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2006年06月 アーカイブ

2006年06月08日

スーさん、「わいせつ」について考える

6月6日(火)

本日付の地元紙には、静岡市教委が臨時校長会を招集し、教員によるわいせつ事犯根絶のために、今月中に幼少中高の校長が全教員と面談するよう指示を出した、と報じられていた。

静岡県では、昨年度は教員によるわいせつ事犯はゼロであったが、先月の16日には県教委の出先機関である教育事務所の指導主事(教員を指導する立場の行政職)がお隣の愛知県豊橋市内で15歳の少女を買春した容疑で逮捕され、23日には本県Y市の中学教諭が教え子への児童福祉法違反容疑で逮捕されるなど、教員によるわいせつ事件が立て続けに発生した。それを受けての今回の静岡市教委の対応なのであろう。

ご存じのように、公立学校教員の服務は「地方公務員法」によって規定され、第33条には「信用失墜行為の禁止」として、「職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」と謳われている。わいせつ行為は、この第33条に抵触するのである(尤も、そんな法令など持ち出さなくとも、わいせつ行為が教員として烏滸の沙汰であることは言うまでもないことなのだが)。

それにしても、「今月中に校長が全教員と面接」ですか。そうそう、その「面接」の前には、「わいせつ行為」や「セクハラ」など6分野、計100項目にわたるチェックリストで「自己診断」もしなければならないのだそうだ。

でも、静岡市の校長先生たちは、どのように面接をするのだろう?

「スズキくん、キミはよくテニス部員たちをつれて遠征に出るが、遠征先で夜はどのように過ごしているのかね」
「あ、はあ、遠征先の地元の先生たちに誘われて、懇親会なんぞに参加をしたりしておりますがあ…」
「なに?懇親会ですと?それは、ひょっとしてお酒を酌み交わしているということかね?」
「そ、そうですけど」
「ということは、宿舎に戻ってくるときには酔ってることもあるわけだね」
「ハ、ハイ、よ、酔ってますね、たぶん」
「それで、酔って生徒たちと話をしたりするのかね?」
「いちおう、生徒たちがちゃんと寝ているかどうか確認はします。昔はミーティングなども行ったりしていましたが、最近はしていません」
「だいたい、酒を飲んだりするのはどうかと思うのだがね」
「でも、いちおう泊を伴う遠征に出るときには、学校の教員としてではなく、テニスクラブ指導者として出ていますんで…」
「なーに言ってんのかね!われわれ公立学校の教員には、たとえ職務外・勤務時間外であっても、公務員の身分を保有している限りにおいては、地方公務員法の規定が適用されるということくらいキミも知ってるだろうが!クラブ指導者であろうがなかろうが、キミが公立学校の教員である限り、遠征先での振る舞いについても、常に地方公務員としての自覚を持って行動してもらわなければ困るのだよ」
「で、でも、お酒を飲むのは信用失墜行為ではありませんよね。」
「そりゃまあそうだ。問題は、酒に酔うと信用失墜行為をしでかすかもしれないってことなんだ」
「そ、そんなことしませんよ」
「キミだって人間だ。酒の力に負けて、つい調子に乗って、してはならないことをしてしまうことだってあるだろ?」
「た、確かに飲んで調子こいちゃうときもありますから、否定はできないんですけど、そんな信用を失墜するようなことは…」
「絶対にない!って断言できるのかね?」
「でもそんなこと言ったら、学校の忘年会とか飲み会のすべてが心配になっちゃいますよね」
「いいかあ、スズキくん、これはね、キミを守るためなんだ!キミのためを思って言ってるんだ!万が一キミが信用失墜行為をしでかして、それで退職金とかすべてがパーになってもいいのかね!キミだけでなく、キミの家族だって…(以下略)」

イヤだなあ。

こういう面接って、される方もやだけど、する方はもっとイヤなんだろうなあ。ましてや、職場の全教員とだなんて。報道によれば、面接は「管理職と教職員双方にコミュニケーション能力を再確認」し、「職場での孤立やストレスに心理的援助」するために行われるのだそうな。

でも、「信用失墜行為」の中でも、特に問題になっているのは、「わいせつ行為」や「セクハラ」についてである。人間の本能の一つである「性欲」が俎上に載せられるのだ。性欲に関することなど、だいたい白昼から人に話をするようなことではない。どころか、もっとも人には話をしたくないことの一つではなかろうか。そもそも、そんなことを聞くこと自体、「セクハラ」にはならないのだろうか。
「スズキくん、キミは最近自分の性欲をどのように処理しているのかね?」
「は?せ、せ、性欲ですかあ?」

相手が手前のようなおじさんだったらまだしも、独身の女性教員だったらどうするのだろう?訊き方によっては、十分にセクハラになりうるのではないか。校長先生が女性だった場合も、男性を相手にその「性欲」について質問するってことだろうか。まことに、管理職も難しい時代になったものである。

どうも、「ストレスに心理的援助」などと言われると、「ストレス」と「性欲」が直接的に結びつけられているように感じるのだが、それって違うんじゃないだろうか。そもそも、「性の嗜癖」などというものは人によって千差万別であろう。それを「面接」でどのように見極めようというのだろう。
「スズキくん、キミは子どもが好きかね?」
「ハイ、好きですけど」
「(やはり、こいつロリコンだったか)」
なんて、考えたくもない。

今回の静岡市のチェックリストがどんなものかは見ていないのでコメントはできないところもあるが、だいたい想像はできる。たぶん、法令遵守のより徹底を図るための内容になっていることだろう。でも、それは有効な手段ではないような気がする。むしろ、その逆の方向から指導の徹底を図った方がいいのではなかろうか。

たとえば、私の提案は以下の「三章」である。

一、チェックリストを作るのなら、基本は「ワタシはいかに邪悪か」ということを自覚できるような内容のものにする。
一、面接を全教員に実施する。ただし、校長が伝えるのは「私はあなたを全面的に信用しています。あなたはすばらしい先生です」ということだけである。
一、「ストレス解消」と「コミュニケーションの再確認」のために、全教員に「週末麻雀」を勧奨する。

それにしても、これからは「教職員の方、2割引!」などという風俗店などが出来してくるのであろうか。情けない話ではある。

2006年06月13日

沼津はやっぱり鰺の干物大会

6月12日(月)

先週の金曜日からは、土曜日に予定されていた県選手権への参加のため沼津へ。大会が行われるのは富士宮であるが、前日の練習と宿泊をK学園高にお願いしたので、授業が終わってからすぐに沼津へと移動したのである。

今回の県大会へは、主力の後衛2人が不参加であった。2人は硬式テニスのクラブに入っていて、その日は硬式の重要な大会と重なってしまったとのことで、残念ながら不参加となってしまったのである。特別な事情があった際には、エントリーを1人まで変更できる。本校からは3組の出場であったが、そのうちの2組の後衛を選手変更して参加することにした。

金曜日の夜は、オノちゃんのところの生徒たちも同じくK学園高に宿泊をお願いしていたので、夜はK学園高のスガイ先生、オノちゃんと手前とで、いつものお鮨屋さんにて小宴。翌日は試合なので、早々に切り上げて宿舎に戻る。

翌朝は、試合会場である富士宮市民テニスコートへと移動。富士宮までは沼津インターから1区間なのだが、その1区間がけっこう長い。およそ40分で富士宮市民テニスコートに到着する。このテニスコートは、平成3年にはインターハイを、同8年には全国中学校大会を開催したこともある会場である。しかし、今となっては、駐車場の狭さ、観戦スタンドの少なさ等、大会を開催するという点では施設の不便さが否めない。今回も、2回戦が終了するまでは、出場選手とその応援の生徒・保護者で足の踏み場もないような状況であった。さらには、市民コート10面ではとても試合が消化できないので、すぐ近くにあるO富士中学校のテニスコートも借用しているのだが、これも不便だ。いくら近くにあるといっても、歩いて往復30分くらいはかかる。本校のように、複数組が出場している場合には、そのO富士中へと割り振られたペアの試合は、ほとんど見にいくことができない。大会関係者には、出場組数のことも含め、ぜひ御一考を願いたいものである。

その試合であるが、本校選手たちは残念ながら2回戦までですべて敗退してしまった。特別に強い相手と対戦したというわけでもなかった。もちろん、主力後衛選手がいなかったということはあるのだが、代替選手でも十分に対抗できる相手であったように思う。差は紙一重であった。でも、その「紙一重の差」を埋めるのが最も難しい。中体連の夏季大会まであと1ヶ月を切った。いよいよ仕上げの時期に入ってきているのである。そういう意味では、夏季大会までの課題がはっきりした試合であったとも言えよう。

全ての組が午後2時過ぎまでには敗退したので、すぐにK学園へと戻り、高校生と一緒に練習させてもらうことにする。女子とは言え、高校生、それもインターハイに出場するような選手たちの打つボールのスピードは速いし力強い。本校のお坊ちゃんたちは、返球するのに精一杯で、驚きながらまた目を白黒させながら練習をしていた。練習中のきびきびした動きも、自分たちの普段の練習とまったく違っているということを実感したであろう。これも、最後の夏季大会に向け、普段の練習から何を心がけて取り組んでいかなければならないかということを考えさせてくれたことであろう。そういうねらいもあっての沼津宿泊だったのである。

さて、まじめなお話はここまで。練習終了後は、途中から合流したヨッシーらも交えて、学校近くの中華料理店にて小宴。なんでまたヨッシーが沼津まで来るんだよって?実は、ヨッシーはこの春の異動で何とオノちゃんと同じ学校になったのである。ソフトテニス部の顧問は男女とも正顧問がいるので、女子部の副顧問になったのである。さらには、ヨッシーは手前の勤務する学校出身であることから、地域総合型スポーツクラブの指導者でもあるのだ。だから、「よかったら、沼津へ来るときウチの有望な1年生2人を乗せてきてくんない?」とお願いしたのである。

「このお店は、中華の中でも卵を使った料理が特に美味しいんです」というスガイ先生のお薦めで、ビールを飲みつつ次々と料理を平らげていくこと約2時間。既に満鼓を打つ状態である。飲み始めたのは6時くらいであったから、まだ8時前である。スガイ先生、ヨッシー、オノちゃん、手前と4人揃えば、やることは決まっている。生徒たちは、オノちゃんのところの新採の男子副顧問に任せ、近くの雀荘「ニュー竹」へと移動する。「甲南麻雀連盟浜松支部、沼津はやっぱり鯵の干物大会」が始まったのである。

「時間あるから東南でやろうよ」と言ったのだが、「いやいや飲んだときはかったりぃから東回しにしましょうよ」というオノちゃんの提案で、東風戦第1回戦が始まった。手前は第3局くらいまでは鳴かず飛ばずであったが、ラス前の親で役牌のみで和了してからツキ始め、そこから怒濤の和りを見せてまずは1回戦のトップ(+38)を飾った。大きく負けたのはオノちゃん(-42)。彼には珍しく「焼き鳥」であった(そうはいつも勝てないってことよ)。

続く2回戦は、東場では決着がつかずに南入し、ヨッシーを除く3人が僅差ではあったが、自摸に恵まれた手前が再びトップ(+24)。

場替えをした3回戦、手前はオノちゃんが座っていた場所に替わったのだが、相変わらず自摸は好調で、早い立直から和りを連発して三たびトップ(+39)。この時点で、手前のトップは100超えた。ふっふっふ、試合に勝てなかったのだから、麻雀では勝たしてもらうのだよ。炎上したのはオノちゃん(-26)。手前とスガイくんにダブロンを当てられたりして「試合でも勝てずに麻雀でも勝てない人はどうすればいいんだよお!」と自棄ぎみ。

4回戦、手前は親でドラを引いて七対子単騎待ちとなった。「単騎は西で待て」とは古訓である。既に、河には西が2牌捨てられている。立直をかけ、笑壺に入って待つこと数巡、スガイくんの追っかけ立直を避けて西を打ち込んだのは、誰あろうオノちゃんであった。ツイてないときというのは、そういうものなのである。この回は、手前の一人勝ちで4連勝(+31)。すでにトータル+132である。この調子で勝ち続けると、+200は行けそうな勢いであった。

まだ11時前ということもあり、場替えをしてラスト2回。この時点でオノちゃんはマイナス88。手前とは逆に、負けが100を超えそうな勢いであった。5回戦は、手前とオノちゃんとが最後までトップ争いを演じていたが、最後は「何とか三桁の負けだけは阻止せねば!」のオノちゃんが執念を見せ、親満を和了してトップ(+20)。大きく負けたのはスガイくん(-20)。それまで堅く打って、4回でマイナス12のトータル2位に付けていたのだが、ヨッシーの「ほーら、裏3発!」という、「裏ドラさえなければ単なる立直のみじゃん」攻撃に沈没させられたのである。まったく、ヨッシーの「暗刻好き」にも困ったものである。

最終戦は、何とかマイナスを減らして気をよくしたオノちゃんが、調子よく和がり続けて連続のトップ(+26)、逆にヨッシーの「暗刻裏ドラ攻撃」にペースを乱されたスガイくんは連続のビリ(-17)。かくして、「甲南麻雀連盟浜松支部、沼津はやっぱり鯵の干物大会」も、支部長の圧倒的勝利のうちに幕を閉じたのであった。

本連盟に倣い、結果を記しておこう。
1位 支部長 6戦4勝 +132(一人勝ち!)
2位 ヨッシー 6戦0勝 -41(教訓…「暗刻は裏ドラを呼ぶ」)
3位 オノちゃん 6戦2勝 -42(教訓…「単騎は西で待て」)
4位 スガイくん 6戦0勝 -49(教訓…「コンビ麻雀には勝てない」)

いやあ、沼津っていいところだなあ。おっとそうだ、今回はコヤタ先生に連絡するの忘れてた。コヤタせんせ~、今度沼津に行くときは連絡しますので、どこぞ先生のお薦めのお店で飲みましょうね~(「な~んてこと言ってるから、テニスが勝てないんだ!」という声が聞こえてきそうである)。

翌日の日曜日は、朝からそぼ降る雨であった。「おいおい、天気予報じゃ雨なんか降るって言ってなかったぞ!」と天気に向かって怒ってもしょうがない。昼まで宿舎で待機していたが、けっきょく止みそうにもなかったため、昼食を食べて帰途に着く。高校生と終日練習できると楽しみにしていたのだが、何とも残念である。これも、前夜に勝ちすぎた所為か。スガイせんせ~、また機会がありましたらウチのお坊ちゃんたちを面倒見てくださいね~。ついでに、また「ニュー竹」へ行こうね~。

2006年06月21日

マスダ名曲堂の思い出

6月20日(火)

ネット書店で書籍を購入するようになってから、街の書店に立ち寄る機会がめっきり減った。でも、まったく行かないというわけではない。どうしても実際に中身を見てから購入を検討したい本もあるわけだし、特にお目当ての本がなくとも、店頭に並んでいる本を眺めているうちに「おお、こんな本があったんだ!」と思わぬ発見をする楽しみもある。

手前のような地方在住者は、欲しい本があっても、それをすぐに手にとって実際に確かめて手に入れることは困難である。だいたい、手前のようにベストセラーはほとんど読まず、その読書傾向にはかなりの偏りがあるような読者の求める本を常に店頭に置いている書店など、よほどな大規模書店でないかぎりない。そういう意味では、ネット書店は大規模書店のない地方在住者には朗報であった。しかし、書店には実際に並べられている本を冷やかしながら、そのときの直感で「お、これおもしろそう」と購入する本だってある。そうして、そういう直感で買った本は、長らく心に残る本であったりすることもあるのである。

最近は、浜松にもそれなりの大型書店が開店している。でも、どこの書店に行っても「思わず本を手に取ってみたくなる」ような気持ちにはならないことが多い。詩人の長田弘は、『本という不思議』(みすず書房)で以下のように書いている。
“本の世界の魅力の源泉は、人びとによって「決シテ無益ノ事ニ非ザル(明治22年、書舗京都大黒屋の新聞広告にある一節)」理想主義にあるのだ、という明るい秘密です。そこに本があるのが、街の本屋です。そこに本があるというのは、そこに秘密があるということです。本屋という場所にわたしたちが誘われるのは、そう意識していようといまいと、本屋の本棚の本がひそめる理想主義という秘密に誘われて、です。”

そうなのだ、いくら多くの本を取り揃えた大型書店であっても、そこには「本棚の本がひそめる理想主義」が感じられないのである。それは、配架が醸し出す独特の空気と言おうか、知的な雰囲気と言い換えることもできようか。でも、そういう雰囲気が感じられる書店は、少なくとも浜松にはない。書店から自然、足が遠ざかっていたのは、あながち「ネット書店で注文できるから」ということばかりではなかったということなのだろう。

わかってはいても、僅かな発見を期待しつつ書店に出向くこともある。昨日も、「なんかおもしろそうな本はあるかな?」と思いつつ、郊外の大型書店(いちおう県下最大店舗との触れ込みです)に立ち寄った。案の定、購入意欲をそそられる本とてなかったが、おもしろそうな企画(「ランティエ叢書」角川春樹事務所)の本を発見したので、そのうちの2冊(五味康祐『ベートーヴェンと蓄音機』と、谷崎潤一郎『東西味くらべ』)を購入してきた。この叢書は、それぞれの作家が書いたものの中から、特定のテーマに絞った文章だけを集めて一冊にまとめたシリーズである(もう一冊、池波正太郎『江戸前食物誌』も購入しようと思ったのだが乱丁だったためパス)。

五味康祐は、その剣豪小説は一冊も読んだことがないのだけれど、クラシック音楽やオーディオ機器のことを書いた『西方の音』や『天の聲』(ともに新潮社)は、学生時代からの愛読書であった。今回のアンソロジーには、もちろんそれらの本に収められていた文章も再録されているのだが、他の読んだこともない文章も多く載せられていたので、つい懐かしくなって購入してしまったというわけなのである。

とりわけ、『天の聲』に収録されていた「《弦楽四重奏曲》作品一三一」という文章は、何度も何度も繰り返して読み、その言葉一つ一つに込められた筆者の得も言われぬ情念に、ひどく興奮させられた思い出深い文章である。
“ベートーヴェンは、つまり、ゆるしたのだ。己を取り巻く一切の不条理を。ウィーンの諸君を、十人しか注文のこない世間を。-この心境が、惻々と作品一三一に鳴っている。それがぼくらを結局は勇気づけ、浄め、ゆるす決心をさせてくれる。重ねて言うが不幸な音楽だ。諦観の最も澄んだ境地がこの作品にあるというのは、その意味では正しい。だが所詮あきらめずに何びとが生きているだろう。ベートーヴェンよ、私のベートーヴェンよ。(…)ニヒリズムが神の否定に発するなら、作品一三一の心境まで辿ってしまったベートーヴェンは、ある神学者が指摘したようにニヒリストになるのだろうか。何というやさしいニヒリストか。”

今回のアンソロジーにももちろん入っていたので再読してみたのだが、読んだ当時の興奮が甦ってきて何とも懐かしい思いにさせられた。同時に、その文章を読んですぐさまレコードを買い求めようと走った神戸三宮の「マスダ名曲堂」(そうだ、神戸のワタナベさん、覚えてますか?)のことを思い出した。

「マスダ名曲堂」は、JR三宮駅北側のビルの1階にあった。間口は二間くらいで、店内は少しのレコードが飾ってあるだけで、客が5人も入ればいっぱいになってしまうような狭い店舗であった(と記憶している)。カウンターがあり、そのとき既に高年の小柄な男性が店番をしていた。

在庫しているレコードは、すべてそのご主人が作成したカード(縦5㎝×横15㎝くらい、白い厚紙製で曲名や演奏者が一枚一枚丁寧に手書きされているもの)にまとめられている。欲しいレコードが見つかると、そのカードを見せて「これください」ということになる。たまに、「このレコード、どうですかねえ?」などと尋ねると、「フルヴェンやろ?ええでえ、これ。ほんまええ演奏や」などと、か細い声でコメントしてくれることもある。その一言で購入が決定づけられるのである。

レコードの包装も忘れられない。大きな厚手のクラフト紙を使用して、独特の包み方で丁寧にレコードを包み、最後に「マスダ名曲堂」という店名と電話番号の入ったゴム印を、ぽん!と押してくれるのである。この「マスダ名曲堂」で購入した件の「弦楽四重奏曲作品131」(ベートーヴェン)のレコードは、スメタナ四重奏団の演奏であった。

それからというもの、「どうしてもこれだけは量販店で買うわけにはいかない」というレコードは、すべて「マスダ名曲堂」で購入してきた。例えば、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」(フルトヴェングラー指揮)とか、バッハの「マタイ受難曲」(クレンペラー指揮)などである。

当時の学生にとって、レコードはけっして安い買い物ではなかった。だいたいLP1枚が2,000円であった。そのころの一日のバイト代が一日4,000円だったことを考えれば、どのくらいの値段であったかが想像できよう。当然、LPを購入しようとすれば演奏者にはこだわるようになった。その曲の「極めつきの名演」のレコードを求めるようになったのである。「トリスタン」にしても「マタイ」にしても、それぞれLP5枚組である。高価なのである。ならば、それなりのお店で購入しようということになる。一も二もなく「マスダ名曲堂」へ出向くことになるのだ。

値段のこともあるのだが、そんなレコードは、それこそ「盤面が擦り切れる」ほど聞いた。それを思うと、昨今「擦り切れるほど聞いた」CDってあるのだろうかと思ってしまう。

その「マスダ名曲堂」も、レコードがCDに席巻されるころにはなくなっていた。{マスダ名曲堂}がまだ開店していたころまでが、音楽も消費財ではなかったような気がする。何とも懐かしい思い出である。

2006年06月30日

スーさん、授業研究をする

6月28日(水)

久しぶりに(少なくとも15年ぶりくらいだろうか)、授業研究をやらせていただいた。

「え?15年も研究授業やらなかったの?」などと言われるであろう。でも、そういうこともあるのだ。決して逃げ回っていたわけではなく、たまたまそういう機会に恵まれずに今日まで来てしまったというだけのことでして。

今回は、県教育委員会が作成した「県版カリキュラム」指導徹底のために、各小中学校を回って指導する「コーチング・スタッフ」(多くは退職された校長先生たちが務められている)を迎えての授業研究に、不肖選ばれて(というよりはただ他に人がいなかった)授業を行ったというわけである。

本校の国語科の教員は3名。そのうちの一人は常勤講師。講師には授業研究をさせてはならぬ、というお上のお達しがあるらしい。もう一人は、昨年その「コーチング・スタッフ」の来校時に研究授業を行ったとのことで、必然的に残った一人が研究授業を行わざるを得なくなったということなのである。

もちろん、事前に指導案を書かなければならない。訪問日は決まっているので、少なくともその1週間前までには県の出先機関である教育事務所まで届くようにしなければならない。ということは、当然提出の前に校内研修部による検討、そして手直しという過程を経なければならないから、だいたい3週間前までには作成することになる。訪問日までの授業時間を数え、年間計画で教材の確認をし、その教材の指導計画のうちのどの時間を授業研究の対象にするかということを決定して、指導案を立てる。

指導案とは、その授業の「実施プラン」のことだ。扱う題材についての「題材観」、「生徒の実態」、題材の「指導計画」、「本時の目標」、「学習内容」、「指導上の留意点」などから構成されている。別段、その作成に困難を伴うほどのものではない。実際に自分が授業を行っているところを、子どもたちの顔を思い出しながらイメージしていけば、すらすらと書くことができる。

今回の授業で扱った題材は、「新聞の特徴を生かして書こう」(中学3年生)。同じ出来事を扱った新聞記事でも、新聞によってその伝え方が違うこと、伝え方の違いにより読者の印象が違うことを、例として載せられている二つの記事を比較しながら明らかにし、伝える内容や意図を明確にして実際に記事を書いてみる、という教材である。今回の授業は4時間計画のうちの1時間目。新聞の紙面構成を理解すること、例として挙げられている二つの新聞記事を比較検証してその違いを明らかにすること、実際に自分がどんな記事を書くかプランを練ること、の三つを授業の柱にして構想した。もちろん、中心になるのは二つの新聞記事の比較である。

教科書に載せられている記事の例は、例年より早い桜の開花を扱った記事であった。一見、「べつに違いなんかないじゃん」と思われて、あまり適切な例ではないような気もしたのだが、まあ教科書に文句を言っても始まらない。自前で記事を用意してもよかったのだが、せっかく教科書に載っているのだからと、それを使用することにした。はたして、生徒たちがそれぞれの記事の違いを読み取れるかどうか。授業の成否は主としてそのことに終始するという予想であった。

コーチング・スタッフを含め、校長・教頭など計7名の参観者が見守る中で授業が始まった。できるだけふだんどおりの授業にしようと思い、いつもどおり教科委員の生徒による授業始めの漢字読み書き小テストを行い、書き取り帳の提出状況をチェックしてから授業に入った。

まず、持参させた実際の新聞で紙面構成を確認する。「キャプションってどこの部分?」などと聞きながら、マーカーペンでチェックを入れさせる。これはすぐに終了。次に、本時のメインである新聞記事比較作業。これには時間がかかる。生徒たちは、二つの記事を読み、その見出しからリード文、本文を比較して、その違いをあらかじめ用意しておいたワークシートに記入していく。なかなか難しい作業である。そうして、最後に二つの記事の「編集の意図」を明確にするのである。

生徒たちの間を回りながら進捗状況を確認し、おおよそ記入ができたところで、周囲の生徒同士で記述を確認させ、発表に入る。「見出し」のところではあまり手が挙がらなかったが、「リード文」、「写真」と進んでいくうちに、どんどん手が挙がるようになる。「記事A」は、どちらかといえば「例年より早い桜の開花」を迷惑に感じているという雰囲気が醸し出された記事である。対して、「記事B」は早い春の訪れを喜んでいるという主調の記事である。そこは本校の生徒たち、ポイントをきちんと外さずに読み取って発表してくれる。よい子たちである。

半可なことを承知で言うならば、この授業は言語学で言うところの「デノタシオン」(明示的意味)から「コノタシオン」(暗示的意味)を読み取る作業とも言えようか(『現代思想のパフォーマンス』による)。そういう意味では、本校の生徒たちは高い「メッセージ解読能力」を持っていると言えよう。

滞りなく授業は終わった。授業研究というのはおもしろいものである。機会あらば、またやってみようという気持ちになった。「研究授業」というとつい尻込みしがちだが、ぜひとも進んでやってみるべきである。教員の基本は授業。その技を磨くことに吝かであってはならないと思う。

追伸:この授業の様子については、以下のアドレスで見ることができます。授業者のバカ写真もありますが、それはスルーしていただいて、授業に取り組む生徒たちの様子をぜひご覧くださいませ。
http://www.city.hamamatsu-szo.ed.jp/shijimizuka-j/gakusyuu/18/kokugo3/kokugo3.htm

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