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2004年08月 アーカイブ

2004年08月03日

すーさんの夏が終わった・・・

8月2日(月)

県大会が終わった。

残念ながら、団体・個人ともに東海大会への出場はならなかった。

団体戦は、戦前の予想どおり東海大会出場をかけて第1シードと対戦、善戦したものの敗退。

個人戦も、エースペアが東海大会出場をかけた試合で敗退。

3年生の夏が終わった。

選手たちはよくがんばったと思う。

団体戦は炎天下の中、個人戦は台風の風雨の中で行われたが、どの選手も集中力が途切れることなくプレーしてくれた。

敗戦は、すべて監督の責任である。

「敗軍の将、兵を語らず」

しばらくは、慎み深く蟄居するのである。

2004年08月10日

こんな教員採用の仕方でよろしいのか

8月8日(日)

県の教員採用試験1次合格者の発表があった。

残念ながら、本校で講師をしている先生や、以前本校で講師をしていた先生たちは、誰も1次試験をクリアすることができなかった。

確かに、講師をしながら採用試験を受けるということは、なかなか困難を伴うことである。

ましてや、講師で学級担任と部活動の顧問などをしていては、とても試験勉強どころではないのである。

どこの都道府県でも同様だと思うが、教員採用試験は7月に実施される。

7月というのは、特に中学校においては、とてつもなく多忙な月である。

まず、学期末の成績処理(通信簿の作成を含む)を行わなくてはならない。さらに、中体連夏季大会に向けて、部活動にも力を入れて指導しなくてはならない。加えて、三者面談も行わなければならないのである。

かような多忙な月に、採用試験のための勉強に時間を割くというのは、かなり困難なことであろう。

もちろん、「そんなことははじめから承知の上で講師を引き受けているのだから、合格したかったら自分で計画的に勉強していけばいいのだ」とか、「本気で合格しようと思っているなら、講師など引き受けず、ひたすら勉強に励めばいいのだ」言われるかもしれない。

それはそのとおりである。

でも、講師をしなければならない事情だってあるんだよね。

かくして、「目の前で毎日接している生徒たちのために一生懸命になる講師の先生ほど、採用試験には合格しない」という、おかしなことが出来してくるのである。

少なくとも手前が知っている講師の先生方は、それぞれ「将来いい先生になるだろうなあ」と思われる若者たちばかりである。

中学校の現場においては、まず「生徒指導」ができる教員でなければならない。

いくら専門教科についての知識や指導技術が豊富であろうとも、授業中に「ちょっとそこのキミ、居眠りこいてないように」と言えないようでは、中学校の教員は務まらない。

ところが、「新規採用教員」には、そういうことがまるで言えない教員がけっこういるのである。

いくら生徒が授業中に「居眠りこいて」いても、まるでわれ関せずとばかりに授業を進めていってしまうのである。

手前の知っている講師の先生方は、そんなことはない。

逆に、「生徒指導ができるから」と、生徒指導困難校ばかりに配属されていく講師の先生もいる(手前が本校で2年ご一緒させていただいたヤイリ先生など、その典型である)。

たぶん、多くの新規採用教員は、高校時代はひたすら大学受験のために勉強し、大学入学後はサークル活動もせず、ひたすら教員免許取得と採用試験のための勉強に勤しみ、晴れて採用試験に合格して現場に配属されてきたという経歴の人たちが多いのではなかろうか。

皆が皆というわけではないのだが、そういう経歴の持ち主たちには、「生徒指導」が不得手という人が多いような気がする。

たとえば、教室の中に「不良性向生徒」がいると、そういう生徒には自分から近づいていこうとしない、というようなことがよくあるのである。

もちろん、経験を積んでいく中で「生徒指導」のノウハウも培われていくのであろう。しかし、ノウハウだけで「生徒指導」はできないということも、また事実である。

どうも、その先生に「教え導く師としての資質」があるかどうかということは、経験を積めば何とかなるということとは別のことであるような気がする。

毎年やってくる教育実習生たちを見ていても、たとえ指導技術は拙くとも、しっかり生徒たちを把握してうまく授業を進めていくことができる実習生もいる。

そんな様子を見ていると、基本的に教師に向いている人とそうでない人って、経験の有無とかではないような気がしてくるのである。

現行の教員採用試験も、もちろんそんなことは十分勘案しての試験を実施されていることと思う。

しかし、1次試験で「一般教養」と「専門教養」についてのペーパーテストと簡単な面接を行い、それで志願者の大多数を足切りしてしまうという選抜方法はいかがなものであろうか。

よくよく考えてみれば、採用する方としては、「この人は将来いい先生になれるだろう」ということを第一に考えて合否を決定するのである。

だとするならば、実際に講師をしていて、校長を含めその現場の教員たちから圧倒的に「この講師の先生は絶対にオススメです!」って折り紙をつけられる人をこそ優先的に採用するような方途を考えてもよいのではなかろうか。

実際に、近畿のある県などは「1年以上の講師経験のある人については、1次試験を免除する」というような採用方法をとる県も出てきているそうだ。

ならば、本県も「1年以上講師経験があり、かつ現在の勤務校長の推薦状がある者については、1次試験を免除する」というような採用方法を考えてもいいのではないだろうか(もっとも、そうなったらそうなったで、ほとんどの講師には校長の推薦状がつけられるようになるとは思いますが。だって推薦しなかったら校長が恨まれちゃいますよね)。

まあ、教員採用試験も、現在は基本的に都道府県単位で実施されているが、浜松市などはいずれ政令指定都市になるので、その際には浜松市独自の採用になる(たぶん2年後くらい)そうだ。

その節には、ぜひ採用方法を入念に検討して、優秀な講師経験者が優先的に採用されていくような方法をとってもらいたいものだ。

今年もダメだったヤイリくん、ジュンちゃん、めげずに来年も挑戦してくださいね。教育現場は、あなたたちのような若者を切望しているのですから。

2004年08月17日

「選抜」の条件はただひとつ

8月16日(月)

例年、8月のお盆の時期には、不肖手前が総務委員長を務める「浜松オープン中学校選抜ソフトテニス新人研修大会」を開催している。

この大会は、東海・近畿ブロックを中心に、中学校のソフトテニスを熱心に指導している指導者のチーム(1,2年生チーム)を浜松に招いて、地元チームも含めてできるだけたくさんのゲームをこなしながら、互いのレベルアップを図ろうという意図のもとに開催されるようになった大会である。

今年で13回目を迎えるのだが、最初のうちは夏休みの練習の総仕上げということも考えて、8月末に団体戦のみを開催していた。

しかし、平成7年、浜松市郊外に20面の「花川運動公園テニスコート」が完成してからは、3日間コート全面を借り切り、出場校も増やして、個人戦も併せて行うようになった。

「選抜」の条件はただ一つ、「(選手・監督が)マナーのよいチーム」である。

「強い」チームは全国にいくらでもあるのだが、(監督も含めて)「マナーのいいチーム」というのはそうたくさんあるわけではない。

まあ、基本的には「監督」の人柄でチームのカラーは決まってしまうのである。だから、正確には「選抜の条件は監督の人柄」ということになるのかもしれない。

かつて、この大会に参加していただいたが、残念ながらその後は参加を見合わせていただいたチームもあった。それは、会場や懇親会での監督のふるまいが「うーん、ちょっとどうかなあ」ということがあったためである。

強いチームとなると、どこでどう風評を伝聞したのか、様々なところからいろいろな大会への参加依頼が舞い込むようになる。しかし、基本的にそれは「強い」ということが大前提であって、年度が替わってあまり強くなくなってしまったとたんに、どこからもお誘いがなくなってしまうというのが世の常である。

しかし、中には「公立中学校の教員には転勤がつきものなのだから、学校が替わったからといって、その監督の先生のチームを大会に招かないというのはおかしい」と考えて、大会を主催している(変わった?)人たちもいる。

滋賀県のニシカワ、デグチ先生である。

手前、最初にソフトテニス部の顧問になった学校で、5年目に何とか団体・個人ともに全国大会へと出場することができたが、その翌年転勤となった。

転勤先の学校は、テニスコートに行くと、練習中にもかかわらず、部員たちがコートに絵を描いて遊んでいたり、ラケットのグリップをマイク代わりにして歌を歌ったりしているようなチーム状態であった。

何からどうやって部員たちの意識を変えていこうかしらんと思っていた時に、ニシカワ先生から「5月の連休には滋賀県に来られませんの?」という電話をいただいた。

転勤したばかりで、ろくろくボールも打てないようなチームだったから、まさか大会参加のお誘いがあるなどとは夢にも思っていなかったのだ。

だから、「いやまだとても試合ができるような段階では・・・」と言うと、「そんなこと関係ない、ウチの大会は強い弱いで参加校を決めてない。弱かっても先生の学校に来てほしいんですわ。」と言われた。

うれしかった。

爾来、「いつか浜松でもそんな大会を開きたい」と思い続けてきた。

何とか第1回の大会が開催できたのは、それから3年後の平成4年のことである。

そして今年13回目を迎えたというわけなのである。

コート面数には限りがあるので、そうたくさんのチームに来ていただくわけにはいかない。

せいぜい男女合わせて20チームあまりが限度である。

そうなると、出場校の顔ぶれも年を経るごとに固定してくる。

「そんな固定した監督のチーム同士で試合をやったって、レベルアップなんてしないんじゃないの?」と思われるかもしれないが、さにあらず。過去この大会の参加選手の中からは、翌年の中体連夏季全国大会に出場する選手が輩出しているのである。

どうしてそうなるのかはわからない。しかし、こうやって毎年浜松に参集して、監督同士が互いの久闊を叙し、情報交換もしつつ、試合で干戈を交えることをとおして、また次なる1年の目標が定まっていくことだけは確かなのである。

これだけの規模の大会となると、もちろん手前一人だけでは運営不可能である。

市中体連ソフトテニス部の役員の先生方が中心になって、宿泊・ドロー作成・会計・懇親会・競技進行と、それぞれ担当を決めて運営していただいているのである。

幸い、県外から参加された先生方からは、「いつもこの大会の運営には感心させられています」とのお褒めの言葉をいただいている。

それだけ、スタッフの先生方がそれぞれの持ち場で力を発揮されているということなのである(毎年お疲れさまです)。

昨年は、何と3日間雨に祟られた。しかし、スタッフの先生方の懸命の努力で、浜松市中の公民館付設体育館を借りながら、何とか大会をこなすことができた(よくできたなあと今更ながら感心しています)。

今年も、大変な3日間ではあったが、何とか大会を終えることができた(スタッフのみなさん、ほんとうにお疲れさまでした)。

いつまでこの大会を開催できるかはわからないが、地元スタッフ先生方が、大会運営や夜の懇親会をとおして何かしら感じたことをご自身の指導に反映しながら、いつかは全国大会へと出場していくようになれば、これに勝る欣幸はない。

みなさん、がんばってくださいね。手前も、(それなりに)がんばります。

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