オガワの不眠日記・2002

 

12月31日

朝から着替えてバリバリと働く。

偉そうなことをいっているが、私は出し巻き玉子が苦手である。

手首のスナップが上手く利かせられないので、厚くなってくるとひっくり返して巻いていくのが崩れてしまうのだ。

だからって焦げ目がついても美味しくないし。

半熟の薄い膜を崩さずに巻いていく、素早い動作がまだまだ修行不足である。

たん熊でも何度か挑戦しているが、いつも社長に怒られる。

料理人の職人芸だと私は思っている。

だし巻き玉子なんてフライ返しを使えば簡単って思っている人も多いだろうな。

いやいや料理は奥が深いのである。

何とか3本巻いて、巻簾で松型に形を整える。

お正月だから、松型。縁起もんですなあ。

バタバタと料理を母と続けていると、突然電話が鳴った。

祖母からである。

何と今年は一回も入院せずに元気で過ごせたと思った祖父が、点滴の帰りに転んだらしい。

頭を打って深く切れたらしいというのだ。

最後の最後に大丈夫か!!

伯父と大叔母がいたので、とにかく私が以前御世話になった救急病院に電話をして、タクシーで連れていく。

こう言うときに限って父はどこかへ出かけていない。

いればすぐに車が出せたのに。

こちらは手が放せないし、行ったところでどうしようもないので、とにかく料理を作っていると伯父から携帯で連絡が入った。

骨に達するまで深く額を切っているらしいが、他はどこも怪我をしていないので、内側と外側を縫っているらしい。そのあとはレントゲンを撮るということだ。

父が帰ってきたので、とにかく事情を説明して車で病院に迎えに行って貰う。

時間は昼時。

帰ってきたら「昼飯は」と言うに決まっているので、デリバリーのピザを頼む。

 

父が帰ってきた。

様子を聞くと意識もはっきりしているし、大丈夫らしい。

単なる外傷だけだといいんだけど。

一週間以内にふらーとすることがあったら、CTスキャンを撮るということらしい。

昼食を終えた母が、祖父母の家のお重を取りに行くついでに様子を見に行く。

その間、私は最後の品目を作り続ける。

なんてあわただしい晦日なのだ。

母が帰ってきて様子を聞くと伯父と伯母と一緒に麻雀をしているらしい。

まあ、そんな元気があるのなら安心してもいいだろう。

ビックリさせられた。

本人に事情を聞くと、倒れたことは覚えていないらしい。

貧血か脳の毛細血管が詰まったか、とにかく意識がふーっと切れて、壁かなにかに頭をぶつけてそのままずるずる倒れたようだ。

近くを通りかかった女性がすぐに助けてくれたという。

有り難いことである。

骨折もせず、運の強い人である。

 

さあ、あとは切ってお重に詰めるだけだ。

まず片っ端から切っていき、机の上にずらーっと並べていく。

もう一つの小さい机の上にはお重をずらっと並べる。

いつも詰めるのは母の仕事だったが、今年は時間にも余裕があるし、半分は私が担当。

盛りつけを覚えるのにいい勉強になるからだ。

18時前には完成。

ここ2〜3年のなかで一番はやく完成したのではないだろうか。

 

父と母は各家にお重を配りに出かけた。

残った私は洗い物をして、家のお重は後回しになっていたので、そこに詰めていく。

入りきらないものはタッパなどに詰めていく。

すべて終わり、座敷に行って今度は鏡餅を飾る。

その後、知人の家に私もお重を届けに行く。

おせちの御礼にワインを御馳走になって帰ってくる。

 

腰を落ち着けて年越しそばを食べている。

これで本厄の年も終わりである。

二回も論文を落とされて悔しい思いをしたけれど、新たな年を迎えるに当たって、今年こそは論文を通すぞ。

皆様にとっても、良い年になりますように。

 

12月30日

実家にはまだ私の部屋が残されているのだが、震災以来あの部屋では怖くて眠られない。

なので、いつもリビングのソファで寝ている。

朝、皆が起き出してきて、リビングに集まってくるので、自然に私も目覚める。

顔を洗って、用意をして、買い出しに出かける。

不況なのか、お節料理を作る人が減ったのか、毎年レジの混み具合が減ってきているような気がする。

それでも並ばなくてはならないことには違いないので、結構時間をとられる。

帰ってくると、お昼前。

先にお昼御飯を済ませてから料理にかかろうか、という話になり、掃除の手伝いに来てくれていた大叔母と一緒に簡単に昼食をすませる。

 

それでも時間がもったいないので、昼食の準備をしながらだしをとる。

毎年のことなので、もう誰が何を作るとかいちいちいわなくても、目についたものから手をつけていく。

今年は去年よりも品数を減らしたと思っていたんだが、あまり変わらなかった。

まあ、私の体調が昨年よりもいいためか、料理はスムーズに進んでいく。

作り馴れてきたということもあるだろう。

ほとんど座ることなく、つぎつぎと仕上げていき、気がつけば16時半。

私は別にいいのだが、大叔母に悪いので、お茶の時間にして一休憩。

父もいるが全く役に立たない。

まあ、毎年のことなんだが、逆に邪魔をするので困る。

しかし、今年は見るでもなくTVを意味なくつけて、チャンネルをぐるぐる変えるという愚考をしなかったのが助かった。

おかげでBGMのCDをかけて、心地よく料理が出来た。

 

あっという間に7時になる。

夕食を作っている暇もスペースもないので、毎年30日の夜は行きつけのお寿司やさんに行くことになっている。

足りなかったもの、買い忘れたものを買いだしてから寿司屋に向かう。

さっき、お茶をしたばかりなのでお腹は空いていない。

というより、いくら何度ももどしたとはいえ、続く忘年会で私の胃は飽和状態にある。

もう何も食べたくないのだ。

それに料理している間に味見もしているからなおさらだ。

だけど食べないわけにはいかないし、適当にお造りなどをつまむ。

お酒を飲んでいると、母から「帰ってからも作業があるのよ」と釘をさされる。

そんな酔いつぶれるほど飲みまへんがな。

飲みながら、料理することにも数々の宴会で場数を踏んできたし、大丈夫。

そんなん自慢になりまへんがな。あほ。

結局、作業を終えたのが、0時過ぎ。

これで明日は足のはやそうな卵料理などを残して4品ほど作れば完成である。

今年はなかなか好調に事が運んだ。

最近宴会もそんなにしていなかったので、思いっきり料理するのはなかなか楽しい。

 

あとはお風呂に入って、少し一人夜の時間を過ごして寝ることにしよう。

といっても、もう2時すぎているんだけどね。

 

12月29日

今日は錦に買い出しである。

新年会に使いたい店を探すためにお昼は豪華に懐石料理である。

「梅むら」というところに行く。

雰囲気は京都の老舗らしい店構えである。

料理旅館らしい。

11000円のコースをいただく。

いつも1万円に統一してあちらこちらの店を食べ歩いて研究しているのだが、この店は最低額が11000円だったのである。

まあ、私は御馳走になるのだから文句は言いませんが。

最初の八寸は使えそうなものがでてきて、なかなか参考になると思った。

だけど、それは最初だけ。

椀ものはちゃちい。

しかも料理を出すペースが速い。

板場と仲居さんがちゃんと連携が取れていない証拠。減点。

煮物があら炊きで、焼き魚がサーモン。

どちらもこってりしている。

お口直しに酢の物が欲しいところだが、それもでてこず、何の工夫もない天麩羅。

あとは御飯と水物か。

これじゃあ、悪いけど8千円ぐらいのコースだよ。

お味も特別上手いというほどでなく普通。

母と食べ歩きをしていて、大体わかってきた。

素材の使い方、店の対応いろいろ目につくところが広がる。

料理研究家になろうかしら。

日本料理の店紹介とか本が書けそうだわ。

結構辛口だけど。

 

錦に買い出しに行く。

毎年行くと今年は何が高いとか、どんなものがよく売れているとか、動きがわかるようになる。

日曜日だったけれども、相変わらずすごい人である。

お目当ての品物を買ったら、カフェ・オパールへ行く。

兄夫婦のお重を持って帰るためである。

紅茶をいただいて、荷物をかかえて家に帰る。

一度荷物をおいてから、私は家に帰り、泊まりの用意をする。

夜は仕事したいし、メールのチェックも必要だから、ノートパソコンも持参。

明日、明後日と2日間かけておせち作りだ。

年越しはそのまま実家にいることになる。

3泊分の用意が必要だな。

用意が出来たら、車で迎えに来て貰い、家に戻る。

 

夕飯は作っていると大変なので、近くのインド料理屋さんに行く。

久しぶりだが、いつ行ってもここの料理はうまい。

今年最後の営業日だったのでラッキー。

 

実家に戻ってからは、早速下準備をはじめる。

明日までゴミの回収があるので、野菜の皮をむいたり、生ものの下処理をしたりして、出来る限り先にゴミがでるものから手を着けていく。

あとは、野菜の飾り切りである。

今年はくわいを鈴型に切ったのだが、以前やったときは上手くできたのに、今年は失敗ばかり。

手元が狂ってしまう。

疲れてるんかなあ。

もう2時。お風呂に入って、明日のために早く寝なくちゃ。

 

12月28日

昨日診察に行ったわりには元気がない。

何となく引きこもり。

誰にも会いたくないなあ。

でも、明日から3日間実家に拘束される。

今日はゆっくり1人の時間を守ろう。

明日からの生活に対する気持ちから守りに入ろうとして引きこもり気味になっているのかも知れない。

とりあえず、ビデオを片付けたり、ルイボスティーを沸かしたりして、大掃除とまではいかないが、掃除をしたりしていた。

だけど、全然元気じゃないんだよね。

情緒不安定になっている。

涙がこぼれて来るんだから。

自分でもどうしてなんかはわからない。

今年最後になって情けないなあ。

鬱に陥りそうだよ。

 

やりかけていたものが手に着かず、ボーっとしながらぽろぽろ泣いたりしていたら、友人からメールが入った。

夕食を一緒に食べようという連絡。

どうしようかな。

あまりそんな気分ではないけれど、今日は一歩も外に出ていないし、出かけるかあ。

 

帰ってきたけれど気分転換にあまりならなくて調子が悪い。

でも明日から年始にかけては、張りついた笑顔の日々が続くんだ。

仕方がない。

 

どうしてなんだろう。やはり論文落とされたことが思いの外響いているのかな。

情けないなあ。そんなこと考えている暇があれば、1行でも書けばいいのに。

ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。

これも毒素抜きなのかしら。

 

12月27日

朝起きるとすごく寒い。

寒くて布団からでられない。

でも、今日最後の仕事納めに日文研に行かなければならない。

今日は最後の診察でもある。

6時前には目が覚めていたんだけどね。

用意をして着替えたんだけど、またもや出られない。

おい、最後の締めぐらいキッチリしようや。

といっても出られないものは出られない。

完全に忘年会続きの疲れが出てしまっている。

朝から気分も悪いし。

結局断念。

アルバイトの上司に当たる方々にメールでお詫びを入れる。

返事が返ってきて、「雪だから来ない方が良かったかもしれないよ」と優しいお言葉。

そうか、やっぱり日文研は雪だったか。

 

今日は寒いもんね。

家で片付けなどしていたら、メールが入った。

出張で上海に行っていた友達が、仕事で近くまで来るから、昼食を一緒にしないかと誘ってくれた。

久しぶりなので、一緒に昼御飯を食べた。

お腹が疲れているのでほっこりとおうどんにした。

上海の話を聞かせて貰う。

英語が通じないし、なかなか大変みたいだ。

これから2〜3年は上海に行くことになると言う。

そういえば、友達も旦那の仕事でドイツに行ってしまったなあ。

アメリカに行った友もいる。

みんな国際的に活躍しているんだなあ。

 

御飯食べてから、別れて診察に向かう。

ちょっと寄り道をしてから言ったら、受付時間ぎりぎりになってしまった。

さすがにもう空いている。

30分ほど待って、名前が呼ばれる。

 

「忘年会続きで、胃が弱っているみたいですね。」

「忘年会行ったの?偉いね」

「でも、3回に1度ぐらいの割合で、もどしてしまって。もどしてもどしてすごく苦しいことが多くて」

「うん。それはいいことだよ。つまりね、君が一年間、肚にためてきた辛いこと、悔しいこと、怒りや恨み、そういった嫌なことを、身体が代わりになって、食べ物や飲み物を吐き出してくれていたんだよ。身体はしんどいだろうけど。毒素が抜くことになっているんだから。」

「体は弱ってしまって、発疹が出たりして、大変なんですよ」

「それは仕方がない。でもかなりもどしたんだったら、肚にためてきたことが出されたと思うよ。だから精神的には健全になろうとしているんだ」

「なんか最近人間関係の方も、しんどくなってきて他人が何を考えているのかよくわからないときがあるんです。私はこう思って話していたら、誤解されていたり」

「今の若いやつは何を考えているかは僕にもわからない」

「若いっていってもそんなに若くないですよ」

「僕より3つ下以下はみんな若い。何を考えているかわからないから、上手くアドバイスできないけれど、気にせんとき。薬は変えないから。」

 

こうして、今年最後の診察が終わった。

いつになったら薬が減らされるようになるのだろう。

いつになったら通わずに、先生に頼らずに生きていけるようになるんだろう。

今年もこの先もどしていくかも知れない。

でも、これは毒素抜きなんだ。

吐いても気にせず、強く生きて行かなくては。

 

12月26日

女学院にて今年最後のアルバイト。

さすがに学生さんは冬休みに入って、誰もきまへんがな。

誰も来ないのをいいことに、DVDを観るわ、ビデオのダビングはするわ、でやりたい放題。

今日見たのは『ムーラン・ルージュ』。

なかなかおもしろかった。

ちょっとご都合主義的なところはあるけれども、エンターテイメント性が高い作品。

ミュージカル映画ですね。

音楽がふんだんに使われて、セリフが歌に変わって。

 

見終わったら眠くなったので、少しうたた寝。

RAのバイトでは考えられない夢のパラダイス。

時給は半額だけれどね。

それにしても誰も来ないなー。

そうだ、年賀状の表書きをしなくては。

机に向かって、住所録を広げて表書きをすませる。

なんて有意義な1日だったんだろう。

ほんまに罰が当たりそうですわ。

 

年賀状足りなかったのよね。

実家に余っていると聞いたので、取りに行くことにした。

すると母が今からお通夜に行くという。

この年の瀬に大変だなあ。

余っている年賀状は両親の住所と名前がプリントされているので、失礼かとは思ったが、その部分を修正テープで消して、私に住所と名前に書き換える。

せこいことをしてすまない。

 

そうこうするうちに母が通夜から帰ってきた。

最近全然元気のない祖父の所に今から御飯を食べに行くので同行せよと言うことであった。

そういえば、この前熱を出していたし、ちょっと心配だもんなあ。

最近また寒くなったから、老体にこたえるのであろう。

行くと、いつものように寝転がっている。

あまり御飯も食べていないようだ。

聞くところによると、最近麻雀もしたがらないと言う。

あれは、祖父母の呆け防止のためにみんなでやっているというのに、肝腎の祖父がしなければ意味がない。

無理にでも起こして一回はさせるが、頭がちゃんと働いていないのか、集中力に欠けているのか、ふりこんでばかりいる。

なんか心配だなあ。

祖父には可愛がって貰っている分、心配で仕方がないが、何もできない無力な自分。

私はちっぽけな無力な存在でしかないんだ。

 

12月25日

メリー・クリスマス!

朝から日文研で働いてましたわ。

バリバリとRAをこなしている。

いろいろな先生方が通りがかっては「何それ?」と聞いていく。

「RAなんですよ」

「ふーん、大変そうやね」

先生、だから私は論文書けなかったんですよ。

どうにかしてください。という気持ちに駆られる。

 

いやいや、こんな時期にこういうバイトを引き受けた方が悪い。

落ち度は金に目がくらんだ私の方?!

どちらにせよ、辛すぎる。

でも、私よりずっと働いて、論文書いている人も世の中には、たくさんいるはず。

こんなんで愚痴ってたら、絶対罰当たるだろうなあ。

はあ、自己嫌悪。

 

自己嫌悪にとらわれながら、コーヒーを飲みに院生室に帰ると、忘年会のお誘い。

いや、クリスマス・パーティーかな。

先輩達が結構揃うと言うではないか。

メンバーも久しぶりに話す人もいるので、懐事情は苦しかったけれど、行くことにした。

17時に仕事を終わらせる。

金曜日の診察時間まで朝から働く予定だけれど、今の私は怪しいので、一応出勤簿を提出しておく。

 

17時15分に玄関で待ち合わせ。

通り掛かった先生に「また忘年会か?論文はでてけーへんのにな。金はでるんか」と嫌みを言われてしまった。

くー、胸にぐさぐさ刺さる言葉。

言葉は凶器だね。痛いよ。

 

フランス風に言うと、ジビエを食べに行った。

つまり普通の肉ではなかったこと。

鹿刺し、合鴨、いのぶた、熊鍋、いなご。

熊の肉は薄くてちょっとしかなかったので味がよくわからなかった。

イナゴは前にも食べたけど、虫嫌いの私はビジュアル的に駄目である。

それでも喰わされたけど。

鹿刺しは美味しかった。

スウェーデンで、大角鹿やトナカイとか食べたけど、それよりは臭みがなかった。

 

だんだんお酒が回ってきて、先輩に抱きついて「12月の草稿落とされてしまったんですよ。悔しい」って泣きついてしまった。

優しいからみんな慰めてくれだけど、よく考えれば、自分が悪いんだもんね。

人に泣きつく行為自体が腐っている。

腐敗。腐臭。朽ちていく・・・

 

12月24日

クリスマス・イヴ。

別に予定はないって、忘年会があったか。

先生とおばさまたちとの忘年会なんて楽しいことないんだけどね。

人数が少ないから借り出される。

仕方がない。

 

12時集合だったので、午前中のうちに婦人科に通った。

年末年始で休みにはいるので、トラブったら嫌なので予防線に行っておいたのである。

いつもはがらがらの診察室が、年末のせいか混んでいる。

しまった、目算を誤った。

病院を出たら丁度12時。

ここから歩いて15分はかかる。

あたふたと慌てて歩いていると、10分ぐらいしたところで携帯が鳴った。

「みんな揃っているのに、どこにいるの?」母からである。

事情を説明して、あと5分でつくと伝える。

 

皆さん勢揃いであった。

お待たせして申し訳ございませんでした。

料理はお鍋である。

何もしない人々がいるから、仕方がなく鍋奉行をすることになる。

ぶつぶつけちだけをつける人がいる。

もう、だから嫌なのよねえ。

あと1時間いや、30分宴会が続けば、私はまた食べたものを吐きはじめるだろう。

理由は簡単。

ストレスである。

 

一応今日は吐かなかった。

だけど少しいらいらしていたので、年末の大掃除に向けて、薬局巡りをして、買い物をして発散する。

日常必需品の出費だから、買い物で発散するのも変だが、それでも少しは落ち着いた。

 

家に帰ると少し疲れている自分を発見。

吐きたくないので、ゆっくりと休憩することにした。

昼間から酒を飲んでいるから、少し眠気を感じる。

「眠れるときに寝ておきなさい」という主治医の言葉を思い出して、ごろりと横に転がった。軽いうたた寝をする。

 

夕方になってぼけーっとしながら、年賀状の表書きしなきゃなあなどと考えている。

でも論文も書かなきゃいけないし、と思いながらとりあえず、ニュースを見ようとTVをつけた。

新聞を取っていないのでTVのニュースを見ないと社会で何が起こっているのかが把握できないからだ。

ここのところ忘年会続きだったから、まともにニュースを見ていない。

昨日は実家で久しぶりに新聞を読んだ。

ニュースを見ていると、友人からクリスマスメールが来た。

この友人は、いつも私が弱っているときにジャスト・フィットでメールや電話をくれる。

本当にどこかで見ているんじゃないかと思うほど、いつもいいタイミングで連絡をくれるのだ。

本当に有り難い友人を持って幸せだなあ。

大事な大事な友人たち、知人たちを私は大切にします。

 

12月23日

久しぶりに予定のない日。

休日だからアルバイトもお休み。

 

未だにコンピューターが使いこなせない私は、原始的にプリントごっこで年賀状を作っている。

今日作らないと間に合わないと思い、実家に出向いていって、プリントごっこで年賀状作り。

本当はまだ論文を書かないといけないけれど、年始の挨拶も必要だしね。

朝は家の片付けを少しして、母の分と昼御飯を買って実家に向かい、御飯を食べたら、ぱかぱかとプリントごっこをする。

年々手抜きになって行くなあ。

今日1日乾かして、明日母に持ってきて貰うことにした。

明日は、謡曲の方の忘年会がお昼間にあるのである。

 

コンピューターを持っていっていたので、この前ビデオで見ながらメモったことなどを打ち込んで、論文の構成を考える。

はあ、なかなか捗らないなあ。

 

そういえば、謡曲の新年会の番組を渡された。

これを清書して打つのも私のお仕事。

来年でいいと言うから、これは正月にでもするかあ。

 

母は祖父母の家の夕方出かけていき、私はまだ実家で仕事を続けていた。

ちょっとせこいけど、光熱費が浮くからである。

家にいると寒がりの私はついついガスストーブをつけてしまう。

おかげで、先月からガス代が鰻登り。

ひえー、どうしよう。

でも寒さは我慢できないのよねえ。つらいところ。

実家の冷蔵庫の掃除をしてくれと頼まれていたので、冷蔵庫や冷凍庫を漁って夕食をこしらえる。

食べてから暫くして、またもや気分が悪くなってしまった。

冷凍していたものが悪かったのかも知れない。

遂に我慢できずにトイレに駆け込んでげーげー吐きはじめた。

なんかこの前も吐いたばかり。

やはり胃腸が弱っているのかなあ。

気持ちが悪いったらありゃしない。

そんな量は食べていないんだけど。

食べたものが悪くて吐いているのならいい。胃腸が弱っていて受け付けずにもどしているのなら構わない。

ただ怖いのは、心身症によって吐いているかもしれないということだ。

修士のころ、まだ実家に一緒に住んでいたころの話である。

私は父と母と一緒に食卓に着くのがとても嫌になってしまったことがある。

時間帯をずらして、いつも一人で勝手につくって勝手に食べていた。

既にこのころは不眠症に陥りかけていた。

そのうち、実家で食べたものを吐くようになったのである。

両親と一緒に食べるのが嫌で吐いているのならまだ話が分かる。

両親が出かけていて、たった一人実家にいて作って食べたものも全部吐きはじめたのである。

外食をすると吐かない。

家で食べると吐く。

心身症だと忠告され、私は実家を出たのである。

今の家に落ち着いてからは、吐くこともなくなった。

 

それを思い出して、吐きながら、この家(実家)と相性が悪いのかなあと考えていた。

今度診察の時に相談してみよう。

 

なんか今日は、間延びした1日でした。

気分悪いよ〜。

 

12月22日

久しぶりに髪の毛を切りに行く。

昨日泊めてもらった友達が、一度連れていって欲しいというので、一緒に予約を入れた。

あまり安いお店じゃないので、ちょっと恐縮だなあ。

私は好きでずーっと通っているから、今更他の美容院に返る気はないからいいけど。

気に入ってくれるといいなあ。

彼女は神戸が初めてというので、カットのあと神戸で遊ぶ約束をしていた。

 

今回はストレート・パーマをあてた。

お金がないので、カラーはしなかった。

これで毛先が跳ねなくなると思うと、毎日の手入れが楽で嬉しい。

結構時間がかかって、先に終わった友人にはまっていてもらう羽目に。

近くにそごうがあるので、そこにいると言って先に出かけてもらった。

携帯があるのでこう言うときはすぐ連絡がつくし便利だなあ。

 

靴が見たいというので、お決まりのコースで高架下を元町まで歩く。

なかなか気に入るものはなかったようだ。

しかし、大丸の方へ行くと、またまた唖然。

先週よりもはるかに多い人の波。

連休のど真ん中だから、ルミナリエを見に観光客が集まったんだね。

それにしてもすごい人。

南京町で買い食いしようか、ということになって行ってみたら、これまた先週の倍の人。

最初の店では買えたし、人が流れていたのだけれども甘かった。中心に向かうに連れ、身動きがとれなくなってしまったのである。

とにかく店に入る人、ものを買う人が列をなして並んでいるし、あちらこちらから動いて脱出しようとする人々がかち合うのだから、すし詰めの満員電車並み。

こんなところで食べていたら気分が悪くなりそうだし、(人に酔って)まず、買うのに並ぶのが嫌だと言うことで意見が一致して、南京町を脱出。

私のお薦めのベトナム料理屋さんに行ってみるが、ここも一組客が待っている。

待ってまで食べたいほどでもないか、と言うことで、個人的に私が行きたかっただけなのだが、おすすめのお蕎麦屋さんに連れていく。

ここはすんなり入れた。

けれどもあと10分遅かったら、品切れで入れないところだったのでぎりぎりセーフ。

やっと腰を落ち着けると、結構歩いているから疲れが出る。

おそばは好評だったので良かった。

満足していただいて嬉しいですわ。

次に、ケーキが食べたいというので、元町商店街にあるおすすめの喫茶店に行ったら、喫茶営業は終わりましたと書いてある。ケーキは売ってるんだけどね。

仕方ないので生田ロードの所に行ったら、そこも喫茶営業は終了しましたと書いてある。

なんでだろう。今なんてすごい稼ぎ時だと思うんだけどなあ。

結局、アンテノールに落ち着いた。

まあ、ここのケーキもなかなか美味しいから、満足していただけたよう。

北野は歩くのが面倒なので今回はパス。

21時半になったので、もう一度ルミナリエの方に行ってみたけれど、まだ大丸の前までも全然行き着けない人の波。

もういいや、こんな人混み。

近くの店に飲みに行って、終電まで喋ってました。

泊まってからずっと一緒にいるけど、良く話題に尽きず喋ることあるなあ。

楽しかった。

 

12月21日

やはり昨日の朝は起きられなかった。

でも絶対に日文研に行かなければならない。

慌ててお風呂に入り、用意をして、昼に日文研に到着。

 

早速RAの仕事に取りかかる。

今日のダブル・ブッキングをどうしよう。

これまた皮肉なことに、会場が近い。

どちらも日分研内で行われるのである。

とにかく17時まで仕事をして、まず山田研究班の忘年会に行く。

場所は日文研ハウス。

そこで盛りつけて、たったの5人だけど、先生も抜きで忘年会。(先生は留学中)

中国から来た先輩の戦さんが、水餃子を作ってくれる。

超美味!!

私が作っていったものも、好評で迎えられてありがとう。

途中、水餃子を差し入れに、解析室と言うところで行われている院生と先生方の忘年会に顔を出す。

そして、井上先生と少しだけお話をして、また日文研ハウスに戻る。

そこでは、水餃子2種類目が披露されている。

これまた美味しい。

そのうえ、クリスマス・ケーキまである。

もう、これ以上食べられないほど食べた。

10時半に終了。

携帯で連絡を取ると、向こうの忘年会は今から別の先生が加わって2次会だそうである。

とにかく来るように言われて、みんなと別れて、解析室に戻る。

タクシーで桂駅前まで出て、居酒屋にはいる。

その時点で11時。

もう私は帰られない。

院生の友達が「うちに泊まりなよ」と言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。

 

2次会に入ったけれど、もう食べ物もみたくない。

焼酎を飲んでいたが、とうとう気分が悪くなり、トイレに駆け込んで全部もどしてしまった。

席に戻って、先生方と話をしていたが、またまた気持ち悪くなり、トイレに行ってはもどす。

別の先生に呼ばれ、草稿を出さなかったことを言われる。

だんだん酔ってきているその先生の言葉は、私のことを可愛がってきてくれているのはよくわかるし、気にしてくれているのはよくわかるが、どう考えてもセクハラに取られ兼ねない。

トイレでもどしては、席に戻ってうつろな笑いと会話。

そんな繰り返し。不健全。

2時半に漸く解散。

 

友人宅で、お茶を入れてもらい、シャワーを浴びる。

嫌な予感がしていたが案の定全身に発疹が出てしまった。

またもや同じだ。

二人で4時過ぎまで喋ってから薬を飲んで眠った。

 

10時頃に起きた。

起きてからもコーヒーを入れて、二人で2時頃までだらだら喋り続けた。

鏡を見て、目の周りの発疹が引いていないことに気付いて、「見て、ストレスでこんなのが出てしまうの」と見せる。

彼女は「私はもう肌が荒れて荒れて仕方ない」という。

遅めの昼御飯を食べに行って、喋りながら「ストレスな生活は厳しいよねえ」と実感籠もって語り合ってしまった。

 

家に帰ったら完全にダウン。

昼間食べたものをはかなかっただけまだましだ。

主治医に怒られそうだ。こんな生活していては。

 

12月19日

女学院にてアルバイト。

実は昨日の夜余り眠れなくて、遅くまで起きていた。

おかげで、朝遅刻をしてしまった。

馬鹿者。

今日は、月曜とうって変わって忙しい。

ああ、早くアダム・クーパーが見たいのに、全然そんな暇がない。

ビデオもダビングしたいのに、そんな暇がない。

しかし、私は金をもらってここで働いているのだ。

そんなこといってはいけないのだ。

 

昼休みになって、漸く落ち着いた。

でも、食欲ないなあ。夜はディナーの約束があるから、別に食べなくてもいいか。

とにかく仕事をしなくては。

 

午後になって、満席になったので、漸く「リトル・ダンサー」のDVDを観る。

漸く、アダム・クーパーが出てきたと思ったら、背中ばっかり写って、踊るシーンなんて2秒ぐらいで終わってしまった。

こんだけ?

チラシにあんなに書くまくるほど見られないじゃない。

ええ、なんか悔しい。

何がなんでも本物が見てみたくなった。

 

アルバイトが終わって、クリスマス・プレゼントを持って友人の家に訪れる。

美味しいワインとチーズと軽い食事で、とても幸せ。

プレゼントを渡して、お互い来年が良い年になるといいね、と語りあった。

すごく久しぶりにゆっくりと語り合えて、すごく穏やかな時間が送れて、楽しくて楽しくて仕方なかった。

こんな人がそばにいてくれるなんて、私は幸せ者です。

気がつけば、夜中の2時。

家がわりと近いので、タクシーで帰った。

お金おろしていて良かった。

明日起きれるかなあ。

でも、幸せな気分で眠りにつけそうだ。

 

12月18日

昨日、休む暇がないなんて書いたのがいけなかったのかなあ。

疲れが溜まってしまって、とうとう日文研にいけずじまい。

あー、RAのバイト溜まっているのになあ。

朝から行こう、行こうと思うのだけれども、いつまで経ってもいけない。

お昼頃までぐずぐずしていて、遂に断念。

なんて、あかんたれなんやろう。

情けなくて涙が出てくる。

 

気を取り直して、論文を書くためにビデオを見る。

集中できていないためにいろいろなことを考えてしまう。

ハッと気がついて、外出を思い立つ。

まず、この前から出費が続いて銀行に行かなくてはならないことを思い出した。

財布に全然お金が入っていない。

慌ててお金をおろしに行く。

次に思い出したのは、明後日の20日に忘年会があるのだが、持ち寄りの料理を作らなくてはならないことである。

明日も実は敬愛する友人と夕食をともにすることになっているために、料理をしている暇がないことを思い出したのである。

だから、今日中に料理を作らなければならない。

皆さんの要望はお節料理なので、1日ぐらい前から作っても大丈夫。

スーパーに買い物に行って、一度家に帰る。

カイロプラティックが入っていたからである。

まずカイロに行く前にお風呂に入ろうと思った。

身体が寒くて仕方なかったからだ。

 

カイロプラティックに行ってからだの調子を聞かれる。

「ぼちぼちです」

「貧血の回数は減りましたか?」

「星が散るぐらいですかねえ」

「いい表現ですね。たおれてはいないみたいですね。」

「はい」

「この寒いなかで、結構良くなっていっているのはいいことですよ。わかりませんか、自分で感触とか」

「いやあ、相変わらず冷え性だし、肩も懲りますしね」

「でも筋肉の感じとか、良くなってますし、体もだいぶ良くなっていますよ。この調子で姿勢とか、軽いストレッチとか続けてくださいね」

 

本当に良くなっているのかなあ。

まあ、勧められて鉄分の入ったプロテインを飲むようになってから、確かに貧血で倒れる回数は減った。それは事実である。

次回の予約を取ろうと思ったら、もう年内は予約は取れないと言う。

すごいショック。年明けまで、3週間もあくことになる。

その間に身体ががちがちになりそう。

 

うちはキッチンが狭いので、誰もいない実家に行って、だしをとり、料理に取りかかる。

23時半になって漸く完成。

タッパを借りて詰めて家に持って帰る。

これで20日の用意は完璧。

朝から日文研で働いて、そのあと忘年会になだれ込めばOK。

でも、一つ気になることがある。

実は今日メールが入っていて、院生と先生方との忘年会を20日にやるというのだ。

それって、ダブル・ブッキングじゃない。

でも、今日料理を作っている方は1月前から約束していた。

山田研究班の忘年会である。

どうしようかなあ、もう。

 

12月17日

昼間は神戸で友人に会う。

なんだか、年末になって、いろいろな人と出会っているなあ。

全然休む日がない。

あ、そんなことないか。

行くべき日にいけずに引きこもったりしてるからなあ。

でも、こうしていろいろな人が私と会ってくれて、話をしてくれて、接触してくれるのはすごく刺激的だし、楽しいし、こういう友人に恵まれて本当に幸せだと思う。

そう、世の中いい人の方が多いよ、絶対。

一緒にランチをともにする。

買い物をしてから、夕方に研究会があるために別れる。

 

今日は女学院で、ジェンダー研究会に出席。

前回休んだので、今日何をするか知らなかったら、最近著書を出版された先生の本の合評会だった。

その場で本を受け取り、慌てて流し読みをしながら、みんなの合評を聞いて、読みついていないのに、その場の意見で、更に発言する厚かましさ。

行ったり来たりしながら、本をさっと読んで、なるほどなるほどと感心する。

読者層が中学生ぐらいだったために、とても読みやすい本であった。

きちんと読者層を決めて、その人たちに言葉が届くようにかき分けるなんてすごいことだと思うし、とても大事なことだと思う。

私も、このように言葉が操れるようにならなきゃいけないなあとつくづく実感。

 

さあ、時間も過ぎたし、今からは忘年会だ。

と言ってもいつも行っている飲み屋さんだけど。

またまたワインを飲む私。

本当にワインが好きだなあ。

敬愛する先生方と、院生や学生さんとお話をする。

これっていいのかどうかわからないけれど、私は本当に女学院に育てられていると思う。

今は別の大学に所属はしているものの、多くの敬愛する女学院の先生方に仲良くしていただき、いろいろな話をしていただき、たくさんのものを享受させてもらっている。

有り難いことだと、心から感謝している。

早く、私も成長しなくては。

 

12月16日

女学院にてアルバイト。

今日は学生さんが少ない。

昨日騒ぎすぎたのがたたって、今日はお疲れ。

寒くて、午前中は電気ストーブの前に丸まりながら、ぽろぽろ来る学生さんたちに対応。

お昼休みは、ダウン。

昨日結構食べたせいか、食欲が全然なくて、とりあえず薬だけを飲んで、休んでいた。

あー、しんど。

少しばかり休んだので、午後には復活。

少しばかり混んできたライブラリーをてきぱきと対応しながら、思い立ってDVDを観る。

 

この前、3月に来日するAMPのチケットを購入した。

出演日に当たるかどうかはわからないが、アダム・クーパーが来日決定したとのこと。

ただし、日程調整中なので、見られるかどうかは分からない。

チラシを見ていると、「リトル・ダンサー」のラスト・シーンに出演したとどれにも書いてある。

それならば、是非アダム・クーパーが見たいと思い、「リトル・ダンサー」を見ることにしたのだ。

しかし、どんどん忙しくなり、ゆっくり見ることができず、とうとう最後まで見ることができなかった。

まだ、アダム・クーパーにはお目にかかっていない。

 

夕方帰ってから、約束していた友人に電話をする。

夕食を一緒に取る約束をしていたのだ。

昨日の御馳走とは違って、今日はおうどんでほっこり。

胃に優しくしないとね。

でも。そのあと飲みにいってしまった。

昨日の今日であるから、グラスワインを2杯だけに止めたけれど。

今日は真面目に、論文のことなど話したりしている。

 

毎日飲んでるな、このところ。

明日も忘年会。

今日は早めに帰ったので、ゆっくりお風呂に入って疲れをとり、早めに寝ることにしよう。

お休みなさい。

 

12月15日

運命の読書会の日である。

15時からだったのだが、お昼を一緒に食べに行かないかと誘われた。

12日が父の誕生日だったのである。

それにかこつけて、天麩羅屋で美味しい天ぷらが食べたいという祖母の希望を叶えて有名な天麩羅屋さんに行くという。

場所は梅田。

まあ、一応準備は出来てるからなあ。

祖父には来なさいと誘われるし、父は当然のように誘ってくる。

15時には間に合うか、と判断し、ご相伴にあずかることに。

こういう場になると昼から当然のように酒を飲むことになる。

ああ、これから読書会なのにと思いつつ、誘惑に負けてワインを飲んでしまいました。

 

帰りの電車で少し眠気に襲われ、危ない危ない。

ちょっと遅れて読書会の場に到着。

発表者の一人が熱で欠席。

私を入れて発表者は3人。残り二人で何とかカバーしながら発表をする。

みんなで頭を抱えながら、確認しながら少しづつ理解を深めていく。

はあ、難しいなあ。

とりあえず、自分に言い聞かせながら発表をしていく。

何とか終わったけれど、これで本当に理解できたのだろうか。

一抹の不安をかかえながらも、みんなで今年一年の勉強をねぎらって忘年会へとなだれ込む。

スペイン料理屋さんでワインをまた飲む私。懲りないやつ。

またもや調子に乗ってしゃべりまくる。

そういえば、今日から忘年会の連ちゃんが始まる。

胃腸を壊さないようにしないとなあ。

 

12月14日

今日はルミナリエを観に行く約束を友人としていた。

しかし、間の悪いことに、杖の稽古と納会に重なってしまった。

でも、ルミナリエの方が先約だしなあ。

 

おまけにいつも午後にある稽古が、会場の関係で夕方になってしまった。

免状が届いていたので、連絡事項と免状を持って、稽古に顔だけを出した。

会長に今日欠席しなければならないわびを述べて、少し今後のことを話し合う。

雲行きは極めて悪い。

もう、このまま崩壊してしまうのではないだろうか。

本当はめでたい話なのである。

指導役である会長が来春早々にご結婚をなさるのだ。

それはそれで喜ばしいことではないか。

が、4月以降、旦那さんとなる人が転勤してしまう可能性が極めて高いというのだ。

となると、当然一緒について行くことになる。

後に残されたものは、誰に指導してもらえばいいのか。

極めてレベルの低い段階でお互いただ惰性的に稽古を続けていって意味があるのだろうか。

しかも、これまで会場を押さえてくれたりしていたのは全部会長であった。

元来なら事務局である私がしなければならない仕事であるのだが、私は論文をかかえている上、実のところ杖は辞めろと主治医に言われている。

だから、論文にかこつけて最低限の事務の仕事のみをして逃げていたのである。

卑怯者と言われても仕方がない。極悪非道人とでも何でも呼んでくれ。

実際そうなんだから。

私だって真剣に事務局の仕事を交代して欲しいのだが、誰も変わってくれないので途方に暮れているのだ。

 

しかし、みんな時間通りに集まらないし、私は約束の時間があるから帰らなければならない。

こう言うときに限ってJRが事故かなにかで止まって動かないと言う。

だからみんな来ないのだ。

会長は来てくれたので、もう一人やはり稽古は出来ずすぐ帰らないといけない子と3人で話をする。

とりあえず、私はタイム・アウトで失礼しようとしたら、漸くもう一人あらわれてくれた。

よかった。

極悪非道人ですまない。

 

結局約束の時間にも10分遅れる。

ちょっと遅れるとメールを入れると、最初に待ち合わせていた大丸の南京町側の出口から変更。スタバに来てくれと連絡が入る。

コーヒー飲んで待っていてくれるなら安心と思って鯉川筋を降りていくと、唖然。

ルミナリエにいく人の交通規制で、すごい事になっている。

大丸の前は人の渦で取り囲まれている。

これって大丸に行けないないじゃない。

営業妨害になってないの?

スタバに入ると待っていてくれた。御免ね、遅れて。

とりあえずコーヒー(美味しくないんだけど)を飲んで、一息つく。

あまりの人にどうしようかと話し合って、とりあえず先に夕御飯を食べに行くことにした。

南京町を通るが、ここも結構な人、人、人。

もう少し海辺の方に降りていくと、やっと空いてきた。

雑貨とカフェを兼ねている店にはいる。

最近こういう店多いのよね。

本日のディナーはクスクス。

私はクスクスはフランスで食べたりしていたから、何の抵抗もなかったけれども、友人は今までクスクスを食べたことがなかったらしい。

触感が気に入らず、失敗だったとぶつぶつ文句を言っていた。

そうか、クスクスって確かに味がついているわけでもないし、そんなに美味いものでもないものね。

日本人にはあまり受け入れられてないのかしら。

雑貨をいろいろ見るが、可愛いのも少しはあるが、中には、こんなの誰が買うの?といった代物もある。こんな人の少ない通りでやっていて経営は大丈夫なのかしら?

兄の店のことが頭にあるからついつい余計な心配をしてしまった。

8時半頃になって、それでもまだ大丸前にはたどり着かないが、そろそろ見に行こうかと出かける。

やはりすごい人である。

だらだら人の波にもまれながら歩いていく。ちょっとげんなり。

でも、やっと入り口に立つと、やはり綺麗である。

今年は例年よりって毎年いっているわけではないが、例年よりも電球がカラフルだと思うが、その分、アーケードの間隔が広い気がする。

広場にたどり着くまであっと言う間。

でも、やっぱり綺麗だね。

広場でもお約束のようにど真ん中まで行ってぐるりと周りを見回して堪能。

すごい人だったけれど、行って良かった。

ちょっと早いクリスマス気分でした。

 

12月13日

13日の金曜日。

別に何もあらへんけど。

 

今日はたん熊さんの料理教室であった。

論文で秋からお休みしているので、今日のお節料理ぐらい通おうと思っていた。

だけど、帰りに銀だらの味噌漬けがもらえるとはいえ、1回の稽古に10500円は今の私の懐にはきつかった。

今日は診察にも行かなければならない。

もうそんな金ないよーと言う気がどこかでしていて、おまけにおせちと言っても毎年同じ様なメニューだしなあと言う気がどこかでしていた。

身体は如実に反応してくれる。

目の周りの発疹はまだ少し残っている。

家を出たくない、出たくないと身体が言うんだなあ。

 

用意は出来ていたんだけれど、家を出られずに時間が過ぎてしまった。

今更行っても遅いわ、と言う時間になってしまい、結局お休みすることにした。

そういえば、バタバタしていてあまりにも部屋が雑然としているなあ、と思い、思い立って掃除をする。

しかし、今使用している資料とかは片付けられないので、結局本や資料は山積みで机の周りに配置したままの状態は避けられなかった。

掃除機をかけて、洗濯をして、アイロンをかけて、脱ぎ捨ててある服をたたんでタンスや行李にしまい込む。

思いきって、シーツや布団カバーも交換。

ふむ。なかなかすっきりしたぞ。

 

さあ、病院でも行くかあ。

思っていたよりも診察室は空いていた。

レジュメは出来たものの、発表に自身のない読書会の資料を取りだして読む。

すると、突然声をかけられた。

「いや、久しぶり。元気?」

「あ、こんにちは」

「もしかして、って思ったら診察券に名前があったから」

「え、結構長いこと通っているんですか?」

「うん、わりとね。私拒食症やってんよ。何軒かなあ、色々お医者さん変えて、最終的にここに落ちついてん。いいよねえ、先生。本読んだ?」

「あ、あそこで売ってある本ですよね。ちらっと見たことはあるけど読んではいないです」

「いいよ、絶対に読み。もうこんな所で小川さんに会ったってようこちゃん(共通の知人)に言ったら、あんたら何って言われそうやわ」

「私もビックリしましたよ」

「この前の時、漢方飲んでたから、一瞬もしかしてって思ってんけど。どうしたん」

「私は不眠症で」

「そうなんや。長いん?」

「もう2年過ぎぐらいですかねえ。あとストレスがきついからつい先生に頼っちゃって」

「いい先生やもんね」

彼女は甲野先生の稽古会で知り合った人である。

「そういえば、この前稽古会の次の日に、甲野先生の写真取る仕事しててね。

稽古会の時の写真もついでに見せて話していたら、小川さんが丁度写っていたのよ。甲野先生が小川さんのことさして、『この人いろいろなものを背負っている』って言ってたから、きにかけてくれてるんやないかなあ」

「そうですか。私は祓い太刀を3回もしてもらっているんですけどねえ」

 

しかし、甲野先生は気にして下さっていると言うよりは、そんないらんもん背負った人には近づきたくないと思うてはるんやないやろうか。

 

あんまりこういう病院で知人には会いたくなかったけれど。

まあ、さばさばしている人なので、気楽だったかな。

喋っていたら名前を呼ばれたので、診察室に入った。

 

「週末は大丈夫だったんですが、月曜日に、夕食を祖父母と母と食べたら、全部もどしてしまって。その夜お風呂はいったら、全身に発疹が出ました。

今も目の回りに少し残っているのですが、まあ、ほとんど消えましたけれど。

次の日は一人で食べたのですが、やはり少量もどしてしまって。」

「あんまり自分が気持ちのいい環境で、食べていないと身体が拒否反応を起こすことがあるんだよ。論文のことなどでいろいろストレスがかかっているはずだから、体が弱っているんじゃないかなあ」

「うちの母は『絶対、薬の飲み過ぎ。薬害よ』と言って、きかないんですがね。私は違うと思うんですよ」

「そんな、薬害やったら、もっと早くに反応が出てるよ。それはない。きつい薬は出していないし、今は半分は胃薬だしね。」

「あと、今日もなんですけれど、最近引きこもりの傾向が強くて、些細なことで家が出られないんです。今日もお稽古事をさぼってしまって」

「多分疲れているんだよ。とにかくよく眠ること。

教授や他の人がなにか言ってきても気にしないで、自分がこうだと思う道を進みなさい。いちいち細かいところに気にかけてたらあかん。

薬、睡眠、栄養、気晴らしだよ。

言葉っていうのは、凶器にもなる。しかし、言葉を使って物を表現するというのは非常に難しいから、いくらでもいちゃもんをつけられることが出来る。」

などと、言葉を使ってなにかを描いていく、表現していくことが如何に難しいか、そして如何に簡単に人間は言葉にやられてしまうのかというようなことをえんえん例を出してくれながらといてくれた。

「君は言葉を駆使してものを表現していくことをしているんだから、それが困難なことであるのは当たり前なんだ」

そうか。

そうなんだ。言葉は凶器にもなる。そんな危ないものを操っていかなくてはいけないんだ。

多少の困難は覚悟で臨まなくてはいけないんだ。

そんな根本的なことを今更ながらに思い知らされた。

 

待合室に戻ると、人が一杯。そんなに長かったのかしら。

 

病院から戻って、次は婦人科へ。

そこでもやはりストレスが原因でホルモンのバランスが崩れていると診断された。

とほほ。

 

夜はカイロプラティックに行って、身体を矯正してもらう。

こちらの方は、亀の歩みで前進しているので合格。

今日の診察代全部たしたら・・・・ひ、貧窮。

 

12月12日

女学院にて、アルバイト。

久しぶりに忙しい。

しかし、レジュメが出来ていないので、内職道具にパソコンを持ち込む。

合間を縫って何とかレジュメを仕上げる。

レジュメは出来たものの、発表できるんかいな。まだテクストとにらめっこ。

難しいよう。

きっと私の頭が悪いんだなあ。仕方がない。

 

今日は久しぶりにNOVAを入れていた。

2カ月ぶりである。

でもしんどいので、英語と仏語それぞれ1レッスンづつ。

昔はどちらも2レッスンづつ取っていたんだけど、さすがに体力はない。

急いでいったんだけど、英語のレッスンが10分ほど遅れてしまった。

英語はいつもマン・ツー・マンで取っているのだけれど、年末で混んできたのか、グループ・レッスンしか取れなかった。

サラリーマン風のお兄さんが2人同伴であった。

なんか会話をさせられているのだが、よく聞き取れない。

とりあえず今何をしているのか把握しなければと情報収集。

 

わかった。

「どうしんたん、なんかあったん、顔色悪いで」

「いや実は問題があんねん」

「なんや、いうてみ」

「爺ちゃんが高齢なんやけど、高熱出してもうてな。困ってんねん」

「それやったら病院に連れてきゃええがな」

「あほ、今日は日曜日や。なんかええ方法ないか?どないしたらええねん」

「救急車呼べや。救急病院やったら、関係あらへんで」

「お前、頭ええな。おおきに、そうさせてもらうわ」

 

というレッスンである。つまり、問題がありそうな人に質問する。その問題について情報を収集する。そのあと適切と思われるアドバイスを与える。上手く治まってちゃんちゃん。

 

最初はお互いの想像力でやらしていたのだが、次にテキストを使う。

ふむふむ、なるほど。

さあ、テキストで起こったことはなにかね?

あれ、二人とも答えないの?いいのかなあ、まあいいか。って、全部答えちゃった。

グループ・レッスンはこう言ってお互い喋る回数に気を遣ってやらなきゃいけないからいやなのである。おまけに自分のあほさ加減をさらさなくてはならない。

仏語は、もう全然駄目でした。

勉強します。すみません。

 

12月11日

頓服を飲んで寝たので、比較的よく寝ていた方だと思う。

発疹は身体に出ていたほうがおさまったが、目の周りのところがまだ治まらない。

なんか「がまがえる」みたいで気持ち悪くて嫌だなあ。

とりあえず、今持っているサングラスのなかで、一番色の薄いやつをかけて、神戸に外出。

来春の新春能に関する「能楽講座」なるものがやっているのである。

特に興味あったわけではないが、謡曲の師匠から、誰も行かなくて切符が余って仕方がないので、時間があるのなら、是非参加して欲しいと言われていたのである。

場所は神戸文化ホールの中ホール。

観世流の家元まで来ての解説だったのだが、確かに人数は少ない。

ホールの半分も人が来ていない。

みんな能楽や狂言には興味がないのかしら。

なんか家元に気の毒であった。

内容はたいして期待していなかったが、狂言と能楽の比較、相違点の指摘などをしていたところが大変面白かった。

 

講座が終わってからは、梅田にでる。

今日の夜は、熊川哲也の『眠れる森の美女』を観に行く予定である。

しかし、発疹が気になる私は、今のサングラスだと、夜かけているには少しくらい。

でもサングラスで少しでも隠したい。

そんな気持ちがあったので、空いている時間を利用してロフトに向かう。

サングラスなんてどこで買っても同じかも知れないが、私は梅田のロフトのめがねコーナーをご贔屓にしている。アフター・ケアがいいからだ。

めぼしい薄いサングラスを幾つか試してみるが、どれも顔にしっくりこない。

似合わないのである。

幾つか試しては諦めていると、店員さんが、「フレームを選んでもらったら、色つきのレンズに交換しますよ」と言ってくれたので、めがねの方から、フレームを選んだ。

どうせ買うなら、今まで持っているのと違うタイプの物が欲しい。

薄目のレンズを入れてもらい、時間を見ると、18時すぎている。

開演は18時半。歩いていては到底間に合わないと思い、慌ててタクシーを捕まえる。

ああ、サングラス買って消費しているのに、タクシーでまた消費、貧窮。

 

「眠れる森の美女」はなかなか面白かった。

が、熊川哲也が見たい人になると、出番が少ない分ちょっと物足りないかも知れない。

生で熊川を見るのが今日がはじめて。

パンフレット見ていると、少し太ったかなあ、と言う気がする。

ソロで踊っているときには、「これが、噂のジャンプ力か」とじっくり見てみたりする。

でも、生で見てみると、案外小柄で、スタイルもそれほどいいとはいえない。

なんか、ちょっとイメージが違っていたかなあ。

シルヴィ・ギエムを初めてみたときの感激ほどは感激しなかった。

それでもトップのプリンシパルを勤める人なのだから、すごいんだなあ。

休憩が2回入っていたので、終わったら、21時半になっていた。

アンコールが執拗に求められ、改めて熊川ファンの多さを実感した。

まあ、私みたいに、たまに興味本位でバレエを観に行く観客がとやかく言うこともないだろうが。

 

よい気晴らしにはなったかな。

今日は御飯をもどすこともなかったし、あとは薬を飲んで、お休みなさい。

 

12月10日

昨日無事にお風呂には入れたし、今朝も無事に起きられた。

いつものように、目覚ましのなる少し前に。

さすがに昨日で胃が空っぽになったせいか、何となく空腹感がある。

でも、食べて朝から気分が悪くなるのも怖かった。

とりあえず、昼のお弁当を作る。

なかなか朝から余裕じゃない?

コーヒーを飲んで、お弁当を詰めて用意をしていたら、あっという間に7時半。

慌てて、家を出る。

 

桂駅に降り立つと寒い!!

皮のブルゾンと着ていたのだが、お尻まで被さらないのでお尻から足にかけてが寒い。

しまった、ロング・コートにするんだったと後悔。

寒いよ、早くバスが来て!

3分ほどが10分にも思える。

 

日文研に着くと、みぞれ混じりに時雨れていて、更に寒い。

塚口はもっと暖かったぞ。

9時半から早速RAのバイトに取りかかる。

寒い、寒い。

図書館でいつも仕事をしているのだが、図書館がこれまた寒い。

一応薄手のショールを羽織って仕事しているんだけど、全然暖かくない。

どうして、暖房効かないんだろう。夏はあんなに冷房が効くのに・・・

院生室においてある膝掛け取ってこようかなあと思いながらも、なんだかんだと調べものをしながらうろうろしているうちにお昼になってしまっていた。

あー、はかどらない。

もりかげって誰やねん。そんな調子で調べていく。

結局分からなかったのは、カタカナで書いて、?マークをつけ、印を付けていく。

分からないものだらけやん。

全くこのフランス人ももっと有名な人の作品だけを引用してよねえ。

(ちなみに今はフランス人が書いた「日本美術」という本の挿し絵のキャプションを訳していっているのである。)

 

お昼を食べながら、世間話をする。誰が草稿出したとか、出さなかったとか。

私にとっては精神衛生上良くないのかもしれないけれど、これが現実。ちゃんときいとかなきゃ。

そうだよ。人には、それぞれのペースがあるんだ。

その意見には大賛成。

さんざん話して、バイトに戻る。

17時になって図書室も閉室。

院生室に帰り、残り1時間残業する。これ以上院生室でしていても調べものに限界があるから1時間。それでも分からないものが増えていく。

1時間経ったところで、自分の仕事にはいる。

今度の読書会のレジュメ作りをはじめた。家のプリンターが調子悪いので、出来たら今日中にレジュメだけ仕上げたいと思っていた。

でも、突然みんなが帰ると言い出す。こんな真っ暗ななか一人寒いのに残されるのは嫌だなあ、と弱気になった途端、根性無しの私は「私も帰る」と言ってしまった。

レジュメは当然出来上がっていない。

しゃあない。家のプリンターで何とか打ち出そう。

夜の京都は一段と寒い。塚口に着いたら、なんかあったかい気がする。

 

ダイエーで買い物して、家に帰る。

今日は晩御飯も無事に食べてお風呂に入った。

まではよかったんだけど、そのあと気持ち悪くなって、少しばかり吐いた。

昨日の夜から発疹がでている。

今日も治まらない。

寝たら治るかなあ。明日はゆっくり出来るし、治ってください。

 

 

 

12月9日

今日は女学院にてのアルバイト。

昨日お風呂は入らずに寝たので、早起き。

5時に目覚ましかけていたのだけれど、3時過ぎから起きてしまった。

食べ過ぎたのか、お腹が痛いのだ。

結局5時前には起き出して、お風呂にはいる。

あー、お腹が痛い。

なんか調子悪いなあ。

用意をして、着替えるが、何となく気分が悪い。

座ったままボーっと時間が過ぎる。

あっという間に日の出。

朝から食欲もなく、無理して薬だけを飲む。

貧血気味だ。

今日はバイトのあと謡曲のお稽古日なのに。

 

今日はバイトの方は結構暇だったので助かった。

内職をしながら、時間が経っていく。

お昼も食欲がなく、ここのところ1日2食はちゃんと食べられるようになっていたのに、朝から何も食べることが出来ない。

朝は気分が悪くてプロテインも飲めなかった。

 

クラクラしながら、お稽古に通う。

当然の事ながら、声が出ない。

「もっと力を入れて、しっかり声を出して」と叱責されるが、上手くいかない。

舞もふらふら。

あちこちを間違えるが、大目に見てもらう。

帰りは車で祖父母の家に。

着くと様子が違う。

 

祖父が熱を出して寝込んでいるのだ。

お医者さんに来てもらって、点滴をしてもらっているらしい。

祖母が「先に御飯食べてて」という。

居間に戻って、とりあえず御飯を食べる。

点滴が終わった祖父が居間にやってきた。点滴で熱が下がったらしいが少しふらついている。今日のメニューはすき焼き。そんな脂っこいもの食べられるのかなと思っていると、お肉をぱくぱくと食べているので、まあ大丈夫かな。

問題は私である。

「なおちゃんももっと食べ」といわれ、言われるがままに朝から何も食べていない胃に詰め込んだのがいけないらしい。

祖父が熱を出しているので気丈に振る舞っていたが、気持ち悪いものはどうしようもない。

遂にトイレに行って、ほとんどもどしてしまった。

苦しいし、気持ちが悪い。

これ以上いても、私は気分が悪いだけだから、早く帰りたいのだが、祖父のことがあってなかなか切り出せない。

祖父がベッドに寝に行ってから、すぐ帰ろうとしない母をおいて、帰ろうとすると、一寸待て、送っていくという。どっちでもええけどはよしてえな。

祖母は寒いから送ってもらえといい、結局さんざん待たされて、送ってもらった。

家に着くなりトイレに駆け込み、残っていたものを全部はく。

胃酸で胸焼けがする。

居間でも最高に気持ちが悪い。

お風呂は入れるかなあ。それより明日、日文研にいけるかなあ。

 

12月8日

何も予定のない日曜日。

しかし、母に昨日の御礼で、買い物に付き合う約束をしていた。

コートを買いに行くのである。

密かにコートマニアの私は、コートが大好きである。

なので母のものを買いに行っているにもかかわらず、ついつい自分の好きなコートに目がいってしまう。

「これなんていいんじゃない?」

「それはちょっと若すぎるわよ。あんたやったらええけど、もうちょっとおばさん向きじゃないと」

「大丈夫って、ママは若いから。とりあえず羽織ってみ」

「やっぱり少し若すぎるわ」

母は来年で還暦である。少し無理があるかなあ。

結局無難なところで落ち着いた。

いいんじゃない。軽そうで暖かそうなコートで。

母は、論文を落とされて気丈に振る舞っているらしいというのは、金曜日の病院で気付いたのだが、まあ、周りからはそう見えているかも知れない娘にひそかに気を遣っていたらしい。

私が、何気なく「あ、このセーター可愛い」といって入った店舗についてきて、「試着したら?」「いいよ。別に」「着てみたらいいじゃない」「そう?」といって試着したらあとは店員の言うがまま。「こんなスカートを合わせてみたら可愛いですよ」

という言葉に導かれ、試着のしたい放題。

ついには「買うてあげるわ」といって、買ってくれたのである。

嬉しいけど、まずビックリ。Merci, mamma!!

来年の正月に着る服が出来ました。ありがとう。

 

夜は祖父母と一緒にお寿司やさんに。

ちょっと食べ過ぎたかな。いや、飲み過ぎたかな。

ふらふらするので、早く寝ます。お休みなさい。

 

12月7日

京都文博で『忠臣蔵』がやっているので観に行く。

知る人ぞ知る、忠臣蔵300年記念なのである。

今日やっているのは尾上松之助の忠臣蔵。

大正時代のと昭和初期の作品の2作。

しかし、無声映画を無音で見ることほどつらいものはない。

この当時は活弁が当たり前であったので、外国の無声映画のように字幕が入っていないのである。

だから何を喋っているのかは全く分からない。

ただ自分の知っている忠臣蔵の物語に合わせて、ああ、このシーンだなあと推測して当てはめてみていくことになる。

つまり、忠臣蔵を知らない人がこの映画を見たらどう理解されるのだろうか。

全く分からないのではないだろうか。

一度実験してみたいもんだが、そんな機会が来ますように。

さすがに途中は眠気と戦いながら見ていた。

 

目玉の松っちゃんというけれど、私が見た数少ない松之助映画で、目玉をひんむいたと言う強烈な見得の場面には出くわしたことがない。いつも目の細い小さい松之助である。

当時の人があだ名をつけたきっかけになった映画を私は見てみたい。

 

そのあと御影で謡曲のお稽古である。

今日は通しで舞をしたが、がさつに舞ったので叱られた。

謡の方も声が出ていないとたしなめられた。

そうはいってもねえ。

すぐ出来てたら、今頃は能楽でも舞ってますがな。

いろいろとお稽古事をするのも楽しいが、どれにも要領よく力分配するのは難しいものである。

 

今日は父が帰ってこないので、母と神戸でフレンチを食べる約束をしていた。

「ル・ビストロ」というお店である。

前から行きたかったのは、冬はジビエがやっていると言うからである。

それにしても、ボリュームの多い店だった。

森鳩を食べたのだが、美味しかった。

たまには美味しいものでも食べて、身体を休ませてやらなきゃね。

 

12月6日

昨日遅かったので、顔だけ洗って寝てしまった。

朝5時頃目が覚める。4時間は寝ていたかな。合格。

メールのチェックもしていなかったので、コンピューターを立ち上げると、ノートンの更新が30日以上していないとメッセージが出た。

しまった、忘れていた。

慌ててウィルス・チェックをかける。

こんなんだから、2回も感染してしまったのかも知れない。

今のところ何もなさそうだ。

お風呂に入って、映画に行く準備をする。

今日は『続影法師』と『魔像』の2本。

前回祖父の招待で映画を1本見ずに帰って来いと言われて、見ることのできなかった映画が「影法師」なのだから、今日はその続編。

当然、話も途中から始まる。最初の方は何が起きているのかよく分からなかった。

だんだん話が分かってきたころに、チャンバラのすごくいいシーンで、突然フィルムが落ちた。真っ暗。

切れたのかどうか分からないが、復旧に5分かかるという。

普通なら金を返せというところだが、阪妻のファンは寛大であった。

漸く復旧してチャンバラシーンから始まり、すごく阪妻がかっこよかった。

でも最後になっても、話の一番の大筋がよく分からなかった。惜しいことをした。

やはり駄々をこねてでも、観られるときに観ておくべきである。反省。

2本目の「魔像」の時も、やはりフィルムが切れた。しばし暗闇。

このフィルムはすごく悪く、つなぎが明らかにおかしい部分がたくさんある。

検閲にあってカットされた作品だとは思わない。

しかし、ひどい作品であった。

確か、私はビデオに落としておいたはずだが、1時間半はあった映画である。

しかし、上映が終わったら1時間であった。

絶対にフィルムがおかしいと思う。映写技師が悪かったのかなあ。

小冊子を売っているので、買っていると、見に来ていたおじいさんに声をかけられる。

「あんたいくつや」

「32です」

「わしゃ、もう90やけどな。あんたみたいな若いもんが阪妻とか観るんか」

「観ますよ。やっぱりチャンバラですか、阪妻は?」

「ウン、チャンバラもええけどな、現代劇もええ。無法松の一生や王将なんてええなあ。

あと破れ太鼓もおもろい。」

「そうですね」

ブー。映画開始のベルが鳴る。ぞろぞろ劇場内へ。

もう一寸おじいさんと話していたかったな。

 

クリスマス・プレゼントは贈ったが、カードがまだだった。

毎年、ホスト・ファーザーが、習ったひらがなでクリスマス・カードを送ってきてくれる。

三宮に出て東急ハンズでクリスマス・カードを買う。

 

今日は診察日。三宮から病院へ直行。

空いていると思ったが、結構待たされた。

診察室にはいる。

「あのー、実は今日が草稿の締め切り日だったんですよ。

今週どうしても日文研にいけなかったんです。火曜日だったんですが引きこもりに近い状態になってしまって。先週に思いっきり気晴らしして、吹っ切れたと思ってたんですけどね。

そのわりには、今週どうしてもうまく論文に取りかかれなくて。

今から思うと、私はもう×を出されていて、出すことが出来ない。だけどもみんなは書いて今日までに提出する。そんな姿を見たくないと言うか、そんな雰囲気の中にいたくなかったんじゃないかなと思って。

単なる言い訳かも知れませんが、全然手に着かないんです。

気晴らしもちゃんとしているし、お薬もちゃんと飲んでるのに」

「あのね、それは正しい。まわりも気にせず堂々と通えるようやったら、こんな病気になんかならへん。眠れている?」

「4〜5時間は。いつも必ず、目覚ましがなる前に起きるんですよ。それで30分か1時間活動して、また眠くなるんですよ。薬がきつくなってきたんでしょうか?」

「冬だから。例えば8時に目覚ましかけてるやろ。7時55分にパチッと目が開く。時計を見る。あと5分やと思ってもう一度目をとじる。あー、目覚ましなるなあと思うと目覚ましがなる。さあ、起きようと思って、頭はもう起きているし、さっき時刻も確認したし、目覚ましがなっているのも聞こえているにもかかわらず、この目がどうしても開かないんや。どうしても両目が開かない。」

「そうなんですよ。まさにそういう状態があって。」

「これ、今の僕。冬だからね。冬眠してなさい。」

「でも私にはもう時間がなくて、やらなくてはならないことが山ほどあるのに、全然要領よくこなすことが出来ずに、気がつけば12月になっているし」

だんだん自分の話していることがこんがらがってきてパニックになってきているところを黙って聞いていた先生は突然さえぎった。

それから先生は、えんえんと映画の話やもののたとえやいろいろな話を続けてくださって、私はその言葉の渦に巻き込まれて、気がつけば何となく安心している自分を発見する。

「薬は変えない。眠れるときは寝なさい。僕が言いたいのは、危険なとき、大変なときほど人間には眠りが必要なんだよ。だから、どうしても薬がきついと思うのなら、頓服を1錠にへらしなさい。2錠分出しておきますから。じゃあ、来週。」

気がつけば、待合室には人が一杯。

そんなに長かったんだろうか。

自分では大丈夫そうに思えて、そんなに不安定だったんだろうか。

毎日を気丈に振る舞ってみただけだったんだろうか。そんなのは先生の目から見たら、不安定な毎日を過ごしているようだったのか。

そんなに私は周りにおびえて生きているのだろうか。

主治医や薬無しではまともに生活することが出来ないなんて、なんてざまだ。

私は一人では生きていけない。そんな弱虫の屑なんだ。

 

12月5日

女学院にてアルバイト。

今日は結構忙しい。今度の読書会の本を読んで準備をしようと思っていたが、そんな暇はない。

おまけに読書会の題材が今回は難解なため、じっくり集中して読まなくては意味が全く分からない。

私の頭が悪いせいも一因であるが、遅々として進まず、いらいらする。

バイト中に内職していらいらするのも何だが、やはり私が悪いんだろうなあ。

うーん、困った。

困っているうちにあっという間にバイトが終わった。

後片づけをして、新開地に向かう。

 

昼間開いている立ち飲み屋さんは夜は閉まっていた。

やはりボートピア(競艇)の客を当て込んでいるのだろう。

このボートピアだが、一見いつもポートピアと見間違える。

ボートピアと矢印が出ているのを見て、何でこんな所にポートピアがあるねん??と首をかしげていたが、新開地に詰めて通うようになってから漸くボートであることに気がついた。

間抜けである。

今日は映画が終わる時間が遅いので、残業している友人と軽く食事をして帰ろうと思っていた。

映画が終わったのが9時半。

とりあえず、三宮に出る。

大体22時半頃と聞いていたので、最近増えているファスト・フード系のカフェって言っても何のことか分からないかも知れないが、要するにスタバのようなカフェのことである。いつも待ち合わせしているそのカフェに入り、コーヒーを飲みながら、じっくり読み始めた。なんだか分かるようでつかみきれない。

読書会に間に合うのかなあ。

必死になって取り組んでいたら、閉店時間となっていた。

あれ?もう23時半?

今から行くと連絡が入った。仕方ないので店の前で待つ。

それにしてもそんなに時間が経っていたとは気付かなかった。

それだけ集中していたのかも知れない。

急に明日から東京へ出張になったという友人の話を聞きながら、忙しいのに会う約束をして悪かったなあと反省。ドタキャンしてくれればよかったのに。

律儀な人である。

週末は寒いらしいから、東京、気をつけて行ってきて下さい。

私は明日も映画です。

 

12月4日

眠いのか、寝ているのか、寝つけてないのか、よく分からない状態。

昨日は頓服も一緒に服用して眠った。

5時間睡眠。よし、OK。

朝から久しぶりに空腹感というものを味わった。

自分でもビックリ。久しぶりに感じる感覚である。

そろそろ人間らしく戻ってきたのかしら。

朝御飯を食べ、薬を飲んで、コーヒーを飲んでいると、座っていられなくなった。

あれ、だるいなあ、と思って横になると、急に眠気に襲われた。

起きてから、顔を洗って、服を着替えて、朝御飯食べてと1時間ほど活動していたのになんで?

眠いというのは正確ではない。

身体さんは横になりたがっており、ずるずると横になってしまったのだが、頭さんは起きているのである。不思議なことに目がふさがってきた。それって睡眠にはいったんちゃうんと思うのだが、頭はしきりに色々考えているのである。

それは夢なのかも知れないが、外で起きる物音、電車が通ったりするのもすべて知覚しているのだから、夢うつつで眠っているのではないのかも知れない。

とりあえず起きあがれなくなってしまった。

それでも何とか動こう動こうとあがいてみる。

パチッと目が開いた。びっくり。

動けるようになったじゃないか。

用意をして、阪妻映画祭に出かける。

よかった間に合って。

 

今日のメニュウは『月の出の決闘』『佐平次捕物帖 紫頭巾』。

「佐平次捕物帖」の方は京都でも観たばっかりだったが、1本観ても2本観ても値段は同じなので観て帰ることにした。阪妻三役のサスペンス。大河内傳次郎も出ていて面白い。

「月の出の決闘」は最後の立ち回りのシーンで、月の輝く中、やくざものを全部倒した後、月を仰ぐかのようにして、バッタリと崩れ落ちる阪妻の姿が印象的だった。

 

帰りは用を言いつけられていたので、祖父母の家に顔を出す。

夕食をいただいた後、クリスマス・パッキングのためにさっさと実家へ行く。

スウェーデンから、毎年コスタ・ボーダのガラス製品が送られてくるので、うちからは九谷焼の高台になったお猪口を一つずつ送っている。最初に6個のセットを買ったので、それが実家にあるから、それを取りに実家に行ったのである。

来年でなくなるから今年で5年目だ。

パッキングをして、お茶を入れて一息ついていると、なんと生チョコがあるではないか。

無性に甘いものが食べたくなった私は、さっき御飯食べたばっかりにもかかわらず、生チョコをパクパク食べてしまった。

なんか不健康な生活やなあ。御飯食べずにお菓子食べてる女子高校生みたい。

こんなに甘いもん欲するのは、疲れているせいかなあ。

はよ帰ろう。

なんだかんだ言って、帰ってからお風呂に入ったりしていると0時を回っていた。

明日はバイトの後映画を観に行くので、早く寝なくては。

 

12月3日

普通に朝目覚めた。

いつも通り目覚まし時計がなる少し前に。

顔を洗い、服を着替え、日文研に行く準備をする。バイトに行かなければ。

だが、また始まった。

ドアが開けられないのである。一歩が出ないのである。

どうしても外に出られないのである。

何だが調子が悪くなってきた。

頭痛がする。寒気がする。

次のバス、次のバスと思いながらも、一歩も動くことは出来なかった。

言うことを聞かない身体さんとただ無性に焦りまくる精神さんが調和してくれない。

気がつけば、お昼になっていた。

何もしていないのに、4時間も5時間もいつの間に経ってしまったのであろう。

吹っ切れた論文はどこへ行ったの?

頑張るんじゃなかったの?

 

私はどうしようもコントロールが効かなくなって、町に出た。

そうだ、スウェーデンにクリスマス・プレゼントを贈らなきゃ。

銀行に行き、各種支払いを済ませ、足りないお金をおろして、貧窮。

 

家に帰り、漸く落ち着いた私は、書きかけの論文のためのビデオを家で見ることにした。

ビデオを見ながらチェックしていく。

そうだ、早くこの論文を書き上げなくては。

今少し調子が出ないので、1本見たところで休憩。

気分転換にお風呂に入ってみる。

お風呂から出て寂しくなったので友人へ電話してみると、風邪を引いて寝込んでいた。

お気の毒に。長電話も身体に悪かろうと思い「お大事に」といって、電話を切る。

あまりお腹も空いていなかったが、夜御飯にパンと焼売を食べる。

変な取り合わせ。

あれ、今日朝から何も食べてなかったっけ。

薬だけは飲んでいたような気がするが、時間の感覚がない。

気分が乗らず、パソコンの前に座っていると気がつけば22時を回っていた。

大した仕事もしていないのに。

今日は壊れていました。

パキパキ、パリン。

 

12月2日

ああ、12月である。師走である。

日記なんてかいている暇があるわけがなかったはずなのに、人生の落伍者。

 

今日は女学院にてアルバイト。

貧乏暇なし。働け、働け。

今日はやはり1月半お休みさせていただいていた謡曲の稽古日である。

頭から完全に抜け落ちていたので、忘却の彼方に行ってしまった。

 

お久しぶりですと先生に挨拶し、お稽古をはじめる。

いきなり基本形からやり直しである。とほほ。

まず道順を確認して、何とか通しで舞ってみる。

「思い出しましたか?」といわれ「はい、すみません」と答えるしかない。

腰がふらついて安定しないなあ。

「もっとしとやかに舞いなさい」と注意されるが、型を思い出すのに必死で、しとやかもあでやかもあったものではない。

 

謡の方も全然駄目。やっぱり継続が力やね。

さぼるとてきめんに出てくる。

 

帰りは車で祖父母の家に連行される。

昨日の御礼を言って夕食を御馳走になる。

今日は何故か、夕食後の麻雀までお付き合いすることとなった。

 

吹っ切れた論文はどこへ?

まあ、これも孝行のうち。そんな日もあるさ。

 

12月1日

草稿が受理されないと指導教官に言い渡されたとき、かなりのショックを受けた。

おかしくなってしまった私は、突然やけになり、自分の懐具合も省みずに暴挙に出たのである。

そう、その日が11月30日であった。

新宿で行われるミラクルヤングのライブのチケットを購入してしまっていたのだ。

論文提出前だから、泣く泣く諦めていたのだけれど、次の締め切りが延びたのだから、気晴らしに行ってもいいじゃないか。

往復夜行は余りにも体力的についていかず、行きだけは新幹線。帰りは夜行にした。

 

ちっとも大阪に来てくれない町蔵の声が聞きたさに、はるばる東京まで行くのはこれで3回目である。

ファンとは誠に馬鹿なものである。

 

昼御飯を両親とともに食べてから、新大阪へと向かう。

私が新幹線に乗るときは、あまり富士山が見えるときが少ないのだが、今日はくっきりとその雄姿を現してくれた。時代劇映画を見ていると、よく富士山が出てくる。

遠くから仰ぐ富士山はフィイル上も今も変わらない。

やはり新幹線は速いものであっという間に東京駅に着いた。

まず駅構内の本屋に入り、「新宿リキッドルーム」を探す。

大体の駅からの場所が分かったので、中央線で新宿に出る。

おお、これがアルタ前かあ、などおのぼりさんをしてしまう。

 

新宿はでかい町である。ネオンがすごい。人がすごい。

目指すは新宿歌舞伎町。

確かここら辺のビルのはずなのだが、よく分からないので交番で聞いてみると「それです」と目の前のビルを指さされてしまった。気付かなかったよ。

7Fまで歩かされ、中にはいると、やられた。

新刊のサイン付き本が売られているのである。

もう購入しちゃったのになあ、サインも欲しいしなあ。

この手を喰らったのは、これで2回目である。町蔵も罪なお人である。

さんざん悩んだあげく、サイン本を購入してしまった。クリスマス・プレゼントにしよう。

今回のライブは初めてのワンマンライブ。楽しみである。

なまじ前の方に行ってしまったために、ライブが始まった途端押し寄せる観客の渦に巻き込まれ、もちくちゃにされ、殴られ(手が当たっただけなんだけど)蹴られ、足を踏まれ、さんざんな目に遭いながらも、マーチダ・コー様のご尊顔をひたすら拝しておりました。

うう、かっこよすぎる。

しかも、1曲だけとはいえ、INUの時代の曲をやってくれるなんて、もう涙もの。

来てよかったよ。

声のシャワーを全身に浴びて、音の渦に巻き込まれ、身体をライブ空間に委ねて、全身で空気を音を歌を吸収し、受け止めていく。

何とも心地よい時間である。

ジャンプする人々で床はたわんでいるかのような錯覚にとらわれる。

酔っているのか?私は。

アンコール2回の合計1時間半のライブは、夢のように瞬く間に終わってしまった。

しかし、なにやら吹っ切れた気がする。

論文落とされて、落ち込んでいたけれど、歌う町蔵の姿を見ていると、なんだか自分もしっかりやらなければ、と思えてきた。

次回を目指してこのままのペースで頑張っていこうと思えた。

 

興奮さめやらぬまま、新宿の町を歩く。

結構夜遅いのに、町は明るくにぎわっている。

とりあえず、夜行バスが発車する東京駅まで戻る。

東京駅に着くと、メールを入れておいた東京の友達から電話がかかってきた。

「びっくりしたわ。何してるの?」

「ライブに来たの。もう帰るけど。」

あわただしいやっちゃと思われたことだろう。

 

バスの時間までまだ大分あるので、出発時間の早いバスに変更してもらう。

それでも30分ほどあるので、カフェに入り、夜御飯にサンドウィッチとコーヒーを食す。

 

バスが来て漸く乗り込む。22時20分である。

まだ興奮してて当分眠れそうにないので、購入したサイン本を早速読み始める。

本当は読むべき本を別に持ってきていたのだが、新幹線は揺れが激しいために、よんでると気持ち悪くなってくる。

自動車の中や普通のバスでも酔って文字は読めない。

しかし不思議なことに夜行バスは結構平気なのである。あまり揺れないのかなあ。

夜行バスはよく眠れないからきついとよく人に言われる。

確かにあまり眠れない。にもかからわず、眠れる人は眠れるのだ。

私の後ろの座席の人は、まだバスが発車する前から高いびきをかいて寝ている。

不眠気味の私からすれば、一寸羨ましい。

手元のライトをつけて、消灯後もなお黙々と読み続けていると、気がつけばバスの中は真っ暗。皆さん就寝に入られたようである。

時計を見ると0時半。眠れるかなあ、と思いながらも薬を服用。

寝ようと心がけるがなかなか寝つけない。

寝入ったと思えば、パーキング・エリアに着いたアナウンスで起きてしまう。

5時頃にはまたライトをつけて本を読み出した。

6時半に大阪到着。

雨が降っていて寒い。

とりあえず家に帰って、3時間ほど眠る。

 

起きて、お風呂に入り、15時からの、阪妻映画祭を観に新開地まで出かける。

18:20からの影法師もみたかったのだが、祖父母が食事に招待してくれるので、それを見ないで帰ってこいとメールが入った。

人の研究を邪魔するなんて。一方的なメールだなあ。

しかし、最近論文が忙しくてあまり祖父母の家にも行ってなかったので、無下にお誘いを蹴ることもできない優柔不断な私。

 

しかし何となく悔しいので、観たい映画だけ観て、次の映画の時間は友人を呼びだして一緒にお茶をする。

昨日からハイテンションが続いているから、会った友人はビックリ。

落ち込んでいたこの前の私はどこへ?

優しくしてくれた友人に感謝の意を述べ、(といっても呼び出したんだが)また頑張るからねと約束してみた。

 

さあ、塚口まで戻って、タクシーでレストランへ向かう。

もう半分ほど食べ終わっていたところだったが、遅れたお詫びを言いつつ食事の席に着く。

そういえば、最近わりと食べられるようになったよなあ。

大量に出してもらっている胃薬の効果が効いてきたのだろうか。

 

11月29日

久しぶりに日文研に働きに行く。

7時半に家を出て、9時過ぎに日文研に到着し、9時半より17時までRAを働き続ける。

図書館に籠もってやっていたので、図書館で私を見かけた事情の知らぬ院生たちは、私が論文の追い込みをすごい勢いでやっているのだと思っていたらしい。

やってみたいよ、自分の仕事を。

先週まではやっていたのだけどねえ。まあ、今もペースダウンをしながら続けてますが。

皮肉にも今日はアルバイト。

2カ月休んでいたので、勘が鈍っている。

あれ、これ前もあったよなあ、と思いながら単語を調べ、百科事典を調べ、データベースを調べ、調べ調べて遅々として進まぬ仕事をやっていく。

 

ええ加減にせんと気ぃ狂う死ぬ(@INU)

 

11月末なので、もう一つのアルバイトの出勤簿を提出に行く。

先輩がいたので、受理されなかったことを報告し泣きつく。しくしく。

慰められて、院生室に戻り、コーヒーを一杯飲んでから、残業を更に1時間する。

しかしよく働くなあ。

 

切りをつけて、今度は自分の調べものをする。これがなかなか出てこない。

インターネットで簡単に分かれば苦労はしないのだが、手掛かりが出てこないのが辛い。

どうやったらアクセスできるのだろう。

その人たちの所へ入門したい人はどうやって探しているのだろうか。

だんだん訳が分からなくなってきた。

10月から来ている研究生のギョームさんと、もう一人の院生と3人で話をはじめる。

私があまり日文研に来ていなかったので、ギョームさんと会うのも話すのも初めてである。

家族社会学をやっているらしい。落合先生か。

 

18時になったので、「AMP」の先行予約の電話をかける。10分ほどして漸くつながったが、席は余りよくなさそう。帰りにファミリーマートに取りに行こう。

暗くて寒くなってきたので、今年入ってきた院生と一緒に帰る。

彼は横浜に住んでいるので、週2回京都まで出てくる。

普段は国語の非常勤をしており、2児の父であるからそれこそ大変だ。

話を聞いていると私よりもずっとよく働いている。大変そう。

日文研にあまり来ないので、日文研の話や、草稿が受理されなかった話などをバスの中でしていると、「一寸、ドーナッツを食べていきません?」とバスを降りると誘われる。

話が面白かったらしい。

私も4年休学入れたら5年も日文研にいるので、漸く事情も分かってきたが、1年生のころは右も左も分からなかった。

何を聞いていいのかも分からず、どういうシステムになっているのかも飲み込めず、伝え聞く先輩からの話で判断するより他なかった。

だから、私に出来ることは、私が知っているすべてのことを早い段階から彼に伝えてあげることであると思った。

うっかりしていて自分が陥った穴に二度と他の人が陥らないように、知っているすべて、そしてコロコロと変わっていく手続きのことなどをとにかく全部伝えよう。

私は自分が苦労したから、他人も皆苦労せいとは思わない。

やらなくていいこと、省けることが分かったら、次の他人には余計な苦労や寄り道をしない方法を教えるべきだと思う。

そんなこんなで話し込んでしまい、早く帰るはずが遅くなってしまった。

 

ミスドのドーナッツが胸焼けして頭がクラクラする。

もう何も出来ない。

 

11月28日

阪妻映画祭に向かうため、神戸の新開地に行く。

新開地という場所は、昔の歓楽街だが、震災のころだったと思うが、町おこしのために芸術村にしようという試みが行われたところである。

しかし、現実は、昔の町並みを残した古い商店街のある町で、今回映画が上映されている、「神戸アート・ヴィレッジ・センター(KAVC)」を除けば、あまり芸術村といった雰囲気ではない。

しかも場外馬券場ならぬ、なんて言ったらいいのか知らないが、場外競艇券場があるために、それを目当てに来るおじさんたちが多く、近くに簡単に入れるカフェや喫茶店よりは、昼間から開いている一杯飲み屋の方が多い。

よく大阪の新世界、神戸の新開地と比較されて語られてきた町並みで、こういう言い方は良くないのかもしれないが、あまり治安のよろしくないところ、よく言えばちょっとさびれた下町である。

私はKAVCの前身であった演芸場へも行ったことがある。

そこはまさに大衆演劇、といっても綺麗な大がかりな舞台ではなく、こじんまりとした小さな舞台で、旅回りの一座が回ってくるような小屋であった。両サイドに桟敷席があり、真ん中が椅子席。桟敷席の軒には提灯がずらりと並んでおり、いかにもレトロな感じのする小屋であった。私はそんなところで演劇を見て育ったわけでも何でもないのだが、そんな小屋に異様なノスタルジックを感じて好きであった。

今はコンクリートとガラス張りのおしゃれなビルと化している。

そんな思い入れがある新開地だが、阪妻映画祭で来るのは久しぶりである。

相変わらず変わらない町並みの中、ぶらぶら歩きながら通うのまた久しぶりに味わう楽しみになった。

今日の献立は『伊賀の水月』『かくて神風は吹く』の2本立て。

恥ずかしながら、『かくて神風が吹く』は京都のみなみ会館に観に行ったのだが、連日の論文書きの睡眠不足から、不覚にも途中寝てしまったのである。話は元寇の話。

『伊賀の水月』は知る人ぞ知る有名な講談ネタである「荒木又右衛門」のはなしである。36人斬りで有名な話であるので、もちろんそのチャンバラシーンが売り物であり、戦前からよく映画化されている作品である。

来週の金曜日で阪妻映画祭も終わってしまうので、新開地通いも来週までか。

みなみ会館に続いて、こちらも観客層はおじさん、おじいさんばっかり。ほとんど若い人を見かけることがない。まだ京都の方が若い観客が多かったような気がする。

 

今日は本当ならば、女学院でアルバイトの日であった。

だが、論文を書く気でいた私は、予めお休みをいただいていたのである。丁度この辺りが最後の追い込みに当たるであろうと思っていたから。

それが無下にも受理されず、12月提出不可となった私は、随分落ち込んでいたが気晴らしと資料探索を兼ねて、こうしてまた映画館通いをはじめたのである。

両方ともビデオになってくれるといいんだけれど。

 

映画が終わり、町に出ればもうクリスマス一色である。

あー時が経つのが早すぎる。恐ろしや。

 

 

11月27日

日文研に行って、夜映画を見る予定だったが、これも朝から起きあがれずに断念。

昼過ぎまで、倒れている。

漸く午後になって始動開始。

梅田へ出て、映画を2本見る。

昨日、見逃した「たそがれ清兵衛」と「国姓爺合戦」。

諸刃の剣も両手で使うのかと感心してみてしまった。

反りのある片刃の剣は片手で使っているイメージがあったのだが、諸刃の剣は重いせいか両手で振り回し、切り倒し、突き刺していた。

オランダ側のフェンシングのような剣はもちろん片手で使用していた。

なかなか接近戦は面白かった。

国姓爺合戦にも武術指導の人の名前が見られた。中国の方だと思う。

鎧をつけていても動きがアクロバティックで、飛んだり蹴りが入ったりする。

それに刀がついてくるのだから、なかなかの迫力だ。

それに対して、「たそがれ清兵衛」は、言うこと無し。

「SABU」を見逃したのは痛かったのかなあ。

またどこかでやるだろう。

明日は阪妻映画祭。楽しみである。

まあ、これも仕事のうち。

 

11月26日

今日の予定は「たそがれ清兵衛」をみて、研究会に参加するはずだった。

だが、完全に沈没してしまった。

しんどくて、身体が痛くて、どうにも起きあがることが出来ない。

もちろん何も食べることが出来ない。

床に伏せったまま、時間だけが過ぎていく。

どうしても起きあがれないのだ。

トイレに行くのもやっと。

漸く動けるようになったのは19時半頃。

とりあえず薬を服用するが、食欲がない。

プロテインを栄養補給のために飲むのが精一杯。

お風呂に入り、目が覚めるかと思いきや、よけい体力を使ったらしく更にしんどくなる。

どうも、論文のために今まで無理してきたつけが回ってきたようだ。

23時半には、立ってることも座ってることも出来ずに、再び床にはいる。

今日も薬は忘れずに。

完全にダウンしたのは久しぶりだ。

ひきこもりかなあ。

 

11月25日

3時に目覚める。

覚醒。

頭痛がひどい。

身体が震えている。

やはり薬を飲まなかったのがいけなかったのか。

反省。

今から飲んでいるとバイトに間に合わないので、我慢する。

覚醒してしまっているので、どうしようもないのだが、とりあえず目覚ましをかけて、横になる。

すごく気分が悪い。

かすかに震えるからだが居心地を悪くさせる。

寒い。

アルバイト中もかすかに身体が震えて、寒いような気がして身の置きようがない。

しかし、今日も甲野先生が女学院に来ていらっしゃるというので、バイトが終わったら稽古場に向かう。

剣術、杖術をたっぷり見せて貰い、ただただ感心するばかり。

お決まりの祓い太刀をしていただき、稽古を終える。

その後は懇親会。

調子悪い癖に、懇親会まで参加する私は馬鹿者。

家に帰ったら、もうぐったり。

今日はちゃんと薬を飲んで寝よう。

 

11月24日

阪東妻三郎映画祭が神戸で開催されている。

京都で開催されているときに、ビデオになっていない作品も上映されるので、なるべく観に行っていたが、論文を書きながらだったので、全部は見られなかった。

論文が延びてしまった今、見損ねた作品を見ようと来週まで神戸通いが続く。

昨晩遅かったので、映画の途中で眠気に襲われてしまった。

不覚。

薬を飲んでも不安でよく眠れていなかったから。

まあ、今日の作品はビデオがあるので、それでもう一度見直そう。情けない。

 

家に帰ってきて、書きかけていた論文のビデオを見るが、また眠気に襲われる。

不眠が治ったのかなあ。

だったら嬉しいなあ。

何とかビデオを見て、お風呂に入っていたら両親から電話。

夕食の誘いである。

お寿司屋さんに行って、日本酒とチューハイを飲み、刺身を喰らう。

家に帰ったら、すごく眠いので、薬無しにチャレンジ。

お休みなさい。

 

11月23日

甲野先生の稽古会があったので参加させてもらいました。

論文にももちろん取り入れたいが、とにかく家にいてパソコンの前に座っていることができなくて、外出することにしたんですわ。

みんな好きなことをしていて、自分から何かしないと得られないと言う不思議な稽古会でした。

最後のほう手裏剣をやらせて貰って、私は密かに満足してました。

でも知らない人たちが多くて、今更人見知りという柄でもないけど、昨日のショックから立ち直れず、人見知りしてしもうたら、もう孤独で。

30人ぐらいで飲みにいってもただ一人孤独で。

あー、自分がコントロールでけへん。

結局わぁわぁと喧噪の渦巻く中、孤独に過ごしてしまい、更に悪循環。

 

一度家に帰ってから友人と三宮で待ち合わせて映画を観に行きました。

もちろん気晴らしに誘ってくれているのですから、洋画です。

「マイノリティ・リポート」

ハリウッドのご都合主義が多少なりとも鼻についたけれども、金がかかって出来ているなあと楽しんでもみました。これって、そのうちデレクターズカット版が出るのかなあ。

友はとってもいい人なので、落ち込んでいる私を必死で慰めてくれました。

いい友人を持って、私は幸せ者です。

感謝せねば。

 

11月22日

紅葉狩りには行きはりました?

何や寒いんやようわからん日々が続いておりますなあ。

11月はいかがお過ごしどすか?

 

私は今日で死にましてん。

浸食忘れてとはちとオーバーやけれど、不眠不休に近い状態で、論文書いてましたのや。

せやけど、まだ2週間は猶予があるというところで、指導教官から却下されてしまいましたんや。

残りの2週間全力投球すれば出せんことはない。

せやけど、審査がきわどい。

きわどいんやったら、安全策を採って、次回に延ばせという話でしたんや。

前回よりは内容もよくなってきているとは言うてくれはるんやけどね。

後一押しが足りんのやね。

はっきり言って泣きましたね。悔しゅうて。情けのうて。

 

自分でも分かってたんですわ。時間の配分待ちごうたことは。

バイトに余りにも時間取られ過ぎてたんですわ。

働いてる場合やないのに、働いて、それだけで疲れてしもうて、肝心な論文がでけへん。

辛いなんてもんやないね。

頭真っ白になって、その日は何もできやしませんでしたわ。

 

あー。また鬱に陥りそう。

 

 

 

10月30日

今日は腹痛も対したことなく、朝早くから目覚めた。

4時間睡眠だから、まあ合格。

今日は朝一のを観てから日文研に行かなくてはいけないので、8時には家を出る。

バスの時間が分からなかったが、以外に早く映画館に着いてしまった。

本を読みながら時間を潰す。

2本立てを観て、パンを買って、日文研に行く。

書類の提出をして、5時までの図書館で資料のコピーをする。

必要な事項を探しながらコピーをしているので、なかなか捗らない。

あっと言う間に17時になってしまい、本を2冊ほど借りて院生室に帰る。

漸く遅めの昼食のパンを食べる。薬も飲んで一段落。

他の院生と喋っていたら18時になってしまった。

辺りは真っ暗。

慌てて今日する事をすまそうと、インターネットで検索したり、さっきコピーした資料を整理したりしていたが、だんだんと冷えてきてたまらなくなった。

昨日も寒かったが、日文研も寒い。

それでも19時半近くまでは作業をしていたが、とうとう根をあげて帰ることにした。

寒いよー。

これからも京都通いが続く。

冬に向かっていって寒くて嫌だなあ。

 

10月29日

朝から七転八倒。

月のものが到来すると毎回こうなるのだが、生理休暇は必要だと思う。

っていっても私に休暇も何もありはしないのだが。

腰痛、腹痛、頭痛がセットで襲ってきて動けない。起きあがれない。

映画に朝から行くはずだったのだが、それどころではなかった。

今日は2会場でやっているのを梯子して、4本の映画を観る予定だった。

しかし、どうしようもない。

セデスを飲んで静かに休んでいた。

 

漸く午後になって薬が効いてきた。

気分転換にお風呂に軽くはいる。

2本の映画は見逃したが、もう2本はまだ間に合う。

時間が中途半端なので、とりあえず河原町まで出て、カフェ・オパールへ。

16時過ぎていたので、ランチタイムは終了していた。

朝からもちろん何も食べていない。

朝の薬も2時頃に飲んだ始末。

とりあえずベーグルサンドと温かいミルクティーを頼んで、薬と一緒に胃に入れる。

鎮痛剤ももう一回服用す。

胃が荒れ放題だね、きっと。でも少し食べ物を入れたから大丈夫かな。

今日の会場は東一条にある日本イタリア会館である。

京大のすぐそばだ。

丁度バスが店の目の前のバス停から出ているので、それに乗ってでかけようとしたところ、エレベーターで兄とすれ違った。

「映画に行ってくるわ、じゃあね」と言葉を残して去っていく。

映画が終わったのが20時。

バス停でバスを待っていたのだが、余りにも寒い。

寒くてがたがたと身体が震えて、どうにも止まらないのだ。

早くバス来いと願い続けて15分。

1時間も待たされたような気がした。

さすがに1条あたりまで上がると寒さも一段。

塚口に降り立ったら暖かく感じて、ホッとした。

お風呂で暖まって、明日の映画に備えよう。

 

10月28日

女学院にてアルバイト。

朝、郵便局に用事があったので、学校近くの郵便局に寄ってから出勤。

余裕である。

仕事もそれなりに忙しい。

一応読書は出来たけれど、あまり捗らなかった。

家に帰ってから大ドジをしていたことに気付いた。

今日付けで〆切の書類を提出していなかったのである。

私の中では31日までだとばかり思いこんで余裕でいたのである。

なんたるとんま。

 

大慌てで書類を書き込み、先方へはお詫びの手紙と書類をFAXで一応流し、その上で、銀行へ駆け込み、申込金をおろして、本局の郵便局へ行き、そこで糊を借りて封じて、速達でお願いした。

大丈夫だろうか。

頭がパニックになり、家に帰ったが何も食べるものもなく、更に貧乏で外食すらままならず、ダイエーは既に閉店しており、すっかり頭を抱えてしまった。

選択は二つ。

夕食を抜いて今日を終わらせること。

使いたくはないが、祖父母の家に救援を求めて食べさせてもらいに行くこと。

ここで食べないと、また何にも食べない生活パターンに戻りそうである。

最近は食べたくなくても、何か口にするように努力してきた。

1週間の半分ぐらいは1日2食というすばらしい成績を収めてきたのである。

今日は昼は抜かしてしまった。

さんざん悩んだあげく、後者を選択。

頭を下げて、ご機嫌うかがいも兼ねて顔を出させてもらった。

すると、祖母が言うに「今日はなおちゃんが来るような気がして、たくさんおでん作ったのよ。よかったわあ、来てくれて。」

何とラッキーなこと。

有り難いことである。

本当に私って一人では生きていけないあかんたれやなあ。反省。

 

10月27日

どうもお金がない、お金がないと思ったら、10月は学費を払っていたのだった。

それに加え、映画ばっかり観に行っているから、交通費だの、映画代だので、出費がどんどんかさんでいたのであった。

貧乏。貧窮。

追い打ちをかけるように月末は光熱費の請求が来る。

苦、苦しい。

そんなときに単発アルバイトの話なんかされちゃあ、飛びつきますわなあ。

ということで、映画を我慢して、午前中はアルバイトをしてしまいました。

映画をとるか、金を取るか、なんてさもしい人生を送ってんだろう。あぁ。

 

アルバイトを午前中にしたのも、実は映画に間に合うかなという密やかな計算があったのだが、これが大の誤算であった。

映画館があまりにも遠すぎたのである。

時間を計算に入れていなかった大馬鹿者。

しゃあない、これも人生や。

としょうもないこと言ってへんで、書くもの書けよな。ぼけ。

 

しかし、夜は気晴らしの日。

扇町ミュージアム・スクエアが閉鎖するので、そのラスト・パーティがリリパット・アーミーによって行われたのである。

当然中島らも氏のコント特集になるのではと期待していたが、そういう風ではなかった。

まあ、昔のメンバー、ひさうちみちおやチチ松村などとのトーク。

これは分かる。昔話が聞けてなかなか面白かった。

中島らもによるミニ・ライブ。

これも十分期待できるものであった。

牛歩舌術による語りはなかなか面白かった。

しかし、最後の90年のビデオと同じ作品をリメイクした96年度版のビデオの比較をして、昔をしのぶのは、確かに面白い。

みんな若かったし、私はリメイク版より90年版の方が好きである。

しかし、いかんせん、語りがだんだん昔からリリパット・アーミーを観てきたファンにしか通じない内輪受けのトークに陥りがちだったのが惜しかった。

そして、中島らもがライブしか登場しなかったのも寂しかった。

それでも楽しめたのは事実だし、小劇団が活躍する場が減っていく寂しさも感じた。

近鉄小劇場も来年一杯で閉鎖だという。

彼らの舞台を観に行くには、もう地方に出来た地域復興の新しい会場しかないのだろうか。

寂しい世の中である。

なんかいろいろとサブカルチャーについて考えさせられた夜になってしまった。

映画館の閉鎖も後を絶たない。

映画も演劇も生きにくい時代なのだろうか。

 

10月26日

日文研公開セミナーにて「柳生新陰流の世界」というのがやる。

友達に柳生新陰流をやっている子がいるので、誘って一緒に聞きに行く。

話よりも演武が楽しみである。

電車の中で、簡単な知識を教えてもらう。

知らなかったのだが、柳生新陰流には江戸型と尾張型があり、江戸型は厳密に言うともうなくなっているそうである。

かろうじて、伝えられてはいるが宗家はいないとのこと。

必然的に、本日行われるのは尾張型と言うことになる。

講演中や演武中も、横で色々解説してくれるので大変面白かった。

しかし、抜刀術はいただけなかった。

なんか出てきたときから、腰が据わっていないし、明らかに下手に見える。

抜刀術は抜き出すスピード感や、納刀のスピード感(切っ先を鞘に入れるまでだけだが)がひとつの見所だと思っていたのだが、序破急も感じなければ、切り込むときにふらついている始末。

ちょっとがっかりしたな。

剣術の方は袋竹刀で二人組んでやるので、断然型でも面白い。

こっちの方がチャンバラ向きだな。

 

なかなか面白いものがみれて、よかった。

何とか自分の肥やしにしてみたいものである。

 

10月25日

今週二度目の引きこもり。

一回目の火曜日は、それでも頑張って日文研に行ったが、今日はダメ。

完全な憂鬱に陥っている。

原因なんてわからない。

しんどくて、しんどくて、どうしても家を出ることが出来ないのだ。

もちろん、だからって家で仕事をしようにもそんな気力も体力もない。

情けない。

どうしてこういう状態に周期的に陥ってしまうのであろうか。

お料理教室はあきらめ、せめて映画だけでも見に行こうとするが、昼間を過ぎてもまだ動けない。

服も着替えて、顔も洗い、用意は調っているのに・・・

悪循環の自己嫌悪にとらわれて、膝を抱えて壁を見つめるだけ。

ここのところ、調子がよかったのではなかったのか?

12月の予備審査に向けて、こんな事をしている場合ではないのは自分が一番よくわかっている。

なのに、徒に時間が経つのみ。

空虚。ぽっかりと空いた穴。

気がつけば夕方になろうとしている。

慌てて病院へと出かける。

この状態を救ってくれるのは主治医だけだと思う。

診察にはぎりぎり間に合った。

今日は思ったほど混んでいなかったので、待合いでも気分が比較的に楽である。

 

食欲がないこと。眠れることは眠れるが、薬を飲まないとてきめんに眠れなくなってしまうこと。周期的に起きる激しい引きこもり。共に訪れる偏頭痛。

時間が経っていくことに対する焦燥感。

自己嫌悪への悪循環に陥りそうになり、必死で這い上がろうとしている自分がいること。

先生は静かに話を聞いて下さる。

そしておもむろに「上着を脱いで」といって、肩から頭にかけて、ツボをおさえていく。

そのどの点もめちゃくちゃに痛いのである。

「痛い」というと、「痛いやろう。そんなに肩が凝ってたら食欲も出ないよ。頭痛も起きる。左の奥歯に虫歯はない?」

「虫歯は治療しましたが、親不知が生えてます。」

「ふーん」それ以上何も言われない。でもツボを押さえただけでどうして分かったんだろう。アンバランスになっているという事かな。

「寝る前の薬も胃薬もそのまま変えません。ただ、漢方をひとつ増やすね。肩こりのきつい人、便秘気味な人に効くから。漢方2袋だけでも結構お腹一杯になるからね。食前に服用するんだし。それで食べたくなかったら、漢方を御飯代わりにしてもいいよ。食べたくなったら、食べたいものを食べ。無理しなくてもいい。とにかく、今は薬、睡眠、栄養、気晴らし、これが大事。これを守って。薬は勝手に辞めないこと。」

帰ると不思議と気分が楽になった気がする。

私にはまだ主治医が必要なのだな。

 

10月24日

昨日の発表はまあまあといったところか。

質疑応答に1時間。

小松先生より、いろいろな問題点を提出され、反省するべき点はたくさんある。

これを皆消化して、博士論文に入れなくてはならないのだろう。

あー、気の遠くなるような作業である。

しかし、いろいろな質問が聞けたことはやはり勉強になった。

もう一人の発表がすんだあと、いつものように懇親会。

今日は人数が少ないので、コモンルームにいる先生方にも声をかける。

結局、院生よりも先生方の方が多い懇親会。

ちょびっと緊張するなあ。

でもお酒が入ってくると、いろいろと面白い話がたくさん聞けて楽しかった。

肩の荷がひとつ下りたせいかもしれない。

結局終電で帰り、家にたどり着くとどっと疲れが出て倒れ込んでしまった。

 

今日は女学院でバイトだったが、よく起きて出勤できたと思う。

そういえば、最近5時間ほど眠れるようになってきて、身体が睡眠を思い出してきているように思える。

でも、前回やってしまったように、飲まなければ、結局一睡もできないのは事実である。

薬に頼らなくては眠れないのは仕方がない。

今日は無謀にも、バイトのあとにNOVAを入れていた。

今日行っておかないと、レベルチェックにひっかかるからである。

全然行っていない(二ヶ月に1回)ので、フランス語の方は、どんどんと落ちている。

今日も余りにもヒアリングが落ちていて、自分でも愕然としてしまった。

英語の方はもともとレベルが低いので、ぼちぼちといったところ。

英語の先生に、「このペースでそれだけしゃべれるんだったら、詰めてレッスンを受ければすぐにレベル・アップできるのに、何故来ない」と質問される。

「博士論文を書いていて暇がありません」と答える。

だって本当のことだもん。

帰ってから、きのうの問題点を整理して、読みかけの資料を読み終える。

また夜が遅くなってしまった。

早く薬を飲まなくては!!

本当に薬中やなあ。

 

10月22日

怪我にも負けず、映画に通い詰め、結構順調にいっていたと思っていたらこけた。

昨日いいことがあったのに何故?

朝がどうしても起きられないのである。

しんどくて、頭が痛くて、だるさと倦怠感に包まれ、倒れているばかり。

しかし、どうしても今日は日文研に行かねばならない。

映画の方は、一応ビデオを持っているやつだったので諦めて、午前中いっぱい床にふせっていた。

昼過ぎに漸く活動を開始。

ずるずると這うように日文研に行き、しなければならない用事を済ませていく。

馬鹿なことにFDを忘れてきたので、仕事がそれ以上出来ないことに気付く。

これは家にかえってするしかないと断念し、資料を持ち帰って帰途につく。

朝から何も食べていないことに気付き、閉店間際のダイエーに駆け込んで、半額になったサラダとお寿司を買って帰り、それを食べながら発表原稿を作成する。

深夜に至るまで仕事をして、漸く仕上がる。

明日は朝一番で映画を見てから、日文研に行って、発表である。

あー、忙しい。

なのに、なんで今日みたいにこけるんやろう。とほほ。

 

10月21日

女学院にてアルバイト。

さすがに切羽詰まって、ノート・パソコンを持ち込んで合間を縫って内職。

しかし、こういう日に限って忙しいんだよねえ。

まあ、内職する方が間違っているのだから文句は言えません。

もちろんお仕事優先です。

あっと言う間に五時になって、お仕事終了。

家に帰ってからも、パソコンに向かう。

ビデオのチェックも行う。

 

夕方外科へ診察。

運のいいことに、額を縫ってくれた先生に当たった。

「もう来なくてもいいですよ。軟膏を出しておきますから、朝晩家でそれを傷口に塗っておいて下さい。色は落ち着いてきたら、傷口も目立たなくなると思いますから」。

あー、なんて嬉しいの。

この毎日毎日病院に通わなくてはならないのは結構時間の拘束であり、苦痛でもあったのである。

絆創膏はまだ貼られているが、いずれ取ってもいいとのこと。

お風呂もシャンプーもOKが出た。

やったー。

 

久しぶりにカイロプラティックに通う。

怪我をして以来行ってないからだ。

相変わらず身体は曲がったまま。

おまけに間があいたから更に元のゆがんだからだに戻りつつあるのでは。

しかし、怪我の話をされてしまい、なんだかゆっくりとリラックスした気分がしなかった。

帰ってからもパソコンに向かい遅い時間まで、仕事をしていた。

明日は朝から映画を見て、日文研に行かなくてはならない。

早く寝なくては。

 

10月20日

今日も阪妻映画祭である。

ロシアに保存されていたために、紛失を免れた映画『鍔鳴浪人』『続鍔鳴浪人』の二本。

フィルムの保存状態は決してよくなく、見に来ていたおじいさんの証言によると、幾つかの場面がカットされて短くなっているとのこと。

それでもチャンバラの多い、面白い作品であった。

阪妻の立ち回りは独特で、猫背で構えているところから、美シートからだが伸びるように刀が出るので、妙に迫力を感じてしまう。

感動して家に帰ってきた。

 

家に帰ってからは、水曜日の発表に向けて、レジュメの準備。

はあ、間に合うかしら。

 

10月19日

昨日は朝から忙しかった。

まずは、京都のみなみ会館にて、阪妻映画祭2本立てを見る。

今日のメニュウは、『忠臣蔵(天の巻、地の巻)』と『決闘高田の馬場』である。

「高田の馬場」の方は、ビデオで何回も見ており、発表にもよく使っているのだが、どうせ見るなら映画館でしょう。

ビデオに比べても、音が格段にいいのは何故だろう。

大画面でたっぷりと楽しませていただいた。

今日もお客はおじさん、おじいさんがほとんど。

阪東妻三郎って言う役者は本当に男惚れされる人なのね。

映画を見終わってから、母と義姉と河原町三条で待ち合わせ。

母の買い物に付き合う。

そのあと、カフェ・オパールにて遅い昼食を取る。

もう15時半だよ。

帰り、またもや阪急で母の買い物に付き合い、帰途につく。

私はそのままシャンプーをしてもらいに美容院へ。

もうすっかり顔なじみである。

シャンプーが終われば、次は病院である。

この毎日通わなければならないのは結構辛い。

時間をとられるわりには、簡単に消毒だけされて、何も進展がないのだから。

未だにお風呂も禁止。髪の毛も自分で洗えない。情けない。

家に帰り、本当はダメなんだろうけれど、勝手にシャワーを浴びる。

だって、気持ち悪いんだもん。

しばし、発表の準備をしてから、今度は22時半に友達と難波で待ち合わせているのででかける。

 

友達は名古屋に住んでいる。

添乗員をしていて、今回大阪に来るというので、仕事が終わったあと一緒に飲みに行くことにしていた。

久しぶりである。

怪我をしているので、驚かれた。けれどそのあと笑われた。チェッ。

積もる話もたくさんあり、あっと言う間に終電がなくなってしまう。

仕方がない、あった時間が遅いのだから。

そのまま、ホテルに泊めてもらうことにした。

だらだら喋っていると、あっと言う間に4時。

明日は研究会があるし、そのあと友人に会う約束をしている。

その前に病院にも行かなくてはいけないので、8時にはホテルを出て帰らなくては。

向こうは眠気を感じて、心地よい寝息をたてはじめている。

私は薬を飲むべきか迷った。

今飲んで、明日の朝起きれなかったらどうしようという不安があったからだ。

結局、薬を飲むのを断念。

少しぐらいは眠れるだろうと思っていたのだが、これが全然ダメ。

結局1時間ぐらいは眠ったと思うが、ほとんど徹夜で過ごしてしまった。

 

起こさないように8時前に歯を磨いて、帰る用意をする。

すると親切にも携帯で目覚ましをかけていてくれたらしい。

結局起こしてしまった。

「じゃあ、帰るね」と言って、ホテルをあとにして慌てて自宅へ戻る。

9時に家に帰り着き、ぎりぎりセーフ。

実家に電話をして、病院へ。

 

今日も簡単に消毒だけされて、絆創膏を貼られる。

膝の方はもうかさぶたになっているのでいらないと思うから、「まだ、必要ですか」と聞いてみるとまだダメといわれる。

そういつまでもいつまでも貼られていると、永遠にお金を取られるのではないかと思ってしまい、つい不快になる。

額の方は、さすがにいつも外に出ているところなので、文句は言えない。

一体いつになったら治るというのか。

抜糸はすんだというのに、いつまでも長いなあ。

 

早めに昼御飯を食べて、久しぶりの日文研へ。

寝ていないので、気分がすぐれない。電車の中で寝ようと努力するが、全く眠れない。

おまけにバスには酔ってしまった。

怪我をして以来、日文研へは行ってなかったので、郵便ポストにいろいろと溜まっている。

頼んでいた本も届いたみたいだし、依頼していたが無理だった文献もある。

今日の研究会はとにかく長い。

14時から19時まである。

発表者はたったの二人。ひとつが長いのだ。

一つ目の発表に興味があったのと、指導教官を捕まえるために出席したのだが、時間がどんどん経つにつれて、めまいがしてきた。

指導教官にサインももらったし、一つ目の発表も聞き終えたので、あまりの気分の悪さに帰ることにした。

その前に院生室によって調べものを幾つかしてバスの時間まで過ごす。

 

今更ドタキャンできないので、ちょっと会う時間を早めてもらって、神戸まで電車でそのまま出る。とりあえずカフェに入って、お腹も空いてないが、夕食にサンドウィッチを食べる。そのまま気分があまりすぐれないので、ゆっくりと座りながら話をする。

研究会の場は辛かったけれど、現金なもので、心を許した友人と一緒に過ごすのは結構楽である。

やはりリラックスしているからだろうか。

それにしても、長い1日だった。

今日は、いくら何でも眠れるだろう。

 

10月17日

女学院にてアルバイト。

今日は忙しかった。出だしが遅かったので、暇かなっと思いきや、次から次から利用者が来て、最終的には64人。満員御礼。

最後まで見ている人も結構多く、後片づけが大変。

何とかすませて、帰途につく。

疲れた。

 

帰ってからはまた病院。

抜糸されても、消毒されて、絆創膏を貼られるだけ。

全く進展無し。

今日も、何となく消毒がしみるんだけど、抜糸が失敗だったのではと不安になる。

額だけに、目立つし、早くよくなりたいのだが、どうなっているのかがよくわからず不安。

心配をしているという祖父母の家に帰りは寄ることに。

まあ、もう額の絆創膏だけ、いや、膝も残っているか、でも膝はジーンズをはけば目立たないから、目につくのは額だけ。

ご心配かけて申し訳ない。

母には、早く治すためにはしっかり栄養をつけなくてはいけないと何度も言われる。

それは分かっているんだけど、食欲があまりないのだから仕方がない。

それでも最近は頑張って食べるようにしている。

1日1食から1日2食の日が増えてきた。

まあ、一回分の量は大したことないけれど。

頭も使わなきゃならないし、栄養は必要なのは十分承知している。

しかし、調子に乗るとすぐ胃にくるからなあ。

 

祖父母の家では揚げ物がメインであった。

今の私の胃には、揚げ物は結構きつい。

少しなら食べられるが、普通の量食べると、胃がもたれて苦しい思いをする。

仕方ないので、揚げ物以外のものをいただく。

発表の準備があるので、食べるだけ食べて、先に帰らせてもらった。

まあ、顔を見せたからいいだろう。

 

家に帰ると頭痛と共に軽い睡魔が襲ってくる。

そういえば、負傷してから、睡眠時間が減少していた。

レジュメを作らねばと思いつつも、睡眠も大事だし、目覚ましをかけてとにかく横になる。

そのまま寝入ることはなかったが、うつらうつらしながら1時間ほど休息。

目覚ましの時間まで眠れなかったけれど、少し頭がすっきりしたので、発表準備に取りかかる。

あっと言う間に12時。

明日は映画で朝が早いから、寝るかあ。

 

 

10月16日

各種支払いを済まして、貧乏。

一番痛かったのは学費。銀行の残高を見て呆然。貧窮。

11時半頃に病院に行く。

いつものように消毒だけされる。

「隣の席に移って下さい、絆創膏貼りますから」と言われ、席を移ると、診察していた先生が思いだしたように「あ、顔抜糸」と言う。

診察席に戻されて、懐中電灯で照らされ、いきなり抜糸。

縫うときは麻酔をかけてもらったけれども、抜糸は麻酔なんてない。

さすがに痛かった。細かく縫われていたので、ちくちくと糸を抜かれるのがいちいち痛い。

抜糸後の消毒もしみる。

ガーゼと絆創膏をぺたりと貼られる。

鼻の上のところも貼られるが、縦に貼るので、ガーゼが浮いている。

 

気持ち悪いので、病院を出たあと、取ってしまった。

傷は乾燥していてかさぶたになっていた。

そのまま昼食を食べにお蕎麦屋さんに行く。

鏡で見ると、目の下がかぶれている。

あと何回消毒に通わなければならないのだろう。

膝は昨日と違う先生だったので、また貼られてしまった。

まだお風呂はダメだという。

 

家に帰ってから、絆創膏を取った傷跡を消毒しておく。

あとは額の傷だけだ。(膝もあるけど、これも取りたい)

 

少し気持ちが軽くなった。

家でレジュメを作ろうとするが、なかなか捗らない。

ちょっと、お昼を食べ過ぎたのかな。胃が重い。

明日は女学院にてアルバイト。

もう怪我騒ぎは終わりにして、早く準備に取りかからなくては。

 

10月15日

連休の間、顔や身体を濡れタオルで拭いたりしていると、頬のところの絆創膏も外れてしまった。しかし、鏡で見るとほとんど傷跡が残っていない。

まあいいやと外したままにしておく。

 

病院は不便なところにあるので、いつも母に車で連れていってもらっている。

その母が、ゴルフだというので、夜に病院に行くことにした。

午前中は、昨日映画を観すぎたせいか知らないが、強烈な頭痛に襲われて起きあがることが出来ない。

来週の発表に準備をしなくてはいけないのだが、どうにもならず、結局午前中いっぱい床にふせっていた。

午後になって漸く起きあがり、美容院にて、シャンプーをしてもらいに行く。

こんな顔で行ったのであるから、すぐに覚えられてしまった。

2日に1度は通っているので、向こうもなれたものである。

嫌な顔一つせず、(って客だから当たり前か)「シャンプーですね」とすぐに応対してくれる。

肩から首筋までマッサージもしてもらって、大分楽になった。

頭もさっぱりしたし。

ゼミの担当の人に、とりあえず発表題だけをメールする。

ついでに持ち時間の確認をする。

今回はちょっとビデオを編集している暇はないので、何本かのビデオを持って行くしかないな。

読みかけている本を読んで、レジュメの構成を考える。

今日は昨日と同じプログラムなので、映画はお休み。

あと少しで読んでいる本が終わりそうなので、残りの1日は読書で過ごした。

 

夕方、ものすごい雨と雷に驚く。

病院は8時までなのだが、なかなか母から連絡が来ない。

こっちから連絡してもつながらない。

いらいらしていると、19時半頃に漸く連絡が入り、病院へぎりぎりに駆け込む。

勝手に取ってしまった絆創膏の箇所については何も言及されなかった。

消毒さえもされなかった。

膝の傷は、見た目にはほとんど治っていると思われるので、絆創膏が必要かどうか聞いてみたら、「あと1日ね」と言われてしまった。

あとは鼻の上と、額である。

鼻の上のところは、絆創膏を貼ると、丁度目のぎりぎりのところに粘着テープがくるので、かぶれてきていてかゆい。

だけどもまだ貼られているから、仕方がない。

 

午前中、倒れていたせいもあって、今日も朝から何も口にしていなかった。

口にしたのは、薬だけ。

化膿止めの薬は今日で終わった。もう処方されないところをみると、化膿する可能性はもう無いという事かな。

帰り、母は食事をしてきたために遅くなったという事で、どこかで食事をおごってくれるという。

血を作らねばならないので、肝刺しが食べたくなり、焼鳥屋というか居酒屋みたいな所に行き、小皿をいくつか取って食べた。

これで、今日の栄養はいいだろう。

 

帰ったら、何故かすごく疲れていた。

レジュメ作らなきゃいけないのに、もう何も出来ない。

必要な資料だけ机のまわりに積み上げた。

力つきる。バッタリ。

 

10月14日

今日は、帰りが遅くなるので、大してお腹も空いていなかったが、栄養のためを思い、母と一緒に昼御飯を食べる。栄養価の高いオムレツである。

お腹がいっぱいである。

 

京都線の中で本を読んでいたのだが、満腹感と、このところの寝不足のせいで、うつらうつらと少し眠れることが出来た。

まず最初は、活弁士付きの上映である。

おじいさんが多くて、満員御礼である。

作品は、「乱闘の巷」(断片)と「雪の渡り鳥」の2本。

市川雷蔵祭の時は、女性の客が大半を占めるのであるが、阪妻の場合は、男性客が圧倒的に多い。

阪東妻三郎は、男惚れされる役者だったのだろうか。

活弁が終わると次は、「佐平次捕物帖 紫頭巾」「大江戸五人男」の2本。

「大江戸五人男」は最近も見たのだが、2本立てだったので、スクリーンでやはり観たいので観ることにした。

よくできたいい映画である。さすがは伊藤大輔監督。

 

「乱闘の巷」は殺陣のシーンが迫力あって面白いが、残っているのは2割の断片だけである。こうした古い日本映画が散逸してしまっているのが非常に惜しまれる。

全編観たら、さぞや見応えがあっただろうなあ。

 

10月13日

実は昨日から、京都で「阪東妻三郎映画祭」が行われている。

映画なぞ呑気に見ている暇はないのだが、何せビデオになっていない貴重な作品がずらりと上映されるのであるから、チャンバラシーンを見に行かなくては、こんなチャンスはいつ来るか分からない。どれも本などで読んだことのある作品ばかりである。スチール写真しか見たことのないシャシンである。殺陣を語るには、やはり見ておかなければ語れない。

実際に動きのある映画そのものとの出会いは第一資料と言えよう。

ということで、今日から、ほぼ毎日、みなみ会館という映画館に通うことになる。

映画館には行って、暗闇になってしまえば、人の顔も気にならない。

 

帽子に大きめのサングラスという怪しい格好で出かける。

今日見るのは、「江戸最後の日」と「無法松の一生」。

実は2本とも見ている作品なのだが、「江戸最後の日」は随分前に見たので、記憶が曖昧である。2本立てだったので、チャンバラ映画ではないが、大好きな「無法松の一生」もついでに見る。この映画はいつ観ても泣いてしまう。

 

両親が、連休だし、私が京都に来ているので、兄の店に出資に行くという。

映画が終わったら来るようにいわれる。

この顔で?嫌だなあ。

だが、今日は朝から何も食べていないので、夕食を食べに行くつもりで、出かけることにした。

兄が一言「お前、すごい顔になっているやん」ほっといてくれ。

あとから出勤してきた義姉が一言「順子ちゃん、どうしたの??」

ほらね、だから嫌だって言ったのに。

自業自得だから仕方ないか。

鼻の下に貼ってあった絆創膏が自然に取れてしまった。

傷口を見るとたいしたことなく、ほとんど治癒している。

風にさらすのも一つの手。結局はずしてしまった。

火曜日に医者に行ったときに、必要だったらまた貼られるだろう。

一つはずれると、随分気が楽になった。

 

さあ、明日は4本の映画を見に行くぞー!!

 

10月12日

夕食を友人と食べる約束をしていたのだが、この怪我。

行きたくないので、キャンセルしようと思い連絡。

理由を述べると、逆に心配されて、こっちに見舞いに来るとのこと。

こんな顔、会わせられないよ。

断ろうとするのだが、来ると言って聞かない。

仕事があるので、20時半頃に来るから、家にいることと言われる。

その心は有り難いんだけどねえ。

 

午前中、消毒してもらいに行く。全く進展なし。

怪しい格好で、マンションの3軒隣にある美容院に、髪をシャンプーしてもらいに行く。

とにかく栄養をつけて、よく寝て速く治すことと両親に言われる。

大体栄養が足りないと言われ、昼御飯に誘われる。

理屈は確かにそうである。栄養不足だと細胞が活発に働かないだろうから、傷の治りも遅くなるだろう。

しかし、お腹は全然空かないし、食欲はない。

だけども傷は1日でも早く治って欲しいのが本音。

仕方なしに出かける。

どこへ行っても、どうしたの?と驚かれるばかり。

だから嫌なんだよなあ、といっても悪いのは自分なのだから、仕方ない。

 

さすがに謡曲のお稽古があったが、お休みさせてもらった。

あとは家に閉じこもるばかり。

天気があまりにもいいので、気分転換に、掃除と洗濯をする。

気分が塞いでいるので、せめてさっぱりしようと思ったのである。

そのあと、濡れた厚いタオルで全身をごしごし拭く。

ちょっとは身体もさっぱりしたかな。

友人から連絡が来るまで、家で読書を始めた。

気分転換を謀ったのが功を奏したのか、結構集中して読めた。1冊上がり。

 

夜、友人がやってくる。

うちは掃除をしたとはいえ、余りにも雑然として汚いので、入っていただくわけには行かない。

とりあえず、近くのうどんやで夕食を共にする。

そのあと喫茶店に行く。

友人は以前交通事故にあったことがある。ひどい傷だったそうだ。

それもあってか、私の顔から無理矢理サングラスと帽子をはずしてみて、「なんだ、思っていたより大したことないじゃない」と一言。

あわてて、帽子をかぶり、サングラスをする私。

実は私は、これまで大きな怪我とか病気をしたことがなかった。

だから、額を縫われるというだけでも私にとっては重大な出来事であった。

しかし、友人曰く「顔もそんなに腫れてないし、大したことないよ。そんなんで、落ち込んで、キャンセルしようといってきたの。あほらしい」と笑い飛ばされてしまった。

「大丈夫、そんな程度ならすぐ治るよ」と言い残して帰っていった。

 

考えてみれば、今年は本厄である。

厄神さんにいったときに、寺社の中には入ってお払いの祈祷をしてもらわなかった。

ケチったのがいけなかったのかなあ。

でも、考えようによっては、これぐらいの傷で済んだのでよかったとも言える。

転んだところに車でも来ていたら、それこそ生死に関わっていただろう。

持つべきものは友である。

ちょっと楽観的なプラス思考へと転換できそうかも。

 

10月11日

傷口のせいか知らないが、朝早くから頭痛で目覚める。

今日はお料理教室だったのだが、当然のように欠席。

睡眠時間は完全に減少。

かといって、バリバリと勉強が出来るわけでもなく、ただただ鬱々としている時間。

身体はしんどくて、起きあがれない。

本を手に取ってみるが、集中できない。

頭痛はますます激しくなり、こけたときに頭も打っているのでは、と不安になる。

 

今日は、2週間ぶりの診察日でもあった。

これだけは行かなくてはならない。

もう精神状態が不安定に陥っているから、なおさら必要である。

2時から受け付け開始なので、2時過ぎに、帽子を目深にかぶり、大きめのサングラスで、なるべく絆創膏が見えないように隠すようにして、下を向いて外に出る。

こういう日に限って、病院は混んでいる。

ずっと下を向いて本を読む。

首が痛くなって上に向けたくなるが、顔の前の本も一緒に持ち上げて時々頭を起こす。

かなり怪しい行動であったのであろう。

 

5時過ぎに漸く順番が回ってくる。

診察室に入るなり、「転んで怪我をしまして」と言う。

先生の前では仕方ないので、帽子もサングラスをはずす。

「酔ってこけるぐらい飲めるのならいいとしよう」とはじめに言わはったが、こけたときの状況と今の心境を話すと、「前言撤回」と言われてしまう。

「そのような場に行ったことが敗因」といわれ、どうして断れなかったのかと諭される。

今は一番大事なときなのだから、NOと言えるようになりなさい、と。

今飲んでいる薬が原因ではないので、薬の変更はナシ。

睡眠時間が減少したことも話すと、「眠れなかったら、眠れなくてもいい。起きてその間はパソコンに向かうなりしておき。無理して寝んでもいい」と言われる。

今回はあまり癒し効果にならなかったなあ。

前回は少し顔色がよくなったと言われて喜んでいたのに。

また逆戻り。情けなくて溢れ出る涙が傷口にしみる。

 

また怪しい格好をして、外は真っ暗だというのにサングラスをしたまま帰宅。

18時過ぎに、外科の方へ連れていってもらう。

「髪の毛を洗いたいのですが」「髪結いさんで洗ってもらうのならいいです」

「お風呂はいつ頃は入れますか」「膝の傷が治ったらね」

雑然とした診察室の中で、絆創膏とガーゼをはずされ、消毒され、また新たに貼られる。

はあ、これから毎日消毒の日々。 

やだなあ、もう。ぶふー。

 

10月10日

今日が体育の日ではないのがまだしっくりこない。

それはどうでもいい話なのだ。

今日は女学院でアルバイトの日であったが、昨日の怪我に動揺して、休んでしまった。

本当は休んじゃいけないのに・・・

嘱託の人に昨日の晩に連絡を入れ、怪我をしたので休ませて欲しいと頼んでしまった。

自業自得なのにね。

 

もうすっかり気落ちしてしまい、昨日は2〜3時間しか眠れなかった。

鬱状態に逆戻り。

自分が情けなくて、自己嫌悪の嵐にとらわれる。

1日家に引きこもり、病院だけ行く。

帽子を深くかぶり、サングラスをして、傷口を隠そうとするのだが、それでも口の周りなどの絆創膏は見えてしまう。

ガーゼを取り替えて消毒してもらわなければならないので、病院に行くときは、負傷した膝が出るようなスカートをはかなければ行けない。

まあ、車で連れていってもらうので、大して他の人に会うことはないのだけれど。

それでも鏡で顔を見る度に、手が絆創膏に触れる度に自己嫌悪感が募る。

はあ、消えてしまいたい。

沈没。

 

 

10月9日

折角眠れるようになったと思っていたら、また睡眠時間減少。

昨晩は1時過ぎまでは確実に起きていた記憶がある。

目覚めたのは5時。

4時間にまた戻ってしまった。しくしく。

しかし、今は時間を惜しむとき。

逆手にとって、早起きした時間を有効に使おうとパソコンに向かう。

眠くなったら眠ればいいや。

ちゃんとゴミ出しもできたし、朝からばりばり洗濯もできた。

4時間なら合格ラインだから、気にせずに1日を始めよう。

今日は、祖父に夕食を誘われている。

それまでの間にすませられることはすませよう。

と意気込んでみたものの、お昼になると眠気が襲ってきた。

しめたと思い少し睡眠補給を行う。

こんなめちゃくちゃなリズムで、脳と身体は本当についてきてくれているのだろうか。

一抹の不安・・・

 

今日の御馳走は、ステーキ。

ちょっと胃には重たいけれど、有り難くいただくことに。

しかし、体調は、たちくらみがかるくして悪かった。

そこへ、ワインを飲んだものだから、へろへろ。

帰ろうとして駐車場に出た途端、頭がくらーっとして、顔面から倒れた。

そこからは救急病院。

額を何針か縫って、他の顔面の傷は消毒液とガーゼで処置された。

まるで、お岩さんか、フランケンシュタインである。

はあ、日頃の行いが悪いのかなあ。

今日は、お風呂も禁止された。

辛いよ。

 

10月8日

先週1度も行かなかったので、久しぶりの日文研。

相変わらず低気圧で頭痛がしてしんどい。

おまけに傘を持って出るのを忘れるという失態を起こす。

身体が「雨になるぞ」って警告してくれているのにね。

京都線に乗り換えて、本を読んでいると、突然電車が止まった。

信号待ちかな?とあまり気にしていなかったら、場内アナウンス。

人身事故のため、しばらく停車するとのこと。

えー。そんな人迷惑な。

人身事故は珍しくないし、鬱がきついときなどは、その人が私だったらと、タナトスに魅入られて、思いを馳せていたときもある。

でも、やっぱり人様に迷惑をかけるのはよくないなと今日の私は思った。

日文研へはバスで行かなければいけない。20分から30分かかる。

しかも本数が少ない。

だから、私はいつもバスに発車時刻から換算して、一番ロスの少ない電車を選んでいる。

しかし、こんなに長い間って言っても10分ほどだが、停車されてしまっては、バスが行ってしまう。

はあ、朝からついてないなあ。

バスは行ってしまい、次のバスまで20分待ち。

雨は降ってくるし、時間潰しにコンビニに入り、ビニール傘を購入。

調子狂うなあ。

 

メールのチェックをすまして、院生室でコーヒーを入れる。

ホッと一息つきながら、コンディションの建て直し。

だけど、自分の為だけに図書館に調べものをしに行けるなんて、やはり嬉しい。

そう、バイトはお休みなんだから。

ちょっとでも関連項目のありそうな本を、漁っていると時間はあっという間に経つ。

慌てて、10冊以上の本を借りて、取り寄せたい資料の申し込みをして院生室に帰る。

やはり、やりたい分野の本なので、いくら調子が悪くて読書に集中できなくても、本を手に取るとわくわくしている自分がいる。

先週からのはずが、ずっと落ち込んでいたから、今日から本当の仕切り直し。

私が欲しい決定的な資料が出てきてくれるといいのだが・・・

あ、再来週に発表の準備もしなくては。

何を発表しようかなあ。

もちろん博論に関することではあるが、既に書き始めているところで、まだまだ足りていないところを発表するか、この前思いついた新たに節を増やそうと思っていることを発表しようか迷っている。

いずれにせよ、最終的にはどちらも手をつけねばならないことなんだけど。

今週はもう日文研には来ないので、連休もあることだし、借りてきた本を何冊かまとめて持って帰る。そのうち乃3冊は以前確かに読んだはずなのだが、引用したい箇所が分からなくなってしまったので、もう一度流し読みをして探さなくては。

 

はあ、情けないなあ。なんでこんなに記憶力が悪くなってしもうたんやろう。

一つは薬のせいなのは分かっているけれども、今の私にはまだまだ必要だしなあ。

それでも体調不良で寝込んでいるせいもあるけれど、ここ3日ほどは、途中目覚めはするけれども合計6時間ぐらいは眠れている。

いい調子だ。身体が思い出してくれたのだろうか。

お風呂に入っても、以前よりは早く汗を掻くようになった。

新陳代謝も少しはましになったのかな。

だったらいいのになあ。

早く復帰したいよ。

でもまだ食欲がわかないのが続いているから、栄養不足かも知れない。

これを何とかしなくては。胃薬もらっているんだけどね、いまいち効いていないのか、それとも効いてこのレベルなのか、そこが問題。

胃薬を以前ストップした途端、嘔吐の日々を繰り返したから、やっぱり効いているんだろうなあ。

ヤク中でんなあ。

 

10月7日

女学院にてバイト。

日文研のアルバイトは、流動性がきくので、2カ月お休みをもらったが、女学院のバイトはそうはいかない。

教室でトラブルが起こったときに対処する人と、カウンターにずっと座って学生の対応をする人と、最低2人は必要である。

嘱託の職員が2名となってしまった今、嘱託の方は週4日しか働けない。

私が入っている月・木は、なんの因果か、その2人ともが、それぞれ休暇を取っている曜日に当たる。

つまり、いつ行っても2人なのだ。

アルバイトは3人いるが、一人は私と交代で入っているので、重なることはない。

もう一人は学生なので、授業の関係で、これまた曜日が重ならない。

休みたければ、もう一人のアルバイトの人に事前に交渉して、交代してもらう以外手だてがないのだ。

まあ、学生さんの対応がないときには、本を読んでいても構わないわけだし、大胆不敵にもノートパソコンを持ち込んで、仕事しているときもあるから、環境としては文句は言えない。

今日も学生さんの対応に追われながらも、合間をぬって資料を読む。

コンスタントに忙しくて、気がつけば17時。

今日はこの後は謡曲のお稽古だ。

はあ、忙しい。

 

全然家で稽古をしていないため、すでに忘れかけている。

やばい。「忘れてはダメですよ」と叱ら