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2004年05月 アーカイブ

2004年05月05日

すーさんが”宗方コーチ”になる日

5月5日(水)

連休中の5月2日(日)から4日(火)までは、「関西・中部中学校選抜ソフトテニス大会」に参加するため、滋賀県甲賀町へと遠征。

今年で16回目になるこの大会には、初回からほとんど毎年のように参加させていただいている。

この大会で上位入賞できるほどの実力があれば、夏には全国大会への出場が視野に入ってくる。そういう意味では、全国大会出場の一つの「指標」となる大会なのである。

今年の3年生は、1年生の時から「最終学年時には全国大会へ」ということを考えながら指導してきた学年なので、今回の遠征には、密かに心中期するところがあっての参加であった。

連休中ということもあり、行き帰りの渋滞は気になるところである。

今回は、東名「豊田東」ジャンクションで降り、途中一般道を走って「豊田南」インターから東名阪道へと接続する「伊勢湾岸道路」へと入って四日市に出るというルートを選択した。

「伊勢湾岸道」は片側3車線の快適な高速道路である(途中の景色もいい)。すいすいと四日市まで行ってしまう。

ところが、東名阪道は亀山の料金所までのろのろの渋滞。それでも、何とか昼前には甲賀町へと到着できた。

この日は練習試合。前泊するチームと地元チームが練習試合を行った。

その日の夜は、水口町にて小宴会。

いつもの顔ぶれが集い、旧交を温め合いながら、酒食を共にする。なんとも、楽しい時間である。

翌日(3日)は、団体戦。3チームによる予選リーグと、リーグ1,2位校による決勝トーナメントで行われた。

本校は、予選リーグを1位で通過し、決勝トーナメントへと進出したが、手前が昼食に行っている間にコーチから連絡が入って、トーナメント初戦で敗退してしまったとのこと。戦前の予想では、ベスト8には入れるだろうと思っていたのだ。

急いでコートに戻って、コーチから試合の様子を聞く。

うーむ。ちょっとこれでは、全国大会はおろか、県大会すらも勝ち抜くことは難しいのではないかと思えてきた。

失意のうちに、「とりあえず、どこから手直ししていこうかしらん」と思っていたところへ、三重県のオオタニ先生がやってきたので、「ウチのチーム、どう思う?」と尋ねてみた。

このオオタニ先生、手前とは東海ブロックの大会で互いをライバル視しつつ、熾烈な勝負を展開してきた好敵手である(オオタニ先生は、前任校で平成10年に団体戦で全国優勝を成し遂げた)。

オオタニ先生のアドバイスは、いちいち納得のできるものであった。今の手前のチームに欠けているところを、ずばり指摘されたような気がした(オオタニ先生、ありがとうございました)。

「昨日の敵は今日の友」なのである。

その日の夜は、参加校のほとんどの顧問が参加しての懇親会。女子会場は見かけなかった男子チームの顧問の先生たちとも顔を合わせ、酒を酌み交わしながら談論風発。

最終日は個人戦。天候が心配されたが、何とか午前中は雨も降らず、予定どおり予選リールと順位別決勝トーナメントを行う。

本校は、3組が1位トーナメントに残ったが、そのうち2組が初戦で敗退。唯一、2年生後衛のペアが2回戦へと進出した(この2年生後衛の急激な上達ぶりは収穫であった)。

午後からは雨がひどくなったため、トーナメントの残りを体育館へと移動して消化し、夕方4時には甲賀町を後にする。

帰りは、名阪国道の亀山の手前で渋滞した以外は特に渋滞に巻きこまれることもなく、来た時と同様「伊勢湾岸道」を通って、無事浜松へと帰着する。

今後の課題がはっきりした大会であった。

3年生には、最後の夏の大会でそれなりの成果を出させるためにも、もう一度練習のプログラムを見直し、実力アップを図っていかなければならない。

教務の仕事もあるのだが、とりあえず2ヶ月間は、3年生のために部活動を優先させようと思う(できるかなあ)。

滋賀県のニシカワ先生、デグチ先生、3日間お世話になりました。さらに精進し、何とか夏には全国大会に出場できるよう指導していきたいと思ってます。

2004年05月10日

すーさん、山田博信師範より五級を授与さる


5月10日(月)

先週の土曜日(8日)は、合気道「浜名湖道場」の昇級審査会。

寺田先生のお師匠様である山田先生(北総合気会)をお迎えしての審査会である。

手前は、5級の審査を受けることになっていた。

審査会後に、山田先生による特別稽古と直会が予定されていたため、車は自宅において浜松駅から電車で行こうと思っていたが、同様に審査を受けるサトウくんが、車で行ってその日の夜は道場近くのホテルに宿泊することにしたというのを聞き、「迎えに来てくれる?昼飯おごるからさあ〜」と申し出たところ、快く引き受けてくれたので、昼前に手前の自宅近くでサトウくんと待ち合わせた。

このサトウくん、東京都の出身で、大学卒業後は浜松市の隣の隣にある袋井市の会社に就職し、近年合気道を始めて病みつきになった好青年である。

寺田先生とともに、本部道場の稽古や多田塾の合宿にも参加して、最近ぐんぐんと技が上達しているのである(本部道場の稽古の際には、内田先生もお見かけしたと申しておりました)。

最近は、稽古の際に「このやり方でいいの?」などと、もっぱらサトウくんから教えを乞うているのである。

サトウくんの車は年代物のジープ。

車の床には水抜き用の穴が空いていて、走行中に下の道路が見えるのである。

わざわざ迎えに来てもらったので、文句は言えないのだが、乗り心地は頗る悪い!(浜名湖道場までは、車で約40分なのであるが、せっかく食べた昼食も車の揺れで戻しそうになってしまうくらいにポンポンと弾みっぱなしなのである)

まだ体が揺れている感覚のまま、ようやく「浜名湖道場」へと辿り着く。ふう。

すぐに稽古着に着替え、準備運動を行う。

審査は、午後1時開始。

手前は、初めて山田先生の英姿を拝したのだが、典雅な中にも凛とした気が感じられ、「このお方はただ者ではない」ということを直感させられた。

さて、審査は5級から開始である。

5級の審査を受ける者は、手前を含めて8名。

まずは、受け身から。続いて、「天鳥船」。さらに、2人1組になって、正面打ちからの「一教」、片手取りからの「四方投げ」と「入り身投げ」、さらに「呼吸投げ」などを行う。

ちょうど手前が技を行う場所が、山田先生の正面であった。だいぶん、緊張した。

審査はおよそ30分。

終わった後の爽快感が何ともいえない。

続いて、4級の審査。技では、三教が指示された。うーん、4級では三教もできるようにしておかなければならないのだ。

さらに、1・2級の審査。さすがに、このレベルになると、技にも迫力がある。4級までは、寺田先生の指示で技を指示されていたが、1,2級は山田先生御自らが指示されての審査である。

立技、座技だけでなく、半身半立からの技も指示された。

いつかは手前も1,2級の審査を受けることができるようになるのだろうか・・と思ってしまう。

審査の後は、山田先生による特別稽古。

片手取りから転換しての二教などを稽古する。間近で見る山田先生の技には、寺田先生とはまた違った迫力がある。

特別稽古終了後は、道場からやや離れたスナックに移動しての直会。

充実した稽古の後に飲むビールは、また格別!である。

山田先生も同席されていたので、先生が手前の席近くに来られたときに、「実は、昨年1年間、神戸の内田先生のゼミに聴講生として参加しておりまして云々。」などと話をすることもできた。

得がたい機会であった。

次回、山田先生が浜名湖道場に来られるのは、11月である。

その時には、ぜひ4級を受けられるよう、さらに稽古に励もうと決意した(稽古に行く時間がほしい!)。

2004年05月25日

すーさん、カルマを落とし、仕事をふやす

5月25日(火)

「提出すれど提出すれど、提出文書いっこうに減らず」

どうして、こう次から次へと提出書類がくるんだろう。

今週中に提出しなければならない書類が2つ。そのうちの1つは、25ページもあるのだ(まあ、アンケート形式の調査だからそんなにタイヘンではないんだけど)。

教頭先生のお話によれば、「だいたい教務って、書類の提出に追われて1年が終わるんだよ」とのこと。

どうやら、ただでさえ丈夫ではない胃が、さらにこの1年で弱ってしまうような気がする。

「5月に入れば少しはラクになる」って、マーちゃんは言ってたけど、ならないよー。

先日は、「新任教務主任研修会」に出張を命ぜられ、教育委員会まで出かけてきた。

市内各小中学校の、この4月から教務主任を拝命した「新人」ばかりを集めての研修会である。

担当指導主事から「教務主任の業務」についての講話があり、その後グループワークを行った。

これがなかなかおもしろかった。

どの先生も、提出書類にはかなり四苦八苦している、ということがよーくわかったのである。

「私など、書類差し替えのため、校長の謝罪文を持って教育委員会まで行きましたよ」とか、「教育委員会や教育事務所から私宛に電話がかかってくると、また書類に間違いがあったのかなーって、ハラハラドキドキしちゃいます」などという話が、どの先生からも出されたのである。

あーよかった、チョンボしてたのはオイラだけじゃなかったんだあ。

いつも提出書類のことが気になっている状況というのは、誰かに脅迫されていつもびくびくしている人みたいで、なーんかヤな感じなのである。

グループワークの後は、学校教育課副参事の講話で、「教務主任の心がけ12ヶ条」なるものを教えていただいた。

なかなか示唆に富んだお話であった。いろいろと気をつかえるようにならないといけないということを実感させられた。

さて、今週からは「教育実習」が始まった。

本校には、7名の実習生が来た(「来なくてもいいのに」とはけっして言わないよ)。

その実習生の面倒をみるのも、教務の仕事である。

控室を用意し、靴箱の手配をし、更衣ロッカーを準備し、実習用の資料も整え、さらに担当教諭との指導日程の調整をしなければならないのである。

これも、「明日の日本の教育界を担うことになる(かもしれない)若者たち」と思えば、蔑するわけにはいかないのである。

そう言えば、ウッキーから「昇級おめでとう」メールをいただいた際、ウッキーも来月から母校の高校で教育実習を行うようになったことを知った。

応援してますから、がんばってくださいね。

先週の土曜日には、大迫力くんからもメールが入って、6月1日に内田ゼミの宴会が行われる旨、通知をいただいた。

うう、参加したい!先日は、内田先生たちと一緒に飲んでいる夢まで見てしまったくらいなのである。

でも、平日の火曜日など、絶対に参加不可能である。

これに懲りずに、またお誘いください。

どこでどう知ったのかはわからないが、先日「ぎょうせい」南関東支社静岡駐在所長なる方が手前を訪れ、(なんでこの4月から手前が教務主任になったということを知ってるんだろう?)「こういうものはどうでしょうか?」と、『学校教務質疑応答集』なる全5,600頁、さらに『学校教務質疑応答要旨集』というおまけまでついた頒価12,000円なり、という国語辞典2冊分ほどの厚さになる本を紹介された。

パラパラと見て、「おお、これはよい!」と即座に購入を決めてしまった。ああ、これだからバカは困る(いいカモなのである)。

さらに、「新任教務主任研修会」の折り、副参事から「必ず購入しておくように」と厳命された『静岡県教育関係職員必携』(全2冊、約5,000頁)も購入することにした。こちらは、教育にかかわる法令集である(5,100円なり)。

ふふふふ、これからは、「ええい、下がりおろう!これらが目に入らぬか!」と言えるのだ。もう恐いものはないのだよ(提出文書を除いて)。

まあ、手前のようなまだ半人前の教務主任は、少しでも自信を持って諸々のことに答えられるよう、常に手元に置いて参照できるものがあった方がよいということなのである。

幸い、先週の土曜日に5万円ほど「臨時収入」があったので、それで購入することにしたのである。カルマは早めに落とした方がよい、と内田先生も常々申しておられるのである。

かくして、一日も早く一人前の教務主任になることを心がけて業務に励む日々が続いているのであります。

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