不眠日記・2004
4月1日
びっくりした。
自分がこんなに軟弱だとは。
3月中にけじめとして、皆様にご連絡をしようと思っていたのだが、あまりの忙しさに余裕がなかった。
今朝、4時に目覚める。
頭の中で、「無職」なんだ。
所属がないのだ。
そういう思いが巡り、ボーっとしていた。
二度寝もできそうになく、荷物を取りに日文研にいかなくてはと思い、朝から洗濯をして、お弁当を作り、自戒の意味を込めて皆様にメールを送る。
しかし、顔を洗うと肌がぼろぼろに荒れて、ひどい状態になり、着替えようとすると全身に発疹が出ている。
おかしいと思いながら、用意を済ませ、いつもの時間に家を出ようとすると・・・
トイレに駆け込んで、嘔吐。
朝からお茶を一杯しか飲んでいないので、胃液を吐き続けた。
頭で分かっていながら、体はやはり正直である。
自分の行き先のなさに、拒否反応が出ているのだ。
ぼろぼろになっている自分に呆然。
こんなに弱っているとは。
それでも、少し落ち着いたから日文研へ向かう。
花見客や新年度の希望に満ちあふれた人で、電車が馬鹿に混んでいる。
胃液のせいで胸焼けし、自律神経失調により寒気がしてふらふらな私は、とっても惨め。
バスを降りてから日文研まで歩いていく中、ふと思った。
「職業」という欄に何故「主婦」とか「学生」と書くのだろう。
学生は一応特別待遇される身分だし、「学校」に所属なので分からないが。主婦は無職であるはずだ。年金生活のご老人は無職だよな。
ちゃんとした仕事を持っている人は「主婦」とは書かないだろう。
フリーターの人は「無職」って書くのかな。
要するに、日本社会において「所属」がないという事がきついのではないか。
「主婦」はサラリーをもらっているわけでもない。
パートやアルバイトの人は職業欄に「パート」とか書かないだろう。
しかし「主婦」は、「主婦」自体が重労働だからではなく、幻想になりつつある「家族」に所属していると言いたいのではないか。
そんなものは「架空」のものでしかない!と言い聞かせても、今日所属を失った私は、その不安に苛まれているのではないだろうか。
確かに収入がないというのもきつい。
しかし、それは「アルバイト」でなんとでもなる。
なんか、突然リストラされた会社生き甲斐のおじさんみたい。
情けないやら虚しいやら。
意地をはってここまで着たのに、突然意気地がない自分に戸惑う。
霞をくっては生きていけないからか?
それでも院生室に行くと、後輩や新しくやって来た研究生はみんな優しく、話をしていてもすごく楽しい。
なんだ、やっぱり恵まれているじゃないか、私は。
こうして、いろいろな話をして、刺激を受けられるところがあるじゃないか。
救われた気がした。
それでも日文研を出ると、また体調が狂い出す。
誰かと話していると、気が紛れるからだろうか。
一応虚勢をはるだろうか。
お稽古場に向かい、「無」の境地で(そんなに悟ってないけれど)稽古に精を出す。
こうして、自分をごまかして生きていくのか。
全然自分が分からなくなってしまった。
3月31日
とうとう3月が終わりである。
今日で返却しなくてはならないものもある。
それまでに、しておかなくてはならないことがあり、朝から日文研を走り回っている。
本当に走り回っている。
今日、万歩計をつけていたら運動量が分かるのに。
それぐらいうろうろしていたのだ。
強欲だから、使えるだけの物を使い切れっと傍若無人の振る舞い。
夕方までは、働きながら、院生室の片付けも平行してやる。
頭がパニック。
とてもじゃないけれども、資料や本、その他の私物が今日中にもって帰れそうにないことが判明。
2週間ぐらい前から少しずつ撤退していたのだが、甘かった。
夕方になって、机を明け渡し、本棚もきれいに整理して、紙袋やダンボールに荷物を詰めて院生室の片隅に山積み。
ごめん、明日からも席はないけど引き取りに来るから許して。
先生方のご尽力のお陰で、共同研究員に4月からなることになった。
無報酬だが、施設を使うことができる。
図書も借りることもできるので、なんとか研究環境を確保。
後輩の言葉に甘えて、お昼ご飯を食べたり、お茶を飲みに院生室に引き続き出入りさせてもらうことになった。
(共有のパソコンも使わせてね)
心優しい皆様に感謝。
私物は早く持って帰るので、捨てないでね。
山のような荷物を抱え、19時半ごろに帰ろうと思うと同期と遭遇。
一緒にタクシーでと声をかけてもらい、桂駅まで相乗り。
ついでにと、さらに先生との飲み会にまでお邪魔してしまった。
すみません。
遠慮がなくて。
就職ができなかったことに関して、いろいろと諭される。
どれもあまりにもごもっともなお話で、耳が痛い。
心して精進いたします。
しみじみと夜が更けていく。
3月30日
あー!!
明日で学籍がなくなる。
まだ、院生室が片付いていない。
さまざまな書類が回り、追い立てられる。
追い出されるとはこういうことなのか。
後輩に「もう少し待って」と謝りながら、とりあえず院生室の片隅に荷物をまとめる。
明日には机も明け渡すから待ってね。
仕事のほうもパニックをきたし、先生に意味不明メールを送りつける。
午後に先生が現れる。
「メール、読んでくれはりました?意味分かりました?」
「分からない」
やっぱり。
実際に画面を立ち上げて説明。
データの統一事項などを再度確認。
その後、「5月から何とか少しは雇えるようにするから」と有難いお言葉。
思わず、すがりつくような目で見てしまった。
お願いします。
今日もまた、山のように本を抱えて帰りました。
足腰が痛い。
3月29日
女学院にて最後のアルバイト。
5年半も働いた。
ずいぶんとお世話になったものである。
本当は生活のめどが立っていないので、継続すべきなのかもしれないが、複雑なのだ。
女学院は非常に居心地がいい。
その居心地のよさが怖くなったのだ。
私も人生の節目を一つつけたのだから、これから新たなる環境にて邁進していくべきだ。
そう思って、今月をもって退職を決意した。
日文研にて先生が失業保険程度には何とかしてくれると言うてくれはる。
何処まで食いつなげるか分からないけれど、己が選んだ道なのだ。
もう少し粘ってみたい。
もっと知りたいことが私にはある。
意地を張ってきたのだから、倒れる覚悟で張り続けよう。
アルバイト先のメンバーで送別会をしていただく。
自分で決めたものの、なんだかさびしい気もしないでもない。
だんだん居場所がなくなる。
それも私が選んだ道。
3月28日
口は災いのもと。
災いって言うわけでもないんだけれど、ぽろっと吐いた言葉がどんどん暴走してしまった。
なんだか取り返しのつかない方向へ転がりだしている。
4月からどうすればいいのか?
すっかり困惑してしまい、親友に泣きついてしまった。
泣きついたところで、もう遅い。
3月27日
久しぶりに中高時代の友達とランチを食べる。
「どうなったの?」と聞かれ、改めて学位取得をご報告。
「なおが博士なんて・・・」と過去を知る皆は愕然。
はっはっは。
世の中狂うておるのじゃ。
友達が連れてきた子供とすっかり仲良くなってしまい、完全にお友達。
彼は正義の味方なのだ。
子供の想像力はすごい。
遊んでいて面白い。
ミレニアム・ベイビーだったから4歳か。
うーん。
「俺が教えてやる」といわれて、ヘイコラ言っている私って。
私のレベルは4歳か?
今日は煩雑な毎日を忘れて、昼からワインを飲んでいい気分。
って、昨晩も飲んでたがな。
酔いどれ天使。
堕天使。
3月26日
朝から日文研にて働く。
院生室の大掃除が午後からなので、その合間にちょこちょこしながら、色々なことを同時に済まそうとして混乱。
さまざまな手続き。
やり残している仕事。
図書の返却。
ちゃっちゃとお昼を食べて、さあ掃除だ。
といっても、他の仕事を同時並行的にしているために、一人うろうろしている。
来週中に荷物を何とかするので、とりあえず机の周りを片付ける。
水周りの掃除。
食器棚の整理。
独断と偏見で、訳のわからない容器や何時封を切ったか知れない酒類を処分。
夕方は、先輩の出版祝会。
早く、私もあやかりたい。
久しぶりにお会いする先生方と楽しいお話をさせていただく。
怪しげな密会計画。
酒の席の上、話は大きくなって、何処まで本気やら?
4月より行き先がないので、なぜか料理長を買って出る。
そんな職あるんかい。
ないわ、ぼけ。
少しばかり自暴自棄な京都の夜が更けていく。
家出人のように本の山を抱えて、尼崎に帰り着く。
もう足の踏み場がなくなってきた。
3月25日
昨日夜遅く葉山から日帰りしたというのに、今日はフル活動。
午前中は女学院にてアルバイト。
さすがに朝から疲労困憊。
13時で終わるはずが、来年度の非常勤の先生よりややこしい依頼を受けてしまい、手間取る。
私は4月よりいないのだから、あんまりやすやすと仕事を請けても、責任とれんしな。
とはいえ、分かる範囲のことは応対したい。
それを職員さんに引き継いで、事務連絡を取ったりして、どんどん時間が過ぎてしまい、いーっとなる。(いらちか)
13時半に女学院をダッシュで後にして日文研に向う。
『変体仮名講座』が私のためだけに今日に変更されたからだ。
しんどいといって休むわけにもいかない。
電車の中で、必死で宿題を仕上げる。
しんどくて朝から何も食べておらず、まだその暇もない。
さすがにまずいかなと思い、バスの中でおにぎりを食べるものの逆に気分を悪くする。
へろへろになって15時半ごろに日文研に到着。
なんだか、職員の方々が深刻なお話をされているようなので、邪魔をしないように準備をする。
『変体仮名講座』でまた脱線するような話をして顰蹙。
もう疲れているので何でもええがな。
明日は大掃除。
いよいよ追い出されるのだ。
今週に入ってから毎回山のような荷物を持って帰ることにしている。
本が重い。
腰をいわしそうだ。
3月24日
今日は、人生の晴れ舞台。
おそらく。
総合研究大学院大学の学位授与式である。
場所は本部である葉山国際湘南村。
晴れていると富士山が見えてきれいなのだが、雨だし関西から行くには遠い。
日帰りを敢行したために、もうぼろぼろに疲れている。
疲弊。
大体、朝から調子が悪かった。
まるで私の人生を象徴するかのようだ。
10分ぐらいの余裕しか持っていなかったせいで、JRが大阪で遅れてしまい、新大阪で予定ののぞみに乗り遅れる。
あほである。
といっても、かなり余裕を持っていたので、次ののぞみの自由席に乗り込んで新横浜へゴー!
乗ってまもなく、本を読んでいると新幹線酔いしてしまったらしく、気分が悪くて吐きそうになる。
朝から、体がほとんど何も受け付けない状態なのに。
お茶を飲んで、紛らわせるもののめまいは治まらず、かといって眠れるわけでもない。
自律神経か?
お世話になっている方よりお祝いメールが来る。
『感無量でしょうね』といわれても、実感がわかないし、とりあえずこの調子の悪さだけ何とかしたい。
最後の学割を使って新横浜から横浜、乗り換えて逗子まで何とかたどり着く。
寒い。
普段みたいに大きな鞄を持っているのは恥ずかしいと思い、スーツにハンドバック、入りきらなかった書類を紙袋に入れて、大きめの傘を持っているが、やはり荷物が多い気がする。
分散しただけなんだ。
逗子の駅で、とりあえず何か食べなきゃと思い、寂れた(失礼)商店街をぶらついて少しばかりテイク・アウトの鮨を買って、バス停で待ちながら食べる。
ちょっとばかり回復したかな。
すぐに今度一緒に授与される同僚と一緒になり、「寒いし、天気悪いし、嫌だね」など世間話。
バスで30分強。
軽くバス酔い。
受付で、いきなり学生証を取り上げられる。
えっ?3月31日まで使えないの?
学割で映画に行こうと思っていたのに・・・
かなりショックである。(この歳まで学割使っていた方が罰当たりか)
席順を見ると、いきなりトップであることが判明。
いや、それはあまりに恐れ多い。
一生に一度だろうから名誉なのかな?
そうだ、名誉だと思おう。
私のような輩が学位をいただけるのだから。
うちの専攻担当の事務の方に「実は入学式で名前間違えられたので、確認してもらえます?」とわがままをいう。
トップでいきなり名前間違えられるとショックだから。
ガイダンス終了後、休憩少し。
優秀な方の研究発表を聞き、また休憩。
昨年の秋卒業より導入された趣向として、ピアノ演奏を拝聴。
いい音である。
そして、運命の瞬間到来。
名前を呼ばれて、トップバッターとして、学長より「学術博士」の学位記を賜る。
へへー。
深々とお辞儀をしていただきました。
ものすごく緊張してしまった。
学長からの祝辞でも触れられていたが、独立行政法人化の波で私たちが『国立』と名の付く総合研究大学院大学最後の学位取得者となった。
ある意味、貴重なのかもしれん。
もちろん、これからも大学は存続するので、変わらないといえば変わらないのだが。
わざわざ井上先生も出席くださり、ご挨拶。
ありがとうございました。
実はここで暗いお知らせを受ける。
かねてより先生方にご奔走いただいた「非常勤講師」の件がダメだったということだ。
しかし、大分前よりうすうすあきらめた方がいいことは分かっていた。
けれども、はっきり結果を聞くと4月から「無職」という現実がいきなり目の前に広がってしまった。
晴れて学位を授与して、心で泣いて、複雑な心境である。
しかし、論文作成からここまで、どれほど多くの人が私のために力を尽くして、助けていただいたのかを思うと、文句なんてもちろんない。
あとは自分の実力で生きていかなきゃいけない。
まあ、今日は忘れて晴れの式典を心から感謝して受けよう。
1時間ほどの懇談会が用意されている。
鈴木文化科学研究科長の取り計らいにより、初めて学長とお話をする機会を得る。
「どんな研究をされているのですか」と今回、国際日本研究専攻より修了した3人それぞれに質問をしてくださる。
さすがに私の研究には驚かれていたようだ。
学長はアラカンが好きということが分かった。
非常に興味を示してくださり、有難い。
かなり長い間学長を独り占めしてしまって申し訳ない。
非常に楽しい時間であった。
さあ、帰ろうと思うと紙袋の紐が切れる。
縁起悪!
しかも学位記が大きくて、紙袋に入らず、傘は邪魔だし、荷物を抱えて腕が棒のようだ。
鈴木先生にひっついて関西まで帰り着く。
京都で先生とお別れすると、緊張の糸が切れたのか、疲労がどっとやってきた。
ふらふらな足取りで家にたどり着いた。
腕が痛い。
しんどかった。
そういえば、今朝、人間国宝四世井上八千代さんが亡くなったとニュースで聞いた。
いかりや長介もショックだったが、井上八千代さんもショック。
享年98歳。
大往生と言えばそれまでだが。
市川雷蔵を調べていて、四世井上八千代さんとの接点が出てきた。
それからしばらくは脱線して、片山愛子時代から「天才」と言われて注目され、京舞井上流に文楽や能楽の動きを取り入れ、身体の遣い方など芸を追求し続けた姿勢を面白くおった時期がある。
日本舞踊はやった事はないけれど、井上流に関してはそれからも興味はあった。
五世井上八千代さんは、聞くところによると、先代を抜くかも知れないと言われているそうだ。
いつか、どこかで接点が出来ればいいな。
ご冥福をお祈りします。合掌。
3月23日
調子が悪い。
明日は晴れの日なのに、なんだかしっくりこない。
今日は日文研にてアルバイト。
やり残している仕事が多くて、忙殺。
明日の葉山は雨。
しかも、気温が10度ぐらいときている。
この前まであんなに春めいていたのに、またこんなに寒くなるなんて。
日頃の行ない悪いんやろか。
寒暖の差に体がついていかず、なんだか自律神経失調気味。
星が散っている。
めまい、くらくら。
3月22日
呆けている。
女学院にてアルバイト。
今日から春休みシフトで9時〜16時。
雨のせいで、朝から頭が重い。
身体が痛い。
遅刻しないようにと、あわてて家を出て、電車の中でふと気付く。
お弁当や借りていたソフトなどをセットにして詰めた袋を家に忘れてきた事に。
ああ、なんたるアホが。
しくしく泣きながら、西北にてパンを購入。
先週、サントリーが福寿園の「伊右衛門」というお茶を発売。
無知なので「伊右衛門」が福寿園の看板なのを知らず、「伊右衛門」と言えば『四谷怪談』と、縁起の悪い名前やなあと一人合点。
そんな罰当たりな事を言うから、お岩の呪い。
吹き出物が顔にぶつぶつと出来てしまい、醜怪な顔がなおさらひどい事に。
言葉は怖い。
呪われる。
祟られているせいか、今日はやけに寒い。
みんな寒いのか、私だけ寒気が来ているのか?
言い逃れ「レジュメ」を作成するものの、完全に空中分解。
こんなの誰が見ても、意味不明。
「本当に頭悪いよな」という周知の事実をさらに証明する事に。
かといってこのまま不義理で無視する事も出来ず・・・
穴があったら入りたい。
そのまま生き埋めにされるのだ。
3月21日
さすがに昨日1日静養していたので、少し復活。
咳もだいぶんとましになった。
母のお供をして河原町へゴー!
花冷えで寒い。
母は方向音痴なので、京都市の地理がよく分かっていないらしい。
水先案内人か、私は。
もちろん、恩恵を被り、老舗料理旅館「近又」にてお昼をご馳走になる。
でもね、老舗になると驕りが出るのかしら?
お味はいいのだが、一番楽しみの「椀もの」がなくて、不満。
さりげなく、仲居さんに「椀ものはないの?」と質問。
亭主と女将がすぐに挨拶に来たので、某老舗旅館よりは、誠意を感じますけれど。
客商売とは大変な事よの。
「有次」にて買い物をし、兄の店に書類を届け、帰宅。
全身だるくて、しんどい。
まだ復活してなかったのね。
反省。
レジュメを作るためにコンピューターの前に座るものの、進まない。
困った、明日までに仕上げねば。
昨日、いかりや長介が亡くなった。
「8時だよ、全員集合」で育ったものとしては、とても寂しい。
ビートルズが来日した時に、ドリフターズが前座をつとめたなんてもうみんなの記憶から消え去っているのかしら。
まあ、私はまだ生まれていなかったけれど。
残っている映像を何度も見た記憶がある。
合掌。
3月20日
風邪を引いて1週間。
咳がましになったと思いきや、連日の睡眠不足と、無理がたたって、ついに倒れる。
今日は日文研の研究会に出るはずだったのに。
朝早くから目覚めるものの、腰痛と頭痛で動けない。
雨のせいか?
熱はないから大丈夫と思っていたが、頭が回らない。
来週も忙しいし、不義理をした償いに、レジュメだけでも作って責任逃れをしようと思っていたのだが、それにも取りかかれない。
まずい。
日文研の後、京都文博へ『女と海賊』(戦後の長谷川一夫ヴァージョン)を見に行くつもりにしていたが、すべての予定が狂う。
気も狂う。
「ええ加減にせんと、気狂うて死ぬ」(@町蔵)
その通りです。
ランランと目を光らせながらも、布団の中から出られない。
全身が麻痺したように、身体がだるい。
ようするに、しんどい。
こうして、弱っているとマイナスの邪悪ビームを自らに引き入れてしまうらしい。
迷惑メールの襲来。
ぶち切れした相手からは、謝罪メール。
知らんがな、そんなもん。
いらん相手に追いかけられ、かまってほしい人には相手にされない。
人生の悲哀。
3月19日
たん熊さんのお稽古。
まだ咳がとれないので、とても遠慮して料理をする。
うつしたらまずいもの。
今日の献立は「筍づくし」。
美味しいのだが、あくが強いので、あまり食べるとぶつぶつが出る。
今日も京都文化博物館にて映画鑑賞。
大川橋蔵主演『新吾十番勝負』総集編。
雷蔵は満席だったが、橋蔵は8割ってとこか。
笑う映画ではないのだが、ご都合主義にげらげら笑ってしまう。
映画が終わりになると、あれれ、なんだかみんなばたばたと帰り支度をはじめている。
なんと、今日は拍手がないではないか。
阪妻の世代は、拍手をしていた時代なので分かる。
雷蔵は戦後なので、ファンの思い入れか?
なら、同じ戦後の橋蔵で何故拍手が起きない?
不思議だなあ。
主治医のところに向かう。
今日も満員。
これまでの最高記録・4時間待たされる。
その間、咳が止まらず、周囲の冷たい視線を感じ、心身共に疲労困憊。
待ちくたびれた。
衰弱しきった私を見て、風邪対策用に薬が変更。
風邪には栄養と睡眠が一番ともっともな事を言われるが、それが出来たら苦労はしねえよ。
大阪に出て、24日の学位授与式に出席するためのチケットを買いに行く。
帰ってきたら、もう9時半過ぎていた。
へとへとになって、寒い部屋の中で茫然自失。
3月18日
弱り目に祟り目。
相変わらず、ストーカーまがいのメールが届く。
あまりにも弱っていたので、もう判断能力が停止。
ついつい、感情にまかせてぶち切れメールを返信。
今日も日文研にてアルバイト。
頭の中が「スターリン」。
『御法度』を御法度したら、罰が当たった。
訳分からん事言うな。
咳がだいぶんとましになった気はするのだが、なんとなくすっきりしない。
食欲がない。
気力減退。
夜中の2時になって漸く原稿完成。
メールで送信。
後は野となれ山となれ。
3月17日
咳が少しましになったと思ったら、激しい頭痛に襲われる。
弱り切っている。
咳で体力を消耗しているはずなのだが、眠れない。
ふらふらになって、日文研に行く。
明日までに仕上げなくてはならない原稿のサンプルをもらう。
よろよろしながら今日も新しい機器をいじる。
咳が止まらず、頭がぼーっとして回らない。
それでも頑張って機械に挑む。
昼休みに院生室に帰ると、「締め切り原稿を抱えているので、風邪をうつさないで下さい」と言われる。
す、すまない。
別に風邪の菌をまき散らしに日文研に来た訳じゃないんですけれど。
お昼を食べたら情報課に行くから、許してくれ。
午後もいろいろ実験。
一つ解明した。
なるほど、こういう仕組みになっていたのか。
16時から「変体仮名講座」。
話が脱線するような質問をして、きっとまわりの人には顰蹙を買っていたんだろうな。
咳をこらえ、回らない頭で必死になるが、本当に出来るのだろうか?
終わってから、さらに機器の実験をして、19時頃に打ち切る。
まあ、一つ解明されてよかったではないか。
少しずつ学んでいっているかも?
院生室に帰ると、「そんな体調で、まだいたんですか」と言われ、「もう帰ります、げほげほ」と返答。
そんなにいじめんとってえな。
帰宅後、メール・チェックをすると、どうも「保留」としておいたのが、私の一人合点であった事が判明。
うう、今日もまた極悪非道人になり果てる。
私が悪かった。
ひたすら、謝罪のメールを送る。
3月16日
今日は臨時で、女学院にてアルバイト。
風邪は相変わらず、治らない。
ごほごほと咳をしながら、思考がまとまらない。
茫然自失。
バイト終了後、1時間も遅れて、研究会に顔を出す。
それまでに何が話されていたかも知らないくせに、思うがままに口を挟む。
負け犬の遠吠え。
家に帰り、メール・チェックをすると、さらに自分の首を絞める内容が。
あれ、この件に関しては、保留としておいたはずなのに?
と思って、弁解メールを強気で書く。
一時、眠れるようになりかけていたのに、風邪を引いてからまた不眠状態に陥る。
つらい。
3月15日
うーん。悪化してるのか?
昨晩、咳がひどくて、ほとんど眠られなかった。
朝から頭痛と咳で呆然。
人と会う約束もあったので、熱があるわけでもないし、女学院に出勤。
「おはようございます」と挨拶をすると「風邪ですか?」と言われる。
それほどひどい声をしているのだ。
困ったな。
鼻水も出るので、くしゃみも多い。
「花粉症ですか?」という指摘もあり、どきどきする。
でも目がしょぼしょぼしないので、花粉症じゃない気もするけれど、どうなんやろか。
くしゃみ、鼻水、頭が回らないのは花粉症と共通しているけれど、咳は違うでしょ。
週末何も出来ずにいたので、とりあえず急ぎのところには電話をして、メールと添付ファイルは夜送る事を詫びる。
電話に出たとたん、「すごい声してますよ」と言われてしまう。
日文研には水曜日まで行かないので、他の書類に関しては水曜日で許してもらう。
もう一件への連絡は、詳細は後ほどと断りを入れて、携帯で簡単に急ぎの返事だけをメールする。
あとは、無線ランではないので、メールは夜に送る事にして、とりあえず送信待ちにして、メールの作成を内職しておいた。
落ち着かず、相変わらず山のように仕事が残っているのに、風邪を引くなんて・・・
しかも、そのせいでますます眠れなくなるなんて・・・
よほど、日頃の行いが悪いんやろか。
3月14日
ホワイト・デー。
といっても何にもあらへんけど。
相変わらず、朝から咳が止まらない。
なんだか、鼻水も出てきた気がする。
これって、悪化してるんか?
けほけほ、こほこほ咳き込みながら、午前中をぐうたらに過ごす。
もちろん、やらなくてはならない事が、山積みなのであるが、咳、鼻水に追加するように、頭がぼーっとして、思考が上手くできないのである。
本を読んでも頭に入らず、字面をおっているだけ。
メールの返事を書かなくてはならないが、頭が回らない。
熱がないだけましか。
24日に学位授与式があるが、髪の毛が伸びてばさばさで、このままその日を迎えるのはなんだか汚らしいので、どうせ何も出来ないのなら美容院にでも行くか、と決心して予約を入れる。
すっかりパーマも落ちてしまい、髪の毛も痛んできたので、ばっさりショートにしようかと思っていたが、踏み切れず、美容師さんにお任せする。
「春らしく、少しはじけた感じにしましょうか」という提案に賛同して、後はお任せ。
背中まであった髪を肩まで切ってもらい、軽くするためにばしばしと髪の毛を空いてもらい、すぐにとれてしまうため、きつめにパーマをかけてもらう。
確かに、はじけた感じがする。
剛毛なのか知れないが、なかなかパーマが当たりにくい髪質らしいので、「パーマが落ちたら電話でもいいからすぐ連絡下さい。当て直しますから」と言われた。
実は前にも当て直してもらった事がある。
今回は大丈夫かな。
元町にいたので、その足で楠公さんの神能殿に向かう。
大先輩の社中の方が「龍田」の笛を吹かれ、それにあわせて下川先生が舞いをなさるからである。
しかし、時間は押しに押しまくって、予定では終わっているはずの能楽「杜若」が始まったばかりだった。
能楽を吹くのだから、当たり前かも知れないが、とても笛がお上手で感心。
私も過去に何度かお遊びで能管に挑戦したけれど、全然音が出ない。
息の吹き込み方が悪いのだろう。
笛の会だから当たり前だけれど、囃子のない部分の舞いはほとんど省略されているので、なんだか違和感を覚える。
下川先生の舞いは素晴らしく、いくら真似してもあの身体の遣い方、あの型が出来ないと反省しながら一生懸命見取りをする。
まあ、相手はプロと言えばそれまでなのだが。
見ている間も咳がとれなくて、苦しい。
咳と鼻水と頭痛に悩まされ、最近薬の効きが悪い気がする。
爆睡できたら、もっと早く治るのかも知れないのに。
悔しい。
3月13日
朝から咳が止まらない。
といっても喉が痛くて腫れている様子もないし、熱があるわけでもない。
今日は謡曲のお稽古日。
装束をつけて頂き、舞囃子を稽古する日である。
こんな体調で大丈夫か?と心配して、昨晩からあまり物が食べられなかったから、少し無理して朝ご飯にサンドウィッチを食べる。
吐き気はないので大丈夫。
どうも咳は乾燥が原因みたいで、水分で喉を潤しておくとおさまる気がした。
鬘なし、ひた面(面をつけない)の役なので、ものすごく楽である。
まあ、型の上手さ、舞の上手さは不問にして、装束をつけても、普段どおりすいすいと舞い、装束付けも短時間であっという間に終わってしまった。
いかに面をつけると大変かがよく分かる。
また鬘も結構重い事も実感。
謡の稽古もすませて、先生宅でお弁当を食べ、3時頃に失礼をして帰宅。
と思っていたが、母と共に塚口駅に降り立ったとたん、父から電話が入り、量販店に行くので、早く帰ってこいと言う。
何で私が巻き込まれるねん?という疑問の余地すら与えられず、同行。
だから、私はしんどいんやって。
そのまま実家にて夕食を共にさせられるが、熱っぽくなってしまい、やはりほとんど喉を通らない。
さすがにしんどくて、早々に帰宅。
ふらふらなんだけど、何故眠気が来ない。
本も読めない。
咳が止まらない。
3月12日
駄目だ。
風邪を引いたかも知れない。
咳が止まらない。
今日はたん熊さんのお稽古日。
三条河原町に宿泊していたので、朝もチェック・アウトぎりぎりまで休んでいられて楽である。
春らしいメニュー。
昨年度、ほとんど稽古に行っていなかったので、久し振りに顔見知りのメンバーと一緒になる。
すると、一人が夫の転勤で、東京に行くため、3月でお稽古をやめるという話に。
折角仲良くなったのに、寂しいな。残念。
異動の時期なのだ。
お稽古が早く終わったので、京都文化博物館に向かう。
13時半上映の『女狐風呂』を見に行くためだ。
開場は20分前のはずなのに、もう人がたくさん並んでいるために、30分前に開場が始まる。
さすが、雷蔵。
満席だ。
話はマキノ正博が撮った映画『昨日消えた男』のリメイク。
長谷川一夫と山田五十鈴。
マキノ版も見た事あるような気がしていたが、私の記憶にあるのはカラーなので、どうも勘違いをしているようだ。(今日の映画も白黒だからなおさら勘違い)
もとのフィルムは残っているのかな。
そういえば『昨日消えた男』という映画が雷蔵主演である。
これは見た。
でも、題名は一緒でも、話は全然違うので、リメイクとは言わない。
私の記憶の片隅にある、長谷川一夫と山田五十鈴の映画は何だったんだろう?
それはさておき、長谷川一夫の役を雷蔵が(これはどうでもいい)、山田五十鈴の役を娘である瑳峨三智子が演じているという解説を読んで、因縁の巡り合わせなのかしらと思った。
映画が始まって、咳をこらえていると、だんだん寒気がしてきた。
けれども現金なもので、雷蔵がスクリーンに登場すると、すっかり寒気を忘れて映画に没頭。
ほんま、ええ男やねえ。
惚れ惚れするわ。
今日もまた、映画が終わると拍手がわき起こる。
観客層は相変わらず高齢者が圧倒的。
だから、拍手がわき起こるのか?
でも、この瞬間は結構好きである。(自分から拍手せえへんけど)
現金なもので、映画が終わるとまた咳のぶり返し、寒気の襲来。
自律神経失調。
もう何も手に着かないので、とりあえず家に帰る事に。
風邪には栄養と睡眠が一番と思うのだが、電車の中でも眠れない。
家に帰って、布団に入っても眠れない。
天井がぐるぐる回って、気持ちが悪い。
自分をもてあそび、仕方なく薬を飲んで4時間ほど眠る。
起きても改善の余地なし。
食欲もない。
気力もない。
また服薬。
お休みなさい。
3月11日
女学院にてアルバイト。
後、宴会。
日曜日から毎日意味不明のメールが届く。
あまり無視していて、また様子を見に家まで来られたらかなんので、「死ぬほど忙しい」と返事をした事がある。
にもかかわらず、毎日メールが届く。
昼や夜にメールしても無視されるせいか、今日は朝にメールが来た。
暇なんかい。
こちとら、眠られんほど忙しいんじゃ、われ。
と言いたいが、逆ギレされたら怖いので、言わない。
小心者なのだ。
また、無視しようかと思ったが、何が怖いって家に突然来られる事が怖いので、「週末まで京都に泊まり込み」と返事をする。
半分は本当である。
今日は、京都にて宴会。
明日も京都に行かなくてはならないので、いい加減京都通いに疲れ果て、今晩は京都に宿を取った。
楽チンである。
ちょっとした旅行気分?でもないか。
3月に入って、諸事情により、週3日ぐらいは新開地と日文研、たまに河原町を往復して、通り過ごした尼崎に帰るという生活を送っている。
京阪神を股にかけ、ずっと三都物語状態。
まあ、大阪は通過地点やけれど。
すっかりフィールドは京都か新開地になってしまった。
だから、京都に宿泊といっても全然観光気分にも、旅行気分にもならない。
ああ、どこか行きたい。
インターネットで宿を取ったのだが、安い上、「BB無料つなぎたい放題」というフレーズにつられて、荷物が多くなるのを承知でノート・パソコンを持ってきたのだ。
アルバイトの間、嘱託さんとお話しをしていると、『ヘブン・エンド・アース』を見たか?と聞かれる。
しまった。完全に忘れていた。
「中井貴一ですよね」と答えたものの、頭の中ではスケジュール表が巡る。
いつまでだったっけ?
見に行かなくてはいけないのは、分かっている。
公開前にチラシまで取ってきておいてあったのに、忙殺されていて完全に失念していた。
雷蔵は忘れないのにね。
と言う事は、やはり無意識のせいか。
お父さんは好きだけれど、中井貴一はあまり好きではない。
といいつつ、『梟の城』も『陰陽師II』も『壬生義士伝』もちゃんと見に行ったけど。
明日は雷蔵だしな。
帰ったらぴあでも見て考えるか。
一つ抱えていた仕事が終わっての宴会なので、気分が少し楽である。
久し振りに先輩方にも会えて嬉しい。
後輩をいちびる極悪非道ぶりを発揮。
悪魔のような輩となりはてる。
飲み過ぎのせいか、はしゃぎすぎのせいか、行いが悪いせいか、宿に戻るとなんだか喉が気持ち悪い。
痛いというわけではないのだが、乾いているような、咳をしたくなるような異物感がする。
風邪か?困ったな。
3月10日
日文研にてアルバイト。
昨晩、仕事が仕上がらず、おまけに催促らしき探りのメールが仕事先から来てしまい、うろたえる。
泣きながら、仕事をするが、4時で身体がついて行かず断念。
といっても眠気に負けたのではない。
眠気に負けてみたいのだが、眠気は全く来ない。
ただ、眠くなくても集中力が完全にきれてしまったのだ。
思考停止、一文字も前に進めない。
床に倒れるが、眠れない。
眠れないからといって、仕事に戻れない。
薬を飲む余裕もなく、仮眠を試みるが、30分おきに目が覚め、6時前に再び完全に覚醒。
まあ、身体を一応休ませたのだから、何とかなるかなと思い、ブラックを飲んで朝一で日文研に出勤。
だ、駄目だ。
バス酔いをして、吐きそうになり、手前のバス停で下りる。
ぼーっとしながら、よろめきつつ日文研到着。
仕事場へ直行。
職員さんに土下座して、午前中は自分の事をさせてほしいと頼み、昨晩の続きを仕上げる。
最後は完全に力尽きてしまい、情けない終わり方になってしまったが、もう時間がない。
泣きのメールと共に、添付で送信する。
とほほ。
もっと余裕を持って仕事をしなくては。
深く反省。
詫びと泣きと反省の日々。
後悔役に立たず。ええ加減、学習せんかい。
あまりに、気持ちが悪くて持ってきたお弁当が喉に通らない。
緑茶を一杯飲んで、仕事に復帰。
午後は、昨日の続きで相変わらず導入された新しい機器の操作に振り回される。
完全なる自律神経失調。
生唾があがってきて、寒気がして、ぼろぼろなのに、さらに機械に囲まれて、人間失格。
先週と、昨日と、今日と同じ事を繰り返しているはずなのに、何故毎回違う症状が出る?
私には分からない。
DVD−RとDVD−RWでは、どうして出来上がりが異なるのだ?
完全混乱。
ふらふら状態のまま、「変体仮名講座」に出席。
よくこの状態に耐えているよな、これで講座に出て一応頭が働いているらしいところが不思議。
うーん。寝ていなくても耐えられる身体になったのか?
それだけ回復したのか?
そ、そんなはずないよな。
自律神経やられて、いってしまってるわな。
現に朝から2杯の水分しか受け付けていないではないか。
講座終了後、またまた機械のところに行き、職員さんと二人で、疑問点を整理して、書き出す。
端末室でさらに確認をすませ、来週、もう一度違うものを題材に実験する事にする。
毎日こんなに遅くまで働いているなんて。
家に帰ると仕事先からメールが。
やり直しとはいわれなかったが、「うーん」と意味深な感想が・・・
まあ、初めての仕事だったので、大目に見てくれたって事か??
申し訳ない。
こんなにぼろぼろなのに、何故眠気が来ない。
どうしてぶっ倒れて眠る事が出来ないのか?
情けなや、恨めしや。
おのれの身体を恨みつつ、服薬。
眠りたい!
3月8日
女学院にてアルバイト。
年度末が近づいているので、いろいろと今年度の処理をしている。
私の落ち度による、CD紛失事件発生。
誤って昨年11月に、教材のCDを学生に貸し出してしまったのだが、そのCDが返却されていないことになっている。
そこで、責任を取って学生に連絡を取るが、「11月中に絶対に返しました」と断言される。
疑うわけではないが、手続き上は返却されていないことになっているので、どうしていいのかわからない。
私がずっと働いているのなら、記憶にあるはずだけれども、週2回しかアルバイトに来ていないので、他の人が対応している可能性もなくはない。
ということで、今日いる職員さんたちには聞いてまわり、明日来る人にも一応聞いてもらい、みんなの記憶にない場合、CD紛失、行方不明が確定する。
ああ、そうなったら、私は先生に謝罪のお手紙を書かなくては。
アルバイトのくせに勝手な判断をするからこういう事になるのである。
自業自得とはこのこと。
深く反省しました。
その合間を縫って、原稿を書くが、結局1/3しか仕上がらない。
稽古後、お稽古。
舞に謡に精を出す。
実家に帰り、両親と共に夕食。
まだ仕事が残っているので、ビールを1本だけ飲む。
それでも飲むんか。
後かたづけをして、洗い物をすませ、荷物を持って家に帰る。
今年初のカイロプラティックに通う。
予約は取っていたのだが、原因不明熱、原因不明発疹、多忙、忙殺の日々により、ずっと行けずじまいだった。
腰痛で動けなくなり、肩凝りが激しく、頭を取りたい気分になり、むくみがひどく、リンパ腺がつまっていることが自分でも分かる。
「あけましておめでとうございます。今年初ですよ」と嫌み?を言われて、ほぐしてもらう。
「もう、ぼろぼろです。どうにかして下さい」と訴えると、「いや、それでも論文書いているときに比べたら、全然ましですよ」と言われる。
そ、そうなのか?
といっても流れが悪くなっていることには違いがない。
ぎええー、と泣き叫びながら、痛みをこらえて整体される。
少し循環がよくなってきたせいか、手足がしびれたような、血が流れ出したような気がする。
少し、貧血状態。
茫然自失。
そんな事してる暇かい。
我を取り戻し、原稿。
3月7日
あまりにも寒い。
寒いから日文研に行くのをやめる。
絶対に雪が積もっているだろうから、行きたくない。
学位が決定してから、祖父母に挨拶をしていなかったので、昼間にご報告を兼ねて祖父母の家に母と顔を出す。
母方の親族は、昔から「家族麻雀」をしている。
今では、祖父母の呆け防止対策として盛んに行われている。
指先と頭を使うからだ。
今年に入って、ずっと忙しかった(いや、まだ原稿書きかけで忙しいのだが)ので、私は一度もお相手をしていない。
祖母の希望で、久し振りに4人で麻雀をする。
1度目は軽く負けてしまい、2度目は申し訳ないぐらい大勝ちをしてしまう。
なんだかすまない。
老人いじめをしているみたいで。
親友よりメールが入り、夕食を共にすることに。
10時過ぎぐらいになると、昨晩ストーカーまがいのことをした知人から怪しげなメールが入る。
恐ろしくなってしまい、事情を説明して、最悪泊めてもらえないかと相談。
実は、ストーカーという言葉が定着し、対策が講じられる前にも、同じような目に遭っている。
大学の時だから、まだ実家にいた頃である。
その後、一人暮らしを始めてからも、何度か怖い目に遭っている。
恐ろしくて、2〜3日友人宅を泊まり歩いたこともあった。
兄の友人が親身になってくれ、案外身近な人かも知れないから、出来るだけいろいろな人に吹聴してまわり、みんなが一緒になって警戒してくれるような態勢を作れと言われた。
そして、次に電話がかかってきたら、約束する振りをして俺に連絡してとまで言うてくれて、感謝したことがある。
その時以来、電話は留守電にして、よほどの事がないかぎり出ないことにしている。
その時は、半年ほどして、その行為はおさまった。
電話番号を変えようかと真剣に悩んだ。
今では、ナンバー・ディスプレイに変えている。
(けれども、重要な先生からの電話が「非通知」なので困る。あまり意味がない)
しかし、今回の場合、相手はよく知っている人である。
おまけに家まで知っている。(送ってもらった私が悪いのだけれども)
親友は、メールの返事はするな。
相手にするな。関わるな。と忠告。
「明日の朝、仕事で早いから、泊めてあげられへんけど、何かあったらすぐ連絡をしてきや、車で駆けつけるから」と親身になって相談に乗ってくれた。
ありがたいことである。
待ち伏せされていたらどうしよう、とこわごわ家に帰ったが、無事何もなかった。
ほっ。
ちょうど、心機一転引っ越しをしたい時期である。
先立つものが出来たらの話だが、ぼちぼち物件探しでもしようかな。
3月6日
謡のお稽古日。
今日は、飯田先生の初稽古日でもある。
社中が増えて嬉しい。
幹事である母が、今日は法事で来られないため、私が朝から行っていろいろ稽古場のことなど説明、居丈高に言うとお世話をしてさし上げる。
まあ、新しい人が来ようと来まいと私は基本的に、朝一か夕方にしかお稽古に行かないのだが。
とても筋が良くて、下川先生も嬉しそうだ。
筋のいい人たちが入ってきてくれるのは、頼もしいが、長年稽古をしているものとしては、内心焦る。どきどき。
帰りがけに一緒にランチをして、さらに喋る。
楽しい。
今後とも、よろしくお願いします。
近くの駅まで送ってもらい、(天候不順のため助かりました)、その足で京都へ。
京都文化博物館にて映画鑑賞。
今日の映画は1945年7月に公開され、終戦直後に編集し直された『東海水滸伝』である。
監督は伊藤大輔、稲垣浩。
お話しは、知っている人は知っている、次郎長ものの一つ。
森の石松金比羅代参道中である。
次郎長が阪東妻三郎、石松が片岡千恵蔵、小松村七五郎が市川右太衛門。
その他、花柳小菊や市川春代、香川良介や藤原釜足(当時はまだ藤原鶏太という芸名)など、知っている人にはよだれものの豪華キャストだ。
当然ながら?客層はおじいちゃん、おばあちゃんばかりである。
「江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」「寿司食いねえ」
といったおなじみの軽快なやりとりは、何度も映画化されているがいつ見ても楽しい。
映画が終わると会場から自然に拍手がわき起こる。
いいねえ。たまらないこの雰囲気。
心から映画を楽しんでいるみたいで。
映画を見て拍手などしたことのない世代のくせに、思わずつられて一緒に拍手をしてしまう自分を発見。
会場からぞろぞろ出てきながら、おじいちゃんたちが会話する。
「久し振りにええもん見せてもろうたわ」「そやな。ええなあ、やはり」
うんうん。私もええもん見られて嬉しいわ。
確か千恵蔵は1940年だったかな、マキノ正博監督の「続・清水港」というタイトルで、やはり同じ石松を演じていた。(話も金比羅代参道中)
あれは広沢虎三が出演して浪曲を映画で使った最初の作品だったのではないか?ちょっと失念。
「馬鹿は死ななきゃなおらねえ」ってやつね。
戦後、石松で大ブレイクしたのは森繁である。
勝新も錦之助も石松を演じていた気がする。
オールスターものと言えば、今流行りの「新撰組」、根強い人気の「忠臣蔵」、そして「次郎長もの」だろう。
機嫌良く、寒い京都の夜をふらふらしていて、遅くに帰宅するとドアにメモが貼ってある。
不審に思って読んでみると、2月に一方的に喧嘩を売られ、関係を切ると言い出したよくわからない知人からである。
連絡もなしに家まで来るなんて、なんだか、ストーカー行為をされたようで気味が悪い。
家にいなくて良かった。
3月5日
昨日新たににメールが来て、さらに調べておくように指示があったので、朝から日文研に通う。
しかし、午前中いっぱいネット検索していたのだが、全然ヒットせず。
おかしい?
何故ホームページが出ない?
今日は、午後から主治医のところに行かなくてはならないので、あまり時間がない。
結局あきらめて、昨日泣きながらしていた仕事を、とりあえず仕上げてしまう。
といっても、「最終的に無理ならパスしてもいいよ」と言われていた最後の原稿が出来上がっていない。
ネット検索したが出てこなかったことや、最後の原稿はまだ仕上がっていないが、とりあえず仕上げたお仕事を添付するなど、言い訳だらけのメールを書いて、添付ファイルをつけて送信する。
はあ、あともう一踏ん張りか。
その間にも、事務方から書類などが回ってきて、あわてて様々な手続をする。
3月で私の長い学生生活も修了か。
(まだ留学とかすれば別だけれども、今のところその予定もまだたっていない。)
なんか、書類を見て、手続きしながら思ったけれども、確実に追い出し体制にかかっている気がする。
ちと、複雑な気分。
ばたばたといつものように追い立てられ、あわてて主治医のところに駆けつけ、受付終了ぎりぎりのところに滑り込む。
間に合って良かった。
来週は来られないからね。(なぜなら来週は雷蔵の映画を見に行くからだ、イエイ!)
忙しさに身をゆだね、現実から逃避傾向にある自分を自覚。
実は頭で分かっていても、身体の方が上手く対応できずに、混乱をきたしかけていることも認める。
行き場のない焦燥感。
自己嫌悪の嵐。
主治医はただただ私がちっとも異常ではなく、むしろ極めて真っ当な人間らしい対応をしていることを強調。
人間らしいか。
そう思うしかないね。
虫より猿よりましか。
3月4日
昨日、ほっとしてしまい、疲れが出たのか、帰ってから何も出来ず、仕事の催促というか、ちゃんとやっているかという不安メールが届いていたにもかかわらず、お風呂に入って休んでしまった。
やばい、先週あんなに泣きながらやっていたのに、あれからほとんど進んでいない。
悪いと思いながらも、内職をして、こりこりと仕事をする。
頭で思い描いていても、いざ原稿に起こそうとすると、上手い言葉が見つからない。
しかも昨日のメールをみると、さりげなくプレッシャーがかけられていたので、まともなものを作成しなくてはならない。
初めてやるものだから、サンプルとご指摘を照らし合わせ、見よう見まねで仕事をしているので、不安が募る。
6日までに出来上がるのだろうか?
いや、また泣いてでも仕上げなくては・・・
3月3日
ひな祭り。
朝から日文研にてアルバイト。
職員さんと、早速、先週聞いた機器を使って、いろいろ実験をしてみる。
なるほど、こういう事が出来るのか。
あれ、これは出来ない。
嘘つきー!とか叫びながら、あれこれ自分でいじって実験を繰り返す。
漸く、一つの機械に関しては、大体のことが分かった気がする。
それにしても向こうが置いていった説明書は全くもって不親切である。
そんなこと書いてないやん!とぶつぶつ言いながら、これをするときにはこっちを設定して、などメモを作る。
もしかして、機械に強い人には当たり前のことだったのかも知れないが、私みたいに機械音痴には、設定一つの意味がよく分からないので、いちいちメモって確かめていじらないと覚えられない。
お昼ご飯を食べてから、午後もまた次の機械に取りかかる。
実は、この機械は前回、間に合わなくて説明をちゃんと受けていない。
19時半になって一度説明会が終わった後、業者さんが「簡単ですよ」と「ひょいとやって、ひゅっと押して、ちゃっと出来上がる」と全く意味不明の説明をしてくれて、とりあえずこの機械の一つ前のヴァージョンのマニュアルとこれまた「何で一つ前のマニュアルやねん」とつっこみを入れ、不満をたれたものを置いていっただけである。
「何が“ひょい”やねん」と文句を言いながら、残しておいてくれたテスト用の素材を使って、いろいろ作成してみる。
なんとか出来そうだが、絶対にもっと簡単なやり方があるはずとメモを取り、次回はここを聞こうなどと話し合いながら、試行錯誤を繰り返す。
結局タイム・アウト。
また来週やりましょうと打ち切る。
実は今日から初心者用「変体仮名講座」が始まる。
日文研の先生がボランティアで毎週水曜日に講義してくれるというありがたい講座である。
このほかにも、「古文書」「韓国語」「フランス語」などなどいろいろなことをそれぞれの先生方が時間をもうけて講義して下さる。
全部に出ると、とてもいい勉強になるのだが、時間の問題やいろいろこちらの都合と合致せず、とりあえず私は「変体仮名講座」に出席する事にした。
1時間半があっという間に過ぎ、久し振りに「お勉強」した気分になる。
はあ、私はついて行くことが出来るのだろうか??
講座が終わり、帰りがけに副査であった先生にお会いする。
誰も何も言ってくれなかったが、初めて「会議は無事に合格しました」という、私が最も待ち望んでいて言葉を聞くことが出来た。
やはり、嬉しい。
一人ほくそ笑みながら帰る。ふっふっふ。
2月29日
今日で2月が終わるなんて、私は2月の間、何をしていたのだろう。
恐ろしい勢いで一と月が過ぎてしまった。
薬を飲んでも、追いつめられているのであまり眠れない。
眠れなくても平気なところがまた怖い。
朝一でメールを開けると、期日は昨日までと思っていたのが、実は来週(今週?)の土曜日、3月6日までと言うことが判明。
ああ、私って、なんて馬鹿なの?
でも、昨晩泣きながら半分仕上げていたので、それに対して既に指摘が入り、結果的には、全くひどい代物を送りつけることにならずに、少し改善の余地が出来て良かった。
今日は、私の敬愛する人たちと宴会である。
といってもどこかに行くのではなく、日ごろの感謝の意味を込めて、私が拙い腕をふるって趣味であるお料理をさせて頂くというものである。
家は狭いので、お一人のお宅を借りて、しかも何故か材料代はすべて皆様持ちという、誠に自分勝手な企画なのである。
どこが日ごろの感謝やねん。
朝のメールで少しほっとして、朝からばりばりとお料理を作る。
久し振りにまともにお料理を作るので、楽しい。
今日の献立は・・・和え物三種(・芹と粟麩の辛子胡麻味噌和え・蛤とわけぎのみぞれ和え・菜の花の辛子和え)
お刺身(別に私が釣ってきたわけではない)
吸い物は粕汁。
焚き合わせ・淀大根と飛龍頭、独活と穴子・若牛蒡
揚げ物が出来ないので、代わりに焼き物が三種・サーモンの白酒田楽味噌がけ・牡蠣の葱味噌田楽・独活と蕗の豚肉巻き、あしらいに独活のきんぴら。
蒸し物というか焼き物なのかな?合鴨ロース。
仕上げに春野菜のばら寿司。
という、早春と冬が混合した無茶な献立を作る。
しかも、仕込みが終わったらお迎えにまで来て頂き、会場となるお宅へ到着すれば、ひとの食器を「盛りつけのため」と有無を言わさず使いまくり、全くもって傍若無人な振る舞いをしでかすとんでもない輩となりはてる。
宴が開始されると、皆様から「お祝い」のお言葉、花束、プレゼント、シャンパンをいただき、心より感謝する。
そういえば、金曜日から何も私のところに連絡がないと言うことは、きっと合格したのでしょう。
落ちていたら、あわてて先生から連絡があるよな、きっと。
そう思いこんで、ありがたくお受けして、宴の夜が更けていく。
結局、一番楽しんだのは私かも知れない。
2月28日
あほな頭に一度にいろいろなことをインプットしたせいで、頭が混乱。
今日中に仕上げなくてはならないのに、まだ資料が読み終わらない。
夕方より、明日1日はずいぶん前から予定を入れていて、それまでに終わらせるはずだった。
なのに、なのに、気がつけば毎日なんだかんだと忙しくて、全然捗らない。
夕方まで仕事していたが、終わらず、夜の用事が済んでから、泣きながら何とか半分だけ仕上げて、お詫びの泣きメールを書いて、半分だけとりあえず添付ファイルで送信した。
もう、夜中の3時である。
何で、こんなに追いつめられているのだろう。
しくしく。
2月27日
今日は運命の日。
合否判定会議の日なのである。
朝から落ち着かない。
とはいえ、何もすることは出来ない。
今日は日文研に導入された新しい機器の説明会でもある。
10時からと言われて、寝坊しないように朝から日文研に通う。
9時半に端末室に行き、メールのチェックをしながら、そわそわしていると職員さんが来る。
10時になって、機器が入った編集室に行くと、業者さんとすれ違って、誰もいない。
むむ?
とにかく新しい機器を眺めながら、「これって覚えるの大変そうやな」と思っていると、伝言ミスが発覚。
機器説明会は13時半からだった。
一度端末室に引き上げて、火曜日の仕事の続きをする。
お昼ご飯を食べに院生室に戻り、昨日の資料の続きを読もうと思っていると、何かとても私に話したいことがあるらしく、ずっと話し相手になってしまい、何も出来ずに昼休みが終わる。
よく分からないが、何かが起こっているようだ。
13時半から機器説明。
機械音痴の私が聞いてどうなる?という気もせんでもないが、とりあえず私が使うことになる可能性も大きいので、説明を聞く。
今回新しく導入されたのは、一応全部つながっているのだが、3台の機械。
そんなの午後だけで分かるの?という不安は的中。
2台の機械だけで、しかも最後の方は急いで、省略しながら説明されてしまい、訳が分からなくなる。
気がつけば、19時半ではないか。
業者さんは分かっているから、「簡単ですよ」とマウスを使ってどんどん操作してくれるが、こっちはメモを取りながら、聞いているので、メモを取っている間に話が進んでしまい、「それって、どうやってやったんですか?」とまた聞き直す羽目になる。
頭がいっぱいで、よく分からない。
大体、向こうも不親切である。
マニュアルを用意してきてこないのだから。
親切なマニュアルを用意してくれていると、「あ、今この画面で、ここのボタンをクリックね」とかそこに「これは何のボタン」とか自分で書き入れることも出来る。
それが、何もなしと来ているのだから、はしょった説明されて、1回で覚えられるかい。
使いこなせたら、確かにいろいろ出来て便利だし、楽しいと思うのだが、一度にこんな説明されても無理。
ふらふらになって帰りました。
2月26日
女学院にてアルバイト。
さらに資料集め。
女学院の図書館に資料があったので、助かる。
早速借りてきて目を通す。
もう一つは紀伊国屋の梅田店にて在庫があることが判明。
急ぎの必要本だったので、電話で取り置きを頼み、バイト終了後梅田へ直行。
即、購入。
資料読みの日。
2月25日
チケットをいただいたので、駆け込みで『スター・ウォーズ展』を見に行く。
今日は暖かいので、梅が見頃。
ちょうど天神さんだから、北野天満宮はきっと人でいっぱいだろうなあ。
夜は、敬愛する人生の先輩方とお食事会、というか飲み会。
楽しい人と飲むとするすると酒が入ってしまうのが怖い。
3人で出かけて、気がつけばワインが3本あっという間に空になっていた。
あー、こんなに飲んでいる自分が怖い。
でも満足。ぐふふ。
2月23日
女学院にてアルバイト。
後、お稽古。
今日も無為に時間が過ぎていく。
早く仕事を片づけなくては、と焦るばかり。
2月22日
久し振りにNOVAに行く。
2月になると、もっと行けると思っていたのだが、何となく忙しくて、全然余裕がないまま今日になってしまった。
当然の事ながら、「レッスン終了後、カウンセリングを受けろ」と言われる。
もう、言われることは分かっているのだから、嫌だなあ。
もっと詰めて来て下さい。
もうポイントもわずかですから、今キャンペーン中ですので、次回の御継続を。
先生からのコメントで、こんなにスパンが空いてもこれだけのレヴェルをキープしているのだから、詰めて来たらすぐにレヴェル・アップになりますよ。
あと1番の問題は「構文力」ですね。
ということを、簡単にいってくれればいいのだが、1時間以上もかけてくどくど言われる。
はいはい、分かってますって。
お世辞はいりません。
構文力ね、自覚してます。私の語学ははったりですから。
次回継続?
4月以降の生活のめども立っていないものに、そんなこと言われても答えられません。
先立つものがない。
と、こっちは簡潔に逃げているのに、向こうは商売だから食い下がってきてしゃあない。
あー、しんど。
漸く解放されて(と言うより半ば強制的に逃げ出して)、ヨドバシカメラに修理が終わったポータブルCDプレーヤーを漸く引き取りに行く。
結局症状が出なかったらしく、見込み修理をしてくれたようだ。
直っているといいのだが。
2月20日
朝はたん熊さんの稽古。
人数は4人と少ないが、実は人数が少ない方が効率がいい。
あっという間に「お雛様料理」が完成。
春だね。
美味しいですわ。
すっかり満足して、寄り道もせずに主治医のところへ。
診察時間の少し前に着いたにもかかわらず、もう待合室は満員。
あきらめてモス・バーガーに行き、1時間半ほど時間を潰す。
資料を読んで、あれこれ悩む。
戻ってからもさらに1時間近く待たされて、漸く順番が回ってくる。
服用しないといつまで経っても眠れない。
一度なしで寝たことがあるが、次の日はやはり正常に過ごせない。何となく自律神経失調気味になる。
かといって、最近少し朝がつらい。
一度4時に覚醒して、二度寝をするとどうも起きにくくなって困る。
薬を減らしてもらえまいか?
と相談したのだが、「時期が悪いので、もう少し我慢して」と言われる。
時期が悪いって?
「春眠暁を覚えず」というから、朝がつらいのは時期のせいだ。
季節が良くなると、変わるから少し待てという話だったのである。
そんなもんかなあ。
2月19日
女学院にてアルバイト。
バイト終了後、食事に誘われていたために、内職道具を持って行かなかった。
読まなくてはならない資料は持っていたけれど。
このところ割と続いて映画を見ていて、幸せなので、こっそりとDVDを見ることにする。
ずっと見損ねていた鈴木清順の『夢二』。
色遣いがやはり鈴木清順らしい。
1991年製作なのを見て、どうして当時映画館で見に行かなかったのだろうと後悔。
まだまだこの頃は洋画を中心に見ていたからかなあ。
邦画をもっと見たいと思うのだが、こっそり見るには日本語が聞き取れないために、結局音声のボリュームを上げてしまう。
全然こっそりではなくなってしまうではないか。
と言うことで反省。
次は、これまた映画館で見たかったのだが、逃していた『花様年華』を見る。
中国語は分からないので、音を小さくして、字幕で見る。
古風な音楽が効果的に使われて、ストイックな男女関係の暗示がよく伝わる。
マギー・チャンが結構好きなので、楽しんでみていた。
そういえば、前回『HERO』が入荷された話をしているとき、「マギー・チャンって綺麗ですよね」と嘱託職員さんに言ったところ、「えー??そうですか?」と言われてしまった。
がっくり。
まあ、美人という感じでもないが、中国系の端整な顔立ちで、スタイルもいいし、いいと思ったんだけどな。
まあ、「誰かが綺麗」なんて言うのは「主観」に過ぎないから、仕方ないか。
ちょうど時間も来たので、ライブラリーを閉室して、お食事に出かける。
店の名前を失念してしまったが、割と新しいイタリアン・レストランで阪神芦屋のすぐそばにある。
阪神沿線は滅多に使わないので、駅前がこんなにおしゃれになっているのは知らなかった。
この辺りは地震の被害が結構あったと思うのだが。
おしゃれというのは芦屋という土地柄なのだろうか?
尼崎の阪神沿線なんて、ディープだからなあ。(歴史は古いんだけれどね)
小学校6年か中学1年ぐらいだったかと思うが、尼崎の競艇場でRCサクセションが水上コンサートをした事があった。
すごくいきたかったのだが、両親に「そんな土地柄の良くないところに、子供が行くものではない」と大反対されて、涙をのんだことがあったなあ。
悔しくて、悔しくて、音楽雑誌に後ほど載ったリポート記事と写真を眺めながら、大音量でRCのレコードを何度もかけていたっけ。
嫌なガキだったと思う。
さて、レストランは落ち着いた雰囲気で、お料理も美味しく、ワインも美味しかった。
誘って下さった方は、いかにも二人で飲んでいる振りをして、実は私一人で飲まされていたことが判明。
途中、酔っぱらって少しやばかった。
少し時間が経つと、復帰して、でももうこれ以上はワインが飲めないのに、ボトルが残っていたので、恥を忍んで、「お持ち帰りさせて下さい」と無理を言う。
せこいというか、恥知らずというか、卑しい奴。
とても楽しい時間だった。
2月18日
勝新映画祭に行く予定をしていたが、仕事の関係上、どうしても日文研に行かないと駄目になり、あきらめる。
残念。
でも今日は現代劇なので、また今度見るか。
1週間ぶりの日文研。
頼んでいた本が届いているし、展覧会のチケットももらえて、今日来たことが結果的に良かったと思った。
いろいろやり残していたが、ずっとばたばたしていたので、顔を出せずにいた祖父母の家に夕食を食べに行くと約束をしていた。
はあ、時間が経つの速いなあ。
結局、あわてて帰ることになってしまった。
久し振り(といっても3週間ぶりだが)に顔を見る祖父母が、思ったよりも元気そうなので安心した。
相変わらず祖父はわがまま、祖母の言うことを聞かない。
言いたくはないが、孫の私がきつく言うしかない。
それは祖父のためである。
自分のことは自分でしないと、どんどん筋力が落ちるし、寝たきりになってしまったらつらいのは祖父自身である。
高齢なので、立ち上がったり、動くのがおっくうになるのは分かるが、人の力を借りていては、甘えるばかりだ。
まだ自力で立ったり座ったり、歩くのも出来るのだから、維持して欲しいと思う。
私が小さい頃は厳格で、恐怖の対象だった祖父が、こんなに好々爺になり、威厳が失われてしまったのは、たまに寂しい気がする。
それでも、長生きして見守ってくれていることに感謝しなくては。
2月17日
今日も女学院にてアルバイト。
審査中、ずっと交代をお願いしていたので、代理を進んで受けている。
プログラムは昨日、職員さんに業者連絡をしてもらったが、まだ修理が来ていない。
早く修理に来ないかしら。
今日はDVDを見たいと思ったが、ぼちぼち来る学生さんたちの対応とプログラムの調子の悪さとか重なって、ほとんど見ることが出来ない。
残念。
まあ、内職にしろ、DVDを見ることにしろ、そういう仕事以外することが間違っているので、文句を言う方が間違っている。
ということで、ほとんど、読書で過ごした。
2月16日
女学院にてアルバイト。
この前直してもらった管理・検索プログラムがまた調子が悪い。
入力が遅々として進まず。
難儀やわあ。
まあ、学生さんが少ないから楽やけど。
夕方は臨時バイト。
夜は約束をしていたので、すぐ終わると思っていたが、結構時間がかかる。
結局タイム・リミット。
「明日、続きをしますので、よろしいでしょうか」とまたまたわびを入れ、了承を得て、明日に仕事を残してしまった。
ほんまに時間に追われてすごしてんなあ。
2月15日
勝新映画祭。
先週は3プログラムだったけれど、昨日から21日までは、2プログラムに減る。
(モーニング&レイトショーで別番組が組まれたから)
今日は割と豊富なメニュー。(「座頭市」や「悪名」ばっかりが貧困とは言いません。それはそれでたくさんシリーズ化されているから見たいもの)
昼の13時からまず「座頭市血煙り街道」と「続・兵隊やくざ」、夕方から「とむらい師たち」と「鬼の棲む館」の4本。
「座頭市」シリーズは結構見ているはずなのだけれど、いちいち題名まで覚えていないし、本数が多いからどれを見たかは映画を見始めないと思い出せない。(ええ加減やなあ。)
小さい子供連れの旅になっていて、一瞬「見たことあるかな」と思ったけれど、あれは別の作品でした。
たしか国定忠治みたいに、親分への義理か代わりか忘れたが、幼子を連れての旅という作品があったはず。(実際忠治親分が出て来ていたのかも知れないが失念)。
今回はラストに近衛十四郎との夢の対決。
二人とも「殺陣」が上手い役者として評判なので、見応え十分。
「続・兵隊やくざ」は初めて見る。(このシリーズは第1作の「兵隊やくざ」しか見ていない)
これまで、あんまり思わなかったが、田村高廣が苦笑ではないが、額に皺をよせながら「にやっ」と笑う横顔のシーンがあった。
それが阪妻そっくりだった。(本当に一瞬だったけれど)
最近の高廣は本当にお父さんに似てきたなあと思い、若いころはそんなに似ていると思っていなかったが、やはり親子である。
でも、最近の高廣が似てきたと思うのは、私のある種幻想である。
阪妻は50代前半で亡くなった。(51か52だったと思う)
今の高廣はもう70を越していると思う。
つまり、そんなに年を取った阪妻を見ていないからだ。
後半の2本も初めて見る作品である。
「とむらい師たち」は野坂昭如の原作。
見ているうちに「あれ、これ今村昌平の『「エロ事師たち」より人類学入門』にだんだん似てきたなあと思った。
製作年は今村昌平の方が古い。
気になって帰って調べてみたら、「エロ事師たち」が野坂昭如原作だった。
似てきたのは、「野坂昭如」のカラーだったせいかしら。
「鬼の棲む館」は谷崎潤一郎原作。
これも見たことあるような気がしたのは、覚えていないが原作を読んだことがあるのか、それとも割とよくある話だったのか、既に誰かが映画化していたのを見たせいか。
題名を失念してしまったが、「桜の木の下に鬼がいる」という伝説をもとに製作された映画で(多分原作は誰かの小説のはず)、お兄さんの若山富三郎が、似たような役をやっていたよなあ。(女性(にょしょう)に惑わされて、悪事をはたらき、最後にふとした瞬間からその女性を自らの手で殺してしまい、茫然自失というやつね)
よく似た兄弟だなあ。
勝新映画祭とはいえ、偶然かも知れないが、私が見てきたものには不思議と「三隅研次」監督作品が多い。
なんか、勝新を見ると言うより、「三隅研次」を見るという気もしないではない。
黒澤(清じゃなくて明ね)や小津、成瀬に溝口、木下や市川崑(準もいるけど)、今村昌平、北野武、川島雄三、最近では中平康などなどの監督作品の映画祭が組まれることも多々あるにはある。(マキノ正博もあったな)。
だけど、稲垣浩や大曽根辰夫、三隅研次や森一生、田中徳三や佐々木康、松田定次や工藤栄一など枚挙にいとまがないが、そのような娯楽映画を支え続けた監督の映画祭というのはあまり見たことがない。
(稲垣浩はあったかも知れないが、私がみはじめてからの記憶にはない)
伊藤大輔とか山中貞雄、伊丹万作になると、残っているフィルムが少ないから仕方ないかも知れないが。
そういう企画はやはり当たらないのかしら。
ビデオ化されてない作品も多いから、誰かやってくれないかなあ。
そうそう、昨日薬なし睡眠に挑戦したのには、ワケがある。
無知なので知らなかったが「睡眠文化研究所」というのがあり、また「睡眠」についての学会など結構「睡眠」「快眠」についての研究が充実しているのを最近知った。
それをいろいろかじって読んで、なるほどなるほどと思い、自分にそれを引き寄せたら眠れるかも知れないと思ったからである。
またもう一つは、TVCMで「一時的な不眠や睡眠障害に」だったか忘れたが、そんな内容で「眠るための薬」が発売されているのを知って、何となく恐ろしくなったのである。
今は「眠れない」時代になってきているから、薬局で簡単に「眠れる薬」というものを販売しだしたのではないだろうか。
それって、いいのか、悪いのか。
たしかに不眠はつらい。不眠まで行かなくても睡眠不足はつらいと思う。
だけど、これを安易に薬で解決させるのもどうしたものかと思ったのである。
自分のことを棚に上げているわけではないが、日本はやはり薬王国である。
いつ頃からそうなったかは知らないが(調べたら分かるかも)、とにかく何かあればすぐに薬が処方されている気がする。
だから、最近は薬に対してうるさくなったし、インターネットで簡単に薬名を検索して効能や副作用など調べることが出来るようになったのであろう。
そして、結果は。
4時間悪夢にうなされ続けて、怖さのあまりに何度も目を覚まし、また寝ようとしてはお話しの続きで、前の夢を引き継いでさらに悪夢にうなされるという繰り返し。
4時頃に完全に目覚めて眠れなくなり、本を読んだりしていたが、つい最近かじった「睡眠」の話を思い出し、また真っ暗にして布団に戻り、悪戦苦闘を繰り返した。
けれども、今日、映画は楽しめたし、まあ寒気が来ているのでかすかに震えているけれど、何となく調子が悪いと言ったぐらいかな。
なので、合格。
明日はバイトだから、さすがにこの体調ではまずいなあ。
まあ、少しずつ努力していくか。
2月14日
今日は、勝新映画祭には行かない。
昨日とプログラムが重なっていたから。
今日は、来週で終わってしまう映画を2本。
一つは「武士(MUSA)」という韓国映画(韓国、中国、日本合作となっているが)。
歴史劇風なスペクタクル映画。
砂漠の中でくり広がられる、高麗人と蒙古族の壮絶なる死闘。
馬あり、たくさんの種類の武具あり、甲冑ありと見ていて飽きない。
邪推かも知れないが、それでも見ていると、どことなく「あれ、これは黒澤の『影武者』や『乱』、あるいは稲垣浩の『風林火山』みたい」と思い、「あれ、これはまるで西部劇みたい」と思い、「なんか『ラスト・サムライ』みたい」、最後の主人公に等しい(集団劇だから)俳優が死ぬシーンはまさに「『プラトーン』みたいだ」と思うシーンがある。
映画なんて、オリジナルとはいえ、過去に大量の映画があればあるほど、どこかに似たシーンが出てきて当然であろう。
製作者が意識していなくても、過去に見た映画の記憶がどこかしら現れてくるだろうし、タランティーノみたいに明らかに映画で育って、自分の映画体験からさらに映画を作り出している人もいる。
だから、「これって○○みたい」と観客が邪推してみるのも、楽しみの一つとしていいのではないか。
なかなかこの映画の出演陣が男前なんよねえ。
楽しめました。
一つ面白いなあと思ったことがあった。
お国柄なんだろうか、私はハングルが読めないのでおそらく最後のクレジットに出ている韓国語を字幕にしてあるのだろうと思って読んでいると、(文面は正しくないが)「この映画は歴史的史実に基づいたフィクションです」と断りが入る。
まあ、これは分かる。問題は続くコメントである。
「従って、馬の負傷や事故者などは一切出ておりません」といった内容が表示されたのである。
おいおい、それって当たり前なんちゃうん。(まあ、昔のチャンバラ映画は負傷者がたくさん出ていたそうだが)
だって映画やねんから。作り事やん。
それとも「本当に起こった」と勘違いしてしまう観客が多いのだろうか、そういう苦情が出るのだろうか。
単にお国柄とは言えない。もしかしたら時代の波なのかも知れない。
これからは気をつけてみてみよう。
でも、私はよっぽどのことがない限りはラストのクレジットの途中で席を立つことがない。
場内が明るくなるまで席に座ってみている。
最近はエンド・ロールになるとばたばたと席を立つ人が多くなった気がするが、やはり最後まで見ないと、もしかしたら最後にあっと驚くものが隠されているかも知れないじゃないか。
少し時間を潰して、やはり来週末で終わる「人生のメビウス」を見に行く。
7人の監督による10分ずつの短編のオムニバス映画である。
どれもなかなか興味深い。
たった10分、されど10分である。
しかし、隣に座った女性二人は「これ、わけわからん」とか終わった後に「これで1800円?」と文句を言うてはった。
私は学割なので、1500円だったけれど、今の映画事情ならこんなもんじゃないでしょうか?
大体、日本は映画料金が高すぎるのである。
だから、みんな安価なレンタルや、ただのTV放映に行ってしまうのではないか。
それはさておき、アンケートで1番気に入った作品に答えて欲しいというのがあった。
どれもよかったんだけどな、迷う。
最終的にジム・ジャームッシュかヴィム・ヴェンダースかと絞って、どちらも両監督の個性が出ていて、選べない。
さんざん迷ったあげく(みんなそんなに迷ってなさそうだったけれど)、今回はヴェンダースのほうに軍配をあげてしまった。
単なるアンケートで別に何も見返りはないのだけれど。
それでも私はそれぞれの監督に敬意をはらいたいから、真剣だ。
他にも見たい映画はたくさんあるが、高いのでなかなか行けない。
疲れない、疲れないと言っていたが、やはり視覚によるインパクトは脳に焼き付いて強烈なので、どこかで疲れている。
心地よい疲れ。
不思議とお風呂から出ると眠い気がした。
よし、今日はこのまま寝てみよう。
2月13日
13日の金曜日。
別にクリスチャンやないし、関係あらへんか。
今日も朝から勝新三昧。
定番の「座頭市」シリーズに、「悪名」シリーズと前にも見たことのある映画があるけれども、スクリーンで見るのはやはり気持ちがいい。
今日は「座頭市」3本、「悪名」2本、あとは「兵隊やくざ」。
これも以前見たけれど。
とても意外なのが、あまりお客さんが入っていないことだ。
まあ、今日が平日と言うこともあるのかもしれない。
でも、阪妻映画祭の時は結構いっぱいだった。
雷蔵の時も確実である。
今日なんかは多くても10人弱。
朝から見ていて、最後の回になると私一人。(1日6本も見る奴はいないか)
(上映中に遅れてておっちゃんが二人入ってきはったけれど、それでも3人)
暇なので?チケット売り場のスタッフさんたちとお話しをする。
このプログラムを組んでみたが、やはり思ったより客が入らないので、困っている様子。
なんか、私はもっと勝新を見に来る人が多いと思った。
若い男の子なんか、絶対いると思った。
けれども蓋を開けると、おっちゃんやおじいちゃんばっかり。
二人ぐらいおばちゃんがいるだけ。
意外やなあ。(まあ、勝新は女性より男性ファンの方が多いとは思っていたが)
KAVCの人と話していて、やはり今回のプログラムをみると「座頭市」シリーズや「悪名」シリーズが中心となっている。
その両シリーズとも、昨年からすべてDVD化した。
ということは、手軽にレンタルでも借りることが出来るから、見に来ないのだろうか。
でも、スクリーンで見てこそ価値があると思うんだけれどな。
シリーズも定番になってくると、勝新太郎のいいところが引き出されてくる。(もちろん悪いところも出てくるが)
三味線を弾いたり(座頭市)、河内音頭を歌ったり(悪名)と、勝新の持つ腕や喉を生かしてサービス精神旺盛である。
これぞ、娯楽映画、エンターテイメント。
座頭市を見ていると、おもわず「いっつぁん」口調になり、「悪名」をみていると思わず河内弁になる。
そんな気持ちがよく分かる。
朝から6本も見てよく疲れないね、と思われるかも知れないが、映画に夢中になっているから疲れないのである。
途中眠くもならない。(寝ている人もいはったけど)
プログラム・ピクチャアなので平均80分から90分というのも、大作2時間半とちがって、気楽に見られる理由かも知れない。
北野武「座頭市」が、刀を抜くのが早いだの、下駄でタップだのと囃されていたが、私からみたら、そんなのは既に黄金期の時代劇映画がやってきていることなのである。
だから、私は北野「座頭市」はオーソドックスなチャンバラ映画だと感じたのである。
目新しい事なんて、とりたててなかったから。
映画が終わると21時になっていた。
ゆっくりお風呂に入って、早く寝よう。
2月12日
ついに薬なし睡眠に成功かも?
私にも安眠の日々が戻ってくるか?!
昨晩、友人宅に泊まることになり(放蕩三昧やな)、今日がアルバイトだったので、朝早く起きなくてはならない。
薬が効いて起きられなかったら嫌なので、もう大丈夫かもと思い、自ら薬を服用せずに挑戦したのである。
今のところ多分大丈夫。
女学院に出勤。
暫く行き違っていてお目にかからなかった嘱託職員さんが、日記を見て「体調大丈夫ですか」と心配して下さる。
ありがたい。
「ええ、すごく良くなってきました。ご心配頂きありがとうございます」と答える。
いろいろと話をしていて、私は本当にいい人たちに恵まれているな、と身にしみ入るように実感。
極悪非道者にも心はあるのだ。
眠れなかったときに起きる自律神経失調の傾向が出ていないが、どうも調子が良すぎる。
だんだんと自分が少し異常なハイ・テンションになっていることに気付く。
それでも大丈夫と思い、お稽古場に駆けつける。
下川先生は待ちかねたように、ビデオを用意して待っていて下さる。
ああ、赤っ恥ビデオをいきなり見せられるなんて。
深く反省。
お稽古に精を出しました。
ここまでは良かった。
確かに良かったが、そのまま母に実家へ連れて行かれる段階になって、急激にテンションが落ちてくるのが分かった。
やっぱり駄目かあ。
実家につく頃、生唾があがってきて、寒気がし、身体がかすかに震えてきた。
両親と一緒に夕食をいただくが、だめだ。
身体は震えているし、なんとか口に入れるが、吐き気がしてきた。
ほとんど食べることが出来ない。
あーあ、また振り出しかあ。
まあ、考えてみたら、昨晩こたつで寝ていたからなあ。
普通の人でも、こたつで寝たら、ぐっすり眠れるわけないわ。
だから、これが布団だったらまた別だったかも知れない。
しかし、ここまで体調が持ったのだから、大進歩である。
確実に快方に向かっていると私は信じた。
でもね、未だに眠気が全然来ず、もう完全に自律神経失調に陥っている。
逃げ帰るように家に帰るが、症状は変わらない。
薬なし安眠の日々はいつ訪れるのだろう。
このまま、挑戦し続ければ、眠り方を思い出すかも知れないが、やはりこの調子だとまだ無理かなあ。
だって、足ががくがくしているし、意味もなく涙がじわっと出てくる。
寒気がするので、ゆっくりお風呂に入ってみたが、少しましかなあという程度。
のぼせたのか、調子の悪さからかめまいがしてきた。
ふえーん。
誰か、私に眠り方のこつを教えて。
2月10日
新開地に住んでいる友人に「今週は勝新映画祭があるから新開地に通っている」とメールしておいた。
だけど、KAVCは火曜日が定休日。
今日は日文研に出勤。
家に送られた添付ファイルが「ウィルスの危険性があるため」と勝手にメールから削除されてしまったために、日文研に送ってもらっていた。
前も同じ事があった。
昨日、酔っぱらいながらも設定をいじったので多分これからは大丈夫だと思うのだが。
仕事のメールだったので、日文研のメールで添付ファイルを開いて打ち出しをする。
それから、この前のシンポジウムのテープを聴いて、録音が変な順番になっているのが発覚。
これでは、職員さんは出入りしていたのだから、順番が分からないわなあ。
そこで、私が研究協力課に行き、テープの順番がおかしいので、これが1番でと説明して受け渡しをする。
何でこんな事になったんだろう?
不思議なことがよく起こる。
昼間に頼まれごとをしていたのを途中でほったらかしにしていたことに気付く。
期限が迫っているので、あわてて仕上げて、メール・ボックスに入れようと思うと、偶然お会いした。
遅くなったわびを入れて手渡す。
しかし、別紙参照と書きながらその別紙を今から書こうと思っていたので、「後でメール・ボックスに入れておきます」と言い訳する。
あー、なんでいつもこう追いつめられているんだろう。
もっと早くからやっておけばいいものを。
午後は前回の意味不明メールの件を含めて、CMデータベースの仕事の打ち合わせ。
先生が帰った後、動画修正。
このデータベースを使って共同研究会をしているのだから、早く完成させなくてはならない。
論文で今年度は結構休ませてもらったので、仕事が山のようにたまっている。
はあ、でも動画修正は変換に時間がかかるから思うように捗らない。
勝新映画祭があるので、今週はもう来られないことを職員さんに詫びる。
詫びてばっかりやな。
急ぎの用件は先生にメールして、職員さんにも送っておく。
最悪の場合、お仕事をお願いしなくてはならないから。
あっという間に17時になり、とりあえず院生室に戻って頼まれていたものについての別紙を書き上げる。
すると、新開地の友人から早速メールが入った。
しまった、火曜日は休みと言ってなかった。
まさかこんなに早くメールが入るとも思っていなかったから。
でも、明日は行くので、もしかして泊めてもらえたら明日新開地までわざわざ行かなくていいかも、という下心のもとに、新開地で落ち合う約束をする。
まだ会社にいるとのことだったので、こっちも日文研から行く時間を計算して、大体同じぐらいになることが分かって安心。
一緒に飲みながら「明日祝日やん。休み?」とさりげなく聞いたら、「朝から仕事」と答えられてしまった。
「なーんだ、泊めてもらおうと思ったけど、朝早いん?」とさらに食い下がってみたが、「早いから、駄目」と言われてしまった。
うう、やはり世の中そんなに甘くないか。
祝日まで出勤なんて大変だね。
2月9日
またまたお詫び。
「菊の井」の看板である板前は村田さんでした。
よく雑誌とかに載っている超有名人なのに。すみません。
本当に人名が覚えられないのは、情けないことである。
深く反省。
今日は女学院にてアルバイト。
帰りに仲良くして頂いている職員さんとお食事の約束をしていた。
春休みなので暇だろうと思っているが、ぼつぼつと学生さんがやってくる。
もちろん授業のあるときに比べると全然暇なのだが。
午後にまた別の職員さんと話していると、「良さそうなイタリアン・レストランがあるから付き合ってくれませんか?」と非常に控えめなお誘いを受ける。
博論を提出して以来、なんだかんだとお誘いがあり、嬉しい。
皆さん、気を遣って頂きありがとうございます。
もちろん、即答でOKしました。
けれども、皆さんと話していると、「ちょっと待ってくれ」と思うことがたびたびである。
「もう終わられてほっとしたでしょう」とか「後は遊べるからいいですね」とか「良かったですね」とか言われることが多い。
ひどい?(いや全然ひどくないんだけれど)場合は「おめでとう」とまで言われる。
私はその度に内心「ちょっと皆さん、誤解していませんか」と思い、誤解を解かなくてはならない。
確かに、博士論文は書き上げたし、学位申請公開審査会も終わった。
けれども、まだ合否判定の会議が終わっていないのだ。
出してしまったものは、今更書き直せるわけでもないので、そのことについてどうすることも出来ない。
なので、今の状態は言うなれば、判決待ちの被告の気分、それは言い過ぎか。
うーんと、そうだな。
志望校の受験が終わって、合否待ちをしている受験生の気分なのである。
試験も終わった。口頭試問も終わった。
後は合格するか、否かを待つだけの身である。
そんな人に、「良かったですね」とか「おめでとう」とか言わないだろう。
「終わられてほっとしたですね」は言うかも知れないか。
今更悪あがきは出来ないんだから。
しかし、「後は遊べるから」というのも、なんだかしっくり来ない。
いや、確かに遊んではいるけれども、それは一時的な息抜きであり、この先を考えると、やらなくてはならないこと、まだまだ学ばなければならないことが、山のようにある。
一心不乱に論文を書いているときよりは、たしかに「誘ってもいいかな」と他人様が思って下さる余裕が私の中には生まれたのかも知れない。
しかし、溜まっている仕事を一生懸命こなし、映画祭に通い(これは半分仕事みたいなものだから)、読みたかった本を読み、お誘いを受けて、毎日なんだかんだとばたばた忙しく予定を入れているのは、結果待ちというこの状態が怖いからである。
不安だから、忙しくして気を紛らわしているにすぎない。
仕事が山積みなのは確かだから、追い立てられるようにしているし、お誘いを受けて出て行くのは、いろいろな人の話を聞いて、刺激になるからである。
そこから、今後自分がやっていきたいことにプラスになる方向性が見いだせると思うからである。
だから、何も終わっていないし、これから始まるのである。
本音は、「あとは神頼みしかないな」というところ。
気遣って下さる皆様には、感謝していますが、誤解しないで下さいね。
私はまだただの学生の身なんですから。
17時にライブラリーを閉室して、わざわざ迎えに来てくれた職員さんと仲良く西北に行く。
17時半から空いているところなんてあまりない。
大体18時からである。
寒いので近場にしましょうと言うことになり、アクタの飲食店街に行く。
七輪焼きのお店があったので、そこに入る。
寒かったから、七輪をテーブルに持ってこられると暖かくて、気持ちがいい。
以前ビールのCMで、役所広司が七輪でキノコ類を焼き、刷毛で醤油かなんかを塗っていて、「美味しそう」と思った記憶が鮮明によみがえる。
ということで、開口一番「キノコの盛り合わせ」を頼む。
刷毛とポン酢が出てきたので、念願の「刷毛で塗り塗り」を達成。
すごく楽しくて、はまってしまった。
お魚が多いがお肉もあり、そのたびに七輪を変えてくれるので、とても親切なお店に思えた。
焼酎が多くあり、泡盛も結構置いてあったので、ついつい泡盛を注文。
泡盛にもはまりました。
18時前から閉店まで楽しくおしゃべりしながら(って私が一人で喋っていたのか)泡盛を飲む、飲む。
当然ながら、帰ったら結構酔っぱらっている。
メールの返事を書き、お風呂にそれでも入り、2時になってしまった。
酔っているのに眠くならない。困った。
服薬して、早く寝ます。