le 15 decembre
今日はいい日だ。
こう、何かが気持ち良く突き抜けた感じがする。
そんな日。
ゼミで、村上春樹作品についての発表を聞く。
発表を聞いている時点で、なんだかドキドキしてきたのだが、その後の先生のコメントを聞いていると、さらにドキドキしてきてついでに鳥肌が立った。
村上春樹のテーマは、葬儀だ、死者の弔いだって聞いたら、今まで自分が読んだ村上春樹作品が、だーーって頭の中を回った。
あ、ここにも死者が。ここにも葬儀が。って。
なんかもう、あーー!!って感じなんですけど、何て言うか、
そうだったのか!って自分の中で何かと何かがつながって、テンション上がるんですよね。
色で表すと虹の色で、他の例えだと、クリスマスの朝、目が覚めたら枕元にプレゼントが置いてあって、
「あ!サンタさんってホントにいるんだー!」って思う、
そんな感じです。
上手く表せないけど、すっごいうれしい感じ。
村上春樹の話が終わった後、先生が、オープンエンドとブレイクスルーのお話をしてくださったんですけど、先生、途中から何か来ましたよね?
たぶん、あのとき、みんなも先生のお話に引き込まれたと思うんですけど、
すごかったです。
本当に感動というか、心の真ん中に命中して何かが開けた感じのときってあるじゃないですか。
今日は、まさにそうだったんですけど、その感覚を言葉で表したいのに、「すごい。」ぐらいしか出てこないんですよ。
「何かすごい」って言われても、よくわかんないと思うんですけど、すごいんですよねー。
ブレイクスルーって気持ち良さそう。
一度あると何度もあるそうですが、きっと、すごい快感なんですよ。
ちょっとずれてるかもしれないけど、私はこう見えて、結構直感で行動する方なんです。
あ!って思いついて、いきなりそれを実行したり、何となく止めとくかぁって思って、突然予定を変更したり。
あと、買い物も、ふらふらしてて、これだ!って思うものに急に出会って、それを買うことが多いです。
だから、ときどき予算が足りなくてカードで支払い、親には事後報告だったりするんですけど。
それと似た感じで、授業のレポートを書くときに、何書こうかなぁって長いこと悩んだ末、一応テーマを決めてだらだら書き始めたら、途中で突然何かが見つかって今まで悩んでいたのが嘘みたいに、すらすら言葉が出てきて気づいたら3000字、ということがたまにあります。
そういうレポートは、自分でも好きなんですよね。
悩んだ末、どこにも行き着かなくて、最後までだらだらだったレポートは、本当に自分でもつまんないんですけど。
卒論書いてる途中に、何か来ないかなぁ。
いやぁ、それにしても、今日は久々に何かが開けました。
先生、ありがとうございました。
le 11 decembre
卒論、卒論って思いながら、机に向かって考え事をしていると、
そういえば・・・と思い出したことがひとつ。
それは、小学6年生のときのことでした。
別にやりたくもないのに、生まれたときから小学6年生までの出来事をつらつら書かなきゃいけなくって、なんか泣きそうになりながら膨大な量の文章を書いたような・・・。
うちの小学校では、6年間の締めくくりのような感じで『生いたちの記』というものを作成していたんです。
んー、6年間の締めくくりというか、12歳までの人生をまとめるんですね。
で、それを突然思い出したので引っ張り出してくると、なんと原稿用紙53枚も書いてるんですよー。
いやぁ、よくがんばったもんだ。
まぁ、中には写真や文集のコピーなんかも貼ってあるんですが、それでも、相当の量ですよねぇ。
卒論みたい。
てかもう、これはある意味卒論です。
『生いたちの記』とか言って、生まれたときのことから書きなさいと言われても、その辺覚えてないですから、小さいときのことは親に聞きながら書いていくんです。
母子手帳とか見せてもらいながら、生まれたときの身長・体重を書いたりね。
体重3020g、身長50cm、胸囲31cm、頭囲33.5cmだって。
頭でかい。
そういえば、生まれたときはへその緒が首に巻きついてて、泣きもせず、保育器直行だったんですよねぇ。
元気になってよかった。
いや、ほんと。
パラパラ読んでると、かなりめちゃくちゃな文章でした・・・。
最初の方は、まだましだけど、小学6年生の話とかめっちゃ短いし適当だー。
書きながら、私なりに必死で泣きそうだった記憶があるんですけど、丁度この頃受験が迫ってたんですよねぇ。
実際、受験が終わった直後は、入試問題が思っていたよりも簡単だったので拍子抜けしたんですが、受けるまではすっごい難しいものだと思い込んでいたので、小学校なんてどうでもいいぐらいの勢いだったんですよ。
だから、何でこの時期に『生いたちの記』書かなあかんのよーって思いながら書いたんでしょうねぇ。
ほんまに、最後に近づくにつれて、字が汚い。
ほぼ殴り書きです。
確か、50枚書かなきゃいけなかったんじゃないかなぁ。
で、枚数かせぐために、写真とかコピー貼って、何とか53枚になったんでしょうね。
写真でも絵でも、その辺は自由だった気がする。
貼ってある写真見て懐かしくなったんで、晩ご飯のあと両親と昔のこと話しながら『生いたちの記』に貼ってある写真見てたんです。
すると両親ともが、
「小さいときかわいいなぁ。どんどん不細工になっとんちゃう?わはははー。」
と。
まぁ、たしかに。
小学2年3年ぐらいが一番かわいかった・・・と自分でも写真を見てて思います。
なんか、今と違うーーーって。
てか、小学生までは何でもがんばってたなぁって思いますね。
習い事もいろいろやってたし。
『生いたちの記』を読む限りでは、とても優秀な小学生ですよ。
毎年のようにクラス長に選ばれてるし、習字は4年生で金賞をそれ以外の年では銀賞をとってるし、えんぴつ書きで2年生のときに全国コンクールで銀賞だし、詩も2回選ばれてるし、リレーの選手にも選ばれてるし、金管バンドに所属してないのになぜか『カルメン』のときだけトライアングルに採用されてるし・・・。
習字で金賞をとったときの写真も貼ってあるんですけど、「光」って文字で、あぁ今より断然上手いなぁって思ってたら、「今の文字よりも上手なのではないかなと思いました。」って6年生のときの私が書いてました。
4年生が頂点なのか・・・。
いやぁ、おもしろいですねぇ。『生いたちの記』。
でも、確か弟のときにはなかったんですよ。
2年しか変わらないのに。
書いてるときは嫌々でも、何年も経ってから見たらいいもんなのに残念な話だな。
そういや、弟は卒論もないらしいけど。
卒論を書いてる時点では、「ぬぁーー、書けん・・・。」ってなってても、何とかかんとか書き上げて、後々読んだら『生いたちの記』みたいにいいものかもしれないですねぇ。
うん。書くか。
le 9 decembre
さみー。
あっという間に12月も9日ですね。
先月の終わり2週間は、バタバタしたなぁ。
一緒に暮らしてるおばあちゃんの体調があまり思わしくなかったり、それとは関係なく弟が1日だけ帰ってきたり、チロというのはうちの犬ですが、そのチロが逃げ出したり・・・。
なんだよ、みんな急にさぁ。
おばあちゃんは、2日間だけ入院して、いろいろ検査しましたが、とくに異常はありませんでした。飲む薬が増えましたけど。
弟は、よくしゃべり、よく食べ、よく寝て帰っていきました。
チロは、私が化粧もせずにいつもの散歩コースで探している途中、一筋北側の郵便局の前にいるのを偶然にも発見し、ダッシュで追いかけ捕獲・・・。
そうこうしている内に、月末限定のバイトが26日から始まって、今回は12月3日の午前中までかかりました。
伯母が勤めている某運送会社で事務をやってるわけですけど、私が任されてるのは、某ベビー服会社への請求額をはじき出すってものです。
このベビー服会社は、日本全国に1000店舗ってのを目標にしているらしく、毎月毎月新しい店が上がってきて、今は400店弱なんですけど、その日本各地に散らばってる約400店から、請求書とか控えとかが、がーーっと送られてくるわけですよ。
それらを、封を開けることから始めて、地域ごとに分け、県ごとに分け、店舗ごとに分け、請求書と控えに分けて、個数・運賃・消費税・合計を書き出していくんです。
こういうことを、学校に行かない日は土日も含め、9時から17時までやってるんですね。
時にはきーってなりながら。
25日必着だって言われてるだろうに、全然揃わなくて、月が替わってから届くのもあるし、コードナンバーを記入しなきゃいけないはずなのに、記入されてないし、控えが必要なのに入ってないし。
お願いだから、みんなちゃんとやってくださいって感じ。
そじゃないと、仕事が終わんない。
4月からは、全部コンピューター管理になるらしいので、ちょっとは楽になるのかもしれないですけどね。
まぁ、私はあと1回か2回バイトとして関わるだけなんで、関係ないんですけど。
で、この日曜日は、久々にWESとまきちゃんと永本ちゃんと一緒に先生のおうちに遊びに行きました。
楽しかったー。
『シャキシャキほうれん草鍋』もおいしいし、お酒もおいしいし、みんな変だし、最高ですね。
さいこー。
ボケなのか素なのかわかんないところがいいですね。
っと、こういうことを言うと必ず、「いや、それはさっちゃんやから。」
って言われるんですけど、絶対みんなもそんな感じですよ?
ほんと、変な人の集まりですね。
まぁ、内田先生が変だから、うちらが変でもなるほどーって思いますけども。
何なんですかねぇ、あの空間は。
「じゃぁ、10時解散にしよう。」
「あの、先生すいません。今10時半なんですけど。」
「え?そうなの?じゃぁ11時解散。」
って、11時ごろに先生のおうちを後にして、それぞれが落ち着いたときに、
ケータイに「楽しかったねー。」ってメールが来るんです。
なんか、みんな元気になるんですよね。
で、あまりにもおもしろいことが盛りだくさんなので、
一人になってからも、笑いがこみ上げてきたりするんですよ。
そのおもしろさの中に、学ぶこともたっくさん盛り込まれていますし。
例えば、恋愛の話で、相手にはムツゴロウさんのように接するべしとか。
内田先生って、おもしろいですよねー。
改めて。
すごいなぁ。
ほんとうに、ありがとうございました。
でも、仮にも先生のおうちなのに、食べ放題飲み放題しゃべり放題で、
くつろぎまくりな上、片付けて帰らないという。
遠慮とかは一切ないらしい・・・。
凄まじいっすね、うちら。
あは。
これからもよろしくお願いいたします。
le 18 novembre
朝、暑くて目が覚めた。
時計を見たら8時半だったので、もうちょっと寝ようかなぁっと思ったけど、喉も痛かったし起きて熱を測った。
38度3分。
38度3分!?
げっ熱上がってるやん!さいてー。
いつもより高い自分の体温で布団が温かくなってて、暑かったんだろうと思ったから、熱を測ってみたものの38度を超えることなんてめったにないからびっくり。
なんで?昨日は熱下がってたし、12時には寝たのに。
土曜日に、インフルエンザの予防注射を打ってもらったんです。
インフルエンザにかかると長びくし高熱が出るし、きっと吐き気がするし、絶対最悪だから。
それにSARSと見分けがどうのこうのって新聞に載ってたし。
そのときは、自分は健康だと思ってて、問診表にもそのように答えて、先生に「今風邪ひいてないですか?」
って聞かれても「ひいてないです。」って答えて、予防注射打ってもらって看護婦さんに「あ、ちょっと似てるかも。」て言われながら、その痕にドキンちゃんのシール貼ってもらって、のほほんと帰ったんですよ。
でも、日曜になったら、ちょっと調子悪くって、身体のあちこちが痛み出して、夜に熱測ったら37度2分だったんです。
予防注射のせいかなぁ。まぁ寝たら治るだろと思って、ビタミン剤飲んで寝たんですよね。
けど、治らなかった。
だから月曜は朝から病院行きました。
なんか、病院に行くと急に症状が軽くなることってありません?
私は、それまで喉がすごい痛かったのに、いざ先生の前に座るとあんまり痛くないような気がしてきたし、身体が痛かったことも忘れちゃってたんですよ。
なんでだろう?
別に怖い先生でもないしなぁ。
眉尻も目尻も下がってて、いっつもにこやかでやさしい声をしていて、
やわらかい感じの先生なんですけどねぇ。
病院にいるからと思って安心するのかなぁ。
まぁでも、一応症状を話して、喉を診てもらいました。
「あぁ、喉は腫れてますねぇ。咳とか鼻は大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
「予防注射と関係あると思いますか?」
「わかんないです。でも、もしかしたらその前に風邪気味だったのかもしれないなぁと・・・。」
(←ついさっきまで予防注射のせいだと思ってた人。)
「うーん。そうですねぇ。そうですよねぇ。たぶん。うがいはよくする方ですか?」
「あぁ・・・しないです。」
「じゃぁ、うがい薬はやめにしてお薬と一緒にトローチだしときますね。」
で、この日は結局、風邪で喉の炎症から熱が出ているってことになって、炎症を抑える薬と風邪の薬とトローチをもらいました。
てか、うがいの話のとき、私はてっきり普段から風邪予防のためにうがいをした方がいいって話だと思ったんですけど、うがい薬にするかトローチにするかって話だったんですよね。
意外。
月曜はゼミも休んで、それなりに安静にしてて、普段寝るのは2時ぐらいだけど、早めにと思って12時に寝て・・・なのに、今朝熱が上がってるってどういうこと??
薬を朝昼夜の食後に飲むじゃないですか。
じゃぁ、夜飲んでから次朝飲むまでの時間って他より長いですよね。
だから、薬が切れて熱が上がったんだなぁって思ったんで、とりあえず朝ご飯食べて薬飲みました。
ほんとよほどじゃない限り食欲はあるんですけど、熱なんかめったに出なかったのに、38度ってのが驚きで、朝ご飯は食べる気がしなかった。
でも、何も食べないで薬だけ飲んだら胃に悪いしと思って、メロンパンを4分の1ぐらい食べて、紅茶にハチミツ入れたのを飲みました。
で、薬飲んで、顔洗おうと思って洗面所に行ったらまたびっくり。
顔がすっごいむくんでたんですよー。
赤いし。
お母さんも結構びっくりしてて、お昼まで寝てなさい。それで熱が下がらなかったら、もう一回病院行かなあかんし。
って言われたけど、眠くなかったから眠れなかったし、薬もちゃんと飲んだことだしすぐ熱は下がるだろって思って、ベッドの上で布団にくるまって村上春樹を読んでました。
本当は他にやることいっぱいあるんだけど、頭がぼーっとしてて、パソコン開けても無理だろうなぁってことで、村上春樹。
昼前には、熱は36度7分に下がって、とりあえず今もらってる薬3日分がなくなっても回復しなかったら、もう一度病院へ行こうってことにしました。
あーでも、やっぱりインフルエンザな気がする・・・。
ただの風邪なのかなぁ。
喉が腫れるのはいつものことだけど、熱が出るってのが私にとってはおかしいんですよねぇ。
体力落ちてんのかもしんない。
ま、どっちでもいいけど、早く治んないかなぁ。
le 12 novembre
NOVAに行きました。
ちょー久しぶり。
実に2ヶ月ぶりぐらいですね。
しばらく行ってないと、聞き取れないししゃべれないかもしれない・・・って思っていたんですが、意外に今まで通りでした。
むしろ、それらしくしゃべれたりして。
実際にはしゃべってないですけど、ときどき頭の中でフランス語しゃべってたからかなぁ。
てか、私は適当ですからね。
このレッスンで、顔見知りの人と一緒になったんですけど、その人が、一回上手く聞き取れてしゃべれたと思って自信ついても、またすぐダメなときがあって自信無くすって言ってたんですよ。
まぁ確かに、今日はわかんない単語が多くてダメだったなぁ、思うようにしゃべれなかったなぁってときもありますけど、あんま真剣に落ち込まないし、自信も無くならないです。
私はそんなに自信ないしなぁ。
このとき一緒だった2人の生徒さんは、なんかこう本当に真剣に取り組んでるようだったので、圧倒されました。
そういえば、私も最初の1年は真剣にNOVA行ってたなぁ。
最近は、単にフランス語をしゃべりたいだけなんで、よっしがんばるぞ!って言うよりは、さぁて何話そっかなぁですからね。
とりあえずしゃべってるって感じ。通じればオーケーみたいな。
で、こうやってへらへらレッスン受けてると、その内スタッフに「最終的にはどのレベルが目標なんですか?目標が決まってる方ががんばろうって気も起きると思うんですよ。」
とか言われるんですよ。
別に、目標のレベルとかない。
レベル5でもレベル3でも、しゃべれればいいんだもん。
だって、レッスンで使う言葉と実際の生活で使う言葉って、実はかなり差が有りますからね。
私としては、文法とか会話表現とかを忘れてしまわない程度にフランス語に触れられれば、それでいいんだな、これが。
NOVAのあとは、三ノ宮駅を南にずーっと下がっていきました。
久しぶりに晴れだったから、お散歩。
途中でサンドイッチを買って、またしばらく歩いて、その辺のベンチに座ってお昼ご飯。
その買ったサンドイッチを食べてると、どうやって嗅ぎつけるのか、ハトが1羽やって来ました。
明らかに、パンちょーだいって感じなので、パンを一かけあげると、また新たなハトがやって来ました。
で、そのハトにもパンを一かけ。
すると、2羽が3羽になり5羽になり10羽ぐらいになって、ついでにスズメもやって来て、あっという間に周りが鳥だらけになってしまいました。
その集まりの中に、試しにパンを一かけ放ってみると、なんとスズメが空中でキャッチしました。
すごい。ハトの出る幕なし。
あんまりにもハトとスズメが集まってきたので、そろそろこの場を去ろうと思って、持っていたカメラで鳥たちを撮ってから移動しました。
そうそう、最近LOMOのカメラを買ったんです。
なんか2秒間もしくは0,2秒間で4回シャッターが下りて一枚の写真の中に4つ連写できるやつ。
この後、映画見ようかなぁって思ってたんですけど、ちょっと気が変わったので、結局アロマキャンドルを買いに行きました。
最近、部屋にいるときにアロマキャンドルを灯してるんですけど、それがきれてたし、新しい香りのが欲しかったので。
ティートゥリーってのとオーシャンフルーティーってのとラベンダーとベルガモットとシダーウッドが混ざってるのの3種類を買いました。
一番気に入ったのはティートゥリーで、早速灯してます。
こういうの買いに行くと、「リラックスしたいときに」とか「ストレスを感じたときに」って説明が付いてることがあるんですけど、私は特に気にせず、そのとき気分とその香りが好きかどうかで選んでます。
そういえば、遅いですけど、選挙私が応援してた人落選しちゃったんですよー。
すごいくやしかった。
友だちに「さっちゃん政治に対して熱いよね。」って言われたんですけど、まぁ政治っていうか、政治の知識とかないですけど、今回の選挙は熱かったなぁ。
勝手に。
思えばですね、私が二十歳になって初めての選挙が衆議院議員総選挙だったんですよ。
そのときは、単にドキドキしながら投票に行っただけで、それ以前に演説を聞いたわけでもなかったんですけど、今回はマニフェストも読んだし演説も聞いたしってので、一応自分で「この人」って思い入れがあったので、ちょっと熱かったんですよ。
まぁ、昔から、選挙のポスター見るのは好きでしたけど。
あれおもしろくないですか?
意味わからないながらも、「あ、この人いい人そう。」とか「この人、悪そう。」とか思って、よくポスター見て名前覚えてましたねぇ。
文字の色とか背景の色も、みんなさまざまだし。
てか、反対派の意見に、「頭が良すぎる」ってのがあったんですけど、頭良くていいやんって感じ。
言ってることが難しくてよく理解できなかったって意味なのかなぁって思いますけど・・・理解して欲しかったなぁ。
まぁ今回は落選しちゃったけど、またがんばるそうなので、機会があったら演説聞きに行こうと思います。
le 10 novembre
ゼミの帰りに、五年生のたっきーと卒業生の永本ちゃんと西北でお茶する。
¥650のケーキセットで約4時間居座ってしまった。
ま、お客さん少なかったし、いっか。
私たちは、普段からそんな際立って熱い人ではないが、話し始めてのって来るとどんどん熱くなって止まらなくなる。
誰も止めないし。
だから、気づいたら4時間経っていて、それでも話は終わらないのだけれども、さすがにそれぞれ家も遠いし、帰ったら9時前ってやばくない?ってことで話を切り上げたわけです。
私は、最近だと永本ちゃんとよく語っていますけど、なぜ、私たちが集まってわいわい語っているのかと言うと、それは、丁度うちらのゼミ宴会が憩いの空間であったように、あーだこーだと語る機会が私たちにとって憩いの空間だからです。
永本ちゃんが、ほんまにこうやって語れる人って少ないねんっと言うと、たっきーは、こうやって語れる人が他に一人だけいると言っていました。
確かに、少ないですねぇ。
私は、結構いろんな人に何でも話してしまう方ですけど、一度話してみて手ごたえが微弱だと、もうその人には話さなくなりますね。
だって、おもしろくないし。
話しながら興味なさそうだなと感じれば、途中でその話切り上げて他の楽しそうな話を始めたりもしますしね。
別に、いっつも堅苦しい話をしているわけじゃないですよ。
ただ相手の話を聞いて自分の意見を言っているだけです。
先生のいないゼミみたいなもんです。
その場に先生がいたら、なんとなくまとまりますけど、私たちの場合、何か結論めいたものが出るわけでもないので、まぁこういう考え方もあるけど、どう?って意見交換し合っているだけなんですよ。ほんとに。
相手の話を聞いて真剣に意見を言い、逆に自分が最近考えていることを話し意見してもらう。
なんだそれだけ?って思うかもしれないですけど、これができる人ってなかなかいないんです。
「何また小難しいこと言って」とか「暇だからそんなこと考えられるんだ」とか、そういう扱いされちゃうこともありますから。
話してみて手ごたえのない人の方が多くて、それでも以前はそういう人ともそれなりにちょっと無理して話していたけど、最近は、割り切れるようになったっていう話があって、あぁそれは私もそうだなぁと思いました。
なんかもう仕方ないな、別にいいやって思えるようになってきました。
丁度先週の土曜に高校のときの友だち4人と会って、集まった5人それぞれが言いたい放題で話にまとまりがなかったので、「なんかさ、遠慮とかなくなってきてるよなぁ。やばっ。おばさんに近づいてるんちゃう?」って言ってたんですけど、実際年をとって来たってのもあるだろうし、私はフランスに行ってたこともあって、割り切ることができるようになった気がします。
外国にいたということもあるけど、自分がこれまでいた環境を一度離れたということも大きいですかね。
その間、家族もいないし友だちも最初はいないし、仲良くなったってまた今までの友だちとは違った感じじゃないですか。
年齢もバラバラだし、それぞれ慣れない土地で生活にも必死みたいなところがあって・・・。
友だちというよりは、仲間みたいな感じでねぇ。
まぁ、まだ23歳なんでしがらみは少ないですけど、フランスにいる間は一切ないですから。
ほんと、気を使うこととかほとんどないし、外国ということもあって主張も結構するしですね、そういう中でやっぱり変わってきましたよね。
たっきーも言ってましたけど、日本に戻ってきたときに、これだ!ってはっきり言えないんだけど、何か違和感があったんですよ。
つい最近まで、この環境に普通に馴染んでいたはずなのに、何か居心地が良くないみたいな。
私は帰って来てから友だちに、我が強くなったって言われましたが、まぁそんな感じですかね。
前よりは、言いたいことを言うようになりましたから。
それは、その方が楽だってわかったからですけど。
でも、そうやってると、結果的に友だちが限られていくんだねってことを、3人で言ってたんです。
あと何を話してたんだっけなぁ。
えーっと。
フェミニストについて、恋愛について、嫉妬について、仕事について、男について・・・これぐらいだったかなぁ。
恋愛の話とかいって、別に「彼氏がさー、こうこうでね」とかいうそういう話じゃなく、だいたい3人とも彼氏いないし。
うっ、笑えない・・・。
だからまぁどっちかっていうと、どうやって男を捕まえるかって感じの話ですよ。
まだまだこれからって言いながらも、来年年女だしなぁ。
恐ろしい。
こないだなんて、美容院にちょっと寝不足で朝9時から行ってバカ笑いしてたら口の横の笑い皺?が一時的にとれなくなって、すっごいあせりましたからねぇ。
はっ、何これ?って。
これから乾燥の季節だし、気をつけなきゃ。
って話がそれてますけど、いろいろしゃべって楽しかったです。
それぞれ、話聞いててあ!って思い当たる節があったり、自分で話しながら、そうかって気づいたりして。
傍から見たら、怪しげな人たちなんやろうなぁって言いながらも、お互いちょっとはすっきりしたんじゃないですかねぇ。
le 7 novembre
選挙候補者の最終演説を聞きに行く。
弟の出身校の先輩だったり習い事関係だったりして、うちの母が選挙運動に力を入れているんですけど、うちは商売をしているからそんな目立つことはできないとか、若い人の方がいいんだとか、そんな理由で、ほとんど顔が知られていない私が受付を手伝うはめに。
演説が始まる1時間前から、おじさんおばさんお兄さんに混じって受付で声を張り笑顔を振りまいてきた。
「まぁ、愛想のいい娘さんやねぇ。」
そうですね。一応商売人の娘なんで。
私は、どこの政党がいいとかよくわかんないですけど、とういうかどこも特にいいとか思わないですけども、地元では、今日受付をし最終演説を聞いた、この人がいい。
そして、もし受かって今よりももっと名が通るようになったとしても、お金ばっか振りまいて地元に一切根付かないような政治家にはならないで欲しいなぁと思う。
私は、そう思いながら握手したけど、うちの母とかその友だちの人たちは、ただ握手したいだけなんじゃないかなぁって思ってしまうのは、私だけですかね?
一昨日髪を切りました。
先月末に、選択の余地なく伯母の職場で事務のバイトをさせられて¥24,000お金をもらったので、そのお金で。
でも、カットとカラーで¥11,000。
お金なんて、あっという間だなぁ。
ほんとに。
大好きな美容院に行って、大好きないつもの美容師さんと真剣かつアホな話をしながら、久々に注文を付けずにカットしてもらいました。
すると、やっぱり前髪が激短。
1年ぶりぐらいです。この短さは。
去年パリですっごい短くされて、周りの評判はいまいちでしたし、日本で短かったときも賛否両論ありましたねぇ。
私だって、一番最初ズバズバ切られたときは、大丈夫なのかこれ?って思いましたけど、その内に顔まる出しでも気にならなくなってきて、むしろめっちゃ短い前髪がお気に入りでした。
今回、久々に短い前髪になって、やっぱ好きですね。
目の前を遮るものがないって、すっきりしますよ。
長くもなく短くもないときが一番困る。
後ろはうすーく長い部分を作ってるし、色は赤っぽい茶色だし、前髪は超短いし、なんかごきげん。
ほんと気分がいい。
10月は不安定なことが多くて、半ば過ぎてからはどんどん落ちてましたけど、嫌々約一週間事務のバイトで電卓片手に膨大な書類の数字と戦っている内に落ち着いてきました。
事務の仕事向いてないなぁって、イライラしながらひたすら電卓カタカタしてて、午前中も午後も会社の一室でこもってて、へとへとになってたのに、なぜか安定してきたという。
何が原因だったのかなぁって考えると、それらしきものがいっぱいあって、たぶんどれもこれも原因なんですよ。
昔から、突然テンションが低くなって一人になりたくなったり、イライラして授業が聞いていられないから保健室で寝てたりしてたんで、まぁ今に始まったことではないんですけど、こんなに長く続けて気分が沈んでたのは初めてだったなぁ。
その気で朝起きて準備までしてるのにいきなり授業休みたくなるし、パソコンに向かおうとするとイライラしてくるし、電話には出たくないし、友だちが誘ってくれてても断るし、タバコ吸うし。
で、主に何してるかっていうと、部屋でベッドの上にいて村上春樹を読んでるんですけどね。
ほんとよくわかんない。
とにかく、無性に村上春樹を読みたくなって、できることならご飯も食べずにずーっとその世界に浸っていたいっていう気分だったんですよ。
でも、親にいろいろ説明する気にならないから、親の前では普通にしようと心掛けて普通にしてました。
今思えば、それが良かったのかも。
一人で暮らしてたら、もっととことん落ちてた気がするんで。
11月入ってから毎日元気というわけではないですけど、少なくとも以前のように周りの人たちに気を配れるようにはなりました。
10月後半は、人を思いやる余裕なんて一切なかった。
ちょっとしたことで晴れたり曇ったりして、いっぱいいっぱい。
友だちにメールも返さなかったけど、いっぱいわがまま言える人にはメールで八つ当たりしたり。
申し訳ないんだけど、どうしようもない。
場所関係なく急に泣きそうになったり、朝目が覚めたらなぜか泣いてたり。
しんどかった。
だけど今は大丈夫っぽいです。
le 11 octobre
昨日は、芦屋写真館に卒業アルバムの個人写真を撮りに行きました。
私は、卒業アルバムの写真や証明写真は、好きじゃない。
もともと、写真に写ることがあまり好きじゃないし。
でも、旅行先で友だちと一緒に写る写真や何か記念として大勢で写す写真、例えば同窓会の写真などは、いい思い出になるから嫌いじゃない。
ただ、証明写真みたいな感じで、写真屋さんに1人で撮ってもらう写真は苦手なんですよ。
見ても別にうれしくないし。
成人式で振袖着て、写真屋さんで撮ってもらった写真すら、どうなの、これ?って感じですもん。
何か緊張するんですよ、あれ。
こう、一対一で照明の中で、
「もうちょっとあご引いてくださーい。はい、撮りますよー。」
っての。
息が出来なくなる。で、普段から多いまばたきがさらに多くなる。
相手が機械だったら緊張しないですけど。
だから、個人写真かぁ・・・やだなぁって思ってたんですけど、去年の卒業アルバム見たら、四季折々の女学院がすごくきれいに写真になっていることにちょっと感動して、こういう大学に通っていたんだってことを残しておきたいというか、そういう気持ちになって、このアルバムは欲しい!って思ったんですよ。
ほんと、すごいきれいなんだもん。
今までの小学校とか中高のアルバムとは、全く比べものにならない。
でまぁ、撮ってもらったんですけどね。
名前書いて、アルバム代を払ったら、
「じゃぁ、あちらに鏡がございますので、そちらでどうぞご支度なさってください。」
って言われ、一緒に行っていた友だちと思わず顔を見合わせましたよ。
ご支度?
ちょっと考えてみたけど、私は別にすることがなかったので、
「あー、特に支度することないんで、いいです。」
って笑ってたら、「あら、よろしいですか?」って言われ、
ではこちらにどうぞとカメラの方へ案内されました。
みんな、行ってから鏡の前で化粧直しとかするんですね、きっと。
用意されてあるイスに、とりあえず正面向いて座らされ、あぁ、来たよ・・・ってすでに緊張してきて、息苦しくなって来たんですけど、
「じゃぁ、ちょっと身体を右に向けてもらえますか?」
って言われ、右向いたら「あ、ちょっと行きすぎですね。もうちょっと戻ってもらえますか?
で、お顔だけ正面向けてください。
はい、そうですね。そんな感じです。
できるだけいろんな表情が撮れる方がいいので・・・お願いします。
あ、もうちょっと顔下げてください。はい、じゃぁいきますよー。」
という具合に、すっごいいっぱいしゃべられるんですよ。いっきに。
それが何となくおかしくって、笑えてきちゃいました。
笑えるとかって、一生懸命撮ってくださっているのに失礼な話なんですけど、今までこんなにいっぱい指示されたことないなぁと思って。
1枚目は、こうやって、まぁ普通に撮ったんですけど、次からは、とりあえず笑わなきゃいけなくって、言われても一瞬どうしたらいいのかわからないんで、困りますね。
だって、「はい、じゃぁ今度はにっこり笑ってくださーい。」
って言われると、どうやって笑うんだっけなぁって思わず考えてしまうんです。普段、笑ってばっかいるくせに。
よくわかんないけど、たぶん今笑ってるんだろうって顔をして2枚目を撮ってもらうと、次は
「はい、じゃぁ思いきり笑ってみてください。はい、おもいきって!そうです!」
てか、その「はい、おもいきって!」ってのがおもしろすぎて、
思わず爆笑しましたけどねぇ。
たぶん、4枚撮って、4枚目は首を少しかしげなきゃいけないんです。
そしてやっぱり、「はい、おもいきって!」って・・・。
この後、左向いて、また同じように4枚ほど撮っていただいたわけですが、最初座ったときは緊張だけが、どよーんと漂っていて嫌だったけど、写真屋さんのおじさんの指示が始まってからは、緊張とおかしさが混じってて、総合すると何ともおもしろいひと時でした。
写真屋さんの声の調子も、どんどん上がっていくし、そういうのおもしろかったですね。
当たり前だけど、人によって言われることが違ってて、私の友だちは「もうちょっと顔上げてくださーい。」とか「そんなに睨まなくていいですよ。」とか言われたらしいです。
でも「はい、おもいきって!」はなかったそうです。
そうかぁ。
この撮っていただいた写真の中から4枚が、何日か後に家に郵送されてくるそうで、その中から自分が気に入った写真をアルバムに載せて頂くんですって。
気に入るのあるのかなぁって疑問ですけど、送られてくるの楽しみですよね。
写真を撮ってもらった後、お店に置いてあった去年のアルバムを見せてもらいました。
自分が撮ってもらったあとに見ると、個人写真で首をかしげている人や、にっこり笑ってる人、そうじゃない人がいる理由がわかります。
こういうわけだったのねって。
私たちのあとに写真を撮りに来た人たちと一緒に、そのアルバムを見ながら、わいわいおしゃべりしてたんですけど、謝恩会の写真を見てるときに、
「謝恩会、何着るか決めた?」
って聞かれて、
「振袖着たいねんけどさ、電車が嫌やねーん。」
とか言いながら、しばらく卒業式と謝恩会の服装についてあーだこーだとしゃべりました。
「やっぱ、着物の方が華やかやんねー。」とか
「ドレスならいつでも着れるけど、振袖は今のうちしか着れんもんねぇ。」
とか、それぞれ言いながら、結局「やっぱり振袖やわー。」
という意見に落ち着きました。
来年の3月の話なんですけどね。
le 8 octobre
はっ、地震だ!
今のは地震??
確かめようと思って、母のところに行くと、
「え?いつ?」
とか言われる。
だから、気のせいだったのか・・・と思って、また自分の部屋に戻ってゴソゴソしていると、テレビで確かめたらしく母がやって来て、地震だったらしいと教えてくれた。
何時ぐらいだったかなぁ。
時計見てなかったから、よくわかんないですけど、0時前後ですよね。
震度2か。
もうなんか、震度が2だろうが1だろうが、地震には神経質に反応してしまう。
怖いから。
私は、姫路の西隣に住んでるから、阪神大震災のときは、震度4で、電車が動かなくなったぐらいの被害しかなかったのですが、あの地震で、こっちの断層も動いたとかどうとかって言われていたので、気になるんですよ。
こわーい。
いろんな地震を直接見たりテレビで見たりしてるから、ほんと、びくびくしてしまう。
さて、今日は、“座頭市”を見てきました。
春に、情報を耳にして、絶対見に行こーって思ってたんですけど、いざ公開が近づくと、血がいっぱいで怖いかもしれない・・・ってちょっとひるんでて、でも、見てきた人たちが「見たほうがいいよ。」って言うので、やっぱり見に行きました。
ほんと切りまくりで血だらけで、何となく“子連れ狼”を思い出したりしましたけど、なんか、怖いけどすごいって感じでした。
上手い!みたいな。
思わず手を叩いてしまいそうな。
相変わらず、主要人物が少なくて、その人たちの細かい説明とかないけど、見てると自然にどういう人たちなのかがわかってくる。
ここでつながってんのかぁって。
田んぼでリズミカルに耕してたり、雨の中踊ってたりする人たちが、明らかに違和感あるのに、何気にはさまれてるのがおもしろかった。
密かにつっこみたくなる感じで。
めっちゃ楽しそうに耕してるやん!気になるーって。
踊ってんのは、この人たちだけじゃないですけどね。
ほんと、時代劇に金髪とかタップダンスとか、おかしいはずなんですけど、そんなことなくって、むしろバッチリ合ってるぐらいの勢いです。
やられた・・・って思いました。
せこいなぁ。
だって、かっこいいもん。
le 30 septembre
最近、すっかり秋らしくなってきましたね。
冬用の布団とか出したから、気持ちよすぎて、朝起きるのが辛くなってきた・・・。
内田先生、今日お誕生日ですよね?
おめでとうございます☆
さてさて、先週は、友だちの仏前参りに行き、大学に登録用紙を取りに行きついでに、友だちとご飯を食べ、ちょこっとバーゲンに行って、そのお店でポトスっていう植物をもらい、中間発表用の原稿を書きました。
友だちの仏前参り・・・。
彼女は、卒業式の1週間後ぐらいに自ら命を絶ちました。
その頃、私はまだフランスにいたので、お葬式にも行けず、今回初めてお線香を上げさせていただきました。
この日は、お母さんとゆっくりお話することができて、友だちが、1月頃からときどき鬱状態だったことや、亡くなる当日、どんな様子だったのかなどを知りました。
就職が見つからず、卒論もどうしたらいいのかよくわからず、どんどん自分を責めるようになってきて、大学の4年間のことも、ずっとぼんやり過ごしてしまったと悔やんでばかりで、周りの友だちはみんなあんなにすごいのにって思って・・・
それで、ある日突発的に死を選んでしまったのだそうです。
お母さんも、あの子は本当にぼんやりしていて、大学もちゃんと行ってなかったし、卒論も前の日にさささっと書いたようなものだったし、とおっしゃっていたので、私は、この日一緒に伺った友だちと、「大学生なんて、ほとんどがぼんやり過ごしていて、遊んでばっかで勉強もろくにやらないし、みんなそんなもんですよ。私なんて、就職活動すらまともにやってないですし、働いてない友だちもいっぱいいますよ。」って言ったんですけど、お母さんの心には全く届かなかったようでした。
たぶん、多くの人が、周りを見て自分だけダメだ、どうしようって悩むと思うし、考えてることなんて大して変わらないと思うんですよ。
でもそこで、本当に真剣に深く悩んでしまって、気が落ちていってしまう人と、私みたいに、・・・まぁいっか、何とかなるよねって言って済ませてしまう、済ませられる人がいるんだろうな。
帰る間際に、卒業アルバムを見せてもらって、私も写ってる内田ゼミの浴衣姿写真が「目立ってる・・・。」って、みんなで笑えましたが、お母さんの「みんなすごく綺麗ねぇ。ほんとに、これからですもんねぇ。」っていう言葉が切なかった。
話は変わって、昨日は中間発表でした。
私は、これからデータ集めに入るので、肝心なところは全然できてない状態なんですけど、すごい出来上がりそうな勢いの人がたくさんいて驚きました。
なんか、私が聞いていた去年のメンバーの話とずいぶん違う。
去年の私たちより、しっかりしてるかも・・・。
ほんと、タイムキーパーとかやりながら、すごいなぁ、えらいなぁってひたすら感心しました。
で、自分が発表するときは、いきなり緊張してきて途中どこで呼吸すればいいのか、わからなくなってたりしました。
普段、声を張って長くしゃべることがないので。
私は、夏休み中に一度、内田先生にご相談して、そのときにアドバイスをいっぱい頂いていたので、昨日は「ワタクシが付け加えることはございません。」とか言われちゃったんですけど、そう言われると、逆にすっごい不安になりますよ。
えぇぇぇ、これでいいんですかねぇ・・・そうなんですか?
って。
拍子抜けするっていうか。
で、中間発表後に打ち上げがあったんですが、久々にわーっと騒ぎましたねぇ。
やっぱり、4月から入ったし、五年生だしってので、微妙な距離感がありますが、おもしろかったです。
席が近かった人たちと、いろんな話をしたので、どういう人なのかってのも少しわかりましたし、少しわかってもらえたかもしれないですし。
授業だけでは、打ち解けるのってなかなか難しいと思うんですけど、一緒にお酒飲んでご飯食べてってするといいですよね。
てか、おもしろい人たちですねぇ、ほんとに。
なんだ「私たち」って、普通だったんだなぁって思いますもん。
同期の人たちは、内田ゼミの人たちって変わってるーって思ってたかもしれないですけど、というか、現に思われてましたけど、今のメンバーの方がもっとすごいっすよ。
全然悪い意味じゃなくて。
みんな、独特の不思議なオーラを放ちつつ、卒論はすごい、みたいな。
だって、どれもおもしろそうでしたよ。
早く読みたいから、早く書いて欲しいって感じでしたから。
あぁ、最後の後期が始まったなぁ。
最後の夏休みだったんですねぇ。
たぶん、今までで一番睡眠時間が長い夏休みでしたけど。
あははは。
le 19 septembre
2週間フランスに行っている間、激しく歩き回って、自分が日頃どれだけ運動不足かってことがわかったので、ちょっと運動しようと思った。
で、最近、足に水が溜まって、お医者さんにプールで歩くことを勧められた母方のおばあちゃんが、ときどきプールに通っているので、それに便乗することにして、今日、久々にプールへ行った。
ま、プールを選んだのには、テレビで『ウォーターボーイズ』を見ていたら、無性に泳ぎたくなったからってのもあるんですが。
プールで泳ぐなんて、何年ぶりかなぁ。
とか言いながら、泳げないかも・・・という不安もなく、小さいときあれだけスイミングスクール通ったんだから、そりゃ泳げるだろうよ、と思いながら、平泳ぎ。
昔から、持久力というものに乏しい上、かなり運動不足なので、続けて泳ぐのは50メートルが精一杯だった。
スイミングスクールのときだって、とりあえず4種類の泳ぎを覚えたら、メドレーとかやらされて、長く泳がなきゃいけなくなって、そのときは一応泳いでいたけど、こんなしんどいのは嫌だーって言って、あっさり辞めたんですよねー、私。
泳ぐのって、疲れますね。
100メートル泳いだ後からは、ビート板を取ってきて、バタ足とか足だけ平泳ぎとかしながら、だらだら泳いでました。
曜日と時間によるらしいですが、今日の午前中は結構混んでいたので、私が泳いでいたレーンにもいろんな人がいました。
というか、ほとんどが「おばさん」ですが。
お友だちと二人で来ていて、お互い褒めたり、アドバイスしたり、冗談言ったりしながら楽しそうにしてるおばさん達もいれば、真剣に泳いでるおばさんもいて・・・。
その、真剣なおばさんは、私が平泳ぎばっかして、へたって戻ってきたときに、「スイスイ進みますねぇ。私はなかなか進まないんですよ。
平泳ぎは難しいです。」
って、言ってました。
うーん。
人によって、得意な泳ぎが違うんでしょうねぇ。
まぁ、私は、単にクロールすると息継ぎのときに耳に水が入るから、平泳ぎしてるだけなんですけど。
ホント、スイミングスクール時代は苦労しましたよ。
すごい頻繁に耳に水が入って、それが抜けないんです。
だから、その度に耳鼻科に行ってねぇ。
「耳の形が、水が入りやすく抜けにくいようになっているんです。」
とか言われて。
ほんとかよって思いながらも、すぐ同じような状態になってしまうので、その内事実として認めるようになりましたが。
それが気になって、しんどくても平泳ぎ。
絶対、クロールの方が速いし楽なんですけどねぇ。
一回やってみっかなぁ。
運動不足解消したいんですけど、よく行って週2回ぐらいですかねぇ。
たぶん。
疲れるし。
でも、水泳が一番やり易いからなぁ。
私、運動ってどっちかって言うと嫌いなんですけど、好きなのもあって、それが、短距離走とバドミントンと水泳なんです。
こん中で、手軽で、運動不足解消できそうなのって水泳ですもんね。
そうですよね?
続けないと意味がないんで、続けるようにしなきゃ。
そういえば、一昨日、井筒和幸監督の『ゲロッパ!』を見てきたんですけど、以来、ときどき頭の中で西田敏行の「ゲロッパ!」って歌う声が
回る・・・。
井筒監督がいろんなテレビ番組で、「ゲロッパ!よろしくお願いします!」
みたいなことを、盛んに言っていたので、気になって思わず見に行ってしまいました。
今まで、特に関心なかったんですけど、井筒監督が出てるマツダのCMが私的にツボで、余計に気になってしまったんですよねぇ。
よくわかんないけど、すごくリラックスしながら見れて、普通にバカ笑いして、ちょっと感動して涙が出て・・・
とりあえず、岸部一徳、最高!みたいなね。
そんな感じでした。
le 12 septembre
昨日の朝、フランスから帰ってきました。
いやぁ、ほんとにバタバタした2週間だったなぁ。
ということで、結構疲れていたらしく、帰りの飛行機の中も家に着いてからも、とにかく爆睡。
帰り、一緒に南仏旅行したお姉さんがシャルルドゴールまで見送ってくれて、荷物を預けてから名残惜しげにQuickで、お昼ごはんを食べていたんです。
そしたら、搭乗するのが結構ギリギリになっちゃって、そろそろ行きますーって、お姉さんとお別れして、せかせか搭乗口まで行ったら、エールフランスの人がばーって向かってきて、「チケット見せてください。」とか言われ、なんか、私の名前をチェックしながら何かをやっていて、そんな中、日本人の職員さんがやって来て、「今日はバスになりますので、下へ降りてバスに乗ってくださいね。」と言われる。
バス?と、よくわからないまま、チケットを受け取ってスタスタ階段を降りたら、そこにほぼ満員のバスが止まっていて、私が乗った後に飛行機があるところまで出発。
もしや、私待ちだったのか・・・。
で、飛行機に着いて、「奥を右に行ってください。」って言われ、確か24のGだったなぁって思いながら、歩いていたら、そこに誰か座っていてですね、あれ?ってチケットを見直したら、05Kになっていたんですよ。
あ、間違えたらしい・・・と思って、そこにいた客室乗務員さんに
「すみません。この席って、どこですか?」って尋ねたところ、
「あ、05・・・ビジネスなのでもっと前になりますね。」
ビジネス??
とりあえず、もっと前なんだなぁと思い、まだ乗って来ているお客さんたちの中、一人逆に歩いていたら、ビジネスクラスの入り口でフランス人の客室乗務員さんに話しかけられ、チケットを見せたら、
もうちょっと前だと言われ、やっと見つけて、とりあえず席に着く。
ほっと一息ついたとき、さっきのフランス人さんが、私がちゃんと席にたどり着けたかを確かめに来てくれて、「あ、そうそう。ココがあなたの席よ。」ってにっこり。
おぉ。なぜか、ビジネスクラスに代わったらしい。
ラッキー☆
乗る前、私の名前をチェックしながら、何かごそごそしていたときに、チケットが代わったのかなぁ?
そういえば、去年、フランスに行くときも、エコノミーチケットなのに、たまたま関空でビジネスにしてくれて、広々した座席でごちそうを食べたんですよね、私。
2回目だ・・・。
前回は、初めてのビジネス席に戸惑って、逆に疲れた感じだったんですけど、今回は、椅子の使い方とかもわかっていたので、すんごい伸び伸びとくつろいで帰ってきました。
てか、料金の差もすごいからわからないでもないけど、このサービスの差は、激しいですよね。
乗った瞬間から、ジャケット預かってくれるし、めっちゃおいしい!ってこともないけど、テーブルクロスを敷かれて、それなりに、きちっとした料理を食べて、デザートも3種類から選べて、紅茶もダージリンとアールグレイから選べて。
毛布もエコノミーのものとは、違いますしね。
イヤホンも違うし、日本の週刊誌とか勝手に持ってきてくれるし。
あと、横になってぐっすり眠ってて、ふと目が覚めたときとか、飲み物運んで来てくれるし。
関空に着く寸前とか、客室乗務員さんが一人一人に「お疲れさまでした。」ってあいさつに来ちゃうし。
恐ろしい。
そういえば、飛行機の中で、「よみがえり」って言うSMAPの草?くんと竹内結子ちゃんが出ている映画を見て、ご飯食べながら見ていたにもかかわらず、思いっきり泣いてしまったという・・・。
さて、飛行機つながりで、行きの飛行機の話しですが、行きは何と、私の席とその隣の席の画面が故障していてですね、画面というか機械が全て動かなかったため、電気も付かず、かなり暇でした。
席を移動することも可能だったのですが、赤ちゃんの隣とかそういう席だということで、まぁいいや、寝るしって、そのまま座ってました。
隣のお兄さんも、不便だと思ったらその時に言いますってことで、そのまま座ってて、でも、さすがに電気も付かないのかって、わかったときは、一時的に移動されてましたけど。
ホントに、暇だったので、隣の人に話しかけようっと思って、そのお兄さんに「どちらに行かれるんですか?」って話しかけて、
「スイスです。」という風に和やかにお話しました。
その人は、仕事でスイスに9日間滞在するということでした。
同じように私も、聞かれたのですけど、「お仕事ですか?」って言われて、おーーぃみたいな。
まぁ、年齢的には、働いててもおかしくないので、仕方ないかなぁと思いつつ、「いや、まだ学生なんですよ。まぁ、今五年生なんですけどね。」
って言ってたら、「てことは、23??あんまり変わらないと思ってた・・・。」
うーん。
そのお兄さん、聞くところによると32歳なんですよ。
では、何歳だと思ったのかと問うと、28ぐらいだと思ったとか。
うっっ。
確かに、若者らしきオーラとかあんまないかもしんないし、高校生ぐらいまでは、ずっと老けて見られてきて、でも、大学生になってからは、若く見られて来たのにー。
ま、とりあえず、暇な時間にベラベラおしゃべりしてて、ずいぶん楽しかったですけどね。
パリに着いてからは、タクシーでホテルに直行して、なぜかツインルームだったのが、気にかかりながらもベッドに倒れこみ、そのまましばらく爆睡。
目が覚めたら、夜の11時だった。
とりあえず、友だちに電話して、「ねぇねぇ、ホテルがツインルームなんだけど、値段は69ユーロでいいのかなぁ?」とか言ってたら、フロントに聞いたほうがいいねって言われ、わかったけど、眠いから明日でいいやと思い、また爆睡。
朝になってから、外出するついでにフロントで料金を尋ねたら、69ユーロだって言ってたので、とりあえず、安心してノートルダム寺院へ行く。
ホテルが11区だけど、マレだから、普通に徒歩で散歩がてら行って、中に入ってお祈りして、友だちのためにロザリオを買った。
お祈りとか言って、普通にうちは真言宗とかだけど、中高6年間にみっちり染み込んだお祈りを、ぶつぶつ口ずさむ。
その後、ポンヌフからメトロに乗って、オペラ周辺に行く。
後に南仏旅行するお姉さんへの、お土産を届けに行く予定だったので。
オペラの辺をフラフラしたあと、そのお姉さんの住むマドレーヌ通りまで歩く。5ヶ月離れていても、さすがに道は忘れないので、普通にいつもの道を通って、管理人さんにあいさつして、お姉さんと5ヶ月ぶりに再会。
この日は、他2人の友だちも交えて4人で夜ご飯を食べることになっていたので、その時間まで、きゃー久しぶりーっと騒ぎ、ペリエミントを作ってもらう。
夜ご飯は、適当にマレでいっかってことで、待ち合わせは、市庁舎前のBHV。
懐かしい。
前から、待ち合わせに、よくBHVを使っていたので。
4人で夜ご飯を食べた後は、別の一人とバスチーユで合流して、カフェに行き、何だかんだいって、12時を過ぎてしまった。
次の日は次の日で、夕方にパリにやって来る友達と会うことになっていたので、それまで、一人でふらふらした。
とりあえず、私が着いた瞬間からと言っても過言ではないぐらいのタイミングで、パリは雨が降り出して、すっかり秋めいてしまったので、この日も雨がパラパラ降っていたものの、せっかくマレにいるので、近くのピカソ美術館へ行く。
その後、シャンゼリゼに出て、SEPHORAで、頼まれ物の化粧品を探していたら、なんと、偶然に友だちに会う。
しかも、全く別プランで、約1ヶ月の語学研修のために来ている、
現在女学院で4年生の友だちに。
お互いにびっくりして、とりあえず、お昼でも食べようってことで、サンジェルマンまで行って、お昼を食べた。
彼女は、2日後からはアンジェという街で語学研修をする予定だったので、その前にもう一度、お茶でもしない?って話して、次の日も会う約束をした。
この日の夕方、パリに着いたばかりの、去年語学学校で一緒だった友達と再会し、集まった4人で乾杯する。
とりあえず、みんな久しぶり。
パリに着いて3日目。
まぁ、世界陸上最終日だったんですけど、私はホテルから友だちの家に移動しなきゃいけなかったし、あまり興味もなかったので、マラソンも見ず、普通に午前中にチェックアウトして、タクシーを呼んでもらって移動。
この日の、3時ごろには、友だちはニースに旅立つ予定だったので、その前に簡単に部屋と鍵の説明をしてもらって、旅立ち前にカフェに行く。
そのカフェは、その友だちと以前によく通っていたカフェで、ボンジューって入っていったら、私のことを覚えてくれている店員さんがいた。
こういうのって、うれしいですよね。
カフェクレームを飲んでから、友だちをタクシー乗り場まで送っていき、また向こうでねーってお別れする。
そう、また、南で会うことになっていたので。
夕方、昨日約束した4年生の友だちと市庁舎の前で落ち合った。
日曜は、閉まってしまうお店も多いけど、マレには開いてるお店がいっぱいあるので。
2時間ぐらいしゃべって、じゃぁまた日本でねーってお別れする。
私は、こっちに結構友だちがいたのにも関わらず、なぜか不安になっていて、心細かったりしたんですけど、彼女はパリに友だちがいるわけでもなく、知らない人たちと語学研修として来ているので、余計に心細かったようで・・・。
とりあえず、お互いに救われたっぽいよね、って話しました。
火曜日からは、ニースを拠点にして、その周辺の街を散策。
南は、パリとは打って変わって、太陽がきつくって暑かった。
テレビの天気予報では、「明日は雨です。」とか「日曜は雷を伴うでしょう。」
とか言ってるんですけど、その割りに毎日ほとんど晴れてて、南にいる間天気が悪かったのは、一日だけでした。
どこどこ行ったんだっけなぁ。
カンヌでしょ、アンチーブでしょ、グラースでしょ、エズにモナコ公国にマントン・・・。
あと、ニースか。
ニースは、拠点だったので、実はあんまり見てないっていう。
カンヌの海岸ってすごいきれいなんですよ。
ニースとかマントンの海岸は、石が多いんですけど、カンヌは砂浜で。今回は、結局泳がなかったですけど、とりあえず地中海に触っとこうってことで、バシャバシャ公共のビーチで遊びました。
その後、海岸沿いのレストランでお昼を。
やっぱ、魚がおいしいですねぇ。
ヒラメとか食べてですね、結構がっつりあるのに、さらにデザートも食べちゃうみたいなね。
あとから思えば、この日に、かなりの太陽を浴びたらしい・・・。
アンチーブは、帰りにちょこっと寄っただけなので、特に何もせず。
グラースでは、香水工場に行って、自分だけのオリジナル香水を作りました。
ガイドブックでは、調合師に日本語のわかる人をお願いすると、余分にお金を取られると書いてあったので、別にフランス語でいっか!って、お姉さんと話していたのですが、行ってみると、フランス人で日本語を勉強中のおばさん先生がいて、その人が付いてくれました。
入ったときに、フランス語でこっちが話すと、「私は今、日本語を勉強中ですので、私の勉強のために日本語でお願いします。」って言われ、おーすごいっと思いながら、その後は日本語で話す。
これが、結構感動的で、一人ずつ与えられたテーブルの前には、ぎっしりと香水の素となる液体が並んでいて、最初に自分が選んだ2種類の香りをベースにして、香水の調合が始まるんです。
香りを足して行って、混ぜる度に、先生がチェックしてくださって、「う〜ん。いい香りです。やわらかい感じがします。」とかって、意見を述べられるんですよ。
途中で、“Le Nez”(直訳すると、“鼻”?)と呼ばれる、
香水調合のスペシャリスト大先生が現れて、一通り生徒たちの香りをチェックしてくださったりもしました。
香水には、それぞれ好きな名前を付けられるんですよ。
ちなみに、私のは、“L'homme de ma vie”。
あはははは。“運命の人”みたいなね。
名前とか考えてなくて、とっさに思いついたのが、これだったんですけど、その割には、結構いい名前じゃないですか?
そういえば、ワインのすごい人も、“Le Nez”と呼ばれるんでしたっけ?
鼻が利く人は、そう呼ばれるんですかねぇ。
できあがった香水は、何種類かあるビンの内、好きなビンを選んで、それに詰めてもらいます。
そして、ここの生徒として認められましたっていう賞状みたいのをもらえて、私の香水の番号ももらえるんです。
だから、もし、この香水がなくなって、また欲しくなったときは、電話やメールで注文すると、同じ香りを調合して作ってくれるんですよ。
最後に、できあがった香水と賞状を持って、“Le Nez”先生とおばさん先生とお姉さんと一緒に記念撮影。
次の日の、エズヴィラージュは、なんとも小さなかわいい街で、小さなお店がいっぱいあってですね、思わずアクセサリーを買ってしまいました。
この辺りは、小さな街がちょこちょこいっぱいあって、どこも街の色が淡いサーモンピンクみたいな感じで、絵本の世界のようです。
残念ながら、天気が悪かったので、景色がきれいに見えませんでしたが、それでも、海も島も向かいの谷も、なかなかに綺麗で、住みたい・・・
と思いました。
ホントは、ニーチェの小道ってのに、行ってみたかったんですけど、激しい山道らしかったし、雨だったので、やめました。
で、モナコ公国ですね。
めっちゃ、小さい国ですけど、治安よさそーって感じ。
パリで部屋を借りてる友だちとニースで合流して、一緒に行きました。
港には、自家用クルーザーがいっぱい泊まっていて、何となくお金持ちな雰囲気が漂っていました。
でもやっぱり、海がきれくって、「降りてもいいけど、危険があっても知らないよ。」みたいな看板がかかってるところから、トコトコ降りてって、再び地中海に触れる。
はしゃぎすぎて、ワンピースの裾がびしょびしょになっちゃったんですけど、まぁ、すぐ乾くだろとか言って、そのまま裸足でペタペタ歩いてたりしました。
モナコ大公宮殿を見て、水族館を見て、カジノを見ました。
カジノも外から見ただけ。
正面玄関の前に、しばらく立っていたら、来る車、来る車が本当にすごい車ばっかで、中に乗っている人も、素敵な感じの人で、「す、すごい・・・。」ってちょっと、呆然としてしまいましたねぇ。
その内、来てみたいよねー。う、うん。その内にはね・・・。って、3人でぶつぶつ話す。
次の日のマントンは、ジャンコクトーの美術館と国境越えが目的でした。
たまたま、第一日曜だったので、美術館はタダ。
わぁーい。
でも、思っていたよりも小さな美術館でした。
ポストカードを数枚買って、いざ国境を目指す。
マントンまで来ると、すぐお隣がイタリアだけに、メニューもフランス語とイタリア語になってたりしました。
しかも、イタリア人がいっぱいいる。
地図で見る限りでは、どうやら、歩いていけるらしい・・・という感じだったので、二人でトコトコ海岸に沿って歩く。
しばらくすると、「イタリアまで1000m」という看板を発見。
「1000m!?近い・・・。」
ということで、また、スタスタ歩く。
国境のところに、守衛さんとかいるのかなぁ?
いたら、一緒に写真撮りたいねーって話ながら、わくわくして行ってみると、誰もいなかった。
というか、普通に、看板見てから1000m強歩いたら、「イタリア」っていう看板があって、その手前にはフランスの国旗、その向こうにはイタリアの国旗があって、それだけである。
それだけかっ!!って言いながらも、うれしそうに、国旗の写真を撮ったりして、行き来する車の中から、めずらしい生き物のように観察されまくってしまった・・・。
そのあと、イタリアの街まで行けるのかなぁと思って、ちょっと歩いてみたものの、どうやら街はまだ遠いようだということが、トンネルを一つ抜けた時点でわかったので、諦めてまた歩いてフランスまで帰った。
この日も、かなり歩いたので、太陽をいっぱい浴びたらしい。
最後の日は飛行機の時間まで、ニースの海岸を少し散歩して、街もちらっと見てですね、さようなら太陽って言いながら、パリに戻りました。
私は、別に太陽が大好きな人ではないのですが、お姉さんは、太陽大好き人間なので、ニースを去ることが本当に悲しそうで、しかも、パリに着いたら、本当に曇り空で雨も降ってきて、気温18度だったりしたので、辛そうでした。
この日の夜は、友だちが夜ご飯を作ってくれるということだったので、一度家に帰ってから、いそいそと出かけていき、『コブラ』という日本の漫画をDVDで見ながら、楽しく会食。
気づいたら、12時だったので、そこから急いで家に戻り、荷物の整理とかやるはずだったけど、疲れていたので、また爆睡。
そして、パリで過ごす最後の日。
残っていた頼まれ物を買い、友だちの家に戻って、郵便物のチェックをしていたら、後ろから「ボンジュー」と言われる。
その声の主が、ココの管理人さんだということはわかっていたし、その声の調子から、この人怪しいかも・・・と思われていることも薄々わかっていたけれど、無視できないので、「あ、ボンジュー!」って、にこにこ振り返ってみた。
すると、「あー!あの、お友だちね。」って。
カフェのおじさんに続いて、この管理人のおばさんも、私の顔を覚えていてくれたらしい。
よかった・・・。
私が、郵便受けを開けているから、新しい住人に代わったのかと思ったらしく、それで声を掛けたらしい。
でも、顔を見たら、その部屋に住んでる人の友だちだって、わかったので、あとは細かくは聞かれなかった。
まぁ、結局、管理人さんにちゃんと話しておいた方がいいかもねってことで、帰る直前に、管理人さんの部屋に寄って、「私は今から日本に帰るんだけど、この部屋の友だちは26日まで帰ってこないから、その間に何か荷物でも届いたら、預かっといてください。よろしくお願いします。」ってお願いしたんですけど。
あぁあ。それにしても、ゆっくりする時間は、ほとんどなかったなぁ。
そういえば、パリで6ヶ月お世話になった語学学校の先生に、9日に会う予定だったのですが、その日のお昼に電話がかかってきて、仕事で行けなくなっちゃったんだけど、木曜なら行けるのよって言われたんですよ。
「あ、木曜かぁ。私、明日、日本に帰るんですよねー。早いでしょ?」って言ったら、「明日!?早すぎる!何時の飛行機なの?」とか言われて、時間も言ったら、「あぁ、それだと見送りも行けない・・・。今度フランスに来るのは、いつ?」って。
いやぁ、おもしろい、いい先生なんですよー。
私たちが通ってた語学学校で、最初に出会った生徒たちが、私たち日本人だったみたいなんですけど、印象が良かったらしく、その内日本で働きたいって言ってるんですよ、最近。
フランス語の先生として、日本で2年ぐらい働きたいそうです。
現在は、そのために、2つの語学学校で働いてて、お金をせっせと貯め中みたいです。
私が、フランスにもし次行くとしたら、春かなぁって言ってたら、「今回は、海を見たでしょ?だから、次は山よ!スキーが出来るわよ。」
って勝手に言ってて、勝手に「じゃぁ、2月ぐらいかしらねぇ。」って決めてました。
実際、もう当分フランスには行けないかもなぁ・・・。
バイトしてないし、お金ないですからねぇ。
その電話では、日本で今私がやってることを、少し話して、卒論書かなきゃいけないんだよねって言って、てか、その内先生日本に来るんでしょ?って話して、最終的に、まぁメールできるからってことで落ち着きました。
早く、日本に来てくんないかなぁ。
関西の生徒って、私ぐらいなもんだから、関西を案内する気満々なんですけどね。
はい。そんな感じですかねぇ。
今現在は、時差ぼけなのか、疲れてるだけなのか、何なのか?
という状態ですけども、いっぱい寝て回復しようと思います。
le 27 aout
えーっと、明日から、フランスに行きます。
今度は、2週間。
今回は、ふらふらと友だちに会いにいくことが目的です。
でも、お金ないよー・・・って言ってたら、丁度9月から南へ移動して、パリのアパートが空くという友だちがいて、その人がいない間、その部屋を貸してくれることになりました。
ラッキー。
ちなみに、パリにいるのは、9月1日までと9月8日9日ですが。
あとは、ニースへ行きます。
パリにいる友だちと一緒に、旅行することになったので。
パリで、友だちの部屋が借りれる日までは、ホテルに泊まろうと思っていたのですが、のん気にしてて、うっかりホテルのことを忘れていて、1週間前ぐらいに「あ、やばい。」と、思ったものの、
ネットで探すのも面倒だなぁって思って、ほったらかしだったんですよ。
でも、気になるので、以前私が住んでたところの近くのホテルが空いてたら予約してもらおうと思って、友だちにお願いしたんです。
だけど、空きがなかった・・・。
困ったなぁ。やっぱネットで探すかなぁって思いつつ、チラチラ見てたんですけど、どこがいいんだろう?って思って、またほったらかし。
3日前になって、さすがに危険だと思ったので、別の友だちにお願いして、ホテルを探してもらいました。
てか、自分で探せよって話なんですけどね。ははは。
その友だちが知ってたホテルは、残念ながらいっぱいだったらしく、偶然にも今パリに遊びに来ているらしい、その友だちの友だちが泊まっているホテルを、予約してくれたそうです。
予約してくれたのは、その私の友だちの友だちさん。
いやぁ、全く面識のないお兄さんにホテルを予約してもらうなんて・・・。
激しく人騒がせなヤツですね、私。
すみません。
そのホテルは、☆☆で、どこにあるかというと、
何と、マレ!
また、マレですねぇ。
2年前の語学研修のときも、ホテルがマレにあって、バスチーユの辺とかうろちょろしてて、去年11月から今年3月末までは、自分でマレを選んでそこに住んでて。
マレばっかり。
というか、パリに行って私が滞在している場所が、ホームステイを除いて全部マレですからね。
何でしょうか、これは?
今回のホテル、最寄駅は8番線のシュマンベール。
語学研修のときに、使ってた駅です。
偶然って、すごいですねぇ。
そんな感じで、明日から行ってまいります。
もちろん、卒論のための本やら資料やらも持参で。
4冊持ってってますけど、全部読むのかなぁ・・・。
le 22 aout
友だちと、梅田でランチを食べて、買い物する。
買い物とか言って、私がサングラスが欲しかっただけですけど。
彼女たちは、2年前のフランス語学研修で仲良くなった人たちで、今4年生。
一応、私の方が一つ年上なんですけど、一番ぼけーっとしてるので、この二人の方が年上かのようです。
ほんとに。
一緒に買い物をしていても、ただしゃべっていても、あぁ、ほんとにこの人は・・・仕方ないなぁ・・・って感じなのか、いろいろ指摘してくれるので、ありがたいです。
語学研修のときには、私のメイクも今よりもっと適当で、どーでもよかったので、もっとこうした方がいいよって教えてもらって、アイラインも引いた方がいいのだなぁって学んでですね、気が向いたら引いてみたりしてますしねぇ。
マスカラもちゃんとつけた方がいいよ、とかね。
最近は、目のメイクには気を使うようにしていたんですけど、髪の色が少し明るくなったので、眉ペンの色もちょっと明るくしたら?
と言われ、そうかもしれない・・・と思ったので、変えてみたり。
メイクって、何でもかんでもつけると、けばけばしいし、だからと言って、控えめにしすぎるとメイクの意味があまりなかったりするし、難しいんですよねー。
同級生に、メイクの指摘をしてくれる人はいなかったけど、フランス語つながりで、そういう友だちができて良かったなぁ。
ちょっと、メイクに興味も出てきたりしましたしね。
人によって、集中する話題ってさまざまじゃないですか。
だから、いろんな友だちがいると、おもしろい。
恋愛感、友だち感も多種多様だし。
ランチを食べながら、いろいろ恋愛について話したり聞いたりしたんですけど、なぜか、途中から友だち二人が小姑みたいになってきて、ちょっと怖かったですけどね。ははは。
でもねぇ、価値観がちょっと違ってたりする人と話すのって、やっぱりおもしろいし、違う側面からの考え方も知れるし、大切なことだと思うんですよねー。
聞いてて、なるほどねぇ、うんうん。って、いろんな話聞いてたら、視野も広がるんじゃないかなぁって。
le 21 aout
朝9時から、美容院に行く。
もう、髪ばさっと切りたいって思って、電話したら、お盆休みに入ってしまうということだったので、休み明けの一番最初に切ってもらうことになってたんです。
どうしよう?って聞くから、「前髪だけ伸ばしたい。」って言ってんのに、いつもの美容師さんは「前だけ伸ばして、後ろは切るん?」と、明らかに不服そうだった。
その顔を見ていると、まぁ、もう切ってもいいかなぁって思ってきて、「じゃぁ、前髪も切ってもいいよ・・・。」って言ったら、私の言い方には名残惜しさがにじみ出ていたらしく、なぜ前髪を残したいのかを尋ねられた。
そんなこと、聞かれても、大した理由があるわけじゃないので、
素直に、「前までさ、ずっと短かったから、ちょっと伸ばそうかなぁと思って。」
って答えたら、「それだけ??じゃぁ、切るで。」
「う、うん。」
「さっちゃんは、顔がキュートな感じなんやから、なんぼ前髪伸ばしても大人っぽくならへんって。短い方がかわいいと思うで。」
あぁ、そう。ふーんだ。
相変わらず、言いたい放題だよ、まったく。
結局、今回は、前髪に短いところと長いところを作ることになって、横で分けると短め、真ん中辺で分けると長め、というようにしてくれた。
切ってもいいって言ってるのに。
私がお金を払って帰るとき、他のお客さんの髪を切りながら、振り返って、「ありがとう。またなー。前髪短い方がいいと思うで。」って。
・・・しつこい。
午後からは、卒論について話すために、内田先生のところへ行く。
18日に、母校へ行って、高校のとき担任してもらっていた先生に、卒論のことをいろいろ話して、質問されて答えている間に、何となく頭の中が整理されてきたので、内田先生にも聞いていただこうと思って。
高校の先生とお話しているときも、あぁ、なんかおもしろそうだなぁって、わくわくしてきたんですけど、内田先生のお話を聞いていると、もっとおもしろそうに思えてきました。
へー、おもしろくなりそうですねー。みたいな。
私が書くはずなんですけど、すっごい他人事みたいに思えて。
でも、実際は、やることがいっぱいなんですけど。
夏休み中は、ちょこちょこ本読んで、中間発表に向けて、序章と骨組みを考えて、とりあえず原稿を8000字ですね。
それで、後期に入ったら、大学に足繁く通ってデータを集めようっと。
書くの大変そうだけど、そういうデータ集めとか楽しそう。
最近、やっと、もやもやしていたものが晴れてきて、卒論やんなきゃ!って気になってきたんですよー。
就活には、あんまり気が向かないまんまですけどねぇ。
あぁ、でも長かったなぁ。
何を引きずっていたんだろう。フランスですかね?
フランスでの生活かなぁ。
やる気になってきたのはいいんですけど、実は、卒論ってどうやって書くの?ぐらいの勢いだったので、そっから内田先生に教えていただきました。
参考文献って何がいいんですかねぇ?とか聞いたら、自分で探しなさいって言われるだろうなぁって、一応わかってたんですけど、それでも聞いてしまうという・・・。
それぐらい、何もわかんないで、へー、このテーマおもしろそうって勝手にわくわくしていたんですよ。
テーマを思いついたのは私ですが、我ながらのん気というか、バカというか・・・。
普段の発表は、まぁだいたい一月ぐらい前から、参考文献になりそうな本を読んで、こんな感じでいいやぁでやって来ましたけど、今回は卒論ですしねぇ。
長いし。
大切なのは、探検するときのマッピングと推理小説みたいな犯人の仮定なんですよね?
先生の、たとえ話があまりにもわかりやすかったので、それが、こう頭にくっきりと残ってるんですよ。
なるほどなぁって思ったんで。
どうもありがとうございました。
とりあえず、本読みます。
le 16 aout
鳥取県の芦津というところへ、両親に連れられて
お昼ごはんを食べに行く。
普通に国道を通って、のらりくらりと鳥取の山の中へ。
そこには、きれいな川が流れていて、本当に山の中で、
昔ながらの家が立ち並んでいて、夏なのにひんやりした空気が
流れていました。
うちの親は、去年、私がいない間二人でうろうろしていて、ここに何度か
ご飯を食べに来たそうで、紅葉とか川魚がとてもおいしいから
と言って、連れて来てくれました。
『みたき園』というところなのですが、本当に“昔の家”という感じの
家が何軒かあって、その中で山と川で取れる食材を食べられるんです。
虹鱒のお刺身、ところてんに辛子味噌を添えたもの、おから、
焼き魚、山菜、紅葉やよもぎや茶蕎麦の天ぷら、手作り豆腐、
昆布やたけのこの炊き合わせ、茶碗蒸し、お漬物、お味噌汁、
炊き込みご飯、西瓜・・・。
美味しい。
本当に。
紅葉とかよもぎとか、ほか何種類かの葉っぱの天ぷらには、
ほどよく塩味がきいていて、サクサクしてて、こういう天ぷらは
初めて食べたので、驚きました。
それと、焼き魚。
よく、川で取れた魚を木の枝とかに刺して、焼いてたりするじゃないですか。
一見美味しそうなんだけど、私は魚の骨がすっごく嫌いなので、
鮎とかダメだったんです。
でも、今日のやまめは、おいしかった。
本当に竹みたいなのに、刺さってたけど、焼きたてでちょっと味噌が
のせてあってホクホクしていたので、骨も食べちゃいました。
今まで鰯も食べられなかったのに。
全部食べきったあと、ちょっと涼んでいたのですが、
これで、ココでちょっと昼寝でもできたら最高だろうなぁって
思いました。
山の中で、近くを川が流れていて、家中の戸を開け放したら
夏場でもクーラーなしで十分涼しくて・・・冬場は雪が積もるけれど、
何かいいなぁって思いましたねぇ。
あぁいうところの縁側で、うとうとしたい。
岡山で桃を買って帰ってしばらくした頃、
高校のときの先生から電話がありました。
そうそう、私、高校1年と3年のときに担任してもらっていた先生に、
手紙を出していたんです。
というのも、卒論のためにアンケート調査しようかなぁと思って、
内田先生に相談したら、先生はインタヴューをオススメしますって
おっしゃったんですね。
なるほどー。インタヴューかぁ。じゃぁ、そうしようっと思いつつも、
誰に?ってなって、しばらくほったらかしにしていたんです。
で、ある日突然、そうだ!と思い立ち、高校のときの担任の先生に
手紙を書いたわけです。
この先生は、古文の先生で、私は古文以外にも、2年も担任
してもらっているので、相当お世話になったのですが、
なんかホントに急に手紙書こうと思って、さらさらと書いて
連絡先も家電からメールからケータイからって全部書いて、
送っちゃったんです。
そしたら、早速、ご連絡が。
18日が全校登校日で学校に出勤するので、もし都合が良ければ
学校に来ないかと言われ、都合のいい午前中におじゃますることに
なりました。
先生は、現在大学院で言語学を研究しつつ、私の母校でもある
賢明女子学院で国語の授業もしているそうです。
力になれるかどうかわからないけど、とりあえず、懐かしいし、
一度会いましょうということになったのですが、たしかに、
今まで4年間一切連絡してなかったのに、卒論が!って
突然手紙とか書いて、とんでもない卒業生ですよねー、私。
卒業以来近づいてない、学校に足を踏み入れるのも、
結構緊張するなぁ。
でもまぁ、とりあえず、行ってきます。
le 15 aout
お盆だからということで、帰って来ていた弟を、送っていこうと
家族で車に乗る寸前に、何気に郵便受けを見たら、
野村万作・萬斎狂言会のチケットと、仏検の結果が来ていた。
落ちた・・・。
げっ。落ちちまったよ。
まぁ、あれで受かったらホント簡単すぎだよね、と思いつつ、
いろいろ面接を振り返る。
5分だけだからって、平気な顔してたけど、よく考えたら、
5分間の内に一度失敗したら、立て直しがきかないなぁと。
私は、「学生です。」とか言ってるうちに、大学の話になっちゃって、
それが卒論の話になり、わけわかんなくなっちゃったけど、
私なりに何とかがんばった。
でも、ダメだったんですねぇ。あれじゃぁ。
ちっ。
聞き取りできても、しゃべれないから、だめだなぁ。
ずっとそこが弱いのに、まだ、弱いままらしい。
気が向いたら、秋にもう一回受けよう。
そんなこと思いつつ、弟とバカ話しながら、滋賀まで弟を
送り届け、そのままとんぼ返り。
父は、車が好きで、飛ばすのも好きで、だから、ビュンビュン
名神を飛ばして帰っていた。
もうすぐで、西宮というとき、ウーゥウーゥとサイレンが・・・。
は?
と思って、後ろを見たら、パトカーがいた。
「げっ。」「あぁあぁ。」って父と母は、すごい落ち込んでたけど、
私は何のことかわからなくて、え?何々?って思ってたら、
そのパトカーがすーって隣に来て、「止まりなさい。」と言う。
どうやら、スピード違反で捕まったらしい。
あら。
母は、お金がーって心配してたけど、私は初めてのことなので、
密かに興味津々だった。
「はい。どーもこんばんは。ちょっと、スピードが出ておられたので、
止めさせてもらいました。」と言って、警察の人が父を呼びに来た。
へー、丁寧なんだなぁとか思いつつ、じーってその警察の人を
見ていたら、目が合った・・・。
父は、パトカーの中に連れて行かれて、何か話していた。
運転席の警察の人が、激しく首を動かしてしゃべっているので、
怒られてるのかなぁと思ったけど、後で聞いたら、別に
怒られなかったらしい。
意外に早く、戻ってきて、「どうだった?」って聞いたら、
何でも「お盆だから。」と言う理由で、車間距離が十分では
なかった・・・という違反にしてくれたって。
「128キロでてましたから、本当なら罰金9万に免停です。」と
激しく首を動かして言われたらしい。
でも、車間距離が十分ではなかった、ということなので、
罰金も安くなった。
は?え?ほんとに??
すごい適当じゃないですかねぇ。
うちらは、大喜びですけど、そんなんでいいのか・・・。
謎。
母にガミガミ叱られて、父はその後、安全運転で帰りました。
私も、高速道路は乗らないけど、普段飛ばしてたりするから、
気をつけようって思いました。
罰金9万とか払えないもん。
le 12 aout
ケータイを新しく買い換えました。
私がフランスにいた頃、ボーダフォンが、海外でも使えるってしきりにCMで言っていて、うちの両親は、「じゃぁ次は、一斉にそれに買い換えよう。」って言っていたんですけど、いざ買い換えるにあたって、話していると、「別に海外行かないよね・・・。」
ということで、やめました。
両親は、ずっとauを使っていて、私と弟はTU-KAだったのですが、一本化すっかってことで、auに・・・って言ってんのに、弟がボーダフォンがいいと言ってうるさいので、弟だけはボーダフォンに。
まぁ、何でもいいよ。
ケータイって、間違えて洗濯しちゃったとか、トイレに落としちゃったとか、よほどのことがないと、壊れませんよね。
うちの弟は、うっかり洗濯機で回してましたけど。
だから、別に換えなくてもいいんでしょうけど、カメラ付いてるのいいなぁとか思ってしまうと、つい新しいのが欲しくなる。
これで、父以外はカメラ付きになりました。
本当は、お父さんのケータイが一番古くてauになる前のセルラーの頃のものなのに、面倒くさいらしく。
父は、機械に強いのに、ケータイに対してはTU-KAのCMみたいに、電話できればそれでいいんじゃないの?って思っているので、アドレス帳機能すら、ろくに使ってないですからね。
家族のケータイ番号しか登録されてないんじゃないかなぁ。
仕事関係の人の電話番号は、なんとなく覚えているらしく、かかってきても、「あ、○○さんや。」とか言いながら、電話に出てます。
そんな人なので、メールなんてやったことないですからねぇ。
ましてや、カメラ付きとか言っても興味ないでしょうねぇ。
ただ、私がパリにいるときに、日本でボーダフォンのCMを見て、あのケータイを持たせていたら、もっと便利だったのに・・・と思ったそうです。
それにしても、ケータイに付いてるカメラってどんなものなのかなぁ、まぁデジカメあるし必要なさげって思ってましたけど、なんか、デジカメと同じぐらいの性能っぽい。
恐ろしい世の中だ。
カメラの分だけ、ケータイが分厚くなってるし、これはデジカメなのかケータイなのか、何なのかなぁって思いますよ。
動画も撮れますしね。
一つ、気に入らないなぁと思ったのは、音ですが。
着信の音が、たぶん豪華になっているんだと思いますけど、なんか嫌だ。もっとシンプルな音でいいのに。
始めの頃って4和音とかで、おぉーってなってませんでした?
それが16和音になったりして、今、40和音?
一瞬、何の音かわからないんですよねぇ。
いやぁ、でも、その内手のひらサイズのケータイ電話さえあれば、パソコンも要らないような世の中になるんでしょうか。
そういえば、まだ夏風邪ひきっぱなしなんですけど、だいぶ良くなってきたので、病院に行かず市販の咳止めカプセルを飲んでいたのですが、今朝になっていきなり母に禁止されました。
テレビで、この成分が含まれている風邪薬は飲まないで下さいって言ってたとかで。
アメリカでは、人体に影響を及ぼすということで、かなり前から使われていない成分が、日本の風邪薬には未だ使われていたんですか??
知らなかったなぁ。
脳出血とかして死んじゃうらしいって、言うんですよ。
たしかに、薬の説明書きに副作用というか注意書きみたいにして、そういう恐れがあるので、何週間以上続けて服用しないでくださいって書いてあったような気がしますけど。
てか、もう3日ぐらい飲んでたし、それ以前にも花粉症とかで飲んじゃってるんですけどね。
その薬は、もう回収作業に入っているので、薬局からは消えているらしいってテレビでは言っていたそうですが、私は、その風邪薬が昨日の朝になくなったので、夕方薬局へ行き、同じものを買ってきて、夜飲んだんです。
田舎だから、回収遅れてるのかなぁ・・・って。
どうせ、回収するなら、ホントに全国一斉にしてもらいたい。
le 6 aout
だーー暑い・・・。
そんな中、弟が風邪ひいた一週間後に私も風邪をひいた。
扁桃腺が弱いので、のどが腫れて少し熱が出た。
近くの内科に行って、3日分の薬をもらって、3日間ちゃんと飲んだけど、治らなかったので、再び診てもらって、違う薬をまた3日分もらい、飲み始めて2日目。
のどの腫れはひいたっぽいけど、咳がひどくなってきた。
冷房がいけないのかなぁ。
むしむしするのが苦手だから、いつもドライで26度に自分の部屋は設定していたんですけど、今年はどうも冷房のせいで頭痛がしている気がして、夜以外はひたすら窓を開けるだけにしているのですが、部屋の中にずっといるわけじゃないじゃないですか。
外に出れば、電車の中はガンガン冷えてるし、建物の中もキンキンに冷えてる。
あと、うちの親たちが冷房大好きで、いつも冷房きかせてるんですよねぇ。
でも、外は倒れるぐらい暑い。
そんな温度の変化には、ついていけないらしい。
ちょっと上に羽織るものが、手放せないようになってしまいました。
一週間ぶりにNOVAに行って、馴染みの人と一緒だったので、先生が来るまでわいわい話しをしていたんですが、生徒の間でジョスランが辞めるらしいという噂がたっていたんです。
ジョスランは、私にとって一番長い付き合いの先生で、わかりやすいしおもしろいので、大好きなんですけどね。
この日は、ジョスランの授業が続けて2レッスンだったので、直接本人に「辞めるの?」って聞いてみました。
「誰がそんなこと言ったの? まだ辞めないよ。でも、1年後ぐらいに辞めるかもしれない。ベルギーに帰ろうと思って。」
その後、雑談が続いたんですけど、ジョスランがベルギーに帰るのは、休むためで、だいたい半年ぐらい実家にいて、その後はハワイかオーストラリアに行くって言ってました。
その理由は、自然が好きだから。
日本も、自然がいっぱいあって、わーぃ山だーって山に行ったら、ダムがいっぱいあって、海だーって海に行ったらコンクリートの堤防があって、那覇のすばらしい風景のど真ん中に、高速道路が走っていて・・・そういうのが、嫌になっちゃったんだって。
「日本人は、何でもコントロールしようとする。マニュアル化しようとする。でも、いざと言うときに、マニュアル外の対応ができないし、何もかもコントロールするのは、無理だ。5メートル6メートルの堤防を作ったって、自然はコントロールできない。」って。
たしかに。
ジョスランにとって、日本で暮らすことは、まぁ快適だそうで、平和すぎるくらいだそうです。
それは、日本語がちゃんとわからないから、日本人に何か言われてても関係ないやって思えるし、この外国人は日本語がわからないんだな、で済まされることもあるからだそうです。だけど、別に日本語がわからなくっても、普通に暮らせるわけですね。
「でも、この国にずっと住む気にはなれない。ビザのためにすごいお金を稼がなきゃいけないけど、仕事探すのは難しいし、今の日本は好きだけど、未来の日本に希望が持てない。」
なるほどー。
私も、フランスにいたときは、自分が外国人だし、フランス語もあんまりわかってないし、でも、普通に暮らせるし、日本にいるよりも楽でした。ジョスランと同じで、フランス人に何か言われててもわかんないんで、問題なかったですし、あぁこの人外国人だから、わからなくって困ってるんだなって感じたいい人が、快く助けてくれたし。
でも、やっぱり、フランスでずっと暮らそうと思ったら、自分で生計を立てなきゃいけないですよね。日本人が経営しているところでなら、もしかしたら働けるかもしれないけど、フランスの会社でなんて働けないし。すごい難しいと思います。
だから、ずっと暮らしたいかってなると、そうでもないなぁって思います。
私が、楽しかったのは、学生という立場で8ヶ月しかいなかったからだと思うんで。
その後も、いろいろ話していたのですけど、結構ショックでした。
例えば、「日本人はよく働くっていうけど、実際統計した人によれば、フランス人が8時間でやる仕事量を日本人は12時間でやるらしい。だから、日本人はたくさん働くんじゃなくて、長く会社にいるってこと。」とか、「日本人の友だちが結婚して、自分の給料を全部奥さんに管理させてて、自分はおこづかいをもらって、毎日同じ時間に家を出て会社に行き、長い時間会社にいて、疲れて帰って来る日々を送ってるけど、その方が、何も考える必要がなくって、毎日同じことやってればいいだけだから、楽でいいって言ってたよ。」とか。
なんか、これじゃぁ、日本人アホっぽいですよね。
でも、そう思いつつも、反論できず、「そうだねぇ。その通りだよ。」って言うしかできなかったことが、また何とも言えない気分でした。
私は、ジョスランの言う、その「日本人」だし、そんな日本に住んでる日本人である自分が、怖くなってきました。
しかも、一緒に受けてた主婦の人が、「政治が悪いんだと思う。」って言ってて、うーん・・・って感じ。
なんか、悲しいなぁ。
まぁ、こう言ったらそれまでですけど、仕方ないというか。
ジョスランにも、「私もそう思うけど、仕方ないんだよー。」って言ってしまいましたけど。
そんな日本に住む、日本人です。
だって、日本人なんだもん。
フランスから帰ってきてしばらくは、日本人って人目を気にしすぎるなぁとか、姿勢が悪いなぁとか、スタイル悪いなぁって思ってましたけど、もう5ヶ月経っちゃったし、また馴染んできちゃいましたからね。
私はわたしだーっていう思いは、強くなったまんまですけど。
この日のレッスンの帰りに、その主婦の人が、「外国の人は考え方が違うねー。ポジティブというか。」って言ってました。
le 28 juillet
暑いですねー。
でも、晴れが続いてるから、洗濯物もよく乾くしいい気分。
今日は、NOVAで今日が初めてのレッスンという人と一緒になりました。
なので、素早く自己紹介ということになり、それぞれ自分が何者なのかということをしゃべって、質疑応答をしました。
先生は、私はよく知ってる先生だったのですが、「何を勉強してるんですか?」という質問に答えていると、「え? 違うでしょ?」ってつっこまれて、「前は、違うことやってたけど、今はこのテーマなんですよ。変えたの。」って言ったら、「変えたの??」って爆笑されて、「卒論をこのテーマで書くつもりなんだけど、テーマ突然変えるのって変なの?」って聞いたら、その先生は爆笑しながら、「わかんないけど、僕はずーっと大学院まで建築の勉強をし続けたから、やっぱ、変だよね。なんで変えたの?」って言われ、ちょっと考えたけど、自分でもよくわからなかったので「うーん。わからない。」って答えたら、大爆笑されて、さらに、その新入生の人に向かって「あ! 最初の授業なのに・・・! サチコはちょっと変なんだよー。ごめんねー。気にしないでね。」って言ってた・・・。
なんだよ、それ。
でもまぁ、そんなことを言われつつも体調が良かったし、まぁいいやーって感じでしたけど。
先週は、ずーっと死んでましたけどね。
日曜の仏検に始まり・・・。
大阪のアリアンス・フランセーズで行われたわけですが、私は場所もわからなかったし、一本余分に時間を見て電車に乗ったんです。なのに、人身事故のせいで、JRがなかなか動かなくて、会場の最寄の駅に着いたときには、すでに集合時間になってて、やばっって思いながら、信号待ちをしている人に「すみません。今村ビルってどこにあるかわかりますか?」って尋ねたら、ビルの名前まではわからないから、どっかお店に入って聞いた方がいいかもって言われたので、近くにあったローソンに駆け込んで、「すみません。」って言ったら、「あ、アリアンス・フランセーズですか?」って店員さんから言われる。
みんな、聞いていったんですねぇ、きっと。
で、場所がわかったので、走って行って、結局5分遅れで着いたのですが、私の番は丁度次だったので、間に合いました。
試験の内容は、とりあえず自己紹介みたいな感じで、そこから面接官が流れを作っていくのですが、思いがけず卒論の話になってしまい、よくわかんないまま5分が過ぎてしまったという。
今度こそ、落ちたかもーって思いながら、しょぼしょぼ帰って家でだらだら過ごしました・・・。
別に、だらだらしたくないんですけど、だるくって、ダメなんですよねぇ。
それが、どんどんエスカレートしていって、夜起きていられなくなってきて、先週は、ほとんど毎日12時前に寝ちゃってたんですよ。
しかも、勝手に。
勝手にっておかしいだろって思うかもしれませんが、おかしいんですよ。知らない間に眠ってますからね。
お風呂上がって、だりーって思いながらベッドに座ってるときは、まぁ、そのまま寝ちゃったんだなぁってわかりますけど、机に向かってたはずなのに、気づいたらベッドで寝てて朝になってたりしますからね。
しかも、たいてい、北枕で寝てて、普段は南向いてるんで、枕に足が乗っかってるんですよ。
電気も点けっぱなしだし。
良くない。
そんな中、金曜の朝に弟から電話があったらしく、9時半に母に叩き起こされる。「熱が39度以上あって、震えが止まらないらしい。行くから付いて行って!」って。
なんでー、私もだるいんだってばっ、勝手に病院行きゃいいじゃんって思ったけど、ふらふらして動けないらしかったので、かわいい弟のために取るものも取り敢えず電車でいざ滋賀県へ。
すっごい急いで家を出たけど、着いたら12時半ぐらいで、近くの病院はお昼休みに入っていたため、タクシーを呼んで今からでも見てもらえる病院へ連れてってもらいました。
大きな病院だったので、採血から尿検査からレントゲンからいろいろ検査されて、点滴もしてもらったし、4時間ぐらいかかりました。検査したけど、特に悪いところはなかったそうで、夏風邪ですかねぇっていう診断に終わる。
母は、一人で「栄養失調だったらどうしようかと思ったわ。」って言ってましたけど。
点滴のおかげで、熱も下がったし、そのまま一緒に弟の部屋まで帰り、沖縄土産をもらって帰ってきました。
そうだよ、2週間前ぐらいまで沖縄行って遊んだりして、すごい元気そうだったのに、遊びすぎなんじゃないの?
まぁ、次の日には、もう大丈夫みたいだってメールで言ってたし、良かった良かった。
4時間冷房のよく効いた病院の中にいて、こっちが風邪ひきそうでしたけどね。
le 15 juillet
おばあちゃんの畑でとれたスイカを食べた。
この夏、初めてのスイカ。
うまいっ。
夏ですねぇ。まだ、梅雨だけど。
昨日のゼミは、「阪神間モダニズム」のお話でした。
全然知らなかったなぁ。
ホント、私って何にも知らない。
神戸は大好きですけど、私がふらついてるのは、三宮駅から神戸駅の間ぐらいで、阪急沿いの御影・岡本・芦屋とかって全くもってご縁がないですからねぇ。
しかし、何よりもこの授業でずどーんと来たのは、人間が成長する過程で、その周りの環境などが及ぼす影響は非常に大きいという先生のお話でした。
まぁ、誰だって、気づいたら「そこ」に生まれてたんだから仕方ないでしょうけど、子どもは最初、親を初めとする家族から言葉を学んでいきます。で、家族が使っている言葉で会話していきます。
ということは、家族の語彙力が貧困だと、それは子どもにも影響していくわけです。
また、家によっては、お父さんがクラシックが大好きで、赤ちゃんの頃からそういう音楽に親しんできたり、お母さんが国際交流大好きで、赤ちゃんの頃から外国人に囲まれて育ってきた、という人もいるわけです。
そのようにして、生まれたときから自然と培ってきた教養を、そういう環境に恵まれなかった人が、あとからがんばっても同じように手に入れられるのかというと、それは無理だって・・・。
というようなお話を聞いていたら、将来が不安になってきたんですよねぇ。
土地や環境の影響も、親の影響も、すごく大きいんだって思うと、どうしたらいいんだろうって思ってきて。
まず、自分がもっと知識増やさなきゃ・・・?
そうですよねぇ。ほんとに無知なんで、自分のためにも必要なことですし。
環境かぁ。
でも、確かにって思いますよ。
私は、中学受験をして、中高一貫の女子高に通いましたけど、やっぱりそこで、がらっと変わりましたし、その6年間の影響は大きいと思いますしね。今思うと、偏ってきちゃったなぁって感じですけど。
6年間、ミッションスクールでほとんど同じメンバーでやってくると、その学校に染まってきちゃって、何となくみんな似てきちゃうところがあると思います。結構、家庭環境も似通っていたりしますし。
私の場合は、大学も何となく近いものがあったので、違和感なくのほほんと過ごしてきてて、1年生の終わり頃からバイトを始めたときに、初めて「私、何かこの人たちと違うかも・・・。」って思いました。
話が合わなかったんですよ。
それで、しばらく様子を伺う感じで続けてて、それとなく全体が把握できたころ、みんなと上手く打ち解けられるようになりました。
うちは、両親とも大学も出てないし、父は、根っからの職人で商売人ですけど、なぜか母の方針で、私は4歳からオルガン教室に通い和音を聞き取りながら耳を鍛え、スイミングスクールに通い身体を鍛え、幼稚園の頃にはさらに書道教室に通い、オルガンがピアノになり、小学生になったときはそれに加え、そろばん教室に通い、小学五年生のときには、それらが嫌になって全部辞め、その代わりに進学塾に通い・・・という風に育ってきました。
母としては、私が私立中学に行き、女学院に行き、としていることが、とても順調だなぁと思っていたようですが、途中でいきなりフランスに行ったときに、あれ?と思ったとか。
家で、「環境が与える影響ってすごくってさ、他の人がどんなに勉強してがんばっても、昔から備わってる教養には勝てないんだって。」って話したら、「だからお母さんは、あんたらに習い事をさせて、塾に行かせて、私立に行かせたのよ。」・・・だって。
そして、「でもこれから先は、さっちゃん次第やけど。」って。
そうですね。
勝手に、自分の子どものこととか考えて、気が遠くなりましたけど、やっぱり、まず私がしっかりしなきゃいけないなって思います。
le 12 juillet
やったーーー!
仏検2級合格しました!
すっっごいうれしいです。
わぁーい。
自己採点不可能だった書き取りテストで、14点中11点もくれたらしく、基準点を5点も?上回ってました。
合格率は40%。
いやぁ、よかったー。
って、一次試験なんですけどね。
2次試験の面接、がんばろーっと。
面接は、20日です。
何故か、集合時間が14:14って表記してあって、この微妙な時間はなんなんだ?って感じですけど、気合入れて受けてきますよ。
せっかく、一次受かったんだし。
うっし。
NOVA通います。
le 10 juillet
明日は、何もない日だーと思って、昨日の夜、パソコンに入っている写真をいろいろ印刷して切って、アルバムに入れていたら、夜中の3時を過ぎてしまった。
今朝は、9時に起きて、ハチミツ紅茶とパンを食べ、顔を洗って洗濯を干し、気分転換にケータイの着メロを受信して「オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ」から「恋のダイヤル6700」に変えてみた。
暑い・・・。
朝から冷房つけるのもなぁと思って、部屋の窓を開けて過ごしていたら、蝉が鳴きまくっていた。
なんか、“夏休み”みたい。
お昼には、暑いし、そうめんねって母と話して、そうめんを茹でて、錦糸玉子とキュウリをのせて食べる。
うあー、もうなんにもやりたくないって思いながら、自分の部屋に戻ってベッドに転がってたら、いつの間にか眠っていて、気づいたら16時だった。
やばっ。しかも、あつっ。
洗濯でも取り込むかぁと思い、部屋を出る前にエアコンをドライ25℃に設定した。
洗濯取り込みついでに、洗面所に寄って鏡を見たら、妙に顔色が悪くって髪がパーマになっていた。
湿気のせいか・・・。
暑いのとじめじめは本当に苦手。
だから、バリ島で街をうろちょろしてたときは、途中で死にそうだった。そこまでではないけど、日本も湿気が激しいですよねぇ。特に最近。
昔は、こんなことなかったような気がするんですけど。
月曜日、七夕だってのに、雨降ってたし。
早く梅雨明けないかなぁ。
カラッとしたところに行きたい。
『FIGARO japon』を見ていたら、フランスの民宿がいっぱい載ってて、朝食付きなのに29ユーロとかもあって、すごい良さそう。
でっかい家に客室は3室ぐらいで、経営してる人や他のお客さんと一緒にご飯が食べられたりして・・・。
しかも、部屋ごとにシャワー付きですよ。
ボルドー行きたい・・・ブルターニュ行きたい・・・。
一人35ユーロかぁ。パリで下手に2つ星泊まるより、安いかもー。
って、8月にパリの友だちに会いに行くってことになってるんですけどね。
いやぁ、地方も捨てがたいんですよねぇ、フランスって。
現地の人と話す機会も多いだろうし。
うー、すごい惹かれる・・・。ブルターニュの島とか。
長期滞在でフランス行くなら、考えられるのになぁ。
とか何とか言いながら、せっかくの何もない日を、何もせずに過ごしてしまった。
もう18時。
犬と散歩に行かなきゃ。
le 1 juillet
7月だー。
そういえば、思い出したんですけど、先週の火曜日は美容院に行ったんでした。
いつもの美容師さんのテンションが変で、「梅雨でもがんばれそうな髪型がいいなぁ。」って言ってるのに、「じゃぁ、梅雨っぽくクセがでるように切っとくわ。」って言われ、髪の色も私の意見を無視して明るくされたという・・・。
まぁ、クセは上手く利用されてるし、色もいい感じだから気に入ってますけどね。
思い出しついでに、先週の日曜は仏検だったんです。
びみょー。
聞き取りだけは、ほぼ完璧でしたけど。
模範解答を見た限りでは、自分では点が付けられない「書き取り」次第って感じでした。
書き取りテストの配点が14点なんで、ここで何点もらえるかによって、ギリギリ落ちるかギリギリ受かるかですね。
さて、昨日のゼミは、『三島由紀夫から見る同性愛』について。
パリのマレ区には、ゲイの人たちがたくさんいたので、マレで暮らしていたときは、同性愛者がずいぶんと身近でした。あちらこちらに、男の人しかいないカフェがあり、パン屋さんがあり、ブティックがあり・・・。
きれいな男の人がいっぱいいたので、大変目の保養になりました。
大抵のカップルは、一方が男役でもう一方が女役のようでしたが、今日のゼミ中に、それじゃぁ同性愛って呼べないのでは?という話があったので、なんとなくひっかかっていて、電車の中で考えながら帰っていたんです。
阪急三宮に着いたとき、「男同士なのに、男役女役に別れてて、連絡が来ないとか誕生日を忘れたとかで、ごちゃごちゃ喧嘩するんだったら、意味ないし。それじゃぁ、普通の男女と変わんないよ。男同士の友情みたいなのがいいのになぁ。」って思いながら、うっかり、エスカレーターなのに歩かなきゃいけない方に並んでしまって仕方なくエスカレーターを降りていたら、こけた・・・。
こけたっていうのか、何て言うのか、自分でもどうなったのかよくわからないのですけど、3、4段ほどずりずり滑った感じですかね。
気づいたときに「痛い!」とか言ってたんですけど、何となく、立たなきゃなと思って、途中で立ち上がったとき、隣にいたおばさんに「大丈夫ですか?」って言われて、はっとしたんで、周りにしきりに謝りながら改札に向かいました。
恥かしーって気もあったんですけど、何でこけたのかわかんないし、やたら痛いしで、恥かしさはどうでもよかったです。
JRに乗り換えてから、ジーパンの裾をまくって見てみたらエスカレーターらしき型が右足膝下に段々段って付いてて、え?5段?とか思いながらも、ひたすら痛かった・・・。
なぜか右足だけなんですよ。
家に帰ったら、右の膝下から足首のちょっと上までめっちゃ腫れてました。
で、湿布だらけになり、親にアホだと言われ、「いや、でもさ、どうやってこけたのかわからんねんってば。」と言いながら、朝になったとき、左わき腹が筋肉痛みたいになっててですね、今は、咳をしてもくしゃみをしても笑っても、辛い。
ほんと、とほほって感じですねぇ。
あぁあ。
le 28 juin
今週をおさらい。
月曜日には、大学の後、ふらふら映画を見に行きました。
『恋愛寫眞』。
広末涼子と松田龍平が出てるやつです。
松田龍平の英語はおいといて、広末涼子が魅力的な役をとても魅力的に演じていたところが良かった。
ワンダーを探してる女の子。
水曜日には、中