2004年版

Q伝ミカのOL武芸帳・2003年

 

12月31日

あああっというまに大晦日。

とはいっても、部屋の掃除をしているうちにすぐに時間は過ぎていってしまう。

大晦日だし、紅白歌合戦を見ようかなとも思うけれど他の格闘技試合の結果も気になるので、民放3局をザッピングしながら観戦する。

曙対ボブ・サップ戦はあんまり面白くなかった。

というか、曙が攻撃面でも防御の面でもK−1を戦えるレベルに達していないような気がする。相撲とは違い、体重で相手を押しつぶすだけでは勝てないのだから難しいのかもしれない。

桜庭和志は負けてしまったけど、ノゲイラ(弟)が猛烈に顔面を殴りつけても微動だにしなかったのはすごい、と思った。 

しかし全体的に見れば、日本人よりブラジル勢の人々の強さばかりが目立っていた。

 

12月27日

やっと冬休み。

今年はちゃんと人並みにお正月を迎えようかな、と思い大掃除を始めてはみたけれど途中で物が多すぎて不可能ということに気づく。

今日の朝に燃えるごみの年内最後の回収も終わってしまったので、紙ごみが大量に出ても1月4日まで捨てることができない。

しょうがないので水周りの掃除や床の拭き掃除だけでもやっておくことにする。

それでも何となく綺麗になった感はあるような気がする。

年賀状書きが思うように進まないので、駅前のジョナサンに篭ってひたすら年賀状を書くことにする。

休み中にいろいろやっておきたいことがあるのに年賀状書きや掃除で時間が消費されてしまうのが歯がゆい。

 

12月25日

例年のごとく「年賀状を書く時期の鬱病」にかかってしまったらしく、年末になって急に何も作業がはかどらない。 

でもまだ仕事が残っているので、無理やりなんとかこなしていく。

「あともう少しで仕事がおしまい!!!」という時間帯にマーベラスちゃんから「忘年会に必要なので、仮装用品いろいろを持ってきてください。お願いします♪」という内容のメールが入っていたので、一旦家に帰った後にSM女王様用のコート、ベリーダンスの衣装、スパンコールのドレス・・・といった品々を持って笹塚へ向かう。

仮装用品を渡すと同時に飲み会もしたのだけど、調子がよろしくないせいかあまり面白いお話をすることができなかったのが悔やまれる。

 

12月22日

連休の谷間なので休みを取る。 

六本木方面に出かける予定があるので、その前にはじめて六本木ヒルズに足を踏み入れる。

まるでディズニーランドのような現実感の無い街並み。「けやき坂通り」のホワイトイルミネーションが綺麗だと聞いていたけれど、普通の電球と違い青白い光を放つイルミネーションはひどく冷たい印象を受ける。

その後、まりりんちゃんのお誕生日祝い、ということでわたくしとマーベラスちゃんとの3人で西麻布の「COLORS」というお店で飲み。

「日記がつまらないんだけど」という言葉に激しく凹んでしまう。

でも、わたくしにとって飲み会用トークはエンターテイメントだけど日記には自分の書きたいことを書いていきたい。

自分の書きたいことを書いてそれがエンターテインメントをして完成されているのが理想形なんだけどなあ、と思う。

 

12月21日

ほとんど一日中爆睡。

年賀状を書かなくてはいけないと心の片隅では思っている。

(でもぜんぜん書けなかった。) 

 

12月19日

眠たい。

体が相当睡眠を欲しているようだ。

仕事が無ければ思う存分寝ていられるのになあ。

 

12月15日

昨日から妙に体がだるくて重くて疲れやすいなあと思っていたら、入浴中に体をこすると大量の老廃物が出てきてしまった。

そろそろ体に大きな変化が起こりそうだ。

 

 12月14日

今日は多田先生の御誕生日なのだそうです。(初めて知りました)

本部道場で多田先生の講習会があるということなので若松河田まで行こうと思ったけどその前に“まりりん”様の誕生日プレゼントでも見つくろってきた方がいいかな♪と思って、「マダムの殿堂」新宿伊勢丹の傘売り場と手袋売り場とゴルチェのショップを見に行くことにする。

至極当たり前のことだけど、杖と木剣の入った袋を持ってウィンドーショッピングをしてると、妙な目で見られる。

DKNYの手袋が素敵なのだったけど、「指先が細くなっているやつ」というリクエストに当てはまっているかどうかちょっと微妙な感じだったので、もうちょっといろいろ見てから決めた方がよいかもしれない、と思う。

30分くらい見て回って、それから軽く食事を取って、その後に地下鉄大江戸線に乗って若松河田まで行くことにする。

そういえば、ちゃんとお稽古をするのは1ヶ月ぶりかもしれない。

 

今日は、呼吸法をして足捌きを一通りこなした後に体術を多めに行う。

けっこう長期間練習していなかったせいか、練習前にVAAM缶を飲んできたのにバテバテになってしまう。ブルーになる。

ついでに受け身を取ってるうちに、キーボードの打ち過ぎ?でぼろぼろになっていた指先から血が吹き出てしまいお稽古続行不可能になる。

しょうがないので指に分厚くテーピングをして稽古を再開する。

おまけに、杖を袋から取り出したときに不注意でロッカーの鍵を3階の窓から落っことしてしまう。(本部道場の受付のお兄さん、本当に申し訳ありませんでした。)

いろいろ散々な目にあったけれど、「これでカルマもちょっとは落ちたでしょうに」とプラスの方向に考えることにする。

練習の間隔が空くと、持久力が(元々無いんですが)極小値まで衰えるのをなんとかしなきゃなあ。

稽古後に、初めて「多田塾研修会のあとに生ビールを飲む会」に参加する。

内田先生から「最近高校生が『微妙』という言葉を連発するようにになった話」や「芦屋に和風平屋建ての道場を建てたい話」などを聞きながら、生ビールをかぱかぱ飲む。

稽古後のビールっていうのはやっぱりおいしい。

 

12月13日

とりあえず、まりりんたんお誕生日おめでとう☆

 

12月12日

 

100年前の今日小津安二郎がこの世に生を受け、その60年後の同じ日に亡くなったということらしい。(ということが今日のNIKKEI.NETの記事にに書いてあったのでそれをそのまま鵜呑みにして書きました。)

ということは、小津安二郎は60歳の誕生日に亡くなったということだから今わたくしが目にしている小津安二郎の写真というのは全て50代の写真なのだ、という事実を知ると「うそーん」と思わず叫びたくなってしまう。(っていうのもSPA!に連載されている福田和也の対談からパクってきたのですが、あまりにも衝撃的な事実だったためにここに書いておくことにしました。)

今思い出せるだけでも、石原慎太郎→70歳だったりするわけで、それを考慮に入れると今の時代の人が老けなくなったんだなあということを改めて感じてしまう。

それと同時に、ある程度年のいった人が隠居して俗世間から一歩引いた視点で物事を眺めたりするという習慣も失われてるんだなあ、とも思う。            

 

12月11日

養老孟司先生の「バカの壁」は、発売された当初に立ち読みして一応大まかな内容だけは把握していたけど、ついに発売部数が200万部を突破したらしいということをどこかで聞いて、どうしてこの本がこんなに日本国民に受け入れられることになったのかが知りたくなったので改めて買って読んでみることにした。

・・・ちゃんと時間をかけて読んでみるとこの本は養老先生が長々と喋ったことを新潮社の編集の人が力技でまとめたもので、一見分かりやすそうと言えば分かりやすそうなのだけど、文章に脈略がないと言えば、脈略がないのかなと。

ま、わたくしの想像なんですがこの本を買った人の6割は最初の30ページくらいまで読んで、「そうか、『バカの壁』か。周りの連中が俺様のありがたい説教に対して全く聞く耳を持たないのはバカの壁のせいで理解する能力が欠けているせいなんだな。全くバカな奴等だ。」というようなおまぬけな感想を持っているんじゃないか?って思いました。

しかし後半まで読んでいくと出てくるキーワードが「身体性」「個性」「共同体」・・・・これって宮台真司と共通してないか???あ、でも現在の日本社会の問題を掘り下げると結局そのあたりの問題に行き着いてしまうということか。

 

12月10日

 

ついに自衛隊のイラク派兵が決定してしまったらしい。

今までだったら海外に自衛隊を出すとか出さないとかいう類の話が出てきたら、左側のほうに属するおじさんおばさん達が「憲法違反!!!!!!」とか「絶対反対!!!!!!」などと激しく主張していたはずなのに、特に目立った抗議行動も起こることが無く、なし崩し的に本来もっと議論されるべき事柄が決定されていく。 

不気味だ。

日本人の大半は自衛隊のイラク派兵に反対であるはずなのに、何か大きな『流れ』の中に徐々に取り込まれていき、間違った方向へと引きずられていってしまうような感覚がする。

イラクに行けば自衛隊は真っ先にテロリストの攻撃目標になるだろうし、もともとは日本に対してそんなに悪い印象を持っていなかったアラブ諸国の人々の感情も変化するだろう。それは日本の国益を害する方向に働くはずだ。

 ・・・・・・とは言っても個人の力で大きな『流れ』を引っくり返すことはなかなか難しいので、とりあえず自分の生活を守っていくしかないのな、と。

わたくしの脳内モードを「平時モード」から「有事モード」に切り替えて、想定外のとんでもない事が起こったとしても狼狽しないように気をつけないといけないみたいだ。

 

12月9日

最近「後楽園」という文字列を見ると、思わず「うんこくらえ」と読んでしまうようになってしまった。とほほほほ。 

 

12月8日

 

ビッグコミックスピリッツを見てみたけど、未だに「ホムンクルス」の連載が中断されたままである。

早く話の続きがどうなるのか知りたい。

五感の感覚が本人の意図とは別のところで研ぎ澄まされてしまうことになった主人公の名越さんがどんな事件に巻き込まれてしまうのかが、ものすごく気になる。

そういえばわたくしも最近、時々普通なら聞こえるはずのない距離の人の話し声が聞こえたり、他の人に手を握られたときにその人の邪念が体の中に流れ込んでくるような感覚がするときがある。

だから「ホムンクルス」を読んでいると、妙に話とシンクロしてしまうように思えてしまうことが時々あるのでした。

 

12月7日

 

前から気になっていたので「木更津キャッツアイ」の映画版を見に行った。

 

ストーリーは、見た4割の人が「物語が破綻するギリギリなんだけどそこが凄い」と感じて残りの6割の人が「お話がどうなっているのか訳わかんない」と怒り出すような複雑怪奇なお話なのだけれども、むちゃくちゃで収集がつかなくなっているところと、それでも今の時代がしっかりと投影されているというのが、面白かったと思う。

 

12月6日

 

ものすごく眠かったので、1回はちゃんと6時に目が覚めたのだけど「眠いから2度寝しちゃえ」と思って目覚まし時計をOFFにして再び寝に入ったらそのまま10時間くらい経過してしまったことに気づいた。

どう考えても、明らかに爆睡のし過ぎである。

このまま何もしないで一日が終わるのはあまりにも悔しかったので、おもりを使った稽古をすることにした。

呼吸法で精神を鎮めた後、左回転→右回転→縦運動→横運動→最後にピタリと止める の順番でおもりの動きをイメージしてみることにする。

心に動揺や焦りがあったりすると、おもりは最後にピタリと止まらずに却って大きく振れてしまうものなのだけど、今日はけっこういい感じにピタリと止まった。

思ったより状態は悪くないらしい。

 

12月5日

駅前の本屋さんで、集英社新書がまとめて平積みになっていた。

お財布にちょっと余裕もあったことだし、橋本治の『「わからない」という方法』を買って帰ることにした。

橋本治はやっぱりものすごい天才だと思う。 

 

12月4日

仕事が終わった後、バーバリーのコートをクリーニング屋さんに持っていたときに、クリーニング屋さんが入っている建物の周りにイルミネーションが点灯されていることに気がついた。

今年は暖冬みたいでぜんぜん寒くなっていないし、例年なら11月の末には全て散っているはずの銀杏もまだ散っていない。でもイルミネーションが街に点灯されているのを見ると「あ、もうすぐ年末なんだ。もうすぐクリスマスなんだ。」という気分にだんだんなってきた。

こうやって書くとまぬけっぽく聞こえるかもしれないけれど、夜景とかホワイトイルミネーションとか、暗闇に浮かぶ光の渦を見つめていると何だかわくわくしてくる。

というわけで、12月はわたくしにとってとても大好きな季節なのです☆ 

 

12月3日

もうすぐ棒茄子の収穫時期である。

棒茄子の額自体は(具体的な数字は当然秘密ですが)額面どおりの数字だとそんなにむちゃくちゃ少ないというわけではないのだけど、厚生年金やら健康保険料やら税金やらをガンガンに引かれてしまっていて自分の手元に残るのはおよそ8割という状態になってしまっている。微妙なところだ。

具体的な数字を出すと棒茄子の額がバレてしまうのですが、結構な額が引かれてしまっていて悔しい。

このまま厚生年金や健康保険料の徴収額がどんどん上がっていくとしたら、搾取されることが大好きな日本のサラリーマンもいつか爆発するんじゃないかなあ。それもそんなに遠くない未来に。などとちょっとだけ我ながら心配になってくる。

個人的な話に戻すと、大きな買い物をするにはちょっと少ないかな?という気がするのでパソコンの購入はスルーして先にブロードバンド接続環境でも構築しようかな、などと思いました。(このマシンの使い勝手もそんなに悪くないし)

※棒茄子=ボーナスです。2ちゃんねる用語でした。

 

12月2日

先々週の木曜日に“マーベラスちゃん”から貰ったカスピ海ヨーグルトをまた増やしてみた。

通常のヨーグルトだと、ヨーグルトの種菌を牛乳に混ぜた後温度を42〜43℃にキープして8時間程度寝かさなくてはいけないのに(ついでにヨーグルトをおうちで増やす場合には温度を8時間キープし続けるのが激しく至難の技なのですが、)カスピ海ヨーグルトの場合は種菌を牛乳に混ぜた後、常温で6〜8時間寝かしておけばヨーグルトになってくれるのでものすごく便利である。

それで、今日も職場に行っている間にカスピ海ヨーグルトの増殖の仕掛けをセッティングしておいておくと、帰ったときにはヨーグルトがちゃんと固まっていて「おおおおお」なんて思ってしまう。

カスピ海ヨーグルトの味のほうは通常のヨーグルトとあんまり大差ないように感じるのですが、低温でも増殖できるということはたぶんその分だけ乳酸菌が強力だということでしょうか?カスピ海ヨーグルトを毎日食べるようになってから食事量がかなり減ったように思います♪

 

12月1日

ぼーっとしていたりいろいろとあれこれ悩んだりしているうちにいつの間にか12月になっていることに気がついた。

10月に多田塾合宿に行ったのがほんの少し前だと思っていたのに。

そういえば仕事を始めてから時間が経つのが早いなあ。

学校に行っていた頃の一日が、最近の一週間に相当するような感じがする。

これはやはり時間を切り売りして生活しているので、自分の時間あるいは自分の体感する時間がその分だけ短くなってしまっているんだろうか???

それとも、わたくしが『ぼーーーーーっ』としている瞬間にも実は周囲の時間が7倍速進んでいるのかな。

それだとちょっといやだ。

 

11月30日

いろいろな事があったので髪を切ってみることにした。

髪を切ったからといって何かが劇的に変わるとは思っていないけれど、自分の中の何かを軽くする行動を取らざるにはいられない。

あーあ。しばらくの間はおうちに篭って結界を張って『秘密の修行』の続きでもしていたほうがいいのかな、と思うとやっぱりちょっとは凹む。

(とは書いていても、飲み会のお誘いはいつでもWelcomeです。資金の続く限りどこででも行きます。はい☆) 

 

11月26日

職場で「ほぼ日刊イトイ新聞」(http://www.1101.com)の中にある「ホーメイ、大流行か?」というページ(http://www.1101.com/khoomei/index.html)を見ていたら、以下のような記述を見つけたのでちょっとここに書いておきます。

(ついでに書いておくと、『ホーメイ』というのはロシア連邦内のトゥバ共和国というところで歌われている一人で行う倍音声明のようなお歌のことです。詳しいことが知りたくなってしまった方は上記のHPを参照してください。『ホーメイ』の音源もあります。)

参加者のホーメイ暦は長い人では17年、

短い人では1ヶ月。

…おいおい、1ヶ月って。

私とあんまり変わらないじゃないですか。

でもね、

面白いかどうかは年月だけで決まるものではないんですねぇ。

例えば。

ホーメイ暦3ヶ月なのに修行僧のような容貌でやたら堂々とホーメイを披露する26歳フリーターとか。

なぜか合気道の格好で自作の楽器を演奏しながらホーメイを披露する20歳の東大生とか。

何も確たる証拠などはないのですが、この2番目のお兄さんたぶんわたくしの知っている人物のような気がしてならないのです。うん。

この聖心女子大学で行われた「ホーメイコンテスト」、やっぱり聞きにいけばよかったかも、と思いました。

 

11月24日

駒場祭の3日目。

朝起きると、ひどく寒い。

手足が凍りつくように感じるので、「うわー外行きたくねー。」とも思ったのだけれども今日も気錬会のおまけの演武会があるので、見に行くことにする。

でもやっぱり寒い。道場に行ってもやはり骨の髄まで寒さが染み入るような気がする。

演武の内容がどうだったのかということをまじめに書いていくと結構長くなるし、これは演武会のビデオを見た人々の主観に任せることにして、1つ気になったこととして井上くんの痩せ方が10月の多田塾合宿の時よりさらにひどくなってる、ということがありました。 

心労がもう限界に達しているのではないのかな。でも直接本人に言ったとしても「別に...何でもありませんから。」とそっけなく言われるだけなんだろうな、と。 

 

11月23日

駒場祭の2日目。

そういえば勤労感謝の日でもあったりもする。

今日は気錬会の演武会があるので駒場まで出かけることにする。

例年ならこの時期には銀杏並木が完全に黄色に色づいていているのだけれど、今年は冷夏の影響もあって大半の銀杏の木の葉っぱが緑色のままである。

天気予報のお兄さんの話では、今年の紅葉は冷夏のせいで完全に色づくことなく散ってしまうことになるらしい。なんか残念。

そういえば今年はあまりにも寒すぎて8月にコンビニでおでんを売っていたな、ということを思い出す。

今回は諸般の事情があって演武会に出るのは自粛したのですが、まあ見る側の特権として身内の分際で一番前のよい席で見ることにする。

途中で右隣に神戸女学院の瀬戸さんともう一方(ごめんなさい、名前が思い出せませんでした。)が座っていることに気づく。

演武の内容を逐一レポートできるほどわたくしの文章力はないのでこの部分は割愛してしまいますが、みなさんよく稽古してるなあ、と思いました。

演武会の最後に多田先生の説明演武がある。

説明演武の中で、いくつか個人的に心に引っかかってしまう言葉がある。

そういえば今まで(わたくしの現役時代に)サークル内で本当につまらない揉め事があった時があって、その詳細は特に多田先生にお知らせしたわけではないのに、何周年目かの顔合わせ会の時にその揉め事について知っていらっしゃるような発言をなさったことがあった。

もう少し反省しなくてはいけない。色々な事を。

演武会の後、普段あまり会わないOB・OGと世間話をしたりとか、(気錬会の駒場祭の出店の定番である)クレープを食べたりとか、“ディズニーがとっても大好き”な高井さんを巻き添えにして女装喫茶に行ってみたりとか、天文部のプラネタリウムを見てみたりするとか(このプラネタリウムは凄いので来年以降駒場祭に行く人は是非見てみて下さい。)した後に、家に帰る。

学祭というのは、この正のエネルギーが無駄に充満してるのがいいな、と思う。

自分の中にもエネルギーが伝わってくるような気がする。

 

11月21日

銀座資生堂「WORD FRIDAY」で、内田先生と法政の鈴木先生との対談があった日。

(いわゆる「死のロード」の3日目にあたる日です。)

内田先生のHPで告知があった後に、ダメもとで資生堂ワードデスクに「予約したいのですが席、まだ余っていますか???」と電話してみたところ運良く予約が取れたので仕事を早めに切り上げて銀座に向かうことにする。

でも、昨日の日記にも書いてあるように深夜までお酒を飲んでいて、それで寝たのは結局2時を過ぎていたので目覚めは当然良いはずもなく、1日中眠いのかまだお酒が残っているのか頭はずっとぼーっとしっ放しで対談の途中に眠ってしまう危険性が大きかったので、今日は一番後ろの方の席で謙虚にこっそりと聞くことにする。

対談が始まるまでの時間、もう一度送られてきたパンフレットに目を通すと改めて「ずいぶん80年代ちっくなパンフレットなんだなー。」という思いを強くする。

一体いつ頃からクリエイターの人々が気合を入れて尖ったように作れば作るほど、それが今の時代から乖離してしまい、どこか懐かしささえ感じてしまう。ということになってしまったんだろう?

・・・というようなことをあれこれ考えているうちに、内田先生と鈴木先生が客席の前に登場する。

対談の内容は、強引に総括してしまうと

・「キル・ビル」または「よさこいソーラン祭り」のように、何かのコピーでしかないも のが今までずっと言われてきた『オリジナリティ絶対!!!』の神話を突き抜けて流布する

という現象が発生している。

・人間の身体なら「脳/身体」、日本全体なら「東京/それ以外の地方」という区分がなさ れ、それぞれ前者の方が絶対で後者のほうがカスという言説が主流だったけれど、これ からは身体、あるいは地方を活性化させることが重要になってくるのではないか。

・地方から東京に移り住んできた人は最初にどこに住むのだろう。

多くの人が中央線沿線、西武線沿線、または東京の北のほうに最初に下宿するのは、東 京の持つ瘴気を回避しようとするからではないんでしょうか。

ということになるのではないかな、と。

タイトルの『目に見えないズレをまとって異邦人はどこへ行く?』とどこが関連しているんだろう?とも思ったのですが、面白かったです。

銀座資生堂ビルからJR新橋駅に向かう途中に、おしゃれ系の回転寿司のお店があって店頭に並べられたお品書きに「あん肝」「三陸産生がき」「ぼたんえび」という文字を目にする。

おいしそう。そういえばもうすぐ冬がやってくるんだなあ。 

 

11月20日

ボジョレー・ヌーボーの解禁日。

以前この日記に「ノートパソコンが壊れたのでおうちで日記がかけません。ううう。」

というような泣き言を書いていたら、“マーベラスちゃん”から、

「あらきゅうたん、私のおうちにあまり使っていないノートパソコンがあるから、それを無期限で貸与してあげますう。」という最上級に有り難いお言葉を頂く。

「ついでにまりりんちゃんにカスピ海ヨーグルトを渡す用事があるので、この際飲み会もしちゃいましょう。ということで笹塚に集合しましょう☆ 」ということになる。

だけど仕事のほうがひどく忙しくて、20:30に笹塚についたときには血糖値が下がってふらふらになってしまっていた。あまりにもふらふらしていたので、思わず改札口の前で新潟物産展の露店を出していた人が売っていた草大福を食べて糖分補給をする。

わたくしが駅についてからおよそ10分後に3人が揃ったので、お店へと向かう。

今回のお店は、「ものすごくおいしいんだけどいつも空いているスペイン料理店」ということらしい。

ワインとサングリアとカタルーニャ風パエリア(カタルーニャ風パエリアは魚介類ではなく、鶏肉やひよこ豆などが具に入っていました)とあとおつまみ2品を頼んで、お酒をかぱかぱ飲む。

やはり疲労がたまっているせいか、酔いが回るのがいつもより早いらしい。

あと今日の飲み会は、もう一つ「“まりりんちゃん”に『アメリカザリガニ』の平井に似ている人を引き合わせる」という目的があったので、“マーベラスちゃん”と同じ職場で働いているお兄さんが2人やってくる。ので今度は普通の魚介類のパエリアを追加で注文する。

パエリアはやっぱり魚介類の方がおいしいと思う。

けっこう表面的かつとりとめもない話をずっとしてて、ワインと白のサングリアをさらに追加して飲んで、ふっと時計を見てみると12時をまわってしまっていて、これでは終電に間に合わないということが判明する。

自分のかばんと傘とノートパソコンとわたくしにもおすそ分けしてもらったカスピ海ヨーグルトを抱えて急いで帰ったけれど、もう山手線が全部池袋止まりのしか走っていなくて初めて家までタクシーで帰ってしまうという経験をする。

(今まではどんなに飲んでいても、渋谷および新宿の終電時間は体に刻み込まれていたので、終電を逃したということはありませんでした。)

タクシー代が思ったより高くて悔しい。あーあーあ。

 

11月18日

 

仕事が本当に忙しくて、メールチェックをする時間すらとれない。

あんまり根を詰めて仕事をやりすぎると、どうも無駄にエネルギーを消耗してしまうというのはわたくしが不真面目だからなんだろうか???

家に帰ると、すぐに寝てしまう。 

 

11月16日

 

「多田塾講習会の日」と思い込んでいたので、本部道場に行ってみる。

ところが、本部道場の前で月窓寺の石井さんと出会い、「事務局の方に問い合わせてみたのですが、今日はどうも講習会ないみたいですよ。」ということを告げられる。

 「とりあえず、もう少し誰かが来るまで待ってみましょうか。」ということになって5分ほど待ってみると、鍵和田くんと志木合気会の三輪さんと、もう一人年配の方がいらっしゃったので、人数も増えたことだしもう一度事務局の方に問い合わせてみたところ、今日は道場の予約が入っていないということ。

しょうがないので、鍵和田くんと少しいろいろな話をしてから家に帰ることにする。

 

 

11月14日

「東京ファイティング・キッズ」を読んでてふと思ったのですが。。。

「カメラ目小僧」というのは、専門用語では『直観像資質者』というのですね、確か。

有名どころでは、あの「酒鬼薔薇くん」が、直観像資質者だったらしく、ワイドショーのレポーターのおばさんが「1000人に1人しか見られない能力の持ち主!!!」みたいに 言っていた覚えがあります。

手持ちの資料を引っ張り出してみると、

直観像は、以前に一度見たことのある事物が、後に明瞭に再現されるものであり、幻覚、記憶表象、あるいは残像(after image)に似ている。しかし、幻覚のように外界に実在すると信じ込まれることはなく、記憶表象に比べると細部まで鮮明であり、また、残像の用に刺激除去後のみ現われるのではなく、数時間、数日、数年後にさえも見られる。

成人では直観像を見る人は稀であるが、6〜18歳では40〜90%がそれを見ることができるという。

とあります。

(ワイドショーのレポーターのおばさんが言ってたことと思いっきり矛盾している部分がありますが。)

何はともあれ、『直観像資質』が稀にしか見られない能力でも、思春期の少年少女には けっこう普通に見られる能力であったとしても、直観像を自在に操作して参考書の内容を全て画像データとして頭の中に保存し、それを試験の際にリロードして答えを書いていく、ということが可能であればそれはそれはすごいことであるな、と。

だって、それができてしまうと現在の暗記偏重教育なるものが完全に無意味になってしまいますもの。

(余談ですが、わたくし『音』の方は以前に一度聞いたことのあるものを、音声データとして保存しておいたり、それを後でリロードしていったりということはできるのですが、『画像』の方はあんまり見ることができませぬ。)

 

 

11月11日

健康診断の日。

なので内幸町の病院まで行って健康診断。

右目の視力が1.2にまで下がっているなあ。

体重が相変わらずカミングアウトできない程度に有り得ない重さになっているなあ。

(看護士の人にまで『本当に大丈夫なんですか?』と言われてしまった。)

 

さらに、X線を撮影したときに、自分では普通に立っているつもりだったのに、技師のおじいさんに右肩の高さと左肩の高さが全然違っていることを指摘されてしまった。

今のところ特に何か生活に支障をきたしている訳ではないけれども、一度専門の人に見てもらったほうがよいのかも。

 

 

11月10日

渋谷で飲み会の日。

にっき名“マーベラスちゃん”と、その同僚のみなさまと、“マッチョ大好きお姉さま”I さんと渋谷Parco7階「Marvelous」でガン飲み。

ここのお店は、全ての席が個室になっていて、照明もものすごく怪しげなのに、飲み放題3時間(料理も込み)で4000円なのでけっこうお得。

ピンクのひだひだのついた怪しい照明のせいなのか、人様のHP上にはとてもとてもupできないような超絶エロエロトークが大炸裂してしまった。

なので、酔いが覚めたときに、ほんの少しだけ鬱になってしまった。

わたくしのことを変に思ってくれなければよいのですが。。。。。

(でもきっともう手遅れなのでしょう。ううう。)

 

11月9日

 

衆議院総選挙の日。

わたくし、一応は『大人の義務』として投票に行ってきました。

自民党の議員のおじさんには特に恨み等はないのですが、(息子が電通社員で嫁が元スッチーというのがちょっとだけわたくしの気に障るくらい) 政権が大きく変わるかもしれない方へ2票とも入れてきました。

大昔は、「別に私ごときが投票に行ったとしても別に何も変わるわけではないし。。。」とも 思っていたのですが、最近は「それでも何らかの手段で意思表示をしておかないとやっぱり悔しいかも。」

と思うようになってきました。

選挙結果は、「自民党が辛勝して、でも民主党も大幅に議席を伸ばす」というわたくしの予想がほぼ 的中した形。

各選挙区を見ていくと、「落ちるべき人は、やっぱり落ちてしまっている」ケースがけっこうあったので 有権者の判断、というのも侮ってはいけないものだなあ、と。

投票率が、あと10%くらい高かったらもっといろいろと面白いことが起こったんだろうと思うので、この文章を読んでいる人(20才以上)で今回投票しなかったひとは来年は投票に行きましょう♪

 

11月5日

内田先生の日記や掲示板の「こねこ」様のコメントに「自分の才能を信じている人間は『化ける』可能性があるが云々...」という話が出てきたのでちょっとだけ書いてみます。

私は昔、「指導者の査定というものは、程度の差はあれある程度適切に行われているのだ」ということを信じて疑わなかったのですが、人生の経験値を積むに従ってろくでもない指導者が、非常に理不尽極まりない査定を行うということがしばしば存在するのだ、ということに気づきました。 (具体的な事例を出して書こうと試みましたが、心の中のドス黒い怨念を閉まっておいてある箱を全開にしてしまいそうだったので止めておきます。)

で、そういう悪意ある査定から自分の可能性を守っていくためには、周りの人々から 例え『勘違い野郎』と思われたとしても、決して自分自身の才能に見切りをつけてはいけないのだなあああああと。

後天的な努力よりも、持って生まれた才能の有無が影響するような業界では「才能が無いのなら、早いところ『才能が無い』と宣告されてとっとと見切りをつけてしまった方が親切というものだ」という考え方をする方もいるかもしれませんが、少なくとも武道関連については上の人間からあれこれと言われたとしても、自分自身の身体が内蔵している可能性について見切りをつけることなく、気長にお稽古していってほしいものです☆

ああ、今日は軽くミスをしてしまったので仕事が夜遅くまで終わらない。。。。

 

 

11月3日

やはりおうち用のマシンがないと日記の文章がスラスラとは出てこないので、秋葉原に行ってマシンの物色を行う。

といっても、最近の秋葉原はもはや外国人観光客向けのDuty free

shopやおたくなお兄さんお姉さんむけのアニメ&マンガ同人誌&ショップやメイドのコスプレをしたお姉さんがウェイトレスをしている喫茶店とかそういうのばっかりが増えていて、パソコンショップが思ったよりも少ない。

とりあえず駅前の電化製品量販店に入ってみてパソコンのコーナーをのぞいてみたけれど、国産メーカーの15万円以上するのしか置いていない。

これでは、ちょっと予算オーバーだ。

(しかし勝手ながら国産メーカーのマシンはちゃんと売れてるのかな???と心配になってしまう。)

次にSofmapの中古パソコン専門館をのぞいてみる。

中古のマシンはだいたいデスクトップで5〜7万円なのだけど、ディスプレイやマウス・キーボードなどの付属品も買わなくてはいけないことを考えると、10万円近くまでするような気がする。中古品だと故障の時の保証が無かったり、部品もいくつか無かったりするので、ちょっと危ないかも.....と思い始める。

例外として1つだけSONYのVAIOですごく素敵なマシンを見つけたのだけど、店員さんにマシンの用途を聞かれたので「家用のマシンなので、テキストを書いたり、インターネットをしたり、CDやDVDを再生できればいいと思います。仕事などには一切使う気はないです。」と答えると、「それではこのマシンのスペックがもったいない。。。」と言われてしまう。のでちょっと引いてしまう。

最後に石丸電気のパソコンコーナーをのぞいてみる。

e-machineのマシンがけっこういい感じで、値段もディスプレイ込みで10万円を切るみたいだったので、これかDellのマシンのどちらかにしよう、と思う。

 

11月1日

先週末から、「徹夜でカラオケ」とか「終電の時間ギリギリまで飲み会」とか、ずっと睡眠不足が加速するようなことばかりやっているので、完全に睡眠が足りない。

こういう事情なので「たまにはお稽古をブッチしてしっかり寝ておかないと体がもたないわよね〜〜〜」と脳天気なことを考えていたけれど、2、3日前のサークルの掲示板を見ていたら、「今週の土曜日には早稲田との合同稽古をやります」という王子様からのメッセージが入っていたので、(何かこれは行った方がいいような気がする。。。)と思い、合同稽古に参加することにする。

ということで駒場に行ってみたけれど、合同稽古の告知が急だったせいか現役・OBともに妙に参加人数が少ない。

早稲田の人々のほうが人数が多いくらいかもしれない。

(特に工藤くんを始めとする5代目OBの人々が誰もいない。いったい何が起こったんだろう。)

合同稽古は、前半の1時間を「王子様」こと井上主将が「諸手取り」を中心にした稽古を行い、後半の1時間を早稲田の入江主将が「片手取り」を中心にした稽古を行う。

遙か昔、わたくしがまだ現役かつ白帯であった時代には、「早稲田との合同稽古」と聞くと、技がきつい・痛い・怖い・・・・というようなイメージがあったのだけれど、最近では早稲田のお兄さんお姉さんも丸みのある柔らかい感じの技をかけるようになったのだなあ。。。ということを実感する。

(その代わり気錬会の人々の技は全体的にきつく、かつ痛い方向へと進化しているような気がします)

わたくし的には、合同稽古の中盤あたりでつっちーに呼吸投げをかけようとして失敗したときに、そこでひどく気を消耗したらしく、そこから先が完全にバテバテになってしまったというのが....とても反省するべき点でありました。

合同稽古の帰りに東急文化村の横を通っていったら東京国際映画祭のイベントみたいなものをやっていて、俳優や女優の皆様が赤絨毯を踏みしめて通るところを見ようとする人々でいっぱいだった。

ちょっとだけ群集をかき分けて見てみたら、釈由美子と小雪を0.05秒くらいずつ見ることができました。

 

10月31日

昨日私のVAIOノートが息を引き取った。

今から思い出せば前兆らしきものがあるにはあったけれどけっこう突然の出来事だった。

職場に行く前に前日までの日記の草稿を会社のマシンに送っていて、その送ったはずの草稿が届いていなかったために「ああ家に帰ったら日記をとっとと完成させて内田先生に送らなくては!!!」と思っていたのに、家に帰ってVAIOノートのスイッチを起動させたら既にWindowsが起動しなくなっていた。

OSの再インストールをしたり、修理に出せば息を吹き返してくれるのかもしれないけど、それをすれば相当な費用がかかるため(ノートパソコン用のCDドライブを諸般の事情のため持っていなかったり、SONY製品だから修理に出すと他社の新品を買い直したほうが安いくらいのお金を請求されるので)このまま永い眠りにつかせることにした。

当初譲ってもらった4年前は、ノートパソコンのレベルでは驚異のスペックを誇っていたマシンであり、人生の一番辛い時期を一緒に戦ってきたのだが、最近ではではテキスト作成2ch閲覧の専用機と化していた。

そのせいか、最近はきちんとメンテナンスをしていなかったように思う。

それが突然死の原因かと思うと少し悲しい。

あと、VAIOノートには特に消えて困るようなデータやファイルはほとんど無かったけれど唯一の例外として、10月25日分からのこの日記の草稿(本当はかなりの長文だった)が消えてしまったのが.....(泣)

(ということで、以下の10月25日分からの日記は今うろ覚えの記憶を元に再現しています。関係者のみなさま間違いがあったら申し訳ございません。)

 

 

10月27日

飲み会の2次会で、偶然丸ビルに行くことになる。

丸ビルは予想していたよりもおしゃれでいかにも高そうなお店が多く、確かに噂に聞いていたとおり普通のサラリーマンがお昼を食べるような牛丼屋や定食屋は全くない。

夜10時を過ぎているということもあり、お店は2軒しか開いてない。

そのうちの焼鳥屋の方に行く。ちょうどライトアップされた夜の東京駅がよく見える席で頼んだ生フォアグラの串も比内地鶏の雑炊も、ものすごーくおいしいのでした。

でもやっぱり、高いと言えば高いのですが。

 

 

10月25日

土曜日なのでお稽古の日。

けれども、朝起きてみたらもう7時を回っている。

どんなに遅くても7時15分には家を出ないとお稽古に遅刻する。

それでも、私の行動できる限り最速で身支度を整え、胴着etcを用意し、ついでに所持金が1000円を切っていたので駅の途中のセブンイレブンでお金をおろし、急いで駒場第一体育館まで行ったけれど、着いたときにはもう既に「呼吸法」が終わってしまっていた。

ちょっと鬱になる。

だからまわりの皆さまに気づかれないようにして練習に混じることにする。

今日の稽古では多田塾合宿で先生から教えて頂いた「おもりを使った気の感応の訓練」と「イメージ上に描いた円の軌跡に自らの動きの乗せていって行う一教と二教と三教」をやっていた。

「おもりを使った気の感応の訓練」は、多田塾合宿の時にはけっこう景気よくぐるぐる回っていたので、今回も最初は余裕をかましていたのだけどなぜか今日に限って、いくら相手に向かって念を送っても、私とペアを組んだ澤野さんの持っているおもりが一向動かない。

さらに鬱になる。

そして通常の8:00〜10:00のお稽古が終わった後に「青竹斬り」をする。

(「青竹斬り」は知っている人は知っていると思うけれど、左右に1mくらい距離を離して机を置き、その両方の机の上に水の入った茶碗を置き、その茶碗の上に青竹を渡して茶碗の水をこぼさないように木剣で青竹を真っ二つに練習するという方法です☆)

後輩が次々と「青竹斬り」に挑戦していくのを見ながら、「右手に力が入りすぎているとまずい。」「成功するためには青竹を渡している遙か下の位置まで斬り下ろさないと。」「木剣が青竹に当たったときの衝撃が茶碗に伝わらないうちに切り下ろすには....」などと偉そうなことを言っていたのに、いざ自分が実際にやってみると思いっきり失敗して茶碗を割ってしまう。

ものすごく鬱になる。

山木氏から「言ってることとやってることが全然違うじゃないか!!!」というお言葉を頂いたので「自分の言っているとおりに技が掛けられるのなら、もっとわたくしの合気道はもっと上達してます!!!」と思わず返す。

あーあーあ。自分の理想通りの動きができるように、もっと練習をしなくては。

 

10月23日

“まりりん様”から「日記期待して読んでみたけど、全然ふつうじゃないですか!!!」という感想が届いている。

「確かに...昔の私は過激でアグレッシブであることを自分のアイデンティティの一部として生きてきたような部分があるから後々まで飲み会のネタとして語り継がれるような出来事が次から次へと起こっていたけど....でも最近の私は、昔の私に比べると半分くらい死んでるような人生をを送ってるわけだし....そう毎回毎回ぶっとんだテキストを書けと言われても無理....」とも思ったけれど、次回からもうちょっと他人が読んでみて面白いテキストを書いてみようと決意する。

テレビを見ていたら、「阪神がサヨナラ勝ちを」したというニュースと、「中曽根元首相引退拒否」のニュースをやっている。

この国で実権を握っている人々が、「死んでも権力は手放しません。」とばかりに世代交代を拒否していることがおそらく日本が長い間の停滞から抜け出せない原因となっているんだろうな、と思ったりする。

 

10月22日

運の悪い1日。

まず、朝の通勤途中に地下鉄の駅の階段で足を滑らせてかなりハードに尻もちをついてしまう。その後職場で自分の持ってきた水筒のお茶を飲んだら、ちゃんと洗った後のすすぎが出来ていなかったらしく、思いっきり洗剤の味がする。

相当にブルーが入る。

でも、水曜日なので家に帰ってから「トリビアの泉」を見たら、ちょっと機嫌が直る。

今年の4月に水曜9時の時間帯で「トリビアの泉」が放映されてから一度も見逃したことはない。今回のオンエアでも「黒ひげ危機一髪ゲームの元々のルールは海賊を飛ばした人の勝ち」と「『桃太郎』は本当は桃から生まれたのではなく桃を食べて若返ったおじいさんとおばあさんの間に生まれた」というのは知ってたけど、それでもトリビアを聞くと何故だか分からないけど幸せな気分になれる。(とっておきのトリビアを知っている人は私に教えて下さい☆)

寝る前に、多田先生の講習会や多田塾合宿で習った「肛門を閉める訓練」をやってみる。

2分間くらいは持続してできるようになったので、ちょっと幸せな気分になる。

 

10月20日

 

今日の朝に職場のコンピュータを起動させると、内田先生のHPに私の文章が屋号付きでupされていたので、「おおおおお」と思いました。

今までは一方的に読んでるだけの立場だったのですが、これからは私も世間様に向かって自分の思ったことなどなどを問いかけていく事ができるようになったと思うと感慨深いものがあります。。

ということで、「Q伝ミカのOL武芸帳」はじめました。末永くよろしくお願いいたします。

(ちょっとだけ追加ですが、よく考えたら私は自分の身分のことを『OL』を自称したことがないです。『OL』というと私の個人的なイメージとしてはアコムのCMに出ている小野真弓みたいに制服を着て、周りのおじさんたちに笑顔を振りまいて、お茶汲み・コピー取り・受け付け等の仕事に従事している印象があります。そういうのに比べると、私は職場にもほとんど私服で通勤しているし、全く愛想など振りまいてないし…と思います。)

10月16日

 

ある事をきっかけにして初めて内田先生のホームページをのぞいたのは、今から約1年半くらい前のことです。

その時から、「日記を書いてみたい!!!」とずっと思っていました。

とはいっても、私の日常は会社に行ってお小遣い稼ぎをして、週1回の合気道の稽古に出て、その他は2chを見ていたりなどするようなものなので、

「何か書きたいけど他の皆様のように面白い内容の文章が書けないも。。。」

と思ってしまってなかなか書きたいとは言い出せなかったのですが、先日の多田塾合宿の際に

「内田先生、日記を書いてみたいのですが。」

と思い切っていってみたところ意外なほどあっさりと

「いいよ。それじゃメール送ってね。」

という回答を頂いたので、文章を送付することにしました。

日頃の生活で思ったことやお稽古の際に気付いたことなどを綴ってみようかな、と思います。

よろしくお願いします♪