魅惑のアラブ人

 9月15日。アウラのスマートフォンからすごい音でコーランが鳴っている。毎回のことだが、祈りの時間らしい。アウラは祈ることなく、まずそうな顔をして鞄から携帯を探し出すとスイッチを切った。彼女はサウジアラビア人。17歳にしか見えない25歳の女性で、一児の母親だ。私が通うここマディソンの語学学校には、本当にたくさんのアラブ人が通っている。特にサウジアラビアからは顕著で、どうやらこの語学学校にはサウジアラビアの学校とパイプがあるそうだ。学校に通うサウジアラビア人の半分がこのパイプによってどこからかお金を補助してもらって来ているらしく、残りの半分はそうではない人らしい。だからこの語学学校に通っているサウジアラビア人たちは、たいてい「ものすごい金持ち」か「優秀」かのどちらかなのである。
 
 私と同じクラスのサウジアラビア人はというと、ほとんどが「ものすごい金持ち」である。17歳かそこらで、ラコステやバーバーリーを着こなし、香水をつけ、立派な革靴を履き、腕にはアップルウォッチを付けている。時にグッチのスカーフを巻き、クラスメートが誕生日だと聞けばチョコレートを買ってやってくる。彼らの立派な服装はすべてアメリカに着てから購入したものである。それだけではない。私がサウジアラビア人たちに魅了されるのは、揃いも揃ってみんな、端正な顔立ちをしていることである。浅黒い肌にしなやかな体、小さな顔にはくりくりの美しい目がはめ込まれている。そして彼らはたいてい、男は男同士、女は女同士で固まっているが、その佇まいは他の国のティーンに比べてずっとずっと大人びているのである。

 同じクラスのラカンはトルコ人が他の人の発言中にふざけていると、「静かにしろ」と注意をするし、アハメはクラス一の頭の悪さを誇るが、性格の悪い中国人に授業中に笑われても嫌な顔をしたことがない。19歳の医学生のサルマンは40歳近いスペイン人のフィリップのわがままに根気強く付き合ってホストのようにふるまうし、私とバスに乗っても体が触れないように遠くの席へ移動する。アップルウォッチを付けているフェイゼルは私が「ラマダーン終わったの?」と聞くとにやりと笑ってクッキーをくれるし、アップルウォッチの使い方も教えてくれた。とにかく大量にいるサウジアラビア人たちに対して、私はこの語学学校で嫌な気持ちを一度も味わったことがない。彼らは皆、二十歳にもならない若さで、他人への敬意を表すふるまいをきちんと身に着けているのである。
 
 顔良し、性格良し、お金持ち、とくるので、私はよく語学学校の独身の女の子たちにサウジアラビア人男性をお勧めするが、やはり宗教的なものの存在は大きすぎるようだ。私も彼らのフェイスブックなどで普段の伝統的なカンドゥーラを身に着けた写真などを見ると、いつもしなやかに高級服を着こなしている彼らとは思えず、遠い異国の存在に感じてしまう。また、彼らは時に純粋すぎるほど純粋に物事をとらえていて、平然と「もちろん僕たちの国では男と女は同じ場所でご飯を食べることはできない」と発言したうえで、「我々の国には男女差別はない」というし、自分たちの国に映画館がないことに疑問を持つことはない。同じアパートに住むアラブ人の女は、アパートのプールにヒジャブを身に着けたまま泳いでいて、これにはさすがに驚いた。

でもやはり一番面白いのは、クラス一できの悪いアハメである。家が金とダイヤモンドの会社をしているという大金持ちのアハメは、自分の親戚は100人くらいいて、彼らが家に集まる日はとても大変だと語る。(そもそも100人収容できるスペースが家にあることがすごい。)いつも明るく、私はキットカットをあげると「こんなおいしいチョコレートは初めて食べた」と言う。だけどとにかく勉強ができないので、テストでもカンニングをするし、宿題も早くから教室で友達のノートを丸写ししている。特技はお菓子配りと、スイス人の可愛い女の子をガン見すること。性格は温厚で陽気。そして臆面もなく純粋な美しい瞳で休み時間に私にこう聞くのである。「宿題ってやるとしたらどのくらい時間かかる?40分?45分?」そして先生が来週クイズを出すと宣言すると、「今度の木曜日はイスラム教の祝日なのです。」と大真面目に手をあげて発言する。そんなアハメに先生は優しく答える。「あらそう。でもクイズは金曜日だから、大丈夫でしょう。」「だけど、木曜日は朝から祝日なのです。」と心配そうなアハメ。「あらそう。でもクイズは金曜日だから大丈夫よ。」ともう一度先生は優しく答える。クラス中がアハメを笑う。だけど、それはみんなアハメが好きだからだ。アハメはもう発言をするのはやめて、なぜ笑うんだ?とにこやかにクラス中を見渡し、最後にゆっくりとスイス人の女の子に微笑むのである。

余談だが、携帯コーランの鳴るアウラとワークパートナーだったとき、私はすっかり彼女との作業の約束を忘れていて、待ち合わせをすっぽかしたことがあった。授業中に思い出して平謝りしたが、アウラはもちろん怒ることはなかった。これがコロンビア人のマリアだったら、と想像すると私は血の気が引く思いだったのだが。とにかく、アラブ人は本当に素敵である。