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2004年07月 アーカイブ

2004年07月06日

岡、エースをねらえ!

7月6日(火)


いよいよ中体連夏季市内大会が始まった。

例年、浜松市は夏休みに入ると同時に市内大会が行われていたが、今年は試合会場が他の大きな大会と重なったりして確保できないため、7月第1週からの大会とは相成ったのである。

この中体連夏季大会は、中学校の運動部活動においては最重要視されている大会である。

なぜなら、中学3年生にとっては、最後の大会になるからである。そして、この大会こそは郡市大会を経て、県大会、ブロック大会、そして全国大会へとつながっている大会だからである。

もともと部活動は、教育課程外の活動である。

しかし、その活動は、教科等の学習では身につけることのできない活動であることや、主体性の発揮、実践的な取り組み・体験学習、集団の中での人間関係の構築など、「生きる力」を育むうえで、きわめて有意義であるとも考えられている。

だから、指導要録にも、部活動に関する記録は当該児童生徒に対するその後の指導にとって意味ある情報となるとして、その顕著な実績については記載するようになっているのである。

さて、浜松市中学校ソフトテニス大会は、男女の個人戦(ダブルス)から始まった。

市内各中学校から6組ずつ、計162組が参加してのトーナメントである。

県大会へは、第15位までが出場できる。

本校の選手は、すべて2回戦からの出場なので、4試合勝てばベスト8に入って、県大会への出場が決まるのである。

目標は、参加した6組すべてが県大会に出場すること。すなわち、「ベスト8に6組、さらにベスト4を独占、決勝は同士討ち」であった(欲ばりだねえ)。

試合が始まった。

2回戦からの登場となると、初戦までの待ち時間が長い。開会式は8時半に行われたのだが、試合までの間集中力が途切れないようにしておかなければならない。

まあ、本校の選手たちはけっこう試合経験を積んでいるので、そのあたりの調整はうまくできるだろうと思っていた。

それぞれの組が順調に勝ち上がっていく中、1組が初戦で敗退してしまった。

実力はあると思うのだが、試合でそれを発揮することはなかなか難しいのである。

さらに、もう1組もベスト8をかけて敗退(この組は、その後順位決定戦に廻って、何とか13位で県大会出場が決まった)。

これでベスト8に残ったのは4組。しかし、準々決勝で2組が同士討ちとなってしまった。

ベスト4には3組が残った。これで、優勝できずに2,3,4位で終わってしまうことほど情けないことはない。

準決勝は、またもや2組が同士討ち。接戦となったが、第1シードのエースペアが勝って決勝へ。準決勝のもう1試合は、本校ペアが圧倒的にリードして、マッチポイントを10回以上握りながらも最後が取りきれず、逆に相手に追いつかれて結局敗戦。この組が勝っていれば、決勝は同士討ちとなるはずであった。

まあ、同一校による決勝戦は盛り上がらない。そういう意味では、違う学校同士による決勝になってよかったのかもしれない。

だけど、「これで負けたらどうしよう、相手は逆転勝ちしてノリノリだからなあ」と心配になる。

その決勝戦、第1ゲームが山場となった。やはり、相手はかなりいいボールを打ってくる。互いにきわどいボールのせめぎ合いが続いて、ゲームポイントを取ったり取られたりしながら、ようやく本校のエースペアが1ゲームを奪取。これで、たぶんストレート勝ちするだろうと思った。

予想どおり、以下のゲームは特に競り合うこともなく、マッチポイントは相手後衛の打ったボールがアウトしてゲームセット。本校の2年連続個人戦優勝が決まった(カップを持ち帰ることができてホッとした)。

優勝したペアを含めて、本校の選手たちはそれぞれ3,4,8,13位で、計5組が県大会個人戦へと出場できることになった(15分の5、すなわち浜松市から県大会個人戦に出場する組の3分の1が、本校選手で占められることになったというわけである)。

試合後は、保護者を囲んでの祝勝会。試合中は昼食をとることも儘ならかったため、ビールが腑に染み渡る。

でも、監督をするのは本当に疲れる。いつも、「負けるかもしれない」と心配しつつ子どもたちの試合を見ているというのは、心底疲れる。

もうそろそろ監督も引退の時期なのかもしれない。

いやいや、まだ次の日曜日には団体戦が残っている。そんなことを言っている場合ではないのだ。

というわけで、成績処理と大会が重なって息も絶え絶えになりつつも、我が身を叱咤激励し、暑さと湿気の多さにもめげずに毎日を送っているのであります。

そう言えば、優勝したペアを含め、県大会に出場する子どもたちは、昨夏内田先生が本校を訪問されて合気道の講習会をされた際に受講した子どもたちであった。

試合を待つ間、ラケットに「気を通す」ようなことをしている選手もいた(気持ちを落ち着かせるための方法として「そういうのもあり」って教えたんだけど)。

そういういろいろな経験が実っての今回の成果であろう。

次の団体戦もがんばります。

2004年07月13日

すーさんの熱い夏

7月13日(火)

先週に引き続き、日曜日は、浜松市中学校ソフトテニス大会の団体戦が行われた。

団体戦は、基本的に1チーム4組で構成され、そのうちの3組による点取り方式で行われる。

つまり、「2組勝てば勝ち」ということなのである。

本校は、昨年秋に行われた新人大会で優勝しているので、第1シードに組み合わされていた。

日曜日は、朝から真夏の日差しがじりじりと降り注ぎ、「こりゃあ暑くなりそうだわい」という予感であった。

シード校には1回戦がない。そのため、試合までの待ち時間が長い。

試合会場で日陰を探すのはなかなか困難なのであるが、保護者の方たちが簡易テント等を用意してくださっていたので、選手たちはとりあえず日陰で休むことができた。

その間、監督・コーチは対戦相手の試合を見ることにする。

シード校に初戦は鬼門だ。相手はすでに1試合行い、ゲームに慣れての対戦となるからである。

まあ、対戦校の試合を見る限りは、技術面でだいぶん差があるように思われたので、特に問題はなかろうと思っていた。

初戦が始まった。

第1ペア、「ゲームの入り方に気をつけるように」と指示したが、いきなり最初のゲームを落とし、その後もミスを連発。「おいおい、どうなってんの?」と思いつつも、相手のミスにも助けられ、後半は後衛のストロークも入るようになって何とか勝利。しかし、だいぶん時間がかかった(実はこれが災いした)。

第2ペア、最初からファーストサービスが全く入らない。動きも悪い。「おいおい、またまたどうしちゃったんだよ?」と思っていたら、あれよあれよという間に2ゲームを連取される(ちなみに、4ゲームでゲームセットなのである)。

相変わらずファーストサービスも入らないし、どうもヘンなのである。

このペア、先週の個人戦で優勝したペアなのである。しかし、個人戦の時のような溌剌とした動きがまるで見られないのである。

そうも言ってられないので、「とにかく、きちんとやるべきことをやれよ」と声をかける。その後は、多少立ち直り、相手のミスもあってようやくゲームセット。

やれやれと思っていたら、ベンチに入っていたコーチ(本校には有能なコーチが2名もいるので、監督はベンチに入らなくてもよいのです)から、「先生、様子が変だよ、休ませた方がいい」と言われる。

やはり、エースペアは体調が悪かったのだ。

どうやら、2人とも軽い熱中症らしかった。すぐに日陰へ連れて行き、水分をとらせる。しかし、回復ははかばかしくない。特に、後衛選手の状態が悪かった。

第2ペアには、自分たちの試合になるまで日陰にいるように指示していたのだが、第1コートは日陰がほとんどなく、ましてや第1試合が接戦となったため、声をあげて応援しているうちに、かような状態に陥ったらしい。

保護者が会場管理棟内にあるシャワー室へと連れて行って、シャワーを浴びせてからは、多少は回復してきた。しかし、とても試合ができるような状態ではない。

次の試合は準々決勝。相手校は、先週の個人戦でもベスト8に入ったペアがいて、なかなかの実力校なのである。

浜松市からは、団体戦は3位までに入賞した学校が県大会へと出場できる。だから、県大会に出場するためには、何としてもベスト4には入らなければならないのである。

準々決勝での敗退=県大会への出場ならず、ということなのである。

勝負がかかると予想される準々決勝に、エースペアが使えないのは大きな痛手だ。

もちろん、他の選手がいないわけではない。しかし、「駆逐艦」では「戦艦」の代わりにならないように、残念ながら他の選手では、どうしてもエースペアほどの力量が期待できないのである。

「どうしよう」と思った。

だいぶん顔色がよくなってきた後衛選手に、「どうする?試合やれそうか?」と尋ねると、しばらくの沈黙の後、「やります」との答え。この沈黙が何よりの答えである。たぶん、体は動かないであろう。

「駆逐艦」に始動を指示し、「出番があるかもしれない」と伝える。

その間、コーチと相談。「本人がやると言ってるのなら、やらせましょう」との結論に達し、3組の出場順を組み替えて、エースペアを3番目に置くことにした。

選手たちを呼び、出場順を伝える。「いいか、はじめの2組で勝負を決めてくるんだぞ」と言い含める。背水の陣である。

幸いなことに、まだベスト8は出揃っていない。準々決勝までには、多少時間的にゆとりがあるように思われた。その間、後衛選手にはひたすら水分をとらせ、濡れタオルで体をくるんで体温を下げさせるようにした。

その準々決勝、第1ペアは1試合終わって硬さがとれたためか、途中1ゲームを取られたものの危なげなく勝利。

第2ペアの相手は、先週の個人戦でベスト8に入ったペア。しかし、本校後衛のファーストサービスがよく決まって、結局ストレート勝ち(3番にまわらなくてよかった!)。

これで、エースペアをだいぶ休息させることができた。

準決勝に備えて、引き続き水分補給とクールダウンに努めさせる。

本校の試合はあっけなく終わったのだが、準々決勝他の試合は、かなりの接戦を繰り広げていた。

結局、準決勝までは2時間近くも待つことになってしまったのである。これで、エースペアは完全復活した。

その準決勝。試合進行が遅れているため、3面同時に3ペアが入っての試合となった。あっという間に終わったのがエースペア。ゲームの最初こそボールとのタッチがうまく合わなかったが、その後は軽快な動きで快勝した。

トップのペアも多少の競り合いはあったが、後半を締めて勝利。ところが、2番目がもたついた。

前衛がミスを多発して、シーソーゲームとなる。最後は、相手が力尽きて何とか勝つことができた。

そして、決勝。トップは相手のエースペアに接戦の末敗退したが、2番目はストレート勝ち、そして休養十分のエースペアが最後を締め、本校の2年連続優勝が決まった。

それにしても、先週に引き続き、疲れた1日であった(この日も手前は昼食が食べられなかった)。

さすがに、真夏の暑い中、昼食もとらずにボールの1球1球に神経をすり減らすような1日を過ごすと、かなり消耗する(もうトシなんだよね)。

そろそろ監督引退かなあと思ってしまうのである。

試合後はいつもの場所で祝勝会。保護者も方たちもかなり喜んでくれていた。何よりである。

さて、県大会は今月の28日からである。

県大会は、さらに厳しい試合になることであろう。

しかし、選手たちは勝つつもりでいる。監督が泣き言など言ってられないのである。

あと2週間、しっかり調整して県大会に臨むつもりである。

いやはや、今年の夏休みも暑い(熱い)夏になりそうである。

2004年07月18日

だって、暑いんです

7月17日(土)

市内大会と学期末成績処理が終わって、ほっと一息。

それにしても暑い毎日が続いている。

「例年だと、もう夏休みに入っているのになあ」とぼやきの一つも言いたくなる。

何故に今年は夏休みに入るのが遅いのか?

それは、「授業日数確保」のためです。

中学校においては、各学年とも年間最低980時間の授業を実施しなければならない(「学校教育法施行規則」による)。

もちろん、学校行事等で授業を行わない日もあるので、その分も考慮しながら余裕を持って980時間をクリアできるよう教育課程を編成している。

学校週5日制の完全実施に伴い、それまで授業を実施していた土曜日の授業時数である70時間をどこかで確保しなければならなくなったため、いきおい年間授業日数が増えたというわけなのである。

ちなみに、浜松市においては、年間200日の授業実施日を設定している。

これでも、周辺市町村に比較すると少ない方なのである(他市町村は本市より4~6日多い)。

学期の決定は、平成10年の「学校教育法施行令」の改正により、都道府県教育委員会ではなく市町村教育委員会が定めるようになった。

したがって、同じ県内公立中学校でも年間授業日数に差があるということが出来してきたのである。

これについては、今後多少とも問題となるところがあるのである。

「合併」のことである。

浜松市も、来年には周辺市町村との合併が決定している。合併の暁には、当然周辺市町村と年間授業日数の摺り合わせを行わなければならない。

さらに夏休みに入るのが遅くなる、ということも考えられるのである。

授業日数確保のために、年間授業日数を増やすのはまあいいんだけど、夏休みに入る時期を遅らせるというのは、手前はあまり賛成ではない。

だって、教室が暑いんです。

日中、35度を超えるような気温では、座っているだけでたらたらと汗が滴り落ちてくるのである。そんな教室で、「さあ、因数分解やってみようねー!」などと宣わったところで、生徒たちからはうんざりした表情しか返ってはこないのである。

今では、大概どこの家庭でもエアコンが設置されている。

子どもたちは、生まれた時から夏はエアコンの完備した快適な環境の中で生活してきたはずである。

教室にもエアコンが完備されているのであれば、いくら35度を超えようが授業することは可能である。しかし、残念ながらほとんどの公立中学校は教室にエアコンなどない。

エアコンの快適さに慣れた子どもたちに、真夏日エアコンのない教室で授業を受けさせることは、もはや苦行以外の何ものでもないのである。

そもそも、夏休みは「暑くてとても授業にはならないから休みにしようね」ということで決定されたのではあるまいか?

授業日数の確保はもちろん大切なのであるが、そのために夏休みを削減することには、かような理由から反対を表明したいのである。

塾の「夏期講習」だって、「志望校合格のため、手前共の塾では劣悪な環境の中でも耐え得る心を鍛えようと、敢えてエアコンのない教室で講習を行うことにしました!」って言ったって、受講希望者は決して集まらないであろう。

ともあれ、今月24日からはようやく夏休みである。だけど、来年はどうなるのかなあ。

お話変わって、内田先生の新刊『街場の現代思想』、12日の発売以降書店を何軒かまわってみたのだが、置いていないのである。まったく、これだから地方の書店は困る。

ふだんなかなか手に入りにくい本はアマゾンで注文するのだが、そのアマゾンも『街場の現代思想』は、「お届けまでに4~6週間ほどかかります」なのである。

どなたか、浜松で『街場の現代思想』を置いている書店をご存じの方はいらっしゃいませんか?

ちなみに、手前は「東海地区販促員」を担当させていただきます。って、手前が入手できないのに、販促員もなにもあったものではないのである。内田先生、すみません

2004年07月27日

ゆくぞ県大会

7月26日(月)

明日から4日間、県大会のため沼津へと遠征である。

県大会は熾烈な勝負となるであろう。

特に団体戦は、順調に勝ち上がれば、東海大会出場をかけて準々決勝で第1シードと激突する。

25日の内田先生の日記にあった、柳生宗矩『兵法家伝書』中の言葉を、県大会を勝ち抜くためのお師匠様からのお言葉と承る。

だから、負けないのである。

必ずや、東海大会への出場権を得て帰ってくるつもりである。

みなさん、応援していてくださいね。

実は、先週手前が『街場の現代思想』がなかなか手に入らない、とぼやいていたことを聞きつけたウッキーが、わざわざ近くの書店にあったという初版本を郵送してくださった。

ほんとうにありがとうございました。

今回の遠征の心強い味方ができたような気がしています。

もうこれで向かうところ敵なしなのである。

昨年は、団体戦で東海大会へと出場することができた。生徒たちは、「昨年を超せ!」を合言葉に練習に励んできた。

監督が心配する以上に、生徒たちは力を発揮してくれると信じたい。

では、行ってまいります。

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