとまりがなかったので、「なんかさ、遠慮とかなくなってきてるよなぁ。やばっ。おばさんに近づいてるんちゃう?」って言ってたんですけど、実際年をとって来たってのもあるだろうし、私はフランスに行ってたこともあって、割り切ることができるようになった気がします。

 

外国にいたということもあるけど、自分がこれまでいた環境を一度離れたということも大きいですかね。

その間、家族もいないし友だちも最初はいないし、仲良くなったってまた今までの友だちとは違った感じじゃないですか。

年齢もバラバラだし、それぞれ慣れない土地で生活にも必死みたいなところがあって・・・。

友だちというよりは、仲間みたいな感じでねぇ。

まぁ、まだ23歳なんでしがらみは少ないですけど、フランスにいる間は一切ないですから。

ほんと、気を使うこととかほとんどないし、外国ということもあって主張も結構するしですね、そういう中でやっぱり変わってきましたよね。

たっきーも言ってましたけど、日本に戻ってきたときに、これだ!ってはっきり言えないんだけど、何か違和感があったんですよ。

つい最近まで、この環境に普通に馴染んでいたはずなのに、何か居心地が良くないみたいな。

私は帰って来てから友だちに、我が強くなったって言われましたが、まぁそんな感じですかね。

前よりは、言いたいことを言うようになりましたから。

それは、その方が楽だってわかったからですけど。

でも、そうやってると、結果的に友だちが限られていくんだねってことを、3人で言ってたんです。

 

あと何を話してたんだっけなぁ。

 

えーっと。

フェミニストについて、恋愛について、嫉妬について、仕事について、男について・・・これぐらいだったかなぁ。

恋愛の話とかいって、別に「彼氏がさー、こうこうでね」とかいうそういう話じゃなく、だいたい3人とも彼氏いないし。

うっ、笑えない・・・。

だからまぁどっちかっていうと、どうやって男を捕まえるかって感じの話ですよ。

まだまだこれからって言いながらも、来年年女だしなぁ。

恐ろしい。

こないだなんて、美容院にちょっと寝不足で朝9時から行ってバカ笑いしてたら口の横の笑い皺?が一時的にとれなくなって、すっごいあせりましたからねぇ。

はっ、何これ?って。

これから乾燥の季節だし、気をつけなきゃ。

って話がそれてますけど、いろいろしゃべって楽しかったです。

それぞれ、話聞いててあ!って思い当たる節があったり、自分で話しながら、そうかって気づいたりして。

傍から見たら、怪しげな人たちなんやろうなぁって言いながらも、お互いちょっとはすっきりしたんじゃないですかねぇ。

 

 

le 7 novembre

 

選挙候補者の最終演説を聞きに行く。

 

弟の出身校の先輩だったり習い事関係だったりして、うちの母が選挙運動に力を入れているんですけど、うちは商売をしているからそんな目立つことはできないとか、若い人の方がいいんだとか、そんな理由で、ほとんど顔が知られていない私が受付を手伝うはめに。

演説が始まる1時間前から、おじさんおばさんお兄さんに混じって受付で声を張り笑顔を振りまいてきた。

「まぁ、愛想のいい娘さんやねぇ。」

そうですね。一応商売人の娘なんで。

 

私は、どこの政党がいいとかよくわかんないですけど、とういうかどこも特にいいとか思わないですけども、地元では、今日受付をし最終演説を聞いた、この人がいい。

そして、もし受かって今よりももっと名が通るようになったとしても、お金ばっか振りまいて地元に一切根付かないような政治家にはならないで欲しいなぁと思う。

私は、そう思いながら握手したけど、うちの母とかその友だちの人たちは、ただ握手したいだけなんじゃないかなぁって思ってしまうのは、私だけですかね?

 

一昨日髪を切りました。

先月末に、選択の余地なく伯母の職場で事務のバイトをさせられて¥24,000お金をもらったので、そのお金で。

でも、カットとカラーで¥11,000。

お金なんて、あっという間だなぁ。

ほんとに。

 

大好きな美容院に行って、大好きないつもの美容師さんと真剣かつアホな話をしながら、久々に注文を付けずにカットしてもらいました。

すると、やっぱり前髪が激短。

1年ぶりぐらいです。この短さは。

去年パリですっごい短くされて、周りの評判はいまいちでしたし、日本で短かったときも賛否両論ありましたねぇ。

私だって、一番最初ズバズバ切られたときは、大丈夫なのかこれ?って思いましたけど、その内に顔まる出しでも気にならなくなってきて、むしろめっちゃ短い前髪がお気に入りでした。

今回、久々に短い前髪になって、やっぱ好きですね。

目の前を遮るものがないって、すっきりしますよ。

長くもなく短くもないときが一番困る。

後ろはうすーく長い部分を作ってるし、色は赤っぽい茶色だし、前髪は超短いし、なんかごきげん。

 

ほんと気分がいい。

10月は不安定なことが多くて、半ば過ぎてからはどんどん落ちてましたけど、嫌々約一週間事務のバイトで電卓片手に膨大な書類の数字と戦っている内に落ち着いてきました。

事務の仕事向いてないなぁって、イライラしながらひたすら電卓カタカタしてて、午前中も午後も会社の一室でこもってて、へとへとになってたのに、なぜか安定してきたという。

何が原因だったのかなぁって考えると、それらしきものがいっぱいあって、たぶんどれもこれも原因なんですよ。

 

昔から、突然テンションが低くなって一人になりたくなったり、イライラして授業が聞いていられないから保健室で寝てたりしてたんで、まぁ今に始まったことではないんですけど、こんなに長く続けて気分が沈んでたのは初めてだったなぁ。

その気で朝起きて準備までしてるのにいきなり授業休みたくなるし、パソコンに向かおうとするとイライラしてくるし、電話には出たくないし、友だちが誘ってくれてても断るし、タバコ吸うし。

で、主に何してるかっていうと、部屋でベッドの上にいて村上春樹を読んでるんですけどね。

ほんとよくわかんない。

とにかく、無性に村上春樹を読みたくなって、できることならご飯も食べずにずーっとその世界に浸っていたいっていう気分だったんですよ。

でも、親にいろいろ説明する気にならないから、親の前では普通にしようと心掛けて普通にしてました。

今思えば、それが良かったのかも。

一人で暮らしてたら、もっととことん落ちてた気がするんで。

 

11月入ってから毎日元気というわけではないですけど、少なくとも以前のように周りの人たちに気を配れるようにはなりました。

10月後半は、人を思いやる余裕なんて一切なかった。

ちょっとしたことで晴れたり曇ったりして、いっぱいいっぱい。

友だちにメールも返さなかったけど、いっぱいわがまま言える人にはメールで八つ当たりしたり。

申し訳ないんだけど、どうしようもない。

場所関係なく急に泣きそうになったり、朝目が覚めたらなぜか泣いてたり。

しんどかった。

 

だけど今は大丈夫っぽいです。

 

le 11 octobre

 

昨日は、芦屋写真館に卒業アルバムの個人写真を撮りに行きました。

 

私は、卒業アルバムの写真や証明写真は、好きじゃない。

もともと、写真に写ることがあまり好きじゃないし。

でも、旅行先で友だちと一緒に写る写真や何か記念として大勢で写す写真、例えば同窓会の写真などは、いい思い出になるから嫌いじゃない。

ただ、証明写真みたいな感じで、写真屋さんに1人で撮ってもらう写真は苦手なんですよ。

見ても別にうれしくないし。

成人式で振袖着て、写真屋さんで撮ってもらった写真すら、どうなの、これ?って感じですもん。

何か緊張するんですよ、あれ。

こう、一対一で照明の中で、

「もうちょっとあご引いてくださーい。はい、撮りますよー。」

っての。

息が出来なくなる。で、普段から多いまばたきがさらに多くなる。

相手が機械だったら緊張しないですけど。

 

だから、個人写真かぁ・・・やだなぁって思ってたんですけど、去年の卒業アルバム見たら、四季折々の女学院がすごくきれいに写真になっていることにちょっと感動して、こういう大学に通っていたんだってことを残しておきたいというか、そういう気持ちになって、このアルバムは欲しい!って思ったんですよ。

ほんと、すごいきれいなんだもん。

今までの小学校とか中高のアルバムとは、全く比べものにならない。

 

でまぁ、撮ってもらったんですけどね。

名前書いて、アルバム代を払ったら、

「じゃぁ、あちらに鏡がございますので、そちらでどうぞご支度なさってください。」

って言われ、一緒に行っていた友だちと思わず顔を見合わせましたよ。

ご支度?

ちょっと考えてみたけど、私は別にすることがなかったので、

「あー、特に支度することないんで、いいです。」

って笑ってたら、「あら、よろしいですか?」って言われ、

ではこちらにどうぞとカメラの方へ案内されました。

みんな、行ってから鏡の前で化粧直しとかするんですね、きっと。

 

用意されてあるイスに、とりあえず正面向いて座らされ、あぁ、来たよ・・・ってすでに緊張してきて、息苦しくなって来たんですけど、

「じゃぁ、ちょっと身体を右に向けてもらえますか?」

って言われ、右向いたら「あ、ちょっと行きすぎですね。もうちょっと戻ってもらえますか?

で、お顔だけ正面向けてください。

はい、そうですね。そんな感じです。

できるだけいろんな表情が撮れる方がいいので・・・お願いします。

あ、もうちょっと顔下げてください。はい、じゃぁいきますよー。」

という具合に、すっごいいっぱいしゃべられるんですよ。いっきに。

それが何となくおかしくって、笑えてきちゃいました。

笑えるとかって、一生懸命撮ってくださっているのに失礼な話なんですけど、今までこんなにいっぱい指示されたことないなぁと思って。

 

1枚目は、こうやって、まぁ普通に撮ったんですけど、次からは、とりあえず笑わなきゃいけなくって、言われても一瞬どうしたらいいのかわからないんで、困りますね。

だって、「はい、じゃぁ今度はにっこり笑ってくださーい。」

って言われると、どうやって笑うんだっけなぁって思わず考えてしまうんです。普段、笑ってばっかいるくせに。

よくわかんないけど、たぶん今笑ってるんだろうって顔をして2枚目を撮ってもらうと、次は

「はい、じゃぁ思いきり笑ってみてください。はい、おもいきって!そうです!」

てか、その「はい、おもいきって!」ってのがおもしろすぎて、

思わず爆笑しましたけどねぇ。

たぶん、4枚撮って、4枚目は首を少しかしげなきゃいけないんです。

そしてやっぱり、「はい、おもいきって!」って・・・。

 

この後、左向いて、また同じように4枚ほど撮っていただいたわけですが、最初座ったときは緊張だけが、どよーんと漂っていて嫌だったけど、写真屋さんのおじさんの指示が始まってからは、緊張とおかしさが混じってて、総合すると何ともおもしろいひと時でした。

写真屋さんの声の調子も、どんどん上がっていくし、そういうのおもしろかったですね。

 

当たり前だけど、人によって言われることが違ってて、私の友だちは「もうちょっと顔上げてくださーい。」とか「そんなに睨まなくていいですよ。」とか言われたらしいです。

でも「はい、おもいきって!」はなかったそうです。

そうかぁ。

この撮っていただいた写真の中から4枚が、何日か後に家に郵送されてくるそうで、その中から自分が気に入った写真をアルバムに載せて頂くんですって。

気に入るのあるのかなぁって疑問ですけど、送られてくるの楽しみですよね。

 

写真を撮ってもらった後、お店に置いてあった去年のアルバムを見せてもらいました。

自分が撮ってもらったあとに見ると、個人写真で首をかしげている人や、にっこり笑ってる人、そうじゃない人がいる理由がわかります。

こういうわけだったのねって。

 

私たちのあとに写真を撮りに来た人たちと一緒に、そのアルバムを見ながら、わいわいおしゃべりしてたんですけど、謝恩会の写真を見てるときに、

「謝恩会、何着るか決めた?」

って聞かれて、

「振袖着たいねんけどさ、電車が嫌やねーん。」

とか言いながら、しばらく卒業式と謝恩会の服装についてあーだこーだとしゃべりました。

「やっぱ、着物の方が華やかやんねー。」とか

「ドレスならいつでも着れるけど、振袖は今のうちしか着れんもんねぇ。」

とか、それぞれ言いながら、結局「やっぱり振袖やわー。」

という意見に落ち着きました。

来年の3月の話なんですけどね。

 

le 8 octobre

 

はっ、地震だ!

今のは地震??

確かめようと思って、母のところに行くと、

「え?いつ?」

とか言われる。

だから、気のせいだったのか・・・と思って、また自分の部屋に戻ってゴソゴソしていると、テレビで確かめたらしく母がやって来て、地震だったらしいと教えてくれた。

何時ぐらいだったかなぁ。

時計見てなかったから、よくわかんないですけど、0時前後ですよね。

震度2か。

 

もうなんか、震度が2だろうが1だろうが、地震には神経質に反応してしまう。

怖いから。

私は、姫路の西隣に住んでるから、阪神大震災のときは、震度4で、電車が動かなくなったぐらいの被害しかなかったのですが、あの地震で、こっちの断層も動いたとかどうとかって言われていたので、気になるんですよ。

こわーい。

いろんな地震を直接見たりテレビで見たりしてるから、ほんと、びくびくしてしまう。

 

さて、今日は、“座頭市”を見てきました。

春に、情報を耳にして、絶対見に行こーって思ってたんですけど、いざ公開が近づくと、血がいっぱいで怖いかもしれない・・・ってちょっとひるんでて、でも、見てきた人たちが「見たほうがいいよ。」って言うので、やっぱり見に行きました。

 

ほんと切りまくりで血だらけで、何となく“子連れ狼”を思い出したりしましたけど、なんか、怖いけどすごいって感じでした。

上手い!みたいな。

思わず手を叩いてしまいそうな。

 

相変わらず、主要人物が少なくて、その人たちの細かい説明とかないけど、見てると自然にどういう人たちなのかがわかってくる。

ここでつながってんのかぁって。

 

田んぼでリズミカルに耕してたり、雨の中踊ってたりする人たちが、明らかに違和感あるのに、何気にはさまれてるのがおもしろかった。

密かにつっこみたくなる感じで。

めっちゃ楽しそうに耕してるやん!気になるーって。

踊ってんのは、この人たちだけじゃないですけどね。

 

ほんと、時代劇に金髪とかタップダンスとか、おかしいはずなんですけど、そんなことなくって、むしろバッチリ合ってるぐらいの勢いです。

やられた・・・って思いました。

せこいなぁ。

だって、かっこいいもん。

 

le 30 septembre

 

最近、すっかり秋らしくなってきましたね。

冬用の布団とか出したから、気持ちよすぎて、朝起きるのが辛くなってきた・・・。

 

内田先生、今日お誕生日ですよね?

おめでとうございます☆

 

 

さてさて、先週は、友だちの仏前参りに行き、大学に登録用紙を取りに行きついでに、友だちとご飯を食べ、ちょこっとバーゲンに行って、そのお店でポトスっていう植物をもらい、中間発表用の原稿を書きました。

 

友だちの仏前参り・・・。

彼女は、卒業式の1週間後ぐらいに自ら命を絶ちました。

その頃、私はまだフランスにいたので、お葬式にも行けず、今回初めてお線香を上げさせていただきました。

この日は、お母さんとゆっくりお話することができて、友だちが、1月頃からときどき鬱状態だったことや、亡くなる当日、どんな様子だったのかなどを知りました。

就職が見つからず、卒論もどうしたらいいのかよくわからず、どんどん自分を責めるようになってきて、大学の4年間のことも、ずっとぼんやり過ごしてしまったと悔やんでばかりで、周りの友だちはみんなあんなにすごいのにって思って・・・

それで、ある日突発的に死を選んでしまったのだそうです。

 

お母さんも、あの子は本当にぼんやりしていて、大学もちゃんと行ってなかったし、卒論も前の日にさささっと書いたようなものだったし、とおっしゃっていたので、私は、この日一緒に伺った友だちと、「大学生なんて、ほとんどがぼんやり過ごしていて、遊んでばっかで勉強もろくにやらないし、みんなそんなもんですよ。私なんて、就職活動すらまともにやってないですし、働いてない友だちもいっぱいいますよ。」って言ったんですけど、お母さんの心には全く届かなかったようでした。

 

たぶん、多くの人が、周りを見て自分だけダメだ、どうしようって悩むと思うし、考えてることなんて大して変わらないと思うんですよ。

でもそこで、本当に真剣に深く悩んでしまって、気が落ちていってしまう人と、私みたいに、・・・まぁいっか、何とかなるよねって言って済ませてしまう、済ませられる人がいるんだろうな。

 

帰る間際に、卒業アルバムを見せてもらって、私も写ってる内田ゼミの浴衣姿写真が「目立ってる・・・。」って、みんなで笑えましたが、お母さんの「みんなすごく綺麗ねぇ。ほんとに、これからですもんねぇ。」っていう言葉が切なかった。

 

 

話は変わって、昨日は中間発表でした。

私は、これからデータ集めに入るので、肝心なところは全然できてない状態なんですけど、すごい出来上がりそうな勢いの人がたくさんいて驚きました。

なんか、私が聞いていた去年のメンバーの話とずいぶん違う。

去年の私たちより、しっかりしてるかも・・・。

ほんと、タイムキーパーとかやりながら、すごいなぁ、えらいなぁってひたすら感心しました。

で、自分が発表するときは、いきなり緊張してきて途中どこで呼吸すればいいのか、わからなくなってたりしました。

普段、声を張って長くしゃべることがないので。

私は、夏休み中に一度、内田先生にご相談して、そのときにアドバイスをいっぱい頂いていたので、昨日は「ワタクシが付け加えることはございません。」とか言われちゃったんですけど、そう言われると、逆にすっごい不安になりますよ。

えぇぇぇ、これでいいんですかねぇ・・・そうなんですか?

って。

拍子抜けするっていうか。

 

で、中間発表後に打ち上げがあったんですが、久々にわーっと騒ぎましたねぇ。

やっぱり、4月から入ったし、五年生だしってので、微妙な距離感がありますが、おもしろかったです。

席が近かった人たちと、いろんな話をしたので、どういう人なのかってのも少しわかりましたし、少しわかってもらえたかもしれないですし。

授業だけでは、打ち解けるのってなかなか難しいと思うんですけど、一緒にお酒飲んでご飯食べてってするといいですよね。

てか、おもしろい人たちですねぇ、ほんとに。

なんだ「私たち」って、普通だったんだなぁって思いますもん。

同期の人たちは、内田ゼミの人たちって変わってるーって思ってたかもしれないですけど、というか、現に思われてましたけど、今のメンバーの方がもっとすごいっすよ。

全然悪い意味じゃなくて。

みんな、独特の不思議なオーラを放ちつつ、卒論はすごい、みたいな。

だって、どれもおもしろそうでしたよ。

早く読みたいから、早く書いて欲しいって感じでしたから。

 

 

あぁ、最後の後期が始まったなぁ。

最後の夏休みだったんですねぇ。

たぶん、今までで一番睡眠時間が長い夏休みでしたけど。

あははは。

 

le 19 septembre

 

2週間フランスに行っている間、激しく歩き回って、自分が日頃どれだけ運動不足かってことがわかったので、ちょっと運動しようと思った。

で、最近、足に水が溜まって、お医者さんにプールで歩くことを勧められた母方のおばあちゃんが、ときどきプールに通っているので、それに便乗することにして、今日、久々にプールへ行った。

ま、プールを選んだのには、テレビで『ウォーターボーイズ』を見ていたら、無性に泳ぎたくなったからってのもあるんですが。

 

プールで泳ぐなんて、何年ぶりかなぁ。

 

とか言いながら、泳げないかも・・・という不安もなく、小さいときあれだけスイミングスクール通ったんだから、そりゃ泳げるだろうよ、と思いながら、平泳ぎ。

昔から、持久力というものに乏しい上、かなり運動不足なので、続けて泳ぐのは50メートルが精一杯だった。

 

スイミングスクールのときだって、とりあえず4種類の泳ぎを覚えたら、メドレーとかやらされて、長く泳がなきゃいけなくなって、そのときは一応泳いでいたけど、こんなしんどいのは嫌だーって言って、あっさり辞めたんですよねー、私。

 

泳ぐのって、疲れますね。

100メートル泳いだ後からは、ビート板を取ってきて、バタ足とか足だけ平泳ぎとかしながら、だらだら泳いでました。

 

曜日と時間によるらしいですが、今日の午前中は結構混んでいたので、私が泳いでいたレーンにもいろんな人がいました。

というか、ほとんどが「おばさん」ですが。

お友だちと二人で来ていて、お互い褒めたり、アドバイスしたり、冗談言ったりしながら楽しそうにしてるおばさん達もいれば、真剣に泳いでるおばさんもいて・・・。

その、真剣なおばさんは、私が平泳ぎばっかして、へたって戻ってきたときに、「スイスイ進みますねぇ。私はなかなか進まないんですよ。

平泳ぎは難しいです。」

って、言ってました。

うーん。

人によって、得意な泳ぎが違うんでしょうねぇ。

まぁ、私は、単にクロールすると息継ぎのときに耳に水が入るから、平泳ぎしてるだけなんですけど。

 

ホント、スイミングスクール時代は苦労しましたよ。

すごい頻繁に耳に水が入って、それが抜けないんです。

だから、その度に耳鼻科に行ってねぇ。

「耳の形が、水が入りやすく抜けにくいようになっているんです。」

とか言われて。

ほんとかよって思いながらも、すぐ同じような状態になってしまうので、その内事実として認めるようになりましたが。

 

それが気になって、しんどくても平泳ぎ。

絶対、クロールの方が速いし楽なんですけどねぇ。

一回やってみっかなぁ。

 

運動不足解消したいんですけど、よく行って週2回ぐらいですかねぇ。

たぶん。

疲れるし。

でも、水泳が一番やり易いからなぁ。

私、運動ってどっちかって言うと嫌いなんですけど、好きなのもあって、それが、短距離走とバドミントンと水泳なんです。

こん中で、手軽で、運動不足解消できそうなのって水泳ですもんね。

そうですよね?

続けないと意味がないんで、続けるようにしなきゃ。

 

 

そういえば、一昨日、井筒和幸監督の『ゲロッパ!』を見てきたんですけど、以来、ときどき頭の中で西田敏行の「ゲロッパ!」って歌う声が

回る・・・。

井筒監督がいろんなテレビ番組で、「ゲロッパ!よろしくお願いします!」

みたいなことを、盛んに言っていたので、気になって思わず見に行ってしまいました。

今まで、特に関心なかったんですけど、井筒監督が出てるマツダのCMが私的にツボで、余計に気になってしまったんですよねぇ。

 

よくわかんないけど、すごくリラックスしながら見れて、普通にバカ笑いして、ちょっと感動して涙が出て・・・

とりあえず、岸部一徳、最高!みたいなね。

そんな感じでした。

 

 

le 12 septembre

 

昨日の朝、フランスから帰ってきました。

いやぁ、ほんとにバタバタした2週間だったなぁ。

ということで、結構疲れていたらしく、帰りの飛行機の中も家に着いてからも、とにかく爆睡。

 

帰り、一緒に南仏旅行したお姉さんがシャルルドゴールまで見送ってくれて、荷物を預けてから名残惜しげにQuickで、お昼ごはんを食べていたんです。

そしたら、搭乗するのが結構ギリギリになっちゃって、そろそろ行きますーって、お姉さんとお別れして、せかせか搭乗口まで行ったら、エールフランスの人がばーって向かってきて、「チケット見せてください。」とか言われ、なんか、私の名前をチェックしながら何かをやっていて、そんな中、日本人の職員さんがやって来て、「今日はバスになりますので、下へ降りてバスに乗ってくださいね。」と言われる。

バス?と、よくわからないまま、チケットを受け取ってスタスタ階段を降りたら、そこにほぼ満員のバスが止まっていて、私が乗った後に飛行機があるところまで出発。

もしや、私待ちだったのか・・・。

 

で、飛行機に着いて、「奥を右に行ってください。」って言われ、確か24のGだったなぁって思いながら、歩いていたら、そこに誰か座っていてですね、あれ?ってチケットを見直したら、05Kになっていたんですよ。

あ、間違えたらしい・・・と思って、そこにいた客室乗務員さんに

「すみません。この席って、どこですか?」って尋ねたところ、

「あ、05・・・ビジネスなのでもっと前になりますね。」

ビジネス??

とりあえず、もっと前なんだなぁと思い、まだ乗って来ているお客さんたちの中、一人逆に歩いていたら、ビジネスクラスの入り口でフランス人の客室乗務員さんに話しかけられ、チケットを見せたら、

もうちょっと前だと言われ、やっと見つけて、とりあえず席に着く。

ほっと一息ついたとき、さっきのフランス人さんが、私がちゃんと席にたどり着けたかを確かめに来てくれて、「あ、そうそう。ココがあなたの席よ。」ってにっこり。

 

おぉ。なぜか、ビジネスクラスに代わったらしい。

ラッキー☆

乗る前、私の名前をチェックしながら、何かごそごそしていたときに、チケットが代わったのかなぁ?

そういえば、去年、フランスに行くときも、エコノミーチケットなのに、たまたま関空でビジネスにしてくれて、広々した座席でごちそうを食べたんですよね、私。

2回目だ・・・。

前回は、初めてのビジネス席に戸惑って、逆に疲れた感じだったんですけど、今回は、椅子の使い方とかもわかっていたので、すんごい伸び伸びとくつろいで帰ってきました。

てか、料金の差もすごいからわからないでもないけど、このサービスの差は、激しいですよね。

乗った瞬間から、ジャケット預かってくれるし、めっちゃおいしい!ってこともないけど、テーブルクロスを敷かれて、それなりに、きちっとした料理を食べて、デザートも3種類から選べて、紅茶もダージリンとアールグレイから選べて。

毛布もエコノミーのものとは、違いますしね。

イヤホンも違うし、日本の週刊誌とか勝手に持ってきてくれるし。

あと、横になってぐっすり眠ってて、ふと目が覚めたときとか、飲み物運んで来てくれるし。

関空に着く寸前とか、客室乗務員さんが一人一人に「お疲れさまでした。」ってあいさつに来ちゃうし。

恐ろしい。

そういえば、飛行機の中で、「よみがえり」って言うSMAPの草?くんと竹内結子ちゃんが出ている映画を見て、ご飯食べながら見ていたにもかかわらず、思いっきり泣いてしまったという・・・。

さて、飛行機つながりで、行きの飛行機の話しですが、行きは何と、私の席とその隣の席の画面が故障していてですね、画面というか機械が全て動かなかったため、電気も付かず、かなり暇でした。

席を移動することも可能だったのですが、赤ちゃんの隣とかそういう席だということで、まぁいいや、寝るしって、そのまま座ってました。

隣のお兄さんも、不便だと思ったらその時に言いますってことで、そのまま座ってて、でも、さすがに電気も付かないのかって、わかったときは、一時的に移動されてましたけど。

ホントに、暇だったので、隣の人に話しかけようっと思って、そのお兄さんに「どちらに行かれるんですか?」って話しかけて、

「スイスです。」という風に和やかにお話しました。

その人は、仕事でスイスに9日間滞在するということでした。

同じように私も、聞かれたのですけど、「お仕事ですか?」って言われて、おーーぃみたいな。

まぁ、年齢的には、働いててもおかしくないので、仕方ないかなぁと思いつつ、「いや、まだ学生なんですよ。まぁ、今五年生なんですけどね。」

って言ってたら、「てことは、23??あんまり変わらないと思ってた・・・。」

うーん。

そのお兄さん、聞くところによると32歳なんですよ。

では、何歳だと思ったのかと問うと、28ぐらいだと思ったとか。

うっっ。

確かに、若者らしきオーラとかあんまないかもしんないし、高校生ぐらいまでは、ずっと老けて見られてきて、でも、大学生になってからは、若く見られて来たのにー。

ま、とりあえず、暇な時間にベラベラおしゃべりしてて、ずいぶん楽しかったですけどね。

 

パリに着いてからは、タクシーでホテルに直行して、なぜかツインルームだったのが、気にかかりながらもベッドに倒れこみ、そのまましばらく爆睡。

目が覚めたら、夜の11時だった。

とりあえず、友だちに電話して、「ねぇねぇ、ホテルがツインルームなんだけど、値段は69ユーロでいいのかなぁ?」とか言ってたら、フロントに聞いたほうがいいねって言われ、わかったけど、眠いから明日でいいやと思い、また爆睡。

 

朝になってから、外出するついでにフロントで料金を尋ねたら、69ユーロだって言ってたので、とりあえず、安心してノートルダム寺院へ行く。

ホテルが11区だけど、マレだから、普通に徒歩で散歩がてら行って、中に入ってお祈りして、友だちのためにロザリオを買った。

お祈りとか言って、普通にうちは真言宗とかだけど、中高6年間にみっちり染み込んだお祈りを、ぶつぶつ口ずさむ。

 

その後、ポンヌフからメトロに乗って、オペラ周辺に行く。

後に南仏旅行するお姉さんへの、お土産を届けに行く予定だったので。

オペラの辺をフラフラしたあと、そのお姉さんの住むマドレーヌ通りまで歩く。5ヶ月離れていても、さすがに道は忘れないので、普通にいつもの道を通って、管理人さんにあいさつして、お姉さんと5ヶ月ぶりに再会。

 

この日は、他2人の友だちも交えて4人で夜ご飯を食べることになっていたので、その時間まで、きゃー久しぶりーっと騒ぎ、ペリエミントを作ってもらう。

夜ご飯は、適当にマレでいっかってことで、待ち合わせは、市庁舎前のBHV。

懐かしい。

前から、待ち合わせに、よくBHVを使っていたので。

4人で夜ご飯を食べた後は、別の一人とバスチーユで合流して、カフェに行き、何だかんだいって、12時を過ぎてしまった。

 

次の日は次の日で、夕方にパリにやって来る友達と会うことになっていたので、それまで、一人でふらふらした。

とりあえず、私が着いた瞬間からと言っても過言ではないぐらいのタイミングで、パリは雨が降り出して、すっかり秋めいてしまったので、この日も雨がパラパラ降っていたものの、せっかくマレにいるので、近くのピカソ美術館へ行く。

その後、シャンゼリゼに出て、SEPHORAで、頼まれ物の化粧品を探していたら、なんと、偶然に友だちに会う。

しかも、全く別プランで、約1ヶ月の語学研修のために来ている、

現在女学院で4年生の友だちに。

お互いにびっくりして、とりあえず、お昼でも食べようってことで、サンジェルマンまで行って、お昼を食べた。

彼女は、2日後からはアンジェという街で語学研修をする予定だったので、その前にもう一度、お茶でもしない?って話して、次の日も会う約束をした。

 

この日の夕方、パリに着いたばかりの、去年語学学校で一緒だった友達と再会し、集まった4人で乾杯する。

とりあえず、みんな久しぶり。

 

パリに着いて3日目。

まぁ、世界陸上最終日だったんですけど、私はホテルから友だちの家に移動しなきゃいけなかったし、あまり興味もなかったので、マラソンも見ず、普通に午前中にチェックアウトして、タクシーを呼んでもらって移動。

この日の、3時ごろには、友だちはニースに旅立つ予定だったので、その前に簡単に部屋と鍵の説明をしてもらって、旅立ち前にカフェに行く。

そのカフェは、その友だちと以前によく通っていたカフェで、ボンジューって入っていったら、私のことを覚えてくれている店員さんがいた。

こういうのって、うれしいですよね。

カフェクレームを飲んでから、友だちをタクシー乗り場まで送っていき、また向こうでねーってお別れする。

そう、また、南で会うことになっていたので。

 

夕方、昨日約束した4年生の友だちと市庁舎の前で落ち合った。

日曜は、閉まってしまうお店も多いけど、マレには開いてるお店がいっぱいあるので。

2時間ぐらいしゃべって、じゃぁまた日本でねーってお別れする。

私は、こっちに結構友だちがいたのにも関わらず、なぜか不安になっていて、心細かったりしたんですけど、彼女はパリに友だちがいるわけでもなく、知らない人たちと語学研修として来ているので、余計に心細かったようで・・・。

とりあえず、お互いに救われたっぽいよね、って話しました。

 

火曜日からは、ニースを拠点にして、その周辺の街を散策。

南は、パリとは打って変わって、太陽がきつくって暑かった。

テレビの天気予報では、「明日は雨です。」とか「日曜は雷を伴うでしょう。」

とか言ってるんですけど、その割りに毎日ほとんど晴れてて、南にいる間天気が悪かったのは、一日だけでした。

どこどこ行ったんだっけなぁ。

カンヌでしょ、アンチーブでしょ、グラースでしょ、エズにモナコ公国にマントン・・・。

あと、ニースか。

ニースは、拠点だったので、実はあんまり見てないっていう。

 

カンヌの海岸ってすごいきれいなんですよ。

ニースとかマントンの海岸は、石が多いんですけど、カンヌは砂浜で。今回は、結局泳がなかったですけど、とりあえず地中海に触っとこうってことで、バシャバシャ公共のビーチで遊びました。

その後、海岸沿いのレストランでお昼を。

やっぱ、魚がおいしいですねぇ。

ヒラメとか食べてですね、結構がっつりあるのに、さらにデザートも食べちゃうみたいなね。

あとから思えば、この日に、かなりの太陽を浴びたらしい・・・。

アンチーブは、帰りにちょこっと寄っただけなので、特に何もせず。

グラースでは、香水工場に行って、自分だけのオリジナル香水を作りました。

ガイドブックでは、調合師に日本語のわかる人をお願いすると、余分にお金を取られると書いてあったので、別にフランス語でいっか!って、お姉さんと話していたのですが、行ってみると、フランス人で日本語を勉強中のおばさん先生がいて、その人が付いてくれました。

入ったときに、フランス語でこっちが話すと、「私は今、日本語を勉強中ですので、私の勉強のために日本語でお願いします。」って言われ、おーすごいっと思いながら、その後は日本語で話す。

これが、結構感動的で、一人ずつ与えられたテーブルの前には、ぎっしりと香水の素となる液体が並んでいて、最初に自分が選んだ2種類の香りをベースにして、香水の調合が始まるんです。

香りを足して行って、混ぜる度に、先生がチェックしてくださって、「う〜ん。いい香りです。やわらかい感じがします。」とかって、意見を述べられるんですよ。

途中で、“Le Nez”(直訳すると、“鼻”?)と呼ばれる、

香水調合のスペシャリスト大先生が現れて、一通り生徒たちの香りをチェックしてくださったりもしました。

香水には、それぞれ好きな名前を付けられるんですよ。

ちなみに、私のは、“L'homme de ma vie”。

あはははは。“運命の人”みたいなね。

名前とか考えてなくて、とっさに思いついたのが、これだったんですけど、その割には、結構いい名前じゃないですか?

そういえば、ワインのすごい人も、“Le Nez”と呼ばれるんでしたっけ?

鼻が利く人は、そう呼ばれるんですかねぇ。

 

できあがった香水は、何種類かあるビンの内、好きなビンを選んで、それに詰めてもらいます。

そして、ここの生徒として認められましたっていう賞状みたいのをもらえて、私の香水の番号ももらえるんです。

だから、もし、この香水がなくなって、また欲しくなったときは、電話やメールで注文すると、同じ香りを調合して作ってくれるんですよ。

最後に、できあがった香水と賞状を持って、“Le Nez”先生とおばさん先生とお姉さんと一緒に記念撮影。

 

次の日の、エズヴィラージュは、なんとも小さなかわいい街で、小さなお店がいっぱいあってですね、思わずアクセサリーを買ってしまいました。

この辺りは、小さな街がちょこちょこいっぱいあって、どこも街の色が淡いサーモンピンクみたいな感じで、絵本の世界のようです。

残念ながら、天気が悪かったので、景色がきれいに見えませんでしたが、それでも、海も島も向かいの谷も、なかなかに綺麗で、住みたい・・・

と思いました。

ホントは、ニーチェの小道ってのに、行ってみたかったんですけど、激しい山道らしかったし、雨だったので、やめました。

 

で、モナコ公国ですね。

めっちゃ、小さい国ですけど、治安よさそーって感じ。

パリで部屋を借りてる友だちとニースで合流して、一緒に行きました。

港には、自家用クルーザーがいっぱい泊まっていて、何となくお金持ちな雰囲気が漂っていました。

でもやっぱり、海がきれくって、「降りてもいいけど、危険があっても知らないよ。」みたいな看板がかかってるところから、トコトコ降りてって、再び地中海に触れる。

はしゃぎすぎて、ワンピースの裾がびしょびしょになっちゃったんですけど、まぁ、すぐ乾くだろとか言って、そのまま裸足でペタペタ歩いてたりしました。

 

モナコ大公宮殿を見て、水族館を見て、カジノを見ました。

カジノも外から見ただけ。

正面玄関の前に、しばらく立っていたら、来る車、来る車が本当にすごい車ばっかで、中に乗っている人も、素敵な感じの人で、「す、すごい・・・。」ってちょっと、呆然としてしまいましたねぇ。

その内、来てみたいよねー。う、うん。その内にはね・・・。って、3人でぶつぶつ話す。

 

次の日のマントンは、ジャンコクトーの美術館と国境越えが目的でした。

たまたま、第一日曜だったので、美術館はタダ。

わぁーい。

でも、思っていたよりも小さな美術館でした。

ポストカードを数枚買って、いざ国境を目指す。

 

マントンまで来ると、すぐお隣がイタリアだけに、メニューもフランス語とイタリア語になってたりしました。

しかも、イタリア人がいっぱいいる。

地図で見る限りでは、どうやら、歩いていけるらしい・・・という感じだったので、二人でトコトコ海岸に沿って歩く。

しばらくすると、「イタリアまで1000m」という看板を発見。

「1000m!?近い・・・。」

ということで、また、スタスタ歩く。

国境のところに、守衛さんとかいるのかなぁ?

いたら、一緒に写真撮りたいねーって話ながら、わくわくして行ってみると、誰もいなかった。

というか、普通に、看板見てから1000m強歩いたら、「イタリア」っていう看板があって、その手前にはフランスの国旗、その向こうにはイタリアの国旗があって、それだけである。

それだけかっ!!って言いながらも、うれしそうに、国旗の写真を撮ったりして、行き来する車の中から、めずらしい生き物のように観察されまくってしまった・・・。

 

そのあと、イタリアの街まで行けるのかなぁと思って、ちょっと歩いてみたものの、どうやら街はまだ遠いようだということが、トンネルを一つ抜けた時点でわかったので、諦めてまた歩いてフランスまで帰った。

この日も、かなり歩いたので、太陽をいっぱい浴びたらしい。

 

最後の日は飛行機の時間まで、ニースの海岸を少し散歩して、街もちらっと見てですね、さようなら太陽って言いながら、パリに戻りました。

私は、別に太陽が大好きな人ではないのですが、お姉さんは、太陽大好き人間なので、ニースを去ることが本当に悲しそうで、しかも、パリに着いたら、本当に曇り空で雨も降ってきて、気温18度だったりしたので、辛そうでした。

 

この日の夜は、友だちが夜ご飯を作ってくれるということだったので、一度家に帰ってから、いそいそと出かけていき、『コブラ』という日本の漫画をDVDで見ながら、楽しく会食。

気づいたら、12時だったので、そこから急いで家に戻り、荷物の整理とかやるはずだったけど、疲れていたので、また爆睡。

 

そして、パリで過ごす最後の日。

残っていた頼まれ物を買い、友だちの家に戻って、郵便物のチェックをしていたら、後ろから「ボンジュー」と言われる。

その声の主が、ココの管理人さんだということはわかっていたし、その声の調子から、この人怪しいかも・・・と思われていることも薄々わかっていたけれど、無視できないので、「あ、ボンジュー!」って、にこにこ振り返ってみた。

すると、「あー!あの、お友だちね。」って。

カフェのおじさんに続いて、この管理人のおばさんも、私の顔を覚えていてくれたらしい。

よかった・・・。

私が、郵便受けを開けているから、新しい住人に代わったのかと思ったらしく、それで声を掛けたらしい。

でも、顔を見たら、その部屋に住んでる人の友だちだって、わかったので、あとは細かくは聞かれなかった。

 

まぁ、結局、管理人さんにちゃんと話しておいた方がいいかもねってことで、帰る直前に、管理人さんの部屋に寄って、「私は今から日本に帰るんだけど、この部屋の友だちは26日まで帰ってこないから、その間に何か荷物でも届いたら、預かっといてください。よろしくお願いします。」ってお願いしたんですけど。

あぁあ。それにしても、ゆっくりする時間は、ほとんどなかったなぁ。

 

そういえば、パリで6ヶ月お世話になった語学学校の先生に、9日に会う予定だったのですが、その日のお昼に電話がかかってきて、仕事で行けなくなっちゃったんだけど、木曜なら行けるのよって言われたんですよ。

「あ、木曜かぁ。私、明日、日本に帰るんですよねー。早いでしょ?」って言ったら、「明日!?早すぎる!何時の飛行機なの?」とか言われて、時間も言ったら、「あぁ、それだと見送りも行けない・・・。今度フランスに来るのは、いつ?」って。

いやぁ、おもしろい、いい先生なんですよー。

私たちが通ってた語学学校で、最初に出会った生徒たちが、私たち日本人だったみたいなんですけど、印象が良かったらしく、その内日本で働きたいって言ってるんですよ、最近。

フランス語の先生として、日本で2年ぐらい働きたいそうです。

現在は、そのために、2つの語学学校で働いてて、お金をせっせと貯め中みたいです。

私が、フランスにもし次行くとしたら、春かなぁって言ってたら、「今回は、海を見たでしょ?だから、次は山よ!スキーが出来るわよ。」

って勝手に言ってて、勝手に「じゃぁ、2月ぐらいかしらねぇ。」って決めてました。

実際、もう当分フランスには行けないかもなぁ・・・。

バイトしてないし、お金ないですからねぇ。

その電話では、日本で今私がやってることを、少し話して、卒論書かなきゃいけないんだよねって言って、てか、その内先生日本に来るんでしょ?って話して、最終的に、まぁメールできるからってことで落ち着きました。

 

早く、日本に来てくんないかなぁ。

関西の生徒って、私ぐらいなもんだから、関西を案内する気満々なんですけどね。

 

はい。そんな感じですかねぇ。

今現在は、時差ぼけなのか、疲れてるだけなのか、何なのか?

という状態ですけども、いっぱい寝て回復しようと思います。

 

le 27 aout

えーっと、明日から、フランスに行きます。

今度は、2週間。

 

今回は、ふらふらと友だちに会いにいくことが目的です。

でも、お金ないよー・・・って言ってたら、丁度9月から南へ移動して、パリのアパートが空くという友だちがいて、その人がいない間、その部屋を貸してくれることになりました。

ラッキー。

ちなみに、パリにいるのは、9月1日までと9月8日9日ですが。

あとは、ニースへ行きます。

パリにいる友だちと一緒に、旅行することになったので。

 

パリで、友だちの部屋が借りれる日までは、ホテルに泊まろうと思っていたのですが、のん気にしてて、うっかりホテルのことを忘れていて、1週間前ぐらいに「あ、やばい。」と、思ったものの、

ネットで探すのも面倒だなぁって思って、ほったらかしだったんですよ。

でも、気になるので、以前私が住んでたところの近くのホテルが空いてたら予約してもらおうと思って、友だちにお願いしたんです。

だけど、空きがなかった・・・。

困ったなぁ。やっぱネットで探すかなぁって思いつつ、チラチラ見てたんですけど、どこがいいんだろう?って思って、またほったらかし。

 

3日前になって、さすがに危険だと思ったので、別の友だちにお願いして、ホテルを探してもらいました。

てか、自分で探せよって話なんですけどね。ははは。

その友だちが知ってたホテルは、残念ながらいっぱいだったらしく、偶然にも今パリに遊びに来ているらしい、その友だちの友だちが泊まっているホテルを、予約してくれたそうです。

予約してくれたのは、その私の友だちの友だちさん。

いやぁ、全く面識のないお兄さんにホテルを予約してもらうなんて・・・。

激しく人騒がせなヤツですね、私。

すみません。

 

そのホテルは、☆☆で、どこにあるかというと、

何と、マレ!

また、マレですねぇ。

2年前の語学研修のときも、ホテルがマレにあって、バスチーユの辺とかうろちょろしてて、去年11月から今年3月末までは、自分でマレを選んでそこに住んでて。

マレばっかり。

というか、パリに行って私が滞在している場所が、ホームステイを除いて全部マレですからね。

何でしょうか、これは?

今回のホテル、最寄駅は8番線のシュマンベール。

語学研修のときに、使ってた駅です。

偶然って、すごいですねぇ。

 

そんな感じで、明日から行ってまいります。

もちろん、卒論のための本やら資料やらも持参で。

4冊持ってってますけど、全部読むのかなぁ・・・。

 

le 22 aout

友だちと、梅田でランチを食べて、買い物する。

買い物とか言って、私がサングラスが欲しかっただけですけど。

彼女たちは、2年前のフランス語学研修で仲良くなった人たちで、今4年生。

一応、私の方が一つ年上なんですけど、一番ぼけーっとしてるので、この二人の方が年上かのようです。

ほんとに。

一緒に買い物をしていても、ただしゃべっていても、あぁ、ほんとにこの人は・・・仕方ないなぁ・・・って感じなのか、いろいろ指摘してくれるので、ありがたいです。

語学研修のときには、私のメイクも今よりもっと適当で、どーでもよかったので、もっとこうした方がいいよって教えてもらって、アイラインも引いた方がいいのだなぁって学んでですね、気が向いたら引いてみたりしてますしねぇ。

マスカラもちゃんとつけた方がいいよ、とかね。

最近は、目のメイクには気を使うようにしていたんですけど、髪の色が少し明るくなったので、眉ペンの色もちょっと明るくしたら?

と言われ、そうかもしれない・・・と思ったので、変えてみたり。

メイクって、何でもかんでもつけると、けばけばしいし、だからと言って、控えめにしすぎるとメイクの意味があまりなかったりするし、難しいんですよねー。

同級生に、メイクの指摘をしてくれる人はいなかったけど、フランス語つながりで、そういう友だちができて良かったなぁ。

ちょっと、メイクに興味も出てきたりしましたしね。

 

人によって、集中する話題ってさまざまじゃないですか。

だから、いろんな友だちがいると、おもしろい。

恋愛感、友だち感も多種多様だし。

ランチを食べながら、いろいろ恋愛について話したり聞いたりしたんですけど、なぜか、途中から友だち二人が小姑みたいになってきて、ちょっと怖かったですけどね。ははは。

 

でもねぇ、価値観がちょっと違ってたりする人と話すのって、やっぱりおもしろいし、違う側面からの考え方も知れるし、大切なことだと思うんですよねー。

聞いてて、なるほどねぇ、うんうん。って、いろんな話聞いてたら、視野も広がるんじゃないかなぁって。

 

le 21 aout

朝9時から、美容院に行く。

もう、髪ばさっと切りたいって思って、電話したら、お盆休みに入ってしまうということだったので、休み明けの一番最初に切ってもらうことになってたんです。

どうしよう?って聞くから、「前髪だけ伸ばしたい。」って言ってんのに、いつもの美容師さんは「前だけ伸ばして、後ろは切るん?」と、明らかに不服そうだった。

その顔を見ていると、まぁ、もう切ってもいいかなぁって思ってきて、「じゃぁ、前髪も切ってもいいよ・・・。」って言ったら、私の言い方には名残惜しさがにじみ出ていたらしく、なぜ前髪を残したいのかを尋ねられた。

そんなこと、聞かれても、大した理由があるわけじゃないので、

素直に、「前までさ、ずっと短かったから、ちょっと伸ばそうかなぁと思って。」

って答えたら、「それだけ??じゃぁ、切るで。」

「う、うん。」

「さっちゃんは、顔がキュートな感じなんやから、なんぼ前髪伸ばしても大人っぽくならへんって。短い方がかわいいと思うで。」

あぁ、そう。ふーんだ。

相変わらず、言いたい放題だよ、まったく。

結局、今回は、前髪に短いところと長いところを作ることになって、横で分けると短め、真ん中辺で分けると長め、というようにしてくれた。

切ってもいいって言ってるのに。

私がお金を払って帰るとき、他のお客さんの髪を切りながら、振り返って、「ありがとう。またなー。前髪短い方がいいと思うで。」って。

・・・しつこい。

 

午後からは、卒論について話すために、内田先生のところへ行く。

18日に、母校へ行って、高校のとき担任してもらっていた先生に、卒論のことをいろいろ話して、質問されて答えている間に、何となく頭の中が整理されてきたので、内田先生にも聞いていただこうと思って。

高校の先生とお話しているときも、あぁ、なんかおもしろそうだなぁって、わくわくしてきたんですけど、内田先生のお話を聞いていると、もっとおもしろそうに思えてきました。

へー、おもしろくなりそうですねー。みたいな。

私が書くはずなんですけど、すっごい他人事みたいに思えて。

でも、実際は、やることがいっぱいなんですけど。

夏休み中は、ちょこちょこ本読んで、中間発表に向けて、序章と骨組みを考えて、とりあえず原稿を8000字ですね。

それで、後期に入ったら、大学に足繁く通ってデータを集めようっと。

書くの大変そうだけど、そういうデータ集めとか楽しそう。

 

最近、やっと、もやもやしていたものが晴れてきて、卒論やんなきゃ!って気になってきたんですよー。

就活には、あんまり気が向かないまんまですけどねぇ。

あぁ、でも長かったなぁ。

何を引きずっていたんだろう。フランスですかね?

フランスでの生活かなぁ。

 

やる気になってきたのはいいんですけど、実は、卒論ってどうやって書くの?ぐらいの勢いだったので、そっから内田先生に教えていただきました。

参考文献って何がいいんですかねぇ?とか聞いたら、自分で探しなさいって言われるだろうなぁって、一応わかってたんですけど、それでも聞いてしまうという・・・。

それぐらい、何もわかんないで、へー、このテーマおもしろそうって勝手にわくわくしていたんですよ。

テーマを思いついたのは私ですが、我ながらのん気というか、バカというか・・・。

普段の発表は、まぁだいたい一月ぐらい前から、参考文献になりそうな本を読んで、こんな感じでいいやぁでやって来ましたけど、今回は卒論ですしねぇ。

長いし。

大切なのは、探検するときのマッピングと推理小説みたいな犯人の仮定なんですよね?

先生の、たとえ話があまりにもわかりやすかったので、それが、こう頭にくっきりと残ってるんですよ。

なるほどなぁって思ったんで。

どうもありがとうございました。

とりあえず、本読みます。

 

le 16 aout

鳥取県の芦津というところへ、両親に連れられて
お昼ごはんを食べに行く。
普通に国道を通って、のらりくらりと鳥取の山の中へ。
そこには、きれいな川が流れていて、本当に山の中で、
昔ながらの家が立ち並んでいて、夏なのにひんやりした空気が
流れていました。
うちの親は、去年、私がいない間二人でうろうろしていて、ここに何度か
ご飯を食べに来たそうで、紅葉とか川魚がとてもおいしいから
と言って、連れて来てくれました。
『みたき園』というところなのですが、本当に“昔の家”という感じの
家が何軒かあって、その中で山と川で取れる食材を食べられるんです。

虹鱒のお刺身、ところてんに辛子味噌を添えたもの、おから、
焼き魚、山菜、紅葉やよもぎや茶蕎麦の天ぷら、手作り豆腐、
昆布やたけのこの炊き合わせ、茶碗蒸し、お漬物、お味噌汁、
炊き込みご飯、西瓜・・・。

美味しい。
本当に。
紅葉とかよもぎとか、ほか何種類かの葉っぱの天ぷらには、
ほどよく塩味がきいていて、サクサクしてて、こういう天ぷらは
初めて食べたので、驚きました。
それと、焼き魚。
よく、川で取れた魚を木の枝とかに刺して、焼いてたりするじゃないですか。
一見美味しそうなんだけど、私は魚の骨がすっごく嫌いなので、
鮎とかダメだったんです。
でも、今日のやまめは、おいしかった。
本当に竹みたいなのに、刺さってたけど、焼きたてでちょっと味噌が
のせてあってホクホクしていたので、骨も食べちゃいました。
今まで鰯も食べられなかったのに。

全部食べきったあと、ちょっと涼んでいたのですが、
これで、ココでちょっと昼寝でもできたら最高だろうなぁって
思いました。
山の中で、近くを川が流れていて、家中の戸を開け放したら
夏場でもクーラーなしで十分涼しくて・・・冬場は雪が積もるけれど、
何かいいなぁって思いましたねぇ。
あぁいうところの縁側で、うとうとしたい。

岡山で桃を買って帰ってしばらくした頃、
高校のときの先生から電話がありました。
そうそう、私、高校1年と3年のときに担任してもらっていた先生に、
手紙を出していたんです。
というのも、卒論のためにアンケート調査しようかなぁと思って、
内田先生に相談したら、先生はインタヴューをオススメしますって
おっしゃったんですね。
なるほどー。インタヴューかぁ。じゃぁ、そうしようっと思いつつも、
誰に?ってなって、しばらくほったらかしにしていたんです。
で、ある日突然、そうだ!と思い立ち、高校のときの担任の先生に
手紙を書いたわけです。
この先生は、古文の先生で、私は古文以外にも、2年も担任
してもらっているので、相当お世話になったのですが、
なんかホントに急に手紙書こうと思って、さらさらと書いて
連絡先も家電からメールからケータイからって全部書いて、
送っちゃったんです。
そしたら、早速、ご連絡が。
18日が全校登校日で学校に出勤するので、もし都合が良ければ
学校に来ないかと言われ、都合のいい午前中におじゃますることに
なりました。
先生は、現在大学院で言語学を研究しつつ、私の母校でもある
賢明女子学院で国語の授業もしているそうです。
力になれるかどうかわからないけど、とりあえず、懐かしいし、
一度会いましょうということになったのですが、たしかに、
今まで4年間一切連絡してなかったのに、卒論が!って
突然手紙とか書いて、とんでもない卒業生ですよねー、私。
卒業以来近づいてない、学校に足を踏み入れるのも、
結構緊張するなぁ。
でもまぁ、とりあえず、行ってきます。

 

le 15 aout

お盆だからということで、帰って来ていた弟を、送っていこうと
家族で車に乗る寸前に、何気に郵便受けを見たら、
野村万作・萬斎狂言会のチケットと、仏検の結果が来ていた。
落ちた・・・。
げっ。落ちちまったよ。
まぁ、あれで受かったらホント簡単すぎだよね、と思いつつ、
いろいろ面接を振り返る。
5分だけだからって、平気な顔してたけど、よく考えたら、
5分間の内に一度失敗したら、立て直しがきかないなぁと。
私は、「学生です。」とか言ってるうちに、大学の話になっちゃって、
それが卒論の話になり、わけわかんなくなっちゃったけど、
私なりに何とかがんばった。
でも、ダメだったんですねぇ。あれじゃぁ。
ちっ。
聞き取りできても、しゃべれないから、だめだなぁ。
ずっとそこが弱いのに、まだ、弱いままらしい。
気が向いたら、秋にもう一回受けよう。

そんなこと思いつつ、弟とバカ話しながら、滋賀まで弟を
送り届け、そのままとんぼ返り。
父は、車が好きで、飛ばすのも好きで、だから、ビュンビュン
名神を飛ばして帰っていた。
もうすぐで、西宮というとき、ウーゥウーゥとサイレンが・・・。
は?
と思って、後ろを見たら、パトカーがいた。
「げっ。」「あぁあぁ。」って父と母は、すごい落ち込んでたけど、
私は何のことかわからなくて、え?何々?って思ってたら、
そのパトカーがすーって隣に来て、「止まりなさい。」と言う。
どうやら、スピード違反で捕まったらしい。
あら。
母は、お金がーって心配してたけど、私は初めてのことなので、
密かに興味津々だった。
「はい。どーもこんばんは。ちょっと、スピードが出ておられたので、
止めさせてもらいました。」と言って、警察の人が父を呼びに来た。
へー、丁寧なんだなぁとか思いつつ、じーってその警察の人を
見ていたら、目が合った・・・。
父は、パトカーの中に連れて行かれて、何か話していた。
運転席の警察の人が、激しく首を動かしてしゃべっているので、
怒られてるのかなぁと思ったけど、後で聞いたら、別に
怒られなかったらしい。
意外に早く、戻ってきて、「どうだった?」って聞いたら、
何でも「お盆だから。」と言う理由で、車間距離が十分では
なかった・・・という違反にしてくれたって。
「128キロでてましたから、本当なら罰金9万に免停です。」と
激しく首を動かして言われたらしい。
でも、車間距離が十分ではなかった、ということなので、
罰金も安くなった。
は?え?ほんとに??
すごい適当じゃないですかねぇ。
うちらは、大喜びですけど、そんなんでいいのか・・・。
謎。
母にガミガミ叱られて、父はその後、安全運転で帰りました。
私も、高速道路は乗らないけど、普段飛ばしてたりするから、
気をつけようって思いました。
罰金9万とか払えないもん。

 

le 12 aout

ケータイを新しく買い換えました。
私がフランスにいた頃、ボーダフォンが、海外でも使えるってしきりにCMで言っていて、うちの両親は、「じゃぁ次は、一斉にそれに買い換えよう。」って言っていたんですけど、いざ買い換えるにあたって、話していると、「別に海外行かないよね・・・。」
ということで、やめました。
両親は、ずっとauを使っていて、私と弟はTU-KAだったのですが、一本化すっかってことで、auに・・・って言ってんのに、弟がボーダフォンがいいと言ってうるさいので、弟だけはボーダフォンに。
まぁ、何でもいいよ。

ケータイって、間違えて洗濯しちゃったとか、トイレに落としちゃったとか、よほどのことがないと、壊れませんよね。
うちの弟は、うっかり洗濯機で回してましたけど。
だから、別に換えなくてもいいんでしょうけど、カメラ付いてるのいいなぁとか思ってしまうと、つい新しいのが欲しくなる。
これで、父以外はカメラ付きになりました。
本当は、お父さんのケータイが一番古くてauになる前のセルラーの頃のものなのに、面倒くさいらしく。
父は、機械に強いのに、ケータイに対してはTU-KAのCMみたいに、電話できればそれでいいんじゃないの?って思っているので、アドレス帳機能すら、ろくに使ってないですからね。
家族のケータイ番号しか登録されてないんじゃないかなぁ。
仕事関係の人の電話番号は、なんとなく覚えているらしく、かかってきても、「あ、○○さんや。」とか言いながら、電話に出てます。
そんな人なので、メールなんてやったことないですからねぇ。
ましてや、カメラ付きとか言っても興味ないでしょうねぇ。
ただ、私がパリにいるときに、日本でボーダフォンのCMを見て、あのケータイを持たせていたら、もっと便利だったのに・・・と思ったそうです。

それにしても、ケータイに付いてるカメラってどんなものなのかなぁ、まぁデジカメあるし必要なさげって思ってましたけど、なんか、デジカメと同じぐらいの性能っぽい。
恐ろしい世の中だ。
カメラの分だけ、ケータイが分厚くなってるし、これはデジカメなのかケータイなのか、何なのかなぁって思いますよ。
動画も撮れますしね。
一つ、気に入らないなぁと思ったのは、音ですが。
着信の音が、たぶん豪華になっているんだと思いますけど、なんか嫌だ。もっとシンプルな音でいいのに。
始めの頃って4和音とかで、おぉーってなってませんでした?
それが16和音になったりして、今、40和音?
一瞬、何の音かわからないんですよねぇ。
いやぁ、でも、その内手のひらサイズのケータイ電話さえあれば、パソコンも要らないような世の中になるんでしょうか。

そういえば、まだ夏風邪ひきっぱなしなんですけど、だいぶ良くなってきたので、病院に行かず市販の咳止めカプセルを飲んでいたのですが、今朝になっていきなり母に禁止されました。
テレビで、この成分が含まれている風邪薬は飲まないで下さいって言ってたとかで。
アメリカでは、人体に影響を及ぼすということで、かなり前から使われていない成分が、日本の風邪薬には未だ使われていたんですか??
知らなかったなぁ。
脳出血とかして死んじゃうらしいって、言うんですよ。
たしかに、薬の説明書きに副作用というか注意書きみたいにして、そういう恐れがあるので、何週間以上続けて服用しないでくださいって書いてあったような気がしますけど。
てか、もう3日ぐらい飲んでたし、それ以前にも花粉症とかで飲んじゃってるんですけどね。
その薬は、もう回収作業に入っているので、薬局からは消えているらしいってテレビでは言っていたそうですが、私は、その風邪薬が昨日の朝になくなったので、夕方薬局へ行き、同じものを買ってきて、夜飲んだんです。
田舎だから、回収遅れてるのかなぁ・・・って。
どうせ、回収するなら、ホントに全国一斉にしてもらいたい。

 

le 6 aout

だーー暑い・・・。
そんな中、弟が風邪ひいた一週間後に私も風邪をひいた。
扁桃腺が弱いので、のどが腫れて少し熱が出た。
近くの内科に行って、3日分の薬をもらって、3日間ちゃんと飲んだけど、治らなかったので、再び診てもらって、違う薬をまた3日分もらい、飲み始めて2日目。
のどの腫れはひいたっぽいけど、咳がひどくなってきた。

冷房がいけないのかなぁ。
むしむしするのが苦手だから、いつもドライで26度に自分の部屋は設定していたんですけど、今年はどうも冷房のせいで頭痛がしている気がして、夜以外はひたすら窓を開けるだけにしているのですが、部屋の中にずっといるわけじゃないじゃないですか。
外に出れば、電車の中はガンガン冷えてるし、建物の中もキンキンに冷えてる。
あと、うちの親たちが冷房大好きで、いつも冷房きかせてるんですよねぇ。
でも、外は倒れるぐらい暑い。
そんな温度の変化には、ついていけないらしい。
ちょっと上に羽織るものが、手放せないようになってしまいました。

一週間ぶりにNOVAに行って、馴染みの人と一緒だったので、先生が来るまでわいわい話しをしていたんですが、生徒の間でジョスランが辞めるらしいという噂がたっていたんです。
ジョスランは、私にとって一番長い付き合いの先生で、わかりやすいしおもしろいので、大好きなんですけどね。
この日は、ジョスランの授業が続けて2レッスンだったので、直接本人に「辞めるの?」って聞いてみました。
「誰がそんなこと言ったの? まだ辞めないよ。でも、1年後ぐらいに辞めるかもしれない。ベルギーに帰ろうと思って。」
その後、雑談が続いたんですけど、ジョスランがベルギーに帰るのは、休むためで、だいたい半年ぐらい実家にいて、その後はハワイかオーストラリアに行くって言ってました。
その理由は、自然が好きだから。
日本も、自然がいっぱいあって、わーぃ山だーって山に行ったら、ダムがいっぱいあって、海だーって海に行ったらコンクリートの堤防があって、那覇のすばらしい風景のど真ん中に、高速道路が走っていて・・・そういうのが、嫌になっちゃったんだって。
「日本人は、何でもコントロールしようとする。マニュアル化しようとする。でも、いざと言うときに、マニュアル外の対応ができないし、何もかもコントロールするのは、無理だ。5メートル6メートルの堤防を作ったって、自然はコントロールできない。」って。
たしかに。
ジョスランにとって、日本で暮らすことは、まぁ快適だそうで、平和すぎるくらいだそうです。
それは、日本語がちゃんとわからないから、日本人に何か言われてても関係ないやって思えるし、この外国人は日本語がわからないんだな、で済まされることもあるからだそうです。だけど、別に日本語がわからなくっても、普通に暮らせるわけですね。
「でも、この国にずっと住む気にはなれない。ビザのためにすごいお金を稼がなきゃいけないけど、仕事探すのは難しいし、今の日本は好きだけど、未来の日本に希望が持てない。」
なるほどー。
私も、フランスにいたときは、自分が外国人だし、フランス語もあんまりわかってないし、でも、普通に暮らせるし、日本にいるよりも楽でした。ジョスランと同じで、フランス人に何か言われててもわかんないんで、問題なかったですし、あぁこの人外国人だから、わからなくって困ってるんだなって感じたいい人が、快く助けてくれたし。
でも、やっぱり、フランスでずっと暮らそうと思ったら、自分で生計を立てなきゃいけないですよね。日本人が経営しているところでなら、もしかしたら働けるかもしれないけど、フランスの会社でなんて働けないし。すごい難しいと思います。
だから、ずっと暮らしたいかってなると、そうでもないなぁって思います。
私が、楽しかったのは、学生という立場で8ヶ月しかいなかったからだと思うんで。

その後も、いろいろ話していたのですけど、結構ショックでした。
例えば、「日本人はよく働くっていうけど、実際統計した人によれば、フランス人が8時間でやる仕事量を日本人は12時間でやるらしい。だから、日本人はたくさん働くんじゃなくて、長く会社にいるってこと。」とか、「日本人の友だちが結婚して、自分の給料を全部奥さんに管理させてて、自分はおこづかいをもらって、毎日同じ時間に家を出て会社に行き、長い時間会社にいて、疲れて帰って来る日々を送ってるけど、その方が、何も考える必要がなくって、毎日同じことやってればいいだけだから、楽でいいって言ってたよ。」とか。
なんか、これじゃぁ、日本人アホっぽいですよね。
でも、そう思いつつも、反論できず、「そうだねぇ。その通りだよ。」って言うしかできなかったことが、また何とも言えない気分でした。
私は、ジョスランの言う、その「日本人」だし、そんな日本に住んでる日本人である自分が、怖くなってきました。
しかも、一緒に受けてた主婦の人が、「政治が悪いんだと思う。」って言ってて、うーん・・・って感じ。
なんか、悲しいなぁ。

まぁ、こう言ったらそれまでですけど、仕方ないというか。
ジョスランにも、「私もそう思うけど、仕方ないんだよー。」って言ってしまいましたけど。
そんな日本に住む、日本人です。
だって、日本人なんだもん。
フランスから帰ってきてしばらくは、日本人って人目を気にしすぎるなぁとか、姿勢が悪いなぁとか、スタイル悪いなぁって思ってましたけど、もう5ヶ月経っちゃったし、また馴染んできちゃいましたからね。
私はわたしだーっていう思いは、強くなったまんまですけど。

この日のレッスンの帰りに、その主婦の人が、「外国の人は考え方が違うねー。ポジティブというか。」って言ってました。

 

le 28 juillet

暑いですねー。
でも、晴れが続いてるから、洗濯物もよく乾くしいい気分。

今日は、NOVAで今日が初めてのレッスンという人と一緒になりました。
なので、素早く自己紹介ということになり、それぞれ自分が何者なのかということをしゃべって、質疑応答をしました。
先生は、私はよく知ってる先生だったのですが、「何を勉強してるんですか?」という質問に答えていると、「え? 違うでしょ?」ってつっこまれて、「前は、違うことやってたけど、今はこのテーマなんですよ。変えたの。」って言ったら、「変えたの??」って爆笑されて、「卒論をこのテーマで書くつもりなんだけど、テーマ突然変えるのって変なの?」って聞いたら、その先生は爆笑しながら、「わかんないけど、僕はずーっと大学院まで建築の勉強をし続けたから、やっぱ、変だよね。なんで変えたの?」って言われ、ちょっと考えたけど、自分でもよくわからなかったので「うーん。わからない。」って答えたら、大爆笑されて、さらに、その新入生の人に向かって「あ! 最初の授業なのに・・・! サチコはちょっと変なんだよー。ごめんねー。気にしないでね。」って言ってた・・・。
なんだよ、それ。

でもまぁ、そんなことを言われつつも体調が良かったし、まぁいいやーって感じでしたけど。

先週は、ずーっと死んでましたけどね。
日曜の仏検に始まり・・・。
大阪のアリアンス・フランセーズで行われたわけですが、私は場所もわからなかったし、一本余分に時間を見て電車に乗ったんです。なのに、人身事故のせいで、JRがなかなか動かなくて、会場の最寄の駅に着いたときには、すでに集合時間になってて、やばっって思いながら、信号待ちをしている人に「すみません。今村ビルってどこにあるかわかりますか?」って尋ねたら、ビルの名前まではわからないから、どっかお店に入って聞いた方がいいかもって言われたので、近くにあったローソンに駆け込んで、「すみません。」って言ったら、「あ、アリアンス・フランセーズですか?」って店員さんから言われる。
みんな、聞いていったんですねぇ、きっと。
で、場所がわかったので、走って行って、結局5分遅れで着いたのですが、私の番は丁度次だったので、間に合いました。
試験の内容は、とりあえず自己紹介みたいな感じで、そこから面接官が流れを作っていくのですが、思いがけず卒論の話になってしまい、よくわかんないまま5分が過ぎてしまったという。
今度こそ、落ちたかもーって思いながら、しょぼしょぼ帰って家でだらだら過ごしました・・・。

別に、だらだらしたくないんですけど、だるくって、ダメなんですよねぇ。
それが、どんどんエスカレートしていって、夜起きていられなくなってきて、先週は、ほとんど毎日12時前に寝ちゃってたんですよ。
しかも、勝手に。
勝手にっておかしいだろって思うかもしれませんが、おかしいんですよ。知らない間に眠ってますからね。
お風呂上がって、だりーって思いながらベッドに座ってるときは、まぁ、そのまま寝ちゃったんだなぁってわかりますけど、机に向かってたはずなのに、気づいたらベッドで寝てて朝になってたりしますからね。
しかも、たいてい、北枕で寝てて、普段は南向いてるんで、枕に足が乗っかってるんですよ。
電気も点けっぱなしだし。
良くない。

そんな中、金曜の朝に弟から電話があったらしく、9時半に母に叩き起こされる。「熱が39度以上あって、震えが止まらないらしい。行くから付いて行って!」って。
なんでー、私もだるいんだってばっ、勝手に病院行きゃいいじゃんって思ったけど、ふらふらして動けないらしかったので、かわいい弟のために取るものも取り敢えず電車でいざ滋賀県へ。
すっごい急いで家を出たけど、着いたら12時半ぐらいで、近くの病院はお昼休みに入っていたため、タクシーを呼んで今からでも見てもらえる病院へ連れてってもらいました。
大きな病院だったので、採血から尿検査からレントゲンからいろいろ検査されて、点滴もしてもらったし、4時間ぐらいかかりました。検査したけど、特に悪いところはなかったそうで、夏風邪ですかねぇっていう診断に終わる。
母は、一人で「栄養失調だったらどうしようかと思ったわ。」って言ってましたけど。
点滴のおかげで、熱も下がったし、そのまま一緒に弟の部屋まで帰り、沖縄土産をもらって帰ってきました。
そうだよ、2週間前ぐらいまで沖縄行って遊んだりして、すごい元気そうだったのに、遊びすぎなんじゃないの?
まぁ、次の日には、もう大丈夫みたいだってメールで言ってたし、良かった良かった。
4時間冷房のよく効いた病院の中にいて、こっちが風邪ひきそうでしたけどね。

 

le 15 juillet

おばあちゃんの畑でとれたスイカを食べた。

この夏、初めてのスイカ。

うまいっ。

夏ですねぇ。まだ、梅雨だけど。

 

昨日のゼミは、「阪神間モダニズム」のお話でした。

全然知らなかったなぁ。

ホント、私って何にも知らない。

神戸は大好きですけど、私がふらついてるのは、三宮駅から神戸駅の間ぐらいで、阪急沿いの御影・岡本・芦屋とかって全くもってご縁がないですからねぇ。

 

しかし、何よりもこの授業でずどーんと来たのは、人間が成長する過程で、その周りの環境などが及ぼす影響は非常に大きいという先生のお話でした。

まぁ、誰だって、気づいたら「そこ」に生まれてたんだから仕方ないでしょうけど、子どもは最初、親を初めとする家族から言葉を学んでいきます。で、家族が使っている言葉で会話していきます。

ということは、家族の語彙力が貧困だと、それは子どもにも影響していくわけです。

また、家によっては、お父さんがクラシックが大好きで、赤ちゃんの頃からそういう音楽に親しんできたり、お母さんが国際交流大好きで、赤ちゃんの頃から外国人に囲まれて育ってきた、という人もいるわけです。

そのようにして、生まれたときから自然と培ってきた教養を、そういう環境に恵まれなかった人が、あとからがんばっても同じように手に入れられるのかというと、それは無理だって・・・。

 

というようなお話を聞いていたら、将来が不安になってきたんですよねぇ。

土地や環境の影響も、親の影響も、すごく大きいんだって思うと、どうしたらいいんだろうって思ってきて。

まず、自分がもっと知識増やさなきゃ・・・?

そうですよねぇ。ほんとに無知なんで、自分のためにも必要なことですし。

 

環境かぁ。

でも、確かにって思いますよ。

私は、中学受験をして、中高一貫の女子高に通いましたけど、やっぱりそこで、がらっと変わりましたし、その6年間の影響は大きいと思いますしね。今思うと、偏ってきちゃったなぁって感じですけど。

6年間、ミッションスクールでほとんど同じメンバーでやってくると、その学校に染まってきちゃって、何となくみんな似てきちゃうところがあると思います。結構、家庭環境も似通っていたりしますし。

私の場合は、大学も何となく近いものがあったので、違和感なくのほほんと過ごしてきてて、1年生の終わり頃からバイトを始めたときに、初めて「私、何かこの人たちと違うかも・・・。」って思いました。

話が合わなかったんですよ。

それで、しばらく様子を伺う感じで続けてて、それとなく全体が把握できたころ、みんなと上手く打ち解けられるようになりました。

 

うちは、両親とも大学も出てないし、父は、根っからの職人で商売人ですけど、なぜか母の方針で、私は4歳からオルガン教室に通い和音を聞き取りながら耳を鍛え、スイミングスクールに通い身体を鍛え、幼稚園の頃にはさらに書道教室に通い、オルガンがピアノになり、小学生になったときはそれに加え、そろばん教室に通い、小学五年生のときには、それらが嫌になって全部辞め、その代わりに進学塾に通い・・・という風に育ってきました。

母としては、私が私立中学に行き、女学院に行き、としていることが、とても順調だなぁと思っていたようですが、途中でいきなりフランスに行ったときに、あれ?と思ったとか。

家で、「環境が与える影響ってすごくってさ、他の人がどんなに勉強してがんばっても、昔から備わってる教養には勝てないんだって。」って話したら、「だからお母さんは、あんたらに習い事をさせて、塾に行かせて、私立に行かせたのよ。」・・・だって。

そして、「でもこれから先は、さっちゃん次第やけど。」って。

そうですね。

 

勝手に、自分の子どものこととか考えて、気が遠くなりましたけど、やっぱり、まず私がしっかりしなきゃいけないなって思います。

 

le 12 juillet

やったーーー!

仏検2級合格しました!

すっっごいうれしいです。

わぁーい。

自己採点不可能だった書き取りテストで、14点中11点もくれたらしく、基準点を5点も?上回ってました。

合格率は40%。

いやぁ、よかったー。

 

って、一次試験なんですけどね。

2次試験の面接、がんばろーっと。

面接は、20日です。

何故か、集合時間が14:14って表記してあって、この微妙な時間はなんなんだ?って感じですけど、気合入れて受けてきますよ。

せっかく、一次受かったんだし。

うっし。

NOVA通います。

 

le 10 juillet

明日は、何もない日だーと思って、昨日の夜、パソコンに入っている写真をいろいろ印刷して切って、アルバムに入れていたら、夜中の3時を過ぎてしまった。

今朝は、9時に起きて、ハチミツ紅茶とパンを食べ、顔を洗って洗濯を干し、気分転換にケータイの着メロを受信して「オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ」から「恋のダイヤル6700」に変えてみた。

暑い・・・。

朝から冷房つけるのもなぁと思って、部屋の窓を開けて過ごしていたら、蝉が鳴きまくっていた。

なんか、“夏休み”みたい。

 

お昼には、暑いし、そうめんねって母と話して、そうめんを茹でて、錦糸玉子とキュウリをのせて食べる。

うあー、もうなんにもやりたくないって思いながら、自分の部屋に戻ってベッドに転がってたら、いつの間にか眠っていて、気づいたら16時だった。

やばっ。しかも、あつっ。

洗濯でも取り込むかぁと思い、部屋を出る前にエアコンをドライ25℃に設定した。

洗濯取り込みついでに、洗面所に寄って鏡を見たら、妙に顔色が悪くって髪がパーマになっていた。

湿気のせいか・・・。

 

暑いのとじめじめは本当に苦手。

だから、バリ島で街をうろちょろしてたときは、途中で死にそうだった。そこまでではないけど、日本も湿気が激しいですよねぇ。特に最近。

昔は、こんなことなかったような気がするんですけど。

月曜日、七夕だってのに、雨降ってたし。

早く梅雨明けないかなぁ。

カラッとしたところに行きたい。

 

『FIGARO japon』を見ていたら、フランスの民宿がいっぱい載ってて、朝食付きなのに29ユーロとかもあって、すごい良さそう。

でっかい家に客室は3室ぐらいで、経営してる人や他のお客さんと一緒にご飯が食べられたりして・・・。

しかも、部屋ごとにシャワー付きですよ。

ボルドー行きたい・・・ブルターニュ行きたい・・・。

一人35ユーロかぁ。パリで下手に2つ星泊まるより、安いかもー。

って、8月にパリの友だちに会いに行くってことになってるんですけどね。

いやぁ、地方も捨てがたいんですよねぇ、フランスって。

現地の人と話す機会も多いだろうし。

うー、すごい惹かれる・・・。ブルターニュの島とか。

長期滞在でフランス行くなら、考えられるのになぁ。

 

とか何とか言いながら、せっかくの何もない日を、何もせずに過ごしてしまった。

もう18時。

犬と散歩に行かなきゃ。 

 

le 1 juillet

7月だー。

 

そういえば、思い出したんですけど、先週の火曜日は美容院に行ったんでした。

いつもの美容師さんのテンションが変で、「梅雨でもがんばれそうな髪型がいいなぁ。」って言ってるのに、「じゃぁ、梅雨っぽくクセがでるように切っとくわ。」って言われ、髪の色も私の意見を無視して明るくされたという・・・。

まぁ、クセは上手く利用されてるし、色もいい感じだから気に入ってますけどね。

 

思い出しついでに、先週の日曜は仏検だったんです。

びみょー。

聞き取りだけは、ほぼ完璧でしたけど。

模範解答を見た限りでは、自分では点が付けられない「書き取り」次第って感じでした。

書き取りテストの配点が14点なんで、ここで何点もらえるかによって、ギリギリ落ちるかギリギリ受かるかですね。

 

さて、昨日のゼミは、『三島由紀夫から見る同性愛』について。

パリのマレ区には、ゲイの人たちがたくさんいたので、マレで暮らしていたときは、同性愛者がずいぶんと身近でした。あちらこちらに、男の人しかいないカフェがあり、パン屋さんがあり、ブティックがあり・・・。

きれいな男の人がいっぱいいたので、大変目の保養になりました。

大抵のカップルは、一方が男役でもう一方が女役のようでしたが、今日のゼミ中に、それじゃぁ同性愛って呼べないのでは?という話があったので、なんとなくひっかかっていて、電車の中で考えながら帰っていたんです。

阪急三宮に着いたとき、「男同士なのに、男役女役に別れてて、連絡が来ないとか誕生日を忘れたとかで、ごちゃごちゃ喧嘩するんだったら、意味ないし。それじゃぁ、普通の男女と変わんないよ。男同士の友情みたいなのがいいのになぁ。」って思いながら、うっかり、エスカレーターなのに歩かなきゃいけない方に並んでしまって仕方なくエスカレーターを降りていたら、こけた・・・。

 

こけたっていうのか、何て言うのか、自分でもどうなったのかよくわからないのですけど、3、4段ほどずりずり滑った感じですかね。

気づいたときに「痛い!」とか言ってたんですけど、何となく、立たなきゃなと思って、途中で立ち上がったとき、隣にいたおばさんに「大丈夫ですか?」って言われて、はっとしたんで、周りにしきりに謝りながら改札に向かいました。

 

恥かしーって気もあったんですけど、何でこけたのかわかんないし、やたら痛いしで、恥かしさはどうでもよかったです。

JRに乗り換えてから、ジーパンの裾をまくって見てみたらエスカレーターらしき型が右足膝下に段々段って付いてて、え?5段?とか思いながらも、ひたすら痛かった・・・。

なぜか右足だけなんですよ。

家に帰ったら、右の膝下から足首のちょっと上までめっちゃ腫れてました。

で、湿布だらけになり、親にアホだと言われ、「いや、でもさ、どうやってこけたのかわからんねんってば。」と言いながら、朝になったとき、左わき腹が筋肉痛みたいになっててですね、今は、咳をしてもくしゃみをしても笑っても、辛い。

ほんと、とほほって感じですねぇ。

あぁあ。

 

le 28 juin

今週をおさらい。

月曜日には、大学の後、ふらふら映画を見に行きました。

『恋愛寫眞』。

広末涼子と松田龍平が出てるやつです。

松田龍平の英語はおいといて、広末涼子が魅力的な役をとても魅力的に演じていたところが良かった。

ワンダーを探してる女の子。

 

水曜日には、中学からの友だちに会いました。

あまりにも居心地のいいカフェに入ってしまったため、約5時間しゃべり続ける・・・。

ランチ食べに入ったのに。

それでも、お店の人はにこやかにコーン茶のおかわりを持ってきてくれた。

いいカフェ見っけ。

 

1年ぶりぐらいの友だちに会って、いろいろ話し、いろいろ聞き、いろいろ考えた。

彼女もまだ学生。で、大手企業のひどい話を聞き、なんだそれ?

意味わかんないって口々に言ったり、フランスやスペイン、イタリアの話をしたり、写真を見せたり・・・。

 

「12時半に待ち合わせよっか。」って言ったら、「12時にしてもらってもいい?なぜなら、私のお腹のピークが12時だから。」と、言ってくるこの友だちは、独特の雰囲気を持ち、独特の意見を持っているから、話していて楽しい。

私も考えさせられる。

 

水曜は、CDも買った。

山崎まさよしのアルバム。

以来、私が部屋にいるときは、エンドレスで流れ続けてます。

 

木曜はNOVAに行った。

久々に会った人に「仕事は見つかったんですかー?」と明るく聞かれ、笑い飛ばす。

先生と、広末涼子について話した。

本当は映画の話だったんだけど、たまたまその先生が広末さんに興味があったらしく。

私も、広末涼子は大好きな女優さんの一人です。

 

金曜は、友だちとランチしてからバーゲンへ。

なんか、すごい人だった。

私は、結局バーゲンと関係なく、一目惚れした靴を買いました・・・。

 

今日は、体調が悪くって、ぐでーっと過ごす。

・・・火曜日、何したんだろう?

何もしなさすぎて、思い出せないのかなぁ。うーん。

 

le 15 juin

ゼミ同期の、まきちゃんとウェスと一緒に三宮でお昼を食べる。

同期の人たちに会うと、「しゃべりが懐かしい」って言われる。

みんな働いてるので、学生ノリが懐かしいらしい。

11日に会った永本ちゃんも、久々にそういう話し方を聞くって言ってたし。

 

でも、話していると、彼女たちのノリも戻ってくるからおもしろい。

最初は、ちょっとズレみたいなものを感じるけど、1分後ぐらいには私の知ってるみんなに戻ってきますからね。

あー、永本ちゃんだ!まきちゃんだ!ウェスだ!うん。間違いないっってなって、なんだかほっとする。

それぞれ、いろいろ変化してるんでしょうけどねぇ。

大変そうだし。

 

で、お昼を食べたあと、おなかいっぱいすぎたので、散歩でもすっかってなって、北野の辺りをふらふらしました。

まきちゃんは、愛媛から久しぶりに神戸へ来たということで、「やっぱり神戸はいいわー。」って、しきりに言ってました。

そうやって、ふらふらしてると、前から来た車にププーッってクラクションを鳴らされて、ん?って思いながら見ると、

私の伯父でした・・・。うぃーんって窓を開けて手を振りながら去っていったので、「バイバーイ。」って言ってたら、

まきちゃんに「どちらさん?」って聞かれたんで、「おじちゃん、おじちゃん。」って答えたら、「さっちゃんの伯父さん外国人なん?」って・・・。

んなわけないやん!って爆笑してたんですけど、ウェスも外国人だと思ったらしいので、相当に顔が濃いんでしょうね、うちの伯父。

はははは。

まぁ、だいたい私の周りは国籍不明な顔してるんですけどね。

 

その後、大丸に行って、まきちゃんの用事を済ませてから、カフェでケーキセットを食べる。

カボチャのタルト・・・うまい、うますぎる。

甘いものは、お腹いっぱいだろうが何だろうが、ほんとにぱくぱく食べられますね。

この頃、雨が降り出してきて、げー傘持ってないのにぃって思ってたんですけど、おしゃべりしてる間にやんでラッキー。

働いてるの楽しそうだなぁ、いいなぁって言うと、「えーどこが??」って言われます。

まぁね、そうかもしれない。

 

よく、学生はいいなぁとか、今のうちにやりたい事やっときよーとか言われて、わかりますけども、実際、学生のときには、その時間をだらだらと過ごしてしまったりするもんなんですよ。

大体の人がそうだから、働きだしてから学生に向かって同じこと言ってるんだろうし。

つまんないことで悩んでふて寝できるのも、学生の間だけかなぁって思うと、傍から見たらもったいないかもしれないですけど、そうやって寝てる時間も無駄ではないと思いますしね。

 

それにしても、いつものことですが、話すことは尽きない。

あっという間の6時間でした。

また日が合ったら、わいわいやろうねー。

 

le 12 juin

3日連続NOVAに行ってみる・・・。

仏検が、すぐそこに近づいてきたので、耳も慣らさなきゃと思って、空いてるところにバンバン予約してみた。

3日間で6時間通ったのですが、その内半分は同じ先生で、この先生は新しく梅田からヘルプで来ている先生でしたが、すっかり仲良くなりました。

 

途中で、私がフランスに行っていたことが、以前から知り合いの一緒にレッスンを受けていたお姉さんによって、ばらされ、フランス生活について話すはめに・・・。

その次の時間は、夕方の中途半端な時間だったからか、生徒さんが少なく、私も一対一での授業となったので、さらにフランスについて聞かれ、「なんで、パリではずっとホームステイしなかったの?」

という質問を受けた。

で、「前から一人暮らししたかったんだけど、日本では親が反対して無理だったから、パリで一人暮らししてみた。」

って答え、そのことについていろいろ話す。

「私、学校まで片道2時間もかかるんだよー。遠くない??」

「往復4時間かぁ。遠いね。今何歳だっけ?」

「23。」

「うん。一人暮らししても、おかしくない歳なのにねぇ。説得しても無理そうなの?」

「うん。無理。」

「あはははは。そっかぁ。それで、パリで一人暮らししたんだねぇ。大丈夫だった?」

「もちろん!すっごい快適だったよー。」

などと、話し、その後就職の話もした。

「日本のことはわからないけど、フランスでは、100通履歴書だして、4通返事が来るか来ないかだから、サチコも100通ぐらい出したら、その中から何通か返事が来るかもよ。」

って、励ましてもらう。

たしかに。100通か、それ以上出さなきゃ無理っぽいなぁって最近思います。

 

今日は、NOVAの後、スタバでチャイを飲みながら、1時間半、仏検の問題集を解いてました。

家にいたら、夜中ぐらいしか集中できないから、外でやる方が断然はかどります。

はかどっていくにつれて、知らない単語や忘れちゃった単語がいっぱいでてきて、名詞形から動詞に置き換えられなかったり、熟語の意味を取り違えてたりして、ボロボロになってきました・・・。

やばい。やばすぎる。

仏検は22日だってのに、今になって真剣に問題集解いてる時点で間違ってるんですけど、かなり危険ですねぇ。

うぅぅ、落ちたくないよー。

3級と2級の差が激しいって、言われていますけど、やっぱり2級って難しいかも・・・って改めて実感。

書き取りどうしようって思って、家でそれ用のCD聞いてたりしたんですけど、それ以前の問題でした。

がんばろー。 

 

le 7 juin

今日の公開講義は、内田先生節が炸裂しまくりでおもしろかったです。

 

私は、大学一年生のときに、第二外国語のフランス語初級文法の授業にて、たまたま内田先生に出会いましたが、数ヶ月経ったとき、なんで語学の授業なのにおもしろいんだろう?って不思議に思っていて、そのとき同時に、この先生のゼミに入ろうって勝手に決めてたんですよ。

今日、先生のお話を聞いていて、私が初級文法の授業で「何でおもしろいんだ?」って思いながら、純粋に先生の策にはまっていったんだなぁということがわかりました。

あははは。

それまでに出会った語学の授業といえば、テキストを読んでいったり訳したりするだけの、本当にごくごく普通のつまんない授業だったのだろうと思います。だから(?)、英語嫌いだし。

だけど、内田先生の授業はどこか意表をついていたんでしょうね。

今思えば、文法の説明も、その領域を超えていたりしたような気がします。

あと、例文を書くときに同時に絵も書いてくださるので、密かにその絵も好きだったんですけど。

そうやって、授業を受けている内に、「内田先生って、変!」という結果に落ち着いてですね、もう、内田ゼミしかないと思ったんですよ。

でも、普段ぼんやりしてる私にしては、このときの勘はすごかったなぁと。

23年間で、一番、勘がさえていたのかもー。

私も、常に人の意表をつけるような人間になりたいです。

 

それから、日本が世界に輸出している漫画文化は、本当にすごいと思います。オタク文化も含めた漫画文化。

先生もおっしゃってましたが、ほんとにそうですよね。

パリで見ました。

日本の漫画のビデオやDVDが並んでいるところに行くと、宮崎アニメとかドラゴンボール、スラムダンク、キャプテン翼、アキラ、GTOとかに混じって、オタクじゃなきゃ買わないようなものも並んでるし、コスプレのビデオも並んでるし、それは本屋さんでも同じで、そういう所には、オタクっぽい人がちゃんと買いに来てるんですよ。

このためにお金貯めて来たんだろうなぁって人たちが。

あと、日本の漫画やそのビデオばっかりを置いていて、日本の曲がかかってるカフェもあるそうですし。

フランス人で、日本に興味を持っている人の多くは、漫画も大好きですしねぇ。

そういえば、テレビで遊戯王(?と)かカードキャプターサクラ(?)とかやってたみたいですし。

とにかく大人気。

 

私は、幼い頃に、親から漫画はだめーって言われて育ってきたので、漫画とはほとんど縁がありませんでしたが、それはすごい残念なことだと思います。

何でだめだったんだろぅ?

でも、弟はジャンプを買ってもらっていて、その流れで中学に入ってからも、おこづかいでばんばん単行本を買っていって、部屋にずらりと漫画が並んでるんですけどね。スラムダンクとか、GTO、ドラゴンヘッドに美味しんぼとか。

ヤツの料理についての知識は、ほとんどここかららしいし。

何においてでも、弟には寛大だったんですよねー、うちの親。

話がそれました。

 

まぁ、日本はこれからは、今までにない新しい方法でやってかなきゃいけないんじゃないかってお話でしたけども、昔、総理大臣になって欲しい人は誰ですか?みたいなランキングがありましたよね。

ビートたけしとか長嶋茂雄とか吉永小百合が挙がっていた・・・。

その話を、内田先生が語学ゼミのときに話していらしたんですけど、その授業の帰りに友だちと、「むしろ内田先生がいいよね。何か変わりそうだよね。」

と話していたことを、ふと思い出しました。

はい。

先生、今日はどうもお疲れさまでした。

 

le 5 juin

大学院の入試説明会に参加してみる。

本当は、昼から友だちと映画を見に行く予定だったんですが、その友だちが、説明会へ行くって言ってたので、何気に学校で待ち合わせることに。

そのわりに、内田先生に何だかんだと質問したりして、いやぁ、大学院もいいかも・・・とふらり。

あーでも、わかんないなぁ。

もう何が何だかわかんない。

また、混乱しまくりですよぉ。はぁー。

その後、予定通りに映画を見に行きました。

『A la folie・・・Pas du tout〜愛してる、愛してない・・・』っていう、フランス映画です。

『アメリ』で人気爆発した、オドレイ・トトゥが主演の映画で、久々にフランス語がいっぱい聞けるってこともあって、わくわくして見に行ってきました。

オドレイ・トトゥってかわいいですよねー。大好き。

しゃべり方もかわいいんですよ。

最初に、お花屋さんでピンク色のバラを一本買って、そのお店のおじいさんに「ここに届けて。」ってアドレスを見せるんですけど、おじいさんは「一本じゃ、配達はできないんだよ。」って断るんですね。

でも、オドレイが「シルヴプレ・・・大切な人を驚かせたいの、お願い!シルヴプレ!」って、まるい目をキラキラさせて頼むと、配達してもらえるっていう。

そりゃぁ配達もするわなぁ、あんなにかわいいんだもの。

よく使う「シルヴプレ」を、あんな風にかわいく言えるってすごいなぁって感じ。

私も、オドレイみたいにしゃべりたいですね。

でも、映画を見終わった瞬間の感想は、「こわーぃ・・・。」

でした。

いやぁ、怖い映画でした。

オドレイは、ちょっとした精神病で、恋愛においての思い込みがすっごい激しいんです。

最後の方で精神病院に入れられて、まぁ最終的には先生の許可が出て、出られるんですけど、こっちからしてみれば「いや、薬飲んでないやん!まだ、出したらあかんって。」という感じでした。

んーでもまぁ、あり得ると言えばあり得ますけどね。

むしろなり得るっていうか・・・。

人の幸せを壊すことは、いけないと思いますけど、それでも、好きなんだっていう気持ちは理解できるんですよ。

だから、妄想で終わってれば、人に害も与えないし、いいと思うんですけど、妄想と現実がごちゃ混ぜになっちゃったら大変なんだなぁってことがわかりました。

気をつけよう・・・。

『アメリ』は、全体的にかわいい映画で、好きだから、

DVDも買ったし何度も見ましたけど、今回は怖かったんで、一回しか見ないかも。

だけど、内容とは関係なく、フランス語がきれいでした。

フランスの日常にあふれている、さりげない言葉を聞いていて、フランスがすごく懐かしかったです。 

 

le 4 juin

アレルギーになった。

2週間前ぐらいから、くしゃみがひどかったり、鼻がむずむずしたり鼻水が出たり、目が痒かったりしていて、あまりにくしゃみと鼻水が止まらないので、薬局に行って鼻炎薬を買って来て、飲んでいたんです。

でも、その薬を飲むと、すっごい喉がカラカラになるし、眠いので、飲むのを止めていたんですよ。

で、ここ何日かは、むずむずもくしゃみもわりとましだったので、治ったのかなぁと思っていたら、昨日の夜からまた、

くしゃみがひっきりなしに出て、ひどい鼻声になっちゃったんです。

あぁ、病院に行こう・・・と思って、今日は全身がだるかったものの、今日を逃すと来週まで行けそうになかったので、病院へ。

内科に行って、症状を話すと、「うーん。アレルギーですね。はい、血圧測りまーす。」って、あっさりアレルギーに断定される。

採血でもして、調べてくれるかなぁって思っていたのに、症状を聞いて喉を診ただけで、終わっちゃいました。

「あの、何のアレルギーですか?」って尋ねると、

「今だと、スギは終わってますから、たぶんイネですね。

私も、イネのアレルギーなんですけど、あんまりひどくないんで、薬は飲んでないんですが、一応2週間分薬出しときますね。

眠くなるので、あまりにも眠くなるようだったら、止めといてください。」って・・・。

適当だよー。

「2週間経ったら、一応経過を診たいので、2週間後にもう一度来てくださいね。」

だって。

なんか、血圧測った後に、カルテに書き込もうとして、「あ、すいません。ちょっと考え事してたら、忘れたんで、もう一回測りますね。」とか言ってるし、大丈夫なのか、この先生。

とりあえず、飲み薬と目薬と点鼻薬をもらったんですけど、飲み薬は寝る前に飲む薬だけなんです。

「あまりにも眠くなるようだったら、止めといてください。」って、寝る前に飲むんだったら、いいじゃん・・・。

うーん。

あのー、イネってまだ苗の状態だと思うんですけど、それでもアレルギーの原因になるんですかねぇ?

 

le 3 juin

6月ですね。

早いんだか遅いんだかよくわかりませんが、何かと追われている気がするので「もう6月」という感じがします。

さて、昨日のゼミは、私の発表でした。

テーマは、『変化する日本語』。

私は、現代人の日本語能力の低下について考えていこうと思っていて、今の段階で気になっていることをいろいろ話ました。

やっぱり、英語英語っていうけど、外国語以前に日本語は大丈夫なのか?って思います。

私自身、敬語もまともに使えないし、本は小さいときから好きで、結構読んでいるつもりなのに、語彙が乏しいので、良くないなぁと思っています。

 

そうやって考えていて、ある日新聞をパラパラ読んでいたら、高校の国語教科書から、漱石や鴎外が消えたって書いてあったので、おーぃ、ただでさえ文学作品に触れる人が減ってるってのに、それはどういうこと?っと思って、文部科学省に問い合わせメールを送ってみたものの、返事は来ず・・・。

まぁ、本屋さんで現代国語の教科書ガイドを見た結果、全ての教科書から夏目漱石や森鴎外が消えたわけではなく、『こころ』や『舞姫』が消えたのは2冊だけで、その2冊にもどちらか一方は載っていたりしたわけですけど。

でも、中学の教科書からも消えたそうですし、どうして文学作品を減らして、現代の作品を載せるようになったのか、その理由が知りたいんです、私は。

文部科学省から返事来ないかなぁ・・・。

先生がおっしゃったことで、印象深かったことは、語彙が少ないと、自己理解がうすっぺらくなってしまって、相手に言いたいことを上手く伝えられなくなって、そのことがストレスになっていくのではないかということでした。

確かに。

フランスで、言いたいことが思うように言えなくて、何とも言えない気分を味わったことが多々あるので、それと、まさに同じことだと思います。

そんなの嫌すぎる。

日本にいながら、日本語で暮らしながら、自分の言いたいことを上手く伝えられない状態なんて、すっごい辛いですよ。

日本人なのに!

それともう一つ、外国語を勉強してたら、いつの間にか自分の話したことを、頭の中でその外国語に置き換えるクセが付いてきたっていうお話。

これは、帰りにカナダ帰りの瀧川さんと「あるよねー!」って話しました。

ほんとに、いつの間にか考えてしまうんですよ。

この前も、東京での面接の帰りに新幹線の中で、受けた質問を思い出しながらフランス語に置き換えようとしてましたから。

恐ろしい・・・。

それこそ、語彙力が不足しすぎで大変なんですけどね。

そういえば、日本語のリズムの話をしていて、「名作の始まり方って、たいてい印象に残る書き方なんだよね。ほら、こないだも文献研究ゼミでやったじゃない。」と

先生にふられたとき、あ、太宰治の『桜桃』だ!と思いとっさに私が「親よりも子どもが大事と思いたい。」って

言ったのは、笑えましたねぇ。はははははは。

勝手に作り変えてるし。

正しくは「子供より親が大事、と思いたい。」なのに。

単に私の記憶力が悪いだけなのか、それとも、思わず自分の気持ちが作用してしまったのだろうか・・・。

ところで、久々に以前のバイト先の仲間とご飯を食べに行って来ました。

集まった4人の内、今もそこで働いてるのは、1人だけ。

「みんな辞めていくから、大変やわ。戻ってきて一緒に働こーよー。」って言われ、「えー。」って言ってたら、「マスモトさんが辞めるからいけないんですよー。」って、

今は別のところでバイトしてる子に言われる。

まぁ、確かに、そこにいたメンバーで最初に辞めたのは私で、一番古かったのも私だけど、フランス行きたかったんだもん。

「いや、私のせいじゃないし。」って言いながら、思い出話で盛り上がる。

こうやって、もうとっくに辞めてる人と未だ続けてる人で、年齢もバラバラの人たちが集まって、わいわい楽しくご飯を食べるってことは、いい環境だったんだなぁって改めて思いました。

今、調度ここのパン屋さんは改装中で、5日からまた開店するのですが、なんと店長が変わるらしい・・・。

なぬ?

私たちは、みんな仲良かったので、自給安くてもそれなりに楽しかったんですけど、一貫して店長が嫌だったんですよ。

大学の卒業などと関係なく辞めていく人たちの、辞める原因も店長だったりしたぐらい。

そんなに悪い人ではないと思うのですが、売り上げが思うように伸びないとか、新入りが仕事を覚えないとかそういうことが重なって、どんどん嫌な人になっていったんですけど、その店長が?

その場にいた、今大学3年生の子と「戻る?」って冗談で言ってたんですけど、ほんとにその内このパン屋で、もう一回バイトしようかなぁって思いました。

今、お金ないし。

新しい店長には、静岡店の店長をしている人がやって来るそうで、今の店長は苦楽園店で店長ではない役職で働くんだとか。

開店したら、パンを買いに行って、製造の人とかにいろいろ情報を聞いて、楽しそうだったら、真剣に考えようっと。お店自体もきれいになることだし。 

 

le 29 mai

昨日、NOVAに行ったら、前に北野坂で偶然出会った先生だった。レッスンで会うのは、帰ってきて初めてで、「フランスで何があったか話して聞かせてよ。」って言われる。

えー、そんなこと言われても・・・と思いながら、牡蠣を食べたあとに、体調崩した話をしてたら、おなじみのワインのお仕事をしている人が、「白ワインと一緒に食べた?」って聞いてきて、「いや。赤ワイン飲んでた・・・。」って答えたら、「それが原因だよ。」って言われ、うそだーって思って笑ってたら、先生も「あぁ、きっとそれが原因だ。それはサチコの選択ミスだよ。」だって。

ウソでしょ?

この時間に読んだテキストが、『仕事が忙しくて約束に行けないドゥピュイさん』の話だったんですが、その後仕事の話になって、私は「今探し中。」って言ったんです。

そしたら、先生が「大学卒業したの?」って聞いてきて、「まだ行ってるよ。週2回だけー。」って言ったら、爆笑してました。

その先生は、日本の大学での留学経験がある人なので、「日本の大学って4年生になると、みんなそうだよね。僕ももう一度大学生になりたいよ。」って言ってました。

 

あと、大学行かなきゃいけない時期に、就職活動するのは変だ、とか。

この先生は、ベルギー出身なんですが、ベルギーでは大学4年生だと、卒業するためのテストやら卒業論文やらで大忙しなので、他の事をしている余裕なんて、ほんのちょっとしかないそうです。

仕事を探すのは、卒業してからなんですって。

 

「サチコは、週2回しか学校行ってないんだから、時間がいっぱいあるじゃん。仕事を探す時間もいっぱいあるよねー。」

とか言われたんで、「えー、でも、今、不況で仕事少ないんだもん。」って言ったら、「問題ないよ。」って笑いながら言われ、「なんで?」って聞いたら、「勉強続ければいいでしょ。大学院行ったらいいじゃん。」・・・。うぅぅ。

で、また私が、「でも・・・」って言いかけたら、「あははは。すぐ、でもーって言う。」と、笑われたので、もうやめました・・・。

帰りに、久しぶりに姫路駅で降りたので、ふらふらとCD屋さんによって、原田知世のベストアルバムを買いました。

山崎まさよしの新曲が少し前に発売されてて、それを買うかどうか迷ってたんですけど、「来月にアルバム出るしなぁ・・・」と思って、諦めることに決めたのに、店内をふらふらしてたら

原田知世が目に付いたので、思わず買ってしまったという。

まさやんの新曲を諦めた意味がないですね。

原田知世さんの歌を初めて聞いたのは、高校生のときですが、『ロマンス』っていう歌がよくラジオから流れていて、

誰の歌だろーって注意深く曲紹介を聞いてみたら、原田知世だったんです。

声が、やわらかくってやさしい感じがしてすごい好きになったので、そのときも最新のアルバムを買ったんですよ。

懐かしい。

このベストには、フランス語の歌も入ってて、しかも知ってる歌なので、うれしい。

『t'en vas pas』って歌。いろんな人が歌ってますよね。

本当は誰の歌なんだろう?

今はどうかわからないんですけど、前はsomethingのジーンズのCMで流れてたんですよ。

 

あー、明日は東京行かなきゃ。

新幹線の中で何しよっかなぁ。

うーん。

音楽聞いとくにしても長すぎるしなぁ。

まぁ、月曜に、ゼミの発表が控えているので、それについて考えるって手もあるんですけどね。

あと、ひたすら寝るか・・・。 

 

le 27 mai

 

「家の前で誰か倒れとー・・・どないしよぅ。救急車呼ぼうか?」

「うん。」って、早く呼びなよ!って思いながら、母と一緒にその倒れている人の側へ行った。

倒れているのは、どこかのおばあちゃんで、側には女子高生が2人とおじさんが1人いた。

母は、その場で携帯を使って救急車を呼んでいたんですけど、私はそのおばあちゃんに話しかけてみた。

「大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫や。起きよか。」って言って、身体を起こそうとするので、

「いや、今、救急車呼んどるから、そのまま横になっといたらええで。すぐ来てくれるから。」って言いつつ、おばあちゃんの頭を支えながらもう一度横になってもらった。

おばあちゃんの額には、打った痕があり、じわじわと血がにじんでいたので、動かない方がいいかなと思ったので。

2人の女子高生の話では、わいわい話しながら自転車で帰っていたら、少し前を自転車で走っていた、このおばあちゃんが、いきなり倒れたらしい。

たまたまそこを通りかかったおじさんも、心配そうにおばあちゃんに声を掛けていた。

私は、どうしたらいいのかよくわからないので、おばあちゃんの横にかかんでいたんですけど、そうするとおばあちゃんが話して来たので、その話を聞いてたんです。

なんか、病院に行こうと思って出てきたらしいんですけど、急にふら〜として、そのままこけちゃったということでした。

 

そうこうしている内に、いろんな人が集まってきたんですよ。

怖そうな車に乗った怖そうなお兄さんとか、買い物に行く途中のおばさんとか、散髪屋さんのおじさんとか、その他通りがかりのおじさんとかが・・・。

すっごい親しげに、「どないしたんやー。」って声をかけてるおじさんがいたので、知り合い?と思ったら、ホントにただの通りすがりの人だったり。

 

その中の人が、おばあちゃんの家の人に連絡した方がいいんじゃないかって言って、電話番号を聞いたら、今家には誰もいないって言うので、じゃぁ、連絡できないねぇってなってたら、その時にやって来たおじさんが「どないしよったん?家、誰もおらへんのか。どこにおるんや?」って聞いてて、今度はホントにご近所の人だったらしく、そのあばあちゃんの旦那さんは、今畑にいるということだったので、

「ほな、連れてきたるわ。」って言って、そのおじさんは車でおじいちゃんを連れに行ったんですね。

 

その頃に、救急車が到着して、救急隊員の人が「これと当たったん?」って、怖そうなお兄さんの怖そうな車を指して言ったので、あ・・・と思いましたけど、その場にいたみんなで、「いや、1人で倒れたったんです。」って説明しました。

おばあちゃんの意識は、とてもはっきりしていたので、そう言ってると、自分から説明し始めてましたけど。

 

おばあちゃんが救急車の中に乗せられてから、救急車が走り出すまで結構時間がかかりました。

受け入れ先がなかなか見つからなかったのかなぁ。

その間に、さっきおじいちゃんを連れてくるって言ってたおじさんが、「おーい、連れてきたぞー。」っておじいちゃんと共に来たので、おじいちゃんも付き添いで救急車に乗ってました。

で、やっと病院が決まったらしく、では・・・ってなったときに、あれ?おばあちゃんの自転車はどうするんだろぅ?って思ったので、

「すいません、自転車どうしたらいいんですか?」って聞いたら、「あ、そこに置いといてください。誰も取らへんやろし。」

だって・・・。

でも、取られたら困るので、その場にいた人たちの意見でうちの隣にある八百屋さんの駐車場に移動させてましたけど。

 

いやぁ、とりあえず救急車来たし意識もはっきりしてたし、良かったねとひと段落して、みんな家に帰ったんですけど、しばらくして私が犬の散歩に行こうかなぁと玄関の戸を開けた瞬間に、「あぁ、増本さん。」って声を掛けられたんですね。

反射的に、「はい。」って言って、そっちを見たら、お巡りさんがいました。

「増本さんのとこって、番地はいくつでしたかね?」

って聞かれたので、「1439の4です。」って答えたら、

それをメモっていて、その後、「さっきここで事故あったでしょ?」

「はぃ。その、向かい側の歩道のところです。」という感じで、いくつかその時の様子について尋ねられました。

でも、途中から、近くで畑仕事をしていて、おばあちゃんが倒れていたときも来ていたおじさんが来てくれて、一緒に説明してくれたんですけど。

 

おばあちゃんは、大丈夫だったのかなぁ。

病院へ行こうとしていたって言ってたから、ちょっと体調が悪かったんでしょうね。

今日、蒸し暑かったしなぁ。

 

さてさて、今週のゼミは『七福神と日本人の幸福』というものでした。

七福神・・・うーん。

授業中に「“七福神とわたし”というテーマで小話を。」と先生にふられても、特に何も出てこず、うちの仏間には七福神の置物がありますってことだけで終わっちゃったんですけど。

ほんとに、七福神のこと知らないですからねぇ。

大黒さまの、因幡の白兎の話ぐらいしか知らない。

でも、七福神がインドや中国から来ていて、日本生まれなのは、恵比須さまだけらしいということを知ったので、豆知識に入れておこうと思いました。

 

le 24 mai

 

保険会社から「お支払いのご案内」が来た。

わぁーい。全額返ってきたー♪

 

3月に風邪だかサルモネラだか、どっちなのかよくわかんなかったあの病気になり、そのときに払ったお金が全部戻ってきたんです。

もしかして、今ユーロ強いから得??

まぁ、何はともあれ薬代も返ってきたし、これで買い物でもすっかなぁ。

 

そういえば、忘れてましたけど、火曜日に三井住友銀行に行ったんですよ。

網干支店。

三宮の人に「連絡しておきましたので。」と聞いていたのですが、結局また最初っから説明するはめになったんですけどね。

やっぱり、取り扱ったことがないので、やり方がわからなかったらしく、机の引き出しからファイルを出してきて、調べてくれたんですけど、途中で「ここじゃないといけないんですかね?」とかって言われて、かなり諦めモードだったので、あせりました・・・。

でも最終的に、大阪に電話で問い合わせながら、手続きをしていただけました。

約1時間ぐらいかかっちゃいましたけど。

これで、1ヵ月後ぐらいに、敷金が戻ってくるはず!

 

と、お金が戻ってくるーって喜んでいたら、フランステレコムから請求書が・・・。

私は3月に解約しているのですが、3月分を払ってなかったんです。

というのも、支払いは2ヶ月毎で、私は3月4月分をまとめて払う形になっていたから・・・ではないかと思います。

あー払わなきゃ。

どうやって払うのかなー、これ・・・。

 

le 21 mai

日曜にテレビで「軽うつ」について見て、あ、あてはまってる・・・

って思って以来、余計にやる気の失せる今日この頃・・・。ははは。

 

NOVAに行く。

私は、たいてい一回に2レッスン受けます。

その1レッスン目は一人ぼっちだったのですが、2レッスン目はおじさん(もしくはお兄さん)2人と一緒でした。

その内一人は、前に一緒に受けたことのある人で、ワインの輸入のお仕事をしている人でした。

もう一人は、勤めていたところがつぶれちゃって、今はバイトのような形になってしまっているというコックさんでした。

先生が来るまでの間、そうやって仕事についての話しを聞きながら、「どうやったら仕事見つかるんですかねぇ?私、今、就活やる時期なんですよー。」って言ったら、

「シューカツ・・・?」ってお二人に言われて、あれ?っと思いつつ「あ、就職活動。」って言ったら、「あー、シューカツって就職活動のことなんですかぁ。あははは。何かなぁと思って。」

「あはははは。すいませーん。」

という具合に、おもしろい会話が繰り広げられたんですけど、

コックさんは「それは僕が教えて欲しいですわ。ほんまに。」

って言ってて、ワインの人は「もう、フランスに行ってしまうってのはどうですか?行ってしまえば、何とかなるかもしれないですよ。」

って言ってました。

まぁ、無理な話ですけどね。

行くにしても、お金貯めなきゃいけないもん。

バイトという手がありますが・・・。

 

さて、今週のゼミは『ヴィジュアル系の活動とそのファン』というものでした。

私は、一度もヴィジュアル系の人たちにはまったことがないですが、中学高校の頃に、すごい流行ってた気がします。

友だちに、ヴィジュアル系が大好きな人たちがいて、CDを聞かせてもらったりはしてましたねぇ。

最初に知ったのは、やっぱりX−JAPANかなぁ・・・。

なんか、友だちのお兄ちゃんに無理やり聞かされた記憶がありますねぇ。

今ふと、デーモン小暮が頭をよぎりましたが、あの人はヴィジュアル系なのだろうか?

 

ヴィジュアル系は、地域別に別れたりしているそうですが、そういうことも含めた細分化が問題視されていました。

ヴィジュアル系に限らず、音楽の世界が細分化されていると。

先生のお話にあった、どの地域のライブにも同じ顔ぶれの観客がいて、そのファンたちはミュージシャンと同じように移動していっているというのがおもしろかったです。

それは、米米クラブの例でしたが、確かに、どのミュージシャンにおいてでも、追っかけをしている人ってのは、言葉通り追っかけて行ってるんでしょうけどねぇ。

ほとんど同じ顔ぶれだと、「○○と行く、全国ツアー」という感じですよね。

 

それにしても、ライブハウスでヴィジュアル系の音楽を聞く人たちの年齢層が小学生高学年から25歳ぐらいまでってのは、すごいですね。

「うちのお母さん、昨日チキンジョージでダイブしたらしいよ。」

という会話があっても、良さそうですけどねぇ。

ライブハウスだから、入りづらいってのもあるのかなぁ。

娘の影響で、実はファンです!って人、結構いるのではないでしょうかね。

私も2年前ぐらいまでは、年に2回ほどライブというものに行ってましたが、私が行くのは、基本的にSPITZと山崎まさよしなので、年齢層も幅広く、親子で行く人もカップルで行く人もたくさんいます。

まぁ、場所もホールだし、曲調も違いますからねぇ。うーん。

でも、みんなで同じ動きをするとか、この曲のこの場所でこう叫ぶというような、決まり事はありますが、別に、やりたくなければ、座ってても構わないので、自由ですけども。

ホント、最初に決めたのって誰なんだろう?

 

年齢とか関係ないですよねー、実際。

好きなものは好きなんだし。

ファンも固定化されちゃったりしてるみたいですけど、難しいなぁ。

音楽だけじゃなくって、演劇も伝統芸能も同じですよね。

見てくれる、聞いてくれる人たちあっての、芸なんだけど・・・

その人たちが同じ顔ぶれじゃぁねぇ・・・。

 

le 16 mai

 

朝9時すぎ、学校へ行く準備をしていたら三井住友銀行から電話がかかってきた。

大阪外為センターに問い合わせたところ、私が持っていた小切手は有効なものだったらしい。

よかったー。

これで、昨日書いた書類と小切手と通帳・印鑑を網干支店へ持って行けば、約一ヵ月後ぐらいに敷金が戻ってくるはず。

そのお金は、夏休みにパリへ行くときのために取っておく予定です。

 

さて、金曜2限は野崎次郎先生のフランス語。

先週から参加させてもらってます。

その先週に、次郎先生からみなさんに紹介していただいたのですが、そのとき遅刻していた人と欠席していた人がいて、今日はその人たちが時間通り出席していたので、また紹介を・・・。

謎の存在かもしれないなぁ・・・わたし。

 

学校の帰りにふらりと本屋さんに寄ったんですけど、そこで、『アメリ』の台詞が載っている雑誌みたいのを発見。

『アメリ』は、去年の春だったかなぁ、結構流行りましたよね。

私も見に行って、アメリのかわいさとロマンチックなストーリーとパリの町並みにはまったんですよ、あのとき。

アメリのしゃべり方がすごいかわいくって、この映画のフランス語覚えたい!って思ってたんですけど、そのときはそういう本が見当たらなかったので、諦めてたんですよねぇ。

で、パリで『アメリ』のDVD買ったんです。

そのDVDは、耳の不自由な人のために、ほぼ台詞と同じ字幕がついてるものなので、これで聞き取れなくっても見ることができる♪ってことで、買ったわけなんです。

それでも、今日見つけた雑誌も欲しかった・・・。

が、値段を見ると本当は6ユーロなのですが、¥1650になっていたので、やめました。

フランスで日本の本を買うと、値段が倍になってるのと同じなんだなぁと思いながら。

 

le 15 mai

 

フランスの大家さんにもらった敷金分の小切手を三宮センター街の三井住友銀行へ持っていく。

入ったところにいたおじさんに、用件を伝えて

「わかりました。では、ちょっと掛けてお待ちください。」

と言われ、番号の印刷された紙を持って椅子に掛けて待っていた。

しばらくして、担当の人が現れて、私はまた「これがこうで・・・そういうわけで、ココへ来たんです。」ということを伝えた。

すると、「あぁ、これはその口座を作った支店で手続きしてもらうことになるんです。」

って、知ってるんですよ、私は。

先週OPAにある三井住友銀行で、細かく説明してもらったので、知ってるんですってば。

そのことを知っていながら、何故、センター街の三井住友に行ったかということを、ここで説明しますね。

実は2日前に私が口座を開設した網干支店へ行ったのですが、担当してくれた人がどうすれば良いかわからなかったらしく、私の小切手はどんどん奥へ奥へと回されていってしまったんです。

奥へ行くほど、役職が上がっていくのかなぁなどと思いながら、回されていく小切手の行方を目で追っていると、最終的に小切手を手にしたおじさんが来て、「あのー、ここでは外貨を取り扱ったことがないんですよ。で、ちょっとわからないもんで、姫路の東京三菱へでも行ってもらった方が・・・。」と言われたわけですよ。

あぁ、やっぱりダメか、と思いましたが、OPAのおじさんが

「たぶん、断られると思いますが、ココで無理でも他の支店に連絡を取って何とかできるんじゃないですか?と強気に言ってください。」

と言っていたので、ちょっと強気に、「例えば三宮の三井住友銀行と連絡を取るなりして、なんとかできないんですかね?」って

言ってみたんです。

でも、「ちょっとわからないんで・・・。」って言われ。

OPAのおじさんは、「それで、だめだったらですね、センター街の支店へ持って行ってみてください。」と、ちゃんとダメだったときのアドバイスもくれていたので、結局センター街へ行くことにしたわけなんですよ。

 

なのに、やっぱり口座を開設した支店じゃなきゃダメだなんて・・・。

私は、最初説明するときに、「網干支店に行ったけど、できませんって言われたので、ココに来ました。」って言ったので、担当してくれた人は、「なんで、そんなこと言うんでしょうねぇ。何度も足を運んでくださって、申し訳ございません。」と言ってました。

まぁ、私は全然怒ってないし、普段銀行の窓口になんて用がないので、ちょっとおもしろいなぁと思っているぐらいなので、問題ないんですけどね。

 

今日、担当の人にその私が持っている小切手についていろいろ聞かれたんですけど、話しているうちにちょっと微妙な点が出てきたんですよ。

それは、大家さんが、「Mlle MASUMOTO」って書いてるんですけど、フルネームじゃなくっても大丈夫なんだろうか?ってこと。

それから、この小切手、本物ですよね?ってこと。

「本物ですよねぇ?」とか言われると、本物じゃないかもしれない・・・って思っちゃって。

あと、大家さんのサインってこんな感じでしたかね?って

聞かれたんですよ。

わかんない。

はははは。

でも、他にも大家さんがサインしてるもの、例えば部屋の契約書とか家賃の領収書が家にあったので、帰ってきてからですけど、比べてみて、そのサインは同じでした。

てか、いっつも殴り書きみたいだから、よくわからないんですけど、たぶん、いつものサインなんだろうなって。

 

とりあえず、私の小切手のコピーを取ってですね、本部の方へいろいろ問い合わせるということでした。

で、必要書類にいろいろ書き込んだんですけど、問い合わせが終わったら、電話で連絡してくれるらしく、次はそれを持って網干支店へ行けばいいそうです。

「ちゃんと、連絡しておきましたので。」って。

怒られたんですかねぇ・・・。

あぁでも、なかなか返って来そうにないなぁ、敷金。

 

le 13 mai

昨日、学校へ行く途中、門戸厄神の駅を降りたら同じ5年生のたっきーがいたので、そこから一緒にトコトコ歩いてった。

わいわい話しながら、息切れしながら、山を登ったら

掲示板の休講のところに「5月12日 内田 教授」・・・。

え?

それは、内田樹先生のことですか?

二人で「えーーーー。」「まじで?」って言いながらも、

休講らしいので、仕方なし。

「まぁ、とりあえず、お昼でも食べる?あははは。」ってことで、藤棚の下でお昼を食べた。

 

私は、月曜は3限のゼミしかないのですが、たっきーは4限も出てるので、4限の時間になるまで、ひたすら藤棚の下で、ときどき鳩と戯れながら、おしゃべりしてました。

 

そういえば、先週の土曜に髪を切りに行って、色も変えたんですよ。

髪型とか色が変わると気分も良くなります。

私は、美容院が好き・・・というか、行きつけの美容院が好きなんで、月一回ぐらい行くんですけど。

小学生の頃から通ってた美容院に、おもしろい美容師さんがいたんですけど、その人は私の担当じゃなかったんです。

でも、私が大学に入る頃に、そのおもしろい美容師さんが独立して、自分でお店を出したので、私もそっちの美容院に移ったんですよ。

一度、自分を担当してもらってる美容師さんがいるのに、その同じ美容院で他の美容師さんを指名するのって、なかなか勇気がいるじゃないですか。

だから、できなかったんですけど、独立したしってことで、即行そっちに移って、それ以来、ずっとそのおもしろい美容師さんに担当してもらってるんです。

おもしろいって言っても、いろいろなおもしろさがあると思いますが、まぁ、波長が合うんですね。

「適当に!」って言ったら、私に合った髪型に切ってくれるし、それでいて微妙に毎回違う髪形になるし。

今まで、2年ぐらいは、ずっと前髪もめっちゃ短くって、全体的にショートだったんですけど、そろそろ、まゆげより上でギザギザしてる前髪にも飽きてきたんで、これから前髪を伸ばそうと思ってたんで、今回は、「前髪伸ばすー。で、夏までにパーマかけたいねん。」ってめずらしく注文をしてみました。

でも、今、結構短いんで、夏までにパーマって・・・って話なんですよね。

「それは難しいなぁ。」って言いながらも、それに向けて切ってくれて、今は、私の髪がもともとクセっ毛なので、それを活かせるようにしてくれました。

髪の色も、赤?紫?ピンク?みたいな茶色になって。

美容院に行くと、いろんな話をするし聞くし、髪形も変わるので、

いい気分転換になるんですよねぇ。

楽しい。

 

 

あの、ところで、休講だったんですよね?

え、何かあったとかじゃなく、普通に用事で休講ですかね?

目が痛かったとか・・・?

なんか、先生、最近歯とか目とか腰とか大変ですよね。

大丈夫ですか?

どうかお大事になさってくださいね。

(どうもありがとね。あの日の休講は父の一周忌の法事だったのさ。ずっと前から決まっていたのだけれど、前週が5月5日でお休みだったでしょ?伝達し忘れちゃったのだ。ごめんよ。ウチダ)

 

le 7 mai

 

久々に、NOVAへ。

久々というか、帰ってきて始めて行ったんですけどね。

一ヶ月、フランス語をしゃべっていないと、簡単なことが出てこない。

2レッスン受けたんですが、そうやってしゃべっているうちに少しずつ思い出しました。

私のいるところがレベルが低いからってのもあるんでしょうけど、(だって、レベル一個しか上がんなかったんだもん・・・。)やっぱり、外国人に混じって授業受けてるのとだと、全然スピードが違いますね。

ノリも悪いし。

先生一人でハイテンションみたいなね。

私は、まだフランスの名残があるので、やたら反応したりバカうけしたりしてましたけど。

こうやって、フランス語をしゃべると、また楽しくなってきて、どんどん通う気になるのですが、予約をしに行くと、なぜかいっぱいなんですよ。

フランス語大人気なのかなぁ。

それとも、先生が不足しているのか・・・。

 

NOVAの後、北野坂にある伯父のお店に遊びに行って、そこにある服を「いいのないかなぁ。」って見ながら、ばーーっとしゃべってたんですけど、5時ごろにお茶でも飲みに行く?って話になって、北野坂を登ってたんですよ。

したら、道の向かい側を、NOVAの先生が歩いてたんです。

この先生は、今日レッスンを受けた先生ではなく、私がNOVAに入るときにテストをしてくれた先生で、フランスに行く前まで、結構お世話になっていた人なんです。

すごい優しくっておもしろい先生で、私はなんとなく波長が合う気がしていたので、親しみを抱いていたんですね。

で、気づくかなぁと思いながら、見てたんですよ。

すると、たまたまこっちをチラッと見たらしく、目が合ったので、すっごい手を振ってみたら、気づいてくれました。

なので、道を渡って、「元気ですか?覚えてますか?」

って話して、名前は忘れてましたけど、顔を覚えていたらしく、

「フランスどうだった?どの街にいたの?」とかって話しました。

その先生は、バカンス中で先日までベトナムに行っていたらしく、「ベトナム良かった?」って聞いたら、「良くなかった・・・。」

って言うので、「食べ物はおいしかったでしょ?」って聞いたら、

「食べ物もダメだった。」と言ってました・・・。

あららって感じで、「そりゃあ残念でしたねぇ。」ってコメントしておきましたけども。

次にバカンスが取れたら、ハワイに行きたいそうです。

 

さて、私はパリで一人暮らししていた部屋の敷金を小切手で大家さんからもらって帰ってきていたのですが、まだ、銀行に行ってなかったんですね。

だから、今日行ってきました。先日言ってた片付けることの一つだったので。

外国通貨を扱ってる銀行でなら、使えるって聞いていたのですが、どこに行けばいいのかわからなかったので、

とりあえず、OPAの三井住友へ行きました。

フランス行く前に、ここで円をユーロのトラベラーズチェックに換えてもらったから、いけるかもと思って。

それで、おじさんに尋ねたのですが、何でも私の通帳に振り込まれる形になるとかで、ここでは無理だったんです。

「どこの口座をお持ちですか?」と聞かれて、とっさにはなんのことかわからなかったので、「え?口座・・・。」と言いながら考えていると、「あ、ひょっとしてあちらでの暮らしの方が長いんですかね?」とか言われちゃいました。

まぁ、その直後に自分の口座がどこのものかを思い出したので、それを伝えて、どうしたらいいのかの手順を説明していただきましたけども。

手続きが終わってから、一ヶ月ぐらいでお金が口座に入るそうです。

しかも、手数料を結構取られるらしく、おじさんは「今度また外国で暮らすときは、小切手じゃなくて、直接口座に振り込んでもらう方がいいですよ。」と言っていました。

たしかに。 

 

le 6 mai

ゴールデンウィーク明け。

ゴールデンウィークといっても、普段と同じように9時過ぎに起きて、だらだらしてたので、平日となんら変わらない日々でした・・・。

ただ、お父さんが仕事が休みで、ひたすら暇そうな様子で。

そんなときは、決まって、ドライブに借り出されるのですが、やっぱり、どっか行こーってなって、お父さんの運転で親子3人で四国に行ったりしましたけど。

えぇ、さつまいもの苗を買いに・・・。

明石海峡大橋から淡路島に渡ってそのまま鳴門大橋?を渡って徳島に行き、そこで、鳴門金時の苗を買ってですね、その後香川に行き、瀬戸大橋を渡って岡山に入り家までぐるーっと帰って来ました。

わざわざ鳴門まで行かなくてもねぇ。

最近、この父が畑仕事に目覚め、いろんな野菜の苗を買って来ては植えているんです。

昔におじいちゃんが作っていた畑が、家からかなり離れたところにあるのですが、ずいぶん前からほったらかしなので、荒れ放題だったんですね。

そこを、少しずつ整えていって、野菜が植えられる状態にしていたらしく、今は休みの日ごとに畑に新たな苗が植えられています。

家でいろんな花を育てることは、昔からやってましたけど、野菜は初めてなので、上手く育つかどうかわからないって言いながら、足しげく通っています。

 

5日はこどもの日でしたが、だからと言って“五月人形”を出すわけでも、“こいのぼり”を出すわけでもないので、もはや関係ないですねぇ。

弟が小さかったときは、五月五日が近づくと“五月人形”を飾り“こいのぼり”を出してましたけど。

そういえば、最近“こいのぼり”が減った気がするなぁ。

それに、“ちまき”を食べなくなった。

ここ最近ずっと“かしわ餅”だけを食べてる。

もしかして、もう別にこどもの日だからと言って“かしわ餅”も食べないんですかねぇ。

 

5日の午後に、おばあちゃんからおこづかいをもらいました。

わぁい。

 

で、ゴールデンウィークも開けちゃったので、もうそろそろ朝も早く起きて、片付けることを片付けようと思いました。

今日は片付けることの一つだった、眼科へ行ってきました。

私は、2週間の使い捨てコンタクトレンズを使ってるんですが、なんか、3ヶ月ごとに診察してもらわないといけないんらしいんですよ。

それでフランス行く前に「8ヶ月いません。」って言ったら、帰ってきたらすぐに来てくださいと言われていたのですが、レンズがまだあったので、行かなかったんです。

でもまぁ、レンズがあと1枚になっちゃったんで、そろそろ行かなきゃと思い、今日行って来たわけですが、視力落ちてました。

やっぱり。

だって、フランスの電気暗いんだもん。

あと2つぐらいかなぁ、片付けなきゃいけないことが、残ってるので、早く片付けようっと。

 

le 30 avril

 

もう4月も終わりですかぁ。

早いですね。

相変わらずのんびり過ごしてますが、いいのだろうか・・・。

 

さて、今週のゼミはすごかったですね。

「蛇神信仰についての考察」というテーマでしたが、蛇についての話がすごくおもしろかった。

蛇を嫌いな人に、その理由を尋ねると「足がないから。」

というように答える人が多いそうで、その足がないという容姿をしていて、水中で暮らしていそうな雰囲気をかもし出しながら、陸でうねうねしてるので、腑に落ちなくて気持ち悪いという。

なるほどー。

蛇は、水中で暮らすものと陸で暮らすものとの境界をぐにゃぐにゃっとあいまいにしているんですね。

そうだったのかぁ。

 

あと、ゴジラとかガメラとか?そういう対象に蛇は選ばれないねーという話になったとき、発表者の上野さんが「2本足の人間が2本足にとって暮らしやすいように作った世界は足のないものにとっては過ごしにくいのではないか。」、「そこにあるものを壊すのには、足が必要なんじゃないか。」と言ったのが印象的でした。

これまた、なるほど!と思って、授業中にも関わらず何の緊張感もないまま「ほんまやー。」と、ぼそっと言ってしまったほど・・・。

そもそも、彼女がするすると質問に答えて、さらさらと自分の意見を述べている姿に感心しきっていたので、つい状そんな態になってしまったんですね。たぶん。

 

ところで、さっき、あ、うちらのことかっと思いながら、先生の日記を読んでいたのですが、確かに、女の子が集まると「恋愛・結婚話」って出ますね。

「飽くなき分析癖」というか、興味があるので、知らず知らずのうちに深いところまで探ったりするんでしょうねぇ。

女の子が、集まって恋愛話をするのって基本のような気もするし。

ちょっと仲良くなってくると、恋愛話が出たり、久々に会った仲良しの友だちとかだと、「元気?」の次には「最近どう?」てな感じですかね。

「最近どう?」って、別に「最近、お金なくってさー。」とか「最近この映画見たんだけど、すっごい感動するんだよー。」とかではなく、普通は恋愛のことを尋ねられてるみたいですよ。

で、とっておきの話があれば、そのことで盛り上がるし、なかったらなかったで、理想の男性像の話とか結婚についてどう思うかの話とかで、盛り上がるんですよね。

ほんと、先生のおっしゃる通り、初めは仕事の悩みとか友だち間の悩みとか話しているのに、最終的には恋愛の話になってるんですよ。

不思議ですね。

私も、恋だの愛だのの話は好きですけど、きっと、女の子は好きなんですよ、この手の話。

でも、なんでだろう?

男の子からしたら、女の子ばっかり集まって何話してるんだろうって、怖いなぁって思う

んでしょうかね?

ま、いろいろ人の話も聞きつつ、日々恋愛について研究してるんですよ。ふふふ。

 

le 26 avril

 

うちの犬と散歩に行って帰ってきたら、うちの父と近所のおばさんがしゃべっていた。

流れ的に、私もその中に加わることになったのだが、どうやら息子さんとお孫さんの話のようで・・・。

「さっちゃん、いつ帰ってきたん?」などと、言われてるうちはよかったが、途中から「孫はやっぱりいいわよ。」という話になり、「だから、さっちゃんもなるべく早く結婚して・・・。」という話に。

そしてさらに、「それで、なるべく近くにおりよ。何かあっても親が近くの方がいいし。だから、東京やら北海道やらそういう遠い所にいかんと、せめて大阪ぐらいにな・・・。」

なんだ、それ。

そんな、うちの親をその気にさせるようなことを言わないでーと思いながらも、一応「そうですねぇ。」

とニコニコしてしまった自分が悲しい・・・。

あぁ、関東に行こうと密かに計画してるのに。

「早く結婚して」って、言われなくてもいい人がいたら、さっさと結婚するわよって感じですけどね。

近すぎるのは嫌だ。

 

近所の人から、こういうことを言われるなんて、田舎の良さなんだか余計なお世話なんだか、微妙ですが、とりあえずその辺はほっといてよ、と言いたかった。

 

ところで、今日は北野武の「Dolls」を見ました。

ビデオ借りるなんて、久しぶり。

なんだか、心にもやもやっとした何とも言えないものが残る映画でした。

3組の恋は3組とも切なかった。

メインだった、菅野美穂と西島秀俊が演じた恋は、自分の置かれてる状況がよくわからないままの菅野さんと、そうなったのは自分のせいだと思って一生一緒にいることにした西島さんとの間の重なることのない感情が辛かった。

一番最後に、もしかしたら、ちょっと重なったかもしれなかったけど、よくわからなかった。

でも、重なって欲しかった。

 

お互いの感情が、ちゃんと行き来できる状態でも、人の心の動きなんて、わからないなぁ。

言葉と心が一緒かどうか、知ることはできないし。

この映画では、3組とも上手く心が通わない設定だったけど、実際によくありそうな上手く心を通わせられる状態の恋だって、辛いし切ないことがあるだろうから、どっちがいいとか言えないなぁと思った。

そういう意味で、後に心がすっきりしないのは、現実を垣間見たからですかねぇ。

でも、きれいな映画だったなぁ。

 

 

le 23 avril

 

24日締め切りのエントリーシートを速達で出す・・・。ギリギリだ・・・。

 

さて、今週のゼミは「ヨーロッパ演劇の流れについて」でした。私は、狂言とか好きなミュージシャンのライブなら結構行きますが、ヨーロッパ演劇となるとほとんど縁がないので、ひたすら先生や発表者や他のみんなの意見に感心していました。

世界最古の演劇とされているギリシャ演劇では、政府がお金を出したりして、囚人も演劇を見ることができたそうで、なんかすごいですね。

ゼミ中にも話が出てましたが、今なんて、高くてそうそう行けませんもんね。

まぁ、でも、私が知らないだけで、昔ながらにコツコツ安い金額で続けてる素敵な劇団もいっぱいあるのかもしれないですが。

 

ミュージカルが宗教儀礼だったのではないかという話は、興味深かったです。

宗教儀礼として、歌って踊っていたのが、そのうちにミュージカルという姿になった・・・うん、なるほどーって。

 

そういえば、ゼミでは少し話しましたが、私は高校のときコーラス部に所属していたのです。

そのとき、学院祭ではよくディズニーの歌や、宝塚の歌や劇団四季の歌を歌っていたので、演劇を見ていないにも関わらず、歌だけは知っていたりするんですよ。

2年生のときに「クレイジー・フォー・ユー」の曲をコーラス部の役員3人だけで歌おうってなったので、本物を見てくっか!って思って、そのメンバーと見に行ったきり、観劇していませんが、その舞台を見たときは、すごく感動しました。

すごい!!って感動しすぎて、なぜか、あの場所で歌うのはすごく気持ちいいだろうなぁ、私も歌いたい!とか思ってしまったんですけどね。

 

それにしても、雨が激しい。

やだなー。

このじめじめ感が、どうしても好きじゃない。

あぁ、ココは日本だなぁと実感しますけどね。

 

le 14 avril

今日は、初ゼミ!

D−301とかっていう、初めて入る教室でしたが、なんだか他の教室と違う雰囲気でよかったです。

ちょっと狭い気もしますが。

 

私と滝川さんは、一つ年下の内田ゼミのみなさんが、どういう感じなのかなぁということで、ドキドキしながら教室に入りました。

私は、去年に一度“ぎょうざパーティー”で顔を合わしているのですが、全員を覚えていないので、少しそわそわしてました。

ただ、一昨年の語学研修で仲良くなった恒川さんが「あ!お帰りなさい!」と明るく迎えてくれたので、その瞬間気が楽になりましたけど。

 

今日の発表のテーマは、『母と娘』でした。

なかなかに、興味深かったです。

うちは、親・・・とくに母が私にとって怖い存在で、自分が気に入らないことがあっても、怖いのでそれを意見することすらできなく、いつも溜めている状態なので、みんなの意見も先生のお話も、どこか参考にするところはないかなぁと思いながら、聞いていました。

結構、母との関係で悩んでいる娘って多いのかも・・・と思いました。

でも、私も、もう23歳だし、いい年なのに、未だに親に言いたいことが言えないなんて、おかしいんですよね。

フランスに行っている8ヶ月間は、親の監視から全く離れていたので、本当に楽しく気ままに過ごせたし、決まりとされていた様に週に1度電話しても、普通に機嫌よく話していてほんとに良かったです。

私は、私のいない8ヶ月で親の何かが変わることを期待していたのですが、まぁ何も変わらなかったみたいで、帰国後すぐ、すっかり元の状態だったので、がっかりしているんです・・・。

あぁ。

 

先生が言っておられましたが、本当にある程度の年齢になったら、親と子どもは離れた方がいいと思います。それで、たまに会う方が絶対上手くいだろうし。

うちの弟は、大学が滋賀県ということで一人暮らしをしていますが、のびのび楽しそうに過ごしていて、うらやましい限り。

この前も、久々に会って、「大学行きだしてからさ、親ともよくしゃべるようになったよね。」って言ったら、

「たまにしか会わんから、話すこと結構あるからなぁ。」

って言ってました。

いいなぁ・・・。

なので、私は、就職を関東でしたいですね。

まぁ、大阪だろうが神戸だろうが、今度は絶対に家を出ようと思っていますが。

できれば、関東。だって、関西のどこかよりも遠いもん。

 

ところで、今年から、ゼミ毎にその日の発表に対するコメントを提出するそうで・・・。

つまり、来週の月曜には今日のゼミ発表に対するコメントを、600〜800字にまとめて提出しなければならないのですね。

文章力低下防止。

そのため、先生方は、毎回毎回チェックして

生徒に返すそうで、生徒よりも断然大変だと思います。

すごい。

お疲れさまです。

 

le 12 avril

某会社の筆記試験を受けて来ました。

今までは、書類提出したりwebエントリーしていただけだったので、筆記は初めて。

ですが、まぁ、すごい緊張をするわけでもなく、淡々とやってきました。

 

問題は、SPIとかではなく・・・というか、私は実はSPIがどういったものなのか、まだ知らないのですが・・・なんちゃってIQテストみたいな感じでした。

とにかく、頭を使う問題で、問題冊子の始めに「問題は多めに作ってあります。」って書いてあったので。

できたのか?と言われれば、できてないですね。

はい。

いかに、私が普段頭を使っていないかが、明らかになりました。

うぅぅ。

でも、初めてスーツを着て、ちょっとうれしかった。

スーツっていいですね。

気分も変わる。

ただ、慣れないので、やや疲れましたけどね。

 

フランスボケで、未だエンジン全開ではないのですが、エントリーも増やしていって、活動しないといけませんね。

やる事いっぱいだ。

卒論計画も書かなきゃいけないし・・・、仏検も受けたいし・・・。

先生、次の週に間に合うようにしますね。

 

le 9 avril

どうも、こんにちは。

つい1週間前まで、フランスで外国人として暮らしていて、今は日本で日本人として暮らしていますが、なんだか窮屈。

パリの人たちは、外国人であってもフランス人であっても、どこででも自分の空間という感じで、それぞれ存在していて、それが私にとっては楽だったんですよねぇ。

ほとんど、気を使わなくていいから。

それで、日本ってうっとうしい・・・などと思ってしまいました。

電車とか、雑踏が。

まぁ、うろちょろする内にすぐ馴染みますけどね。

 

7日は、私の誕生日でした。

ま、みなさんに何の関係もないですけど。

早くも23歳。

 

で、7日は学校で新入生の人たちと一緒にサンドイッチを食べました。

女学院恒例の、新入生10人ぐらいずつ教授と共にサンドイッチを食べながら、お話する会ですが、それに在校生も参加するということで、お招きいただき・・・。

すごくいい天気で、桜を見ながらお話できて良かったです。ピクニック風。

新入生の方々は、初々しい感じで、私も自分がすごく緊張しながら、大学でやりたいことについて話したことを、思い出しました。

 

この1回生の人たちの自己紹介のあと、4回生の生島さんと私が少し話し、その後には、質疑応答の時間が設けられました。

私は、しゃべりだして調子がいいと、口が勝手にしゃべってしまう人なので、よくわかんないことをベラベラ話してしまいました・・・。

あはははは。

質疑応答のとき、内田先生から「一人一個ずつ!」と、容赦なく条件が出されたので、みんな必死に考えて質問してくれましたが、大変だっただろうなぁ。

たぶん、何を聞けばいいのかわからないと思うんですよね。

でもなんか、学食についてとか、ネット環境についてとか、なかなかに痛いところを付かれてましたけど。

とりあえず、旧図書館はオススメ。

 

明日から、授業です。

今年から、カリキュラムが変わっていて、興味津々だったりするんですが、ひたすら学校に行っていて、就活しなかったら後でえらいことになりそうなので、登録は控えとくか、という感じ。

就活さえ終われば、好きなだけ学校行けるのになぁ。

 

 

le 4 avril

 

3日の午前に、日本へ帰ってきました。

出発こそ、30分ほど遅れましたが、何事もなくスムーズに飛んでくれてよかったー。

 

ただ、席が厳しかったんですけどね。

最初、自分の席に着くと、隣は2歳ぐらいの女の子とその両親だったんですね。

何も思わず、「こんにちは。」とあいさつをしてそこに座っていたんですが、真ん中の列がたまたま開いていたので、もし良かったら、そっちに移ってもらえないかと、スチュワーデスさんに言われ、移った。

そうすることによって、その家族は3席使えるし、小さい女の子にとっても、快適になったと思います。

が、移った席の隣にも、別の家族の小さい子たちがいたんですね。

3人。

その内一人は、まだ1歳にもなっていない赤ちゃんだったんですが、とりあえず、小さい子どもたちは、事あるごとに騒ぐ。

飛行機が動き出して間もなく、眠っちゃったもんだから、

そのあと、みんなが寝る時間に寝られなかったようで・・・。

まぁ、私もほとんど眠れませんでしたねぇ。

 

それはそうと、私のフランス生活はついに終わってしまいました・・・。

30日は、友だちと一つ星レストランに行き、シャンパンで励ましてもらったり、私が使っていた鍋やらフライパンやらを、友だちに譲ったり。

自分の部屋が、どんどんがらーんとしていき・・・。

 

ほんと、楽しかったですねー。

この年齢で、大学を休学して行ってよかったなと思うし、この先、こんな時間は過ごせないのだろうなぁと思います。

語学研修とか言いながら、その語学はすんごい進歩したわけではないですけども、暮らす中で、いろいろと成長したはず。

元々、親元から離れたかったとか、働く前にもう少しモラトリアムな時間が欲しかったとか、そういうことが、私の中ではメインだったので、かなり満足しています。

親元から離れたかったわりに、親のおかげでこんな我がままできたわけですけどもね。

 

外国で生活するということも、そこでいろんな人に出会うことも、すごいいいことだと思いました。

育った環境が違うと、考え方も全然違うし。

でも、相手に持たれる印象は、日本人にだろうが外国人にだろうが、大差ないみたいでしたけどね。

おもしろいですよね、これ。

 

日本に帰ってきて、近所の人に「8ヶ月も一人でフランスにいたなんてすごいね。途中で帰ってくる人もいるのにね。」

などと言われましたが、たぶん、途中で帰って来ちゃう人は、辛かったんでしょうね。

私の場合、フランスで素敵な人たちに出会って、友だちになって、その人たちに囲まれて暮らしていたので、辛いどころか逆に楽しくて仕様がなかったですから。

思い返してみても、やっぱり、大した苦労してないし、その証拠に出発前よりも、少し太っちゃったんで。

親は、一人暮らしで少し痩せるんじゃないかと思っていたらしく、空港で会ったとき、「おかえりー。」と言っている母の横で、父が「全然変わってないなぁ。」とぼそっとつぶやいてました。

ははは。

だって、本当に楽しかったし、料理もそれなりに楽しんでいたから、いっぱい食べてたもん。

 

今まだパリにいる日本人の友だちが、「日本いいなぁ。」って言ってましたけど、日本もいいんですけど、私にとっては場所よりも、自由な時間という意味で帰りたくなかったんですね。

さようなら、私の自由がいっぱいだった時間・・・

って感じ。

でも、それも、周りに支えてくれる人たちが存在したからなので。

 

パリでお別れのとき、泣いたのかというと、最後の最後に泣いてしまいました。

2人の友だちがシャルルドゴールまで、一緒に来てくれたんですけど、出国審査までずっと、あはははって言いながら、騒いでいたのに、出国審査行くから、もうここでお別れってときになって、友だちが泣き出してしまい・・・。

我慢していた私も、一瞬にして涙が溢れてしまったという。

うぅぅ。

さすがに、6ヶ月一緒に行動していたし、それも外国でだし、次の瞬間から向かい合って話しができないと思うとねぇ。

そこで、泣いてしまったので、私はパスポートを見せるときも、手荷物チェックのときもうるうるうるうるしたまんまでした。

で、その場で働いているフランス人さんたちに、

「大丈夫?」とかって言われ・・・。

 

 

そうやって、泣きながら帰ってきたら来たで、日本のケイタイに友だちから電話がかかってきたり。

あぁ。

日本の友だちに「ちょっと変わったねー。」

と内面を指摘される。

そうかも。

いっぱい学んだからなぁ。

私にとって間違いなくプラスでした。

 

というわけで、この「とほほ留学生日記」も本日をもって終了ですね。

読んでいただいたみなさま、本当にありがとうございました。

なのですが、内田先生が「とほほ五年生日記」も続けてね、とおっしゃってくださったので、

引き続き、「五年生日記」を書かせていただきたいと思います。また、よろしくお願いいたします。

あ、五年生だ、私・・・。

 

le 30 mars

 

3日後、帰国。

なので、本当はここで8ヶ月間の総括でもやりたいんですが、それ、帰ってからでもいいですかねぇ??

 

というのも、電話が今日までなんです。

先日、フランステレコムに電話して、30日に切ってくださいって言ったので、それが通じていて私の耳が正しければ、明日からは電話が繋がらないはず・・・。

 

今のところ、2日の飛行機が飛ばないという連絡はないので、たぶん3日には日本に帰れると思うので、また帰って落ち着いたら、ちょっと総括させていただきたいと思います。

さらりと。

 

le 27 mars

 

エールフランスから電話があった。

なんと、1日の飛行機は無くなったらしい。

ついでに、31日も飛ばないとか・・・。

とりあえず、その電話で「じゃぁ2日に。」って

変更してもらい、あとでアジャンスに来てくださいってことだったので、行ってきた。

 

なんで飛ばなくなったのか、気になったので、ちょっと聞いてみたんですが、「Je ne sais pas !」と、肩をすくめられてしまいました・・・。

でも、いいおばさんで、パソコンの画面を見せてくれて、「私たちはよく知らないんだけど、とりあえず、インターナショナルな理由みたい。あなたも今の状況を知ってるでしょ?」って。

確かに、画面には、インターナショナルな理由とかって書いてありました。

なんだよ、それ?

じゃぁ、2日は危険じゃないってことですかね??

ふぅぅ。

 

まぁ、とりあえず、2日出発で3日着に変更になりました。

予定が、くるっていく・・・。

 

le 23 mars

ゼミのみんな、そして私の友だちのみなさん

卒業おめでとうございました☆

私も、来年に卒業できるように、帰ってがんばるよ。

 

えっと、飛行機のチケットは、あっさり1日に取れました。

なので、1日にパリを出発して、2日の朝に関空に着く予定。

8ヶ月ぶりに、日本へ。

あぁーあ。

 

今考えると、パリの観光とか全然やってない・・・。

木曜から日曜までで、学校すっぽかしてうろちょろしようかなぁ。

テストが火曜日なんで。

うーん。

 

まぁ、名残も残しといて、また近々フランスに行くってのも一つの手なんですけどね。

夏休みとか。

 

一昨年に語学研修でフランスに来たときは、ブランド物とかをやたら買って帰りましたけど、今となっては、買わなくていっかって思うし、お金もそんなに残ってないので、買うものもお土産とか頼まれ物のヴィトンぐらい。

 

そういえば、冬服や辞書などの荷物は全部まとめて宅急便で送ることにしました。

25キロまでなんですけど、200ユーロちょっとで航空便として送れるらしいので。

郵便局までだと、自分でせっせと運んでいかなきゃだめですけど、宅急便屋さんは、家まで取りに来てくれるので、楽ちん。

しかも、着払いもあるってお姉さんが言うので、思わず、「あ、じゃぁ着払いで。」と言ってしまったという。

てなわけで、28日の午後に予約しました。

それまでに、ダンボールに荷物詰めなくちゃ・・・。

 

何事もなく、帰国できたらいいなぁ。

語学研修のときも、帰る直前にアメリカでテロがあったんですよねぇ。

今回は、戦争始まっちゃったし。

20日には、チュイルリーで大きなデモがありました。

アメリカ大使館がチュイルリーにあるらしく。

見てないですけど、メトロの駅が閉鎖されていたので、かなり大きなデモだったんだと思います。

とは言え、日々、フランスの人たちや観光客や私たちはのん気にカフェとか行ってたり。

ほぼ、日本と同じ状況な気がします。

 

無事に2日に帰ったと仮定して、帰ったらその日中に、美容院に行って、この伸びきった髪を何とかしてもらい、3日には、就活のための買い物に行き、4日には、学校へ。

・・・忙しそう。

時差ぼけの暇なしの気がするし、思い出に浸る暇もないかもしれないですねぇ。

まぁ、その方がいっか。

 

le 17 mars

前回に書いた「竹原先生」の病院へ、

私としては最後の診察の気分で行って来たのが、先週の火曜日なんですが、行ってみると、なにやら不吉なことを、先生はおっしゃった。

「サルモネラ菌の恐れがあるので・・・。」

サルモネラ?

風邪じゃなかったんですか?

 

結局、よくわからないままに、処方箋をもらいました。

何でも、ワクチンを打った方がいいと思われるので、薬局でその液を購入し、同時に胃腸の薬も処方するのでそれを10日間飲み続け、その後ワクチンを持って行けば注射してもらえるということでした。

 

が、ワクチンとか打って、下手げに熱出したら嫌だし、私としては、すっかり回復していると思えるので、薬局には行きませんでした・・・。

ほほほ。

だって、ほんとにサルモネラかどうか、何の検査もしてないんだから、わかんないもん。

仮に、サルモネラだったとしたら、やっぱ牡蠣ですかね?

生牡蠣、危険。

 

こっちは、病院と薬局がきっぱりと分かれてるんですね。

ワクチンまで自分で買うなんて。

自分で打てる人は、自分で打つみたいだったんですけど、怖そう・・・。

 

ほんとに、あと15日後とかに帰国しなきゃいけないんですけど、まだ何の準備もしてないという。

今日は、フランステレコムに電話を3月いっぱいで切ってもらおうと思い、電話したんですけど、すんごい早口でまくし立てられ、あ?とかって思わず呆然としてから、「すいません。わかんなかったんですけど・・・。」って言ったら、ちょっとゆっくり言ってくれて、たぶん「3月いっぱいまでなら、3月終わる5日前に電話してください。」って言ったっぽいので、「わかりました。」と言って、とりあえず電話を切りました。

電話だと、聞き取るのは、さらに難しい。

それが、わかっていたから、先週に学校の近くのアジャンスに行ったのに、そこでは、「この番号に電話しなさい。」って言われたんですよ。

なんだよー。

 

てか、こんな感じで電気も契約切らなきゃいけないし、住宅税とやらも払わなきゃいけない。

この家に入るときは、仲介に日本人の人がいたんですけど、出るときは一切関わってくれないんですよ、この人。

ひどくないですか?

次、もし長期滞在するときには、もっといい人に頼むか、自分でいい大家さんを探そうっと。

 

明後日は、飛行機のチケットを予約しにエールフランスのアジャンスへ行ってきます。

4月1日に取れるかなぁ。

 

le 8 mars

 

いやぁ、きつい。

フランス生活も終わりに近いというときに、

こっちに来て初めて風邪をひいてしまった。

 

のん気にコックさんに作ってもらった料理の話を

日記に書いて、いい調子で月曜日も過ごしたのに、

火曜になったら突然・・・。

 

火曜の朝、のそのそ起きて、なんか胃が重いなぁと

思いつつも、イチゴ入りシリアルをたっぷりのミルクと共に

食べて、さて宿題でもすっか!と思い机に向かったのだが、

どうも身体がだるくて、眠くなってきたので、そのまま

机に伏せてしばらく休んでいた。

すると、急に、ひどい寒気がしてきて、なんだろー

もう春なのに・・・とか思い、とりあえず、だるいので

そのまま2時間ぐらい机に突っ伏していた。

お昼になって、「あ、やばい宿題やんなきゃ・・・うー。」

って起きたんですけども、お昼なのにお腹すかないし、

しかも異様に寒い。

なに?

ってホントにわかんなくって、しかも吐き気もしてきて、

とりあえず寝ようと思いロフトに上がった。

念のため、「袋」持参で。

ロフトに上がり、ふとんにもぐって寝ようとしても、

十分に寝てるから眠くならないし、胃がぎゅーっと痛くって

なかなか寝つけない。

なんなんだよーと思いながら、ひどい寒気と吐き気と戦う。

私は、高校3年生からめったに病気しないし、風邪もほとんど

ひかない人になってしまったので、自分が風邪だなんて

これっぽっちも思わなかった。

ただ、お腹が痛いだけだと思った。

それに、吐き気も寝たら治ると思った。

 

が、どうにも寝られず、我慢も限界に近づいたことに気づき

足早にはしごを降りる。

で、何年ぶりかにもどしてしまった・・・。

 

もどすのって、すんごい辛いから、私は大嫌い。

死ぬかもーとか思いながら、2回もどした。

でも、お腹痛いのは治らず、一人で洗面台のところに

しゃがんで、何の緩和にもならないのに「お腹痛いよー。うー。」

って泣いたり。

結局その後、お腹も下し、何が何だかわかんないまま

ロフトから毛布をひっぱり下ろしてソファーで毛布に

くるまって横になる。

私のお気に入りのロフトは、こういう体調が悪いときには

はなはだ不便なことに気づく・・・。

「うー。辛いよー。」

と言いながら、とりあえず学校に行けなさそうなので、

友だちにケイタイでメールする。

その後も、寒気が治まらず、なんなの?って半ばイライラしながら

横になっていた。

その間にいろいろ考える。

・・・牡蠣??

 

風邪らしき症状が全く見られなかったので、風邪ではないと

思っていたので、それ以外の原因をひたすら考えていた。

途中で、眠りに落ち、気づいたら夜の7時だった。

吐き気こそなかったけど、寒いしだるいので、

とりあえず学校が終わり友だちが帰宅する8時ごろまで

そのまま転んでいて、8時前に友だちの家に電話した。

日曜日に一緒に牡蠣を食べた友だちに。

すると、その人も学校を休んでいた。

同じように寒気がしていて、具合悪いから休んだそうで、

牡蠣かなぁって二人で話す。

 

その後、もう一人の日曜のメンバーに電話する。

すると、その人は元気だった。

私が体調が悪いことを説明して、牡蠣だったりして・・・って

話したら、すごい勢いで、「牡蠣は一番危ないんだから、

今すぐお医者さんに電話した方がいいよ!電話番号は・・・。」

って、即行メモ取らされて、あまりにもすごい勢いだったので、

思わず、すんなりとその電話番号に電話をかける。

そのお医者さんは「竹原先生」と言って、ガイドブックにも

載ってる日本人のお医者さん。

私が状態を説明して、「一番早くていつ診てもらえますでしょうか?」

って尋ねると、「今晩往診に回ってますから、11時半でも

よかったら、回ります。」とか言われ、

その日に来てもらう・・・。

診断の結果は、「風邪」だった。

 

今、調度、風邪の症状が全くないのにお腹にだけ

菌が入ってしまい熱が出るという、変な風邪が流行っているらしい。

竹原先生は、腰に注射を打つよ、といううわさを聞いていたが、

本当に、注射を打たれた。

しかも、続けた方がよく効くらしく、次の日の朝7時にも

往診に来てもらうことになり、その時に2本目の注射を打たれた。

まぁ、早く治るんなら・・・って感じだし、痛いから嫌です、とか

言えないので。

往診とかって、確かに、私は外に出てタクシーに乗ってでも

病院へ行けるような、そんな気力すらなかったので、

助かったんですけど、145ユーロ・・・。

ちょっと贅沢しちゃったかも。

まぁ、保険効きますけどね。

 

コックさんの話では、食中毒だったら3時間後から8時間後

ぐらいに症状が出るらしい。

確かに、次の日元気で、その次の日に牡蠣が・・・ってのは

おかしいですよね。あはは。

 

水曜の夜は、友だちが学校帰りにうちに寄ってくれて、

おかゆを作ってくれる。

そして、買って来てくれたリンゴも剥いて冷蔵庫に入れといてくれた。

うぅぅ。

私は、熱こそ下がっていたけど、食欲が無かったんですよ。

でも薬を飲まなきゃいけないので、おかゆなら食べれるでしょ?

ということで。

そうして、二人の友だちがうちに来てくれて、

前の日に「竹原先生」の電話番号を教えてくれた人からは、

「大丈夫?」と電話がかかってきて、また次の日には

コックさんからも「どうですか?」と電話がかかってきて・・・。

うぅぅ。

いい人たちが周りにいてよかったよぉ。

 

私と同じく調子を崩していた友だちは、自分で「竹原先生」

の病院に行き、同じように注射を打たれ、同じように家で

安静にしていました。

たぶん、同じ風邪ですね。

私、熱だしてもどしたのなんて、中学のときにかかった

インフルエンザ以来ですよ。

毎年4月に病気になっていたけど、それは精神的なところから

来ていて、熱っていっても微熱だし、食欲だけはあったし、

一日で治っていたし。

しかも、それも高校2年までの話で、ほんとに高校3年からは

風邪すらこじらせたことないですからね。

熱が出るときに、あんな風に寒気が襲ってくるなんて

知らなかった・・・。

 

結局学校は金曜までずらずらーっと休んでしまいましたが、

今は身体がだるいぐらいで、食欲も戻ってきてるので、

もう大丈夫みたいです。

最後の最後に油断したかなぁ・・・。

やれやれ。

 

le 28 fevrier

いやはや2月も最終日。

28日までしかないって、なんかやだ・・・。

今週は授業ありましたが、先週までは少しバカンスでした。

ということで、バカンス総括。

今回のバカンスは、どこにも旅行に行かず、普通にパリにいて、しかも特にどこにも行かず、普段と同じように過ごしました。

一度、いつもの仲間4人で韓国料理食べに行きましたけど。

最初、どっか旅行行く?って話していたのですが、それぞれお金のこともあり、寒いしなぁということもあり、まぁ勉強でもすっかって感じに落ち着いたんです。

勉強とかいって、そんなにやらなかったですけどね。

 

私は、ちょっと就活やらなきゃなぁと思い、ネット上でエントリーしたり、書類選考のための文章を作成したりしてました。

あと、自己分析と。

なかなか面倒なもんですね。

ただ、自分の昔のことを思い出して書き出していると、

いろいろ出てきておもしろかったですけど。

 

そういうことをやりつつ、友だちが風邪ひいて寝込んじゃったので、看病しに行ったり。

私は、ソファーでうたた寝してしまっても、なぜか風邪をひかないので、もう帰るまでには風邪ひかないなぁと見込んで、風邪薬をプレゼントしました。

プレゼントと言えば、バレンタインデーがありましたね。

こっちでは、男の子から女の子にプレゼントするんですよね。

日本とは逆で。

まぁでも、周りにいる日本人の男友達には、どうせそんなことも知らないんだろうなぁって思いながら、ちゃんとチョコ買って渡しましたけどね。一応。

 

私にとっては、最後のバカンスでしたが、見てないものを見に行くよりも、仲間と過ごす時間が欲しかったので、だらだらしながらも、毎日のように友だちに会ってました、結局。

日本人とは言え、帰国後会えるかどうかわかんないし・・・。

私、フランスへ来るとき語学ってのは表向きの理由で、もう少しモラトリアムなときを過ごしたいって言って来たんですよ。

でも、ほんっとにモラトリアムっていうか・・・。

日本で大学にいても、自由に使える時間はいっぱいあるんでしょうけど、それでもアルバイトしたりレポート書いたりってことに追われる時もあるし、何よりも実家で暮らしてるから、あんまり自由が利かない。

私にとっては、これが大きいです。

今は、フランスだし、一人暮らしだし。

 

あと1ヶ月になっちゃいましたけどね。

私、お別れがすごい苦手だから、今回もまた号泣するんでしょうけど、日本人の友だちが、確かに一度ここで別れるけど、それはもう会わないってことじゃなく、また日本に帰ってから2年後とか5年後とかに、「どう?元気?」って再会することは、おもしろいもんだから、別れってそう悪いものでもないよって言っていたので、泣くだろうけど、すっごい悲しいわけじゃないような気がしてきました。

こっちで友だちになった日本人の人たちは、日本にいたら、出会ってなかったような人たちだし、仮に出会ったとしても、5歳6歳年上とかで、今のように仲良くできなかったかもしれないので、ほんと貴重な存在です。

4月から、それぞれ自分の目標に向かって進んでいって、その人たちが帰国するときに、連絡取って日本のどこかで再会するのって、すごく素敵じゃないですか?

 

そういうことを、バカンス中に学んだんですけども、名残惜しむかのように、今日は金曜日ということもあって、友だちとうちで語り明かすんですけどね。

 

 

le 2 mars

今日は、またまたコックさんに料理作ってもらいました。

今回は和食。

ということで、メニューは、「鯛めし・鶏のから揚げ・だし巻き卵・牡蠣・野菜の煮びたし」でした。

牡蠣を生で食べられるのも、今月までらしく、たぶんこれが最後の生牡蠣になるねーと言いながら、マルシェで買ってきてくれた牡蠣を生で食べました。

相変わらず、すべてがおいしくって感激。

彼はいつも、ワインを飲みながら料理するんですけど、ちょっと飲みすぎたらしく、野菜の煮びたし作ったのに、出すの忘れてて、さぁ片付けようって時に台所で気づいたんで、その場でみんなでちょっとつまみました。

この、煮びたしと鯛めしの余った分は、場所を提供してくれてる友だちの次の日のご飯になったので、その人はうれしそうでした。

まぁ、その本人のお米なんですけどね。

私は、今月いっぱいで日本へ帰るので、コックさんの手料理はこれが最後。

うぅぅ。

でも、月末にこのメンバーでレストランへ行くことになりました。

星付き・・・?

すでに、予約済みということで、またすごい楽しみです。

 

そういえば、今日、その月末に、私のケイタイをコックさんに売るという契約が結ばれました。

私は、もともと今仲間の中でケイタイを持ってない人にあげるか、記念に持って帰るかしよーと思っていたので、

別にあげてもいいよーって言ったんですが、その場にいた中の一人が「それはだめ!」と激しく抗議してきたので、じゃぁ20ユーロでって話になりました。

 

もうそろそろ、こうやっていろんな持ち物を片付けにかからなきゃ。

さみしい。

でも、そうも言ってられないので、さっくりと4月1日に帰ろうと思っています。

先延ばしにしたら、ホントに帰れなくなりそうだから。

まぁ、まだチケット取ってないですけどね。

私が寂しいよー帰りたくないよーって言ってんのに、仲間は「そんなこと言いつつ、別れ際まで泣いててさ、機内食出たら、わぁーいって喜んで食べるんでしょ?で、みんなのことも忘れちゃうんじゃないの?」

と、心ないことを言う・・・。

そりゃ、機内食は食べると思うけど、みんなのことは忘れないよー・・・。絶対。

きれいさっぱり忘れ去る、なんてことはあり得ないと・・・

私は思います。

 

le 6 fevrier

学校のプログラムから、オーケストラを聞きに行きました。

今まで、何にも参加しなかったんですけど、この学校には、そういう自由参加でそれぞれが勝手に申し込むプログラムが、頻繁にあって、オーケストラ7ユーロとかだったので、ちょっと行ってみました。

私、日本ででも、オーケストラって実際に聞きに行ったことがないので、この日が初オーケストラ。

場所は9区のORCHESTRE DE PARIS AU THEATRE MOGADOR

というところで、時間は8時からだったので、学校が終わったあとにそのまま行きました。

曲目は、Brahmsの“Variations sur un theme de Haydn”とHaydnの“Symphonie ・96<Le Miracle>”と、Stravinskiの“L’Oiseau de feu,ballet”の3曲でした。

私は、音楽のことも何もわからないので、全く細かく説明できませんが、とりあえず、良かったです。

3曲目の“火の鳥”って45分間あって、一緒にいった友だち2人は途中で船を漕いでましたが、私は一番好きでした。

他の2曲は、ちょっと知ってる感じで普通の曲調なんですけど、“火の鳥”はなんか違っていて、ドラも出てくるし、ハープも出てくるし、タンバリンも出てくるし謎の楽器も出てくるんですよ。

チェロの人たちも、ただ弾くだけではなく、途中で楽器の身体を叩くときとかあったし。

私としては、目が離せない感じの曲で、すごい楽しかったです。

私、音楽に詳しくないですけど、楽器とか好きなんで、オーケストラは見ているだけで、かなりわくわくしました。

ティンパニーとかトライアングルとかドラとかタンバリンとか最高。

すごすぎる。

ティンパニーはまだ、頻繁に出番があるので、演奏する人もずっと構えていたりするんですけど、他の打楽器の人たちって、出番少ないので、座って待ってたりするんですね。

普通に、椅子に座ってて、出番が近づくと立ち、楽器を構え、その瞬間をすごい大事にしてる感じに演奏するんですよー。

まぁ、大事にするのは当たり前だと思いますけど。

かっこいい。

演奏の仕方が素敵。

バイオリンの人たちも管楽器の人たちも、指揮の人も、みんなが全身で演奏してるんですけど、打楽器の人の演奏の仕方は特に「全身で」って感じがするんですよねぇ。

トライアングルとかタンバリンは、本気でそんな感じ。

あ、あと、シンバル。

シンバルとか、出番3回ぐらいしかなかったですけど、鳴らしてから即行で止めるのとか、すごい緊張の一瞬ですよね。

しかも、その3回ぐらいのうち1回は、一番最後だったりするし。

小さな楽器だったりしますけど、その音はすごいきれいに響いていてすごいなぁって思いました。

それから、指揮者の人も、ほんとに全身でって感じでいいですね。

曲が終わるごとに、一度下がられるんですけど、拍手が鳴り止まないので、再び出てこられたり。

あれって、回数とか決まってるんですかね?

1曲目は、再び出てこられて、そのあと拍手は止んだんですが、2曲目は2回繰り返して、3曲目は5回繰り返しましたからね。

「ブラボー」とか叫びながら、みんな拍手をやめなくて。

でも、5回目には、それまであんなに拍手喝采だったのに?ってぐらいに、みんなあっさり止めて帰っていくっていう。

そういうのも、おもしろかったです。

一瞬、アンコールってあるのかなぁって思ったんですけど、なかったんですけどね。

また、機会があったら是非行きたいです。

 

le 2 fevrier

今日は、久々にコックさんに料理を作ってもらいました。

今、彼は、もう学校には通っていなくて仕事だけの生活なので、会うのもちょっと久しぶり。

友だちと、「何作ってもらう?」って相談した結果、メインはウズラで、ということになったので、ウズラを食べました。

ウズラ初めて!

マルシェで材料を買ってきてくれたんですけど、ウズラってそのままなんですよ。

そのままっていうか、頭も付いてるってことなんですけど。

マルシェに行くと、まぁ普通に、鶏がばーっと頭付いたまんま並んでいたりしますけど、それを実際に間近で見たのは初めてだったし、で、ちょっと触ってみたり。

くちばしが、何故かふにゃふにゃしてました。

前菜は、ホタテを使ったもので、器はホタテの貝殻。

メインは、ウズラを焼いたもので、ソースはイチジクのソース。

もう、本当に、すごいんですよねー。

こんな料理が、10ユーロだなんて、あり得ないです。

前菜も、もちろんおいしいんですが、やっぱ、ウズラにはびっくり。

一緒に食べた人の話によると、日本で食べるともうちょっとくさみがあったりするらしいんですけど、全くくさみとかないし、イチジクのソースって微妙に甘くて、不思議な感じだったし。

イチジクがくさみを消してるのかなぁ。

ほんとに、この人、料理すごいなぁって改めて思いました。

今はひたすら仕事の日々で、休みは日曜日だけらしいのですが、その日曜にわざわざ出てきてくれて、手間ひま掛けて素敵な料理を作ってくれて・・・。

それでも、料理関係の人以外の人と会うことは、いい気分転換になると言って、作ってくれるなんて、ほんといい人ですよねぇ。

前回は、一応アシスタントとしてちょこちょこ洗い物手伝ったりしてたんですが、今回は、やっぱり邪魔かなぁと思って、私も他の友だちとわいわい部屋で騒ぎながら待っていたんですね。

すると、実は、仲間にも入りたいと思うらしく、次はどっか外で食事しよーって後で言っていたらしい・・・。

そのコックさんも、パリにいるのは2月いっぱいまでらしいので、その間に“和食”作ってもらいたいなぁってまた友だちと計画中だったりするんですけど。

また、楽しみ☆

 

le 31 janvier

29日以来、先生はテキストを進めていかず、ディスカッションの題材になるようなページだけを選んで、それを読んでそれについてみんなでディスカッションという授業を続けました。

あと、ディクテと。

昨日の授業が終わるときに、「テキストにざっと目を通したけど、良くないから、飛ばすかどうか今考えてるところです。」って言ってました。

おぉ、ついにテキストを無視する方向に・・・と内心思いながら、わぁーいと歓声をあげてみたり。

そして、今日2回目の読解用のプリントが配られました。

そういえば、前回、つまり第一回目の記事は『Le Monde』から「若者文化」というテーマの記事で、『Le Monde』だけに文章形態が難しくて、大まかなニュアンスはつかめるけど、細かいニュアンスがよくわかりませんでした。

でも、それについての設問に答えたり、日本では「若者文化」が存在するのかとか、「若者文化」についてどう思うかなどを述べて提出したんですけど、先生もその意見に対して興味を持ってくれて、なかなかおもしろかったです。

私は、「若い人たちだけの社会があると思うんですけど・・・

でも、それは私の親たちのときにももちろんあって・・・でも今と昔とだったら違うんですけど・・・。」みたいな、よくわかんないことを書いたんですけどね。

この「社会」って言葉が良くなかったらしく、「社会ってどういうこと?」って聞かれ、うまく説明できなくて、「考えてきます・・・。」って思わず言ってしまったという。

あと、この日にその記事上で意味のわからなかった部分について、休み時間に質問したり。

新聞記事って、やっぱり難しいですね。

そんな省略とかあり得ないでしょ?っていう、省略があったり。まぁ、『Le Monde』は特に難しいらしいんですけど。

まぁ、それはともかく、いくら有志だからって、提出したのが2人っていうのはどうかと思いますけど。

おーーぃ!みたいな。

今回出された記事は、もっと簡単なものらしいです。

『私はターザン、あなたはジェーン』・・・?

今、タイトルを見たらそういうタイトルでした。

 

そういえば、こっちで友だちになった日本人の人が25日に帰国したんですけど、メールが来てて、「何だか今までフランスにいたのが夢みたい。」

って書いてありました。

うー、その気持ちわかるよぉ。

だって、2002年の夏に語学研修で3週間フランスにいて日本に帰ったとき、そう思ったもん。

まぁ、そのときは、その直後にゼミ旅行でバリ島に行ったので、また違う夢みたいになってよかったんですけど。

はぁ。

 

le 26 janvier

弟から、パリ旅行のお礼のメールが来た。

びっくり。

自らお礼を言ってくるなんて。

私は要領が悪いので、旅行中もなかなか上手く移動できず、それで弟の機嫌を少し損ねてしまったりしたんですけど、「楽しかった。ありがとう。」などと言われるとうれしい。

母からは、帰って即行にお礼の電話があったけど、そうやって親や弟からお礼を言われることなんて、たぶん初めてのことなので、不思議な気分。

ただ、母なんかは、「もう二度とあんなことはないだろうなぁ。」と、やや感傷的だったので、え?と思って急いで「またフランスぐらい行けるよー。」って言ったんですけど、弟も一緒にっていうところがポイントらしく・・・。

うちの弟は、中学2年生ごろから、ひたすら反抗期でひたすら親と口をきかなかったので、弟も参加する旅行というのは本当に久々だったんですよねー。

今回、父は仕事があるから参加しませんでしたけど、母としては、久々に弟と旅行できて、相当うれしかったみたいです。

ただ、やはりまだ無口な人なので、飛行機の中とかでは辛かったみたいですけど。

 

ところで、最近、ちょっと料理とかさぼって野菜もほとんど食べなかったんですけど、そうすると早速に口内炎ができてしまいました・・・。

やばい。

と、思い、気持ちを入れなおしてまたちゃんとご飯を作ることにしました。

その第一弾として、昨日は3時間かけて、豚肉の赤ワイン煮込みをせっせと作りました。

MONOPRIXで、豚肉のブロックや赤ワインを買い、るんるん気分で野菜を水から煮て、その間に、豚ブロックは塩コショウしてフライパンで表面だけ焼き、ゆであがった野菜をボウルに移し、その鍋に豚肉を入れ、赤ワインをどぼどぼーっと注ぐ・・・。

で、豚肉をやわらかくするために、昨日はコーラをプラスしました。

ぐつぐつ言ってくると、私の狭い部屋は、ワインの香りでいっぱいになり、その香りで酔いそうになるので、窓を全開にし、あとはそのまま煮込んでいくだけなので、

ソファーに座ってゆっくり本を読んで待つだけ♪

そろそろかなぁという頃に、豚肉を一度上げ、スライスしていく。

もう、すんごいやわらかいんですよ、これが。

「うへー、おいしそー。」とか思いながら、全部スライスして再び鍋へ。あと、最初にゆでてたにんじん・じゃがいも・たまねぎも鍋に入れて、とりあえず放置。

これを、食べる前にまたあたためるんです。

なんか、一回冷ますとその間に味がよくしみ込むらしいので。

 

久々に時間のかかる料理を作りましたけど、自分で作っときながら、すっごいおいしくってちょっと感動。

肉を選ぶとき、ビタミン不足だから豚にしようと思って、選んだのですが、正解!って感じでしたね。

最高。

でも、3時間もかけて普段ご飯作ってたら、食べるの11時とかになっちゃうので、煮込みは週末限定ですけど。

最近、パスタとかラーメンとか雑炊ばっかり食べてて、野菜は外で食べるときに少し食べてる程度だったので、これからはさぼらずサラダとか温野菜も食べようって思います。

やっぱ、肌にも良くないし。

ね。

 

le 21 janvier

母と弟が来て、学校も休んで共に行動して、なんだか疲れてしまって、やる気も失せていて・・・

という状態から、やっとのことで立ち直ったのが先週の水曜ぐらいですかねぇ。

生活のリズムが、バカンス中に狂って、母と弟が来てまた狂って、最近やっと元に戻ってきた感じです。

ふー。

なんだったんだろう。

授業中も、あまり身が入らず、ほとんど発言しなかったりして、先生から「1月1日からサチコの声、聞いてないけど?」ってつっこまれたり。

去年に引き続き同じ先生なので、少し様子がおかしいとすぐばれてしまう。

まぁ、この頃復活したんですけどね。

 

最近、あるテーマに沿って自分でレポートを作成して発表するとういう授業をするようになりました。

といっても、ごくごく短い文章なんですが。一回目は、「新聞について」というもので、それぞれ日本で読んでいた新聞について紹介し、自分の意見を述べるということをやりました。

2回目は、「仕事について」で、フランスに来る前にやっていた仕事、またはやりたい仕事について説明し、何故その仕事を選んだのか?などについて述べるというものでした。

発表のあと、質疑応答があるので、なかなか大変なんですけど、おもしろいです。

そういえば、今年に入って、クラスのメンバーに結構変化があって、人数は8人ぐらいに減り、全員日本人に

なってしまいました・・・。

まぁ、人数少ないんで、一人の発言回数が増えてそれなりにいいと思いますけど。

 

さて、今パリでは『天空の城ラピュタ』を上映中です。

15日から始まったんですけど、さっそく見てきました。

吹き替えと字幕と両方上映してます。

私は友だちと見に行ったのですが、最初、今日は吹き替えを見ようって言って、実際昼過ぎから吹き替え版を見ました。

で、その後、やっぱり原語版で字幕付きが見たくなったので、その日の夜、字幕の方も見たという・・・。

ちなみに『Le chateau dans le ciel』というタイトルです。

フランスの人は、宮崎駿の作品を子どものためだと思ってて、だからあんまり大人は見に来ないのかなぁって友だちと予想していたんですが、吹き替えは、確かに客層は子どもなんですけど、字幕の客層は、普通に若者からお年寄りまでと言う感じで、しかもすごい人気だったので、驚きました。

ただ、うける場面が私たち日本人とは違うんですよねぇ。

全然笑うところじゃないのに、爆笑してたり、すんごいつまんないところでどっと笑いが起こったり。

うちらは、普通に2回連続で見て、2回ともやっぱり感動して「やっぱ、ラピュタはいいねぇ。」ってしみじみしてたんですけど。

一応、フラ語の勉強のためも思って、『ラピュタ』を見たわけですが、吹き替えされてるフランス語と字幕のフランス語が、大きく違うので、さっきわかんなかった所をチェックする、ということはできないんですよね。残念。

でも、こういう時にこういう風に言うのかぁって思えるところもあるので、結構勉強になりますよね。

『ラピュタ』は、宮崎さんが『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』以前に創造した作品ということで、雑誌に取り上げられたりしていて、結構話題になってるみたいです。

映画を見に来ていた、ある老夫婦も、帰り際に「よかったね。」とかって話してたし・・・。

ほんとに、フランスの人たちがどんな風に感じたのか、聞いてみたい。

 

そういえば8日から、SOLDEが始まってるんですが、まだ、買い物してません。

行こう行こうって言ってて、未だ行けてない。

もう、ほとんど売り切れてそうだなぁ。

あ、そうだ。その8日に、母と弟と一緒にヴィトンのお店に行ったんですけど、そこで、美川憲一と神田うのに会ったっていう・・・。

普通に、買い物してて、なんか飲み物を出してくれるっていうので、「じゃぁ、コーヒーを。」ってお願いして、

ソファーに座ろうとしたら、その向こうに普通に座ってたんですよねー。

しかも、日本語がペラペラの店員さんと、日本語でひたすらしゃべってた。すごい。

本気で日本語しかしゃべってないですからね。

かなり、びっくりしましたけど、まぁ一つの記念という感じですかね。

 

le 4 janvier

2003年になってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年明けてから、ちょこちょこ用事があって、今日なんて19時ごろに母と弟が来てしまうんですよねぇ。

いやぁ、せわしない。

今ね、パリ雪降ってるんですー!!

それが伝えたくて。

初雪?

すごーい。でも、なにも家族がやって来る日に降らなくても・・・。

シャルルドゴールまで迎えにいかなきゃいけないけど、いろいろ危なそうだなぁ。

すべって転ばないようにしなきゃ。

ではでは、みなさんにとって2003年が素敵な年でありますように☆

 

le 28 decembre

今日は28日ですが、24日の話。

24日は、クリスマスイヴなので、友だちの家で騒ぎました。

仲いい友だちの中で、一番家が広い人の家で。

料理は、その家主である男の子が担当して、部屋のデコレーションは一人のお姉さんが担当して。私は、一緒に買い出しに行って、料理を作ってる側でほんの少しだけ手伝いつつ見てたんですけど。

その男の子のスペシャルメニューは牛肉の煮込みと2種類のパスタ。

肉が、あんまりいいものじゃなかったので、ちょっと硬かったんですけど、味は最高!パスタも最高でした。ペペロンチーノが得意らしいんですけど、ほんとにおいしかったので、作り方をちょこっと聞いときました。

その内チャレンジしよーっと。

クリスマスと言えば、ケーキはブッシュドノエルですよねー。

こっちに、バゲットがめちゃくちゃおいしいPAULってパン屋さんがあるんですけど、そこでバゲットを買うついでにブッシュドノエルも買ったんですね。したら、そのケーキがまたすっごくおいしかったんですよ。

こっちって、日本に比べてチョコレートがおいしいと思うんですけど、だから、そのケーキのチョコも甘すぎずなめらか〜な感じで、まさに絶妙だったんですよー。

まぁ、それで、12時過ぎまでシャンパンとかワイン飲みながら、その子の家にいたんですけど、途中でシャンゼリゼに行かない?って話になって、1番線の終電に乗ってシャンゼリゼまで行きました。

きっと、凱旋門も並木もきれいなんだろうなぁって。

ところが、行ってみるとライト全部消えてて、普通の街灯しかなかったんですよねぇ。

12時になったら消えるんでしょうかね。

それで、ちょっと悲しかったんですけど、カフェは朝まで開いてるだろうってカフェに入ったら、2時までだったんですよねぇ。

で、仕方ないので、3時ぐらいにそこから一番近いマドレーヌに住んでる人の家へ移動して、そこで結局朝までしゃべってたっていう。

でもまぁ、楽しいクリスマスでした☆

 

さて、今日から3日間トゥールーズからお客さんが来ます。

今日、パリは憂鬱なしとしと雨なんですけど、トゥールーズも天気がよろしくないらしく、飛行機は予定より1時間ほど遅れるとか。

彼女が私の家に着いたら、即行外にご飯を食べにいく予定。

以前トゥールーズにいた人が、あと2人パリにいるらしく、彼らと一緒にご飯を食べるんです。

あ、そういえば、今日のメンバーに入ってないけど、あと2人ぐらい今パリ周辺に来てるんだった・・・。

みんな、久しぶりだなぁ。

ちなみに、全員日本人ですけどね。

まぁ、トゥールーズから友だちが自分の家に来ているという状態とはいえ、30日の夜はパリの友だちとディナーとか行くんですけど。

1月からは、もう学校に来ない人たちと、会いたいなぁってことで。

これもまた、全員日本人なんですけどね。

 

そうそう、それで、お客さん来るし年末でもあるしと思って、ちょっと洗面台とかシャワーの所とかを磨いてみたりしました。

うわさのANTIKALっていう洗剤買ってきて。

フランスの水は、硬質なのであまりに掃除せずにほっておくと、例えばシャワーの目がつまっちゃったり、水が流れにくくなったりするらしいんですね。そこで、一役買うのがそのアンチカルとか言う洗剤なんです。ばーって垂らしてしばらく放置して、その後水で流すと結構きれいになるっていう。

まぁ、それだけじゃ、ピカピカにならないので、自分で磨くんですけど。

いざ、磨いてみると、かなり綺麗になって、ちょっと驚きでした。

月に一回は磨こうって感じですね。

だって、最初に入ったときより、今の方がきれいなんだもん。

私は、掃除好きではないので、そんなに日々掃除しませんけど、たまにこうやって掃除すると、すごい必死になってしまったりして。

あー、実家の自分の部屋を思い出してしまった。

フランスに来る前、とりあえず時間なかったんで、部屋なんて片付けなかったんですよね。しかも、元々片付けてないので、凄まじい状態だったんですわ。やばい。

最近、電話の工事とかしたらしく、あまりにひどいので母が少し片付けてくれたらしいんですけど。

見たくないなぁ。

日本で、あれだけ掃除しなかったのに、今は週1回は掃除機かけてるし、キッチンは使う度にきれいにするようにしてます。

15ほどの一部屋にすべてがあると、散らかってたら自分がいい気分じゃないから。それに、いつ友だちがやって来るかわかりませんからねぇ。

毎日、あった所に物をしまえば、そうそう散らからないんですよね。

それを、めんどくさいなぁって、その辺に放置するとたちまち散らかる。

恐ろしい・・・。

しかも、あまりに汚いと、片付ける気すら起こらなくなるし。

やれやれ。自分の気分が投げやりにならない程度には、掃除しようと思います。