不眠日記・2001
12月31日
朝、右脇腹の上辺りに激痛を感じて動けなかった。
疲れているのかもしれない。
薬のおかげで眠れているのだが、夜が遅いというせいか、生活が不規則になっているせいか、どうも調子がいまいちである。
しかし、そんなことは言っていられない。
今日は残りの焼き物をして、その後切り分け、お重に詰めなければならない。
しばらくすると痛みも収まったので、早速仕事に取りかかる。
伊達巻きを焼いて、松型玉子を焼いて、焼いて焼いてと焼き物づくし。
お昼には、デリバリーのピザを注文する。
胃が少し重い。
そういえば、実家に顔を出していた野良猫の子猫が、凍死か餓死か、可哀想に、今朝ガレージで死んでいた。
大叔母が、庭に埋葬してあげる。供養してあげなきゃね。
昨日の夜中まで、みーみー鳴いていたのに・・・
本当に可哀想なことをした。餌をあげようと思っても、そこは野良猫。
人の姿を見ると、ひょこひょこと走って逃げてしまうから、どうしようもなかったのだ。
夕方にようやく完成。
後はお重に詰めて行くだけだ。全部詰め終えて、各家に配り終わったら、夜の8時頃。
年越しそばだけでは、夕飯にならないと言うわがままな父のために、サラダやソーセージなど用意をして、その後は仕上げに正月のお飾りをする。床の間の軸を変え、鏡餅を飾って、花を飾って、ようやく完成。
はあ、疲れた。
ワインをあけながら、労をねぎらい、夕食につく。
母も疲れてか、ワイン一杯で、私が泊まるために敷いていた布団で眠り込んでしまう。
父も昼から飲んでいるので、早々に床につく。
気がつけば今年ももう終わり。
夕食の後片づけをしようと思うと、手が滑ってワイングラスが床へ・・・
パリーンと音を立てて割れてしまった。
なんて縁起の悪い。
一人で、濡れたキッチン・タオルで細かい破片を拭き取りながら、掃除をする。
痛っと思ったらガラスで指を切って、流血の惨事。
とほほ、と思いながら掃除を続けていると、TVではカウントダウンを。
情けない年越しとなってしまった。
仮眠している母をとりあえず起こして、年越しそば(年越しちゃったけど)を作って二人で、新年の挨拶を。
私はグラスを割って、後始末をしながら年越しという縁起の悪いこととなったので、今年本厄が的中した感じ。
厄払いを兼ねて、近くの神社へ初詣。
あー、新しい年はどうなるんだろう。
12月30日
朝から近くのスーパーに買いだし。
昨日の夜が遅かったから、朝は少し遅い目に目が覚めた。
薬も増やしてもらったから、順調に効いているようだ。
午前中に買い物をすませて、軽く昼食を取ってから、早速料理開始。
味がしみるようにと、煮物や酢の物と揚げ物が今日の仕事である。
まずは揚げ物と煮物の半分を担当して、とりかかる。
今年は品数にして40種類ほど作る予定である。
ぼやぼやしていられない。たちっぱなしで休みなしで夜まで作り続ける。
夕御飯を作る余裕もないので、毎年この日は、近所のお寿司屋さんに食べに行くことになっている。
ことしは祖父母と伯父夫妻なども食べに来ていて、メインはてっちりであった。
いつもならお酒を飲みつつ、ゆっくり味わうのだが、今日はまだ仕事が残っているためにゆっくりとしている暇はないし、飲んで酔っぱらっている場合でもない。
帰ってからも、仕事は続く。
結局今日も夜中の2時までかかってしまった。
TVをつけるとブルース・リーの「ドラゴンへの道」が放送されている。
ついつい見てしまう。見たことがある映画なので、ストーリーも知っているのだが、アクション・シーンになるとついつい見てしまう。
今もみながらこの日記を書いている。
鍛えられた体で、流れるような動きで動くブルース・リーはやはりかっこいい。
ついつい最後まで見てしまった。
時刻は3時半。
薬を飲んで早く寝なくちゃ。
お休みなさい。
12月29日
午前中、単発バイトをすまして、その後は母と共に京都・錦市場へ買い出し。
まずは、京都でお食事。
今年は、谷崎が愛用したというかの有名な「瓢亭」からのれん分けをした第一号の店・「瓢正」で食べる。
店内にはいると川端康成からの手紙が表装して飾ってある。
私は読み落としていたが、川端康成の『古都』に、なんと「瓢正」が出て来るではないか。
これは期待と胸をわくわくして料理を待ったのだが、期待は残念ながら裏切られた。
どれも味つけが濃いのである。
京料理とはとても呼べない。
「瓢亭」では、こんな思いをしたことは一度もない。
しかし、あれほど残すがの嫌いな私が、最後まで食べられないほど、味つけが濃い。
申し訳ないが、残してしまった。
期待していただけに、すごくがっかり。
その後は錦市場へゴー!
土曜日とあってか人が多い。歩行困難。
去年よりも相場が上がっているような気がする。
おまけに出来合いの物を作って売っている店も多い。
そうか、今年は同時多発テロの影響で、海外にこれまで行っていた人たちも日本で過ごすためにか、おせちの売れ行きも良いらしい。
たとえ、おせちを買わなくても、錦で出来合いの物を買ってきてお重に詰めれば、立派にお節料理が完成するのだ。そのために出来合いの物を作って売っている店が増えたのだ。
どれも家でするものばかりなので、とりあえず我々が求めているのは素材の方なのだが、素材の方は減っているために、去年よりも思うように買い物が出来なかった。
近くのスーパーの方が安いので、結局最低限のものだけを買って、兄の店へ。
お茶してから、兄の家のお重をもらって帰って、夕方に帰宅。
夕食後からは、早速おせちの用意に取りかかる。
夜中近くに一度家に帰って、元旦までの泊まりの用意をして、実家に行く。今日から缶詰だ。
よなべに、くわいの松型の飾り切りをする。
これは細かいので結構手間だ。
母がお風呂に入っている間に、一人で百合根の飾り切りに取りかかる。
結局終わったのが夜中の2時。
明日からこういう日々が続くのだ。ふう。
12月28日
今日もめでたく日文研に朝から出勤。
昼過ぎに井上先生にも会えて、ペーパーを返却していただく。
丁寧に読んで頂いたことに感謝。
ついでに本まで一冊もらってしまってまたまた感謝。
午後は早めに帰って、診察に行く。
今年最後の日と合って、待合室も満員状態。
結構待たされるなあ、と思いながら、本を読みつつ順番を待つ。
だけど、でかい声で話している人がいて、集中できない。なんかいらいらしている自分がいる。やだなあ。
いらいらしている自分を持て余しながら、順番が回ってきた。
持て余した感情が溢れ出てきて、どうしようもない状態に。
先生は静かに話に耳を傾け、吐露する私の堂々巡りの言いぐさに耳を傾けて下さる。
その後、いろいろ話をして何とか落ち着いてきた。
不安定な自分に嫌気がさすが、自己嫌悪に陥ったところでどうしようもない。
とにかく正月は寝正月にして、初詣とか出かけず家でゆっくりしているように言われる。
だけど、正月前が忙しいんだよね。
明日から3日間拘束かあ。買い出し、おせち作り。
休む暇無し。
今年は品数減らしたつもりでも多いからねえ。
はあ、明日は明日の風が吹く。
12月27日
ちょっと予定より遅れたけれど、日文研に無事到着。
早速仕事に取りかかる。
胃が重い。
御馳走食べてこの言い方は失礼だけどね。御馳走は美味しく頂いています。
明日で日文研も仕事納め。
私も診察時間までは、明日も働くつもり。なので、今日は中途半端なところで終わっても良いのだ。
でも、ちゃんと行けるかなあ。
井上先生が来ていたので、電話で研究室にいる先生を捕まえて、以前渡したペーパーについてのコメントを頂けるかを確認。明日の仕事納めには来はるので、明日頂けることに。
明日は何があっても行かねばならない。
昨日寝不足?だったので、明日のために今日こそは早く寝ようと思うが、家の掃除が出来ていないのが気にかかる。
不眠でも睡眠しなくちゃ動けない。
掃除より睡眠かなあ。
お休みなさあい。
12月26日
下川正謡会の忘年会。ステーキハウスにて、恒例の「しゃぶしゃぶ」である。
今年はお社中たちも忙しいのか、蓋を開ければビックリ、全部でたったの6人であった。
ちと、寂しいのう。
相変わらず、下川先生の独演会となる。周りのおばさまたちが茶々を入れる。
昨日から外食が続いていて、内心胃が少し重いが、口には出せない。
しかし、下川先生という人は偉い。というか、意志が固い。
とういのも、先日病院にて、「糖尿病」のおそれと「高血圧」を言い渡され、とにかく3カ月、医者の言うことを聞いて、ビールもやめ、食事制限もされているとか。
忘年会の場においても同じである。
「乾杯」のためにつがれたアルコールを摂取しただけで、お肉も「3枚だけ」と決めて本当にそれしか食べない。残りは他のお社中に、「食べて下さい」とふるまわれた。
その後はまたまた恒例の、祖父母の家にて、「麻雀」大会である。
もちろん勝ち負けは、現金払い。
その後は祖父母の家にて夕食をすました後、また「麻雀」が始まるのであった。
私もこの渦に巻き込まれ、「しゃぶしゃぶ」を祖母のおごりで美味しく頂いた後、その代償として、祖父母のうちでの夕食までは当然の如く付き合うことになっていた。
祖父母両者に「なんか、なおちゃん久しぶりやねえ」と言われてしまう。
え、1カ月も空いてないんだけどなあ。
でも、孫の顔が見たかったのね。すみませぬ。
私は「麻雀」プレイ組には加わらず、親戚同士で「麻雀」をした記録を総決算する手伝いをすることに。
今年は、情けなく、5500円も負けてしまいました。(1点が50円ね。)
母がぼろ勝ちをしているので、私の負け分はそこでカバーしていただいた。
感謝。
途中カイロプラティックのために抜けるが、そのままお家には帰れず、当然のように祖父母の家での夕食に付き合うことに。
メニュウはおでん。私は祖母の作るおでんは大好きだ。家庭の味なんて陳腐な言葉で形容するしかないんだろうけれど、とにかく好きなのである。
祖母は東京出身なので、普段の自分に比べると多少味つけが濃いと思うときがあるのだが、幾つかの食品については好物がある。おでんはその中の一つだ、
だけれども、昼間に御馳走を食べているせいか、あまりお腹が空いてないのだ。
すすめられるままに何とか胃に押し込む。
きつい、とは思うが、下川先生も含む親戚もいる場で失礼なのでそれは言えない。
何とか無事に夕食もすみ、片づけをして、やっとお家に帰れると思っていたが、明日と明後日は日文研の予定なので、母とおせちの今年のメニュウ決めおよび買い出しの準備をしなければならない。
結局家には帰れず実家に同行。そこから来年のおせちのメニュウを決め、そのための買い出しのリストを作る。気がつけば、夜中の2時。
とほほ。拘束の年末が近づいてきた。
12月25日
メリー・クリスマス!
今日は朝から日文研にてアルバイト。
無事に出勤できてめでたい。
昨日の夜開けたプレゼントの時計をつけて、新たな気持ちでGO!
夜は院生のみんなと沖縄料理を食べにゆく。
木屋町にある京都では有名なところ。無事博士号を取得した同期生を祝う。
久しぶりに顔を出した先輩を囲む。
ついでに忘年会。
だけれど、店は、昨日忙しかったのか知らないが、注文するものの半分は品切れ。
こんなんでええんかい。
でも、久しぶりにみんなで食べる食事、飲むお酒は美味しい。
みんなでわいわい騒いで、腹八分目で店を後にする。(と言うより注文してもないからだ。)
最初は他のみんなは焼鳥屋に行くと言っていたが、途中でボウリングに変更。
時間は21時半。今からボウリングになど行っていると、騒いでいる間に終電を乗り遅れそうなので、私は辞退する。
久しぶりに兄の店に行く。
グラスワインを傾けながら、結構暇そうだったので義姉といろいろ近況を話し合う。
今年は31日と来年の元旦まで営業するそうな。
京都に初詣に行った人は寄って下さいな。
どこもかしこも不況で深刻な状況である。
遅出の兄にも会ったことだし、終電に間に合わないといけないから早めに帰る。
お二人とも頑張ってね。
みんな大変だなあ。
12月22日
読書会。
範囲が広いので、急いでプレゼンをしていく。
先生の鋭い指摘。
それは、私の書き物同様、読書会においても読み込みがどこか甘い。
もう一歩踏み込めば、良くなるのに。詰めが甘いと。
仰るとおりです。
しかし、これは建築的なアドバイスだ。ありがたい。
結構胸に刺さる言葉ではあったけれどね。
よし、もう少し、もう一歩出せるように努力をしなくちゃ。
年明けには書き出せるように、もう少し文献を踏み込んで、読み込んでみようと計画を立てる。遅くてもいい、確実に一歩踏み出せるのなら。
やってみなければ、結果は分からないのだから。
そのために、この1年休みを取ったのではなかったのか。
後三ヶ月。ゼロからのスタート。プラスへ持っていけるように前進しなければ。
でも、昨日大分へこんだからなあ。
今はまだマイナスだな。
先週薬を変えてもらったときにはよく眠れていたと思っていたが、昨日から、また夜中に目が覚めるようになってしまった。やはりまだマイナスモードか。
読書会後は、忘年会を兼ねてのお食事会。
一人の子が悩みを訴え、みんなでいろいろ話し合う。
みんな悩みを抱えているんだね。私も一緒だよ。
明日、明後日と予定もないし、ゆっくり休んで、25日には日文研へ行こう。
12月21日
今日こそは、と試みてみる、虚しさよ。
今週は何がいけないのかよく分からないが、とにかく無理なのである。
日文研が悪いわけでもないし、バイトが嫌なわけでも全くない。
むしろバイトに専念している方が、気も紛れていい方なのである。
だけれども、この遠さが、寒さが、私を引き留めてしまうのかもしれない。
引きこもり症候群。
明日の読書会のレジュメもできていないから、これをしなくちゃならないからバイトしてる場合ではないんだ、と虚しく自分に言い聞かせる。
そして今日は家でレジュメづくり。
夕方になって、慌てて銀行に行き、それから診察へ。
行くといつもと様子が違う。
待合室は一杯だ。
昨日は、余りよく眠れなかった。薬の効果が落ちてきたのだろうか。
まあ、とにかく先生に相談しようと思い、明日の読書会でのプレゼンを考えながら、まだ出来上がっていない最後の章を読みつつ、時間を過ごす。
しかし、気配が違う。みんな苛立っているようだ。
しばらくすると、診察室から、救急隊員と母親らしき人が出てくる。何かを会話しているが良く聞こえない。
どうやら、救急で運び込まれて、途中で割り込んできた患者がいるらしい。その人が結構時間をとっているので、先に来ていた患者たちが待たされて苛立っているらしいのだ。
救急隊員の人たちが中から3人も出てきたのにはビックリした。
自殺未遂か?推測に思考がとらわれて、頭に本の内容が入らない。
とうとう一人の患者が愚痴り出す。「さっさと鎮静剤打って連れてけばいいのに・・・」
錯乱状態でかつぎ込まれたのか?良く状況が把握できない。
しばらくして若そうな女の人が診察室から出てくる。特に錯乱してもいなければ、自殺未遂でもなさそうである。母らしき人が声をかけるが、完全に拒否状態らしい。待合室で携帯で話をしているが、その話しぶりではまともそうである。ただ両親に対して拒否状態に陥っていることだけが窺われる。
ようやく順番が回って回転しだした待合室。
私の後に来た患者が、母との会話に拒否感を漂わせながら話している中に割り込んで、なんか話をし出した。
母らしき人に荷物を早く返せと言い、一人にしてくれと言っている。今夜はどこかのホテルに泊まるらしい。その後、会話に首を突っ込んだ患者と二人で話をしたり(結構大きな声で)、携帯で話をしたりしている。
私は自分のことを考えた。両親を拒否して、突然家を飛び出して一人暮らしを始めたこと。
未だにちぐはぐな親子関係。両親ともそれには気付いていない苦しさ。
それでも表面上は、和やかに両親と接触をして、ますます気付かせないように振る舞う自分の偽り。
展開される会話のどことなくずれた感覚。
待合室にうごめき、語られる患者たちの言葉。
その中にいる自分の存在。
私は異常なのか?正常とは何なのか。
ここに通わずにはいられない私は彼らと同類である。彼らは異常なのか?
今週、一度も日文研にいけずに引きこもりをしていた自分は、やはり異常?
耳障りな会話に苛立つ権利が私にはあるのか?ない。
ひどく気分が悪くなる中、ようやく順番が回ってくる。
しかし、先生も疲れているのか、いつものようには話をゆっくりと聞いてはもらえない。
唯一言、「やる気を出させる薬はないんだよ。せいぜいマイナスからゼロに引き上げる抗鬱剤しかね。とにかく今は寝ておき。何もせんでいいから。じゃ、来週。」
ますます自己嫌悪に陥る私。治癒しないのは私の努力がないせいか。
物事をこなせないのは、自分の努力がないだけなのか。
憂鬱。偽り。怠惰。
沈みゆく自分に逆らえず、すべての原因は自分にあることを改めて思い知る。
そうなんだ、生かすも殺すも自分次第なんだ、と。
12月20日
今年最後の女学院にてのアルバイト。結構忙しいところに突然、業者さんが来て、てんやわんや。それでもなんとか学生さんたちをさばいていく。
利用が多いのはありがたいが、使い方が悪いのか、寿命なのか、その辺りはよく分からないが、あちこちで機械さんが悲鳴を上げるのだから、仕方ありません。
しかし、明日で学校が休みにはいるというのに、みんな貸し出したソフトをちっとも返しに来ないなあ。延滞することに罪悪感がないのかしら。
公共のものなのだから、私物化するのは良くないのよ。っと言ったところで返しに来ないものは来ない。困ったものである。
今日も結構最後まで映画を見ている学生さんが多く、後片づけが大変。
バイトの後は、謡曲の今年最後の稽古に出かける。
はあ、今年最後、今年最後と何度かいたことやら。今年ももう終わりなのねえ。
私はと言えば、全然病気が治らないやんか。
薬は去年に比べるとずっと強くなっている気がする。あ、明日は診察か。
遅くなって稽古を付けてもらうが、今日は舞の稽古をみっちりとしていただいた。
だんだん細かいところの注文が出てきて、なかなか一度にはこなせない。
「イメージトレーニングだけではいけません。毎日でも舞って舞って舞い込まなくては、すぐ忘れますよ。実際に身体を動かさなくては、頭の中だけではダメです」と言いはるんやけど、私のこの狭い狭い部屋にどこに舞うスペースがありませう。
先生、それは無茶っていうもんですよ。
はあ、疲れた。
後は、忘年会だけだ。
12月19日
眠れているのだが、また出たアレルギーが。
用意もすまし、着替えもすんで後は時間通りに家を出ればすむことだけなのに、出来ない。
どうしても家から出られない。
しかも今日は、杖道の稽古に行く約束をしてしまったので、日文研を早めに切り上げて帰らなくてはならないのだから、この時間に出ないとまずいのだ。
でも、どうしてもできない。
とうとう断念。
今週末の読書会のための準備をすることにした。
かなり前に張り切って読んだのだが、既に過去の記憶と成り下がってしまい、レジュメを作ろうにも作れないので、また一から読み直していた。
こう、記憶力が悪いと本当に不便である。
こんな状態で論文が書けるのだろうか。既に引用したい箇所がどの本のどこら辺にあったのかも忘れている状態なのであるから、困ったものである。
もともとの頭の悪さに加えて、絶対薬の副作用が関係していることには違いない。
はあ、困ったものだ。
杖の稽古納めと読書会が重なってしまったために、私にとっては今日が今年最後の杖の稽古納めとなる。
夕方になって出かけていったが、案の定だれも来ていない。これでも少し遅れていったんだけどな。
師匠が来て誰もいないことになると失礼にも程があるので、稽古に行く約束をしていたのである。稽古着を用意し、お札を飾り、一人の寂しい稽古がまた始まる。
動いていないと寒いので、いろいろと基本技の稽古をする。
またもや一人で1時間も稽古することに。師匠はいつもよりも遅く、それでも指導に来て下さる。会社帰りにご苦労様です。
師匠は、私が一人ぽつんと体育館で杖を稽古していると、ひょこっと顔を出してくれて、いきなり事務連絡の話となる。
事務局という立場を、無謀にも引き受けてしまい、会員の皆様の連絡をいろいろまわす役目を仰せつかっているのである。
師匠が着替えに行っているあいだに、学生が一人来てくれたので、あまり時間がなかったが、稽古らしい稽古が出来た。
しかし、本当に身体を捌くことは難しい。甲野先生の身体を思いだしても、イメージしたところで動けない。
帰りはぎりぎり(ちょっと遅れたけど)カイロプラティックの予約時間に駆け込んで、身体をほぐしてもらう。
「いつもながら、固いですね」と言われ、「はあ、ガチガチですねえ」と答える。「自覚はあるんですね」と言われてしまうが、自覚があっても張りついて、ゆがんでしまった私の身体はそう簡単にはほぐれてくれない。
え、時計の使い心地?
ふっふっふ。クリスマス・プレゼントなので、クリスマスまで開封しないで置いてあるのさ。早く使いたいけど、なんか気分が出ないでしょ。
12月18日
午前中に単発バイトをすまして、午後は「歳末たすけあい能」を見に、湊川神社へ。
わが師匠は能には出ていないが、仕舞で参加。
補助席まで出しているが、平日もあってか、内情は半分ほどしか人が入っていない。
能は「俊寛」と猩々の「乱」。
狂言は「二九十八」。それに仕舞が5番。
能の出すα波で眠れるかなあとあこぎなことを考えていたら、ちっとも眠れずしっかり観能してしまいました。
まあ、これが正しくあるべき姿なんだけどね。
前回、薬が変えられてから、結構ちゃんと睡眠はとれていると思う。だから、別に昼寝しなくても良いんだけど。
ディナーは、一緒に能を見に行っていた母と、前回ワイン会ですっかり気に入ったレストラン「ルー・サロメ」で。
とはいえ、時間はまだ早く、おまけに母が用事があるから、18時半に店で落ち合うことに。
手袋を買ってきて欲しいと頼まれていたので、まずは大丸へ。注文通りの手袋があったので、それを購入。まだまだ時間があるのでしばらくは大丸でうろうろしていたのがまずかった。
外に出た途端、私は北に行きたかったのだが、「ルミナリエ」を見に来るお客さんが既に列をなして大丸の周りを囲むように押し合いへし合い東から西へと流動している。
その人込みの多さを横切るのに一苦労。
おまけに警備員の人たちが整理に出ているのは良いけれど、みんな「ルミナリエ」を念頭に置いているから、横切ろうとすると、横入りと間違えられて注意される始末。
だから、わたしは北へ行きたいんだってば。
ようやく人並みを突っ切ってセンター街へと向かうことが出来た。
まだ時間があったので、ジュンク堂にて、内田先生の新刊を買いに行こうと思ったのである。(すみません、まだ購入もしていなくて・・・)
ふらふらウィンドウ・ショッピングをしながら歩いていたら、これまた突然かわいい時計さんが、「私を買って」といっているではないか。目が合ってしまった。
それでその店に引き寄せられるように行って、間近で時計さんをじっと眺める。
腕時計は大好きなのだが、このところ金属アレルギーや、電池切れや、皮バンド切れなどトラブル続きで、携帯を時計代わりにしていたので、非常に不便だったのである。
そこへまた、店のお兄さんがすりすり寄ってきて「今なら2割引きますよ」なんて甘い言葉をかけてくる。
うーん、さんざん迷った末に、遂に時計さんの魅力に負けてしまった。
いいよ、いいよ。高い通院費払って毎日頑張って生きてんだもん。自分へのご褒美に、「クリスマス・プレゼント」を買ってやろうじゃないか。
その後、本も無事に購入したらちょうど良い時間になったので、「ルー・サロメ」へ。
この前はバイキング形式だったけれど、ジビエが美味しかったので、コース内容を聞いて、鹿肉が前菜でメインが鴨のコースを選択。
食前酒には「キール・ロワイヤル」。
母は、ほとんど飲めないので、後は一人でグラスワインを注文する。前回もいたフランス人の兄ちゃんがいて、初めは日本語で話していたけれど、そのうちフランス語で簡単な会話をすることになった。良い勉強になりました。
相変わらず、料理はうまいのだが、今回感じたのは、全体的に味が少し濃いめかな、ということ。私はかなりの薄味なのだ。だから、もう少し薄味の方が好みである。
といっても、西洋料理じゃ、こんなもんなのかな。
これが懐石だったら、絶対文句言ってるだろうなあ。
でもまあ、贅沢させていただいているので文句は言うまい。
時計も購入したことだしね。ふっふっふ。
12月17日
今日も女学院にてアルバイト。
授業も今週いっぱいなので、休講掲示も多く、結構暇かなと思っていたけれど、そうでもなかった。コンスタントに人が来るので、ずっと働いている感じ。
閉室ぎりぎりまで映画を見ている人が多かったので、後かたづけに結構時間をとられる。
使ったティッシュなどを置いていく学生もいて、マナーの悪さにほとほと疲れる。
げんなり。
バイト終了後は稽古へ向かう。
今は卒論の〆切が近いせいか、稽古に来る学生さんもほとんどいない。
ぽつんと一人で稽古をしている。
体育館は寒いし、寂しい。
師匠に注意されたところを思い出しながら、あれこれ稽古しているが、ちゃんと出来ているかは非常に不安。
1時間ほど一人で稽古していたら、ひょこっと学生さんが顔を出し、師匠の稽古着などを持ってきてくれる。しかし、まだ実験の途中だそうで、もう少ししたら戻ってきます、と言い残してまたどこかへ。
それから20分ほどして、その学生さんが着替えにやってきたら、師匠も会社帰りに到着。
二人で組んで稽古をし、それを指導していただく。
やっと稽古したという気になってきた。
帰りは、実験途中に稽古を抜けてきたとのことで、学生さんはまた実験へと急いで戻っていく。大変だね。
もう一人、稽古には間に合わなかったと顔を出した弟子と3人で、帰宅。
西宮北口の構内に出来た、シュークリーム屋さんで、お土産にシュークリームを買って帰るそうな。(買ってきてね、と催促されたらしい)。
師匠も良いお父さんしてますねえ。
私なんて帰りにお土産を買ってきてくれた記憶なんて一度もないからね。
今更ながら、広島からの帰りに何か買ってきては電話してくるけれど、遅いっちゅうねん。
あなたとは、悪いが非常に距離を置いてしか接触できなくなっているんですが。
しかし、当人は気付かず。そういう人だからね。
何故、私が気を使うてやらなあかんねん。はあ。
12月16日
何にも予定のない日。
昨日、酔っぱらって1錠飲むところを2錠飲んでしまったらしい。
睡眠効果がめちゃくちゃにきいて、昼間の電話の音で起きた。
近くのそば屋にお昼を食べるから来ないかという母の誘い。
作る気力はないので、用意をしてから出かける。
「眠そうな顔しているね」と言われる。
昼からビアなんぞも飲んじゃって、また眠くなる。
家に帰ってから、本を読もうと思ったらいつの間にか眠っていた。
気付けば部屋の中は真っ暗。18時過ぎになっていた。
お風呂に入って、眠気を覚まして、夜は近くの行きつけになっているお寿司屋へ。
「雪中梅」(あれ、こんな字だっけ?)が入ったので呑みに来いとお誘いがかかったから。
なんか、アル中の人みたいやなあ。
美味しかった。
12月15日
新しい薬が良くきいたらしい。いつもよりは遅くまで寝ていた。
さてと買い物に出かける。
今日のメニュウは「牡蠣とほうれん草のグラタン」に決定。
昼頃に仕込んで、稽古に出かける。
相変わらず、注意されてばかりだけれど、一生懸命念頭に置いて稽古をする。
納会は、お鍋を用意してくれていたので、美味しく頂く。
あまり飲む人がいないのか、なんか一人で飲んでいた気がする。
まあ、いつものことだけれど、家にはきちんと帰ってから記憶が飛ぶ。
誰と何の話をしたのかもう覚えていない。薬のせいもあるけどね。
12月14日
朝はたん熊さんの稽古。お節料理である。
結構細々したものを作るために時間がかかり、いつもよりも30分以上遅くなってしまった。
さ、病院と思ったところで、保険証が新しく切り替わっていたのに持ってくるのを忘れていたことに気付いた。
仕方ないので一度家に帰って保険証を取り、病院へ。
「朝からずっとしんどくて、目は覚めているんですけれど、午前中はほとんど使いものにならない状態なんです。かといって夜になって元気になるかというとそうでもなくて、いろいろやらないといけないことを目の前にして、気付けばただ座っているだけで1時間も2時間も経っているときが多いんです。自分がどうしていいのか分からなくなってきて・・・」と、泣き言を訴える。
原因は、寝ているようでちゃんと夜が眠れていないことにあるのでは、と言うことに。
確かに、夜中に何度も目が覚めるのは事実だし、目覚ましよりも必ず先に目が覚める。
ただ、動けないポンコツ状態なだけなのだ。
そこで薬を変えてもらう。
病院を出ると外が寒い。震えながら駅に向かい、梅田に出てNOVAへ行く。
レベル・アップテストを受けて、終わったら19時過ぎていていた。
今日はソウル・フラワー・ユニオンの今年最後のライブだったので、当日券で行こうと思っていたが、もう始まってしまっているではないか。
途中から当日券で行くのもしゃくに障るので、諦めた。
TSUTAYAの年間カードの更新に行く。場所は堂山。
ここのTSUTAYAは、時代劇の品揃えが涙が出るほど多い。それで会員になったのである。
その後、折角梅田まで来たのだからと、阪急百貨店に行く。町はすっかりクリスマス。
広告で出ていたアンティーク・リングを見に行く。
ライブに行けなかった腹いせに、思わずリングを衝動買い。もちろん現金なんか持ち合わせていないので、カードでお買い物。
もともと指輪は好きなのだが、お稽古ごとや料理の時には外さなきゃいけないので、このところ、あまりしていない。金属アレルギーも出たことも一因だけど。
外に出ると携帯がなる。
父がこの前誕生日だったこともあり、近くのお店で御飯を食べるから来なさいと言う。
そういえばプレゼントあげてなかったなあ。御免ね。
店に行くと、母が「ホール・イン・ワン」をしたという。
何か御祝いに買ってくれると言うので、今日買ったリングを買ってもらうことにした。
ラッキー。
高い高い人生の税金払ってんだもん。これぐらいの楽しみがなくっちゃね。
明日は杖道の納会である。
持ち寄りにしたので、何作っていこうかなあ。
12月13日
朝から女学院にてアルバイト。
めちゃくちゃ忙しいと言うほどでもないけれど、コンスタントに忙しい。
だから手が放せないのだ。
バイト終了後は久々にNOVAに通う。
英語が2レッスンにフランス語2レッスン。結構疲れる。
英語の方は情けないほどレベルが低いのだが、レベルアップの推薦状をもらう。
ラッキー。月に一度か二月に一度ぐらいのペースでした来ていないのに、何が良かったんだろう。
明日は病院の日だから、帰りにレベル・アップテストを受けに行こう。
家に帰ると21時半。
いろいろしなければいけないことがあるのは分かっているのだが、もう何もできない。
このところずっとそうだ。
やる気もあるし、する事も明確であるにもかかわらず、どうしてもできないのだ。
ただ机に座って、やろうやろうと思っているだけで時間が過ぎていく。
どうしてなんだろう。
私が異常だからか?どうしてこんな事になっているのか、自分が何者か見えない。
12月12日
今朝は無事に予定通りの電車で日文研へ到着。
朝からばりばりと仕事をする。
午後は井上先生と面談。
体力の方を随分心配されてしまった。
博士論文の構想を話し、少し方向性が変わりそうな気がしてきた。
とりあえず書いてみないことにはどうしようもないので、徐々に書き始めることにすることで話を進める。
なんだかんだと言って2時間近くも話していたけれど、大丈夫なんだろうか。
同期はみんな書いているので、先生方との話も建設的に働きかけるものとなっているようだが、私はまだ構想段階で、ブツがないだけに話しても話しても同じところに戻ってしまう。仕方ないよね。
まだまだ資料が足りないけれど、文献に目を通しつつ、気長にやるしかない。
やはり体力が1番だから。
だけど、どうして治らないのかちっとも理由が分からない。
甲野先生の話からすると、私は自分で言うのも何だが、この1年以上、随分高い税金を払っていると思うのだけれども、そろそろ見返りが来ても良さそうなのに・・・
まだ足りないのかなあ。それともこれまでの分を返済しているのかしら。
なんでこんなんになってしまったんだろう。
愛を、光を。もっと。
12月11日
やはりだめだった。朝は5時頃から目が覚めたのだが、動けない。
なんか寒くて仕方ない。
徐々に空が白んでくるのが分かり、外では頻繁に電車が通る音がする。
熱いお茶でも飲もうと思うが、動けない。
決めた。今日はもう何もできない日なのだ。いくら祓ってもらっても、まだまだいろいろ背負っているらしい。辛い。
午後になってから、明日、井上先生とアポイントを取っているので、せめて博士論文の構想だけでも作っていこうと漸く動き始める。
もう休学期間も残っていないに等しい。1月〜3月はあっという間に過ぎるから。
以前書きかけて、没にしていた原稿の手直しを始めようと、もう一度書いたものを読み始める。
確かに、論点が甘い。スーッと読み流せる感じがするのだが、後に何も残らないのだから、中身がないと言うこととたいして違いがない。こんなもん書いてちゃだめだよ。
少しづつでいいからそろそろ始動しないとダメだろうなあ。
少し無理すると、今日みたいにすぐダウンしてしまうのだから。
よし、今日1日休んだおかげで少し調子も上がってきたし、頑張るぞー!
12月10日
女学院にてアルバイト。
実は先週から休みなしで毎日出歩いている結果となっている。
そろそろ疲れがたまってきた。
しかし、今日も利用する学生さんたちが多く、忙しい。
ひっきりなしに来る学生さんたちの対処にバタバタバタバタ。
バイト終了後は「ジェンダー研究会」。
いろいろな問題が上がってくるのだが、それを全部盛り込もうとすると欲張りすぎてまとまりが出来ないし、なかなか難しい問題である。
今日は、コラムを一緒に書いてくれる後輩が初参加してくれた。
終わってから、みんなで食事をしているとき、「わざわざ遠路はるばる来てくれたのに、あれで良かったのかしら」とみんなで心配する。
どうだったんでしょうね。
でも、来てくれてありがとう。
明日は日文研に行く予定なのだが、どうもまずいコンディションである。
早く薬飲んで寝ようっと。
12月9日
湊川神社神能殿にて観能。
家元が舞う「松浦佐用姫」は、滅多に舞われる事のない希少な能であるとのこと。
しかし、先週からずっと忙しくて、疲れがかなりたまっている私にとって、余り変化のない曲調に、久しぶりに眠りを誘われて、半分は眠ってしまった。(昨晩も遅いし、このところあまり眠れなかったからだ)。
それに比べると、やはり「安達原」の方が、動きもあって面白い。
夕食は神戸のどこかで一緒に食べようと母が言うので、しばらく時間を潰す。
大丸に行くとすっかり町はクリスマス。
もう、クリスマスかあ。あっと言う間の1年。
休学期間も後3カ月となってしまった。
なのに、症状は悪化するだけ。どうしてよくならないんだろう。
今は出来るだけ静かに過ごすようにしているのに。
夕食は、もう何年も行っていなかったフレンチレストラン「エスカルゴ」に行くことに。
昔からいるおじさんは未だにご健在。
コース料理を食べたら、量が多くて、途中休憩しながら食べた。
残せばいいのだが、私は基本的に物を残すのが大嫌いな人間なのである。
食材を無駄にすることがもったいないと言うこともあるし、何と言っても作ってくれた人に失礼だからである。卑しいようだが、お腹一杯でも目の前の皿の物を片づいてくれないと落ち着かない。
平気で食物を残す人間の心理が私には分からないし、許せない。
非常にマナーが悪いと思っている。
それでも、体調や胃にも限界があるので、残さざるを得ないときもある。その時はひどい嫌悪感と罪悪感に駆られて、心の中で食物と作ってくれた人にひたすら陳謝するのである。
でも美味しかった。
12月8日
朝から甲野先生に術技を教えていただける1日である。
何でもリクエストにお答えして下さるとのこと。
そんな贅沢な状況があってもいいの?!
体術が中心に披露して下さるのだが、杖道と居合道しかしたことのない私にとって、体術は初めて。先生にお相手していただきたいのだが、どうしていいのか分からない。
それでも何度かを手を合わせていただき、いとも簡単に倒されてしまいました。
あまりの速さに、何が起きたのか分からなかったというのが正直なところである。
先生はサービス精神旺盛で、上半身を脱いで、身体の動きを直接見せていただける。
何故出来ないかはよく分かった。体のつくりからもう違うのである。
身体ががちがちで固まった私と違って、細かいパーツパーツを組み合わせたような身体なのである。
ここに支点を建てて軸を崩すという感じに説明すると、いとも簡単に皆さん崩されてしまう。まずはあの身体づくりからだな。
カイロプラティックで「かて〜」と言われながら、ほぐしてもらっている私にはなんて遠き道なんでしょう。
これでは気配は消せるわ。ますますファンになってしまいました。
お昼休みに、「太刀祓い」といって、一種のお祓いみたいなものをして下さる。
5〜6人が名乗り上げてしていただいたのだが、私が一番長くて、しかも終わった後に「大変ですね」と声をかけられてしまった。
えー、私は一体何を背負っているんだろう。ものすごい悪気が発せられていたのだろうか?
「病は気から」と言うが、なんか軽くなった気もしないでもなかった。でもショックでもあった。勘の鋭い人だから、病気を見抜かれてしまっていたのだろうなあ。
午後からは手裏剣をやらせていただいた。これが難しいのだが、一度刺さるとはまる。
面白くてやめられない。
あっと言う間に夕方になって終了時間になってしまった。残念。
甲野先生、2日間にわたり、大変ありがとうございました。
またいつかどこかでお会いしたいです。(お払いもして欲しいです。)
夜は名古屋で交通公社に勤めている友達が添乗で神戸に来ているという。
仕事が夜に終わるから、会いに行ったのである。新神戸オリエンタルホテルのスカイラウンジにて夜景を眺めながら、ワインを頂く。震災から大分復興したようだが、それでも以前よりは夜景が衰えている気がする。まだまだ傷跡は深い。
こうして、幸せな夜が更けてゆくのであった。(太刀払いの効果かな。)
12月7日
ただいま。おかえり。
入院していたのである。私ではない。コンピューターがである。
前回怒り全開、即傷つき消沈していたら、その夜、ウィルスに感染させられたのである。
慌ててあちこちに「ごめんなさい」メールを入れて、開けないようにお願いする。
そこからは、いとも簡単に坂を転がり落ちるだけだった。
次の日は、夜中に腹をこわして、朝から真っ青な顔をして起きあがれなくなってしまった。
たん熊さんの料理教室の日であったのだが、這ってでも行こうとしても這えない。
全く動けない。生きる屍状態である。
とうとう午後まで倒れていて、何とか起きあがれるようになったので、病院へ行く。
「秋のメランコリー」はまだまだ続く。
それから2〜3日後に、またウィルスに感染させられた。
これがたちが悪くて、開かなくてもプレビューしただけで感染するという。
とにかくこちらからは全くメールが送れない状態で受信だけしていたのだが、もうどうしようもなくなって、日文研に持って行って、ウィルス駆除をお願いしたのである。
その間にも、ウィルス君はいたずらしまくって、アウトルックに入ったアドレスに勝手にメールを送信したりして、不信問い合わせメールが来たりと大変だったのである。
「時間かかりますよ」「じゃあ、預けます。金曜日に取りに来ます」というわけで、水曜日から入院させていたのである。
それで今日取りに行ってきたのである。
今日は夕方、神戸女学院にて甲野善紀さんの講演会があるが、パソコンは取りに行かなきゃいけないし、午前中は前々から約束していた授業に顔を出さなければならない。
日文研から女学院。と、遠い。
僅かに時間に余裕があったので、途中家により、パソコンは重いのでおいて帰ることにして、即女学院へと向かう。
間に合った。講演はとても興味深い話が多くて、また、実際に動きを見せてもらうが、全くどう動いているのか読めない。凄い人である。
懇親会で厚かましくも隣を陣取りお話をさせていただいたが、とても気さくなお方であった。すっかりミーハーと化し、ファンになってしまいました。(写真まで撮ってもらいました)。
忙しい1日だったが、大変充実した日でもあった。
11月29日
おんどりゃあ、なめとったらあかんど、わーれー。
怒!!
また、傘を盗まれたのである。
何故私の傘だけ、盗まれなければならないのだろう。
天気予報を信じて、朝はあんなに晴れやかだったのに、長い傘を持ってバイトに出かけた。
今朝は腹痛がひどくて、時間通りの電車に乗ることが出来ず、傘を杖代わりに這うようにして遅れた電車に乗り、間に合わないから高いタクシー代まで払って、バイトに駆け付けたのであった。
何かの折りに傘立てをチェック。あるあると安心していたのが大間違い。
ちょっと忙しくしていて、夕方になったとき、とうとう雨が降り出した。
ふふん、今日はちゃんと傘を持ってきたもんね。安心、安心とたかをくくっていた。
廊下で職員さんとすれ違い、「雨降ってきたねえ。天気予報やはり当たったわねえ」などのほほんと会話を交わす。「そうですね。私も朝あんなに晴れていたけれど、傘持ってき・・・」まで言って傘立てを見ると無い。私の傘がない。
さっきまであったのに。
「ウソ!また、傘を盗られた」と愕然。
ふざけんじゃねえぞ、あほんだら。
全く人の私物を盗るとは、どういう神経をお持ちのお方なんでございましょう。
私にはとうてい理解できませぬ。
これで2回目。またまた深く傷ついてしまった。なんてこった。
折角、少し元気になりかけていたはずだったのに・・・
きゅー、ばたん。うぐぐ。
11月28日
今日は2週間ぶりに日文研へと通う。
余りにも顔を出していなかったので、心配されていたみたいで「メールを打とうかと思っていた」と言われてしまった。
すみません。
「いやー、先週ちょっと体調が悪くて・・・」と誤魔化す。
いや別に嘘をついているわけではない。体調というか精神的にまいっていたというだけの話であって、調子がすぐれぬ事には違いはないのだから。
抗鬱剤がきいてか、朝からばりばりと仕事をこなす。
と言っても、予定の電車には乗り遅れたのだけれどね。
エクセルの順番と、打ち込まねばならないテキストの順番が違うために、細かい升目を必死で見ながら該当個所に打ち込んでいく。
これが目は疲れるし、結構肩が凝るのだ。
そういえば、昨日の夜は腰痛がひどくてよく眠れなかった。
今朝は治っていてホッとしたけれど、これでまた腰が痛くなるかも知れないなあ。
夜はカイロプラティックである。予約が取れずに2週間ぶりとなった。
上半身があまりにもガチガチに固まっているので、ほぐすのが大変。
こっちも痛くて仕方ないのだが、これで少しは楽になれるのならと我慢する。
肩こりもだいぶとれてきたみたいだし、ちょっとよい気持ちである。
「仰向けに上を向いて寝て下さいね」と最後に言われる。
カイロに通うようになってからは、ちゃんと仰向けに上を向いて寝ているんだけどなあ。
無意識に寝返りをうったりして、横向いてしまっているのかしら・・・
あーあ、正常な身体の位置に骨格が戻るには、道が遠そうだなあ。
11月27日
昨日は、余りにも感動しすぎていたために筆がとれなかった。
噂には聞いていたが、やはり凄い。
生で観られて本当によかった。席も結構よかったし。
シルヴィ・ギエムが踊ったのは、「www.ウーマン・イン・ウォーター」(あれ、「ザ」があったかな)と、ベジャール振り付けの「ボレロ」である。
一つ目の方は一人で踊るのであるが、机がおいてあって、その横に立っていたら、突然に糸の切れた操り人形のように机に片足を投げ出して倒れるように机に突っ伏した。
あまりの唐突な動きに全身鳥肌が立った。
次の動作が全く予測できないのだ。まるで人形のようである。
他のバレリーナたちは皆、今から足を上げますよ、とかジャンプしますよ、と言う微妙な動きが見えるのだが、ギエムの場合、それが全く見えない。
内田先生が好む武術的な言い方をすると、「おこり」がまったく見えないのである。
全身がゾクゾクしてくる。
まるで操り人形のようだ。そして、体つきもまた人形のように何一つ無駄がない。鹿のように引き締まって、本当に無駄のない身体で無駄のない動きを展開してくれる。
オペラグラスでアップで観ても、本当に次の動きが予測できない。すばらしい。
ジョルジュ・ドンの「ボレロ」をこよなく愛していた私にとって、ギエムの「ボレロ」はどうであろうか、わくわくして瞬間を待っていた。
周りがすべて男性たちに囲まれているにもかかわらず、ひけをとらない迫力である。
かつ優雅なのであるから凄い。片足を何気なく180度(以上?)上げているときも、地に着いている方の足で重心を取って踏ん張っていると言った感じがまるでしないのである。
まさに糸でつり下げられている感じである。
瞬きするのも惜しいぐらいで、食い入るように見つめていた。
全身は鳥肌が立っていた。手には汗を掻いて、震えるように感動した。
終わってから会場中が拍手喝采。次々と人々が立ち上がり、舞台の方へと押し寄せるように歩いていき、拍手を送り続ける。
「天才」と言われるわけはよく分かった。
今日は日文研にも、女学院に聴講にも行かず、午前中いっぱい、目をつぶっては昨日のステージを繰り返し、繰り返し再生していた。
このところ、舞の方でも、杖の方でも、自分の体を持て余している自分にとって、本当にああいうイメージが残像として脳に焼き付けられただけでも感謝している。
しかし、感動はうち破られた。
父の兄が亡くなったという知らせが入ったからだ。
伯父は東京にいる。父は虫が知らせたのか、偶然にも東京へ出張中であった。
母は東京に行くが、私は葬式に参列しなくていいから関西に残っているように言われたのでそうすることにした。胃癌だったそうだ。
私はもう十年以上伯父に会ったことがない。顔も覚えていない。
心よりご冥福をお祈りいたします。
お通夜が明日で、お葬式は木曜に決まったため、母は明日の朝の新幹線で東京に行くことにした。
今日と明日が謡のお稽古日だったので、とりあえず今日だけ行くことにした。
昨日のギエムの感動をイメージに、なるべく無駄な力が入らないようにお稽古する。
イメージ・トレーニングがきいたのか、「大分ましになりました」と言われた。
「よくなった」のではなく「ましになった」のだけれどね。
11月25日
久しぶりに予定のない日曜日。
連日出歩いていたので今日はゆっくりと休むことにした。
天気も良かったので、公園まで散歩する。
一度家に戻ってから、遅めのブランチを取る。
先日結婚した友人に御祝いを送っていなかったことに気付いて、西武百貨店まで出かけることにした。普通は結婚前に送るべきなのに・・・。なんたる失態。
気持ちがよかったので、なんか走りたくなって、西武百貨店まで走っていく。
何にしようか大分迷ったが、まあいくらあっても使うだろうと思い、リーデルのワイングラスをペアにして、それに私の愛用のワインオープナーと同じものをセットにしておくってもらうことにした。
全然お酒飲まない人たちだったらどうしよう?
まあ、誰か来たときにでも使ってもらえればいいよね。
結婚祝いを物で送るときにはいつも迷う。
相手が何が欲しいのか指定してくれるとありがたいのだが、そうでないときは、その人の趣味もあるし、いろいろ迷ってしまうのだ。
初めに目についたのは、お揃いのパジャマ。無地なのだが、何とも暖かそうだし品が良さそうだったので、「お、これは」と思い、値段を見ると1着が1万円。
貧乏の私にはそんな大金はございません。すごすごあきらめる。
予算が1万円だったのである。(御免ね、安くて)
帰りはリンゴが安かったので思わず衝動買いをしてしまい、ペットショップで、子猫や小犬を見て遊んでから、重いリンゴの袋を抱えて歩いて帰る。(とてもじゃないけれど走れない。)
明日は待ちに待った「シルヴィ・ギエム」の公演である。
バイトが5時までで、フェスティバルホールで6時半開演だから、結構急がないと間に合わない。
月曜日は一人だから、後かたづけをしていると、絶対に5時には帰れないからだ。
でも、楽しみ。
11月24日
信じられないことが起きた。
遅れた私も悪かったのだが、杖のお稽古に行くと一人だけが、何故か外で稽古をしているではないか。今日は師匠がお休みの日だとは聞いていたが、稽古はなくなっていたのか?
いや、月曜日に「今週の土曜日は稽古があります」と、確かにこの耳で聞いた。「ここ(大学体育館)で?」とまで確認したのだから間違いはない。
遅れてきたことを謝りながらも、どういう行き違いがあって、体育館がとれなかったんでしょうねえ、と二人で話していた。
するともう一人もやってきて、「どうして外にいるの?」と不思議そうな顔をしている。
うーん。わからん。
とりあえず卓球室が空いていたので、施設課に問い合わせてみると、中高部が取っているとのこと。でも、誰もいないじゃん。
誰か来たらすぐにどきますと言って、使わせていただくことにした。
3人で稽古をしていたら、あっという間に時間が過ぎていく。
どうしても身体がうまく使えない。あれこれ試行錯誤で、お互い注意し合いながら稽古をした。技とは難しいものである。
稽古が終わったので、次は謡曲の稽古だ。先生のお宅まで伺い、早速稽古をしてもらう。言った時間が遅かった上、今日は人数が少なかったので、大分待っていただいていたらしい。申し訳ない。
待っていただいたおかげか知らないが、たっぷりと稽古を付けていただいた。
ここでも、うまく舞えない。身体がぶれるのだ。
ゆっくりとした動きほど、ごまかしがきかない分難しい。
どうして自分の思うとおりに身体って動かせないんだろう。はあ。
11月23日
今日は友達の結婚式の二次会に呼ばれている。
ハーバーランドであるのだ。
元町まではよく行っていたのだが、ハーバーランドはどうしても遠い気がして、ほとんど行ったことがない。
時間がよくつかめなかったので、1時間前ぐらいに行ったら、40分ほどでついてしまった。受付開始にもまだ時間が余っていたので、雑貨屋などふらふらと彷徨いながら、時間を潰す。
この友達は不思議な縁で結婚した。と言うよりも、結婚とはご縁のものであると感じさせられた。
私の友は華道の副家元をしている。家元である父と一緒に花供養にあるお寺に出かけた。
そのお寺も副住職がいて、お寺関係から見合い話が来たらしい。彼女にしてみたら、蓋を開けたら、あの時の花供養をしたお寺の息子さんだったことが分かったというわけだ。
花供養から約半年後に二人はお見合いをして、そして結婚へと至ったのである。
どこからご縁がやってくるのか分からないものである。
心からお二人のご結婚を祝福したい。おめでとう。
しかし、私は主治医に結婚式関係にはなるべく出るなと言われている身である。
それでも、せっかくの友達の幸せな門出である。つい断りきれずに出席してしまう。
二次会自体はこじんまりしてなかなか和やかだったのだが、どうも身体がついていかない。
昨日からお出かけが続いたせいもあってか、帰ってきたらやたら疲れていた。
明日はダブル稽古の日。
大丈夫かなあ。
11月22日
朝から女学院にてバイト。
開室早々に人が来る。今日も忙しくなりそうだ。
案の定、ひっきりなしに人が来る。
最近調子の悪いブースがあって、つかえないので、すぐにいっぱいになるのだ。
昼過ぎ、職員さんから連絡があって、業者さんが今から行くからと言うのだ。
全くつかえないブースは一つだが、VHSは対応できないけれど、DVDやLDには問題がない、と言うブースもあるのだ。そこには当然学生さんに使用してもらっている。
「何、今から来るだと。普通は何日の何時頃に行きますと、事前に連絡するのが普通やないんけ」と、忙しい分ブチッと切れる。
さて、見てもらいたい席には他にも、3ブースもあるのだ。で、今はなんと満席。
満席表示を出しているにもかかわらず、ひっきりなしに学生さんたちはやってくる。
それを全部断り、席が空いたら、問題の席の人に移ってもらい、とこっちは必死。学生にしてみれば、「あの席開いている」と思うんだろうから、慌てて、「調整中につき使用禁止」など、張り紙をはってみる。
みんな御免ね。すべては業者さんが悪いのだ。
突然来るか、普通。絶対事前に連絡するのが常識やろ。ぼけ。
なんだかんだと学生さんにわびまくり、業者さんに全席チェックをしてもらう。
しかし、役にたたんのだこれが。はあ。
漸くバイトも終わって、楽しみにしていた食事会に出かける。
三宮にある「ルー・サロメ」というレストラン。
ワインはもちろん絶品な事の上、食事も美味しい。
フランス人らしき人がいたので何気なくフランス語を発するとやはりフランス人。
従業員なんだけどね。向こうも思わぬところでフランス語を聞いたのがびっくりだったので、もうこちらはしどろもどろなのだが、フランス語で少しばかり会話した。
おまけで彼からのサービスはさらにアップ。メルシ。
計8種類ぐらいのワインを飲んで、どれも美味しくて最高。
このレストランはおすすめです。
昨日1日ゆっくりしていて良かった。
しあわせー。きゅいーん。きゅいーん。
11月21日
日文研アレルギー復活か?
それとも昨日より陥りたる倦怠感、だるさによる調子の悪さか。
用意が出来ているのに、どうしても外に出られないのだ。
時間は刻々と過ぎていく。
次の電車には、と思うのだがちっとも身体が動かない。
他人に会うのがいやなのか?引きこもりに近い状態になってしまっている。
とうとう昼になってしまい、2時間かかって通うことを考えると、アルバイト時間はほとんどないことに気付き、先週の金曜日に引き続き、またまた日文研にいけなかった。
あきらめの境地で、床に転がり昨日の続きの本を読む。
銀行に行かなければならないことに気付き、夕方に慌てて着替えて、銀行に駆け込む。
コンビニで水道代を振り込むのを忘れていた。まだ期限があるから今度にしよう。
家に帰って、また床に転がり本を読みあげた。
夜になって、朝から何も食していないことに気付く。
夕食にスープを作り、体を温める。
ペーパーを書かねばならないのだが、頭痛もするので諦める。
次の本に手を出して、読み始める。
気付けば10時前だったので、お風呂にお湯をはって、入浴。
最近寒いせいか、お湯がちっとも温かくないのである。設定温度は44度にしているに。
去年は冬の間は46度に設定していたのだが、まだ秋だし、これから寒くなることを思えば、まだ46度にまで上げる勇気がない。
ゆるめのお湯でじっくり入るという手もあるかと1時間も入浴しているのだが、身体の心底から暖まることがない。
やはり体質が変わったせいか?それとも冷え性になったのかな。もともと末端冷え性ではあったけれど、全身に及んだのかしら。
明日は、フレンチレストランにて、ボージョレー・ヌーボーの解禁を祝って、オープンなお食事会がある。
こんな体調ではいけないから、今日は1日転がっていて休んで正解だったのかもしれない。
どんな美味しいワインと食事が出るか楽しみである。ぐふふ。
今日は早めに薬を服用して、体調を万全に整えようっと。
11月20日
憂鬱復活。
授業を聴講して昼間に家に帰ったのだが、だるさが伴い、お昼寝を試みる。
体がどうしてこんなにだるいんだろう。
倦怠感のようなものが周りを漂っている感じ。
眠れないので、床に転がりながら本を読む。
4時頃になって、お昼御飯を食べていなかったことに気付く。
とにかく何か食べなければ、と素麺をゆでて食す。
その後も引き続き読書。
夜の10時にお風呂に入って、夕食を食べていないことにまた気づく。
こんな時間に食べてもなあ、と思いながらも、何も食べんよりはましかと、軽く作って、11時頃に食す。
このころから、ますますおかしくなってきた。
コミュニケーションが人ととれていないのではないか、とまた疑心暗鬼に陥り、社会性のなさに情けなくて、御飯を食べながら、涙が出てきた。
すっかり人間不信ではないけれど、他人に会うのが怖くなっている。
私は他人に不快な思いをさせているのではないかと思うと、自己嫌悪に陥り、どうしようもなくなってくる。
不安のあまりに薬が良くきかず、なかなか眠気が襲ってこない。
そうして一人泣いているあほがいた。
11月18日
久しぶりに予定のない日曜日なので、京都国立博物館に行く。
特別展で、「ヒューマン・イメージ」と言うのをしているのだ。
博物館に行くのも久しぶり。
夜は、兄の店で両親と待ち合わせをすることにして、一人早めに京都に出かける。
だが、今のシーズン、京都はめちゃくちゃ混んでいる。
京都国立博物館は東山七条にあるのだが、四条河原町からバスに乗ったのはいいけれど、大渋滞に巻き込まれて、たどり着くのに1時間以上かかった。なんてこった。
まあ、店で待ち合わせなので、別に少々遅れたって関係ないんだけれど、やはり気になる。
新館の展示室は諦めて、本館の「ヒューマン・イメージ」の方だけを観覧する。
人間のさまざまな事象をテーマに分けて、それに関連する絵巻物や屏風、座像、香炉などの物体、袈裟、掛け軸などいろいろなものが展示されている。
非常に興味深く、ゆっくりと時間をかけて一つ一つを眺めていく。
ヒューマン・イメージと言っても日本がテーマなのか、全部日本のものばかりである。古い土器から、甲冑や絵巻物と、いくら見ていても飽きない。音声ガイドもあったが、さすがにそれを聞いていると時間がかかるだろうと思って諦め、素で展示物の内容を表示したものを手がかりに見るが、なかなか親切なガイドが表示されているため、十分楽しめた。
昔から変わらないもの、失われていくものなど、思いを馳せたら感慨深い。
帰りは、「三条河原町上る」にある兄の店まで、渋滞に巻き込まれた恨みもあって、紅葉を見物がてらにいっそ歩いていくことにした。
さすがに遠いだろうと思いながら歩いていたら、何と30分で着いてしまった。
何だ、これなら行きも歩けば良かった。ちぇっ。
最近不景気の兄の店で夕食をすませ、帰ることにした。
少しでも足しになったのかしら・・・
秋の京都は綺麗でやはりいいなあ。散策するには結構いいけど、ちょっと人が多すぎるかな。まあ、観光でもってる町やさかい、それもしゃあないか。
11月17日
謡曲のお稽古日。
今度の大会の出し物が結構長い曲なのである。
なので、あまり稽古に行かない私は、すぐ忘れてしまう。
稽古場でおさらいする有様。
先生はきっとあきれてはるだろう。
まだ謡いも全部覚えてないと聞いて、「早く覚えなければなりません」と叱られてしまった。
すみません。
今日は、一人でおさらいをして、順番が回ってくると、何とかクリアー?!
でも、型を覚えきっていない上のことだから、これから細かい点を直していく段階を考えるときの遠くなるような世界である。
謡の稽古はしばらくお休みにされてしまい、当面の間は、舞囃子のお稽古に専念することとなった。
だが、運の悪いことに、お稽古日に予定が重なって、なかなかお稽古に来られないのだ。
うーん、困った。
仕方ないので家で謡だけでもおさらいするしかないなあ。
今までは荒いものばかりやっていたので、今回のような優雅な舞いは初めてである。
これからその荒っぽさを抜いて、いかに優雅に舞えるかが課題なのだが・・・。
道は遠し。
11月16日
ダメだ。昨日が遅かったせいとは言わない。
だけど、腹痛激しく、まともに起きあがれない。
今日は診察日でもあるので、朝日文研に行っても、3時には帰らないと間に合わない。
だが、床の中で七転八倒しているのである。とてもじゃないけど通える状態じゃない。
最近、食欲もまばらだし、胃が痛いことが多い。
1日1食の日も多くない。これでは余計体に悪いと思うのだが、その時は食欲がないどころか、吐き気もすることもあり、ようたべんのだ。
結局日文研行きを諦める。情けなや。
寒気がするので布団に潜ったまま、本を読んだり音楽を聴いたりしてみる。
端から見ると悠長な時間をおくっているなあ。でも、本人にしてみれば、情けなくて涙が出そうなのである。
4時になって、診察時間に間に合わなくなると思い、必死で着替えて家を出る。
何とか到着。
一連の状況を話すと、「秋のメランコリーやな」と言われる。
別にそういう専門用語があるわけではないが、先生が勝手に、典型的に出る秋冬の症状を見て、「秋のメランコリー。冬のデプレッション。」と名づけているそうな。
で、私の状態が、まさに典型的だったわけだ。
「よし、思いきって、薬を秋ヴァージョンに変えよう」と言われて、全面改革。
よく分からないが、薬を見る限り、強くなった気がする。
でも、それでも社会生活に対応できるのなら気にしない。
そう、私の最大の悩みは、先日のコミュニケーション・ブレイクダウン以来、自分が社会的に対応できているのか、人とコミュニケーションがとれているのかという問題なのである。人間不信とまで言わないが、誰と話していても非常に恐怖感がつきまとって不安で仕方ないのだ。
主治医には、そんな人のことは気にせんでほっておきと言われているのだが、完全に悪循環にはまりこんでいる自分がいる。
秋のメランコリーか。いい言葉だ。
11月15日
祖父母の家では、今まではワインを飲む習慣はなかった。
そこへ、ワインという代物を持ち込んだのが私である。
電話がかかってきて、今年はボージョレー・ヌーボーまで購入したという。
これはご相伴にあずからねばと、顔を出す。
この前の伊勢エビといい、ほんまに卑しいやっちゃなあ。
めでたく、解禁日に飲むことが出来た。んー、美味。
もちろんその後には、お付き合いなるものがついてくる。
呆け防止の麻雀である。
祖父母と母と4人でしたのだが、夕食後というのに、半チャンを2回もすることとなった。
おかげで家に帰り着いたのは0時前。
明日は日文研に行く予定なのだが、この状態では非常にまずい。
とりあえず、薬を飲んで休むことにした。
11月14日
結局予定していた電車には乗り遅れたが、次の電車で朝から日文研に行くことが出来た。
相変わらず寒い上に、暖房の切り替えが完了していないため、バイトの部屋が寒い。
来週には何とかして欲しいよ。
雇ってもらっている先生が来て、「進んでいる?」と言われ、「え、あ、まあまあ」としどろもどろに答える。
通常の予定通りに来ていたら、もっと仕事ははかどっているはずだからだ。
すみません。
相変わらずコンピューター君が言うことを聞いてくれない。
一緒に働いている人に泣きついて、漸く動くようになった。
これで、切りのいいところまで仕事が終わった。
あとは、前回の話し合いで決まったとおり、ちょっと仕事の内容が変わることになる。
こっちの方が、コンピューターのトラブルが少なさそうである。
というのも、エクセルにデータを打ち込んでいくだけだからだ。
今までは、動画や静止画を作ったりしていたので、いろいろな箇所でトラブッていたのである。
久しぶりに朝から日文研で働いたよ。
明日は女学院のバイトかあ。
貧乏暇なし。働かざる者食うべからず。
明日はボージョレー・ヌーヴォーの解禁日だ。
と言っても、誰かと飲む予定ないんだけどね。さみし。
11月13日
寒さでお腹を冷やしたのか、朝から腹痛で目が覚める。
聴講に行こうと思っていたが、お腹が痛くてそれどころじゃない。
布団に丸まって、ごろごろ転がりまわるがおさまらない。
カイロで温めるといいのだろうが、肝心のカイロが手元にないし、買いに行ける状態でもない。
とうとう午前中いっぱい、腹痛に悩まされていた。
胃薬が効いてきたのか、2時頃には漸く痛みが収まる。
寒気がするので、そのまま結局1日中床にふせっていた。
日曜日はあんなに晴れやかだったのに・・・
わずかに本を読んだだけで1日が終了してしまった。
なんか、凄く損した気分である。
あーあ、何でこんな事が定期的におこるんやろう。
そう思うと、情けなくて泣けてくる。
ちょっと調子がいいと思っていると、すぐに崩れる。
根性が足りへんのかなあ。あかんたれやわ。
明日は日文研。無事にいけるかしら。
11月に入ってから、ほとんど挫折して、まだ一回しか行ってないからなあ。
でも、15日〆切の要旨は提出して、OKがでたから、気分的には楽である。
1日中寝ていたので、身体がなまっているし、夜はちゃんと眠れるかしら・・・
11月11日
私が鬱状態で、鬱屈しているのを見かねた知人が、親切にも気晴らしに緑のあるところへ行こうと誘ってくれる。
幸い天気も良く、万博公園に行くことにした。
少し肌寒かったけれど、広いところで芝生に紅葉しかけた緑に囲まれて、思いっきり深呼吸をすると気分が晴れるような気がしてきた。
ゆっくりと芝生を歩いて、半ばひなたぼっこをし、優雅な時間を送る。
本も持ってきていたが、読むよりも緑を眺めている方がよほど良かったので、読まなかった。さすがに日曜日とあって、家族連れが凄く多い。
小さい子供や、赤ちゃん連れの家族を見ていると、気分がほのぼのしてきて、子供がほしくなった。大自然の中で育てられたらいいだろうに、とまで想像力は増していく。
お昼を食べてからは梅田に出ることに。
ウィンドウショッピングをしようとしたが、欲しいCDや本をついつい買ってしまった。
最近運動不足なので、なんか、体に良い事したら気分も晴れるかなあ、とスポーツ用品店などにも足を延ばす。
身体を思いっきり動かすと、鬱も晴れるかなあ。
昔はテニスなどもしていたので、テニスコーナーを見たりしていたけれど、これからの寒さを考えると、急に臆病になって、やっぱ無理だわと思ってしまう。情けない。
ロフトなどぶらぶらうろついて、夕方に帰途についた。
こういう日もあっていいな、と知人に心から感謝。
明日は杖のお稽古で身体を動かすか。
11月10日
久しぶりにカットに行く。
実は、10年以上も切っていただいていたヘアスタイリストの人が、8月をもって突然退職されてしまい、一応後任の人を紹介されていたのだが、何となく気乗りせず、金もないので、もうどうしようもないという段階までほったらかしていたのである。
しかし、わたくしとておなごである。
少しは外見に気を使うものであり、余りにも伸びきった自分の頭にさすがに耐えかねて、美容院に行く決意をしたのである。
今まで切ってくれていたのは、女性だったが、今度紹介されたのは男性である。
向こうも、後任を任されたが、ちっともカットに来ないので、多少不安を抱えていたようである。悪かった。
寒い冬に向けて、髪を伸ばそうと思い、パーマを当て直してもらうことにした。
私は非常に無精であって、今まではヘアスタイリストさんに任せっきりであった。
つまり、前髪をこういう風にとか、写真の切り抜きを持っていってこんな髪型に、とか、そういった細かい注文をしたことが一度もなく、ただ、ショートに、ボブっぽく、と言うだけで、仕上がりは全部任せていた。
それで、一度も不満のある髪型になったことがなかったので、大したものである。
それだけに、新しい人になると不安も募る。
出来上がりは、まあまあと言うところ。
やはり、何かが違うんだよなあ、と言う気が残ってしまったが、向こうも精一杯やってくれたのだし、これから長いつきあいになると思うので、納得して帰ることにした。
しかし、やはり向こうが不安だったのか、「気になるところがあったら直しますので、いつでも言ってきて下さい」とまで、帰り際に声をかけてくれた。いい人である。
問題はこれからだ。
セットして帰ってきたときは綺麗であるが、今後自分でセットするときに上手くいくかが最大の問題だからである。
さてはて、どうなることやら。
11月9日
朝はたん熊さんでお稽古。紅葉狩り弁当である。
だけど、あんまり楽しくないのは何故?
最近、体調が今ひとつ良くないからだろう。一つは寒さのせいである。
私は異常に寒がりである。なので、今の段階でもう寒くて仕方ないのである。
かといって、今から分厚いセーターなんて着込んでコートなど羽織っていると、これから来る冬に対応できない。困ったものである。
一人、寒い寒いと言いつつ、毎日着るものに困じ果てているのである。
特に京都、日文研に行くときなどは、本当に困りものである。
塚口でちょうどいい温度だと、京都はそれよりも寒く、日文研などはもう紅葉も真っ盛りという寒さだから、温度差にいつもついていけず、バスの待ち時間などは、寒さのあまりに頭痛に悩まされる有様。
あー、なんたる愚かさ。
それで、つい風邪気味になってしまい、終日頭痛がつきまとい、鼻はずるずるしてくるし、何となく喉が痛くなってきたり、咳が出たりしてくるので始末が悪い。
京都に通うのは3年以上になるにもかかわらず、未だに対応できないとはなんたる愚か者であろう。
家についても、寒さに耐えられず、厚着をしている有様。
なんとか、これから来る冬に対応できるよう方法はないだろうか・・・
11月8日
今日は女学院にてアルバイト。
相変わらず、朝から忙しいが、身体がうまくついていかない。
頭痛が復活したのである。
そんなこと言ってられないので、仕事に励む。
このところ、利用者が60人越えるのが普通となってきた。
毎度おおきに。
皆さんのおかげで、私は食わせてもらっていやす。へへ、ありがとうござんす。
と、無茶なことを言い出す学生さんにも笑顔で接して仕事に励むのであった。
でも、あまり手荒に扱って機械を潰さないでね。ソフトを壊さないでね。と内心冷や冷や思っているのは私だけ?
仕事が終わって、久しぶりにNOVAに行く。今日はフランス語が予約が取れなかったので英語のみ。英語って言っても、全然使ってないし、苦手なものだから、なんかしどろもどろ。
相手の言っていることはほとんど分かるのだが、単語が思いつかないために答えられないのだ。ドリル形式のグラマーの練習なんかさせるとパーフェクトとかグレイトとか言ってもらえるんだけどね・・・応用が・・・。
はあ、フランス語の方も行かなきゃ相当やばいなあ。
と言っても、毎日が気分次第で振り回されているもんだから、確実に次の予約が取れない、と言うかとってもキャンセルしてしまう確率が高くて、怖くてとれないのだ。
また、合間を見て電話しなきゃ。
昨日、伊勢エビを食い過ぎたのか、お昼間ちっともお腹が減らずに、結局昼食を持ってきたが食べずに持って帰ってきてしまった。
さすがにNOVAから帰って、21時近くなると空腹感を感じ、ニュースを見ながら夕食を食す。相変わらず、アフガン情勢が中心だね。
早く平和を。民間人を巻き込んだ爆撃をやめろ。ピースとかって叫んじゃいそう。
はてさて、どうなることやら。
11月7日
もしや、この日記をはじめて1年経ったのでは、とはたと思い出す。
リハビリのための日記を1年も続けているとは、ちっともリハビリやないやんけ。ぼけ。
昨日の京都の寒さがたたったのか、風邪を引いている子の近くに座ったのがいけなかったのか、朝から寒気と頭痛で起きあがれない。
やばい。ほんまに風邪ひいたんやろか。
やることあるのにそれはないやろう、と思い、今日は日文研に行くのを諦める。
諦めるって言うか、もう基本的に身体さんが「やだ」と言ってるんやしね。無理なんですわ。ほんまに。
とにかく睡眠が大事だと思うのだが、眠れない。
床に転がって目をつぶるのだが、眠れない。
しゃあないと思い、頓服薬にもらっている睡眠薬を飲んで、無理矢理睡眠状態にはいる。
途中、何度か目が覚めたが、合計するとおかげで3時過ぎまで眠ることが出来た。
寒気も消えているので、漸く起きあがって、とにかく軽く食す。そうして風邪薬と普段の薬を服用。
お。結構楽になったぞと思い、発表要旨を書き始める。
字数が規定されているが、いくら書いてもオーバーしてしまうので、書いては消し、書いては削り、読み返しては書き直す。何度も同じ文章読んでいたら、頭がクラクラしてきたので、今日はやめて明日もう一度フレッシュな頭で読み直して送ることにした。
夜はカイロプラティックにて、身体をほぐしてもらう。熱っぽいときは逆効果かなあと思いながらも、やはり気持ちいい。
「頭痛が多い」と訴えると、耳の後ろあたりのツボを押されながら、頭を急激にひねられる。涙が出るほど痛い。終わったら、肩こりはとれていた。でも痛かった。
帰ると留守電が入っている。
祖父母の家に来ると、「伊勢エビ」が食べられるから来ないかという。
生きた伊勢エビをもらったそうである。
え、伊勢エビ?!という言葉につられて、夕食もまだだったために、骨につられてついていく馬鹿な犬のように、祖父母の家に吸い寄せられてしまった。
伊勢エビに食らいつく私の姿を見て、既に食事を済ませていた祖父は何度も何度も「ナオコ、うまいか?」と質問してくるので、「美味しいです。うまいです。感激です」と答え続けながら食べていた。
はあ、さもしい。
でも、伊勢エビは美味だった。ふっふっふ。
栄養もとったし、これで風邪対策も大丈夫かな。
11月6日
気晴らしに、知人と買い物に出かける。
でも、またもや起きあがれなくて、待ち合わせを30分遅らせてもらう。
はあ、極悪非道人やなあ。
お茶をして別れる。
一度家に帰ると、思いだした。大量に支払いや振り込みが山積みであったことを。
お昼間に家にいるなんて滅多にないので、郵便局に行って、銀行に行って、コンビニに行って、各種支払い、振り込み等をすませる。すっかり貧乏。
今日は、夕方から博士論文を提出した同期の祝賀会があった。
私は休学中のおちこぼれ。あやからねば。
いくらかかるか分からないが、一応お金をおろして、京都へ行く。
時間があったので、兄の店に行ってお茶を飲む。
京都は寒い。駅を降り立った途端、もう一枚着て来るんだったと後悔。
兄の店も暇そうである。
「大変やねえ、暇そうで」など、ぼけらぼけらと会話をする。
30分もするとお客さんがちらほら来だしたので、それでも良かった良かった。
本を読みながらほっこりなごんで、会場であるタイ料理レストランへ向かう。
結構美味しかった。
けれどもみんなよく食べる。おかげで懐が寂しくなってしまった。
寒い京都に、懐も寒し。うぐぐ。
11月4日
昨日、1日薬を飲むのを忘れていた。
寝る前の薬は飲んだけど・・・
それが災いして、朝から胃痙攣並に腹痛を起こす。
おまけに無理したのがいけなかったのか、寒気がしてどうしようない。
折角読んだのに、とてもじゃないけれど読書会に参加できる状態ではなかった。
仕方なく、薬を飲んで夕方まで家で休養をすることにした。
夕方、薬で眠っていて気付かなかったが、起きたら、なんか留守電が入っている。
聞いてみると母親から、たん熊さんの料理レシピを至急ほしいとのこと。
とりあえず、復帰したから明日の研究会のために原稿を書こうと思っていたのを後に回して、レシピを打っていると電話がかかってくる。
自分は今観能に行っているのだが、帰りが遅くなりそうである。適当に買い物をして、実家に帰って父の晩御飯を作っておいてくれ、と要求してきた。
私だって忙しいし、体調だってよくないのに、今だって必死でレシピ打っているのに、そんな勝手な言い分が聞けるかよ。と、ついむっとしてしまった。
あとでまた連絡すると一方的に電話を切られる。
漸くレシピを打ち終わり、さて打ち出しをせねばと思っていると、また電話。
今終わったからかえるけれど、父が腹が減ったと怒っているから、とりあえず夕御飯を作ってやってくれと言って来る。
「あの、レシピの打ち出しこれからなんですけど。要らないの?」と聞くと、要るという。
私は実家に行けば自分の仕事が出来なくなるから気乗りがしないが、懇願されて、とりあえず打ち出しをしたら、買い物をして実家で夕食の用意をする。
しばらくすると母が帰ってきた。
夫婦の問題に娘を巻きこまんでくれといいたいが、余りにもムッとしていたので口も聞かなかった。
身体さんがてきめんに反応してくれて、悪寒がし出した。
さっさと夕食をすまして、家に帰る。
こうして、またもや嫌な気分を振りまく人間になってしまうんだな。
やだなあ、もう。
11月3日
昨日、早めに休んだのがよかったのか、何とか悪寒が消えてよかった。
けれど待ち合わせの時間に少し遅れてしまった。ごめんなさい。
学祭で演武をするのははじめてなので、緊張する。
師匠に注意されたところだけはきちんとしようと思ったが、いざ始まると、そんなことも気にせず、ただ必死で演武して終わってしまったという感じ。
あー、あとでビデオなんて見たくないよお。
片づけが済んでから、打ち上げに師匠のお家に押し掛ける。
何も考えてなかったので、とりあえず一緒に買い物をして、適当に3〜4品作る。
お口にあったのかしら・・・。
ビデオを見ると、腰が安定していずに、もう技もボロボロ。
もういい、と思っているのに2回も見させられてしまった。
すみません。これからはもっと精進して、お稽古に励みます。
なんだかんだと騒いでいると、気付けばもうとっくに終電もなくなっている。
師匠の家とは駅一つ分しか離れていないので、私は歩いて帰ることに。
止まっていけばと言われたが、読書会があるのでそうもいかない。
遅くまで、ありがとうございました。
演武を見に来て下さった方、普段の稽古で支えてきてくれた皆様、本当にありがとうございました。
11月2日
別に昨日遅かったわけでもないのだが、またもや朝早く覚醒しているのに、床から動けない。目覚ましがなる瞬間までが分かる。
全部用意して、あとは出かけるだけだったのだが、結局ダメだった。
考えてみれば、学祭の次の日は読書会だし、その次の日はバイトのあと研究会だし、この前発表した要旨も、はよ書かなあかんし、おまけに校正の期日も迫っている。
日文研に行ってバイトして、授業顔出している暇なんて無いじゃないか。
そう言い聞かせると、随分自分が楽になった。
頭痛がおさまるまでゆっくりして、読書会の本を読み直す。夏休み前に読んだものだからもう忘れている。はあ、記憶力悪いなあ。
次に校正に取りかかる。本人が校正に関わるのは初稿のみとあって、慎重に校正する。
よし、これもおわり。
そう思ったら、診察に行かなければいけない時間になっていた。
慌てて用意をして、病院へ。
自分で身動きできなくなっている人間関係と、どうも原因は自分が発しているぎくしゃくした雰囲気にあるのではないかというブルーな悩みを相談しているうちに、涙が止まらなくなってしまった。
いつになったら、快復できるんだろうと内心思って、不安がさらに募ったからである。
とりあえず、今は睡眠と休養が一番大事だからと言われる。
4時間眠れたらOK。あとは床の中で眠れてなくても2〜3時間ごろごろしているようにと言われる。
明日は学祭だというのに、ダメだ。なんかマジで寒気がする。
お風呂に入って、風邪薬を飲んで早めに寝ることにしよう。
11月1日
今日は女学院にてアルバイト。
出だしは少なかったが、昼頃から混みだして、結局忙しい1日となってしまった。
でも、お金もらってるし、働かねばね。
臨時稽古に、バイト終了後出かける。
どこも学祭準備で、構内全体が浮き足立っているようだ。
明日は日文研に行かねばならないので、私が参加するのは3日のみ。
相変わらずコミュニケーション・ブレイクダウンの私は、まわりに嫌な雰囲気を振りまいているワルモノである。極悪非道人。
円滑油でもあったらさしてほしいわ。ぎくしゃくぎくしゃく。
一人が不調な雰囲気を出していると、やはり周りにも自然に伝線するっちゅうか、敏感な学生さんたちは、何となく察知しちゃうもんなんよね。
私が悪かった。
帰りは、お弟子さんの一人と師匠と3人で夕食を食べて帰る。
どうせ帰っても一人で、疲れて何も食べたくないだろうし、ちょうどよかったかも。
ちゃんと御飯食べないと不健康やしね。
はあ、それにしても何でこんなにあかんたれなんやろう。
10月31日
ハローウィーン。
と言っても特別何もするわけじゃないけど。
今日は、何とか朝から日文研にたどり着けた。
たどり着いたのはいいのだが、学祭の演武会の稽古のために、バイトを1時間は繰り上げて帰らなければならない。忙しい。
にもかかわらず、またもや機械のエラー発生続出。
私が何をしたっちゅうねん。どないなっとんのや。
本当に私はコンピューターと相性が悪い。
結局トラブル処理に追われて仕事にならん。
そのうち時間も近づいてきて、結局成果もなく慌てて稽古に行く羽目に。
杖の演武は二人で組んでやる。
私の相手の人は私よりも30分以上も前から来ていたらしく、謝り倒す。
うーん。身体が動かないから、技もいい加減だなあ。
こんなんでいいんかい。よくないよなあ。
先生に注意されたところだけでも集中的に稽古してみる。
しかし、全体を通してやると、気が散ってしまうのか、またもや同じミスを繰り返す。
ミスって言わないな。どういったらいいんだろう。技を正確につかえていないと言うべきか。とにかく焦らず確実に。といわれてもなあ。
とりあえず、本番の日も早めに来て合わすことにして稽古が終わる。
疲れたー。
明日も臨時稽古か。頑張ろう。
10月30日
今朝も早くから覚醒するが、身体は動かない。
ここのところいつもそうだ。
6時頃には確実に目覚めているのだが、身体が動かず、かといって目覚ましがなるまで寝直しも出来ず、じっと床の中で、「そろそろ目覚ましなるぞ」と思って待機している状態。
目覚まし止めたあとも、やはり身体は思うとおりに動かずにだるい。
でも、今朝は朝から何とか洗濯はすませた。掃除はほんの少ししかできなかったが・・・
授業に参加して、そのあとは家に帰る。
最近、どうにもならない人間関係に巻き込まれてしまっている。
いや、私が巻き込んでいるのかもしれない。
とりあえず、身動きできない気分の重さである。
私はどうすればいいのか、自分の処すべき態度を考えるのだが、上手くいかない。
そしてブルー。鬱。
多分コミュニケーションがとれていないのが原因なのだろう。
頭痛がする中、やらなければならない仕事を片付け始める。
もちろんはかどるわけがない。
最初に入っていた用事がキャンセルされたので、ゆっくり休むべきだったのかもしれない。
じたばたあがいて、今日もあっと言う間に過ぎてゆく。
一体どうしたら事態がうまく円満に解決するのだろうか。
10月29日
今日は女学院にてアルバイト。
相変わらず忙しい。
あいまを見て校正しようかと思ったけれど、そんな暇はない。
次から次へと来る学生さんたちに対応する。
職員さんなどからかかってくる電話に出て対応する。
何故か不思議な現象が起きる。
うーむ。こちらの完全な手続きミスである。
今日は2件もあった。1件はよく分からない。
1件は木曜日の出来事であるので、私がやった可能性が高い。
なんたること。ミスは責任を負ってちゃんと手続きしなおさなければならない。
あー、頭が痛い。
何でこんなことしたんやろう。
仕事一つ満足に出来てへんやないの。あほ。
はあ、今日も残業。
繁盛してんねんから喜ぶべきか・・・。
残業して稽古に行っても誰も来ていない。
みんな忙しいのね。
今週末は大学祭。
演武の練習をする。けれども身体が動かない。
がちがちの身体を何とか動かし、ミスのないように型の確認をする。
今週は杖がメインになるなあ。演武会もあるから。
帰ってから、カイロプラティックに行って、がちがちの身体をほぐしてもらう。
くー。結構痛い。身体のねじれがまだまだあるからだ。
終わってからは、もう放心状態。
とにかく夕食を食べて、普通に生活せねば。
時間はもう10時近くになっているが、とりあえず夕食を作って食べる。
あんまり遅い夕食も、なんか健康に悪そう。
ニュースは相変わらず、アフガニスタン情勢である。
戦争はやだなあ。アメリカはどうするつもりなんだろう。
ハッと気付けば、もう11時。
今日も何もせんつもりかい。情けなや。なんて時間の使い方が下手なんだろう。
しゃあない、経ってしまった時間は取り返しがつかない。
明日に備えて休むとするか。
明日は授業に聴講に行くので、朝の時間がいつもよりは余裕がある。
朝は掃除と洗濯だな。
さあ、お薬飲んで休もう。って休んでばっかりやんか。大馬鹿者。
10月28日
日曜日。仕事をしようと思っていたが、何故か口内炎が出来て、身体が疲労を訴えている。
なんで?
昨日もなあんもせんかったのに。
稽古しただけやん。身体を動かすことは気持ちいい。
なのに、何で今日も動かれへんのん。
困ったなあ。
やることは山のようにあるのに・・・。
やはり社会性ない自分に気付いたのが原因?
いまさらやん。だから病院通ってんねんから。
そうは言っても身体は言うことを聞かない。
一人で二分裂してどうすんの。
単なる弁解やないの、私の行動って。
そう思うのだが、本当にしんどいのである。
風邪かなあ。頭重いし。
結局読書を何とかしただけで1日が終わる。
夕方、母から電話。
祖父母が近くのお寿司やさんに行くので出てこいと言う。
祖父母の期待はよく分かる。孫の顔が見たいのだ。
そこで私はよい孫になる。つまり、ただで食事もできるし、適当に愛想を振りまいていたら満足してもらえるのだ。なんて卑劣な奴だろう。
そう思いながらも、それをしてしまう自分がいる。吐き気がしそうだ。
最近バイト先の人気ソフトに、「17歳のカルテ」という映画がある。
精神病院に入れられ、退院するまでのお話を映画化した実話らしい。ちゃんと映画は観ていないのだが、非常に心痛いものを感じる。
あそこにいるのは私なのではないかと。
私は普通に生きていきたい。しかし、最近薬のせいか知らないが、とんでもなく記憶力が悪くなり、社会性が全くなくなっている自分がいる。
人との約束を忘れてしまうのだ。怖くなって確認して、「昨日もいったじゃない」といった発言に何度あったことか。
もう、何が正常なのか異常なのか分からないところまで来てるんじゃないのか。
そういった疑念が頭を渦巻く。
私は正常なのだと思いたい。なのに自己嫌悪感がそれを否定する。
いつからこうなってしまったのだろう。
しかし、いろいろな思いを抱えて悩んでいるのは私だけではない。自分だけ悲劇のヒロインを演じたいのか?最低だ。
こうして1日が過ぎていく。
どうしようもない自分を持て余して。
10月27日
先手必勝で行こうと思い、とりあえず午前中は何もせずにごろごろ身体さんのために休む。
午後はまずは杖のお稽古。今日は師匠が来られないのでみんなで自主稽古。
お互い注意をしあって、基本技の練習。
とはいえ、来週は大学祭である。何をするかについても決めなければならない。
大学祭は11月2日・3日である。
2日は平日だし、日文研の方に行かねばならないので、(仕事も校正もあるから)とりあえず、3日の祝日のみ演武に参加させてもらうことにした。
同様に3日のみなら参加可能という人がいたので、二人でペアを組むことに。
仕打ち交代もすることにする。
「何がやりたいですか?」と質問すると、全剣連基本技12本中のラスト3本とのこと。
特に最後の方は結構長い。
最近は基礎中の基礎の稽古ばかりやっていたので、身体が動くのか、技を正確に覚えているのか少し不安になり、残り30分は演武会用の稽古に当てる。
うー。辛い。技としては、いろいろ型があるので楽しいのだが、十分からだが出来ていない分、ちょっとしたミスが危険である。
次に合わせるのが本番とあれば、さすがに不安がよぎり、とりあえず、何とか水曜日の稽古に時間を作って参加し、あわせましょうか、と帰りに二人で決める。
当然、当日も早めに来て合わせておかねば不安で仕方ない。
出来、不出来を問わなければ、一応型は覚えていたので、一応何とかなるだろう。
しかし、師匠のいないところで勝手に決めてしまったけれど、あとで何か言われるかなあ。
家に帰ってから、校正をしようと思ったが、何となく気分が乗らないので、原稿をぱらぱらと見るだけ見て、本格的に校正はしなかった。難しいのが漢字の統一である。あるところでは旧字を使い、あるところでは現在の漢字を使っているのだが、引用文中のことであるだけに、やはり勝手にはいじられない。校正は初稿のみとのことだから、結構落ち着いて見直さなければならない。
先日発表した要旨を書こうとも思ったが、これもやはり気乗りがしない。
結構落ち込んだり、激しい毎日を送っていたから、やはり休養が今は一番必要なのかなと勝手に解釈し、撮りためたビデオの映画を観ることにした。
見たのはアントニオーニの「さすらい」と「ある女の存在証明」の2本。のはずだったんだが、見終わって薬を飲んで眠ろうと思っていたら、ケーブルで「黒い家」がやっている。オフタイマーをセットし、薬が効くまで何気なく見ていたら、とうとう最後まで見てしまった。最初の10分ほどは見逃したが、この映画が観たかったのは、町田康が出演しているからであって、彼の出演シーンは多分見逃していないと思うからいいや。
少し前なので、髪の毛も長く、やっぱりいつ見てもかっこいい。ミーハーやなあ。
結局、今日はお仕事は何もせんかった。まあ、こういう日もあってもいいよ。メリハリつくから。
そういえば、来週の日曜日は読書会もあった。夏休み前に読んだだけなので、もう内容をよく覚えていない。短い短いペーパーも、再来週の月曜にまでに1本は書いておきたいので、こんなにのんびりしている暇はないのだが、明日にまわそうかなあ。
気乗りしなくて書いても、面白いものがかけないし。注意力が落ちているから、結果は目にみえている。
とりあえず、今日はお休みなさい。(寝る前に怖い映画を観てしまったので、まだ薬が効かないのか眠れない。あほやな、私って。)
10月26日
今朝はたん熊さんのお稽古だったので、いつものバイト時間よりは遅め。
それでも身体がなんか嫌がっている。
昨日から、お腹の調子が悪くなってしまったのだ。
腹痛を抱えながら特急で京都まで行き、しばらく座れなかったので、脂汗を流していた。
座ってからも、しんどくて、大丈夫かと思いながら、お稽古に行く。
いつもは楽しいお料理教室だが、お腹が痛いのと、水曜日からのディスコミュニケーションの恐怖があり、一人黙々与えられた仕事に専念する。
無事、稽古もすみ、(ってほとんど誰とも会話してへんやんか)、さて日文研へと思うと、何故か気が重い。
振り切って、行ってみれば、ほら何もないじゃないか。
今日は、アルバイトの今後の打ち合わせもあって、結構シリアス。
何とか打ち合わせもこなし、今後の方針も見えてきた。
とりあえずは今の仕事をするのみ。だけれども、身体がしんどいしんどいと言う。
困ったもんだ。
身体さんには悪いけど、私は自分の仕事を済ませ、院生室に帰ると、紀要論文の校正が届いていた。
前回発表したところの要旨も書かねばならないし、結構〆切が重なって忙しいじゃないか。
でも、半面、嬉しい忙しさでもある。
今週末は、仕事するぞー。
10月25日
今日は女学院にてアルバイト。
そのあとは、謡曲のお稽古日であった。
昨日、ほとんど1日ふせっていたために、今朝は案外と素直に起きられた。
と言ってもしんどいのと、喉が痛いのは治らない。
先週よりはましだから、今日も1日張り切って働くぞーと、誓う。
午前中は学生さんの出入りも少なく、比較的落ち着いた雰囲気。
学生さんの少なそうな合間を縫って、嘱託の職員さんに、隣のLL教室の使用法をもう一度教えていただく。
月曜日に質問が来られると、よく分からないためパニックになるからだ。
なるほどなるほどと、多分質問されるだろう事柄について指導を受ける。
そうか、それで分かったぞと一応マスターしたつもりで終える。
あんまりややこしいこと聞かないでね、と内心思いながら、対応できる状態にはなったつもり。
午後になると、突然忙しくなる。
映画を観たい学生さんたちのために、どれほど狭い教室の走り回ったことか。
午前中暇なわりには、結局50人は越えている利用客。
毎度ありがとうございます。
バイトのあとは謡曲のお稽古に直行。
来年度の発表会に披露させていただく演目をお稽古しているのだが、これが結構長い。しかも、お稽古のスパンがあきすぎて、うろ覚え、いや、忘れてしまっているのだ。
しこたま怒られてしまいました。
すみません。忘れないように努力します。
帰りは、昨日、祖父の具合が悪かったとのことで、祖父母のうちに顔を出すことに。
しかし、今日はわりかし元気でよかった、よかった。
なんだかんだと言って時間は遅くなり、家にたどり着けば23時半を過ぎているではないか。
明日のたん熊さんのお稽古と日文研に備えて、慌ててお風呂にはいる。
今日は、何とか社会的に無事過ごしたのかしらと思いながら床につくことにする。
では、お休みなさい。
10月24日
今日は天気も良く、日文研に行くはずだったのだが・・・
またしても行けなかった。
昨日も早めに床についたのだが、しんどくて、頭痛がひどくて起きあがれない。
原因の一つは分かっている。
昨日、少しショックな出来事があって落ち込んでしまったからだ。
前々から気になっていたことだったのだが、私にはコミュニケーション能力が不足しているということである。
ある人と、普通にコミュニケーションを取りたくて、誰とも同じように様に接するのだが、いつもコミュニケーションが成り立たない。
私の言い方が悪いのか、どこに原因があるのかが分からなくて、いつもと変わらず接するのだが、途端にコミュニケーションが成立しなくなる。
非常に気にしていたら、昨日その人に、「君とはコミュニケーションが成立できない」とハッキリ言われてしまった。やはり先方もそう思っていたのかと思うと、ひどくショックだった。
もしかしたら、自分では気づいていないだけで、他の人々ともコミュニケーションが成立していないのではないだろうかと、突然どん底に落とされた気がした。
コミュニケーションがとれないと、社会生活が成立しないではないか。
では、私は社会生活がまともに送れていない人間になる。
怖くて、外に出られなくなってしまったのである。引き