不眠日記・2003

 

12月31日

ふう、今年ももう終わりですね。

やっとおせち作りも終わりましたよ。

今年も40品目弱。

売れるよね、はっきり言って。

鼻高々、天狗さん。

でも、こういう伝統文化を守るのもいいかな。

と思っている。

 

ふと思った。

中学、高校と家庭科で調理実習があったと思うが、そういうときにこそ、おせち料理の基本を教えたらいいんじゃないかな。

私には、そういう記憶はない。

でも、教えているんだったら、ごめんなさい。

 

と言うことで、腐れ縁の仲間の家にお節を少し持って、年越しを一緒に仲間で祝うことになっている。

では、いってきます。

 

12月29日

ああ、家を掃除したいのだが、家族に振り回されている。

これがいけないのは、重々承知なのだが、どうしてもきれない私の弱さ。

これが、嘔吐、むくみ、鼻血、頭痛、腰痛などなど様々な症状となって、身体が訴えてきている。

でもね、なんだかね。

ふう。

今日は朝早くからお風呂で身体を温めて、朝一でカイロプラティックに行く。

それから郵便局、銀行とまわり(めちゃごみ)、漸く母と一緒に京都へ買い出しに行く。

今日から3日間は有無をいわせず、毎年拘束されてしまうのだ。

来年の母のお料理教室の新年会の会場探しに、お昼は南禅寺にある「菊水」に行く。

お庭がとっても素敵なのだが、不手際で全然暖房が入れてくれていなくて、寒い寒い。

仲居さんに言い含められて、狭い茶室に移ることに。

まあ、二人だけだからいいけど、狭くてもべつにいいけど、ちょっとランクが下がる。

実際にお食事が始まると、うーん、何かいまいち。

べつに私が払うわけではないけれど、とてもオーソドックスな料理なんだけれど、あまりにも、オーソドックス過ぎて、下品な言い方をすると「こんなもん、わてらだって作れるわい」ってぐらい普通のお料理。

母は食事の後、板長を呼んで、新年会の意志を告げて、本日のお料理の不満もついでに述べるが、板長の態度があまりにも高飛車。

「菊水」といえば、知る人ぞ知る京都の料亭。

それがなんかいまいちなんだよねえ。

大体、料理屋はサービス業だと思うんですけれど、客に対して高飛車に出ていいんですか?

 

とりあえず、私の言う事じゃないので母は仮予約をとって帰りました。

 

それから錦市場で人に揉まれながら買い物をして、最後にお重を受け取りにカフェ・オパールに行く。

母が人酔いして気分が悪いというので、兄の店で放心状態。

仕方ないので、荷物の大半を私が持って、家に帰る。

夕食はとても作れそうにないので、父を促して外食にして、家に帰る。

母も疲れたのだろうと思って、夜遅くまで寝かしていたけれど、私もしんどかったので、家に帰ってしまい、家で陥没。

実家はしんどいわ。

母を裏切って悪いけど、お休みなさい。

 

12月26日

今日が日文研の仕事納めなのだが、午後から主治医の今年最後の最終診察があるので、職員さんに「今日は掃除だけだから来なくていいわよ」と言われ、日文研は昨日で終わる。

代わりに、祖母にお使いを頼まれ、祖父と昼ご飯を共にして、それから梅田にお使いに行き、病院へ行く。

今年最後の診察とあってさすがに混んでる。

3週間ぶりで、今年最後の診察なので、今までためてきたものがぼろぼろ露出してくる。

久し振りに、診察室でさめざめと泣いてしまった。

昨日の友達の祝福が、私の中に明らかに複雑な気分で嫉妬と祝福が入り交じっていると言うことを素直に認めて、嘔吐し続ける日常を吐露する。

時間は短かったが、簡潔に私が気付かなかった、いや気付いても口にすることの出来なかったことを指摘され、泣きじゃくる私を癒してもらい、薬をもらって病院を後にする。

 

泣いたことはすっかり忘れて(忘れたことにして)、祖父母の家に戻り、夕食を共にする。

疲れはいいたくないが、確実にたまってしまっている。

どうしよう?!

 

12月25日

同期である松村薫子さんの公開審査。

なんだか緊張するなあ。

自分の時を重ね合わせるように、見てしまうからかなあ。

でも、なんかいつもと雰囲気が違う。

 

それはしっかりと論文を書き上げて、用意も万全に調えた余裕から来る落ち着きからか。

審査の場というのに、緊張と言うより、柔らかな暖かい雰囲気があふれている。

何かうらやましい。

彼女の発表は完璧で、ぴったりと30分で明快に終わった。

その後の主査の先生の発言を聞いたとたん、「あ、通ったな」と思った。

その勘は当たり。

質疑応答は和やかに、つっこまれるというより、彼女の論文をさらにブラッシュ・アップするようなアドヴァイスが続き、将来を期待するといったコメントで締めくくられる。

羨ましい。

 

審議の間、院生室にみんなで集まり、お疲れ様会をする。

ケーキを切り分けて、さあ「いただきます」と言った瞬間に、院生室に電話。

指導教官の小松先生からだ。

はやっ!

もう決まったん?さすがだね。

おめでとう。

 

他の院生もどうぞと言うことで、祝宴にみんなで参加しました。

審査が無事に終わって肩の荷が下りたのか、小松先生が「小川さん、審査は誰」から始まって、「そりゃ、イベントだねえ」とか「それは大変なメンバーだ」とか、いちびられるようにおどされ続けた。

うえーん。

はあ、ナーヴァスになっちゃうよ。

自分次第なんだけれどね。

とほほ。

 

12月24日

クリスマス・イヴ。

と言っても何もありません。

日文研でアルバイト。

 

でも朝から気分がすぐれない。

いきしのバスで酔ってしまった。

 

昼ご飯を食べるが、途中で気分が悪くなり嘔吐。

おかしいなあ。

 

夜は、いとこ夫婦と伯母夫婦が来ているので、祖父母を囲んで中華料理に誘われた。

明日は一人目の公開審査。

そのせいか、なんだか落ち着かない。

人の審査でこんなに緊張してしまったら、自分の時はどうなるのだろう。

でも、自分ももうすぐあの場に立つんだと思うと怖い。

 

親戚づきあいもいいのだが、どこかしんどい。

それとも緊張のせいかしら?

 

そして、また夜になって夕食をすべて嘔吐。

11月からいや、10月からかなあ、私はどれだけ吐き続けているんだろうか。

これは何かの代わりに、食物を吐いているのだろうか。

胃薬だって飲んでいるのに・・・

精神的なものかしら。

吐くものがなくなって、胃液まであがって胸焼け。

落涙の夜。

 

12月22日

女学院でアルバイト。

今年最後の女学院アルバイト。

今日で授業が終わりなので、休講が多いのか、学生さんたちが多い。

早いなあ。

今年は論文を書いていたので、長かったようで、すごく短かったような気がする。

そうか、大学生は明日から冬休みか。

早く年賀状を書かなくては。

 

来週は29日。

もうおせちの準備が始まる。

うわー、時間がこんなにないなんて。

いい加減にプレゼンの準備をせなあかんな。

とりあえず、ビデオの収集を始めているが、論文の読み返しをしないとなあ。

 

といいつつ、気付けばどんどん時間だけが経っていくのよねえ。

何故かしら。

最近、疲労も激しいし。

何もしていないのに、疲れだけが増していく気がする。

よく眠れない夜も多い。

自分の楽しいように過ごしているはずなのに・・・

 

身体がしんどいといっているのだから、何か負担をかけていることには違いない。

もう少し自分を見つめ直そう。

 

12月21日

朝早く出たかったのだが、母が阪急イングスに用事があるというので、10時に梅田に立ち寄り、京都へ向かう。

今朝から良い天気なので、雪が残っているか心配。

西院からタクシーで北上すると、横の道路にはたくさんの人。

何だろうと思ってみていると、女子の高校駅伝だった。

TVでは駅伝やマラソンを見ることもあるが、生で走っている人を見るのは初めて。

 

金閣寺は人がたくさん。

特にカメラを持っている人が多い。

みんな考えることは一緒なのね。

屋根の上の雪はかろうじて残っていたが、木々や庭の雪はもうほとんどなくなっていた。

残念。

でも綺麗だった。

 

さて、人の多い中、雪の金閣寺を堪能してから、昼食に向かう。

前から気になっていたお店があるので、とりあえずタクシーに乗って行き先を言って、予約の電話を入れようとしたら、日曜日が定休日だったことが発覚。

あわてて車内で母と「どこにする?」と話していると、タクシーの運転手さんが「ランチですか?おすすめの所がありますよ」と話しかけてくる。

「銀閣寺のそばなんですが」と聞いて、遠いなと一瞬思ったが、「じゃあ、そこをお願いします」と母が返事するので、行ってみることにした。

タクシーの運転手さんは美味しいところをよく知っていると言うから、きっと美味しいところだろう。

他にも行ってみたいところはあったが、運転手さんに連れて行ってもらうところは今日だけの縁。自分の分かっている店はいつでも行けるのだ。

行ったところは「白川ローザ」というフレンチレストラン。

大文字が大きくすぐ近くに見えて、「夏の納涼に来たらいいねえ」と話していた。

母は「金閣寺のそばって言うから頼んだら、どんどん遠くまで行くからびっくりしたわよ」と言うので、へ?と思い「銀閣寺って言ってたやん」と返事する。

「ええ?」

「いや、だからどうするって聞いたら、お願いしますって言うから来たんちゃうん」

「金閣寺のそばって言うから連れて行ってもらおうと思ってたのに」

「耳悪なったんちゃう。銀閣寺って言うてはったやん。まあ、もう来てしもうてんからええやん」

「そうやけどね。京都の地理はよう分からんけれど、どれくらい遠いの?」

相変わらず、方向音痴の母であった。

味も値段も手頃で、おまけに何故かがらがらで、ゆっくり食事が出来る。

ギャルソンのおじさんが、どうも見た目より歳がいっているようで、ミスが多く、何度も聞き返してきたり、その行動を見ているだけで、悪いが面白い。

窓際に座っていたのだが、なんとそこも午後の男子の部の駅伝のルートであった。

沿道で応援するのも面白いのかも知れないが、冬の京都は寒い。

2Fだったので、ぬくい室内から、見下ろすようにして、走っていく生徒たちの姿を見る。

ちょうど宝ヶ池で折り返してくるので、北へ向かって走り、南に下ってくる帰り姿を見て、「あ、順位が変わっている」とか結構面白がってみておりました。

最後の選手が通り過ぎ、交通整理がとかれる確認して、MKを呼んでカフェ・オパールへ向かう。

 

日曜日のせいか結構混んでいて、ちょっと胸をなで下ろした。

京都と言っても、いつも桂で止まっているから、観光は久し振り。

やはり、京都って観光地なんだなあと痛感して帰りました。

疲れた。

 

12月20日

今日もすごく寒い。

9時から宅急便が来るからと思って、準備していた。

あまりにも寒いので、ストーブの前に座り込んでしまう。

昨日はあんなに早く配達に来たのに(夜間指定は19時から)、今日は全然来ない。

なんだそれなら、もう少し寝ていたら良かった。

そんなことを言っても仕方がないので、TVをつけながら、茫然自失。

 

いろいろしないといけないことは分かっているんだけれど、なんか動けない。

とりあえず、洗い物だけして、ぼーっとしているとやっと宅急便が来た。

なんと11時半。

2時間半何してたのかなあ。

 

午後は母と映画に行く約束をしていたので、連絡を入れる。

母は父の薬をもらいに、病院に行くから、終わったら連絡をもらい、昼食を共にする。

お好み焼きである。

たこ焼きやお好み焼きが好きなのは、関西人だから?

映画まで時間のある間、薬局で買い物をし、今晩父が帰ってくるので、夕食の準備を頼まれて、買い物するものを決め、映画館へと向かう。

地元の塚口サンサン劇場である。

がらがらだろうと高をくくっていたら、なんと全席指定の制度に変わっており、(「キル・ビル」の時は違ったのに)ほぼ満席で端っこの席しか取れなかった。

なんだ、はじめから分かっていたら、昼食前にチケットだけ先に購入しておくんだった。

でもまあ見られたからいいか。

 

見に行ったのは「ラスト・サムライ」。

とてもお金がかかっている映画でした。

日本映画にもあれぐらい製作費をかけさせてあげたら、もっともっといい作品が出来るだろうに。

良くできた映画だと思うけれど、やはりハリウッドだなあと思った。

彼等のイメージする日本像というものが、そこかしこに満ちあふれているし。

「おいおい」とつっこみを入れたくなるシーンもあるが、それは黄金期のチャンバラ映画の王道だからいいのだ。

 

見終わってから、母は祖父母の家に、私は夕飯の買い物をして、実家に向かった。

ちょうど、父のコンピューターに用事があったし。

実家からもらうものがたくさんあったので。

 

寒い寒いと思っていたら、塚口でも風花が舞っていた。

家でニュースを見ると、京都は大雪。

新聞に雪の金閣寺が載っていて、すごく綺麗だった。

そこで、明日何も用事がないので、雪の金閣寺が見たくて、母を誘って京都に行くことにした。

雪が溶けませんように。

 

12月19日

今日は無事に9時過ぎに日文研出勤。

9時半から働き出す。

なんだか、昨日の疲れが残っていて、おまけに今日は寒い。

桂駅に降り立ったときから、「ああ、京都は寒い」と思った。

仕事をしながら、「冷えるなあ」と思っているとなんと外は雪。

げげっ。

私にとってはこの冬、初雪である。

しかも何か吹雪いている。

やまないかなあ。

昼から、さっきは粉雪だったのに、ぼた雪に変わっていっている。

積もらないけれど、みぞれみたいにびしょびしょになりそうな雪。

 

半分ぼけーっと外を見ていたら、山田先生がやってきた。

今日は一人だったので、分からないことだらけだったから、ちょうど良かった。

動画修正をしないといけないデータを落としてもらう。

 

山田先生は来年4月からの私のことを心配して下さって、「業績になるから共同研究員にならないか?」とありがたいお言葉。

但し、なるからにはCMの研究をしないといけない。

何が出来るか、いろいろ話し合って、めどがついたので、申込用紙に必要事項を記入することになった。

上手く採用されるといいのですが。

 

昨日宅急便を断って、今日にしたので、仕事が終わったら、速攻帰り支度。

ちょうど今なら雪もやんでいるから、今のうちに帰らなきゃ。

玄関口で井上先生と一緒になる。

この前のお言葉を駄目にしてしまったので、お詫びをする。

これから河原町の方に出るために、車の迎えが来るから一緒に乗りませんか?と誘って頂き、ありがたく便乗させて頂いた。

車の中で、やはり4月からのことをいろいろと話をする。

出版のアルバイトを一つ斡旋して頂いた。

ありがたい。

出版のきっかけになればいいんだけれど。

 

井上先生と話し込んでしまい、家に帰ると19時45分。

がーん。不在票が入っていた。

間に合わなかったか・・・

あわてて営業所に電話して、事情を説明して、申し訳ないが行き違いになったので、明日の朝再配達してもらうようにお願いする。

何か間抜けだなあ。

 

12月18日

昨日早く寝たのに、朝からしんどい。

寒さのせいかな。

でも、そんな甘えたことは言っていられない。

アルバイト、アルバイト。

12月も1月も冬休みが入るので、実入りが少ないのだ。

だから、休んでいる暇はない。

 

身体をたたき起こして、何とか家を出る。

さあ、営業スマイルに転換。

お仕事するぞー。

 

職員さんたちが、もし良ければ、「忘年会」兼ねて夕食を共にしませんか?とお誘い下さる。

今日、宅急便の配達頼んでしまったのだけれど、断って、明日配達してもらうか。

「いいですよ」と快諾し、三宮に出ることになった。

疲れているくせに、そんなにほいほい出かけて大丈夫かね?

自問自答しながらも、酒に弱い私であった。

これだから、なかなか治るものも治らないのかもねえ。

ちょっと、反省。しゅん。

 

一押しのお店は、小さいところらしく予約が取れなかったそうで、イタリアンに決定。

でも美味しいひとときが過ごせたことに感謝。

 

明日は日文研。

久し振りだから、意地でも行かなくては。

早く休もう。

 

12月17日

今日は、謡曲の忘年会。

昼間から「うどんすき」である。

なんだか、疲れがたまってきたのか、朝起きられない。

 

一つの理由は、夜、ちゃんと眠れなかったせいである。

夜中にふくらはぎがつって、恐ろしく痛くて、七転八倒していたのである。

足先からこむら返りを起こすと、足の指の関節から足首の関節を、伸ばしたり曲げたりすれば治るのだけれど、ふくらはぎだけが痛かったのであるから、いくら関節を曲げたり伸ばしたりしても治るはずもなく、仕方なくふくらはぎがぱんぱんに張っているのを、さすったり、もんだり、リンパ腺に沿ってマッサージをしたりして、工夫をするがなかなか治らない。

漸く痛みが治まったけれど、ふくらはぎの違和感はなかなかとれず、また痛くなるのでは?というおそれから、なかなか寝付けなくなってしまったのである。

 

そのせいか10時まで布団でごろごろしていて、10時半に朝風呂にはいる。

昨晩つった左ふくらはぎを念入りにマッサージしながら、ゆっくりと温めていく。

ぼけーっと入っていたら、気付けば11時半。

あ、早く出て着替えないと、間に合わない。

あわててお風呂から出て、準備をして家を飛び出した。

店に着いたら、先生をはじめほとんどそろっていたけれど、どべたではなかったのでセーフ。

 

「うどんすき」は関西の食べ物だと思っていたが、実は大阪の郷土料理なのかも知れないと言うことに、最近気付いた。

「きりたんぽ」みたいなもんである。

神戸育ちの先生が知らなかったからだ。

以前、関東の人が「うどんすき」を知らなかった例を見たことがあったので、関西の鍋かあ、と漠然と思っていたけれど、もっと限定的な地域のものらしい。

うちは父が好物なので、小さいころから冬になると「うどんすき」をよく食べる。

美味しいと思うけれどな。

しかし、「うどんすき」を知らないと言われてしまうと、自然と私が鍋奉行になってしまう。

これを読んでいる人で、何人が「うどんすき」を知っているのだろうか?

こだわりのある人には、「ちゃう、ちゃう」とつっこまれそうだが、まあ簡単に言ってしまうと、寄せ鍋に「うどん」が入ったものだと思ってもらえればいい。

だしはうどんのようなだしで、ポン酢とかでは食べない。

 

先生のビールの相手をしながら、昼間からちょっと、食べ過ぎである。

ふー、苦しい。

毎年の恒例で、この後、先生夫妻がうちの祖父母の所に行って麻雀をして夕食を共にすることになっている。

血縁である私も、そのメンバーに、当然のように組み込まれている。

先生と話しながら、祖父母の家に向かう。

しかし、みんなが麻雀をしている間、することがないので、最初は先生の奥さんと話していたが、そのうち、読み残していた「バガボンド」を一挙に読み上げてしまった。

あー、続きが早く読みたいが、次の発売は、来年の3月予定。

途中、席を外して、一度家に帰り、さらにべつに読むものを仕込んで、ワインを購入しに行く。

そしたら突然の雨。

あわてて傘を取りに戻り、ちょっと濡れながらも祖父母の家にまた戻る。

麻雀はまだ続く。

夕方になってきたので、台所の用事をいろいろ言いつけられる。

そうか、今日の夕食は、私の好物である祖母の「おでん」だったのか。

そのうち母が、「あんた、烏賊さばける?」と失礼な質問をしてきたので、「何度もやってきてます」とむっとして答えて、台所で烏賊をさばく。

しかし、祖父母の家の包丁が切れが悪くて、ちょっと悪戦してしまった。

全く、今頃「烏賊がさばける?」なんて失礼なこと言い出さないで欲しい。

だてに調理師免許持っている訳じゃないわよ。ぷりぷり。

自分が忙しいときは、全部私がご飯作っていたじゃないの。まったく。

 

でも、こんなところで意地張ってても仕方がないので、楽しい夕食へと演出。

ワインとチーズのサービスは私の担当。

21時にカイロプラティックの予約を入れていたので、一足先に席を立つ。

「来年もよろしくお願いします」と先生夫婦に挨拶をして、家を出た。

あー、もう年末が近いんだなあ。

 

カイロプラティックでは、死ぬほど痛い思いをして、「ぎえー」と悲鳴を上げてしまった。

一時期に比べたら、大分ましになってきたけれど、まだまだ身体がゆがんでるし、かんせつがつまってしまっているためリンパの流れが悪い。

そのため、むくみなど各所に症状が出てくる。

肩こり、腰痛、頭痛もそのせいだそうだ。

いつになったら、治るものやら・・・

 

終わってから、スチームで足を温める機器で足を温めるように指示され、25分温めてから、家に帰る。

実家に用事があったのだが、何故かとてもしんどくなってしまい、母に電話して「また近いうちに行くわ」と断りを入れて、薬を服用。

なんかだるくて、倒れそうなので、お休みなさい。

 

12月16日

今日は臨時で、女学院でアルバイト。

1月に、またまた交代してもらわないといけないので、12月ぐらいは、交代して入って恩返ししなくては。

 

今日はアルバイトの後NOVAに行き、その後友人とディナーの予定。

調子が悪いのだから、ゆっくりすればいいものを、こんなに体調が崩れるとは思っていなかったので、毎日予定を入れてしまっていた。

大馬鹿者。

キャンセルすればいいのかも知れないが、それもしない私は欲張りなのか、あほなのか?

ま、後者やろう。けけっ。

 

NOVAは2週間ぶり。

いつも2ヶ月から2ヶ月半に1回のペースだったから、前回よりはましかなあ。

と思ったが甘かった。

昨日の会話のこともあって、語学は絶対必要!頑張らねばと、気負っていたのだが。

まずは、フランス語。

初めての先生だったので、自己紹介をすると、やはり「チャンバラ映画」(と言う訳語は知らないので、film de samuraiと言っているが)というと、外国人の方には非常に興味を持たれる。

そこで、いろいろ聞かれるので、必死で研究内容をまくし立てるが、あまりに貧困なボキャブラリーに、舌はかみそうになるし、話すスピードも考えながらしゃべるものだから、のろいのろい。

しかも、しょっちゅうつまって、何度も「これってフランス語でなんて言うのか分からないけれど」とジェスチャーや簡単な単語で状況説明して、教えてもらう。

あっという間にレッスン時間終了。

マン・ツー・マンだったので、一人であがいていた。

でも、しゃべる意欲があるのはいいことだよ、と最後に言ってくれた。

 

次は英語。

フランス語が混じって頭がパニック。

これも新しい先生だったので、研究内容を聞かれる。

論文をかいつまんで、簡単に説明して、と言われ、これまた意地になって必死でまくし立てる。

しかし、ここでもボキャブラリーの貧困さが仇になり、何度も何度も直されながら、必死で自分の言いたいことを述べようと悪戦苦闘。

その意気があれば、すぐにレベル・アップできるわよ、とここでも最後に言われる。

 

だけれど、自分の研究内容ぐらいはちゃんとしゃべることが出来ないと、やはり情けない。

テクストの題材によっては、全然知らないことや興味のないことが話題になることもある。

それについて、単語も知らなければ、上手く話に乗れないのは仕方がない。

でも、今日は自分の研究内容じゃないか。

誰よりも私はそれに関しては、説明できるようでなければいけないのに、悔しいよう。

ちょっと、へこんでしまった。

 

梅田から今度は神戸に出て、友人の仕事が終わるまで、ファスト・フード系カフェで時間をつぶす。

しかし、会社は定刻通り?に終わるはずもなく、年末だから忙しいのか、予定の待ち合わせ時間よりも20分も遅れて連絡が入る。

まあ、こっちは店の中でコーヒーを飲みながら待っているからべつにいいけど。

この友人には最高2時間待たされたことがある。

その仕返しというわけではないが、私も一度だけ1時間半待たせたこともある。

お互い様である。

車だというので、中山手通の交差点まで歩いていき、拾ってもらう。

北野にあるベーカリーとカフェ・レストランが兼用になっている店があり、そこは車が止められるからと言ってそこに入る。

南の方はルミナリエですごい人なんだろうけれど、9時頃の北野は閑散としていた。

空いているから静かでゆっくり食事が出来ていいけれどね。

冗談で「家まで送って」と言うたら、「明日も仕事で朝早いから駄目」と言われ、三宮まで送ってもらう。

終電で帰ってきました。

ちょっと、お疲れ。

 

12月15日

女学院にてアルバイト。

昨日、よく休んだつもりだったのだが、朝からまたもや調子が悪い。

どうしてなんだろう。

 

それでも、頑張ってお仕事をしていたのだが。

昼食も食べて、少し仮眠。

と言っても、寝ている訳じゃないが、目をつぶってぼーっとしている。

午後も引き続き、頑張ってお仕事していたのだけれど、どうも胸焼けがしてきて、とうとう耐えられなくなり、ついには嘔吐。

あれ、もう胃薬も漢方も出してもらっているのに・・・何故?

 

困ったなあ。

夜は、日文研の山田研究部の忘年会なのに・・・

でも、吐いたらかなりすっきりした。

何か悪いものでも食べたのかしら。

お弁当を作る暇がなかったので、インスタントのパスタを食べたのだが、それがいけなかったのかな。

 

17時前から、片づけを始めて、いつもなら17時半近くまでかかるところを、17時10分には終わらせる。

場所は烏丸。

あわてて帰り、京都へと向かう。

当然のことだが、夕方のこんな時間に座れるはずもない。

ちょっとしんどいけれど、無事会場にたどり着く。

まだ、全員そろっていなかったので、一人先に水をもらい、漢方を飲んで準備万端。

ベトナム料理だったのだが、やたら付け合わせにハーブを持ってこられ、何かウサギになった気分である。

刺激の強そうなものは、なるべく避けて、食べるより飲む方に重点を置く。

え?そっちの方が胃に悪そうだって?

かも知れないけれど、結果的には、おうちに帰っても吐かなかったので正解やない?

 

山田研ではないが、助手のベネット先生も特別参加。

剣道家である先生と、この前の武道シンポジウムの話から、武道の話で盛り上がる。

英語で発表するのなら、ネイティブ・チェックもしてくれるというありがたいお話。

短いペーパーなら訳してくれるとまで言うてくれるので嬉しい。感激。

全然、英語の出来ない私としては、これを機に英語の良い勉強になるだろう。

しかし、二人で武道話でも盛り上がっていると、隣にいた子に「マニアックな話ですね」とつっこまれてしまう。

すまない。

でも、気分悪くなることなく、楽しい忘年会でした。

心優しい皆様に感謝。

 

今週は、忘年会多し。

体調を整えとかないと。

 

12月14日

読書会である。

今朝も起きると顔から手から足まで、体中がむくんでいる。

顔なんてむくみすぎて、目が一重になっているぐらいひどい。

読書会は15時からなので、むくみがとれたらいいなあと願いながら、ゆっくりとお風呂にはいる。

ちょっとましになったかなあ。

うーん、調子悪。

 

さて、読書会までの間、お楽しみの「バガボンド」を読み始める。

なるほど、結構面白い。

血の噴出や手足が切り落とされるシーンの描写は、映画とはまた違った残酷さを感じさせる。

そこに伴う擬音語も、想像によっては効果を増すのだろう。

絵があるのに、それを無視するかのように、私の頭の中に数々の役者が演じた「宮本武蔵」像がオーバーラップするから、面白い。

一つ一つの絵が大きく、割とせりふが少ないのですぐに読み終えてしまう。

 

読書会はいつものよう。

しかし、論文書いて欠席していたので、久し振りに勉強している気になる。

やはり、こういう会で学ぶのも大事なんだろうなあ。

自分一人じゃこなせない部分も、理解が広がるし、もしかしたらこういう機会がないと、読もうと思っているだけで読まずに終わってしまったかもしれない本との出会いもあるだろう。

そう思って、出来る限り参加しているのだが、時には今日のように体調が悪いために、思考が上手くついて行かないときもある。

そのために、発表者の発表が終わってから、質疑応答の時に、何か馬鹿な質問をしてしまう。

たぶん、発表の時に説明があったような気もするのだが、理解できなかったのだろう。

あかんたれやなあ。

 

夜は、東京土産を持って祖父母の所に顔を出す。

叔父が来ていて、私が来ると聞いて、ワインを買ってきてくれた。

なんか、私のワイン好きは、親戚の間でも知られてしまったようである。

いいのか、悪いのか。

 

12月13日

水曜日、引きこもったので、少し気が晴れたのか、木曜日はちゃんと女学院のアルバイトに行くことが出来た。

と言っても、まだ少し引きずっていたせいでぐずぐずしてしまい、電車に乗り遅れてしまったが。

久し振りにタクシーで女学院に行く。

仕事は普通にこなしていた。

気持ちを切り替える努力が効いたかな。

実は今晩から東京へ行く。

なので、落ち込んでいたらもったいない。

 

終わり頃、友人がやってきて帰りに「バガボンド」を貸してくれるという。

読みたかったので嬉しい。

でも、東京に持って行くのは重いので、帰ってからのお楽しみだな。

 

12月になって、一度も顔を出していないので、東京へ行く準備をして、祖父母の家に顔を出す。

たまにはワインをと思って、チーズに生ソーセージ。

普段祖父母が滅多に口にしないようなものを買っていく。

夜行なので、お風呂まで借りていく。

 

バスの中では眠れたようで眠れていない。

東京に着いたころは足がむくんでいた。

とりあえず、ちいちゃんの家に直行して、荷物を置く。

まだ、寝ているので、起きてくるのを待ちながら、TVを見ていた。

少しうたた寝をしながら。

 

今回東京に来た理由は、ディズニーランドに行くためである。

12日のみ有効の只券が2枚当たったので、ちいちゃんに付き合ってもらうことにした。

実は私は東京ディズニーランドと言ったところに行ったことがない。

生まれて初めてである。

ちいちゃんが午後に一つ授業があるというので、車で行って、授業の間、ティーサロンで本を読みながら待つ。

 

さすが東京。混んでるねえ。

渋滞に巻き込まれながらも、17時頃に到着。

アナウンスが流れている。

雨天のためか、本日の営業は20時までだと。

それにしても、入り口を入ったとたん、大きなクリスマス・ツリーが飾ってあって、みんながその前で写真を撮ったりするから、全然動けない。

漸くそこを通り抜けて、アトラクションを見に行くと、平日だというのに、85分待ちとかいう。

実は私は並ぶのが好きではない。

しかし、せっかく来たのだから、一つぐらい乗り物に乗らないと話の種にもならない。

あきらめて75分待ちという「スプラッシュ・マウンテン」に並んでみる。

またまたアナウンスが流れて今日はパレードが中止だという。

これもTDLの売り物の一つのはず。

それがないので、よけいアトラクションに人が集まる。

 

はれてきたせいか、結局営業は22時までになったが、もう並ぶのはこりごり。

ただ歩くだけでも、歩行困難な人の多さに、寒さが加わって、「もう、ええわ」と言う気持ちになってしまった。

あきらめの早いというか、もうこの人の多さに耐えられないというか・・・

「家に帰って、温かいお鍋でも食べてゆっくり飲もうか」ということで話が決まり、「スプラッシュ・マウンテン」で水しぶきを思いっきり浴びて、びしょびしょになっただけで、私のTDL体験は終わった。

 

今朝起きると顔までぱんぱんにむくんでひどい状態になっている。

サングラスでごまかすが、なんでこんなにひどいんだろう。

どこかで精神的にまだひきずっているのかなあ。

もっとタフにならなくてはあかんなあ。

 

帰りは折角高いお金を払ったのだから、意地でものぞみに乗ってやろうと決心。

そんなとこで意地はってもしゃあないねんけど。

すっかり疲れて家に着くと留守電が。

井上先生からの暖かいメッセージが入っていたのだが、残念ながら東京へ行っていたために、せっかくのお言葉を無駄にしてしまった。

こういうときに限って、外から留守電聞くのを忘れているのよね。

間が悪いなあ。

しかし、過ぎてしまったことは仕方がない。

今は柳に風。

流れに身を任してみよう。

 

体調からして、どうも調子悪いから。

 

12月10日

駄目だ、やはり、一人になると不安にさいなまれて、よく眠れず、朝からひどい頭痛で、完全に身体は引きこもり状態を起こしている。

ハンマーで思いっきり殴られたように、へこんでいる自分がいる。

一人で立ち直れない情けない自分に怒りを覚えながらも、倒れたまま何も手が着かない。

心なしか、身体がむくんでいる気がする。

昨日のやけ酒のせいか?

それとも、精神的なもの?

夜まで倒れていた。

何も出来ず、何ものどを通らず、眠ることさえ出来ず、ただただ布団の中でうずくまっていた。

目だけをランランと見開いて、空と見つめていた。

昨日のおぞましい出来事が私に何度も何度も襲いかかる。

全部私が悪いのだ。

自己嫌悪で吐き気がする。

閉じこめられた、闇。

 

12月9日

日文研にてアルバイト。

朝しんどくて、いつものバスに乗れずにお昼に到着。

 

しかし、そこで事件が起こった。

ちょっとした誤解、いや誤解なんてない。

他人の言葉をそのまま信じ、行動したのが私の軽率なのだから。

ナイーブ故、詳細は多くの人を傷つけてしまいそうなので、私の胸の内にしまっておくが、あまりのショックに、昼ご飯をもどしてしまった。

 

頭を混乱し、落ち込んで鬱になりそうになり、とにかく今一番頼れる人に連絡を取って、とりあえず逢ってもらう。

ぼろぼろになった私を支えてもらい、だいぶんと落ち着いた。

本当はもっと一緒にいて欲しかったのだが、明日も朝早くから仕事があるので、帰った。

逃げ場所があることがこんなにありがたいことだとは思わなかった。

心より感謝。

でも、まだ立ち直れない。

 

12月8日

女学院にてアルバイト。

そして、今日も謡曲のお稽古。

来週もあるのだが、日文研の方で忘年会の予定が入ったので、お稽古はお休み。

なので、今年最後のお稽古である。

 

「ずいぶんと歩き方がましになってきましたね」と言われ、半分嬉しいが、何年やってきてる年と思うと、半分情けない気持ちにもなる。

未だに「歩く」事一つこなせないのだから。

 

帰りは、竹葉亭で食事をして、実家に直行。

新しいプリントゴッコで、祖母の分、両親の分、自分のと大量にパカパカとプリントして年賀状を作成。

疲れてしまい、薬を飲んで昏倒。

 

12月7日

梅田に用事があったら、母も用事があると言うので一緒にお供する。

いつもはゴルフのはずの父がいるので、お好み焼きを昼ご飯に一緒に食べて、新しいプリントゴッコを購入し、父に持って帰ってもらい、母と共に梅田に行く。

 

以前書いたかもしれないが、「プリモ・コプエル」というしゃべる人形が母たちの間で大流行している。

母の用事は、本宅のおばさまにお歳暮代わりにその人形をあげるために買いに来たのだ。

しかし、少し前にTVで取り上げられたらしく、その後急に売れ出したようである。

阪神百貨店に行っても色違いはなく、黒一色。

二つないと面白くないからと言うのだが、同じ色だと見分けがつかないから違う色が欲しいという。

阪急に行っても、大丸に行ってもないものはない。

高島屋にも電話で問い合わせるが、黒しかないという。

とりあえず阪神で二個買っておいて、三番街に用事があった私に付き合ってもらう。

すると、突然「KIDDY LANDってこの辺りよね」というので、「すぐ上の階だけど」というと、「確か、そこにもあったはず」と執念を見せる母。

「ま、おもちゃ屋さんだからね」と相づちを打って一緒に探すと、グリーンのがおりました。

驚喜して購入する母の姿を、半ばあきれながら見ていたが、還暦になっても、いつも若々しくいられるアクティブな母の姿もそこに写してみていた。

私にとって、もったいないくらいの良い母だと思う。

しかし、鬱状態に陥ってから、罪もない母までも疎ましく思われるときがある。

本当は、育ててくれたことに感謝すべきなのに。

もちろん感謝はしている。

だけれど、相反した感情が出るときもあるのだ。

そんな自分がすごく嫌だ。

 

自己嫌悪。

 

12月6日

朝一でお稽古に行くが、昼からの用事に間に合わず、謡の稽古だけで終わる。

大分前に予約を入れていたので、あとで今日は面白そうな研究会があったことに気がついたけれど、あきらめた。

何の予約?

 

博士論文提出祝いを自分にプレゼント。

アロマテラピーの予約をしていたのだ。

それで、その後デートの約束だったのに、それは昨日に振り返られた。

久し振りにゆっくり三宮に出たので、少しぶらぶらしてみる。

もう、町はクリスマス一色だ。

 

携帯が鳴り、両親から食事の招待。

てっちりだ。

行きつけのお寿司屋さんで仲良くなった、両親の同世代4家族が還暦を祝して忘年会をするという。

うちを除いて、みんな子供が男の子なのである。

女の子は私一人。

高校生のころからの知り合いで、私はこのおじさま、おばさまたちに、娘のようにかわいがられている。

やはり、息子ばっかりだと娘も欲しくなるのかしら?

 

今日の夕飯の予定はなくなってしまったから、顔を出す。

「なおちゃん、こんなおじさんやおばさんばっかりに付き合わされて退屈でしょう。ごめんなさいね」と言いながらも、嬉しそうである。

私も、「てっちり」が食べられるし、文句は言いません。

たまには、世間のおじさま、おばさま方の話に耳を傾けるのもいいでしょう。

でも、こういう義理の世間づきあいが、後で胃に来ませんか?

みんながとてもよい人たちであっても。

 

わがままな、私の身体。

 

12月5日

5時頃に目覚める。

お風呂のスイッチを入れて、またストーブの前に戻る。

朝から頭痛がひどい。

6時頃からゆっくりとお風呂に入って、身体をリラックスさせる。

しかし、腰痛が治らない。

8時頃に母が起きてきて、まだ実家で転がっている私を見て、「間に合うの?」ときく。

「もう帰らないと、間に合わないけれど、腰が痛くて動けない」

論文を書いていて全然余裕がなく、じつはたん熊さんへは、2月以来行っていないのだ。

献立もおせちだろうから、まあ、中身は大体想像がつくが、何か新しいレパートリーが増えればと思うけれども、身体が動かない。

「しんどいし、たちくらみがする」

時間がどんどん過ぎていく。

「無理して、行かなくていいから、お休みの連絡を入れなさい」と母に言われて、登録抹消になっていては困るので、たん熊に連絡して、「体調不良」と来年のお稽古には必ずうかがうとの旨を伝える。

結局、車で送ってもらい、家で倒れている。

ふっと思いついて、カイロプラティックに今日で空いている時間がないか聞いてみると、20分後の枠ならあいているという。

すぐに予約を入れてもらい、身体をほぐしてもらいに行く。

 

「腰痛がひどくて動けません」

「うわ、どうしたんですか?変なかっこうしていたんですか?身体がいびつに曲がって固まってますよ。そりゃ腰も痛いはずですよ」

「治して下さい」

「努力します」

だが、頑強に固まってしまった私の身体を矯正するのは大変。

もう、どこをさわられても痛くて仕方がないが、ましになると思えばこそ我慢、我慢。

少し人間らしくなったかもしれない。

 

それからやっと念願の主治医の所に通う。

「先生、薬が全部きれてしまって。大丈夫かなと思っていたんですけれど、3日ぐらい前から胃痛と嘔吐で苦しくて。」

「眠れている」

「薬なしでは駄目だったんですけれど、頓服が残っていたので、頓服で眠っています」

「論文は?」

「何とか提出しました。1月19日に公開審査が決まりました」

「1月12日までは、何もせんとき。ゆっくり養生すること。薬はいつも通り出しておくけれど、胃薬の方は適当に間引いて飲んでもかまわないよ」

 

久し振りに主治医の顔が見られてほっとした。

一度家に帰り、連絡待ち。

本当は、明日の晩、家に招待していたのだが、あいにく先方が忘年会が入ってしまったらしく、急遽、今日会うことにしたのである。

病院がいつ終わるか分からないので、ご飯の支度が出来ないから、新開地まで出かけることにした。

「今から会社出るから」と電話をもらい、のこのこと出かけていく。

 

今朝は調子悪かったけれど、もう薬もあるし、ゆっくり休んだし、なんと言っても美味しいお酒は飲んでもいいと言われているから。

楽しい時間を過ごさせて頂きました。

忙しい中、ありがとう。

 

12月4日

女学院にてアルバイト。

その後、謡曲のお稽古。

夜は祖父母の年賀状を作らなくてはならない。

 

機械音痴の私がパソコンで年賀状が作れるはずもなく、当然、原始的なプリントゴッコ。

お稽古が終わってから、まず実家に車で帰る。

ローソンで原稿をコピーして、近くの居酒屋で夕食を食べる。

初めていったところなのだが、まあまあだった。

以前入った店よりは、美味しかった。

 

遅くなってしまったが、帰ってから、パカパカとプリントしていく。

祖父の分が出来て、次に祖母の分を作ろうとしたが、どうも調子が悪い。

ずいぶん長い間使ってきたから、もう機械が古くなってしまったのであろう。

やり直しをするが、上手く印刷できるようにならない。

12時過ぎているのと、胃痛がひどくなって、これ以上続けるのは無理と断念。

どうしたわけか、突然ものすごくしんどくなる。

胃薬を飲んだが、暫くして生唾があがってきてまた嘔吐。

家にも帰れなくなってしまい、泊まっていくことに。

明日は今年最後のたん熊さんだから、いつもより遅いし、朝帰ろう。

ガスストーブの前で腰を温めながら、丸くなっている。

胃痛と腰痛で身体が伸ばせないのだ。

つらい。

 

12月3日

今日は園田先生と小松先生の強い要望により、解析室で17時から懇親の場を持つという。だから2回生以上の院生も参加するようにと言われていた。

今日は高槻に映画を見に行く予定だったので、日文研に行くつもりはなかった。

おまけにカイロプラティックの予約も入れている。

はじめは行くつもりはなかったのだが、人数が少なそうなので、一緒に参加しようと後輩に誘われて、結局行くことにした。

でも、授業に出るつもりはないので、17時に解析室に直行すればいい。

 

今日のメニューは「柳生一族の陰謀」と「影の軍団・服部半蔵」である。

服部半蔵はTVシリーズの千葉真一の方が見たかったのだが、映画版なので残念ながら千葉真一の方ではなかった。

映画を見た後日文研に行って、17時までバイトをしようと思っていた。

しかし、2本とも2時間以上ある大作。

10時から見だして、終わったら2時は過ぎていた。

 

「柳生一族の陰謀」は前に見たのだが、ほとんど記憶から失せていた。

途中、面白くなくて、「あれ、こんなにつまらない映画だったっけ?」など考えてしまう。

やはり、黄金期を過ぎてから作られたチャンバラ映画は、迫力も失ってしまったのであろうか。

深作欣二の作品だけど、うーん。

覚えていたのはラスト・シーンだけだった。

 

あわてて桂に向かうが、それからが災難。

15時前に桂に着いたのだが、バスが20分後までないのだ。

おまけにそのバスが遅れてこないから、結局30分近く桂駅でバス待ち。

その間郵便局に行って一つ仕事は済ませたけれどね。

日文研に着いたら16時前。

1時間だけアルバイト。

日文研は本当に不便なところにあるなあ、と久々に実感。

最近は時間を決めて、必ずそれに乗っていたから、あまり不便と思っていなかったのだけれど。

17時に解析室に行くと真っ暗で鍵がかかっている。

おかしいなあ、と思っていると、発起人の園田先生がすっかり失念していたそうである。

そこで、急遽桂駅前の店に飲みに行くことになったのだが、予約を入れると満席で入れないという。

そこで、日文研に近い店になってしまった。

しまった、これではバスの時間が分からないから、帰りが好きなときに帰れない。

タクシーで帰るしか方法がないなんて・・・

泣く泣くカイロプラティックの予約をキャンセルしてもらう。

 

すごく久し振りに後輩にあって、刺激的なお話を聞かせてもらった。

そこまではよかったんだけれど・・・

実は、薬がなくなって昨日、軽い胃痛を覚えた。

それが今日になって、ひどくなり、帰ってから嘔吐。

やはり胃薬なしでは駄目か。

眠る方も、薬なしでは駄目だしなあ。

はあ、全然治癒していなかったのね。

これじゃあ、薬漬けみたいじゃないか。

 

ジャンキー?!

 

12月2日

朝から日文研に通う。

武道シンポが終わってから、女学院の方をメインに働いていたし、途中は完全にダウンしていたから、2週間ぶりの日文研である。

いつものように、データベースのアルバイト。

まず、新しく始まったCMの内容を入れるという仕事を教えてもらう。

なんだかよく分かったような、分からないような仕事であるが、とりあえずやってみてなれると何とかなるだろう。

一応サンプルももらっているし。

 

しかし、その前に私は動画処理の方を優先的にしなくてはならない。

こちらは変換しないといけないので、結構時間がかかる。

ついこの前に、やり方を教えてもらったばかりなのに、すでにもう忘れている。

機械音痴だからなあ。

今日は久し振りのNOVAだから、16時には帰らないといけない。

実は梅田でする用事がたくさん?あるのだ。

変換を待っていると、一つのCMを修正するのに、1時間かかるので、全然進まない。

あっという間に4時になってしまい、早々に日文研を後にする。

 

NOVAに行く前に、来週東京に行くので、夜行バスのチケットと、帰りの新幹線のチケットを買いに行く。

のぞみが増発されたおかげで、格安チケットの扱いがのぞみとひかり共通になってしまい、そのおかげで800円ほど値が上がってしまっている。

何か、悔しい。

でも仕方がないし、自由席のチケットは、前はあったのに今はない。

なんでだろう?

 

それからTSUTAYA堂山店に行って、会員の更新をする。

ぼけーっとしながら、「更新お願いします」とレジに立ったら、「あれ、小川さんですよね。お久しぶりです」といきなり声をかけられる。

え、誰?

「夏期のゼミナールの時にご一緒しましたよね」

うーむ。そういえば見たことあるような気もするが、なにせ夜の宴会の席でのこと。

覚えていない・・・

まずい、申し訳ない。

どうして、こう物忘れが激しいのだろう。

でも、向こうも少し勘違いしているのか、それとも酒の席のこと、私が言ったのか、はじめはよく分からなかった。

向こうは盛んに「千恵蔵ですよね」というのだが、いや「片岡千恵蔵」も好きだけれど、私の一番はなんと言っても「市川雷蔵」なんですけれど・・・

ま、いいか。

 

時代劇の棚をチェックするが、前と配列が変わっている。

市川雷蔵のコーナーも、若山富三郎のコーナーもなくなっている。

ああ、三隅研次の「子連れ狼」シリーズはどこへ?

しかし、店員に聞いて探し回っている時間はないので、あきらめてNOVAに行く。

 

ほぼ3ヶ月ぶりのNOVA。

当たり前のことだが、話せるわけがない。

確実に単語量が減っている。

相手の言っていることの聞き取りもどんどん落ちている。

今日は文法的なレッスンだったので、まだましだったけれど、何かについて語れっていわれると、何もしゃべられないだろうなあ。

おまけに、レッスン終了後、カウンセリングを受けろと言われている。

どうせ、「もっと詰めて来て下さい」と言われるのがオチなんだろう。

来たいのはやまやまだが、審査が終わるまでは、余裕がない。

と、覚悟してカウンセリングにのぞみ、言われる前に先に断りを入れる。

しかし、相手は商売人。

「前回のカウンセリングの時にお忙しいとうかがっていますから、気にしないで下さい。

このペースで来ているのに、ほとんど評価が落ちていないんですよ。

また詰めてこられるようになったら、すぐに取り戻せますし、レヴェル・アップもすぐですよ」とおだてられる。

評価が落ちていないわけがない。

ポイント数が減ってきているから、次回の継続を促したいのだ。

うーん。結構高いからなあ。

でも、語学は続けていないと本当に駄目になるから、どうしよう。

その時が来てから考えるか。

はあ、疲れた。

 

12月1日

ひえー。なんともう12月。

論文出してから、11月の残りは何をしていたんだろう。

こんなんで、審査は大丈夫なんだろうか。

 

そうそう、審査といえば、日程が決まったのよねえ。

運命の日は1月19日(月)となりました。

これまでに、プレゼンの準備して、レジュメ作って、発表原稿を作らなくては。

それまでに、まだまだ目を通しておきたい映画や資料がある。

ぼけぼけしてられないぞー。

 

とかなんとか思ってはいるけれど、なかなか出来ずにいるのは、私の怠慢?

11月も、映画はぼちぼち見ていたけれど、資料もあまり目を通していないし、本だって必要なものは1冊しか読んでいない。

 

そして、今日はアルバイト。

その後は食事に行くしなあ。

結局は何も出来ないのだ。

せいぜい空き時間に読書でもするか。

 

12月に入って、気のせいか学生さんの利用が減ったような気がする。

1月で後期も終わりだし、皆さんさぼらずに授業に出ているのかな。

あんまり忙しいと、混乱するので、これぐらいのペースはありがたい。

しかも、今日は待ちに待ったお食事会。

早く、終わらないかなあ。

 

西北で待ち合わせをしていたので、時間もあることだし、健康のためにちょっと寒いけれど、歩いていく。

まだ時間があるので、ジュンク堂へより、映画関係の新しい本が出版されていないか、チェックしに行く。

なんと、映画秘宝別冊の「キル・ビル」特集を発見。

これは買わねばと、早速購入。

待ち合わせ場所で、ウキウキしながら目を通す。

やっぱり、思っていたとおりのことなどが明らかにされ、チャンバラ映画を専門にしてきて、これが分からなければいけないよなあ、とか自分で自分を褒めてみたりする。

あほ丸出しやなあ。

 

前から行ってみたいと思っていたお店があったので、早速現地に向かうが、なぜか今日に限って「臨時休業」。

がっくり。

第二候補のお店に行く。

とても久し振りにお会いしたので、いろいろと話が弾む。

食べ物自体も美味しいけれど、一緒に食事をする人の雰囲気も非常に大事。

何か、一人でしゃべっていたような気がするけれど、本当に楽しい時間が送れて、心から感謝している。

また、次回おつきあいを願って、家路についた。

ありがとうございました。

 

今のところ、胃痛もおきない。

だって、今日は気持ちのいい時間だったから。

薬なしでも眠れそうな気がしたが、明日のことを考えて、やはり頓服を飲んで就寝。

よく眠れますように。

 

11月30日

はあ、今日でとうとう最後の薬がきれる。

今度の金曜日まで、5日間乗り切ることが出来るだろうか?

まてよ。

しかし、これで5日間無事に過ごせたら、薬なしでも大丈夫。

治癒したことになるじゃないか。

あ、でもまだ睡眠の方が危なっかしいけれどなあ。

でも一時に比べたら、ずいぶんと快方に向かっている。

そうだ、このまま突っ走っていけば何とかなるかもしれない。

 

夕飯は、近くに出来た「ちゃんこ鍋」を食べに行くことになっていた。

それまでは、いつものように高槻に映画でも見に行って・・・と思っていたが、断念。

 

午前中は母の用事を言いつかって、実家に顔を出していた。

昼食を共にしてから、一度家に帰ったのが間違い。

そのまま電車に乗ればよかったのに。

 

だんだん身体がだるくなって、動けなくなってしまった。

夕食の約束は今更ドタキャンできない。

なんだか寒気がするのである。

 

あれ、風邪かなあ、やばいなあ。

大人しく布団に横になって、先週の「武蔵」を見る。

なんだか、本当に面白くないなあ。

もうすぐ最終回じゃないの?

どうやってオチつけるんだろう。

でも、ここまで頑張ってみてきたのだから、最後まで見るぞ。

今日の分の予約をセットする。

 

夕食までまだ時間があるので、暖かくして休養をとることにしていた。

と言うのも、明日の夜は、私の敬愛する方とお食事会なのである。

ずっと楽しみに、シンポジウムも乗り越えてきた。

ちゃんと、体調を整えないとね。

 

ちゃんこ鍋はみそ味で、でもしつこくなくて、結構美味しかった。

店は繁盛している。

これから寒くなるといい季節だね。

今日は早く寝ようっと。

 

11月29日

今日は午後から映像学会関西支部会が精華大学で行われる。

午前中は母と社販のセールに出かける。

父の誕生日プレゼントに赤のベストを購入した。

還暦祝いである。

それからいろいろと服を見たが、サイズがなかったり、高かったりして、あまり買わなかった。

昼食を梅田で食べてから、遠路はるばる精華大学まで行く。

ちょっと遅くなったので、一人目の発表を聞き逃した。

実験映画の話だったらしいが。

2人目はマルグリット・デュラスのテクスト分析。

デュラスの映画や作品にあまり詳しくなかったし、大量に引用されていたフランス語がちゃんと解読できなかったので、いろいろ聞きたかったのだが、上手く質問がまとまらず、懇親会で少しお話をした。

話しているとすごく興味深い話が聞けて、刺激的だった。

 

その後は、かわいがって頂いている先生方に博士論文提出のご報告をして、審査に中島貞夫先生にお世話になることを言う。

ついでに「非常勤ありませんか?」とも聞いて回るが、どこも厳しいですね。

はあ、誰か一つでも世話してくれないかしら。

神様、お願い。

まだ、学位も取っていないのに、厚かましい考えかなあ。

 

11月28日

今日は、職員さんがお休みされているので、代わりに女学院でアルバイトにはいる。

いつもは交代ばかり頼んで、滅多に顔を合わさない、アルバイト職員さんと久し振りに会う。

いろいろ話をしていて楽しかった。

 

誕生日をすっぽかされて以来、私も忙しく、向こうも忙しくて全然会えなかった友人と、漸くご飯が食べに行けることになった。

今かなり忙しいらしいので、無理して時間を作ってくれたようだ。

感謝。

久し振りに逢えるのでうきうきしてきた。

早く、バイト終わらないかなあなどと考えながら、仕事をする。

といっても、まだ向こうの仕事の終わる時間が分からないので、何時になるか不明だが。

バイトが終わって後かたづけしているとメールが入る。

7時半に三宮。

17時半に終わったので、18時半には三宮に着いてしまう。

1時間経って待っているのはしんどいので、カフェでコーヒーを飲み、10分前に行くと、もうすでに来ている。

「待った?」

「20分ぐらい」

「だって、7時半って言ってたやん」

「雲行きがあやしくなってきたから、速攻帰ってきた」

「なんや、それやったらメールくれたらもっと早く逢えたのに」

悪いことしたなあと思いながら、いつもの行きつけの店に行く。

「なおと会ってなかった2週間の間、死ぬほど忙しかったわ」

なんだ、覚えてくれてたんだ。

何か嬉しい。

「久し振りやね」って言ってやろうかと思っていたけれど、そんな気持ちは全然なくなってしまったどころか、20分も待たせたことが気にかかってしまい、ひたすら謝ってしまう。

いつものように、心地のよい空間と心地のよい時間を送れて幸せである。

つい気を許してしまうせいか、酔いが回った。

気持ちがいい。今日は薬なしで眠れそうだ。

 

11月27日

久し振りに女学院にてアルバイト。

昨日、「子連れ狼」を見に行けなかったので、その反動と言っちゃ語弊があるけれど、今日は久し振りにDVDを見る。

見たのは「凶気の桜」である。

なかなか面白かった。

でも、窪塚君は「GO」の時の方が、演技がよかったような気がするなあ。

あ、「ピンポン」もなかなかよかったね。

 

でも結構忙しい。

すぐに満席になってしまって、だけど、コンスタントに学生さんに来られるよりも、満席になってしまった方が、ゆっくりDVDが見られるのでありがたいのだが。

原田芳雄がやっぱり上手いなあと思った。

この映画は「直打法」が出てくると聞いていたので、いつ出るかいつ出るかと期待していたら、最後の方に1回だけあった。

なんだこれだけ?

ちょっとがっかり。

 

昨日1日休んだが、何となくまだ体調が復帰しない。

肌はぼろぼろだし、身体は冷え切っているし。

そこへ電話が入り、母から叔父が東京から来ているので、祖父母の家に夕食を食べに来いという。

そこで、久し振りにワインを購入して、ついでに合鴨スモークも購入して、祖父母の家に向かう。

チーズも購入。

祖父母は私が行かない限り、洋食系統食べることは滅多にない。

せいぜいコロッケぐらいだろう。

なので、久し振りの違った料理に気分をよくしてくれたようだ。

祖父母孝行もしとかないとね。

 

11月26日

今日はビデオを持っているが、やはり大画面で見たい三隅研次の『子連れ狼』である。

が、しかし、とうとう疲労がピークに達して倒れてしまった。

夕方にカイロプラティックを入れていたから、それまでに見に行けばいいだけだったのに、動けない。

どうしても動けない。

水も飲めない、食事ものどを通らない。

ひどい頭痛と腰痛で、それに寒気がひどくて、布団から出られない。

どうしたもんかと思い、悩んでみても、身体さんが動いてくれないことにはどうしようもない。

論文提出した後、ゆっくり過ごせばいいものを、なんやかんやとふらふらしているからこういう事になる。

おまけに、もうすぐ薬がきれてしまう。

何度も起きようとしても、動けないものは動かない。

はあ、困ったなあ。

仕方がない。ビデオであきらめるか・・・

とにかく、身体さんを休ませてあげなくちゃ。

寝る前の薬はとうにきれており、頓服薬のみでごまかし、ごまかし眠っているのだが、やはり、無理があるみたい。

こういう日は1日中眠るに限ると思い、また頓服を服用して、カイロプラティックの時間まで、意識を失っておりました。

カイロプラティックでは、がちがちに固まった身体をほぐしてもらい、漸く少し人間らしくなったかしら。

はあ、脱力感。

ぶふー。

 

11月25日

知り合いが京都に紅葉狩りに行き、その後兄の店に行ってくれるというので、お誘いを受ける。

紅葉狩りの方はお二人の邪魔をするのは悪いので、遠慮して夕方に兄の店に行くことにした。

だんだん疲れがたまってきているようなので、お昼間はゆっくりとして、(本当は今日も高槻に行く予定だったのだが)、午後から母と待ち合わせて紅葉狩りに行く。

仁和寺の方面に行くか、南禅寺の方面に行くか大分と迷ったが、結局、夕食を食べるのが東山の方なので、南禅寺の方に行った。

平日なのにすごい人。観光バスが山のように駐車されていて、みんな永観堂までツアーで歩いていく。

しかし、今年の紅葉は綺麗ではなく、また暖かかったせいもあって、紅葉していない葉もたくさんあった。

永観堂は1000円。あれ、普段600円じゃなかったっけ?

外から覗いても、今年はあまり綺麗じゃないし、1000円けちって入りませんでした。

そのかわり、日向大神宮というとってもマイナーな寺社に行くと、人もまばら。

境内にある木は全部紅葉なのだが、半分がまだ青々としているのでもったいない。

もう少し時期をずらしてきたら、此処はすごく綺麗なところだろうなと思った。残念。

 

夕食は久し振りに美味しい懐石料理をいただく。

特に最初に出たなまこの食感が、今まで食べたことないくらいよくて、美味しかった。

焼き物が少し味付けが濃いかなっと思ったけれど、後は本当に薄味で久々の京料理を食べた気がした。

最近、京料理と言っても味付けの濃いところが増えたからねえ。

雑誌の情報も怪しいので要注意。

 

兄の店に行くと、ご夫婦はもう来られていて、すっかり出来上がっておりました。

兄の店も年齢層は若い方なので、やはり中年夫婦がいると少し浮いている気もするが、母と私も合流したので、あまり気を遣わないように配慮しておつきあいしました。

兄の店でたっぷりワインを飲まされて、酔っぱらって帰ってきました。

ふらふら。

 

11月24日

今日も高槻に映画通い。

今日は「赤穂城断絶」と「御用金」の2本。

「赤穂城断絶」は確か深作欣二だったような気がするが、いきなり松の廊下で始まり、それから長い間、討ち入りまでの経緯が描かれているのだが、それがちょっと冗長的で、見ていて疲れてしまい、うたた寝してしまった。

映画中に寝るなんて、疲れがたまっていたのか、不眠が治りかけたよい傾向なのか、複雑な心境である。

「御用金」も同様である。

何か途中眠いのである。

好きなチャンバラ映画のはずが、あまり面白くないんだよねえ。

やはり、もう映画衰退期に入ってしまった後の映画は、どことなく力がないのかしら。

それとも私が単に心身疲労がたまりすぎて体調が悪いせいなのかしら。

 

論文出しても、チャンバラから離れられない私であった。

夜は、「ボージョレー・ヌーヴォー」をまだ飲んでいない私のために、両親が買い置きしてくれていたので、飲みに実家へ行く。

なかなか美味しかったです。

 

11月23日

何だかなあ、疲れて眠いはずなのに、5時から目が覚めてしまう。

ちいちゃんを起こさないように、お茶を飲んだりしてまたベッドに戻るのだが、全然眠られない。

仕方がないので、転がりながら読書をしていた。

9時半になったので、畳の部屋にぎりぎりに敷いた布団でよく眠っている地位ちゃんを半ば恨めしそうに思いながら、お風呂にお湯をはる。

昨日、遅かったので、お風呂に入れなかったのである。

それからコーヒーを入れる準備をする。

昼からの結婚式なので、ご飯はいらないだろう。

10時の目覚ましで起きたので、思わず「よく寝るねえ。寝る子は育つよ」と言ってしまった。

先にお風呂に入ってもらい、その間にコーヒーを入れて、メールのチェックをする。

用意をしている間、私がお風呂に入ってしまい、出てから、今日の予定を聞く。

もう一晩泊まっていけばいいのに、遠慮して、ホテルを押さえたら三宮がとれなくて、なんと三田のホテルをとったらしい。

それなら、ほんとに家にもう一泊していけばいいのに。

2次会も何も決まっていないので、いつもは大阪の友達の所に泊まるから、たまには神戸で食事でもする?と言う話になり、夕食は三宮で食べることにした。

三田だとJR宝塚線(もちろん他にも行き方はあるが)なので、帰りは私もJRで帰ると塚口が宝塚線だから一緒に帰れるので、そうした。

 

さて、ちいちゃんを送り出してからは、シンポジウムも終わったし、久し振りに映画でもゆっくり見るかと、念願の「修羅雪姫」を見に行く。

断っておくが、梶芽衣子主演の方であり、釈由美子の方ではない。

近くではビデオでも手に入らなかっただけに、感動しました。

かっこいい!!

 

「キル・ビル」との影響関係なども分かって、なおさら面白かった。

実は高槻で「キル・ビル」公開記念も兼ねて、「不滅の時代劇傑作選2」をやっている。

1の時もずいぶん高槻の映画館に通った。

2もなかなかの作品揃い。

2本立てなのだが、もう一つの「必殺仕掛け人」はいまいち面白くなかった。

だけれど、「修羅雪姫」を大画面で見られただけでも大満足。

いやあ、やっぱり、映画館で映画を見るのって楽しいね。

 

11月22日

朝は9時頃まで、日文研ハウスでゆっくりして、忘れ物がないか確認をして、院生室に荷物を置きに行く。

コーヒーを入れて、朝から来ている院生と談笑。

今日は10時から鈴木先生のゼミがある。

今回の発表は私にとっても非常に興味深い内容であり、本当は参加したかったのだが、仕事があるので断念。

みんなを見送った後、お昼ご飯を食べる時間がないと思い、ブランチを兼ねて10時半にご飯を食べる。

それから貴重品を持って講堂へ。

早速お手伝い。

受付の手順を聞き、配る資料を整え、舞台に行って、スクリーンに映し出されるときに看板にかかってしまうため、スクリーンを使用するときの看板の昇降の操作を担当。

あとは、最後の質疑応答の時にワイヤレスマイクを持って会場内を走り回る役目。

 

後は舞台裏で待機。

今日の講演者は、知る人ぞ知る柔道で金メダルを日本から初めて取った「アントン・ヘーシンク」先生と、柔道と言えばこの人、「山下泰裕」先生である。

しかし、客の入りが今ひとつ悪いので、みんな人数集めに必死である。

柔道にはあまり興味がない上、舞台裏にいるので、ヘーシンク先生の発表は英語だし、よく分からなかったが、あまり面白そうではなかった。

(実際、一部で不評が出たみたいである。)

山下先生は、さすがにしゃべりなれているのだが、今度はしゃべりすぎて、全然時間を守ってくれない。

新幹線の時間も決まっていて、終わったら急いで帰るのでタクシーの予約まで依頼していたのは本人なのに・・・しゃべりすぎ。

最初の打ち合わせとはずいぶんずれてしまい、質疑応答の時間がほとんどとれなかった。

みんな時間は守りましょうね。

 

講堂の後かたづけをすませ、先生方をタクシー並びに送迎バスで見送ってから、漸く帰る準備が出来た。

一緒に働いている職員さんが駅まで送ってくれるというありがたいお言葉に甘えさせて頂き、駅まで送ってもらった。

 

久し振りに大阪の友達の家に行くと、3月下旬が予定日だということで、結構大きなお腹をしていた。

あまり負担をかけないように、自ら動いて、集まってきた他の友人たちと鍋を囲む。

ちいちゃんと、家に帰り、狭い部屋だが、我慢してもらう。

明日の予定を聞くと、12過ぎに三宮に着けばいいので、家を11時半に出ればいい。

朝はゆっくり寝るからといって、10時に目覚ましをかけてお休みなさい。

私も疲れました。

 

11月21日

朝も早くから目が覚めてしまい、東向きの部屋なので、朝日を浴びて爽快な目覚め。

朝もこんなにゆっくりしていていいなんて夢のよう。

着替えると、貴重品だけ袋に入れ、8時過ぎに院生室に行って、お茶を飲む。

いつもは9時半近くしか入れなかったので、今日は張り切って8時半に出勤。

あれ、まだ誰も来ていない。

鍵がかかっているので、仕方なく、一度院生室に戻り、時間つぶしに読む本を取りに行き、会場で待つ。

事務の方がやってきたので、挨拶をして、早速準備にはいる。

受付の設置。

昨日充電しておいたポータブル同時通訳機を各席に並べていく。

新しい資料の配付。

受付。

通訳の方との打ち合わせの案内。

あっという間に10時になり、あわてて会場にてスタンバイ。

会場録音ははじめから入ったが、同時通訳録音の方が、チャンネルを合わせ間違いで最初がきれてしまった。

でも、挨拶だから発表に支障がないからいいか。

シンポジウムも明日の公開講演会で最後。

さすがに先生方にも疲れが出てきている。

もちろん全日参加されない先生もいるので、会場が満員になることは少ない。

前半は剣道家の先生が多かったが、後半は柔道家の先生が増えた。

もちろん空手など他の武道をたしなんでいらっしゃる先生もいる。

 

半分同時録音を聞きながら、先生のサポートなどをしたりしていると、発表の内容の半分も聞けない。

しかし、非常に面白かったのが、剣道のオリンピックの登録問題に関する話である。

剣道のオリンピック委員会への登録問題については大きく二つの問題がある。

一つは、知らなかったのだが今韓国で「足道(コンドウ)」が大流行なのである。

しかし、防具から竹刀まで、全く日本の剣道と違いはない。

違いを強いて挙げるなら、よりスピーディーで、力任せに相手に打ち込んでいく。

すなわち身体の大きい選手の方が有利な感じである。

しかし、面白いことに、この「足道」は韓国起源のオリジナルな伝統武芸であり、それが日本に伝来して日本の剣道へと定着した、と言う説がほぼすべての韓国人が信じているという事実である。

そして、この「足道」をオリンピック正式種目として登録し、世界に広めようという運動が起こっているらしい。

すなわち、どちらが先に世界の種目として認知されるかによって、起源説からすべて変わってくるわけである。

オリンピック正式種目にならなくても、とりあえず、世界のスポーツとして「剣道」を先に登録してしまえば、剣道は日本発祥の武道として認知されるというわけだ。

第二の問題点は、ただでさえスポーツ化している剣道が、オリンピック正式種目となった場合、柔道のように、もはや伝統的な武道から離れて、勝敗のみを重視したスポーツと化してしまう事へのおそれである。

しかも、この発表が柔道家の多い中で発表されたものだから、当然柔道家も黙ってはいられない。

お互いのたしなむ武道(といっても、素人の私から見てもどちらもかなりスポーツ化しており、武道と呼ぶのか、まあ武術とは絶対呼べない代物になっていると思うのだが)の擁護や正当性、国際性の意義などに必死の発言が繰り広げられた。

 

個人的に興味深かったのが、柳生新陰流剣術、神道夢想流杖術など(後は聞き逃したのだが、弓道や柔術、空手にも取り組んだことがあるそうだ)古武術の稽古を中心にいろいろ武道をたしなみ、武道雑誌を編集しているアメリカ人の先生の発表だった。

それは全剣連居合いの制定型がコロコロと変わるといった矛盾点を指摘し、それゆえ、現在はもっぱら古武術で、理合いの納得のいくものにのみ武術としてたしなみ、そしてまたその精神性というものにも還元していく姿勢へと変わっていったという話であった。

武士道の精神はどうでもいいのだが、外国人である彼から、武道というものがきちんとした身体運用取り合いを持った動きとして、継承されていないということを指摘された部分に非常に共感を覚え、また、ある日本人に、「そんなにいろいろな種類の武術(武道)に手を出してかじるのは、いかにも外国人のオリエンタリズム的なあこがれだ」といったことをいわれたことがあるそうであり、それに対して覚えた反感は、武術が総合的なものであり、剣術であろうと杖術であろうと、体術であろうと、共通する身体運用を持ったものであることを実感したからであるというような趣旨を述べていたことにも、共感したからである。

スタッフでなければ、是非質疑応答にも加わりたい所だったが、ちゃんと発表を聞くことが出来ずに、非常に残念である。

セッションがすべて終わった時点で、一応、名刺交換をして、「神道夢想流杖術をやっています」という話をすると、「NYから40分ぐらいの所だから、是非遊びに来て、一緒に稽古をしましょう」といって下さった。

でも遠いよ。

 

最後の発表は研究者ではなく、空手の指導家であるイスラエルの人だったが、彼が今していることは、空手という競技を通じて、戦うものではなく、平和のために武道を行うという運動である。

イスラエルと言えば、パレスチナとの問題を抱えていることは、いうまでもないが、イスラエル人、パレスチナ人たちに空手を教え、競技スポーツとして試合を通じ、普段なら的としてしか見なさないのを、空手という共通点より試合の後は握手をし、お互い友好を深めていこうという草の根の運動だそうである。

この問題は参加者にとっても大きな興味対象となり、質疑応答が絶えなかった。

これも非常に興味深い問題だが、日本語、英語の質問が飛び交うために、私は手動で同時通訳機のチャンネルを変えて録音せねばならず、ゆっくり聞くことも出来ず、忙しかったので、至極残念だった。

質疑応答が長引いたために、今日も遅くまでずれ込んでしまった。

明日は昼からの講演会なので、先生方は飲みに行くようだ。

コミュニケーションをはかって下さい。

最終日なので、忘れ物がないか、いらないものなどをすべて回収し、研究室をもとの状態に戻す。

プロジェクターの返却、同時録音機の回収、OHPをもとの場所へ設置し、モニターも戻して、片づけをしていると、またまた8時になってしまった。

皆様お疲れ様でした。

今晩も日文研ハウスに泊まりだから、院生室でご飯を食べて、部屋に戻る。

またまたゆっくりとお風呂に入って、明日はちいちゃんが来るので、連絡だけをつける。

大阪の友達の家で、鍋をやっているから、私は仕事が終わり次第、そこの家に駆けつけて、一緒にご飯を食べたら、帰ることにして、打ち合わせ終わり。

読みかけていた本も読み終わり、院生室から持ってきた次の本に取りかかる。

明日は11時前に講堂に行けばいいので、今日よりも楽である。

 

11月20日

雨。

大荷物を持って、雨の中7時半に家を出る。

今日は雨のせいか、バスが遅れて全然こない。

スタッフの一人に携帯で連絡を取って、場合によってはタクシーで行こうかと相談したが、今日は手が足りているので、大丈夫とのこと。

15分遅れでバスがきて、それから日文研に行って大荷物を院生室においてから、会場へとまた走っていく。

「遅くなってすみません」

「大丈夫よ」

あれ、また受付がいない。

ぎりぎりまで受付をして、10時になったら、素早く会場内の操作パネルの前に滑り込む。

録音スタート。

相変わらず、時間は押せ押せ。

休憩を挟むので、どんどん時間がずれていく。

その間テープを止めていたり、始まったらまたスタートしたりと結構忙しい。

常に二人いると楽なのだが、人数が足りていないのか、中にいるのは私一人のことが多い。

ポータブルの録音機はリバーシブルではないので、手動でテープを入れ替えないと行けない。

パワー・ポイントを使う先生が、設置されているマイクを使うとハウリングがする。

そこで、あわててワイヤレス・マイクに持ち替えてもらう。

何とかハウリングはやんだ。

機械音痴の私が、原因が分かるはずもなく、とにかく苦心してやってみたら、たまにはうまくいくものだ。

と言っても、先生に「ハウリングをどうにかして」と言われたときには、どうしようも出来ず、次の休憩時間に実験して切り替えることにしたのだけれど。

 

はあ、急にOHPを使うと言い出す先生は出てくるし、パソコン2台使うという先生も出てくるし、いったい何なの?

といっても、遠方からこられているのだから、機嫌良く帰ってもらいたい。

同時通訳のテープをダビングして欲しいといわれたら、はいはいと聞き、スタッフの出来る限りのことはさせて頂く。

今日も6時で終わるところが、6時半になって漸く終了。

あす、DVDを使いたいという先生がいて、パソコンとプロジェクターをつないで写るかどうか実験していたら、8時になってしまった。

でも、今日は日文研ハウスだから、帰る心配をしなくていい。

なんて楽なんだろう。

院生室に帰って、持ってきた夕食をすませ、日文研ハウスに行って、ゆっくりとお風呂にはいる。

でもまだ、10時にもならない。

感激。

これで帰ってたら、今頃家に着いたころだな。

朝もゆっくり出来るし、TVでニュースを見た後、ゆっくりとこれから読書をしよう。

こんな事なら、初日から泊まればよかった。

 

11月19日

ふらふらになりながら、7時半に家を出る。

緊張しているせいか、余りよく眠れなかった。

発表中に眠くならなきゃいいんだけれど。

9時半前について、荷物を院生室に置き、会場に走っていく。

新しい資料の追加のコピー取りなどで、スタッフの人数が足りないのか、受付に誰もいない。

10時開始なので、もう先生方が到着し始めているので、あわてて受付をする。

あれ?今日の受付って誰だっけ?

そんなこと言っている暇もなく、挨拶し、受付をこなしていくと、あっという間に10時。

録音や照明をしなくてはならないので、そのあたりにいるスタッフの人に受付をお願いして、あわてて会場に入り、奥の操作パネルの前にスタンバイ。

ぎりぎり間に合った。

さあ、今日も午前中3人の発表者がいる。

しかし、やはりぶっ通しでは、出来ないので、途中休憩をとると、今度は昼休みの時間が削られる。

仕方がないので、昼の開始を10分遅らせると、こうしてどんどん時間がずれ込むことになる。

発表者も熱心でいいのだが、皆さんあまり時間を守らないのね。

半分発表を聞きながら、半分は次の準備や、録音のチェック。

「武道」シンポジウムなので、きっと面白い話がたくさん聞けるはずだと思っていたが、とてもじゃないけれど、そんな余裕はない。

残念だなあ。

 

発表あるいはコメンテーターの先生方の大半は武道をたしなんでいるようだ。

主に柔道。次に剣道。

少数派だが、空手に合気道、弓道、居合道といったところかな。

もちろん、いくつか重なってやっている方もいらっしゃる。

発表を聞いていて、私も思わず質問したい!!という衝動に駆られることもあるが、スタッフなので、もちろん発言権はない。

笑顔を絶やさず、先生方の要望に応え、出来る限りスムーズにシンポジウムが進行するようにつとめる。

しかし、さすがに疲れるなあ。

今日は午後の発表が2人だったので、17時過ぎに終了した。

後かたづけをして、明日の準備をしていたら、あまりに疲れ切った私の顔を見て、「日文研ハウス」に泊まったら?と、提案して下さる。

「泊まれるんですか?」

「手続きとりましょう」

「じゃあ、明日、明後日とお願いします」

 

「日文研ハウス」というのは、外来の研究員や、外部から今日のようなシンポジウムや研究会などで日文研に来られた先生方が宿泊できる施設のことである。

1泊1900円で、ビジネスホテルのシングルルームなみ。

ただし、日文研のまわりには、コンビニも何にもないので、着替えの他あらかじめ食料も持ちこまなくてはならない。

さあ、今日は帰ったら、2日分のお弁当を作って用意して行かなくては。

でもラッキー。

しかし、論文の時でも泊まり込んだことないのに、何が悲しゅうてシンポジウムで泊まり込みしなくてはならんねん。

でも、通うこと考えると楽でええか。

 

11月18日

シンポジウム初日。

いつものように7時半に家を出て、電車に乗ったまではいいが、なんと電車が遅れた。

ということは、ぎりぎりの時間で予定を組んでいるバスには、当然ながら乗り遅れた。

今日は、初日と言うこともあって、みんなは9時出勤。

家の遠い私だけ、免除されて、9時半前にはいることになっていたのに・・・

次のバスの時間を調べると、絶望的。

10時になってしまう。

泣く泣くタクシーで日文研に駆けつける。

 

到着すると、みんなあわただしく準備に追われている。

私も早速仲間に加わって、機器操作の確認。

私の仕事は、機器操作。

発表者の水の入れ替え。

テープの録音。

一応国際シンポジウムのため、外国からの研究者の発表もある。

そのため、同時録音が入るのだが、発表言語と同時通訳言語と両方を記録しておかなくてはならない。

本来なら、同時通訳と会場発表と同時に録音できるはずのデッキが設置してあるのだが、いざ、発表が始まってみると、なんと壊れて作動していないことが発覚。

左が会場、右が同時通訳のはずなのに、左しか作動していない。

あわてて気がついて、スタッフの一人が手動のコンパクトな録音機を探してきて、あわてて同時通訳機につなぐ。

午前中の挨拶。一人目の発表者と二人目の前半が同時通訳の録音ができなかった。

しかし、すんでしまったことは仕方がない。

主催者の先生方に、事情を説明。

初日だからハプニングはつきもの。

機械が壊れていたのを事前に確認していなかったのは、スタッフサイドの落ち度かもしれないが、実は全日の最終打ち合わせと機器点検、資料の設置など諸々の準備は、私は女学院でアルバイトしていたために、いなかったのだ。

でも、いても気付いていたかは問題だけれど。

 

ポータブルの同時通訳機を、ポータブルの録音機につなげているので、発表者や質疑応答の時に、英語と日本語のチャンネルを手動で変えなくてはならない。

そのために、面白うそうな発表があっても、片耳は同時通訳を聞いているために集中して聞くことが出来ない。

また、真向かいに座っている先生の指示が目と手で飛んでくるので、それを把握して、対応しなくてはならないので、大変。

しかも、1人1時間の持ち時間で、休憩なしに、3人ぶっ通して、最後に総合討議が1時間。

誰もそんな体力が持つわけないので、2時間経ったところで5分休憩を入れるが、5分ですむはずがなく、10分になり、そして、どんどん時間はおして、最終的には、15分〜20分遅れになる。

 

今日は、初日でレセプションもあり、後かたづけをすませた後、あまりに疲れたので、先生に挨拶して帰ろうと思って、顔を出すと、逆に捕まってしまい、「ご苦労様。もう論文出したし、ほっとしたやろう」と言われ、ビールをつがれ、話し込んでしまい、とどめに「こういうレセプションに堂々と顔を出すぐらい厚かましくないと、審査には耐えられないよ」と言われる。

「え、私のことですか?」と笑いながら答えて、結局最後まで付き合うことになり、家に帰り着いたときは、ぼろぼろに疲れていました。

お休みなさい。

 

 

11月17日

朝から女学院でアルバイト。

昨日もちゃんと、薬を服用して眠ったのだが、夜中に何度も目が覚めて、何かよく眠れなかった。

でも明日からシンポジウムが始まるし、そのために木曜日はお休みをするので、今日はバイトに精進しなくては。

それにしても、昨日意地をはって飲みに行ったりしたから、疲れがとれない。

やっぱり歳なのかなあ。

悲しい。

家で大人しく休んどければよかったものを。

ここ最近、眠いと感じるときも多かったので、喜んでいたが、結局いざ寝ようとなると眠れないのよねえ。

身体は絶対に睡眠を欲しているはずなのに。

 

久し振りにDVDを見るが、結局、半分しか見ることが出来なかった。

次に出勤するのは11月末。

もう、学生さんの貸し出しトップになっているだろうから、当分見られないなあ。

 

帰ってから、カイロプラティックでほぐしてもらう。

10月の論文書いていたときよりは、ずいぶんとましになっているそうだが、まだまだ身体がゆがんでいるので、肩や頭が痛い。

治らないねえ、なかなか。

身体をほぐしてもらったら、よけいに疲れてしまった。

明日から大丈夫かなあ。

 

11月16日

とうとう33歳になってしまった。

朝から、友達からバースデイ・メールが来て嬉しい。

今日は、夜はとても大切な人と食事の約束をしていた。

やはり誕生日ぐらいは、すてきな夜を過ごしたい。

ここ何年かは、ろくな誕生日を迎えていなかったから。

 

と、心躍らせていたのもつかの間。

なんと、ドタキャンされてしまったのだ。

がーん。

大事な用事が入って、どうしても無理なので日にちを変えて欲しいとメールが入ったのだ。

そんなあ。

でも、いつでも時間がとれれば逢えるし、向こうは今日しか駄目な用事が入ったというのだから、文句は言えない。

はあ。

ちょっと悔しいけれど、あきらめるか。

 

それでも何となく、肩すかしを食らって気分がすっきりしない。

家に帰って、呆然としていたが、にわかに性悪根性が出てきて、知人に連絡を取り、飲みに行くことにした。

懲りないやつである。

でも、やっぱり何となく意気消沈。

 

11月15日

 

朝から、お稽古。

午後から出かけるので、朝一で先生宅にうかがう。

謡のお稽古。

寝起きなので、なかなか上手く声が出ない。

それから、舞のお稽古。

 

「大体はよろしい」と言われながらも、細かい箇所を直される。

扇を後ろに払って、前に乗り込む(といってもどんな動作か分からないだろうけれど)という動きがあるのだが、右手で扇を払うときに、身体がねじれるのがいけないと言われた。

論文でいろいろ身体運用の研究をしてきたが、能楽の身体運用は本当に武道と共通している。

ねじった身体の使い方は禁止されているのだ。

というか、着物を着ていると、身体はそんなにねじることが出来ないはずなのである。

それをさかのぼって考えてみると、能楽が発祥して、いろいろな型が出来上がってくるのだが、そこには、もともと身体をねじるという動きがなかった。

そういう身体運用を日本人はしていなかったのではないだろうか、と思える。

もちろん、これは私の創見でも何でもなく、甲野先生をはじめ、いろいろな方がすでに多く指摘していることなのだが、自分でお稽古をすると、改めて実感するのである。

そうかあ、歩いているときに上半身がふらついたり、構えている手が前後して動いてしまうこともきつく注意される。

腰が入っていない証拠なのだろう。

何年も稽古しているのに、未だにねじった身体の遣いをしているのは、稽古が足りないせいか。

それとも意識して、そういう動きをしてこなかったせいか。

とにかく、私の舞はまだまだへたくそだと言うことだけは確実だ。

精進せねば。

 

今日は午後からご馳走である。

兄と義姉と私の誕生日が、それぞれ9月、10月、11月にある。

私の論文提出も無事すんだこともあり、夏に還暦祝いに行った店が気に入った両親が3人の誕生祝いを兼ねて、食事に行くことになったのである。

しかし、兄夫婦は店があるので、少し早めの時間と言うことで16時から。

昼食を食べると、16時にはお腹が空かないし、どうしようかずいぶん迷ったが、朝から何も食べていないのも何だかなあ、と思い、軽くご飯一膳を食べる。

けれども、やはり16時にはお腹が空かなかった。しまった。

フレンチと言うよりは、ビストロみたいなお店なのだが、とにかくボリュームがあるお店(しかも安い)なので、お腹がはち切れそうにいっぱいである。

やはり、欲張って昼食を食べたことを後悔。

しかし、美味しいワインと食事で満足である。

帰りは兄のカフェによって、チャイを飲み、家路につく。

割と早く帰ってきたのだが、あまりにも疲れていて、顔を洗って、薬を飲んでそのまま寝ることにした。

お休みなさい。

 

11月14日

 

今朝も9時過ぎから、日文研。

昨晩、お稽古で帰りが遅くなり、実家に泊まったのだが、あいにく頓服しか持っていなかった。

しかも、今の私にはちょっときついぐらいのもの。

でも、薬なし実験は失敗に終わったので、頓服を服用。

そのせいか、朝から眠い。

珍しく、朝の電車の中で、本を読んでいる家に眠ってしまった。

おお、これはもしかして、不眠が治りかけている良い傾向ではないか??

しかし、アルバイト中も眠いし、眠いと言うより、とてもだるい。

とにかく立っていられないだるさ。

論文を出し終えて、すっかり腑抜けになってしまったのか。

 

昼休みに院生室に帰って、ソファに横になる。

かといって眠れるわけではない。

14時から来週の国際研究集会=国際武道シンポジウムの打ち合わせがある。

そこで眠るわけにはいかないので、休養をとるのだが、ついつい他の院生と話をしてあまり休めない。

楽しいんだけどね、みんなと話していると、刺激的で。

13時過ぎにバイトに戻り、やりかけの動画作成をする。

それから打ち合わせ。

案の定、眠い。でも必死でお話を聞くが、これまでの打ち合わせは論文のために出席していなかったので、よく話が飲み込めない。

とりあえず、研究発表時の機器の操作が私の担当らしい。

手が空いていたら、受付も手伝うことになった。

18日から22日まで、毎朝7時半に家を出なくてはならない。

つ、つらい。

しかし、遅刻は禁物。

しかも、服装もスーツかスカート。ジーンズというわけにはいかない。

寒くないといいんだけれど。

 

打ち合わせが終わってから、研究発表が行われる第一共同研究室に、機器操作の確認に行く。

プロジェクターが上手く作動しない。

結局、別のプロジェクターを使用して、漸くスクリーンに映し出せた。

あとはOHPだが、これは問題なさそうだ。

照明のボタンや、ブラインドの昇降ボタンなどを確認。

何とかなりそうだな。

端末室に戻って、5時までアルバイトの続きをする。

なんか、へろへろ。

一緒に働いてくれている職員さんは「疲れがたまっているのよ」と言ってくれるんだけれど、こんなにふらふらで大丈夫かなあ。

 

家に帰ってからも、布団に横たわり、眠れぬ身体をもてあます。

体力ないなあ。

 

11月13日

 

2週間ぶりに、ようやく女学院のアルバイトにも復帰。

新しいソフトが入っていて、少しとまどう。

学生さんに聞かれて、即座に対応できなかったのである。

そっか、もうこれだけ新しいソフトが入っているんだ。チェックしとかないと、人気が集中するわなあ。

だけど、今日はあまり忙しくなくて良かった。

何か久しぶりで、感覚が取り戻せないから。

でも、来週は日文研でシンポジウムがあるから、また休むんだけれど。

はあ、昨日片づけていて思った。

全力投球してきたつもりで、部屋中資料だらけにして書いてきたんだけれど、結構昔に集めた資料を生かし切っていないことに気付いたのだ。

ああ、これもつかえる、あれも使える。

これを使ってああ書けば良かったかな、とか。

それは全部、審査の時の質疑応答のために抽斗を作って入れておこう。

 

おととい、寝ているようで眠れていなかったかもしれない。

だから昨日はちゃんと服用して眠ったのに、4時間で目覚める。

論文出したあと、先輩が「今から冬眠するよ」って言ってたっけ?

私は冬眠も出来そうにないなあ。

それに、やっぱり審査が終わらないことには落ちつかへんわ。

 

んー、なんか今日は変だなあと思ったら、「宗教強調週間」だった。

時間割がいつもと違うのだ。

だから、学生の入れ替えもばらばらなのね。なるほど。

 

今日はアルバイトのあと、1ヶ月ぶりのお稽古である。

舞とか忘れちゃったなあ。やばいなあ。

基本形からやり直しかしら?

謡も全然謡ってないし、大変やわ。

 

論文を書いている間は、すべてのことを後回しにしてきた。

今それが山のようにたまって、雪崩が来る直前のように崩れかかっている。

一つずつ片づけて行かなくては。

アドレスの変更や、ノートンの更新(有料みたいなんだけれど、よくシステムをまだ理解していない)。

いろいろな出欠の返事。

それから、それから・・・うーん、何かよく分からなくなってきた。

 

明日は日文研。

来週のシンポジウムの打ち合わせである。

 

11月12日

 

やっと復帰して、朝から日文研に行く。

実は昨日、実験をしてみたのだ。

これまでにないことだが、いやそれは違う。

これまでずいぶんなかったことなのだが、昨日パーマをかけてもらっているときに、なんと、ふっと睡魔に襲われたのだ!!

帰りの電車の中も、本を読んでいたのだが、何となく眠い!

もしかして!?

 

家に帰るとどっと疲れてしまい、この勢いだっと、心の中は狂喜乱舞して、そのまま眠ることにしたのである。

そう、薬を飲まないで。

1時間おきに目が覚めたけれども、それでも何とか4時間は眠ったと思う。

というのも、朝から体調がおかしくないのだ。

いつもなら、身体が震えてきたり、頭がすかすかした感じになったり、まあ、自律神経失調の状態に陥るのだけれど、今日は、大丈夫そうである。

この、「そうである」というところがポイントね。

 

早く寝たから早く目覚める。

当然である。

朝からお風呂に入り、ついでに洗濯をした。

掃除もして、日文研に出かける。

午前中は何とか普通に過ごした。

昼ご飯も食べた。

 

が、しかし、である。

午後になると、変調を来しだしたのだ。やっぱり。

とにかく、立っていられない。

立ってしゃべっていると、すぐにしゃがんでしまう。

軽いめまいが続く状態かな。

それでも、今日からアルバイトも復帰である。

張り切ってやっているのに、だんだん波にのまれていき、おぼれそうになる。ありゃま。

それでも17時まで頑張って、久しぶりに働きました。

 

院生室に戻ると頭がくらくら。

やることはあるんだけれど、結局18時で帰る。

晩ご飯はあまり食欲ないので、少しだけ食べるが、とにかくしんどい。

やはり薬を飲まないと駄目なのかなあ。

寝たと思ったのになあ。

立っていられないので、床にへたり込んで、論