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2004年04月 アーカイブ

2004年04月10日

すーさんからウィンドウズにひとこと

4月9日(金)

ふう。

目の回るような1週間であった。

一応、今週中に提出する書類は何とか片付けたので、まずは一息である。

お役所へ提出する書類は、基本的に前年度のものを踏襲して提出を求められることが多いので、とりあえずは、PCに入っている昨年度の書類を訂正すればよい。

ところが、前任者がほとんどの書類を「一太郎」で作成していたため、この1週間は「一太郎」の操作方法に 習熟するための1週間のようでもあった(ちなみに、手前は「ワード」を使用していました)。

それより何より、手前は今までマック(パワーブック2400C、古いねえ)を使用していたので、ウィンドウズの操作にも習熟するための1週間でもあった。

マックとそう大した違いはないのだけれど、なーんか違和感があるのである。

ウィンドウズの場合、第一に「ゴミ箱」がデスクトップ右下にないのが気に入らない。

それに、アプリケーションのエイリアスがデスクトップ左側に整列しているのも気に入らない。

また、書類を入れておくフォルダを交換しようとしても、いちいち別のフォルダを開いてから作業を行わなければならないので、きわめて不便である。

やっぱり使い慣れたマックの方が断然いいのだ。

というか、OSとしても、マックのOSの方が格段に優れていると思う。

ウィンドウズって、マックOSと似ていると言われているけれど、手前は「似て非なるもの」だと思う。

しかし、そんな悠長なことは言ってられない。「ウィンドウズ」だろうが「一太郎」だろうが、「エクセル」だろうが、何とか使いこなしていかなければ期日までに書類が提出できないのである。

合気道のお稽古も2週間ほどお休みしていたけれど、昨日は万難を排して「浜名湖道場」まで出かけて、お稽古をさせていただいた。
寺田先生からは、「来月は昇級審査を受けてもらいますからね」と厳命されているのである。

とりあえず、「入り身投げ」「四方投げ」「小手返し」を中心に稽古する。

久しぶりに合気道でかく汗はさわやかであった。

しかし、次はいつ行けることやら・・・。

とにかく、何とか教務の仕事に慣れていくしかないのである。

1週間、教務主任を経験しての感想は、「教務主任は、学校の何でも屋」だということである。

それはそれでいいんだけどね。

まあ、がんばります。

2004年04月17日

ああ、カツジが恋しい(って勘違いしないでね)

4月16日(金)

とりあえず、今月中に提出する書類はすべて片付いた。

いろいろと不明なこともあったが、手前と同期採用の知友で、現在浜松市立中部中学校で教務主任をしているヤマモト先生の御教示もあり(マーちゃんありがとね)、何とか無事に提出することができたのである。

ちなみに、このヤマモト先生も、手前の紹介で内田先生の著作に触れ、「おお、これはおもしろい!」と、いっぺんに内田先生のファンになってしまったのである(もちろん、内田研究室のHPも閲覧していて、先生の日記も必ずチェックしているのだそうだ)。

こうやって、教員仲間に内田先生のファンが増えていくことは、まことに喜ばしい。

そういえば、先日は手前の三文日記を読んで、“Mulberry”さんなる「同業者」の方が投稿されているということを知った。

手前と同様、合気道をされ、テニス部の顧問をされているのだそうだ。

なんだかうれしい。

これからもよろしくご愛読ください。

さて、多忙な毎日で何より悲しいことは、読書する時間がなくなったことである。(3月末から、ほとんど本を読んでいない)。

先週の土曜日は、豊橋市にある豊橋中央高校にて、中学生を招待してのソフトテニス大会があったため豊橋まで出かけていたが、試合の合間に寸暇を惜しんで『動物化するポストモダン』(東浩紀/講談社現代新書)を読んでいた。

久しぶりに本を読むと、乾いたスポンジに水が浸みこむように、言葉がすらすらと頭に入ってくる。

何とも言えぬ快感である。

昨年の今頃は、毎週火曜日のたびに午後から神戸女学院大へと出かけていた(正門からの坂道がなつかしく思い出されます)。

往復の新幹線の中では、ひたすら本が読めた。

今となっては、夢の中のような話である。

本を読みたくても読めないというのは、たいへんにストレスフルな状況である。

マーちゃんの話によれば、「5月になれば、だいぶんラクになるよ」とのことだ。

それまでは、ひたすら「忍」の一字である。

まあ、おかげで教務の仕事にも少しは慣れてきた(ような気がする)。

今までの「学年主任」モードから、「教務主任」モードへ、ようやくシフトしつつあるのである(それにしても、手前のようなおじさんには、このモード切り替えはタイヘンであった)。

5月の連休中は、滋賀県への遠征もあるが、ひたすら本を読む予定である。

ああ、今から連休が待ち遠しい!

2004年04月26日

お疲れ修学旅行

4月25日(日)

<修学旅行随行記>

先週は、20日(火)から22日(木)まで、3年生の修学旅行に随行して、京都・奈良を訪れた。

今年の3年生は、手前が中1・中2年と学年主任をしていた学年であったため、校長先生より、「昨年までこの学年の学年主任をしていた現教務主任も同行するように」とのご指示で、3年職員の邪魔にならぬよう少しでもお手伝いができれば、と同行させていただいた。

そもそも「修学旅行」とは、児童・生徒に、日常経験しない土地の自然・文化などを見聞・学習させるために教職員が引率して行う旅行のこと(『広辞苑』)で、日本独自の学校行事として、110年以上の長きにわたる歴史を持っている。

浜松市の中学校においては、長らく京都・奈良への修学旅行が「定番」であったが、学校によっては中2の3学期にスキー修学旅行を行う学校も出てきたりして、その行き先と実施方法にはそれなりの変遷が見られる。最近では、飛行機を使用して北海道への修学旅行を実施する学校や、伊豆の民宿に泊まって体験学習を行う学校も出てきたりしているが、ほとんどの学校は従来どおり「京都・奈良」への定番旅行に落ち着いている。

本校も、ご多分に洩れず、京都・奈良への修学旅行を実施しているのである。

さて、旅行初日は、新幹線にて一路京都へ。この日、同じ新幹線に市内の別の中学校も同乗した。一部、その学校と同じ車両に乗り合わせるクラスもあり、トラブルを避けるため(別にないんだけど)に、学校間の境目となる座席には教員が座る(以下は、その境目に座った本校教員の話である)。

本校の生徒は、車内での飲食は御法度だったが、同乗した学校は飲食が許されていたらしく、発車と同時にすぐに飲み食いを始めたとのこと。

こんな車両に乗り合わせた一般客こそ、大迷惑である。大騒ぎするだけならまだしも、そのうちに、菓子の投げ合いをし始めたりしたため、さすがに一般客も「もうちょっと静かにしてもらいないかな」と宣わったそうだ(当然だよね)。

たぶん、その学校の教員も近くに乗っていたはずだろうと思われるのだが、何らの注意を促す言葉もなかったらしい。

こういうことがあるから、教員に対する不信感って累進するんだよなあ。

ちなみに、京都駅で下車する際、その学校の生徒たちが座っていた座席を見たところ、菓子の屑やジュースをこぼしたあとが散乱し、とても次の客が座れるような状態ではなかったそうである(恥ずかしい話である)。

さて、京都駅で下車後は、近鉄に乗り換えて奈良へ。

奈良では、それぞれのクラスの計画に従って、クラスごとバスで見学場所へと移動する。

使用したバスは「奈良交通」のバスであったが、それぞれのクラス担任の話によると、「奈良交通」のバスガイドさんの博覧強記ぶりには、ほとんど脱帽であったとのこと。しっかり研修なされているんですねえ。

手前を含めたクラス担任以外の教員は、緊急時対応のため、奈良公園付近で待機することになる。と言っても、あまりに手持ち無沙汰なため、とりあえず東大寺へ行くことにする。

大仏殿を拝観するのは、20年ぶりくらいである。

久しぶりに間近で見る大仏殿は、建物の塗装が剥げ落ちた、まるで「でっかい倉庫」という印象であった。あれでは、せっかくの廬舎那仏様もそのありがたみが減殺されてしまうような気がした(もっときれいに塗り替えてほしい)。

などと言いながら、東大寺とその周辺を散策したのだが、手前のようにふだん歩き慣れていないおじさんは、ちょっと歩き回っただけでもぐったりと疲れてしまう。

早めに宿舎へと戻る学年主任と一緒に、早々に奈良を後にする。

宿舎は、大津市にある「琵琶湖ホテル」。

京都市内の宿舎でもいいのだが、市内の喧噪を離れてゆっくり宿泊した方がよかろうと、「琵琶湖ホテル」を選んだのである。

それにしてもこのホテル、すんごい豪華なホテルなのである(あとで聞いた話では、このホテルはその昔、映画「007は二度死ぬ」のロケで使用されたホテルであったとのこと)。

ちょっと、中学生が宿泊するには、贅沢すぎるのである。

部屋は広い(ツインをトリプルユースしても申し分のない広さ)し、全ての部屋からは、眼下に琵琶湖が一望できる。

食事も和食、洋食フルコースと、豪華で美味。

生徒たちも、きっといい思い出になることであろう。

2日目。この日は主に京都市内をそれぞれの課題別にグループ研修を行うことになっている。

手前は、学年主任とともに緊急対応のための本部詰め。

生徒たちそれぞれのグループには、緊急連絡用の携帯電話を持たせてあるため、有事の際にはその携帯電話で本部に連絡を入れることになっているのだ。

だけど、ほとんど電話はかかってこない(かかってこない方がいいのである)。

こちらも連絡用の携帯電話を持っているため、別段宿舎に居続けることはないのである。

「よし、部屋で読書しよう!」と思っていたが、学年主任から「先生はふだんお忙しくされてますから、どうぞお好きなところでも拝観されてきてください」との優しいお言葉に甘え、京都市内へと繰り出す(じっとしてられない性分なのです)。

とは言うものの、特にこれといって見たいところもない。河原町を歩きながら、「おお、そう言えば!」と「丸善」で今月号の『ミーツ』を購入。

内田先生の「自分も読んで結婚したくなった」という件の原稿が掲載されているのである。

さっそく宿舎に戻って熟読。うーむ。師匠はさすがである。

内田先生の文章を読んで、いい気分になっていたところへ、学校にいる教頭先生から電話が入る。

手前が教育委員会に提出した書類に不備があったとのこと。

学校に帰ったらすぐに訂正して再提出しなければならない。

いっぺんに現実に戻されてしまう。あーあ、これだから粗忽者は困るのである。

3日目。この日も課題別グループ研修を行い、15時30分に京都駅集合である。

全員、時間までに戻ってきて、16時40分京都駅発の新幹線に乗車。

18時に浜松駅にて解散し、特に事故もなく、無事修学旅行を終える。

それにしても、よく歩いた3日間であった。暑さも加わって、かなり疲労した。ふだんの運動不足が身にしみた。

それと、よく歩くことが予想される場合には、それに適した靴を選択すべきであるということを実感させられた。スーツを着用しているからと、単純に革靴を選べばいいというわけではないのである。さっそく、スーツにも合って、長時間歩いても疲れない靴を購入しようと思う。

いやはや、とにかく疲れました。

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