とある日曜日に

3月7日。「偽中国語が流行ってるって知ってる?」日曜日の昼下がり、マディソンのとある中華レストランで上海から来たスカイラーが教えてくれた。何やら今、日本の若者の間では中国語に見せかけて中国語ではない「偽中国語」を使うのが流行っているらしい。親切にも画像まで見せてくれながら、スカイラーは「これ日本でも話題になってるから、覚えておいた方がいいわよ。」と忠告してくれた。「だけど本当に中国語じゃないから笑っちゃうわ。」とスカイラーは付け足す。うな重が好きなスカイラーの弟分であるジャクソンと三人でマディソンにある日本料理屋さんでうな重を食べようと計画をしたのは私なのだが、紆余曲折を経て二人に中華料理屋さんを紹介してもらうことになり、その上私は彼女から日本の文化について教えてもらっているのである。毎度のことながらスカイラーの凄まじい日本への愛と情報量には驚かされる。私が日本の若者文化に疎い自分に恥じ入っていると、横でホルモンをほおばっている弟のようなジャクソンが「古畑任三郎って面白いよね。」と言った。

ところで、スカイラーとジャクソンは前のセッションで語学学校を辞めた。そのままカレッジに進む予定だったのだが、アメリカのカレッジは9月と1月始業なので、彼らはそのまま9月までの時間を持て余しているのである。ひと月アメリカで羽を伸ばした後、いったん上海に戻ることも予定しているという。ジャクソンもスカイラーも大金持ちなのだ。ジャクソンは一人っ子政策がまだ実施されていた中での三人兄弟の末っ子だ。上海の実家には車が4台あると言っていた。スカイラーに至っては、日本が大好きなのでこの休み中に日本に行くことも考えているという。彼女は毎年日本に行きたいし、今回の休みでは日本の桜シーズンを楽しんでみたいと思っているそうだ。(その上スカイラーもジャクソンも来る大学進学へ向けて、車を購入予定だそうだ!)サウジアラビア人のラカンだって休みの度に、やれラスベガスだのフロリダだのに出向いてはバカンスを楽しんでいる。うすうす気づいてはいたが、二十歳そこらで一人前にアメリカのアパートをあてがわれ、稼ぎもないのに休みの度に旅行を楽しんでいる姿をみていると、アメリカのカレッジなり大学院を目指す子供たちというのは、その国の一握りの富裕層出身なのではないかと私には思えてくる。

 私がずっと仲良くしているカザフスタン人のディアとアディルという従兄弟のペアも、語学学校を卒業してコミュニティカレッジに進学した。彼らのプランでは、その後もアメリカの大学に入り、良い就職先を見つけたいという。アディルの方はアメリカにそのまま移住し続けたいとすら思っているそうだ。二人とも19歳である。彼らの友達もまたほとんどがヨーロッパやアメリカの大学へ進学しているという。「どうしてカザフスタンの大学に入らないの?」と聞くと、ディアはつまらなそうに「Government is stupid(国がバカだから。)」と言った。ディアに言わせると、国も大学もバカだそうだ。ベネズエラからの留学生のアレハンドラはベネズエラの不安定な政情に不安を抱いていて、国に帰りたくないと言っていた。アメリカの大学を出て、ゆくゆくは家族とアメリカに移り住みたいのだと彼女は言った。実際、治安が不安定な南米出身の生徒の何人かは、既にアメリカに移り住んで仕事をしている家族のだれかを頼ってホームステイしていたりする。そうやって祖国で受けられない教育や職を求めてアメリカへ新世代を送り込むお金持ちの家庭があるのを見ていると、私はつい日本はどうだろうかと考えたりする。というのも、「語学学校」で出会う日本人たちは私を含め極めて庶民的だからだ。つまり、言ってみたらびっくりするほどのお金持ちではない。そして日本人のほとんどが、学生なら休学を利用して語学留学に来ているか、企業派遣で語学向上の特訓に来ているかであり、その先に家族の夢を背負ってアメリカ移住を考えている人はそう居ない(と、思う)。
この語学学校にフルタイムで通いつつ、ホームステイをするだけでも、半年で300万円ほどかかるのだから、日本人のティーンで長く滞在する子はなかなかいない。そんな費用をかけなくても、日本は安全にそして十分に教育を受けられる場所なのだろう。

「チンジャオロースとかホイコーローって中国人にとってはそんなによく食べる料理じゃないってことは知ってる?」スカイラーがずっと言いたかったというように畳みかけてくる。「日本人はあれが中華料理だと思ってるでしょ?中国人はそんなに食べないんだから。」「天津飯も中国にはないよ。」とジャクソンはまたニコニコと付け加える。「覚えておいてね」と言わんばかりだ。そして店を出るとき、支払いのチップはたっぷりだった。