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2006年04月 アーカイブ

2006年04月04日

麻雀は愉しい

4月3日(月)

「浜寇」なんて、そんなあ!

でもこれは、会長から浜松支部の実力を認めていただいた最大の「褒め言葉」と受け取りたい。今回の「浜寇」のメンバーとは、「シューマッハ」オノちゃん、「会計係」ヨッシー、「指導係」オーツボ、「浜松の弱雀小僧こと下野国の住人」ヤイリくんと私である。

1日(土)は、昼から合気道のお稽古が予定されていたので、何とかそれには間に合うようにと浜松を出発した。車は、オノちゃん提供の「ご存じ」アルファード。もちろん、朝のうちに宴会用のうなぎを調達して(捕まえていったわけではありません、念のため)である。

今までの部活動の遠征の感覚から言うと、土曜日の東名高速道は空いているというイメージであったが、どうも今回は道路が混んでいる。花見客とかだろうか。所々で「交通集中による渋滞」に遭遇しながら、結局芦屋に到着したのは稽古が始まって30分ほど過ぎたころであった。昼食を食べる時間もなかったため、芦屋市体育館近くのコンビニでおにぎりとかを購入し、車中で食べて車を降りると、ちょうど駐車場に到着したばかりの「越後屋」さんにお会いする。昨年11月のフットボール観戦以来である。

更衣室にて着替えをし、道場に入ると、ちょうど入口近くにいらっしゃった内田先生とお会いする。ご挨拶をして、準備運動。今回は、オノちゃんとヤイリくんも「体験稽古」をするということで、稽古着に着替えて参加。さっそく稽古に入る。稽古は、ほとんどの技が「肩取り」から行われた。今回は、入り身投げで内田先生から「指先まできちんと見るように」という指摘を受けた。確かに、そうやってみると相手との一体感が増し、技が丁寧になるような感じがする。

およそ2時間半ほどの稽古が終わり、へろへろになって着替え、すぐに当日の宿である西宮のJR甲子園口駅前の「鳴門旅館」へ。いつも内田先生のところへ行くときには三宮に宿をとるのであるが、今回は宴会後に麻雀が予定されていたため、遅く帰ってもいいようにと西宮に宿をとったのである。宿で一番風呂に入って稽古の汗を流し、すぐに芦屋へと引き返す。芦屋駅の改札口では、前回京都でご一緒した沼津のコヤタ先生、神戸のタダ先生とも合流し、ビールやら焼酎やらを購入して、内田先生宅へ。

先生宅へお邪魔するのは、昨年の夏以来である。いつも宴会をするテーブルが置かれているところには、既に麻雀卓がセットされている。会長はやる気十分なのである。本部会員は、まだ神鋼ラグビー部のヒラオさんだけである。とりあえず、持参したうなぎの白焼をヨッシーが中心になって調理し、「タレ」と「わさび醤油」とをお好みで選択してご賞味していただく。うなぎは、調理されるや否や、ビールとともに参会者の胃の腑へと嚥下されていく。いつもそうであるが、内田先生をはじめとする参会者たちの「うーむ、うまい!」という言葉を聞くと、うなぎを持参してよかったとしみじみと思うのである。

ぐいぐいとビールを飲んでいる間に、次々と「本部連盟会員」たちが参集してくる。2卓以上囲めるようになったため、会長の「さあ、始めますか!」のひと声で、最初の半荘が始まる。リビングの卓は、会長、私、ヤイリくん、「鉄火場」アオヤマさん。会長の、「城崎の借りを返させてもらいますからね」との意気込みに圧倒されそうになりながらも、負けじと立直をかける。トップで半荘終了というところで、ヤイリくんの「引っかけ立直」に親満を即振りして西入。それでも何とか最後にトップをとって半荘終了。まずは1勝である。

隣の卓でも、どうやらヨッシーがトップだったらしい。浜松支部は、仰けから好調である。しかし、今回誰よりも好調だったのは、あろうことか「浜松の弱雀小僧」こと、「親約満和了2局後に親ダブル役満振込男」の異名を持つ「下野国」ヤイリくんであった。結果は3勝してプラス100超。もちろん、今回の全参加者中でも群を抜くトップだったのである。

そう言えば、4月1日は新年度の始まりである。ヤイリくんはこの4月から晴れて「新規採用教員」としての第一歩を踏み出すのである。長かった「臨時講師」時代のトンネルを抜け、視界が開けたところへ出たことは、その麻雀にもあらわれているということであろうか。ともあれ、前途ある青年が堂々のトップを飾ったことを何よりも言祝ぎたい。支部の先輩としても、「訓練の甲斐があったのう」と自讃するばかりである。もはや、彼のことを「浜松の弱雀小僧」などとは呼ぶまい。今日より、「飛ぶ鳥をも落とす勢いの下野国」と称号するのである。

翌日曜日は、小雨の降る中、大阪へと移動してショッピング。手前とオノちゃんは、年末に購入したiPod shuffleの調子がいまいちということで、心斎橋にあるアップルストアを訪れる。手前のshuffleは左のイヤホンの音割れ、オノちゃんのは曲が途中でプツプツ切れるとのトラブルであった。手前の場合はイヤホンの交換(もちろん無料)で難なく解決、オノちゃんのものもiTunesをインストールした際のトラブルということで程なく解決(もちろん無料)した。それにしても、きわめて丁寧な応対ぶりであった。トラブルへの懇切丁寧な対応というのは、職種に限らず大切なことなのである。

「タワーレコードで、前から欲しかった長渕剛の『桜島』のDVD買っちゃいましたあ!」という、絶好調のヤイリくんを乗せて帰途につく。

内田先生、楽しい時間をありがとうございました。いえ、けっして嫌味ではありません。本部会員の方々が、ほんとに楽しそうに麻雀をしているところを目の当たりにして、「やっぱりこれが内田先生的エートスなんだ」と実感させられました。そういう意味では、最近の「支部」の麻雀が、やや「賭場的エートス」を醸し出しつつあることを深く反省させられました。すべては、「支部長」たる手前の不徳の致すところと思います。次回までには、できるだけ本部連盟の雰囲気に近づけるよう、支部会員一同努力していく所存です。これからもどうぞよろしくお願いいたします。「浜寇の日」だなんておっしゃらず、ぜひまたやりましょうね!

2006年04月11日

スーさんの新学期

4月9日(日)

新しい学校での生活が始まった。

校務分掌は、11年ぶりに「生徒指導主事」を拝命した。同時に、「特別支援教育コーディネーター」も務めなくてはならない。本校は、浜松市の「特別支援教育モデル校」に指定されている。本市では、来年度より本格導入を予定している「特別支援教育」に向け、浜松市内10校のモデル校にてそのノウハウを蓄積しようとの目論見があるようだ。今まで誰も経験のない教育活動を展開しなければならないわけで、文科省や県のガイドラインはあるものの、具体的にそれぞれの学校現場でどう取り組んでいくかということについては、ほとんど手探り状態で進めていかなければならないというのが現状である。はたして、この凡庸な手前にかような任務が務まるかどうかまことに心許ない。しかし、校長先生から「これは他の先生には頼めない仕事なんです」と言われれば、微力ながら精励恪勤するばかりである。

新しい学校というのは、それぞれの学校独特のエートスというものがあり、それに慣れるのに時間がかかる。クリップ一つとっても、それがどこに置いてあるのかをいちいち教えてもらわなければならない。それが新鮮といえば新鮮であるが、加齢とともに新しい環境に馴致するのは時間がかかるようになっている気がする。

まだ教科の授業は始まっていないので何とも言えないところはあるのだが、全校集会のときの様子などを見ていても、生徒たちは概ねたいへん素直で従順である。もちろん茶髪やミニスカの生徒とていない。前任校の生徒たちに比べると、ややあいさつの声が小さいところもあるが、町場の学校独特のシャイなところもあるのだろう、別段気になるほどのことではない。

部活動は、男子ソフトテニス部の顧問になった。この学校は、中学校には珍しく女子テニス部がないのである。男子を教えるのは8年ぶりである。本校の男子テニス部は、昨年秋の市内新人大会では、見事団体戦・個人戦ともに優勝している。市内でもトップレベルの選手たちを擁しているのである。教え甲斐があるというものだ。

テニスコートは、グランド東側のグランドより一段低くなったところに1面、さらにそこから一段低いところにもう1面ある。ちょうど坂道に沿ってコートが造られているため、そんな配置になったのであろう。

コートのすぐ西側には桜の木がある。ちょうど今の時期は、桜の花びらが風でコート一面に散り敷いている。南側は雑木林で、落ちた枯葉でコートの半分が埋まってしまう。そうそう、先日練習を見ていたら、その桜の木からパラパラといっぺんに花びらが落ちてきたのでふと見上げてみると、何と2匹のリスが枝から枝へと飛び移りながら桜の花びらを食べていた。何とも自然環境豊かなテニスコートなのである。

前任校では、休日は男子が午前中コートを使用するので、女子はほとんどが午後からの練習であった。その分午前中は朝寝坊もできたのだが、この学校では休日は午前練習である。前日遅くまで麻雀をしたりしていても、朝はそれなりの時間には起きて練習に行かなければならない。今まで6年間慣れ親しんできた休日の生活スタイルを変更するというのも、馴致に時間がかかる。

ちなみに、今日も午前中の練習を終えて帰宅し、こうして日記を綴っているのだが、休日の午後のんびりできるというのも悪くはない。妻は仕事、娘は外出で家に誰もいないと、掃除機をかけたり、洗車をしたり、植木に水を遣ったり、本を読んだりと、けっこう気ままに過ごすことができる。これも加齢の所為であろうか、そういう時間が何とも貴重な時間に思えるようになってきた。

そう言えば、昨日はかの「ヤマ〜ダでんき」で、「HD・DVD・VHS一体型レコーダー」を購入してきた。新聞のチラシで見たものは衛星放送のチューナーがついていなかったため、多少高めの衛星放送チューナー付き製品を購入したが、店員から「でも、これって購入してもあと5年しか使えないんですよね」と言われてしまった。「何で?」と聞くと、現在放送しているアナログ放送は、あと5年をもって終了してしまうとのこと。おいおい、そんなこと誰が決めたんだあ?って知らなかったのはオイラだけだったのかもしれない。「じゃあどうすんの?」「地上デジタル放送が受信できるチューナーを購入すればいいんです。既にそのチューナー付きのものもあります。そちらにしますかあ?」って、その店員が示した製品は、手前が購入した製品のほぼ倍額の値段であった。「で、でもとりあえず5年は使えるんだよね、だし、5年後にはそのデジタル用のチューナーも今より多少は安くなっているかもしんないしね、いいよこれで、あのさあ、どうせあと5年でなくなるんでしょ?だからもうちょっと安くしてよ」と、さらに値切って購入したのである。

これで、休日の午後の楽しみがさらに増えたのである。しばらくは、今までせっせと録画したビデオをDVDにダビングする作業をするとしようか。

2006年04月19日

校長のリーダーシップとは

4月17日(月)

東京都が「職員会議での挙手、採決を禁止」する通知を出した(@4/14毎日新聞)そうだが、その新聞報道に接して、「ん?」と思うことがいくつか。

東京都の先生たちって、職員会議でホントに「挙手」による「採決」をしているのだろうか。

そもそも、「職員会議」は学校における「議決機関」ではない。『学校教育法施行規則』によれば、職員会議については「校長の職務の円滑な執行に資するため、職員会議を置くことができる」と規定され(第23条の2)、「職員会議は、校長が主宰する」と定められている。だから、いくら職員会議で先生たちが「こうしましょう!」と「決定」しても、校長から「ダメ、ダメ!絶対にダメ!」と言われれば、そのことは決定事項とはならないのである。こんなことはあまり言いたくはないが、生徒たちに「法の遵守」を説く立場にある教員が、自ら国法を犯すようなことをしていたということなのだろうか。

もちろんそんなことは十分承知の上で、それでもなおかつ職員会議で「挙手による採決」をしているというのも、はたしていかがなものであろうか。だってねえ、それじゃあクラスで「今度の学級レク何にしますかあ」って「挙手」で「採決」している中学生たちと変わらないじゃあないですか。縦しんばそうであったとしても、重要案件を「挙手」で「採決」するというというのが「民主的議決方法」と考えているとするなら、それはちょっと慮りに欠けると言わざるを得ないのではなかろうか。

また、「主任教諭の選任」も「職員会議の場で多数決によって決められていた学校が十数校あった」と報じられていたが、東京都の学校は「主任」も多数決によって決められていたのだろうか。

「主任」(教務主任・学年主任)についても、件の『学校教育法施行規則』にはちゃんと規定されている(第22条の2)。手前が任命されている「生徒指導主事」も第52条の2に、「保健主事」(第22条の4)や「進路指導主事」(第52条の3)もそれぞれ「校長の監督を受け」という条件が付いて、それぞれ規定が明記されている。任命は、「校長の意見を聞き」、市町村の教育委員会によって行われる。東京都では、それぞれの「主任」についても、職員会議で先生たちの「挙手」によって「採決」され、それを校長が教育委員会に意見具申して任命されていたのだろうか。限られた紙面での新聞報道だけでは、その辺の事情がどうもよくわからない。

さらには、職員会議での「採決」ではなく、「主幹教諭らによる企画調整会議を学校経営の中枢機関とし、十分な議論を行う場とする」と通知されているそうだ。でも、そんなことは国法のどこにも規定されてはいない。「通知」に法的な拘束力があるのかどうかということについては寡聞にして知らないが、どうやら「準法律的行為」と認識されているようだから、罰則規定はないにしてもそれなりの拘束力はあるということなのだろう。

本市においても、職員会議に提案する案件については、事前に「企画調整会議」(運営委員会または企画委員会)において審議することになっているから、確かに「学校経営の中枢機関」とも言えるのだろうけれど、どうしてそのことをわざわざ「通知」しなければならないのだろうかというところが、どうもよくわからない。東京都では、そういう慣例がないということなのだろうか。

それについて、4月15日(土)付けの毎日新聞社説は、「大人げない」「あまりにも幼稚な発想」「理解に苦しむ」「過剰な締め付けは教育現場を萎縮」と評していた。まあ、一般的な印象としてはそう感じるのも宜なるかなというところか。

それにしても、肝心の東京都の校長先生たちは、はたしていかがな学校経営をされているのだろうか。

どうも、今回の報道から察すると、わざわざ今回のような通知を出さなければならないほどに、①あまりに校長の言うことを聞かない教員が多く、教育委員会との板挟みに悩む苦しむ校長、②教員たちの「自主性を尊重する」とアナウンスし、教育委員会の意向は聞き流しながらすべて教員たちにお任せ状態で、「君臨すれども統治せず」を実践している校長、の相反する校長の姿が思い浮かんでくる。

その甲乙を問うわけではないが、いずれにしても、今回の通知で図らずも東京都が校長の「リーダーシップ」というものをどのようなものであるととらえているのかは明らかになったであろう。「ええい、つべこべ言うんでねえ!おらの言うことに黙って従ってりゃいいだ!」という強権的な校長こそ、東京都が求めているリーダーだということである。

でもねえ、リーダーというのは、いろんなタイプがいてこそいいのではないか。「学校の特色」などと言われるが、いろいろなタイプの校長が、それぞれ持ち味のリーダーシップを発揮して学校を経営していくからこそ、その「学校の特色」というものも出てくるのではないか。おしなべて、トップダウンばかりのステレオタイプの校長ばかりを揃えた学校というのは、ちょっと想像したくないほど不気味である。

これも、昨今の「まず改革ありき」という世の趨勢を受けての現象の一つと言うべきなのであろうか。東京都では、声が大きくて押し出しのある、どちらかといえば「体育会系」の校長こそが求められているということなのだろう。でも、ほんとうにそれで学校現場はうまくいくのだろうか。リーダーシップというのは、そういうことなのだろうか。

内田先生は、「フェミニンな時代が到来する」と書かれている。かのゲーテも、『ファウスト』の最終場面で「永遠に女性的なるものが、我らを高みへ引きゆく」と書いているではないか。これからの時代に必要とされているものは、きっと「体育会系」のリーダーシップとは異なるものなのだろう。

幸い、本校の校長先生は、音楽科出身の感性豊かな、穏やかな中にも芯の強さを秘めた、褒め上手の先生である。生徒へ話をされるときも、静かに、しかし心に残るお話をされる。生徒だけでなく、教員も、その人となりに自然と仰望するようになってしまうのである。リーダーとは、かくあるべしと思う。

日本の首都の教育現場は病んでいるのだろうか。

2006年04月25日

スーさん、教育現場の若者たちのために憤る

4月24日(月)

「脱工業化」に伴う「外部労働力」導入の波は、学校現場にも押し寄せているのか。

今までほとんど気にとめたことはなかったが、よくよく考えてみると「それってちょっとヘンじゃないの?」と思わせられることが学校にはある。

「講師」(特に常勤講師)のことである。

「確かな学力」育成のため、英語・数学を中心とする少人数指導が推奨され、そのための教員の加配を希望する学校も多いことだろう。その際、もちろん正規の教員を加配してもらえる場合もあるが、どちらかと言うと、1年契約の「常勤講師」が付けられるケースの方が多いのではないだろうか。

それはそれでいいのであるが、その「常勤講師」の扱いがどうも妄りであるような気がするのである。

たとえば、こういうことがある。「この4月から、新任職員として新規採用教員が来ることになった。ついては、新採教員は研修で大変だから学級担任は外し、常勤講師に担任をやってもらうことにしよう」という校内人事を行う、というようなことである。

よく考えるとおかしいでしょ?

教育委員会に講師登録している人たちというのは、残念ながら教員採用試験に合格できなかったため、晴れて合格できるまで教育の現場で経験を積みながら、採用試験のための勉強もしていこうという若者たちが圧倒的である。一方、新規採用教員というのは、その厳しい採用試験を見事にクリアして、名実ともに「教員にふさわしい」と判定されて学校の現場に派遣されている。新規採用教員の研修は手厚い。何より、予算がかけられている。校内のみならず、校外からも指導教員が派遣され、週に1回の研修が義務づけられ、学級経営から教科指導まで、微に入り細を穿って教員として必要とされるあらゆることが伝授される。さらには、校外での宿泊泊を伴う研修や民間企業での体験など、いろいろな経験を積みながら教師としての幅を広げられるような研修が組まれている。そのことだけを考慮しても、「学級担任」をどちらが担うのかということについては、言を俟たないであろう。

また、こういうこともある。ご多分に漏れず、教育現場も高齢化している。子どもたちにしてみれば、50歳を過ぎた教員に担任をしてもらうよりは、たとえ講師であっても、若い先生に担任をしてもらう方がいいだろう。そうすると、いきおい高齢高給の正規教員ではなく、若い講師へと担任の白羽の矢が立つことになる、というようなことである。

何のための正規教員なのか?ほんとうにこれでいいのだろうか?

諸事情で、常勤講師の先生に担任をしてもらうこともあるだろう。でも、たとえば今春大学を卒業したばかりの常勤講師というのは、教育実習での経験しかない。そうして、「あなたは若いんだから学級担任をお願いね」などと言われて、「は、はあ、わかりました」と引き受けたのはいいが、具体的な学級経営のことやら教科指導のことやらをしっかり研修もしないままに、毎日子どもたちの顔を合わせなければならないということが出来してくる。それで、学級崩壊などを引き起こした場合、そういう校内人事を行ったことについては、その責が問われないのであろうか?

もちろん、講師の中には優秀な人材が数多くいる。それは、浜松支部の「下野国」ことヤイリくんの例を俟つまでもない。「こういう人にぜひ教員になってほしいよなあ」という若者はたくさんいるのだ。手前の知っている限り、彼らはけっして一時の「腰掛け」などと考えていい加減に仕事を行ったりはしなかった。あらゆる教育活動に、真摯に取り組む若者がほとんであった。でも、そんな彼らに必要最低限の研修すら義務づけられてはいないのである。

もちろん、講師とて研修はある。でも、その研修は年にただ1回、それもほぼ1年を経過しようとする時期になってからである。いくら講師とは言え、これでいいのだろうかと思ってしまうのは手前だけであろうか。

実際、講師(特に常勤講師)は現場で大きな戦力となっていることが多い。数年にわたって講師としての経験を積んでいる若者などは尚更である。ということは、学校が彼らに負っているところを徒や疎かに思うことなどできないということなのである。

そんな彼らが、一日も早く新規採用教員として学校現場へと出向けるよう研修を行うというのは、けっして無駄な投資ではないような気がするのだが。

未来ある若者、特に教育の現場に身を置きたいと望んでいる若者たちを、「講師」という名の下に恰もフリーターを扱うように遇していいはずはない。たとえその若者が将来教員にならなくとも、そんな志を持った若者に、教師という職業の専門性を具体的な研修をとおして知ってもらうことは、無駄なことではないと思う。

「行政にはそんなことに使える予算などない」というのであれば、われわれの給与からその一部を拠出して、「講師研修基金」とでもいうようなものを設立したっていいではないか。実際、教育現場に講師の存在が必要不可欠なものであるのなら、そしてそのことが将来の日本の教育を担っていく若者たちを育てていくことになるのなら、それくらいのことは何でもないことだと思うのだが。

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