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2012年01月 アーカイブ

2012年01月06日

スーさん、2011年の重大ニュース

12月31日(土)

今年も残すところあとわずかということで、いつもの3×10大ニュースを。

<出来事>
①転勤
新任地は佐鳴湖畔の高台にある大規模校である。第1学年の学年主任を拝命した。たぶん、ここが教職最後の勤務先となるはずである。
②台風15号
浜松を直撃した。猛烈な暴風雨だった。テニスコートの被害もひどかった。あらためて自然災害の恐ろしさを実感させられた。
③フィッシング詐欺に遭った
Twitterのスパムメッセージをクリックしたのが原因だと思われるが、iTunesからアプリを不正にダウンロードされてしまった。被害防止のためにAppleがアカウントを停止してくれたのはいいのだが、その後アプリのアップデートができなくて困った。かような詐欺行為は絶対に許されるものではない。

<くわばらくわばら>
①K県警◯◯駅前派出所
進入禁止の標識がない(代わりに「許可車以外は入れません」という立札)ところに進入したということで、家内が違反切符を切られた。
②教員免許更新講習
夏休みに都合5日間、締めて3万円の講習を受けた。コストパフォーマンスはあまりよろしくないという印象だった。
③蜂に刺された
まさか夏の大会のベンチで蜂に刺されるとは。思いもよらないことだった。でもその日の試合は優勝した。

<感動>
①内田先生の最終講義
神戸女学院大学講堂にて行われた感動的な最終講義、緊張してスピーチをした夜のパーティー。生涯忘れ得ぬ一日となった。
②凱風館道場開き
ついに内田先生の凱風館が完成、道場開き当日には多田師範による稽古を受けることができた。引き続いてのパーティーは、そのあまりの心地よさに前後不覚になるほど飲んでしまった。
③甲子園ボウル
4年ぶりに母校のアメフト部が甲子園ボウルに出場、見事大学日本一の栄冠に輝いた。久しぶりに大学時代の雰囲気を思い出した。

<旅行>
①内田ゼミ卒業生全員集合バリ島ツアー
新婚旅行以来となるバリ島へ。ウブドへ初めて行った。宿泊したアヨドヤ・リゾートは、何と今年のASEANの主催会場でもあった。
②セブ島
バリでアジアンリゾートのよさを再発見したということもあり、ちょうどライフプラン休暇が取得できる年でもあったので、銀婚式記念のセブ島ツアーへ。ホテルから一歩も出ず、ビーチとプールとサンミゲルを満喫した。バカンスな5日間だった。
③畑ゼミ合同同窓会
久しぶりに大学を訪れた。先生の奥様にも久しぶりにお会いすることができた。出席者の誰の胸にも、畑先生との特別な思い出が刻まれているのだと実感させられた。

<武道>
①韓氏意拳静岡分館
守さんをお迎えしての講習会も、入門者が会を追うごとに増えてきたことから、ついに静岡分館設立の運びに。めでたいことである。
②甲南合気会春合宿
初めて3日間フルエントリーした。しかし、往復の交通渋滞にはひどく悩まされた。
③けいぞうさん二度目の浜松講習会
前夜祭がたいへんな盛り上がりだった。もしも機会が許せば、大人対象の講習会を計画したいと思う。

<グルメ>
①沼津「丸味屋」
中華料理店なのに、お刺身や干物が食べられる(普通は食べられません)のも、全てはスガイ&ハラ先生のおかげ。もちろん、海老そばが絶品であることは言うまでもない。
②舞阪「てっちゃ」
浜松オープンの前夜祭を開催。ここの魚料理は、舌の肥えた京都人たちにもいたく好評だった。
③大阪なんば「一芳亭」
「大阪人」別冊「ちゃんとした大阪うまいもんの店」に紹介されていた華風料理店。とろけるような焼売が絶品だった。

<読書>
①『アースダイバー』(中沢新一、講談社)
地誌学的にはいろいろな解釈が試みられると思うが、そんな解釈にとらわれない自由な発想の豊かさを感受できる一冊。
②『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』(池田純一、講談社現代新書)
扱っている材料はなかなか大きすぎて料理しにくいと思われるのだが、それを力技でなく平易な語り口の中に収めようとした筆致はお見事のひと言。
③『フランス的思考』(石井洋二郎、中公新書)
内田先生の『寝な構』以来、久しぶりに思想関係の本を読んで興奮した。

<音楽>
①ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」
冬の間、毎日行き帰りの車の中で繰り返し繰り返し聴いた。演奏はニコラーエワの最初の録音。
②ヤナーチェクの「利口な女狐の物語」
吉田秀和氏の著作でこの曲のことを知った。「セリフなどわからなくても、そのすばらしい音楽を聴くだけでよい」というような記述がされていたと思う。確かにそのとおりだった。
③バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」
特にパルティータ第2番をよく聴いた。年齢のせいか、室内楽の静かな音楽を好むようになった。

<エンタテイメント>
①「坂の上の雲」第3部
3年にわたったドラマもついに完結。児玉源太郎と東郷平八郎のキャストだけがイメージと違った。
②「阪急電車」
大学時代のことを思い出した。懐かしい場所をたくさん見ることができた。
③「トラ・トラ・トラ」BD版
日米開戦70年ということでBD版をレンタルして見た。あらためて気づくことも多くて感心させられた。

<モノ>
①iPad2
SBの「アレ・コレ・ソレ」キャンペーンでげとした。噂以上のガジェットだった。Flipboardというアプリに仰天した。
②7Dのドライマンゴー
セブのお土産で買ってきたのだが、一晩プレーンヨーグルトに漬けてから食べると、得も言われぬ美味しさであることを発見した。以来、わが家には欠かせぬ食品である。
③ScanSnap
年末に「密林」でポチリ。すぐに配送されたので、さっそく糊の取れかかった写真集をスキャン。PCからWi-Fi経由でiPhoneやiPadに転送できるスグレもの。「自炊」の楽しみができた。

<おまけ>
今年の後半から読書量が一気に減った。特に理由はないのだが、自分の中で読書することへの考え方が少し変わったからかもしれない。読みたい本はたくさんあるのだけれど。

では、どちらさまもよいお年をお迎えください。

2012年01月31日

スーさん、インフルエンザに罹患する

1月31日(火)

気がつけば今日で1月も終わろうとしております。
たいへん遅くなりましたが、みなさま、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

いつもはほぼ週一のペースで日記を更新していたのだが、年明けとともに更新が滞ってしまった。
なんでだろう?
そうだ、インフルエンザに罹ったんだっけ。

あれは18日の水曜日。
朝は別に何ともなかった。ただ、その前夜くらいから咳がコンコンと出てはいた。「今日の夜は合気道のお稽古だから」と家内に言い残して出勤した。
午前中は授業を2コマ。ところが、お昼に近づくにつれ体がどよーんと重くなってきた。なんかヘンだと思ってお熱を計ってみた。7度6分だった。こりゃいかん、と思ってすぐに午後から休暇の申請をして帰宅。
着替えてコタツでうとうとしながら、3時ちょっと前に行きつけの内科医へ。受付で「熱あります?」と聞かれたので、「7度6分くらい…」と答えると、「じゃ、も一度計ってくださいね」と言われて計ると、38度を超えていた。「インフルエンザかもしれないですね」と言われ、すぐにベッドに誘導され、カーテンで囲われてしまった。
果たして、診断はインフルエンザA型だった。お医者さまからは、「タミフルと咳止め、鼻水止めと頓服を出しておきますね。でも、頓服はあまり飲まれない方が早く治ると思います。いずれにしても、今週いっぱいは職場にも行かないでくださいね。」と言われた。
熱で体が水分を欲していたのだろうか、帰りにスーパーマーケットで100%ジュース3本と、アルコール消毒液等を購入して帰宅。家内に感染させては申し訳ないので、インフルエンザと診断された旨メールを入れ、帰宅と同時に玄関のドアノブやらトイレのドアノブやらを念入りに消毒。いつものドライマンゴーとジュースを飲んで、すぐに処方どおりタミフルを服用してお布団に。
2時間ほど寝て熱を計ると、うれしや7度5分くらいに下がっていた。いやはや、タミフルの効能やよし。
またマンゴージュースなどを飲んでお布団へ。それにしてもよく寝られるものだ。2時間ほど寝て熱を計ると、今度は8度2分に上がっていた。タミフルの援軍が必要だと思った。家内が帰ってきたのは午後9時過ぎ。雑炊を作ってくれたのでそれを食べ、またタミフルを飲んでお布団へ。熱は8度をめぐって上がり下がりを繰り返していた。

明けて19日(木)。
まだ体のあちこちが痛んだ。熱は7度1分。だいぶん下がっていた。あまり寝てばかりだと腰が痛くなるので、起きてコタツで過ごすことにした。
こんなときこそ、いつもはなかなか読めない本を読もうとか思ったりもしたのだが、とてもそんな気にはならなかった。とにかく全体的に霧がかかったかのように頭がボーッとしているのだ。ふだんは見たこともないテレビの画面を見るとはなしに見て時間が過ぎていった。
気がつくとお昼近く。ちょうどうまい具合にと言っていいのだろうか、この日から家内は5連休だった。お昼を食べてタミフルを飲み熱を計ると、6度6分にまで下がっていた。でも、体はしんどかった。話をするのも億劫なほどだった。
午後も見るとはなしにテレビを見ていた。この時間帯に見ている人たちを想定しているからだろうか、どうも高齢者向けの保険やら入れ歯やらのCFばかりが目についた。
夕方、夕刊を取りにこの日初めて家の外に出た。雨が降っていた。部屋に戻るとケータイが鳴った。それから立て続けに4本の電話が入った。ふだんはほとんど電話などかかってはこないのに、こういうときに限って電話がかかってくるものなのだ。電話口の向こうでは、異口同音に「えーっ!インフルエンザなんですかあー?お大事にしてくださいねー」と言われた。そりゃあボクだってインフルエンザにかかるコトもあります。
前日はお風呂に入らなかったので、この日はゆっくりお風呂に入ってすぐに就寝。熱は7度以下に下がってきていた。

20日(金)。
ようやく平熱に戻った。体の痛みは多少残ってはいたが、だるさはなくなっていた。コタツに入って、iPadのFlipboardでGoogleReaderやTwitterをパラパラと見たり、テレビを見たりしていた。何となく、NHKの番組も民放化しているなあと思った。
夕方から、翌日の神戸・丸亀行きに備えて支度を始めた。前日まで封印していたビールも1缶飲んでみた。8割以上は復調したと実感した。

21日(土)。
この日は朝から神戸へ行く予定になっていた。
どういうことかというと、22日に、守さんのご紹介で四国の丸亀でTFTの講習会を受講することになっていて、初めは当日の朝に新幹線で行く予定にしていたのだが、娘もぜひ参加したいということで、ならば交通費が結構かかるから車で行こうかということになり、車だと時間がかかるから前日の土曜日に出発して神戸あたりで1泊してから行こうかという話になり、家内が「んじゃ芦屋のミツヤスさんとこで髪切ってもらおうかな~」と言うと、娘も「んじゃわたしももお~」ということなって、ミツヤスさんに連絡を入れたところ「午前11時か午後4時からなら何とかなります」とお返事をいただいたので、午前11時なら髪を切ってから時間あるから画伯の個展にも行けそうだねという話になって、娘とは当日午前11時にJR芦屋駅にて待ち合わせをして合流する手筈になっていたので、家内とともに何とか午前11時前に芦屋へ到着するよう浜松を出発したのであった。
要するに、丸亀への途中下車で神戸に前泊すること、ついては家内と娘はミツヤスさんとこで髪を切ってもらうこと、その間とーちゃんはバリのウブドツアー以来旧知となったSkype友だちフルタさん妹御と邂逅して妹御のミネソタツアーのおみやげ話を聞かせてもらうこと、画伯の個展には大阪駅に集合して歩いていくこと、夜は神戸でアオヤマさんオススメの中華料理店にて舌鼓を打つことが計画されたのであった。

道中、渋滞らしい渋滞もなく、予定どおり午前11時前にはミツヤスさんのお店に到着、歩いて芦屋駅まで娘を迎えに行き、自分はプリウスを宿舎のホテルに置かせてもらい、古田さん妹御と再会してお昼を一緒に食べながらあれこれ話を聞かせてもらい、それから大阪駅へと取って返して家内・娘と合流、iPhoneの地図を頼りに「番画廊」へ行って画伯の個展を鑑賞、再び神戸へ戻ってホテルにチェックインした後、アオヤマさんオススメの燕京にて中華料理の数々を3人で賞味したのであった。
もうインフルエンザは完全に雲散霧消していた。

22日(日)。
守さんからは11時半前には丸亀に来てくださいねと言われていたので、神戸を9時前に発つ。
垂水のJCから明石海峡大橋へ。もちろん渡るのは初めてである。壮大な橋を渡るのは何とも気持ちがいい。渡り終わった淡路ハイウェイオアシスにて記念撮影。前日の神戸は雨だったが、この日は朝から気持ちのいい青空が広がっていた。陽光がキラキラと反射する穏やかな瀬戸内海に架かる大橋は、いかにも見栄えがした。
気分がよくなって、そのまま淡路島を通過、大鳴門橋から四国に入る。
四国に入った途端、後ろの座先の娘が「四国の山って、ちょっと形が違うわよね」と言い始めた。確かに、「〇〇富士」と名付けたくなるような形のいい山が其処此処に見られた。
そのまま高松道を一路丸亀へ。
守さんとは、坂出ICを出たところで待ち合わせていたのだが、坂出JCとは違うだろうと思ってそこを取り過ぎてしまい、次の善通寺ICで降りて丸亀市内へ戻ることになった。守さんと連絡を取り合い、昼食場所近くで待ち合わせることにして合流、そのまま永楽亭へ。
何とも静かな永楽亭にていただいたものは、うどんではなかった。「え?まさか丸亀で?」というものをいただいた(何かはご想像にお任せいたします)。たいへんに上品な味であった。

昼食後、ホテルに車を置かせてもらい、そのまま歩いて講習会場である丸亀市民会館へ。
TFTについては、ご存じの方も多くいらっしゃるだろう。日本TFT協会のHPには、“TFTは、Thought Field Therapy のことで、日本語にすると「思考場療法」といいます。 米国心理学のパイオニアの一人であったロジャー・キャラハン博士が1970年代の終わりに発見し、発展させてきたもので、鍼のツボをタッピングすることで心理的問題の症状を改善させていくものです。”(http://www.jatft.org/introduction.html)とある。
講師は森川綾女先生。ひと通りの説明のあとで、実際にクライアントへの実践も見せていただいた。たいへんに興味深いものであった。
終わって夕方からは、その森川先生を囲んで、この日お休みだったお店を特別に開けていただいたという明水亭にて小宴。
みんなで鍋をつつきながら、あれこれ先生からお話を伺う。もちろん、最後のシメはうどん。「コシがあるのにモッチリしている!」とは娘の弁。
終わって、丸亀の名産品などを売っているショッピングセンターまで守さんにご案内いただき、職場への土産物等を購入してホテルへと戻る。守さんとはここでお別れとなった。

23日。月曜日ではあったが、この日はインフルエンザに関わりなく、以前から休暇申請を出していた。
浜松まで帰るだけなので、途中大阪に寄ってお昼を食べて帰ろうかということになっていた。娘は道頓堀を見たことがないと言っていたので、昼食は難波、できれば年末に行けなかった「銀平」でと考えていた。
再び、高松道、大鳴門橋、淡路島、明石海峡大橋を経て神戸へ。途中、阪神高速3号線が混んでいたので、5号湾岸線で大阪へ。難波近くのコインパーキングに車を停め、お目当ての「銀平」へ。もちろん、iPhoneのマップに導かれてである。
それにしても、「銀平」はちょうどお昼時であったにもかかわらず、落ち着いた静かなお店であった。もちろん、有名な鯛飯をいただきたかったのだが、それはまた次回のお楽しみということでお昼の定食をいただく。
満ち足りた気分で道頓堀へ。
「はり重」でお肉の佃煮を、りくろーおじさんの店で焼きたてのチーズケーキなどを購入して帰途に着く。
いやはや、おいしいものをたくさんいただいた3日間だった。

24日(火)。
この日は翌日からのスキー教室のために1年生はお昼前に出発式を行い、午後は帰宅して準備をすることになっていた。インフルエンザの流行も心配されたが、さほどに欠席者もなく、何とか行けそうな状況であった。

25日(水)。
職員の集合は午前6時。生徒の集合は6時50分。計7台のバスに分乗して、一路長野県のヘブンスそのはらスキー場を目指す。
中央道のトンネルを抜けると風景が一変して、まさに雪国だった。昼神ICを降りてスキー場へ。
ウェアを着替え、ブーツを履いた者からどんどんゴンドラに乗ってゲレンデへ。その間にインストラクターの責任者らと2日間の実習の打ち合わせを行う。
開校式を終える頃から雪がひどくなってきた。そのまま夕方の実習終了まで雪が降り止むことはなかった。
実習を終えて、この日の宿舎である昼神温泉のホテルへ。
大広間で250人超の生徒が夕食を食べるのはさすがに圧巻である。同時に、インフルエンザに罹患する生徒が出なければいいのだがと心配だった。

26日(木)。
前日の雪混じりの天気とは打って変わって晴天が広がっていた。心配されたインフルエンザと思しき生徒もなく、ゲレンデは青空に新雪が眩しく輝いていた。
前日は実習の途中で気分の悪くなる生徒も出ていたのだが、この日はリタイアする生徒もなく、予定どおり実習を行うことができた。
閉校式を済ませてスキー場を出発したのが午後3時過ぎ。浜松着は午後6時前。とにかく無事に終わってほっとした。

27日(金)。
勤務の割り振りの関係で、出勤は午前11時。生徒の方はやや欠席者が目立った。疲れていたのだろう。しかし、インフルエンザ罹患生徒が一気に増えていたのが気になった。

28日(土)。
この日は部活動でソフトテニスの1年生大会(団体戦)が予定されていた。
スキー教室もあって、ほとんど練習らしい練習もできていなかったし、レギュラー選手の中にはインフルエンザでスキー教室にも参加できなかった者もいて、はたしてどうなることだろうかと思っていたが、何とか予選リーグを全勝で勝ち上がり、決勝トーナメントも2回戦を突破してベスト8まで進出してくれた。
準々決勝以降は翌週の土曜日に予定されていたので、この日はここまで。それにしても、よくがんばってくれたと思う。
この日は2週間ぶりの支部例会。何と、大三元を和了ることができた!インフルエンザで苦しんだ分、いいことあるなあと思った。

29日(日)。
完全オフ。ほとんど終日コタツに入って読書していた。『ほぼ日刊イトイ新聞の本』(講談社文庫)を一気読みした。たいへんにおもしろかった。こういう休日が何より貴重である。

30日(月)。インフルエンザ罹患生徒が急増した。午後の授業をカットして対応することにした。

そして今日31日(火)。
相変わらずインフルエンザは猛威を振るっている。今日も授業は午後カット、部活動もこの2日間は休止することになった。げに感染症は恐ろしい。

というような今月後半の日記でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。再度、本年もどうぞよろしくお願いいたします。(拝礼)

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