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2006年07月 アーカイブ

2006年07月09日

スーさんの熱い夏

7月9日(日)

中体連の夏季大会が始まっている。

今年は、浜松市が合併後の初の市内大会である。参加校数も多くなって、大会のやり方も変わった。団体戦は予選リーグを行い、その1,2位校による決勝トーナメントになった。個人戦は、各校からの出場組数を5組に限定してのトーナメントである。

もちろん、参加校数が増えたのだから、県大会への出場枠も増えた。従来は、団体戦は男女とも3位までしか県大会に出場できなかったが、ほぼ倍の男子7校、女子6校が、また個人戦も昨年までの16組から、男子26組、女子24組が県大会に出場できるようになった。

さて、初日(7月1日)は団体戦の予選リーグ。男子は浜名湖畔にある雄踏町の亀崎テニスコートで行われた。3チームのリーグ戦だから、2試合やるだけである。リーグ最下位にならなければ決勝トーナメントへは出場できるということもあって、そんなに緊張感はない。選手たちもリラックスムードで試合に臨んでいた。試合も特に競り合うこともなく、全勝で予選リーグを終えることができた。

そして今日は、いよいよ決勝トーナメントである。男子は予選を勝ち上がった26校が出場した。しかし、朝から生憎の雨である。試合会場である花川運動公園テニスコートは、砂入り人工芝のサーフェスだから、たとえ土砂降りの雨でもコートは使用できる。それに屋根付きのコートが4面ある。来週には個人戦が控えているのだから、少しでも試合は消化しておきたいところだ。

本校は第2シードであったから、1回戦はない。雨の降り具合によっては、2回戦以降の試合は行われない可能性もあった。それでも、とにかく準備だけはしておかなければならない。外はかなりひどい雨だったので、体育館で簡単に練習を行い、大会会場へと向かった。

会場到着後も雨は止んでいない。大会本部からは、「もうしばらく様子を見ます」との放送が入る。9時に各校の監督が招集され、大会についての説明があった。雨は途中で止むという予報なので、開始時間を遅らせても実施するとのことであった。

試合コート近くに簡易テントを設置し、選手たちをその中で待機させて、1回戦の様子を見守る。途中雨がひどくなり、試合は度々中断されたが何とか1回戦が終了した。いよいよ出番である。こちらは初戦、相手は1試合やっているから、体はよく動くであろう。ここで負けてしまうと、県大会はない。

試合が始まった。後衛がサービスをびしびしと入れ、前衛も甘いボールを逃さずポイントを決めて勝利。しかし、次のペアは相手の大将ペアに翻弄されて、ポイントは競り合うものの要所でこちらにミスが出てストレート負け。3番勝負となった。こういうこともあろうかと、3番には春の市選手権で3位に入賞したペアを入れておいた。こちらは、危なげなくストレートで勝ってベスト8。

さあ、次は準々決勝だと思っていたら、本部から放送が入って、今日はベスト8までしかやらないとのこと。試合開始が遅れたことと、降雨による中断で、このまま試合を行っても決勝戦まではできないだろうとの判断で、準々決勝以降は予備日である17日に持ち越しとなったのである。

次の対戦相手は、オノちゃんの学校である。オノちゃんのところは、2回戦で接戦をものにして勝ち上がってきたからムードはよかった。こちらは、一つ落としてのベスト8だから、何となく気分に乗れない感じであった。試合が延びたのは、本校にとってはよかったのかもしれない。

オノちゃんには、このところ麻雀でだいぶん勝たしてもらっているので、テニスではお返しをされるかもしれない。でも、試合をやるのは生徒たちだからね。ここはひとつ、麻雀のことは忘れてね、いい試合をやりましょうね。おっと、その前に個人戦があったっけ。いやはや、次の3連休も疲れる3日間になりそうである。

2006年07月20日

浜松一位!

7月18日(火)

市内大会が終わった(正確には、まだ本戦に出られなかった3年生たちによるエキジビジョンマッチが残ってるけど)。

土日(15、16日)は、個人戦。男子は計194組が参加してのトーナメントである。県大会への出場資格はそのうちの上位26組。確実に(順に決定戦をせずに)県大会に出場するためには、4試合(シード3試合)は勝たなければならない。

個人戦の初日は2回戦まで。2回戦からの出場になるシード選手は、1試合やるだけである。待ち時間が長いわりには、試合は1試合しかないのだ。待ち時間が長いと、集中力を維持するのが難しい。朝、開会式を終えてから自分の試合まで、およそ4時間は空く。この日は、朝から青空が広がって気温がぐんぐんと上昇した。待っている間は、荷物置き場にしているテント内にいるしかない。

それが災いしたのかどうかはわからないが、春の選手権では3位に入賞したペア(第7シード)が、初戦で敗退してしまった。ゲームの立ち上がり、前衛がボレーのチップミスを繰り返し、後半は後衛のボールが入らなくなって、あえなく敗戦。これは予想外のことであった。もちろん、勝負事に「絶対」ということがないことくらいは重々承知している。でも、テニスはシード選手が負けにくいスポーツである。油断があったとは思えないが、日ごろの練習を見ている限り、「力を十分に発揮しての敗戦」と言うにはほど遠い試合ぶりであった。

団体戦でリザーブに入れていたペアも、2回戦で敗退してしまった。先行されて、何とか追いついたものの、タイブレークはこちらの後衛が一方的にミスをしての敗戦であった。2回戦で姿を消したペアは、2組とも団体戦の選手たちである。はたして、これで団体戦は大丈夫だろうかという気にさせられる。結局、初日をクリアできたのは3組だけであった。

さて、翌日は個人戦の3回戦以降の試合である。この日も朝から蒸し暑く、前日と同様に気温も高くなることが予想された。その3回戦、いきなり春の選手権で5位入賞したペアが敗退してしまう。前衛を攻められて、後手に回っての敗戦であった。残りは2組。気を吐いたのは、5番手登録のペアであった。タイブレークを掻い潜りながら3回戦を突破、「次勝てば県大会」というところまでたどり着いたのである。しかし、次の相手は第4シード。善戦むなしく敗退し、敗者復活戦に回ることになった。

大将ペア(第5シード)は、ベスト8まで順調に勝ち上がった。準々決勝も、ゲームカウント3-1とリードして危なげない試合ぶりであった。ところが、ここから後衛がおかしくなった。しなくてもいいミスを繰り返して、流れは相手の方に。タイブレークでもこちらのミスは減らず、そのまま敗戦。悔いの残る試合になってしまった。5位~8位の順位決定戦は難なく勝って5位であったが、十分に優勝できる可能性はあった。

17位~26位決定戦に回った残る1組も、その初戦で敗退し、次の試合は勝ったものの最後の25,6位決定戦で敗れ、県大会出場はならなかった。結局、県大会に出場を決めたのは、大将ペア1組だけという結果に終わった。あまり納得のいく結果ではなかった。それは、監督ばかりでなく、選手たちも同様であったと思う。

翌、17日(海の日)は、団体戦の準々決勝以降の試合である。前日の個人戦の結果がどう影響するのかということを心配していた。しかも、準々決勝の相手はオノちゃんのところである。試合は2面同時進行で始まった。

まず、大将同士ががっぷり四つに組む対戦となった。オノちゃんのところの大将ペアとは、前日の順位決定戦で対戦し、本校のペアが完勝している。リベンジに燃えて向かってくる相手は厄介である。案の定、試合は一進一退の展開となり、勝敗はファイナルゲームに持ち込まれた。そのタイブレークも一進一退の攻防を繰り返している。勝敗を分けるものは、わずかの差でしかなかった。

隣でやっていた2チーム目の試合が気になっていた(2面同時進行の試合の場合、監督はどちらかのコートにしか入れない)。横目でちらちらと様子を伺っていたが、どうやら本校のペアが有利に試合を進めているようであった。特に、前衛(まだ1年生、もちろんジュニア育ちだけど)が次々にポイントを決めているのがよくわかった。そのまま、2チーム目の対戦はあっけなく終わり、まだこちらで大将戦が終わっていないうちに、3チーム目の対戦に入った。

本校の3番目は、前々日の個人戦で初戦敗退したペアである。そのときの悪いイメージが残ってなければいいが…と心配していた。しかし、どうやらその心配も杞憂のようであった。個人戦のときとは打って変わって、ふだんどおりの力を発揮しているように「見えた」。あっという間に3ゲームを連取したところで、大将戦が終わった。タイブレークは5-7、オノちゃんのところの大将に軍配が上がったのである。

その瞬間から(正確にはダブルのマッチポイントを逃してから)、本校のペアがおかしくなり出した。続けざまに3ゲームを落とし、ファイナルゲームに持ち込まれてしまう。流れは完全にオノちゃんチームのものであった。「個人戦で一度死んでるんだろ?もう怖いものないじゃないか。開き直ってやるんだ。もう一度、攻め手を再確認して、1ポイントずつ確実に取っていこう」と声をかけた。後衛がだんだんと生き返ってきた。逆に、オノちゃんのところのペアは勝ちを意識してか、ミスが目立つようになってきた。勝負というのはほんとうにどう転んでいくのかわからないものである。結局、タイブレークは5ポイントを連取して主導権を握り、そのまま勝利することができた。それにしても、胃が痛くなるようなしんどい試合であった。

こういう試合をした後は楽である。準決勝は特に苦戦することもなく勝ち、いよいよ決勝戦を迎えた。相手は、昨年秋の新人戦県大会を制した学校である。相手にとって不足はない。

決勝戦が始まった。

トップの大将ペアは、いいテンポで試合を展開していたが、途中から前衛のミスが目立つようになった。後衛にしてみると、そうやって前衛が目の前でミスを繰り返されるといらいらするものである。ところが、個人戦の反省もあったのだろうか、後衛選手は冷静であった。自分に言い聞かせながらコンセントレーションを高めているように見えた。そのうちに前衛も立ち直って、2ゲーム落としただけで勝利することができた。

次の相手は、前衛選手がいない「ダブル後衛」のチームである。事前の情報によれば、「赤いラケット」の選手にボールを打たせるとややこしいので、「白いラケット」の方にボールを集めて、「赤ラケ」選手をいらいらさせるという作戦がよいとのことであった(オノちゃん情報)。ところが、本校のペアは完全にそれを聞き違いしていたのか、「赤ラケ」選手のところにばかりボールを打って、あっという間に1ゲームを落としてしまう。サイドチェンジの際にそのことを再確認して送り出すと、次のゲームは難なく取って1-1。

ここで事件が起きた。本校の前衛が、2ゲーム目のゲームポイントを決めたボールを、相手選手が(たぶん腹立ち紛れに)打ち返した際、そのボールが本校前衛選手の目に当たってしまったのである。咄嗟によけたのだが、ボールは瞼の上部を直撃しており、既に腫れが出てきていた。ソフトテニスのルールでは、こういう場合5分間のタイムを2回取ることができる。すぐにタイムを要求し、本部詰めの養護教諭に見てもらうことにした。

それにしても、言語道断の行為である。ポイントを決められた悔しさはあるだろう。しかし、既にボールデッドになってから相手目がけてボールを打つというのは、あってよいことではない。そのことも審判に確認した。「ルールブックには明記されていないかもしれないが、かような行為については、該当選手および監督に厳重注意をすべきではないか。さらには、このまま本校選手が試合続行不可能になってしまえば、本校の不戦敗になってしまうが、それでは選手は納得できないのではないか。いくら故意ではないにしても、当て得のようなことがあってはならないのではないか」

審判長、競技委員長による裁定を待つ間、件の前衛選手の目の状況を確認する。「大丈夫、見えます」と言っていたのでとりあえずは一安心であった。しかし、試合をしているうちに体温上昇や汗の状況によっては腫れがひどくなることも考えられる。このまま試合はやらせてやりたいが、何より本人の体のことを最優先して考えなければならない。様子を見てくれた養護教諭の話では、何とかタイムの間には視力が回復してくるのではないかとのことであった。

審判長と競技委員長がやってきた。「ルール上、相手選手にペナルティを課すことはできません。もちろん、その行為については該当選手および監督には厳重に注意を行います。さらには、もしもこのままボールを当てられた選手が試合続行不可能であるのなら、貴チームではなくボールを当てた相手チームを不戦敗にするということで相手の監督さんにも了解を得てあります」とのことであった。

タイムの時間も残り2分。引き続き、目の様子を確認する。
「ちゃんと見えるか?」
「見えます」
「近くも遠くも見えるのか」
「見えます」
「試合はできそうなのか」
「ハイ、できます」
これで試合の続行が決まった。

その立ち上がり、いきなりボレーミスである。「おいおい、やっぱり微妙に見えないんじゃないのかなあ」と心配になる。後衛もミスが重なって、ゲームカウントは1-2。作戦を変更する。これが奏功して、一気にゲームを取り返して3-2。ところが、ここから再び前衛選手にミスが出だして勝敗はファイナルゲームに持ち込まれた。再度、戦術の確認をして送り出す。タイブレークは、終始リードを奪ってそのまま勝利、合併後初の市内大会男子団体戦を制することができた。

本校のチームは、今年の3月まで前任監督のモリ先生が手塩にかけて育ててきたチームであった。手前は、その選手たちをいかに上手に育てるかということに心を砕いてきただけである。個人戦では申し訳ない思いをしたので、何とか団体戦では結果を出して、モリ先生を喜ばせてやりたいと思っていた。だから、今回は選手たちと同じウェアも着用して(今までそういうことは一度もしたことがありません)、選手たちと気持ちを揃えて団体戦に臨もうと思った。いやあ、優勝できてほんとうによかった!

夕方からは、オノちゃんたちといつものお店で小宴。気が休まることのない3日間であったから、落ち着いて飲むビールはまた格別であった(もちろん、優勝したということもあります)。とりあえずこれで一息であるが、今月末には県大会が控えている。浜松1位は、第1シードである。第1シードの名に恥じないよう、さらに練習を積み重ねて県大会に臨むばかりである。

2006年07月26日

終業式

7月25日(火)

1学期の終業式。

長いようで、あっという間の1学期だった。まだ4ヶ月ほどだが、ほんとうにいい学校へ転勤させてもらったと思う。何より、生徒たちの授業への真剣な取り組みぶりがいい。今までは、どちらかと言えば生徒指導困難校での勤務が多かった。この学校では、そんなこともあまり気にすることなく、授業に専念することができる。「オレって国語の教員だったんだよな」ということを実感させられるのである。基本的に、中学校はこうあらねばならないと思う。でも、生徒指導の研修会などでいろいろな学校の話を聞くと、実態はそうではないというところが悲しい。

先週の土曜日は、市内各中学校のイレギュラー部員によるエキジビジョンマッチが行われた。中体連の個人戦に出場できるのは、各校5組だけである。その選抜に漏れた部員の中から、さらに4組を選んでの個人戦である。

イレギュラー部員たちによる大会など、かったるくて見てらんないなどと思うべからず。どうしてどうして、保護者たちもたくさん応援に駆けつけるし、試合も真剣勝負そのもの。本戦に負けず劣らずいい試合が展開されるのである。

幸いなことに、この大会も本校の選手が優勝した。何よりのことである。どんな大会であれ、優勝することはそう簡単にできることではない。実際、優勝した本校の選手たちも優勝が決まったあと、ほんとうにいい顔をしていた。それがこの大会のいいところである。たとえ上位大会にはつながらなくとも、「3年間テニスをやってよかった」と実感できることであろう。

でも、この大会も来年は開催するのかどうか未定だそうだ。本戦の大会日程が5日間もかかるようでは、そんな議論がされても仕方がないとは思うが、この大会だけはできうる限り継続させてほしい。3年生たちのモチベーションを最後まで持続させるためということもあるが、たとえエキジビジョンマッチであっても、その試合への取り組みぶりを見れば、存続の方向で話を進めていくべきであると思う。

さて、県大会は27日からである。明日の夕方からは、試合会場のある静岡市へと移動して大会に備えることになっている。団体戦はベスト4、個人戦はベスト8に勝ち残れば東海ブロックへの出場が決まる。

では、結果報告を楽しみにお待ちください。

2006年07月31日

県大会のご報告

7月30日(日)

県大会が終わった。

結果を先に報告しておこう。団体戦は第3位、個人戦は第4位で、それぞれ東海大会へ出場することが決定した。それにしても、暑くそして熱い3日間であった。

初日は団体戦。県内各地区の予選を勝ち抜いた計32校によるトーナメントである。1回戦は、硬さもあってかいきなり3番勝負。その3番勝負もゲームカウント2−2まで競ったが、以降のゲームを連取してまずは初戦を突破。これで硬さも取れたのであろう、2回戦は初戦でミスが多かった前衛を替えて、3番まで回らずに勝利を収めることができた。これでベスト8。東海大会へはベスト4に残ったチームが出場できる。

その東海大会出場がかかった準々決勝、選手たちを見ていると、さほど緊張はしていないように見えた。はたして、1番は失ゲーム1、続く2番も相手の大将ペアに何とストレート勝ちして、あっさりと東海大会への出場が決まった。

前日の夜、食事から帰ってきた選手たち(宿舎は朝食だけのビジネスホテル)に、「明日東海大会への出場が決まったら、みんなに千円ずつ食費を補助してやるぞお!」などと言ってしまったので、選手分計8千円が消えることになったが、なあに安いものである。

さて、準決勝である。相手はのらりくらりとボールを回して、こちらのミスを待つようなテニスを展開する学校である。本校の選手たちは、こういうチームが苦手だ。どちらかと言えば、相手がびしばしと打ってくるチームの方が上手に対応できる。さて試合開始という段になって、進行の遅れから試合を3面に開いて行うとアナウンスされる。「おいおいマジかよ、それじゃあコーチができないじゃないかあ」と思っていたが、はたしてそれが悪しきに作用した(と思う)。

ソフトテニスのゲームの場合、奇数ゲーム終了時にベンチにてコーチをすることが許されている。時間は1分間。この間、選手は汗を拭いて水分補給を、監督・コーチは具体的な戦術の確認・徹底を図るのである。わずかに1分間ではあるが、貴重な時間なのである。ところが、3ペア同時に試合に入るとなると、じっくり一つのコートだけ見ていればいいというわけにはいかないから、どうしても具体的な戦術確認がいいかげんになる。

この日は、本校の前監督であったモリ先生も応援に駆けつけてくれていた。今は身分の切り替えで行政職になっているので、外部コーチとして登録し、2面同時展開になった場合には手前が付けないコートのコーチをお願いしておいた。しかし、3面ではそれでも手が足りないのである。

手前は大将ペアのコートに入った。試合は有利な展開であった。ところが、2番目3番目のペアは立ち上がりが悪い。これは何とかせねばと思っていたところ、大将ペアが3ゲームリードした時点で、「先生、もう僕たちはこのまま勝ちますから、他のペアのところに行ってやってください」と言ってくれた。「よし、わかった」とすぐに隣のコートに入った。こちらは既に3ゲームを取られて敗色濃厚である。その隣の3番目のペアも2ゲームを先行されている。どちらかが負けてしまえば敗戦である。サイドチェンジでそれぞれのペアに指示を与え、推移を見守る。2番目ペアは1ゲームを取り返すもののそのまま敗戦、勝負は3番目に持ち込まれた。その3番目のペア、取られた2ゲームを逆に取り返して2−2、そのまま勢いを維持しつつゲームポイント、前衛が絶好球をボレーした。決まった!と思った瞬間、ボールはネットに吸い込まれていた。これで流れが変わった。そのミスが尾を引いたか、前衛がその後もミスを繰り返して結局第5ゲームを落とし、次のゲームも流れを取り戻すことなくそのまま敗戦してしまったのである。

気落ちはあったであろうが、まだ3位決定戦が残っている。相手は、またしても変則テニスを展開する学校である。そのことも考慮し、変則にマッチングの悪い前衛選手を替え、オーダーも変えて3位決定戦に臨んだ。

ところが、大将ペアは後衛選手が途中で鼻血を出してから集中力がなくなり、そのまま敗戦してしまう。今まで3番目に入れておいたペアが2番目に入っていたが、ゲームは一進一退。しかし、途中から後衛選手がびしびしとサーブを入れ始めて一気に流れはこちらのものに。そのまま快勝して3番勝負となった。その3番目も、いきなり相手に3ゲーム先行されて「もはやこれまでか」と思いきや、突然前衛選手がポイントを決め始めて形勢は逆転、逆に4ゲームを取り返して勝利してくれた。選手全員で勝ち取った3位であった。

長い一日であった。すぐさま宿舎へと戻り、ともに大会に出場していたオノちゃんたちと小宴。ほとんど脱水症状に近い状態だったので、ビールが水のように飲めてしまう。もちろん、団体で東海大会に出られるという喜びも手伝ってのことである。

翌日は個人戦。この日は出場ペア数が多いため2回戦まで。本校のペアは特に苦戦することもなく最終日に残った。

その最終日、個人戦の3回戦からである。個人戦は、ベスト8に勝ち残ったペアが東海大会への出場権を得る。まずは2勝しなければならない。しかし、ベスト8をかけて対戦が予想されるペアは、団体戦で優勝を飾った学校の大将ペアである。一筋縄ではいかない。オノちゃんたちからいろいろと情報を集め、具体的な戦術を考える。その前に、まずは3回戦を突破しなければならない。多少はミスもあったが難なく3回戦を乗り越え、いよいよ勝負となった。

すぐに選手を呼び、具体的な戦術の確認をする。「ここで負ければ東海大会はないけど、たぶんいちばんやりがいのある相手だろうから、思い切ってやってこい」と送り出した。試合が始まった。最初のゲームは失ポイントなし。上々の滑り出しである。相手があまり上手な選手でない場合にはしなくてもいいミスが多い後衛選手も、ほとんどミスなくすばらしいボールを打っている。2ゲームを連取。「これなら行ける」と思った。1ゲームを取り返されたが次のゲームは取って3−1。しかし、敵も然る者、そうは簡単には勝たせてくれない。粘られて3−2。しかし、相手の反撃もここまでであった。タイブレークになることなく、そのまま4−2で勝利することができたのである。もちろん、これで東海大会へも出場できることになった。

こうなれば、どこまで勝ち上がれるか、選手たちに任せるだけである。監督の仕事は、相手の弱点を見抜き、具体的な戦術を考えるだけである。準々決勝も苦戦することなく勝ち、いよいよ準決勝。この相手も、県内では指折りのペアであった。しかし、この日の本校ペアは気持ちがずいぶんと乗っていたのだろう、終始ポイントをリードしてゲームカウントは3−2。問題のマッチポイントを迎える。

そのマッチポイント、ラリーの中から後衛選手がバックハンドでベースラインいっぱいに打ち込んだボールを相手後衛が返球できずにゲームセット。

と誰しもが思った。

だって、そのボール痕はコート内にくっきりと円を描いていたのだから。次の瞬間、審判の口から「アウト!」のコールがされたのである。はあ?何だって?何て言った?アウト?ゲームセットのまちがいだろ?

こういう場合、監督は審判に「アウトなんですか?」と「尋ねる」ことはできる。だから尋ねた。「アウトですか?」と。「アウトです」「じゃあ、線審がいましたから線審に確認していただけませんか?」とお願いする。しかし、聞き入れられない。線審はアウトの場合には手を挙げることになっている。線審の手は挙がっていなかった。マッチポイントは幻に終わった。ゲームは続行。結局、そのゲームを落とし、続くタイブレークも先行はしたもののあと2ポイントというところで力尽きて敗戦。たいへん後味の悪い敗戦になってしまった。一応、審判長と競技委員長には、正審が線審の判定を参考意見として聴取しなかったことについて説明を求めた。もちろん、判定や結果が覆ることはないんだけど。

この3日間、炎天下の中、選手たちはほんとうによくがんばってくれた。団体戦も個人戦もそれぞれすばらしい結果を残してくれた。何より、痺れるようなプレーを随所に見せてくれた。そんな選手たちを心から褒め称えたい。そして、感謝したい。久しぶりに東海大会に連れて行ってくれるのだから。

監督として東海大会への出場は、3年ぶり13回目である。前回までの出場で、全国大会へ抜けたのは5回。いい選手たちだから、何としても全国大会には出場させてやりたい。もちろん、そう簡単に出場できるものではないということは、何より手前自身がいちばんよくわかっているつもりである。でも、出場する権利はあるところまで勝ち上がってきたのだから、何とかいい結果を出させてやりたい。それが、これまで選手たちを育ててきてくれたモリ先生にも何よりのプレゼントになるだろうから。

その東海大会は、8月8,9日。開催地は三重県の四日市市。それなりに準備をして大会に臨みたい。

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