川仁央のfrom USA to Japan

ティファニーの角を曲がって三軒目酒屋へは三里、豆腐屋へ五里

 

2003年10月9日

カワニ(ウチダさんふう三人称)はアメリカを離脱するため、この地から送らせていただいていた「ティファニーの角を曲がって三軒目酒屋へは三里、豆腐屋へ五里」は今日で終了になります。

今度はしばらく、豆腐屋のほうからティファニーを眺め、夢想することになるのでしょう。

ところで、アメリカについて書いたことをもう一度読み返してみると、話が抽象的になってますね。私が抽象的なことを書いても面白くないことに、今になって気がつきました。私がここでさせていただくべきだったのは、もっと日常生活のなかでの具体的な出来事について書くことだったのではないかと思います。これって日記なんだし。でも、ここのところ、日常生活のなかで面白い具体的な出来事が何もなかったというのもあります。

ま、それはそれで、過去のこと。Let's move on.

「部屋を貸して」くださった内田先生、長いあいだ「家賃」を滞納してすみませんでした。この感謝の気持ちは、必ず何かにつなげてゆきたいと思います。

内田さんが私のために「空けて」くださったこの「部屋」から、読者のみなさんに何か「贈り物」ができたかどうか分かりませんが、読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

「根っこ」を持たないカワニは、日本へ移住してまた「生まれ変わり」たいと思っています。って言うか、単に「すかすか」で「ふにゃふにゃ」なだけなんですけど、それもひとつの生き方かと。


2003年10月6日

Two Cheers for America (6): Final Thought, or To Be Continued ...(最後に、あるいは、つづく)

なんかいっぱい書いちゃいましたが、今まで書いてきたことを読み返してみると、個々の内容に問題があるだけでなく、かなり矛盾したことを書き連ねたと思います。でもまあ、一貫性はなくてもいいかと。エマーソンも「愚かな一貫性は、狭量な心に巣くう子鬼だ」(A foolish consistency is the hobgoblin of little minds)と言っておりますし。

私は掲示板に長文を書き込むとき、別ファイルに下書きをするんですが、内田さんの掲示板にはじめて書き込みをさせていただいた頃、古賀さんやチナ・ロカさんといった南米にお住まいの方々とちょっと人種の話をしたときの下書きを検索してみました。そうしたら、以下に引用する自分の書き込みが出てきて、それを読んで唸ってしまいました。「そのときの私」に語っていただきましょう(内田さんふう):

Tanaka さんの指摘に、ああ、なるほど、そう言われてみれば、そうだよなあと思いました。そうですか、日本の方々から見れば、アメリカも均質的なのですね。これは、「均質性」というのは、その外からでないと認識できないというのを、よく示していますね。アメリカで生活している私には、日本の「均質性」はよく分かっても、そこから自文化を相対化して、アメリカの「均質性」に気づくということが欠けていたようです。前回書きましたように、アメリカ人というのは、そういう「メタな視点」をしばしば欠いていると思うのですが、私も結局そんな一人だったのかもしれません。恥ずかしいかぎりです。

アメリカの文化は、その「多様性」を誇りにしています。アメリカには長い人種差別の伝統がありますが、アメリカ・インディアンから土地を奪ってこの国を創ったアメリカ人は、この「原罪」が許され、また、自分たちがしたことを正当化するために、自分たちも、ここにやって来る他者を許し、受け入れなければならいという意識も持っているように思います。しかし、内田さんもよくおっしゃっているように、それは、たいへん理念的なものなのだろうと思います。「他者を受け入れる」とは言っても、その他者をアメリカのイデオロギーに同化しようとしてきたのも事実でしょう。「多様性」という名の「均質性」なのかもしれませんね。

私はニューヨークに住んでいるのですが、ひとつだけ思うのは、ニューヨークや、アメリカのその他いくつかの都市にくらべて、大部分のアメリカは、私には恐いくらい「均質的」に感じられるということです。ちなみに、Tanaka さんはアメリカのどちらへ行かれましたか? ニューヨークの住人は、アメリカでも、その態度が無愛想で、暴力的なくらい荒っぽいことで知られています。私は10代まで日本で育ったこともあり、それが嫌になることがあるのですが、逆に、とても心地よくも感じるんです。ここの人たちは、「裏がない」というか、他人とコミュニケーションするとき、「内面」というに意味がないことを肌で知っているというか、人々に共有しているものが少ないので、取りあえず言いたいことをデカイ声ではっきり言わないとコミュニケーションが成り立たないような感じなんですね。ここの人たちは、そういう感覚を共有していると言いますか。この街の人たちは、他者とコミュニケーションするのに非常に慣れていると思います。人種差別なども、「もっと丁寧な態度の人たちの住んでいるアメリカ」にくらべて、ずっと少ないと思うんですね。アメリカ人一般にある「単純さ」というのも、そういうプラグマティズムに起因しているんではないかと思うときがあります。日本人が、その社会を上手く機能させるために取ったやり方と、そういう点では、正反対のような気もします。そのアメリカ人の「単純さ」に、「メタレベルに立った大人の深み」のようなものを感じられるときは、非常に心地よいのですが、単に自分勝手なバカみたいなのを多く生んでしまうのも確かなような気がします。ようは、内田さんがいつもおっしゃっている「他者への敬意」があるかないかですかね。

私は内田さんの日記を読むようになってから、今までとは違った意味で、日本というのが、ものすごく良いところに思えるになったんです。ちょっと時間がなくて難しいかもしれませんが、私が内田さんの日記や本を英訳して、こちらのサイトに掲載していただきたいと思うくらいです。(残念ながら、本は読ませていただいたことがないのですが。)アメリカ人が読んでも、絶対面白いんじゃないかと思うんですよね。

これを読んで何に唸ったかって、なんとも節度とバランスのある文章だなあと。

私は今回この「アメリカに万歳二唱」という長文で、この短い書き込みで言っている以上のことを基本的に何も言っていないだけでなく、今回の長文のほうが視野が狭くイデオロギッシュで、節度もバランスもなくなっていたように感じます。

内田さんが最初に私を「店子」になるよう誘ってくださったのは、たしかこの私の書き込みを読まれてのことだったと思います。内田さんがこれを読まれて期待したようなものと、この日記はずいぶん違ったものになっちゃったんだろうなと思いました。まさかアメリカ賞賛と日本の悪口ばかりになるとは思われなかったのではないでしょうか。

上に引用した書き込みをしたとき、私は内田さんの著作をまだ一冊も読ませていただいたことがなかったのですが、今になって読み返してみると、なんかこの書き込みの内容って『レヴィナスと愛の現象学』で説明されいることと重なっているように思えました。特に、アメリカ・インディアンが「場所を空けた」という話が。

当時、私は内田さんの日記にしばしば出てくる「他者への敬意」という言葉に強烈に惹きつけられていて、そのときは「他者っていうのは、自我の構造の外にあるものってことなんだろうな」という程度の想像しかしていませんでした。

でも、そこに私は自分がアメリカでしてきた経験を強烈に読み込んで、上のようなことを書いたんだと思います。

その私の感じていた「問題」が、私にはそのまま『レヴィナスと愛の現象学』に読み込めてしまうのですから、その作者である内田さんの日記に私が惹きつけられてしまったのは当然ではないでしょうか。

この「問題」は、外国で生きたことのある人、「異邦人」になったことのある人ならば、「だれでも」肌で感じ、考えたことがあることなのではないかとさえ思えました。(これは、皆さんそれぞれの他者性を無視した勝手な想像ですが。)だから、「内田さんの文章は、海外で生活している日本人には特別に訴えかけるものがあるのではないか」と思ったのです。

そして、この共通していると思われる問題意識から、肯定的な説得力をもって語られる内田さんの「日本」が、私にとって魅力的だったのも当然であるような気がします。

内田さんがはじめて『全体性と無限』を読まれたとき、その文章に「そこのキミ!」と語りかけられたように、私も内田さんの日記に「そこのキミ!」と語りかけられました。

ちなみに、2003年3月12日の日記で、NYの街について「巨大な空間のなかに『無限』にある、相対的に自律したさまざまな『部屋』が、細いチューブでつながっているような感じ」とか、「この街全体を見渡すことができないという感覚は共有していると思う。ストリートに出たとき、そこがまるで一つの大きな均質的な部屋であるような、そういう共通感覚を私たちは持っていないという、そういう共通感覚を私たちは持っているような気がする。だからこそ私たちは、対等に言葉が交わせる」と書いたときも、まだ『レヴィナスと愛の現象学』を読んでおらず、レヴィナスの「全体性と無限」の議論も、「家」の概念も知りませんでした。

上に引用した書き込みを読むと、「そのときの私」は、『レヴィナスと愛の現象学』に書かれているいくつかの問題を「すでに知っていた」のだと思います。

私は『レヴィナスと愛の現象学』を読むことによって、自分が何を「すでに知っていた」のかを教えてもらったのだと思います。ですから、『レヴィナスと愛の現象学』を読むことなしに、私は自分が何を「すでに知っていた」のかを知ることはなかったでしょう。

『レヴィナスと愛の現象学』を読んだときは、「そうそう!」の連発でした。例えば、「他者への欲望」(「顔の彼方」)の論考に、自分が日々の生活のなかで考えていた問題が読み込めて感激しました。いろんな異文化的コミュニティに積極的に首を突っ込んで(突っ込むなよ)、そこで他者と対話できる表層を探りながら、想像できなかったものを経験・実験してゆくことによって、知らず知らずのうちに自我が未知の地平へ変容してゆくことの可能性を、私は「他者への欲望」という言葉を使って人に説明したことがありました。そして、内田さんが説明されている、他者の「うわべ」(surface じゃなくて appearance)への欲望を契機にした、「肉欲と超越の同時性」による他者との出会いというレヴィナスの考察について読んで、「おお、これじゃん」という感じでした。たいしたことじゃないんですけど、嬉しかったのです。

しかし、最も重要なのは、この「そうそう!」という「同一性」ではないと思います。最も重要なのは、そうやって「これがキミの感じていた問題だよね」と言って惹きつけてもらってから、さらにそこから「ずらして」くれる、「おー、なるほどー」とか「なんだなんだ」という「プラス・アルファー」ではないでしょうか。

『レヴィナスと愛の現象学』を読んで最大の「プラス・アルファー」だったのは、「他者への有責性」の論考でした。いろんなことがつながって、目からウロコでした。「アメリカに万歳二唱」も、それにおもいっきり影響を受けて書きました。

今度は『全体性と無限』読んでみよーっと。

「最後に」の最後に、「つづく」の表示として、アメリカの「多様性」についてもう一言だけ。

私は、例えばNYで生活する中国人の生き方を見て、いろいろなことを感じ、考えます。そして、こういったことを、私は中国に住んでいる中国人を見て考えるのではなく、アメリカという一つの場所で他者たちと共生している彼らの姿を見ることによって考えます。こういった日常的な出来事こそが、「アメリカ的体験」(the American experience)だと思います。

アメリカには、世界中からさまざまな人々が、さまざまな事情でやって来ます。そうしたなかには、アメリカに住み着く者たちも多くいる一方で、私のようにいずれまたこの地を離れ、どこかへ去って行く者たちも膨大な数います。今この時点でアメリカで生活している人々のうち、アメリカ国籍を持たない人々の割合は、他のどの国にいる外国人の割合よりも高いのではないでしょうか。9/11のとき世界貿易センター・ビルで亡くなった人々は、国籍にして92カ国の出身者であったことが思い出されます。

NYで生活していると、毎日のように、そうした異邦人たちに出会います。そして彼らと、アメリカについて、彼らの出身国について、その他いろいろなことについて話をします。彼らもまた、アメリカ社会の「モザイク」を構成する「タイル」として、アメリカ社会の「色合い」を決定づけているのです。

アメリカとは、国家であると同時に、人々の「中継点」や「寄港地」でもあると思うのです。アメリカで生活する多くの人々にとって、この地は「始まり」でも「終わり」でもなく、物事の「あいだ」であり、物語の「途中」なのではないでしょうか。移民の国、異邦人の国アメリカとは、巨大な「港町」なのかもしれません。


2003年10月3日

Two Cheers for America (5): Listenting to Silence(沈黙を聴くこと)

"America in black and white"(白黒はっきりしたアメリカ)というフレーズがあります。

日本語でもまったく同じ言い回しをする、「認識がはっきりしている」状態に「色のコントラスト」を掛けた比喩表現にさらに掛けて、「すべてが黒人と白人の問題に還元されるアメリカ」という社会的・文化的な事態をこのフレーズは表しています。

アメリカにとって最も根源的な問題は「人種」であると言う人は多いですが、伝統的なアメリカの人種問題というのは、このように「黒人」と「白人」の問題として前景化されてきました。

この事態は、例えばO.J.シンプソン裁判の判決が出た瞬間、テレビに映し出された白人の国民と黒人の国民の反応の違い──驚愕する白人たちと、歓喜する黒人たち──あの異様な光景によく表れているでしょう。

しかし、もちろん現代アメリカは「白黒はっきりと」語ることはできません。

ここまで私は「アメリカ人」という一つの括りで、その特徴を物語ろうとしてきましたが、「アメリカ人」というのは流動的であり、さらにそれ自体のうちに多様性をはらんでいます。

アメリカで10年に一度おこなわれる国税調査の2000年度の結果を見てみると、上位4「人種」の人口比率は以下のようになっています。アメリカ全体では「白人」70%、「黒人」12%、「ヒスパニック」13%、「アジア系」4%。都市別に見てみると、NY市では「白人」40%、「黒人」23%、「ヒスパニック」25%、「アジア系」9%。サンフランシスコ市では「白人」51%、「黒人」5%、「ヒスパニック」17%、「アジア系」23%。

この2000年度の国税調査で、合衆国建国以来はじめてヒスパニックの人口が黒人の人口を上回りました。

近年、ノース・カロライナ州の街では、低賃金労働者として怒濤のようにヒスパニックの人たちが南米から移住してきて、伝統的な南部の世界──白人と黒人が棲み分けをしながら共生してきた世界──に劇的な変容をもたらしました。「白人」「黒人」「ヒスパニック」それぞれのコミュニティの大きさはちょうど同サイズとなり、今では同じ土地に3者が肩を並べて生活しています。

ヒスパニックの人たちは、アメリカの白人とも黒人とも文化や価値観が著しく異なります。他者が「侵入」してきたとき多くの人たちが感じるのは恐怖であり、ほとんど英語がしゃべれないヒスパニックの人たちは、白人と黒人の両者から差別を受けることも多いようです。しかし、3者が共生できる方法を模索し、ノース・カロライナ州の学校や教会ではさまざまな試みがおこなわれているようです。

近年「ヒスパニック」が、従来のアメリカ社会の「白黒はっきりした」認識をずらしているのは、単に「ヒスパニック」がその人種的差異の構造にもう一つの「色」を足したというだけではありません。ここには、「ヒスパニック」というアイデンティティの構造的な異質性の問題があります。

国税調査の「注」にあるように、ヒスパニックは「人種」(race)ではなく「民族」(ethnicity)です。国税調査は「人種」と「民族」について別々に質問する形式を採用ているため、ここには差異化の枠組みが2つあります。その結果、国税調査において「民族」としての「ヒスパニック」は、同時に「黒人」「白人」「アジア人」といった「人種」的アイデンティティを持つことができます。

上記に引用した国税調査の上位「4人種」の割合はどうやって計算されているかと言うと、まず、「民族」を「ヒスパニック」と答えた者は、「人種」を「黒人/白人/アジア人」に選んでいても「ヒスパニック」として。そして、それ以外の「非ヒスパニック系」を、それぞれ「黒人/白人/アジア人」としています。

現代アメリカ社会で劇的な増加を見せている「ヒスパニック」というアイデンティティは、このようにして伝統的なアメリカ文化の「人種」の認識自体に矛盾をもたらしています。

国税調査に示されるのは、それぞれのアメリカ人が「自己申告」したアイデンティティです。そのとき、「その他」というカテゴリーを選択して、自分を「無人種」にすることもできます。ただ、2000年度の国税調査で「人種」を「その他」に選んだ人は 0.17% しかいません。しかし、国税調査の結果を送り返していないため、表象されていない人口というのもかなりあるのではないでしょうか。

さらに興味深いのは、2000年度から「2つ以上の人種」というカテゴリーが選択肢として設けられたことです。一人の個人が、「2つ以上の人種」を自己のアイデンティティとして選択できるということです。これは明らかに、アメリカ文化において「白黒はっきりした」人種的差異化の構造がゆっくりとながら崩れてきていることを表しています。2000年度の結果では、「ヒスパニック民族」も含めた全体として、自分の「人種」に「2つ以上の人種」を選んだ人は 2.4% しかいませんでした。

国税調査の「質問形式」が変わってきているということは、まさにアメリカで「人種問題」を思考する認識の枠組みに変化が起こっているということです。

このようにして、アメリカ文化の「白黒はっきりした」枠組みは、これからもどんどん組み替わってゆくでしょう。

今回、私が注目してみたいのは、ヒスパニック系アメリカ人ではなく、アジア系アメリカ人です。

アメリカの「白黒はっきりした」文化に、「アジア系アメリカ人」というもう一つの「項」を導入して、さらに「アメリカ」について考えてみたいと思います。

伸び率で見ると、1990年から2000年の人口増加は、アジア系がトップになっています。(その内訳で最大なのは、フィリピン系だと思います。)

NYにも人口の10人に1人の割合で住んでいるアジア系アメリカ人を見ていると、いろんなことを考えさせられます。

NYでは、黒人がかたまって住んでいる代表的な地区にハーレムがあり、アジア系アメリカ人がかたまって住んでいる代表的な地区にマンハッタンのチャイナタウンがあります。それぞれ他にもかたまって住んでいる地区はいろいろありますが、代表的なのはこれらの2地区でしょう。

この2つのコミュニティの大きな違いは、チャイナタウンが経済的に「自律」していることです。

「チャイナタウンで買えないものはない」のです。

例えば交通機関。中国人が始めた画期的なビジネスのひとつは、アメリカ全土のチャイナタウンを繋ぐバス・サービスです。NYからボストンまでグレーハウンド(アメリカ最大の長距離バス会社)を使うと片道$30です。NYのチャイナタウンからボストンのチャイナタウンまで、中国人が経営するバス・サービスを使う$10で行けます。さらに、乗客の階級的にアメリカ最下層の長距離交通手段であるグレーハウンドのバスにくらべ、中国人経営のバスはとても清潔で快適であり、グレーハウンドと違って直通なので所要時間もずっと短く、運行頻度も1時間に一本と申し分ない利便性です。ボストンに行くのにこの中国人経営のバスを使わない手はないわけで、今では中国系以外のアメリカ人もみんな利用しています。

こうしたほとんど驚異的な中国人の経済的自律性と商売魂にくらべ、ハーレムには黒人の経営するビジネスというのがほとんどありません。

これは、中国人と黒人の経済格差の決定的な原因になっているだけでなく、黒人が白人の経済システムのなかに取り込まれてしまっているということも意味します。

この白人の経済システムにとって、黒人は「消費者」として分類され、リサーチされ、ターゲットにされます。音楽市場などを見ると分かるように、黒人はこの経済システムのある部分では重要な生産者になっており、さらには独自のレコード会社などを持つことによって自律してる部分もあります。しかし、社会全体として見たとき、自律した「黒人経済」(black business)の割合がまだまだ低いという事実は、アメリカの資本主義社会において人種的経済格差を生むだけでなく、黒人が白人の均質的な尺度で差異化されるこも意味しているのではないでしょうか。そう考えても、資本主義というのは人種差別の原因になっているのかもしれません。

中国人のコミュニティや、その他アメリカ社会にある経済的・文化的に自律したさまざまなコミュニティというのは、たとえばハリウッド映画などを見ていても、それらの独自な視点というのが見えてこないものです。もちろんハリウッド映画に表象された世界も「アメリカ」(an America)であり、さらに、ブッシュ政権がそうであるように、それは「支配的なアメリカ」(the dominant America)ではあるのでしょう。しかし、私にとってアメリカの魅力とは、異質で多様な「ネットワーク」たちが同時に脈々と流れつづける、その重層的な空間性です。

私の日系の友人に、中学生の娘がいる女性がいるんですが(夫は白人なので、この子は「ハーフ」ですが)、こないだその娘の学校で成績順のクラス分けをしたら、トップ・クラスが全員アジア人になってしまったそうです。そこはクィーンズ区にあるフォレスト・ヒルズというユダヤ人の多い閑静な住宅地で、決してアジア人の子どもが多い学校ではないんです。

カリフォルニア州の人口のうちアジア系は10%ですが、カリフォルニア州に分校のたくさんあるカリフォルニア大学(UCLA, UC Berkley, etc.)は学生の50%がアジア系です。聞いた話では、理系学部は生徒の80%くらいがアジア系らしく、「成績だけで入学を決めたら、全部アジア系になってしまう」んだそうです。(誇張した言い方だと思いますが。)カリフォルニア大学では、アジア系の学生の入学者数を抑えるために、他人種の入学志願者よりも成績の良いアジア系入学志願者を落として(逆アファーマティヴ・アクション?)、これが問題になりました。

ここで私が言いたいのは、「アジア人は優秀だ」ということじゃないんです。勤勉であるのは価値のあることかもしれませんが、商売が上手いとか、学校の勉強ができるというのは、人間的能力のほんの一側面だと思います。

私が注目したいのは、アメリカ社会でアジア系アメリカ人はこれだけ活躍していながら、あまり「目立たない」存在だというです。

アジア系アメリカ人の人権活動家には、「エイジャン・アメリカンは非政治的である」ということを批判する人がいます。「エイジャン・アメリカンは、もっと声を上げて、自己主張をしなさい」と。(アイリス・チャン、キミとかね!)

声を上げて自分のアイデンティティや権利を主張しない人は、アメリカのメインストリーム社会では「存在しない」ような感じなのです。

しかし、アジア系アメリカ人は、他人種から差別に合おうと、マス・メディア的な表象から排除されようと、何も文句を言わずに黙々と働き、黙々と子供の教育にエネルギーを注いでいる、そんな感じがします。

声を上げない、商売熱心、教育熱心──なんとなくユダヤ人にも似ています。

ユダヤ人はアジア人と違って、アメリカ社会で絶大な権力を持っていて、マイノリティとは言いづらいかもしれません。でも、そんなユダヤ人のなかでもマイノリティである、ユダヤ教最保守派のハシディムの人たちを見ていると、なんと控えめな人たちだろうと思います。私が勤めていた仕事場の目の前には、「ダイアモンド街」(Diamond Street)と呼ばれる、ハシディムの人たちの経営する宝石店が軒を連ねるユダヤ人街があって、通勤に使っていた地下鉄にはいつもハシディムの人たちが大勢乗っていました。そうやって街で出会う彼らは、だれに対してもフレンドリーで、自己主張するような雰囲気がまったくない感じです。フロイトの伝記で、フロイトは子供のころ、父親が街で差別的な目に会っても何も反抗せず、黙ってやりすごしている姿を見て育ったという話を読んだことがあります。これは、私の持っている典型的なユダヤ人のイメージです。

ヨーロッパでは「世界中にユダヤ人のいない国はない」と言われるようですが、同じことは中国人についても言えると思います。世界中にチャイナタウンのない国はほとんどないのではないでしょうか。中国人のほうが母集団がずっと大きいでしょうし、中国人のほうが世界中に散らばっている感じがします。この両者に共通しているのは、「異郷の地で異邦人として暮らす方法」を知っていることなのかもしれません。中国人もユダヤ人も、異郷の地でお金儲けをしているわけで、そうした生き方を維持するには、「目立たないようにする」のが戦略的に正しいのかもしれません。もし目立ったら、妬まれて、差別される可能性があります。だから差別されても、ことを荒立てず、静かにしているのが彼らの戦略なのでしょうか。

逆かもしれません。逆ですね、きっと。

これは、ユダヤ人と中国人が異郷の地で成功するために選んだ戦略だったのではなく、彼らがもともと持っていた文化であり、それが彼らを異郷の地で成功させたのではないでしょうか。私は、勤勉に働き、人種差別をすることなく、どんな他者に対してもフレンドリーな中国人たちを尊敬しています。中国の舎者からやって来た人たちには、かなり強烈な「野蛮さ」を感じることもありますが、彼らにしても、まったく差別的なところはありません。私は絶対に中国語を勉強したいです。インド人にも似たところがあるかもしれません。そして、私がNYで出会うユダヤ人たちも、たまにスノビッシュで嫌なヤツがいる以外は、人種差別的でなく、つき合いやすい人たちです。中国人もユダヤ人も、もともとああいう人たちだからこそ、世界中で生きてゆけているのでしょうか。

こうした自己への人種差別に対する態度を考えたとき、ユダヤ人や中国人と対照的だと思うのが、現代アメリカの黒人です。

黒人の人種差別に対する態度の典型的なイメージは、声を上げて戦闘的に抵抗するというものです。この違いの理由には、彼らが歴史的・社会的に置かれてきた人種差別の文脈の特殊性があるのではないでしょうか。ユダヤ人も中国人も宗教的・人種的マイノリティとして長らく迫害を受けてきましたが、経済的には自律していました。まさにそれが、彼らへの差別の原因になった部分もあるのでしょう。それと比較してアメリカの黒人は、経済的弱者であり、それは今でも変わりません。彼らが人種差別に対して取った態度は、その固有の歴史的・社会的文脈の中で、彼らが生きてゆくために取った戦略だったのでしょうか。フランツ・ファノンは、黒人のことを「この世で最も哀れな存在」(The Wretched of the Earth)と呼びましたが、それは彼らが自分たちをそう見なしたからなのか、そう見なさなくてもそうなっていたのか、私にはよく分かりません。しかし、彼らが近代社会の人種問題の中で特別な位置にいるのは確かだと思います。

さらに白人アメリカ人から暴力的な迫害を受けた人種というと、アメリカ・インディアンがいます。

彼らは声を上げませんでした。

声を上げないことによって、彼らはより不幸になったのか、より幸せになったのか、私には分かりません。アメリカ・インディアンは、経済的にはアメリカ政府から援助を受けていますが、アメリカ社会でアルコール中毒患者の割合が最も多いのも彼らであり、精神的に幸せな生活をしているとは思えません。

さらに、現代のアメリカ社会において最も控えめな人たちというと、南米からやって来たインディオたちではないかと思います。「アミーゴ」という愛称で呼ばれる彼らも「ヒスパニック」になりますが、カリブ海系の黒人と白人が混血した感じの人たちとはたいへん印象が異なります。現代のアメリカ社会で、最も低賃金で、最も勤勉に働いている人たちは、アジア系アメリカ人ではなく、この穏和で無口な「アミーゴ」たちだと思います。北米インディアンや南米インディオには、人種的にもアジア人に通じるものがあるのでしょう。ここで生物学の話をするのは慎重になるべきだと思いますが、大学時代に読んだ心理学の教科書に、人種的な性格の違いという話が出ていて、その例として、コーカサス系(白人)の赤ん坊は激しく泣くが、インディオの赤ん坊は穏やかで泣かないというのを読んだことを思い出します。

前回、「アメリカ文化というのは母性を欠いているんだろうか?」と書きましたが、私はアメリカ社会を眺めていて、アジア系アメリカ人のことを「女性的」だと思うことがあります。

それと対比したとき、黒人を「男性的」と感じます。こういう認識をするのは、「白黒はっきりしたアメリカ」と変わらない二項対立の罠にはままっているように感じられるかもしれません。しかし、「白黒はっきりしたアメリカ」の枠組みをずらすために、「女性的なアジア系アメリカ人」という「異質なもの」を導入できないでしょうか。

日本文化とアメリカ文化が異なるように、両文化におけるセックス・アピールというのも異なります。自己主張のできるマッチョな男性が好まれるアメリカ文化においては、黒人男性はセックス・アピールが高く、アジア人男性はセックス・アピールが低い傾向があります。

逆にアジア人女性は、アメリカ人男性にとってセックス・アピールが特別に高いです。また、アジア人に特別な嗜好を持っているゲイのことを「ライス・クィーン」と言いますが、アジア人男性が好きなゲイは多いです。もちろん、これらは個人の単独性を無視した一般化であって、カッコ良いアジア人男性は白人女性や黒人女性にもモテるだけでなく、柔和なアジア人男性にセックス・アピールを感じる白人女性や黒人女性もいます。そういうのは、当然それぞれの個人によって多様です。

異人種間結婚(inter-racial marriage)の統計を見ると、他人種と結婚する割合は、黒人の場合は男性のほうが女性よりもずっと多く、アジア人の場合は女性のほうが男性よりもずっと多くなっています。(特に「白人男性/黒人女性」の結婚割合が非常に低い。)

他にも、例えばテレビのニュース・キャスターを見ていると(カリフォルニア州とかの地方放送局については知りませんが)、白人キャスターは男女ともにもちろん多く、黒人キャスターも男女ともに多いですが(男のほうが多いかな?)、アジア人キャスターは女性はけっこういるんですが、男性はほぼ皆無です。

日本に行ったとき際立って目につのは、若い男の子たちの「女性性」です。一般的に求められているのは筋肉美ではなく、男の子たちがとてもスリムです。そして、髪の毛とか美容とか、外見のお手入れにとても力を入れています。私は日本へ行くと、そういう日本の男の子たちが可愛くてたまりません。大好き。(おもいっきりオヤジ入ってます。)でも、アメリカ人の目から見ると、そういう日本の男の子たちは「なよなよ」ということになります。最近の日本の男の子は、眉毛を剃ったりしてますよね。あれをアメリカ人に見せると、「オカマかよ」と言って笑います。

ここに見たような日本文化とアメリカ文化の「男性的/女性的」という差異は、「平面的な二項対立」として捉えられるべきではないはずです。

ここで「男性的/女性的」というのを「平面的な二項対立」として捉えると、両者が同一の文化内にある相補的(complementary)な関係になってしまいます。しかし、上のような現象に見られる日本文化とアメリカ文化の差異は、そういうものではなく、2つの文化が自律して機能しているために、一方が他方にとって「異質」なものとして感じられるということでしょう。

すなわち、ここで「男性的/女性的」という差異は、「平面的な二項対立」ではなく、「立体的な構造の違い」として捉えられるべきです。ですから、アメリカ人による「オカマかよ」というような見方には、一方の文化構造をそのまま使って、他方の文化現象を平面的に認識したような、一種の暴力性があると思います。

機会があったら、現代のアメリカ文化と日本文化の「笑いと欲情」(Laughter and Arousal)の構造について比較してみたいです。「笑い」と「欲情」という現象は、それが起こる文化構造の形式性を際立たせる出来事であると思うので、両文化の構造的な差異もいろいろ見えてくるんじゃないかという気がします。

さて、私がここで「男性的/女性的」という二項対立を使ってみたいのは、「白黒はっきりしたアメリカ」と「アジア系アメリカ人」の関係を、相補的なものではなく、「自己」と「他者」の関係として考えてみたいからです。「自己」と「他者」という認識をしたとき、それはすでに相補的な関係になっているのかもしれません。しかし、とりあえず、「男性的」な「白黒はっきりしたアメリカ」を揺るがすために、「女性的」な「アジア系アメリカ人」というのを考えてみたいと思うのです。

アジア系アメリカ人は、日本人男性のように着飾りの面で「女性的」ではありませんが、やはり「女性性」を持っている感じがします。攻撃的じゃないんです。「出る」のではなく、「引く」感じです。または、攻撃の仕方が違うという感じでしょうか。「芯を通す」のではなく、「拡散する」感じです。

前回、「アメリカ人は他人に合わせない」と書きましたが、アジア系アメリカ人は「他人に合わせる」傾向があります。

例えば、「カフェテリア現象」。

「カフェテリア現象」というのは、アメリカの学校のカフェテリアで、同人種の生徒たちがグループを作り、異人種の生徒たちのグループと分かれて座って食事をする現象のことです。

こういう「カフェテリア現象」は、私が行っていたNY市立大学ではあまり見られませんでしたが、アヤの行っている地方大学では顕著です。NYでも、地方から多くの学生たちがやってくる私立の大学では、「カフェテリア現象」が顕著に見られると聞いたことがあります。ちなみに、学部の学生というのは、まだ目的のはっきりしない「子供の集団」みたいなところがあって、「カフェテリア現象」もそのために起こるのですが、これが大学院になったり、会社になったりすれば、こういった人種の壁は基本的になくなります。

アヤの大学のように、周りに何もないような地方で学生たちが寮生活をしていると、カフェテリアというのは、全校生徒が同じ時間に同じ場所に集まる特殊な社会空間として、学校社会にあるアイデンティティの役割が一同に演じられるスペクタクルの様相を呈します。

アヤの大学は圧倒的に白人の学生の多いところなんですが、カフェテリアに行くと、例えば、アメフト・チームのマッチョな男子たちのグループ、アニメ好きなオタクっぽい子たちのグループ、お金持ちのお嬢様たちのグループ、みたいな感じになって食事をしているわけです。その中で、黒人と白人の学生は基本的にまったく混じらずに、それぞれのグループを作っています。ときどきラスタっぽい黒人の男子生徒と白人の女子生徒が2人で座ってるとか、そういう「異端系」もいたりします。これが典型的な「カフェテリア現象」です。

白人の生徒たちと黒人の生徒たちは(少なくとも表面上は)イガミ合っているわけではありません。黒人の生徒たちは白人の生徒たちに対して非常に不信感を持っていますが(こういうのは黒人の生徒とだけ一緒になると分かる)、両者はお互いふつうに挨拶するし、しゃべるし、そういう社交的な関係ではあるんです。

しかし、イガミ合っている集団というのがあります。「色の薄い黒人(lighter blacks)」と「色の濃い黒人(darker blacks)」の生徒たちです。すなわち、「純粋な黒人」と「黒人と白人のハーフ」の生徒たちです。これら2つのグループも分かれて行動しているんですが、「色の薄い黒人」の生徒たち(特に女子生徒)は、白人の生徒たちには好意的なんですが、「色の濃い黒人」の生徒たちを嫌っていて、その結果、両者がイガミ合っているんだそうです。これはもう完全に近親憎悪です。私はこういう現象をNYで見たことがないので、ああいう圧倒的に白人ばかりの環境で起こる現象なのでしょうか。アヤによると、アジア系と白人のハーフの学生たちにも、同じ傾向が見られるそうです。

アメリカでは、異人種の両親を持つ「ハーフ」の子供たちが、成長の過程でしばしば「アイデンティティ・クライシス」を起こすことが知られています。そして、こうした「ハーフ」の人たちは、同じ社会的ポジションにいる「ハーフ」同士でかたまるわけです。

さて、こうした「カフェテリア現象」における、アジア人の生徒たちの行動はどうでしょうか。

それなりの人数いるアジア系アメリカ人の生徒たちは、絶対にかたまらず、白人か黒人のどちらかのグループに混ざって座っています。

こうしたアジア系アメリカ人の「同化現象」(assimilation)というのは、カフェテリアだけでなく、アメリカ社会全体に見られる特徴として知られています。

異人種間結婚の統計によると、白人と黒人が結婚する割合は最も低くなっており、人種的アイデンティティの差異化は「白人/黒人」が最も「はっきりしている」ことを示しています。

現代のアメリカ社会において、上位4「人種」のうち異人種と結婚する割合が最も高いのはヒスパニックで(そもそも「ヒスパニック」というのは「人種」ではないので、こういう結果になるのでしょう)、次ぎに高いのはアジア人になっています。かつてからアメリカ社会において、アジア系移民は極めて混血と同化の進んだ人種として知られていました。ちなみに、アメリカ社会で最も混血が進んだ人種として知られているのは、アメリカ・インディアンです。

異人種間結婚の統計から言えることは、ヒスパニックやアジア人は、目立たず、静かに、しかし、おそらくじわじわと、「混血」という形で「白黒はっきりしたアメリカ」を浸食しているのではないかというこです。また、過去数十年の「黒人男性/白人女性」の結婚割合の増加にもめざましいものがあります。

アメリカのアジア系移民たちの中で、歴史的にもっとも「同化」したのが日系移民たちでした。

第二次世界大戦前、アメリカのアジア系移民として最も人口が多かったのは、中国人と日本人です。(戦後は、ベトナム人やフィリピン人といった東南アジア系が多くなります。)中国人の移民一世たちは、出身社会の慣習を捨てずにチャイナタウンで生活していましたが、日本人の移民一世たちは積極的に出身社会の慣習を捨て、アメリカ社会へ同化しようとしました。真珠湾攻撃の後、強制収容所へ連行された日系移民たちが、みんなアメリカ風の服装をしている映像を見たことがあるのはないでしょうか。そして、日系移民は、アジア系移民の中で最も経済的に成功しただけでなく、アメリカ社会のすべての移民たちの中でもめざましい成功をおさめましました。

アジア人のコミュニティでも、朝鮮戦争後に急増した韓国人のコミュニティでは、親が子供を韓国人と結婚させたいと望んでいる場合が多いようです。伝統的な慣習を維持しようとしているようで、韓国系アメリカ人のコミュニティは結束が固い感じがします。日本人や中国人と違い、韓国人はキリスト教徒ですが、そのこととも何か関係があったりするのでしょうか。NYにも、韓国系キリスト教会がたくさんあります。フィリピン系の移民もカソリックですが、彼らのコミュニティはどんな感じなんでしょう。(私の知り合いのフィリピン系アメリカ人は、奥さんもフィリピン系です。)

ちなみに、私は人種差別的な日系人や中国系アメリカ人に一度として出会ったことがありませんが、韓国系アメリカ人だと、たまに黒人を差別している人に出会うことがあります。1992年にロサンジェルスで起きた暴動のとき、銃で武装した韓国人たちが自分たちの経営するグロッサリー・ストア(コンビニと八百屋がいっしょになったような、アメリカで一般的な商売形態)を防衛しているインパクトのある姿は記憶に新しいです。(ところで、あの暴動は「黒人の暴動」として広く認識されていますが、あのとき略奪行為を行っていた人たちにはヒスパニック系が多くいたそうです。)

現代のアメリカでは、グロッサリー・ストアというのが「韓国人の商売」になっていて、どこへ行っても韓国人の経営するグロッサリー・ストアがあるのですが、それと同じように、テイク・アウト専用の中華料理屋というが「中国人の商売」として街中どこへ行ってもあります。そういうふうにどこの地域にもいる中国人だって、韓国人と同じように差別を受けてきたはずですが、それへの対応の仕方に違いがあるような感じもします。東アジア系の移民の中では、韓国人は「引く」よりも「出る」印象があります。

アジア系アメリカ人に「同化」の傾向があるのは、なぜなのでしょう?

他のアジア人に対する近親憎悪の表れなのでしょうか? 私自身も他人種とつき合う傾向がありますが、なぜだろうと考えてみると、いろんな人とつき合ったほうが愉しいからです。別に他のアジア人や日本人を避けたりはしていません。

ただ、日系人の一見した「アイデンティティの可変性」は、どこへ行っても同じように見られるものではないのかもしれません。内田さんの掲示板で以前、ブラジルにお住まいの古賀さんが、「ブラジルでは混血が激しいなかで、ドイツ人や日本人といった旧枢軸国系の人たちは混血せずにコミュニティを作っている」とおっしゃっていました。イタリア人もでしたっけ?(ところで、古賀さんのホーム・ページの更新を愉しみにしていて、ときどき覗いているんですが、ずっと停止状態のようですね。)

合衆国では、際立って同化の進んだ非ヨーロッパ系移民として日本人が知られていますが、ヨーロッパ系移民としては、ドイツ人がほとんど跡形もなく同化したことが知られています。これはふつう、ドイツ人の文化がアングロ・サクソンの文化に近似していたからだと説明されますが、その他に何か日本人に通じる理由もあるのでしょうか。フランス人のような人たちは自国の外へ出るのも嫌がる傾向があるようですが、ドイツ人と日本人は海外観光旅行が大好きな民族ですね。

アングロ・アメリカでは同化し、ラテン・アメリカでは同化しなかった日系移民、というふうに考えると、同化するかしないかというのは、移民先の社会に独自の文脈のなかで成功するための戦略的な選択ということなのでしょうか。

アジア系アメリカ人のコミュニティにもいろいろありますが、「サブカルチャー系」の一つとして、こないだNYのパーティーに行ってきた Giant Robot があります。同名の雑誌を発行していて、本部はロサンジェルスにあるらしいです。パーティに来ていたのは、アジア人だけでなく、半数くらいが非アジア人なので、とても開かれたコミュニティです。ウェブ・サイトには掲示板があって、友人なんかはそこで侃々諤々やってるらしいですが、私は最近そういう元気というか興味が失せていて、覗いたことはありません。学生時代だったら、こういう場所での議論にハマッていただろうと思います。NYには、若い日本人のコミュニティでがんばっているのもいくつかあります。

「女性的」、「出ない」で「引く」、人種差別をしない、他者と同化する、声を上げずに黙っている──こうした特徴を持った現代のアジア系アメリカ人は、「白黒はっきりしたアメリカ」への他者として、アメリカ社会が内包する多様なアイデンティティの重要な一つを構成しているのではないでしょうか。

そうやって、アメリカ社会が内包する「白黒」以外の多様なアイデンティティたちは、アメリカ文化に「すきま」や「陰」を作っているのかもしれません。

「声を上げる」アイデンティティたちにかき消される「沈黙」。そこに耳を澄ませることが必要なのではないでしょうか。

ドゥルーズ/ガタリが『千のプラトー』の「序──リゾーム」で述べている「アメリカ」も、「2種類の思考形態の共存」についての指摘です。「西洋的」な思考形態は「ツリー状」であるの対して、「東洋的」な思考形態は「リゾーム状」である可能性を論じたのち、アメリカではこの両者が共存しているとドゥルーズ/ガタリは指摘します。出版されている邦訳より引用します:

アメリカについては、特別の場所を割くべきだろう。もちろんアメリカにしても樹木の支配と根の追求から免れているわけではない。それは文学においてさえ、国民的アイデンティティーの、さらにはヨーロッパの祖先ないし系譜の探求においてさえ見てとれることだ(ケルーアックは自己の祖先たちを探しに出かける)。にもかかわらず、かつて起きた重要なことのすべて、いま起きつつある重要なことのすべてが、アメリカというリゾームを通して行われていることに変わりはない──ビートニック、アンダーグラウンド、地下運動、徒党とかギャングなど、一つの外とじかに連結する数々の継起的側面的激動だ。たとえ樹木を追求しているときでさえ、アメリカの本とヨーロッパの本とは違う。それは本の考え方そのものの中にある違いである。『草の葉』。しかもアメリカにはさまざまな方向が存在する──<東部>においては樹木状の探求と旧世界への回帰が行われる。けれども<西部>はリゾーム状なのだ。その祖先なきインディアンたち、つねに遠くへ逃げ去ろうとするその限界、可動的であり移動してやまないその辺境(フロンティア)などにおいて。<西部>にはまさにアメリカ的「地図」があり、そこでは樹木でさえもリゾームになる。アメリカは方位を逆転させた──その東方(オリエント)を西部に置いたのだ、あたかも大地がまさにアメリカにおいて円くなったかのように。アメリカ西部は東部の縁そのものなのである。(西洋と東洋のあいだの中間項をなすのは、オードリクールが信じていたようにインドではなく、回転軸と逆転装置としてのアメリカである。)アメリカの女性歌手パティ・スミスはこんなふうにアメリカ歯科医の金科玉条を歌っている──根を求めてはいけません、運河[歯根管]に沿って行くのです……。

私がアメリカで生活していて肌で感じる「アメリカ」に、このドゥルーズ/ガタリの記述はかなりの実感的な説得力をもって語りかけてきます。

「アメリカは方位を逆転させた──その東方(オリエント)を西部に置いたのだ、あたかも大地がまさにアメリカにおいて円くなったかのように」とドゥルーズ/ガタリは書いていますが、それは西部のフロンティアに「インディアンたち」がいたからだけではないでしょう。

かつてヨーロッパから大西洋を渡ってアメリカへやって来た移民たちは、自由の女神像に出迎えられながら、アメリカ東海岸のNY沖にあるエリス島へ到着しました。ここで移民の手続きが行われたわけです。しかし、アメリカへの移民たちが海を渡ってやってきたのは、東海岸だけではありません。中国や日本をはじめ、アジアからの移民たちは太平洋を渡って西海岸のサンフランシスコ沖にあるエンジェル島に到着しました。エンジェル島は、もう一つのアメリカの出発点なのです。

文字どおり「沈黙を音楽として聴く」ことを行ったのは、アメリカ人の音楽家ジョン・ケージでした。

ケージはたいへん柔和で「女性的」な人でした。彼は自分のホモセクシャリティであるとか、そういうアイデンティティの問題については語らなかった人で(隠しもしませんでしたが、それを語ることに肯定的な意味があると考えていなかった)、そういう意味で「50年代的」な人であったと思います。

ケージは日本の禅の思想に傾倒していました。欧米文化に最も影響を与えた日本の思想家というと、50年代から60年代にアメリカで禅ブームを起こすことになった鈴木大拙ではないでしょうか。道元が『正法眼蔵』で説いた「心身脱落」(自我の放棄)や「自他一如」(対象物との同一化)といった禅の思想は、現代のアメリカ的な「アイデンティティ」の考え方とは正反対の方向性を持っていると思います。

私はアメリカに来た最初の年にコンサート会場でケージに出くわし、挨拶を交わさせてもらったことがあります。(ケージは1992年に80歳の誕生日を目の前にして亡くなりました。)世界でも屈指の文化人だったケージは、みんなから「ジョン」と呼ばれ、誰に対してでもニコニコと温かい視線を向けて話をするのが非常に印象的な人でした。そういうケージを慕って、ケージに全面的に肯定してもらって、60年代70年代にはさまざまなアーティスト(多くは「無名」のアーティスト)が活動していたわけです。

あの時代のアメリカのアート・ワールドにとって、おそらくケージは最大の影響力を持っていた人物でしょう。

ケージ的な「全面肯定」によって、若いアーティストたちは勇気づけられ、それによってさまざまな出来事が起こりました。そう考えると、ケージはあの時代のアート・ワールドに抑圧的な権威を行使した「父」というより、すべてを受け入れる大いなる「母」だったのかもしれません。

そうした「ケージの子供たち」として生まれたムーヴメント/コミュニティの一つには、NYのフルクサスがあります。そのメンバーの多くは「無名」のアーティスト、いってみれば「ぷーたろう」のような人たちだったのだと思います。フルクサスは、NY在住の日本人のメンバーが多いのも特徴でした。

あの時代にくらべて、NYの街はすっかり変わりました。

治安はよくなり、イースト・ヴィレッジやロウワー・イースト・サイド(!)さえもファッショナブルな観光地のようになる変貌をとげました。70年代には、このへんは殺気だっていて、軽い気持ちでは歩けないような場所だったそうですし、私がここに来た80年代の終わりでも、まだまだヤバそうで硬質な空気が張りつめていました。あのNYの緊張感は、すっかり過去のものになってしまった感じです。

それと同時に、ケージのような「母性的なアメリカ人」もどかへいなくなってしまったような気がします。これは私の単なる気のせいなのかもしれません。でも、なんとなく、「死と愛が背中合わせになっていたNY」から「ファッショナブルなNY」への変貌は、このことと関係しているような気もします。

「いつホールド・アップにあうか分からず、つねに意識を集中していなければならい」ような場所が良いのだと言っているわけではありません。たぶん、私が求めているのは、「人間的な温かみ」だと思うんです。人は、超えることのできない「不自由さ」──特権さえあれば超えられるような「不自由さ」ではなく、もっと根源的で普遍的な「不自由さ」──を感じたとき、はじめて「自由」になり、「人間的な温かみ」を獲得できるのではないかという気がします。

うちの近所は10年前にくらべて、すっかり貧乏人が住めない地域になってしまいました。前市長のルドルフ・ジュリアニが、住民の反対運動にあいながら、警察の力で強行的にホームレスやドラッグ・ディーラーを一掃してしまい、90年代のアメリカの好景気に後押しされて、この地区の家賃はうなぎ登りに上がって行きました。最近うちのアパートに引っ越してくるのは中産階級風の白人の若い人たちばかりで、彼らは廊下ですれ違っても目も合わせず、挨拶をしないんです。すごい嫌な感じです。こんな世の中にくらべたら、街路にクラックを入れるカプセルや注射針が転がっていたあの頃のイースト・ヴィレッジのほうが、まだ「人間的な温かみ」があったような気さえしてくるのです。

これはイースト・ヴィレッジやロウワー・イースト・サイドだけの「ヤッピー化」現象なのかもしれません。子供づれの家族の多い住宅地とか、NYでも別の地区へ行けば近所の住民同士が挨拶を交わしていて、だいぶ雰囲気は異なると思います。(そもそも「ニューヨーカーは挨拶をしない」というのは、昔からアメリカ国内では有名で、そういう比較の問題としてはNYもご多分に漏れず「都会的」な街ではあります。)80年代初頭のイースト・ヴィレッジのアート・シーンのような雰囲気も、またどこか別の場所に移っているだけで、アート・スクール・スラッカーたちは相変わらずなのかもしれません。

でも、NY全体が、ここ10年20年ですっかり治安がよくなり、こぎれいになって、なんだか「反動的」な感じがしてしまうのは確かだと思うんです。今でも、行くところに行くとヤバいのでしょうが、そういうものはブロンクスかどこかの奥地へ追いやられてしまった感じです。

こないだ友人が、「むかしNYにはカッコイイ人がいたよねえ。今はダサいヤツらが闊歩してるよ」と言っていました。NYだけでなく、ロサンジェルスからは「フィリップ・マーロウ」もいなくなってしまったのかもしれません。

繰り返しますが、私は「治安が悪いほうがいい」と言いたいのではありません。「街路にクラックを入れるカプセルや注射針が転がってい」るような場所は、「文明的」な世界ではないかもしれないし、少なくともあまり住み心地のいい場所でないでしょう。それをロマンティックに美化して語るのがここでの目的ではありません。そういう美化は、また今度の機会にします。

私が言いたいのは、NYという特定の場所に限って見たときの問題として、「不自由な街」から「こぎれいな街」への変化が、何かと期を一にしているような気がするということなのです。逆説的に、それによって失われてしまった「自由」があるのではないかと。

現代のアメリカで、人種間の経済的・社会的な不平等がそれなりに是正されたのは良いことです。しかし、そうすることによって人々はさらなる「自由競争」に駆り立てられ、同等の「権利」を要求し、自分が「犠牲者」であると主張し、かつてあった普遍的な「不自由さ」の感覚を失ってしまったような感じもします。アメリカも、現代の日本のように均質化しているのではないでしょうか。そういう意味では、アメリカが「日本化」しているような気がします。

えっと、何の話してたんでしたっけ。「沈黙を聴く」って話か。

経済が落ち込み、落書きにあふれ、歴史上もっとも荒涼としていた70年代のNYと、ジョン・ケージの母性は、時間軸的に偶然一致してるだけで、直接の関係はないかもしれません。

アメリカの政治と文化は、振り子のように右に振れ、左に振れというのを繰り返しながら展開してきました。私がここで過ごした1990年代というのは、非常にリベラルな時代でした。シングル・マザーに育てられたベイビー・ブーマーの民主党員ビル・クリントンが2期大統領を勤め、60年代的な左翼の思想が「階級闘争」ではなく「文化戦争」という形でリバイバルし、新左翼の教条的な傾向をアイロニカルに指し示した「ポリティカル・コレクトネス」という言葉もリバイバルしたような、そんな時代でした。

この90年代のリベラルな空気は、当時「あの頃は酷かった」という形でよく耳にすることのあった、(50年代にはハリウッドで赤狩りをしていた)共和党員ロナルド・レーガンが2期大統領を勤めた80年代の保守的な文化の後にやってきたものでした。私が直接知らない70年代のNYというのは、この「お金と権力」の80年代のさらに「向こう側」から、戦後もっとも激しく「右に振れている」現在のアメリカにいる私に語りかけてくるのです。

「右」だろうが「左」だろうが、「白黒はっきりした」イデオロギーというのは「沈黙」に耳を澄ますことをしないのだろうと思います。でも、今みたいな時代になると、まだリベラルな時代のほうが良かった気がしちゃうんでしょうね。

アジア人って言えば、DJ文化のおかげで、NYでもクラブとかの音楽シーンでけっこう活躍しています。ああいうコレクターっぽいもの、オタクっぽいものっていうのは、これからどうなってくんでしょうね。こういうのは、やはり均質的な「郊外の文化」でしょう。アヤの大学で語学の選択で日本語やってる学生って、ほとんど日本のマンガが読みたいっていうオタクな人たちなんですって。オタク文化おそるべし。

追記:

NYが「不自由な街」から「こぎれいな街」になったのは感じが悪いという上の文章を書いてから、友人と食事をしに外に出たのですが、愉しそうに行き交う多様で活気のあるニューヨーカーたちを眺め、彼らと言葉を交わしていたら、やっぱり平和なNYも良いもんだと考えが変わってしまいました。半日後に前言撤回です。


2003年9月30日

Two Cheers for America (4): The Third Cheer Withheld for Selfishness(自分勝手さに万歳三唱目は差し控え)

今回は、私の思うアメリカ文化の問題点について書かせていただきます。

また出発点として、「タルムード」させていただきます。

内田さんは以前日記で、「権利より義務のほうが先行しなければ、住みやすい良い社会にはならない」という意味のことを書かれていました(3月14日):

誰かがその役を引き受けないと話が始まらないような役を「じゃ、ぼくがやっときます」といって何気なく引き受けるような人、それが「大人」であると私は理解している。

このようなふるまいは「すべての国民は等しい権利を有し義務を負う」という前提からは導出できない。

許されているより多めに権利を行使する人がいるなら、誰かがその分の義務を抱え込まないと帳尻が合わない。そのときに、さらっと義務を多めに負う人、それが「大人」であり、それが日本国憲法が無言のうちに指示する日本国民の範例である。私はそう理解している。

ある目的を持った共同体が形成され、活動しているとき、それを取りまとめている人が、「これ、誰かやっといてくれる?」と共同体に向かって訊いたとします。そのとき、「じゃ、ぼくがやっときます」と誰かが手を挙げるのがアメリカ人、「しーん」としてしまうのが日本人、というのが私の経験知です。そういうとき私は、「アメリカ人は大人だなあ」と感じます。

ただ、これは義務感の問題なのかと考えると、よく分からない気もするんです。

日本人の価値観を述べた言葉に、「義理と人情」というがあります。こういう言葉は誰が考え出すのか知りませんが、上手いこと言うものだなあと思います。「義理」というのは、一種の義務感のことではないでしょうか。日本人は、率先して自分から手を挙げて仕事をしなくても、与えられた仕事に関しては、アメリカ人よりもずっと義務感を持ってやりとおす感じがします。

「人情」というのも、他人のことを想って、何かしてあげるという一種の義務感ではないでしょうか。日本人は、友人をよく助けると思います。それと比較して、アメリカ人の場合、「オマエ、友達なんだからさ、もうちょっと気を遣って何かしてあげたらどうなの?」というような場面に出会うことがあります。

アメリカの大学の授業風景を想起すると、教師が「これ、誰かやっといてくれる?」と生徒たちに向かって言ったとき、必ず誰かが手を挙げて、すぐに担当者が決まります。さらに、やはり日本の授業風景と対照的なのは(私は日本の大学の授業風景というのを知りませんが、きっと対照的なのではないでしょうか)、生徒たちが自分の考えをガンガン述べて、積極的に授業に参加することです。

彼らが「自分の意見を述べる」のは、義務感からではないと思います。どちらかと言うと、自分の意見を聞いてもらう権利感だと思います。「じゃ、ぼくがやっときます」と「自分の意見を述べる」に共通しているのは、個人の自律した能動性ではないでしょうか。

権利が発生すると、同時にどこかに義務も発生しないとバランスが取れないように思います。例えば、王様が多大な権利を持っている場合、それにバランスを取るために家臣や農民に不釣り合いな義務が生まれるのではないでしょうか。アメリカ文化においては、この権利と義務のバランスが、そうした社会全体のヒエラルキーにおいて均衡しているのではなく、個人の一点において均衡しているような感じがします。これがアメリカの「自立」した個人なのかもしれません。

現代の日本文化においては、この権利と義務の均衡が、個人の一点においてでも、社会全体のヒエラルキーにおいてでも、そのどちらでもない場所で起こっているような感じがします。ではどこで起こっているのかと言うと、集団に対する義務として、そして集団に対する権利として均衡しているような感じがします。これが日本的な「集団責任」の考え方であり、さらには「集団によって守られている」感覚なのではないでしょうか。

「他人に良いことをしていれば、必ずそれは自分にも返ってくる」ということを日本人はよく言いますが、アメリカ人もああいう考え方をするのでしょうか。そういう英語のフレーズは、ちょっとすぐに思い浮かびません。

アメリカ人も、「社会的責任」(social responsibility)とか「歓待」(hospitality)ということは言います。これらは、自立した主体が他の自立した主体を支える義務、すなわち主体が「自ら立つ」ための縦方向の超越的な価値観なのではないでしょうか。それと比べたとき「義理と人情」は、社会全体を機能させる個々の役割を持った非主体的なメンバーが、他のそうしたメンバーに負っている義務、すなわちメンバー同士が「寄りかかる」ための横方向の価値観ということはないでしょうか。

しばらく前になっちゃいますが、こっちの日本語放送でテレビ・ドラマの『顔』をやっていて(オダギリ・ジョーかっこいー!)、その次ぎに『大奥』をやっていました。これが両方とも面白かったんですが、何が面白いと思ったかと言うと、登場人物たちの主体性を欠いた「キャラわり」です。大奥は、女の牢獄なのでございます。「江戸」「薩摩」「京都」のお国言葉の「キャラわり」も綺麗だと思いました。

ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』を作ったとき、C3P0 と R2D2 のコンビのアイデアを黒沢明の映画のキャラクターから取ったと聞いたことがあります。ああいう弥次さん喜多さんの凸凹コンビみたいな、主体性を欠いた「キャラわり」って、日本っぽいということはないでしょうか? 西洋でも、近代的な主体が生まれる以前は、あんな感じだったのでしょうか。

こないだ、江戸時代の儒学者/兵学者である山鹿素行の「士道」を英訳で読みました。これがえっらい面白いんですが、そこで素行は「平和な現代における侍階級の社会的役割とは何なのか?」ということを考察しています。「農工商」の階級は、それぞれ生産的な役割を果たしているのに、「士」の階級は何のために社会に存在しているんだ? ということを真摯に探究していて、「その社会への役割と義務が理解できない侍は、ただちに農工商の階級へ落ちよ」と書いています。

こうした「自分が所属する社会への単独的な役割と義務」という考え方は、アメリカの「社会のなかで単独的に自立した個人」という考え方と対照的だと思いました。(他にも、伊藤仁斎・東涯、荻生徂徠、さらに鎌倉時代の栄西、道元といった人たちを英訳を読んだんですが、おっもしろーい。)

アメリカ社会の自律した個人は、日本人にくらべて権利感も強いと同時に、ある種の義務感も強いのかもしれません。「自分のことは、自分で決める」という考え方はアメリカ文化の特徴だと思いますが、それは「自分からやる」という自律的な能動性を意味するのでしょう。

そう考えると、アメリカ人が「じゃ、ぼくがやっときます」と言うとき、それは他人のためにやっているのでも、社会のためにやっているのでもなく、自分のためにやっているような感じもします。

なんだか不自然なことを言っているように聞こえるかもしれません。しかし、彼らは、自分が能動的で自律した個人でいるという、そのことのために、「じゃ、ぼくがやっときます」という自発的な行動を起こしているような感じがするんです。他人のためでも、社会のためでもなく、「内なる神」(@エマーソン)のためにやっているような、そんな感じが。

日本人を見ていて、ときおり感じるのは、「ワタシは、自分の力ではどうにもならない世の中のシガラミに抑圧されて生きているんだから、自分の意志で行動を起こすなんてことに何の意味がある?」という悲観的な受動性です。

この日本人の「受動性」は、進歩する近代ヨーロッパの哲学者ヘーゲルが、進歩しないアジアを見て「アジアの停滞」と呼んだ現象なのでしょうか。

しかし、明治維新期や、昭和の高度成長期の日本社会は、欧米人が驚愕するほど能動的な「進歩」を遂げました。

アメリカ的な自律した個人は、権利という「マイナスの力」を有すと同時に、義務という「プラスの力」を有し、この「電荷」の大きさによって社会全体に活発な「流れ」を起こしているような感じがします。

「義理と人情」に見たように、日本人は義務感の強い民族だと思います。「何に対する義務なのか?」という問題がありますし、比較するのは難しいですが、日本人のほうがアメリカ人より義務感があるのではないかと感じるくらいです。山鹿素行も「義務」(義、righteousness, duties)ということを強調していても、「権利」というようなことは一言も書いていません。(現代の日本に儒学的な価値観がどれくらい残っているか分かりませんが。)少なくとも、「義理と人情」的な義務感は、日本人のほうが強いでしょう。この義務感が、明治維新期や、昭和の高度成長期の日本社会の驚異的な能動性を生んだのでしょうか。経済学のことは、まったく分かりませんが。

以前、NYで商売をやっている日系人の友人と話していたとき、「日本には人権がないから、それがすべての問題だよ」と言っていました。彼が「人権」という言葉で意味したかったのは、理不尽な社会制度や権力構造や因習に抑圧されない「自律した個人の権利」というようなことでしょう。

彼は会社を作るのが趣味のような人で、何かアイデアがあるとすぐに会社を作って商売にします。その彼が言うには、日本では彼のようにフラフラした個人がスモール・ビジネスを始めるのが困難で(会社の銀行口座を開くとか?)、彼のようにサラリーマンになりたくない人間は、みんなフリーターになってしまうそうです。

ここにも、アメリカと日本における、「集団」(会社)と「個人」の異なった関係が表れているような気がします。

ひとつ思ったのは、義務の問題を考えるとき、単に「個人がどれだけ自律的に社会に貢献しているか」ということだけを取り出しても、見えてこない問題があるのではないかということです。

もうひとつ思ったのは、義務の権利に対する「相対量」の問題です。最初に引用した内田さんの論考も、義務の「絶対量」について話しているのはなく、義務は権利に先行するべきだという、義務の「相対量」について指摘なさっています。または、どちらに根源的な重要性(priority)があるかという問題でしょうか。

かりに義務の「絶対量」が多かったとしても、やはりアメリカ人は権利の主張が先走っている感じがします。率直に言って、アメリカ人は日本人にくらべて「自分勝手」な印象を受ける人が多いです。

ただ、「自分勝手」(selfish)というのは、定義が必要だと思います。

アメリカ人の自分勝手さは、「他人が嫌な気持ちになっても、自分さえ良い気持ちになれればいい」というようなものとは違うと思います。

例えば、一部のカリブ海系ヒスパニックの人たちが文化的に示すような、すぐ列に割り込むとか、そういう類の、私たち日本人やアメリカ人が「ズルい」と感じるような「自分勝手さ」は、アメリカ人にはありません。カリブ海系ヒスパニックの人たちもアメリカ人なわけで、ここでは伝統的なアメリカ文化をイメージしています。この文化的多様性を内包したアメリカについては、次回考えます。

ヨーロッパでも、フランスとかイタリアとかラテン系の国へ行くと、スリとか、セコくてズルいタイプの犯罪に出会います。それに比べてアメリカ人というのは、あまりそういうことはしません。これはピューリタン的な価値観なのだろうと思いますが、アメリカ人というのは生真面目な人たちです。例えばポリティカル・コレクトネスのような風潮は、そういうアメリカ人の生真面目さをよく表しています。ではアメリカ人は悪いことをしないのかというと、もちろんそんなことはなくて、銃を使った犯罪に代表される正面切って暴力的な犯罪は多いわけです。

現代の日本社会には、痴漢という犯罪現象があります。私はこの痴漢という現象は、現代の日本文化の問題点を端的に表す病理的症候だと思っているのですが、アメリカ社会には痴漢という現象がありません。痴漢というのは、個人が自律的な能動性を持っていないことにつけ込んだ、自分勝手な犯罪だと思います。アメリカ社会に痴漢がない一つの理由は、そんなことをしたら大声で怒鳴りつけられるからです。しかし、アメリカにはスリがなくても銃犯罪がるように、痴漢はなくてもレイプはあります。これらのアメリカ的な犯罪の表出の仕方は、自律した個人が他の自律した個人を暴力によって押さえつけるという現象だと思うのです。

最近、日本で多いらしい万引きという犯罪現象も、自分勝手な犯罪です。すべての犯罪というのは自分勝手な行為なわけで、犯罪を見ると、それが行われている文化の「自分勝手さ」がどういう構造を持っているのかが分かる気がします。こういう犯罪というのは、それぞれの社会に特有の文化構造や機能的システムの表れであって、ひとつの倫理基準に従ってこの文化は倫理的だとか、この文化は非倫理的だとか言えるものではないでしょう。人々が「ズルい」ことをするのが文化的な前提になっている社会では、それで社会がシステマティックに機能するようになっているのだと思います。(だから日本では痴漢をしてもいいということではなく、痴漢は現代の日本文化のシステム的問題点を端的に表していると思います。)

アメリカ人は、他人の権利を尊重します。では、日本人にくらべてアメリカ人に感じられる「自分勝手さ」とは何なのか。

アメリカ人的性格の一つに、自分の正しさを疑わないというのがあると思います。

極端な言い方をすれば、「他人がどう言おうと自分は正しい」というのがアメリカ人特有の態度だと思います。「ワタシはワタシ、アナタはアナタ」なのです。

「他人の言うことに惑わされず、内なる神を信じ、まだ誰も通ったことのない道を進んで行け」という趣旨のことを、エマーソンは繰り返し書いていますが、こういう「カウ・ボーイ」的なところがアメリカ人にはあります。

別な言い方をすると、アメリカ人は他人に合わせないのだと思います。「自分」のまま。他者の存在は積極的に認めるし、他者と「とにかく」言葉を交わし、他者を「とにかく」助けることはするんですが、自分自身は他者性に開かれていないのかもしれません。

アメリカ文化の基本は、「自己保身」ではないかという気がします。だから、最終的に他者との「境界線」が曖昧になることがない。

これは、日本的な「義理と人情」が欠落しているというのに表れているのではないでしょうか。他者への「気遣い」とも言えるかもしれません。「気遣い」というのは結局、他人の立場になって考えるということではないでしょうか。アメリカ文化には、日本文化にくらべて、この他人の視点でものを見ようという意志が希薄であるような気がします。

アメリカ人は、友達思いではあるんです。誕生日を祝うとか、何かあるときは声を掛けるとか、そういう「歓待」はとてもよくします。そして、アメリカ人は貴方をしばしば無条件に "my friend" と呼ぶでしょう。

ただ、彼らには、友達のなかにある異質な部分に共感しようとするという心的活動が希薄であるなような気がします。もちろんアメリカ人にも、繊細で、相手の気持ちに共感しようとする人たちはいます。でも、荒っぽく一般化すると、さっき書いたように「ワタシはワタシ、アナタはアナタ」というのがアメリカ文化の姿勢だと思います。

ヨーロッパ、例えばフランス文化に見られる個人主義というのも、そういうものなのかもしれません。

それにくらべたら、アメリカ人はずっとフレンドリーかもしれません。

そう考えると、アメリカ文化に特有な「自分勝手さ」とは何なのでしょう。

さっき書きましたが、やはり「自分の正しさを疑わない」ということではないでしょうか。アメリカ文化というのは、「ポジティヴ・シンキング」(positive thinking)なんだと思います。

このアメリカ文化の特徴は、アメリカ人自身も分かっていて、よくコメディーのネタにもなります。一部の日本人が「自己啓発セミナー」に行くように、アメリカ人は自己を肯定することに救済を見出します。

落ち込んでる人を慰めるんでも、アメリカ人は「いっしょに苦しみを感じる」のではなく、"Cheer up!"(元気出せよ!)という感じになることが多いです。「それでキミも良い勉強になったんだよ! 肯定的に考えなくちゃ!」というふうに。

もちろんアメリカ人にも、ネガティヴな人、鬱っぽい人、シニカルな人、そういう人たちはいます。でも、彼らの性格は「ポジティヴ・シンキング」の裏返しであって、そこにあるのは実存的なネガティヴさ、すなわち「ネガティヴさ」をポジティヴに生きてしまう姿勢であるような気がします。

イロニー的なメタな視点がない感じです。イギリス人的な皮肉の感覚というのは、カウ・ボーイにはなくなってしまったようです。

アメリカ人は、態度のデカい人のことを "He's so happy with himself"(ヤツは自分に満足している)と言って貶すことがありますが、一般的にアメリカ人というのは "so happy with themselves" な感じもします。

そういえば以前、日本へ出張になって仕事をしていたあるオーストラリア人女性が、居酒屋で下らない内輪話に盛り上がり、他者を招き入れない日本人たちに疎外感を持って、"They are just happy with themselves" というようなこを言っていました。日本人は、集団でいることに「幸せ」を感じ、アメリカ人は自分でいることに「幸せ」を感じるのでしょうか。しかしそのとき、「日本の居酒屋」と「アメリカの個人」のどちらのほうが他者に対してフレンドリーかというと、アメリカ人かなとは思います。

「他人との違いを気にする否定性を退け、自己の単独性を肯定する」とだけ書くと、なんか私の好きなタイプの人間のようです。しかし、アメリカ文化のそれには、欠けているものがあるような気がします。

それは、「自意識」ではないでしょうか。

やっぱり、アメリカ文化はすごい表層的ということだと思います。行動主義的(behavioristic)とでも言うんでしょうか。「内面」がないのです。

アメリカ人は、「言わなかったら、分からない」です。口に出したことだけが、すべてです。良かったら「良い」って言うし、嫌だったら「嫌だ」って言うのです。「深読み」しません。(これに慣れちゃうと、すごいラクなんですが。)

誇張した書き方をしていますが、日本文化にくらべたら、そうです。「男は黙ってサッポロビール」みたいな感覚は、アメリカ文化にはありません。(古いなあ。むかし学校の先生に教えてもらったんですけど、コマーシャル自体は見たことないのでした。)

夏目漱石の『こころ』の主人公が「先生」の内面について想像するみたいに、黙っている人の内面について想像するということをアメリカ人はあまりしないような気がします。

アメリカ文化の表層性とは、「真っ平ら」ということなのでしょうか。

表層は曲がって「ひだ」状になることによって自意識の空間を作らなければ、他者を「気遣う」という空間的な共感への試みも発生しないと思います。アメリカ文化には、「母性」が欠けているということなのでしょうか。そういえば、アメリカ人は女の子でも、我が強くて「男っぽい」子が多いな。

アメリカ文化は、日本文化のように単一の空間を形成していないと思います。しかし、それは無限に多様な複数の空間の集合体でもなく、「真っ平ら」な表層なのでしょうか。

ドゥルーズが、こんなことを書いているのを見つけました。「存在」には、「襞としての魂」という状態の他に、「プリーツとしての物質」という状態があると言うのです:

物質のプリーツたちは、外部の状態にあり、魂の襞たちは、内部に閉じた状態にある。[…]魂と物質は、存在の2つの種類なのではない。存在のなかで、この2つは襞によって差異化するのである。物質とは、襞ではなく、「プリーツ」なのだ。プリーツは襞と同じように生成し反応するが、襞と違い自己の生成を知覚しない。

このドゥルーズの描く「物質のプリーツ」って、私がアメリカ社会に持っていたイメージ──アイデンティティの殻を作りながらも、剥き出しの表層感を経由したプラグマティックな政治性によって、そのアイデンティティの構造が無意識のうちにが変容してゆくようなイメージ──にそっくりだと思いました。

いや、でも、やっぱり私はちょっとへんなことを言っていますね。

やっぱり、アメリカ人に「自意識」がないわけはありません。

私のアメリカ人の友人たちは、深い「内面」を持っています。彼らが語って聞かせてくれるさまざまな省察や、彼らがときおり見せる深遠な眼差しのことを思い出したら、「アメリカ人は内面がない」なんて言ってしまったことが申し訳なくなってきました。

ごめんなさい。

彼らの「内面」は、一部の日本人よりもよっぽど深い気がしてきました。

私はときおり彼らに日本人にはない種類の「自立した大人の深み」を感じます。それは『こころ』の「先生」の深みに近いものさえあるかもしれません。こうしたアメリカ人の「内面の深さ」は、とうぜん「自意識」でしょう。

さらに、私はそうしたアメリカ人たちの深い省察から、どれだけ多くのことを学んだことか。

では、アメリカ人の対人関係にある表層感とは、なんなのでしょう?

それは、ときに「横に深い、底なしの表層感」を私に感じさせるものだと思います。

しかし、ときに「真っ平らなバカ」のようなものを私に感じさせることもあると思います。

アメリカ的な自律した個人に、「自意識」がないはずはありません。「自意識がない」というのは、「人間でない」ということでしょうし、「文化がない」ということではないでしょうか。

アメリカには豊饒な文化があります。20世紀の重要な文化的出来事の多くは、アメリカにおいて起こったと言ってもいいでしょう。

やっぱりアメリカ社会は、無限に多様な複数の空間の集合体なんだと思います。

ただ、アメリカ的な自律した個人は、他の自律した個人の「自意識」を「気遣う」ことをせず、すなわち他者の「内面」に共感することを試みず、ただ表層的でプラグマティックに関わることしかしないということなのでしょう(極端に言うと)。それがアメリカ文化の表層性だと思います。

すなわち、アメリカ的な自律した個人に欠けているのは、個人的な「自意識」ではなく、社会的な「自意識」ということではないでしょうか。

社会的な「自意識」を持つということは、「他人の目を気にする」ことだろうと思います。

もしこの社会的な「自意識」に閉じこもっていたら、人は社会に規定された自己の外部に出て行くことができないでしょう。外部に向かって「行動」し、未知の他者と交流し、「世界を変える」ためには、社会的な「自意識」を一時的に「カッコに入れる」必要があると思います。

しかし、アメリカ人は、そうやって積極的に行動しているうちに、かつて「カッコに入れて」一時的にどけておいた社会的な「自意識」のことをすっかり忘却してしまい、どこかへ置き去りにしてしまったのでしょうか。

社会的にメタな視点から単独的な自己を眺めてみようとすることに、アメリカ的な自律した個人は価値を見出していないのかもしれません。(傾向を誇張するとですが。)

これは、エマーソン的な自立の発想の落とし穴なのでしょうか。

社会が多様すぎると、そこには共通する認識の枠組みがほとんど成立しないため、そこで生活する人々から社会的にメタな視点が消えてしまうのでしょうか。

黒人の人権運動家が、「キミたち(白人)がワタシたちのことを心の中でどう思っているかなんて、問題じゃないんだ。そんなおぞましいことは、知りたくもない。ワタシたちは、ただ外的にハッキリと規定できる対等な権利を要求しているんだ。そうしたら、ワタシたちはその権利を持って、ワタシたちの生きたいように生きる」ということを言うことがあります。

これは、非常に正しい意見であると同時に、非常に寂しい考え方だと思います。

アメリカ人というのは、とても孤独な人たちなのかもしれません。

ここにある一つの問題は、自分のアイデンティティをあまりに確固としたものとして捉えていることではないでしょうか。アメリカ文化では、真理というのは複数あるものだと考えられていたとしても、その一つ一つの真理は絶対的に確立されている感じがします。

アメリカ文化のアイデンティティ・ポリティクスというのは、プラグマティックに到達した真理が流動的であるように、ぶつかり合うアイデンティティの構造にも流動性をもたらすものではないかと私は思っています。しかし、アメリカ文化は、この流動性に対するメタな視点、すなわち普遍的な視点を欠いているように思われます。

ここでちょっと、前回引き合いにだした「NYと東京のホームレス」のことをもう一度考えてみたいのです。

もし私自身がホームレスにならなければならないとしたら、NYと東京のどちらの都市でなりたいか?

ここで、前回の思考の流れが停止してしまいます。

というのは、私はNYでホームレスになりたいとは思わないです。

均質な社会には、序列的な差別も存在しますが、「緩衝材」もつまっていて、そこには居心地の良さがあるのも確かだと思います。剥き出しの生命を生きているようなNYのホームレスは、均質な社会でひっそりと暮らす日本のホームレスよりも、タフな生き方を強いられているような気がします。

内田さんは、多様性に特徴づけられた社会の「水平方向の壁」の構造を説明するのに、「エコロジカル・ニッチ」(生態学的地位)という比喩を使っていらっしゃいました。私はこの考え方に深く頷きます。(ところで、山鹿素行も、士農工商の階級的差異を動物界の生態学的地位にくらべて論じていました。)

しかし、この同じ比喩を使って、ここにもう一つあると思われる問題を前景化できないでしょうか。すなわち、動物界の「エコロジカル・ニッチ」は、人間的な文明性を欠いているという問題です。

「エコロジカル・ニッチ」とは、「多様な生き方の棲み分け」であると同時に、「弱肉強食」の世界でもあると思います。ライオンはシマウマの他者性に敬意を払っているとは思えません。

なぜなら、ライオンやシマウマには社会的な「自意識」がないからでしょう。

これは内田さんが「エコロジカル・ニッチ」という比喩を使って、分かりやすく説明してくださった「水平方向の壁」の問題とはまた別の問題を前景化させているだけで、「水平方向の壁」という考え方自体については、私は深く同意します。

私は、カルカッタとNYに似た空気を感じます。(カルカッタに行ったことなんですけど。)

カルカッタの人たちも、他者に物怖じするすることなく、別世界からやってきた観光客たちと積極的にコミュニケーションを試みます。NYは近代的で豊かなな都市であり、カルカッタは発展途上の貧しい都市であっても、人々がそれぞれの「居場所」を持ち、淀むことなく外部と交流しながら、力強く剥き出しの生命を生きているのに共通したものを感じます。(カルカッタに行ったことなんですけど。)

インドに行った友人からこんな話を聞いたことがあります。インドの街の路上には身分の低い「乞食」が大勢います。彼らの物乞いの態度は「偉そう」に感じられるほど威勢がいいのだそうです。これはNYのホームレスの態度に似ています。インドの乞食にしてみれば、彼らは乞食になることを自由意志で選んだのでも、自由競争から脱落してそうなったのでもなく、乞食という階級に生まれてきたのであって、言ってみればそれは彼らの「天職」なのだと思います。ですから、彼らは乞食であることをを恥じる必要など何もなく、彼らが物乞いをするのは彼らの当然の「仕事」なのです。

私は、インドのカースト制度(って今でもあるんでしょうか?)とアメリカのアイデンティティの棲み分けに、どことなく似たようなものを感じます。

インドのカースト制度もアメリカのアイデンティティの棲み分けも、動物界の「エコロジカル・ニッチ」と違って「文明的」な構築物であり、そこに共生する個人は動物と違い自意識を持っていて、それは弱肉強食の世界ではないと思います。さらに、カースト制度において異なった階級は対等な関係になく、アメリカ社会において多様なアイデンティティは対等な関係にあります。

しかし、両者の「水平方向の壁」には、唯物的に外部と接しているような、表層的な剥き出し感のようなものを感じます。それが、日本の江戸時代の封建的階級制度と違うような感じがします。(って、ものすごいイメージ・レベルの話ですが。)

ただ、そうした多様な個人が人権によって守られているか(アメリカ)、いないか(カースト制度)というのは、決定的な違いでしょう。アメリカは資本主義国家であると同時に、福祉国家です。例えばアメリカのホームレスは、国家から風雨をしのぐシェルターを提供され、食べ物や衣服を支給されています。

しかし、「人権」によってシェルターや食べ物や衣服を与えられている彼らは、「カースト」によって職業や住居を定められている人々と、それほど決定的に違うのでしょうか?

カルカッタとNYと東京の「乞食」は、だれが一番「幸せ」で、だれが一番「不幸せ」なのでしょう?

よく分からなくなってきました。

誰が一番「孤独」なのでしょう? 誰が一番「かけがえのない者」として他者から承認されているのでしょう? 誰が一番「肯定的」に自己の単独性を生きているのでしょう? 誰が一番「愛されて」いるのでしょう?

ここに列挙してみた疑問に限って考えてみただけでも、だれが一番「幸せ」かという答えは出そうにありません。

そもそも、私が彼らの「幸せ」について考えられるのでしょうか? 私にとっての「幸せ」と、彼らにとての「幸せ」は、同質なのでしょうか? 私にとって他者である彼らの「幸せ」を比較するようなことが、私に許されるのでしょうか?

私がすべきとこは、彼らの「幸せ」を比較して認識することではなく、彼らの他者性に対して私自身が「気遣う」責任を負うこと以外ないのかもしれません。

日本文化の「謙遜」や「謙譲」という美徳は、自分が「引いて」相手が「出る」場所を作るということでしょう。これは、まさに他者を「気遣う」ことなのかもしれません。

そういえば、こないだアヤが文化心理学のクラスで、「日本人が謙遜するのは、自分に自信がないからだ」という主張をしているアメリカ人が書いた論文を読んで、それに反論したいと言っていました。「日本人は自分に自信があっても、文化的な美徳として謙遜するんだ」ということを論証したいと。

そのときは、なんか釈然としないものがありながらも、私もアヤの意見に賛成していました。しかし、今になって考えてみると、日本人は確かに「自分に自信がない」のではないかという気がします。そして、それは決して悪いことではないのではないかと。謙遜とは、自分のアイデンティティに確信を持たず、つねに自己を他者性に開くという美徳なのかもしれません。

そのときアヤは、彼女の仮説を「実証的」に証明するためには、どういう実験が考案できるだろうか? と私に相談しました。

学校の課題を手伝うつもりで、私は「まず自信度(self-confidence scale)測定テストを使って、被験者が無意識的に表出させる自信度を計り、次ぎに、被験者が他人に対して意識的に表示する自己評価の度合い(self-presentation scale)を測定するテストを考案して、両者の結果を比較すればいいんじゃない?」とか考えてみました。しかし、そう言いながらも、私は同時に「そもそも、そんなこと実証的に証明できるのかよ」という気もしていました。

実証主義というのも、「A=A≠B」という、メタな視点を持たない「真っ平ら」な世界観だと思います。

こうしたアメリカの実証的な傾向というのは、「実証的に示せないことは、多文化的な他者とコミュニケーションすることが不可能であって、それは個人的な神話でしかない。他者が共生する社会において、具体的な問題を実践的に解決してゆくためには、そんな話をしていても埒があかないし、現実的な変化をもたらすことはできない」という、プラグマティズムの表れなのでしょう。

私は、一面においてこういう考え方に賛成です。しかし、こうしたプラグマティズムというのは、そもそもそういうメタな視点から生まれたものなのではないでしょうか。

もしプラグマティズムがそうしたメタな視点を失ったら、それは最終的に単なる「自分勝手さ」に帰結しないでしょうか?

プラグマティズム自体が目的化し、それが世界を「真っ平ら」にして、他者への「気遣い」を犠牲にすることに何の引け目も感じなくなったとしたら、それは本末転倒なのではないでしょうか?

私たちは、自己の認識を脱構築するようなメタな視点で他者を「気遣う」ために、内面を「カッコに入れて」プラグマティックに行動するのではないのでしょうか。

プラグマティズムという「方法」は、目的を達成するための一種の合理主義でもあると思います。

私がアメリカ社会を見ていて驚嘆と敬服の念を覚えることの一つは、この力強く清々しい合理性です。何か問題を与えられると、アメリカ人は目を見張る行動力を持って、使えるリソースを調べ上げ、適材を適所に配置し、考え出せる批判点を戦わせ、イマジネーションと創造性を発揮し、もっとも現実的にして効率的な方法で最大限のアウトプットを提出します。例えば、ノーベル賞の受賞者数がアメリカにもっとも多いことにも、こういう合理性が表れているのではないでしょうか。

その活動の過程は、効率性を最大限に上げることを求めながらも、同時に基本的人権に配慮し、仲間への愛情を育み、即物的な目的を超えたアメリカらしい美徳に支えられています。その上で、非合理的な煩雑さや受動性を「大人の合意」によってスパスパと切り捨てながら前進して行く潔さのようなものが、そこには感じられます。

しかし、このアメリカ文化の合理性は、暴力性もはらんでいるような気がするのです。

「強い者」には魅力があります。しかし、その強さはどこかで他者を排除していないのでしょうか。それとも、それは他者を排除しないための「強さ」なのでしょうか。

「基本的人権に配慮し」と書きましたが、「人権擁護」というのは、「他者への敬意」とはちょっと違う気もします。「他者への敬意」というのは、明白に主張される権利の確保ではなく、「声なき者」への思いやりなのではないでしょうか。

アメリカ人がよく、日本人が「はあ?」と思うようなことで裁判を起こすことにも、「権利」を主張するのが大好きなアメリカ文化を見ることができるでしょう。

なんでも裁判で解決しようとするというのは、いっけん絶対的な正義の審判を信じているようでもあります。しかし、アメリカでは日本に馴染みのない陪審員制が採用されているのを見ても、彼らは絶対的な正義を信じているというより、「真理というのは相対的であり、そうした複数の真理が共存するためには、自己の真理のスペースを裁判というプラグマティックな方法で確保するしかない」という発想なのではないでしょうか。

彼らは一種の「ゲーム」をやっていると言えるかもしれません。

ネオコン思想も「明瞭な道徳性」ということを言いますが、彼らはこの「近代的な合理性を超えたポストモダンな価値観」を自明の真理だとは思っていません。(ブッシュ大統領はそう思っているかもしれませんが。)

彼らは、この「ピューリタン的な価値観」(ユダヤ人のクリストルがそう言っている)を、「現実主義的」な外交政策によって確保しようとしています。そういう意味では、これもアメリカ的な「プラグマティズム」だろうと思います。(もちろん、ネオコンの現実主義は、「真理」の確立を民主的な方法で行おうとしておらず、そんなことを言ったらデューイが棺桶の中で寝返りをうちそうですが。)

内田さんが、日記にこう書かれていました(9月24日):

もちろん、社会的公正の実現、正義の成就は人間が人間的であるために必須のものである。

しかし、それは原理的に「喧嘩腰」で語られる他ない種類の要求である。

だから、「正義の実現」が「被収奪感を感じている私」を基体とする限り、それに基づいて構築されるいかなる社会理論も、この世界に「親密圏」を立ち上げることはできないだろうと私は思う。

[...]

悲しい話だが、正義の実現と無償の贈与は両立しない。

正義とは「奪われたものを奪い返す」ことを求め、無償での贈与は正義に悖ることとされる。

正義は赦すことを許さない。

人間の人間性は、おそらくこの「社会的リソースの公平な配分」と「非相称的な贈与」に引き裂かれてあるという根源的な矛盾のうちに存する。

収奪は収奪、贈与は贈与である。

この二つは論理的に同一次元には存在することができない。

それを両立させるのは、矛盾を矛盾として生き、引き裂かれてあることを存在の常態とするような人間の成熟だけであると私は思う。

一部のアメリカ人が自己の公正な権利領域を確保するときに示す「自分勝手さ」とは、ここで言われている「正義の実現」なのかもしれません。そして、この「自分勝手さ」に欠けている他者への「気遣い」とは、「無償の贈与」なのかもしれません。

内田さんは以前掲示板のほうで、「正義は必要だが、無償の愛が一歩先を行って、それを牽引していなければならない」という趣旨のことも書かれていました。(私が All You Need Is Love, With a Little Help From Justice って書いたときですね。)

「正義」とは、他者に「無償の愛」を贈るために要請されながら、同時に別の他者を糾弾することを意味する。ここには、「無償の愛」を贈るために「無償の愛」を犠牲にするという矛盾がある。

公正な権利を与えられ人間的に自律した個人とは、他者に「無償の贈与」を受け渡すことのできる者のことではないでしょうか。逆に言えば、公正な権利を享受した人間的な個人は、他者に「無償の贈与」を受け渡すために自律する。

個人が自律するということは、「水平方向の壁」を造るということであり、そうして形成された複数の中心のあいだで、「無償の贈与」の連なりが起動される。しかし、この「水平方向の壁」を維持するためには、「自分勝手さ」が要請されるという矛盾がおきる。

人間的に自律した個人はこの矛盾を生きる責任があり、他者を「気遣わ」ず、ただ「自分勝手」になるために「水平方向の壁」を作るのは本末転倒である、ということでしょうか。

強固でなければ生きられない。優しくなければ生きている価値がない。

If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

と言ったのは、たいへん「アメリカ的な」アメリカ人でした。

彼(レイモンド・チャンドラーの「フィリップ・マーロウ」)は、「正義」についてこんなことも言っています:

ぼくはロマンティックな人間なんだ、バーニー。暗い夜に泣いている声を聞くと、なんだろうと見に行く。そんなことをしても、カネになんかならない──歩合はゼロだ。おもいっきり顔を殴られたり、留置所に放り込まれたり、割のいいカネ儲け目当てのチンピラに恐喝されたりする以外は、なにも得るものなんかない。

I'm a romantic, Bernie. I hear voices crying in the night and I go to see what's the matter. You don't make a dime that way. . . .No percentage in it at all. No nothing, except sometimes I get my face pushed in, or get tossed in the can, or get threatened by some fast-money boy.

そして、宿敵アル・デガルモの逮捕直前に、この腹黒い汚職警官に向かって:

もうキミのことは憎み終わった。憎しみは、きれいさっぱり、ぼくの中から流れ出ていった。ぼくは人を激しく憎むが、あまり長くは憎まない。

I'm all done with hating you. It's all washed out of me. I hate people hard, but I don't hate them very long.

現代のアメリカ社会にも、フィリップ・マーロウはいるのでしょうか。

ハード・ボイルドな文体の美しいデイヴ・ヒッキーは、1997年に出版された美術と民主主義についてのエッセー集の出だしてこう書いています:

二晩前、ぼくは地元のアーティストたちと、かつてカッコ良かったのに、もうそうでなくなってしまったもの──過ぎ去ってしまって残念に感じるものの話をしていた。このアーティストたちはほとんどが若い連中だったので、まったく下らないものを懐かしがっていると思った。アダム・アントとか、女性服の巨大な肩パッドとか。ぼくは彼らに向かって、ぼくが懐かしく感じるのは「単独でいること」(スタンド・アロン)──「単独でいること」が民主主義においてしてもいいことだったという、その考え方だと告げた。「『真昼の決闘』みたいにさ」と説明すると、そのなかの一人がこう言った。「今だってできるでしょ……(効果的な一時停止)……でも、最初にスタンド・アロン支援団体を設立しないとね!」これを聞いて、みんな笑い、ぼくも笑った。おそらく彼女は正しいと思ったから。しかし、ぼくは心から笑うことができなかった。なぜなら、ぼくはちょうどそのとき、この本の校正をしていたから。この本は、ぼく自身の、単独でいることへの最後の小さな試みになっている。『真昼の決闘』なんてものじゃないのは分かっているけど、これらのエッセーは、ぼく自身が20世紀後半のアメリカでしてきた日常の文化体験の特異性を実直に伝えるために──それらの体験のいくつかを記述し、可能なときは説明する責任を負うために書かれた。

Two nights ago, I was talking with some local artists about things that used to be cool and weren't anymore--things that we missed. These artists were mostly kids, so they missed some really stupid stuff, I thought, like Adam Ant and giant shoulder-pads in women's clothes. I told them that I missed "standing alone"--the whole idea that "standing alone" was an okay thing to do in a democracy. "Like High Noon," I explained, and one of them said, "Oh, you could do that today ... (pause for effect) ... But first you'd have to form a Stand-Alone Support Group!" Everyone laughed at this, and I did too, because she was probably right, but I didn't laugh that hard, because, at the time, I was proofing this book, which constitutes my own last, tiny fling at standing alone. It's hardly High Noon, I know, but these essays do represent an honest effort to communicate the idiosyncrasy of my own quotidian cultural experience in the United States in the second half of the twentieth century--to recount some of that experience and, whenever possible, account for it.


2003年9月27日

Two Cheers for America (2): The Second Cheer for Pragmatism(プラグマティズムに万歳二唱目)

「アメリカ賞賛/日本の悪口」の第2弾いきます。

次回は「アメリカの悪口」を書きますので。

前回、アメリカという場所は「水平方向の壁」だらけに感じられるという話をしました。

こういう場所では、そうやって棲み分けられた多様な人々のあいだでのコミュニケーションが非常に重要になってくると思うのです。

多様な他者が共生し、社会的な関係を築き、「理解」し合い、助け合い、さらには多様性を愉しみ、住み心地のよい社会を実現するためには、「とにかく」言葉を交わす必要があると思います。これは相手に「言いたいことが通じるか」とか、相手が「本当は何を考えているか」とか、相手のことを「好き」か「嫌い」かとか、そういう問題ではなく、相手がどんな生を生きているか分からないからこそ、まず話者同士の対等性が前提とされ、このメタな認識に保証されて「とにかく」言葉を交わすということだと思います。そして、そのなかで、他者とコミュニケーション可能な言葉を探してゆくことになるでしょう。

プラグマティズムというのは対話の哲学です。

ドゥルーズは、プラグマティズムの反認識論的な洞察を認めながらも、最終的にこの哲学の考え方を批判しています。ドゥルーズによるとプラグマティズムの難点は、それが最終的には対話によって認識的に均質な「合意」に達することを目的としていることです。「異なった思考は、弁証法的に統一されることなく、そのまま異なった思考として共存させるべきだ」というのがドゥルーズの考え方です。そこでドゥルーズは、そうした認識的な統一を目指すことなく、多様な思考を交流させるための方法論を、言語学で発話の文脈を研究する分野の名前を取って「プラグマティクス」(pragmatics)と言い換えています。

プラグマティクスとは、話者同士のあいだに同一性を求めず、実践的に「とにかく」言葉を交わすことだと考えていいと思います。私がアメリカ文化の肯定的な特徴としてあげたい「プラグマティズム」というのも、この認識論を超えた実践性のことであり、その結果そこに生まれる経験性・実験性(experience)のことです。ちなみに、スタンリー・アロノウィッツによれば、「弁証法」とは2つの思考の単独性を損なうものではなく、両者の単独性を維持したまま、高次の普遍性に上って行く運動のことです。

NYでは、ホームレスたちがよく道行く人たちに話しかけてきます。そして、話しかけられた人たちは、何か一言でも「応えて」、彼らとコミュニケーションします。もし無視して歩き過ぎたりしたら、ホームレスたちは「お高くとまりやがって、無視すんなボケ!」と気分を害すことでしょう。お金をくれと言われて、もしあげたくなければ、無視して通り過ぎたりせず、ちゃんと相手の目を見て、首を振るなり、「悪いね」と言うなり、なんらかのコミュニケーションをすれば相手も「いいんだよ」と納得するわけです。お金をあげられなくても、せめて「挨拶」するのがフレンドリーさの表示であり、相手の存在への承認でしょう。(「カネくれ」と言ってきた相手が、単に「パンク」な中産階級の白人の小僧だったら、私も「働けボケ」という態度で「コミュニケーション」として無視します。)

お金をあげるか、あげないかという問題だと、アジア人というのはお金をあげない傾向があります。これは、アジア人の価値観や世界観の違いでしょう。以前、ホームレスに「カネくれ」と言われて、うっかり黙って通り過ごしたら、すれ違いざまに「アジア人は絶対カネくれねえよな」と言われて、私も常々そのことについて考えていたので、「するどいね、アンタ!」と笑ってしまいました。こうしたアジア人の傾向というのは、やはり私たちアジア人が個人の自律的な能動性というのを信じていないからではないでしょうか。このことについては、次回に考えてみたいと思います。アメリカ人は金持ちになると、大金を慈善のために寄付することが多いですが、ああいうのはやっぱり宗教的な倫理観なのかもしれません。

こうやって他人同士が積極的に言葉を交わすアメリカ社会では、ホームレスでも社会から疎外された感じがしません。東京に行くと、「ロビンソン・クルーソー」みたいなホームレスがいて、びっくりします。街にいながら、無人島の住人のように社会から疎外された感じです。アメリカのホームレスは、格好もこざっぱりしいて、アクティブに社会と関わっている感じがします。ヨーロッパのホームレスは、アメリカと日本の中間という感じで、やはりアメリカよりも社会から疎外されている感じがします。

ヨーロッパの都会人は、日本人と同じように他人を「無視」するところがあると思います。アメリカ人の特徴は、どんな他人でも「見て見ぬふり」をしないということです。日本やヨーロッパのホームレスは、身体に「縦の厚み」を持った汚れが沈殿している感じがしますが、アメリカのホームレスは「横にいる他者」と接しながら生きているため、そういう淀んだ汚れが沈殿せず、新鮮な汚さをしています。この「縦の厚み」が沈殿していない表層的な新鮮さというのは、アメリカ文化の特徴だと思います。

東京に行くと強く感じることの一つは、他人同士がしゃべらないということです。

アメリカ人は行きずりの他人同士でも、ものを尋ねたり、よく言葉を交わしますが、東京で若い女の子に道を訊いたりすると、「なんだこいつ痴漢かよ」って顔をされたりして、びっくりすることがあります。これは私が男だからというだけの問題ではないです。こないだ、こっちの生活が長い日本人の女の子が京都に行って、お寺の境内を散策していたんだそうです。そのとき空気があまりに清涼だったので、おもわず隣りを歩いていたオジサンに「空気が気持ちいいですね」と言ったら、なんだコイツはという顔をして逃げて行ったそうです。私たちは、日本では「奇人・変人・帰国子女」なのです。

これは笑い話ですが、私たちも日本に行くと、こういうふうに他者としての日本人に直面します。

東京でコンビニに入ると、機械的に「いらっしゃいませー」という挨拶が飛んできます。それが機械的なので、客のほうも挨拶を返すわけでもなく、無視します。アメリカ人の感覚だと、あそこで客のほうも「こんにちはー」と言いたいところなんですが、変なヤツだと思われても仕方ないので、私もそれを飲み込みます。ああいうふうに挨拶を機械化するのって、個別的なコミュニケーションを否定されているような気もしないでしょうか。

ただ、マニュアル化された日本のマクドナルドの接客の「丁寧さ」の対極にあるような、アメリカの(一部の)マクドナルドの接客の態度の悪さも、いかがなものかとは思います。アメリカでは、マクドナルドって階級的に最下層の人たちの文化ですから、仕方がないのかもしれませんが。ファースト・フードやコンビニのように、「完全に予期できるものを、どの土地に行っても手に入れられる」というは、「郊外化」と呼ばれる現象でしょう。

さらに、こないだ東京で気になって仕方がなかったのは、切符の買い方が分からないとか、目の前にちょっとしたことで困っている人がいるときに、一言教えてあげればいいものを、黙って「見て見ぬふり」する日本人たちでした。

「こういう劣ったものとは関わりたくない」という、均質的な差別意識が働いているんでしょうか。それとも、日本人は単に他人に対してシャイなのでしょうか。それとも、アジア人特有の受動性なのでしょうか。空港行きの列車をホームで待っていたら、先に前方車両だけが入ってきて、「後方車両は後ほど連結するのでお待ちください」というアナウンスが流れました。すると、近くにいた韓国人の家族旅行者らしき集団が、それを理解できなかったようで、大きな旅行鞄を引きずって前方車両の方へ走り出しました。でも、周りの日本人たちは、彼らが勘違いをしているのが分かっているのに、誰も声を掛けて止めてあげません。(私が声を上げて、一番最後を走っていた男性をなんとか止めました。)

こんなこともありました。電車に乗っていたら老人の集団が乗り込んできたので、席を立ったら、そのなかの老人の一人から「東京の人はやっぱり礼儀正しいねえ」という声が聞こえてきました。私はもちろん「東京の人」だから席を立ったのではなく、「アメリカの人」だからそうしたのです。

最近の東京では、老人に席を空けないのが「あたりまえ」になっていると聞きました。そのときは、隣りに座ってた男の子もつられて席を空けていました。いいことです。誰かがやれば、気づくんですね。アメリカにだって「人助けなんかしてられるか」という態度の人もいます。しかし、もし老人や妊婦や小ちゃな子供を連れた人やハンディキャップのある人が電車に乗ってきたら、誰かが席を空けるのが「あたりまえ」です。アメリカ人は困っていそうな人を見かけたら、率先して "May I help you?" と声をかけます。

これは他者への敬意の問題であり、さらに個人の自律性の問題ではないでしょうか。「それぞれの個人というのは、その人の力ではどうにもならない所与にして固有の苦境を生きているんだから、余裕のある他者がそれを助るべきだ」という感覚があるのだと思います。言い換えると、「自律した個人」は「自律した問題」を抱えていて、それを別の「自律した個人」が助けることによって、こうした「自律した個人」の共同体としての社会は住みやすい場所になるという感覚ではないでしょうか。

「話者の対等性」と同じように、自分には理解できない他者であるからこそ対等であることが前提とされ、相手の心のなかを認識する前に「とにかく」助ける必要があるのだと思います。アメリカ人は、知らない人とよくしゃべるのと同じように、知らない人をよく助けます。そうすることによって、社会はフレンドリーで住み心地のいい場所になるでしょう。

そういえば、アメリカの大学には自主的に参加するコミュニティ・サービスのプログラムというのがあって、アヤがよく街の子供たちに折り紙を教えたり、日本食を作ったりしに行っています。こういう「隣人愛」というのは、やはり「キリスト教的倫理観」なのでしょうか。

東京で、こんなこともありました。やはり電車に乗っていたら、隣りに若い白人の男が座って本を読んでいて、横目で覗いたら "Modernization and Urbanization" とかいう章の題名が見えたので、文系の留学生だろうかと思い、英語が懐かしかったので話しかけました。実際は医学系の大学で英語の先生をしているそうで、アメリカ人だと分かり、目的地に着くまでしゃべっていました。「日本人は電車で本を読むとき、みんな表紙にカバーしちゃってさあ。だれかが自分も興味のある本を読んでるのが分かったら、こういうふうに話しかけて友達つくれるのにねえ。(価値観が均質なんで、読んでる本を見られて自分の趣味をジャッジされるのが嫌なんだよ)」とかいった話をしてたんですが(カッコの中のことは実際には言ってませんが)、人がいっぱい乗ってるのに静まり返った東京の電車内だったので、けっこう目立っていたと思います。向かいに座っていたサラリーマン風のおじさんたちは、「見たら失礼だ」という感じで誰もこっちを見ていなかったんですが、高校生くらいの女の子が1人、恐い顔してずーっとこっちを睨んでいました。

なんだったんでしょうか、あれは。べつにいいんですけど、なんなんだろうと思ったのです。

「大人」というのは、「何あんた?」という均質的で排他的な視線を他人に向けないことでもあるんじゃないでしょうか。内田さんが以前、「予想しなかったことに驚かず、当たり前のことに驚く知性」ということを説かれていて、なるほどなあと思ったことがあります。「ニューヨーカーは驚かない」というのは、よくコメディーなんかでも笑いのネタになるニューヨーカーの特徴です。世界貿易センターに旅客機が突っ込んだって、多くのニューヨーカーは淡々と普段どおりの生活をしていて、私はその驚かないニューヨーカーの姿に驚きました。こっちは気が動転してるのに、オマエらなに裏庭で呑気にジョイント吸ってんだよ! という感じでした。そんな私も回ってきたジョイントを吸いながら、テレビ・ニュースが絶え間なく流す世界貿易センターの映像を見つめ、"unreal..." と繰り返すのでした。(話が逸れました。)

テレビ・ニュースと言えば、日本のテレビ・ニュースを見ていると、メロドラマみたいな効果音とか、「常識では考えられませんね!」というようなコメントが特徴的だなあと思います。

日本人は「インド人もびっくり」なんてことを言いますが、「インド人が驚かない」のは、ニューヨーカーと同じように、彼らがつねに認識の外部を感じながら生きているからではないでしょうか。「ニューヨーカー vs. インド人:びくとも驚かない対決!」なんてモンティ・パイソン的な下らないことが頭に浮かびましたが、うちの近所にはニューヨーカーかつインド人なインデアン・ニューヨーカーがいっぱい住んでます。彼らは最強なのでしょうか。(そんなことはない。)

日本の社会の一部には、「テレビを見ない人」が変人あつかいされるような世界があります。(アメリカの社会には、そいういう世界はありません。)私はこれを、日本の「居酒屋問題」と呼んでみたいと思います。それを特徴づけるのは、恐ろしいほどの視野の狭さです。問題なのは、居酒屋のような空間の内部にある文化的均質性そのものではないと思います。そうではなくて、その文化が自己を相対化するメタな視点を欠いているということです。均質性が内側に閉じきっているのか、外部へ開かれているかという違いと言えるでしょうか。これが「郊外の居酒屋」と「下町の飲み屋」の違いだと思います。そこに異郷の地から流れてきた他者がフラリとが入ってきたとき、杯を交わし、お互いの「人生」について「会話」することができるかどうか。NYでは、バーというのはそうやって他者が交流する場所です。

「日本は子供、アメリカは大人、ヨーロッパは老人」なんてことを言った人がいましたが、東京とNYの街行く人々を眺めて比較したとき目につくのは、それぞれの都市で文化的経済活動の立て役者となっている人々の文字どおりの年齢差です。東京の街では、中高生はじめ、若年層が街に溢れて消費活動をしています。NYの街にも子供の人口は当然いますが、彼らは都市の社会生活において目立たない存在です。なぜなら、まだ仕事をしていない彼らはお金を持っていませんから、お金を使って遊び回れません。アメリカでは、大学生だって普段は勉強が忙しいし、まだ自由になるお金を持っていません。NYの街で「遊んで」いるのは、基本的に社会に出て働いている大人たちです。NYは、文字通り「大人の街」です。

なんか「わーたしの国では」のフランソワズ・モレシャンみたいになってますが。

お金を使って「遊ぶ」こと、すなわち文化的経済活動をするというのは、社会の「ゆとり」の部分です。最低限の衣食住を維持する生活のために働き、必要なものを買うという経済活動ではなく、「余計なこと」や「過剰なこと」のために時間とお金と知性を使うことによって、相対的に自律した「文化」の領域というのは構築されるのだと思います。この「文化」の領域というのは、他者性の問題にもかかわっていると思うんです。この「文化」が他者性を志向するものなのか、そうでないのかというのは、社会全体の雰囲気を決定づけるのではないでしょうか。この領域の形成を、NYでは大人たちが担い、東京では子供たちが担っている感じがします。

NYで日本人の若い旅行者たちを見ていると、彼らは他の日本人旅行者たちに出会ったとき、「げ、日本人だ」というようなイヤな顔をすることがあります。あれもへんだと思います。昔ポーランド人の友人に、「なんで日本人はあんな風にお互いを避け合ってるの? ポーランド人が異邦の地で同郷者に出会ったら、大喜びで盛り上がるよ」と訊かれました。ああいう日本人旅行者たちは、自分の「自由意志」で均質的な日本社会を一時的に脱出し、そうやって自分を差異化した気分になっているときに、同じことをしている他の日本人に出くわすと近親憎悪的なライバル意識を感じるのでしょうか。または、「他者性を満喫しているのに、同一性を感じさせないで」という気分になるのでしょうか。

私は、NYの地下鉄で日本人旅行者がどの電車に乗ったらいいか分からず困っているような場面に出くわすと(NYの地下鉄はヤヤコシイことがしょっちゅう起こります)、遠くにいてもすっ飛んでいって手助けします。「異邦人」の苦労を知っている日系アメリカ人は、慣れないアメリカにやって来て困っている日本の「同胞」を見たら、助けたくてウズウズするはずです。

こないだアヤの大学に留学しているフランス人の学生に、彼が取っていた女性学の授業について「どうよ?」と訊いたら、「まったく驚いちゃったよ」という口調で "So pragmatic!"(「すっげープラグマティック!」)という答えが返ってきました。(これは英語っぽく pragmAtic と A にアクセントを置かず、フランス語っぽく pragmatIEEEc と I にアクセントを置いてさらに伸ばした発音を想像して読んでください。 )ここで彼が「プラグマティック」という言葉で言わんとしたのは、「女性」の問題について認識論的・哲学的に考えるのではなく、実際に女性が社会で直面する経験的な問題をどう解決するかという実践的な話ばかりだ、というようなことでしょう。

こういう傾向は当然先生によって変わってくだろうし、彼が取っていた女性学のクラスが(人文科学でなく)社会科学部のものだったということにも起因しているのかもしれません。アヤのやってる文化心理学も、「文化」という言葉が頭についていながら、すっげー実証的です。(アメリカ的な実証主義の功罪については、次回考えてみたいと思います。)

そういえば、パリでもこんな光景を目にしたことがあります。メトロの階段でお爺さんが鼻血を出して座り込んでいるのに、通行人がみんな無視して通り過ぎて行くんです。あれは何だったんでしょう。ほとんど信じられない光景に思えましたが、なんか私の勘違いだったのでしょうか。私は、パリで嫌な思いをしたことが何回かあります。そんな何回か嫌な思いをするくらい痛くも痒くもないんですが(ウソ、けっこう痛かった)、どうも私はパリというところに不信感があります。機会があったら一度住んでみたいですが。アメリカの南部に、差別的な南部だからこそ他者性について全身全霊をかけてこだわる伝統があるように、ああいうフランスだからこそ「フランス的」なものから逃れようとしている人たちもいるのでしょう。(それに成功しているかどうかはともかく、ドゥルーズとか。)

こないだ私にとってちょっと面白いことがありました。すごい久しぶりにチャットをしていて、フランスの東の外れにあるモン・ブラン近くの街でエンジニアをしているフランス人と話していたんです。感じのいい、知的な人だったので、ふと思い立って「パリの人たちについてどう思う?」と質問してみました。すると、「どこだろうと都会に住んでいる人たちがそうなるのと同じだと思うよ」という、いかにもフランス人っぽい感じのする認識論的とうか、一歩引いてひねったような答えが返ってきました。しかし、その後に彼は、「都会はどこだって同じだよ、ニューヨーク以外は」とつけ加えたのです。

私は彼に自分がNYにいることを言ってはいませんでした。「え、ニューヨーク? どういうこと?」と訊き返すと、以前彼がNYに滞在したとき、この街ではヨーロッパの都市にくらべて人間関係が非常に "light" な感じがしたと言います。「人間関係が "light" ってどういうこと?」と訊くと、「あの街では1日で友達がつくれる感じがした」という答えが返ってきました。人々がとてもフレンドリーだったと。その後に彼はこう続けました:「そして、1日で他人にもなれる。」

1日で友達がつくれて1日で他人になれるというのは喩え話ですが、私はこういう「クールなフレンドリーさ」とか、ドラッグ・クィーン的な「仮面の情熱」みたいな人間関係が大好きです。それは、相手に本質的な理解を求めるのではなく、ただそこに愛があり、それを確認するためにコミュニケーションするような関係だと思います。「所有しない愛」とも言えるかもしれません。ほっておかれたい他人は、ほっておく。しかし、単なる無関心ではなく、助けが必要そうなときは声を掛け、コミュニケーションするときは愛情と共感を持ってする。そこに築かれたものが一種の虚構であることを知りながら、本気で情熱を傾ける。「他者への愛」とは、そういうコスモポリタンな感覚ではないでしょうか。

こんなことを思い出しました。私のNYの友人に、女性が日本人で男性が黒人のカップルがいます。おしどりカップルで、2人ともとてもいい人たちなんですが、彼は日本にも行ったことがあり、たまに日本にいる彼女のお母さんと電話で話をします。お母さんは大変に面倒見のいい東京の下町の「おばちゃん」だそうで、彼のことが大好きなのす。ちなみに彼もNYの下町育ちです。

しかし、お母さんは英語がまったくしゃべれません。そして彼も日本語がほとんどしゃべれせません。最初のうちお母さんは「ゲンキ?」とか簡単な日本語でゆっくりしゃべっているのですが、お母さんの日本語は次第に加速し出し、彼はお母さんが何を話しているのかさっぱり分からないまま、「ウン」と「ダイジョウブ」で相槌を打っています。お母さんは彼が話を理解しているような気分になってしまい、さらに日本語を加速させ、自分の話の内容にゲラゲラと笑っています。そして彼も何だか可笑しいので、つられてゲラゲラ笑います。そうやって、話の「内容」はさっぱり通じていないのに、2人とも愉しそうにゲラゲラ笑いながら30分くらいしゃべり続けているのです。2人の心をつないでいるのは、ただ「愛」だけです。これって「究極のコミュニケーション」だと思いました。極端な例ですが。

この彼はちょっと面白い人で、私は「エディ・マーフィーとジム・ケリーを足して2で割ったよう」って言ってるんですが、なんかちょっとテックス・エイヴリーのアニメのキャラクターのようでもあり、しゃべり出すとジェスチャーつきで暴走して止まらなくなります。でも基本的には穏やかな性格で、とても良い人なのです。私と同い年くらいですが、すごい体格がよく(ベジタリアンで、ジム通い)、外見はカッコ良いのです。こう書いてて思ったんですが、彼の物静かなときのカッコ良さと、しゃべりが暴走したときの可笑しさのギャップって、『マカロニほうれん荘』の「トシちゃん」に似てるかもしれません。「だらしない黒人の文化」が嫌いで(ヒップホップ的なものが嫌いで、ハウス的なものが好き)、いつもキチンとした服装をし、だいたいピチピチのTシャツを着ているんですが、踊っているような物腰のせいかよくゲイに間違われます。

彼はゲイの人たちにもモテますが、さらに黒人のオバチャンたちにすごいモテます。黒人のオバチャンたちは、筋肉美な若い男の子が大好きです。(オバチャンだけでなく、アメリカ人の女の子はみんな "six packs"(6つに割れた腹筋)な筋肉美が大好きですが。)彼と一緒に歩いていると、そういうオバチャンたちが手を振ってきたり、ウィンクしてきたり、そこら中からラブ・コールが飛んできます。でも黒人の男の子はそこで「うぜーよババア」なんて態度は絶対に取らず、にこやかに対応するからいいです。

さらに、彼はすぐにそこら辺の知らない人に話しかける習性があって、週末の街なんか歩いていると、5分に一人くらいの頻度で行きずりの他人と話し込んでしまうのです(!)。こうなると、目的地にもなかなか着けなくて大変です。しかし、そういう彼と一緒に歩いていると、「世の中ってこんなにフレンドリーだったの?」という、世界がいつもと違って見える経験をします。誰かといっしょにいると世界がいつも違って見えるという、こういう体験って愉しいです。それは「他者に外部に連れ行ってもらう」という体験ではないでしょうか。

先日、岩井俊二の『リリィ・シュシュのすべて』(2001年)という日本映画をビデオで観ました。そこに出てくる日本の郊外の街の中学生たちが、社会を満たしていながら彼らだけが感じている「エーテル」ということをしきりに言っていて、閉鎖的に行きづまった環境のなかで、その「エーテル」を通して彼らだけの世代的な連帯感のようなものを形成しているんですが、これはまさに彼らの環境を満たしている均質性そのものではないかと思いました。彼らは、他者の目をとおして「エーテル」の外へ出てゆく機会を奪われているのではないでしょうか。彼らは、「エーテル」の外には別世界があることを、気づきさえすれば身近にだって別世界が見えてくる可能性があることを、システマティックに視野から遮断されているような感じがします。ああいう感覚というのは、大人の社会に出る前の子供たちが感じる思春期特有のものかもしれませんが、あの空気は現代の日本の社会全体に漂っているんじゃないだろうかとも思いました。

そういえば、ハーモニー・コリンの『ガンモ』(1997年)という映画を観たときも、似たような空気を感じました。ただ、『リリィ・シュシュのすべて』の行き詰まったような空気にくらべて、私には『ガンモ』が一つの時代の終焉を告げているように感じられました。「ポスト・モダン」とは、「郊外の時代」だったのではないでしょうか。『ガンモ』は、竜巻の災害にあったオハイオ州の郊外の街で生活する子供たちの姿を描いていますが、ロイ・オービソンの "Crying" をBGMに、遠い昔、まだ郊外の生活がユートピア的な夢に溢れていた50年代のデジャビュ感を喚起しつつ、その後展開した20世紀後半の時代が崇高に終焉してゆくさまを、映画の形式によって表しているように感じられました。

こないだの東京で、私も「エーテル」のようなものを感じたことがありました。友人と渋谷のレストランに入ったときのことです。綺麗な店内には多くの客がいるのに、そこは恐ろしいほど静かでした。何か生暖かいもので満たされているような感じで、店の隅々まで、あっちの席も、トイレの中も、目の前にあるお皿の下も、壁の向こうも、何か恐ろしく均質的な「エーテル」で満たされている感じがしました。「出来事」が起こりそうな「すきま」がないのです。もし何か起こったとしても、そこに向けられる均質的な視線によって、あっという間に「すきま」が埋められてしまいそうな感じがしました。

逆に、同じ東京でも、日本語のたどたどしい中国人がやっているレストランに入ったときは、なんだかほっとしました。彼らは日本語が下手であるにも関わらず、話がしやすいのです。彼らは排他的ではないからです。そういう場所には「すきま」がいっぱいあって、息苦しくなく、呼吸しやすいです。NYのレストランと同じです。空気は透きとおっていて、淀みなく、すべてのものがその物質性をさらしています。そんな空間には、そこら中に「すきま」や「陰」があり、つねに何かが起こりそうな一抹の緊張感が漂っています。「出来事」の可能性、他者との出会いの可能性がそこには感じられます。

異物があってもほっておかれる「すきま」、認識できなものが共生できる「ゆとり」、そういうものがない社会は、あまり精神衛生上よろしくないのではないでしょうか。郊外で突発する精神病理学的な犯罪も、こうした抑圧的な空気がときどき逃げ道を失って内爆発を起こす現象ということはないでしょうか。「出来事」とは、認識の「ずれ」であり、抑圧的な空気が張りつめないように外部に逃がすための通路だと思います。「プラグマティクス」というのは、この「通路」を開ける方法論だと思います。

私がちょっと過激な多様性を賞揚しすぎていることは認めます。これは私の個人的な趣味がかなり入っていると思います。

私は、もちろん「この多様性を内包したアメリカこそが世界の中心である」だなんてまったく思っていません。

「NYの人種的多様性」をしきりに強調しているようですが、べつに多様な民族が一カ所に共生している必要があるとも思っていません。

社会が「均質」なこと自体が問題なのだとも思いません。

例えば、日本の漁村や農村では、その社会が「均質」であっても、おそらく郊外のような「内爆発」は起こらないでしょう。きっと漁村や農村の人たちは、外部への通路をたくさん持っているのではないでしょうか。それは崇高なる海や野山かもしれないし、村のお祭りかもしれないし、先祖たちの霊かもしれません。漁村や農村の不変の伝統社会は、外部を失った郊外の均質的社会とはまったく違うのではないでしょうか。日本の漁村や農村では、かつての東京の下町やNYと同じように、人々が外部と背中合わせに生きているのではないでしょうか。リービ英雄は、日本の漁村や農村の人々が、白人である彼に排他的な視線を向けないと書いていました。それは彼らが、均質的な価値の序列を信じておらず、すべての存在は外部の前に対等であると感じているからではないでしょうか。

そして、漁村や農村の伝統社会は「不変」であっても、郊外の近代社会のように「均質」ではないのだろうと思います。きっと漁村や農村では、ぞれその人々にそのコミュニティを構成し維持するための多様な役割分担というのがあって、コミュニティ全体が一つの大きな拡大家族のようになっているのではないでしょうか。それに対して郊外の社会とは、アメリカなら50年代の規格化されたレヴィットタウンに代表される「パパは何でも知っている、コミュニティ活動に忙しいママ、緑の芝生、白い家、一匹の犬」、日本なら「一戸建て住宅、サラリーマンのお父さん、専業主婦のお母さん、子供の受験勉強」、そういった単一構造を持つ核家族を交換可能な「モジュール」的な単位として、どこまでも外部がなく延々と「ミツバチの巣の隔離された小部屋」が並んでいるような世界なのではないでしょうか。

郊外の社会でも、アメリカのようにそこに隣人愛がれば、その社会はコミュニティとして一つの大きな拡大家族のようになり、漁村や農村のように安定した愉しい日常が送れるのかもしれません。しかし、ここでこの核家族的「モジュール」たちが、「受験戦争」や「就職戦争」を始めたらどうなるでしょう。それぞれが規格化された小さな殻に内向し、社会全体の幸せを眺める志向性を失い、均質的な価値基準で差異化と序列化のイガミ合いを始めるような光景を想像すると、出口のない絶望を感じます。

東京の下町で過ごした小学生のころ、同級生たちの家は「カメラ屋、ガソリンスタンド&雀荘、テキ屋[……]、酒屋、日雇い労働、クリーニング屋[……]、魚屋、八百屋、薬屋、雑貨屋、パブ、食堂、古本屋、歯医者、印刷屋」などをしていたと以前書きましたが、こういう世界では、みんなそれぞれの家の単独的な役割というのがあって、「自由競争」をしていません。だれも「どこかに唯一にして完璧なる中心がある」というような意識は持っていなかったはずです。江戸時代にも、そういう意識はなかったのではないでしょうか。明治維新後も日露戦争くらいまで、太平洋戦争後も高度成長期が終わるくらいまで、人々は日本社会のためにそれぞれの役割意識をもって生活していたのかもしれません。(私は歴史の知識がないので、裏付けのない想像ですが。)

均質だと、序列的な差異が気になりますが、多様だと、メタ・レベルに立って根源的な共通性が感じられる。これは例えば、清水の次郎長が言った「死ねば仏だ。仏に官軍も賊軍もあるものか」という言葉に通じるものがあるように感じられます。私たちが根源的に共有しているものとは、「死」という外部なのかもしれません。「唯一にして完璧なる中心」とか、マニュアル的な価値観とか、カタログ的な知識というのは、「不死」への志向性ではないでしょうか。

核家族の良くないところは、お祖父さんやお祖母さんなど、「パパ・ママ」以外の人々と一緒に暮らしていないため、生命の多様な段階にいる他者に触れることができず、さらには人の死を身近に体験することができないというのもあるかもしれません。他者への敬意というのは、家族のメンバーへの愛情と違うようでいて、じつは似たところがあるような気がします。なぜならば、他者への敬意とは、人はだれもが同じように身体や死という外部を共有しており、この普遍性において「家族」みたいなものだと感じることではないでしょうか。逆に言えば、家族のメンバーも他者なわけです。この、家族のメンバーも他者であり、したがって他者もまた家族のメンバーのようなものだという実感は、拡大家族出身の人ほどあるのではないでしょうか。

なんか「日本船舶振興会」のコマーシャルみたいになってしまいました。

それは愛の問題でもあると思います。核家族の内向的な空間の中で「パパとママ」に保護されるだけでなく、拡大家族のメンバーや近所の人たちなどさまざまな人たちに面倒を見てもらった経験がると、自己とは異質な他者を愛すことも容易になるのではないでしょうか。あるいは、おのれが単独的である者は、他の単独的なる者たちに対して愛を感じるであろうと思います。愛とは、他者を欲望する感情であると同時に、他者を赦す「すきま」であり、「ゆとり」でもあるのではないでしょうか。

私はこれを「愛のプラグマティクス」と呼んでみたいと思います。


2003年9月24日

Two Cheers for America (2): The First Cheer for Autonomy(自律性に万歳一唱目)

「タルムード」で始めます。

以前この日記にネオコンについての読書の要約を書いたとき(2003年4月29日)、内田さんがそれへの感想をご自分の日記に書いてくださいました(5月3日)。

私は、それを読ませていただいて「なるほど」と膝をたたき、いつものように内田さんの書かれたことに全面的に賛同しました。

ただ、ネオコンの自由競争のイデオロギーがもたらすであろう社会の特徴として内田さんが説明されたことを読んで思ったのは、「それって、まさに私が現代の日本社会に感じている問題点そのままだ」ということでした。

例えば、こういう社会の特徴です:「均質的な社会集団を『輪切り』にしている『垂直方向の壁』であって、社会を多様化する壁ではない」、「『競争社会』は必ず『マニュアル社会』になる」、「個の多様性やひとりひとりの『かけがえのなさ』への敬意」の欠落、「同一の価値観のもとでトップからボトムまで、ずらりと社会成員が『序列化』されている」。

今回は、そのことについて書いてみます。

日本からアメリカへ移り住んだ人たちの多くが感じることの一つに、「アメリカ人は偉そうにしない」というのがあります。ここで言う「偉そう」とは、「謙遜しない」とか「粗暴である」ということではなく、「相手を見下さない」ということです。

「ワタシはアナタよりも地位が高い」、「優れている」、「美しい」、「価値がある」、そういう「偉そうな態度」をした人に、日本ではときおり出くわします。それと比較したとき、アメリカ人は「偉そうにしない」のが特徴的です。アメリカ社会にも、「お高くとまっている」(uppity)人がまったくいないわけではありませんが、日本社会で見かけるそういう人たちにくらべたら、特殊な存在だと思います。

アメリカ社会では、大学の教授でも、会社の上司でも、美術館の館長でも、どんなに制度的な地位の高い人でも、対話の相手が誰であろうと対等な姿勢でコミュニケーションするのが普通です。例えば、上司でも先生でも「ファースト・ネームで呼んでね」と言うのが、部下や生徒への友好関係のしるしになることにも、これは表れているでしょう。この社会では、上司と部下、先生と生徒といった人たちが、制度的な地位によって定まる権利と責任の関係を持っている以外は、基本的に「友達」のような関係にあります。

こういった対等関係は、会社や学校といった組織での活動においてどちらが上位の決定権を持っているかといった、制度的な地位の上下関係を否定するものではもちろんありません。そういった上下関係において、上司や先生は部下や生徒に向かって「偉そうな態度」を取る必要はありません。「偉そうにしない」というのは、彼らが「敬意を払われる必要がない」ということではく、逆に「相手の制度的地位が低かろうと、独立した人格として敬意を払う必要がある」ということです。

アメリカ人は「偉そう」にしないと同時に、「謙遜」や「謙譲」もしません。あくまで関係が対等なのです。

この「謙遜」や「謙譲」をしないという点が、ときに日本人にとってアメリカ人の態度が「偉そう」な印象を与える理由ではないでしょうか。ちなみに、ニューヨーカーは、アメリカの他地域の人々から、態度が粗野(rude)で不快(obnoxious)だという印象を持たれています。確かにニューヨーカーは、他地域のアメリカ人にくらべて「丁寧さ」を欠いていると思います。しかし、私はニューヨーカーは「正直すぎる」(over-honest)だけで、ある種の慇懃な人たちよりも、ずっと差別意識がなく、相手に対して対等でフレンドリーだと思います。

こういったアメリカ社会における話者の対等性は、「神の元に人は皆平等である」というキリスト教的倫理観に起因しているのかもしれません。しかし、「自由と平等の国」アメリカでは、そういった美徳が規範として存在しているというより、「ある個人が、他の個人より偉い」という観念自体が欠落してしまっている感じがするのです。

アメリカ社会にだって「フレンドリーじゃなくて、嫌なヤツ」というのは、日本に負けず劣らずいると思います。しかし、どんな嫌なヤツでも、「オレはオマエより偉い」という発想は思考回路から欠落している感じがします。アメリカ人というのは、とことん「無意識」なのかもしれません。

この「考えることさえできない」さまは、英語には敬語が存在しないのと構造が似ているかもしれません。「敬語」を使うべきかという規範的な問題以前に、「敬語」というものが英語には構造的に存在しないのです。

これは「構造的な欠如」の類似であって、言語の構造と対人関係の構造に直接的なつながりがあるかどうは分かりません。少なくとも、「偉そうな態度」と「敬語」に直接的なつながりはないでしょう。「偉そうな態度」とは相手への「敬意」を欠いた態度ですが、「敬語」と「敬意」には本質的なつながりはありませんし(「慇懃無礼」というのもありますから)、「敬語」関係の「目上」は「目下」に対して「敬意」を持つべきでないということにはなりません。「敬語」は日本語の豊かさだと私は思います。どんな言語的要素でも、他言語にない要素は、その言語の豊かさではないでしょうか。

昔にくらべて、最近の日本の若い人たちが目上の人たちに向かって敬語を使わなくなっている傾向があるのは、一種の「アメリカ化」なのかもしれません。「戦後民主主義」の産物でしょうか。

しかし、それによって日本社会でも個人が自律し、人々が対等になったのでしょうか? そうではないような気がします。逆に、日本社会はかつてよりも均質化し、それぞれが社会にとって単独的な役割を持っているという意識を失い、単一的な価値基準のもとに他人と自分を序列的に差別化し、他者への敬意を失ってはいないでしょうか。それが、アメリカ人には見られず、一部の日本人たちに見られる「偉そうな態度」の意味なのではないでしょうか。そこにあるのは、かつて神道にあったような他者への畏怖ではなく、狭隘な差別意識や、単なる近親憎悪なのではないでしょうか。

かつて日本とアメリカは異質な社会システムを持っており、それぞれが単独的な自律性を持って機能していたのだろうと思います。だからこそ、明治の人たちは西洋人と対等に渡り合う視点を持ち得たのではないでしょうか。現代の日本文化が「アメリカ化」しているのは、日本人がアメリカ人のように自律したのではなく、かつて日本文化がアメリカ文化に対して持っていた自律性を失うと同時に、日本の人々も自律性を失ってしまったことを意味している部分がないでしょうか。

これは今度「自分勝手さに万歳三唱目は差し控え」について書くとき考えてみたいのですが、「偉そうな態度」が相手への敬意を欠いた態度であることは間違えありませんが、では「対等な態度」は相手に敬意を払った態度なのかと言うと、そうは言えないと思います。

相手へ敬意を払うとは、相手と対等になることではなく、やはり相手より自分を下げることではないかと思うからです。ただ、話者の対等性はアメリカ文化の基本だと思うのですが、ではアメリカ人は相手に敬意を払うことがないのかというと、そんなことはないと思います。「相手の言いたいことを、よく聴く」("good listener" である)というのは、アメリカ文化においても美徳です。

アメリカ的な話者の対等性というのは、個人の自律性という認識に起因していると思います。

アメリカは国家として1776年7月4日にイギリスから独立(independence=自立)し、主権(autonomy=自律)を獲得しました。

アメリカという国家は、言ってみれば当時のイギリス社会の権力構造のなかで抑圧されていた人たち(例えば、宗教的異端者や犯罪者)が「自分の生き方で生きる自由」を求めて「新大陸」に渡り、最終的にイギリスの支配から完全に独立した空間を作ったということです。

ですから、その建国以来アメリカの文化では、多様な生き方をしている個人の「自立」という考え方が、ヨーロッパ的な価値観に抗するアメリカ的な価値観として認識され、賞揚されてきました。「アメリカ的なるもの」の言説化に最も貢献した人物の一人である19世紀の思想家ラルフ・ワルド・エマーソンは、「古きヨーロッパ」に対する「若きアメリカ」(The Young America)を定義するなかで、「自立」(self-reliance)ということを同名の有名なエッセイのなかで説きました。

ここには、2つの概念があります。「自律」(autonomy)と「自立」(independence)という、日本語では同音異義語によって表される2つの概念です。

もともと「自律した個人」(the autonomous individual)という考え方は、市民革命につながってゆく近代ヨーロッパ的な考え方でしょう。エマーソンが説いたのは「自立」であったように、アメリカ的な「自律」というのは、おそらくヨーロッパのそれと違って、「自立」の発想に深く関わっているのではないでしょうか。「自律」というのは、個的な視点から「自らを律する」ということでしょう。それに対して「自立」というのは、「他人に頼らない」という考え方だと思います。「新大陸」に渡ったアメリカ人たちは、「自立しなければ、自律できない」と考えたのではないでしょうか。

私には、ここにアメリカ的な認識論、または「やり方」の危うさがあるような気がします。「自立」した個人は強いです。アメリカの銃規制反対派の「自分の身は、自分で守る」という発想にも、アメリカ的な「自立」の思想がよく表れているのではないでしょうか。しかし、「自立」する強さを持たない者にも、「自律」した視点というのはあるのではないでしょうか?

このアメリカ的な「強さ」の問題については、後でアメリカの問題点について書くときに、あらためて考えてみたいと思います。今回は、日本社会にもヨーロッパ社会にもないと思われる、アメリカ的な自律した個人の良いところにつて考えてみます。

このアメリカ的な自律した個人の良いところとは、まさにアメリカ的な「自立」の思想にある危うさへの自己批判によって見出されたものではないかという気がするのです。

ヨーロッパ的な「自律した個人」という考え方が、アメリカ社会の多文化的な文脈において「自立」の思想へと発展したとき、このアメリカ的な思想の危うさに歯止めを掛けたのは、まさにこのアメリカ的な思想自体が自己矛盾というかたちで内包していた視点だったのではないでしょうか。そういう意味で、そこに端を発するアメリカ的な自律した個人とは、アメリカ社会の独自性に関わっているのではないかと思います。

エマーソンは、たいへん「アメリカ的」な言葉をたくさん書き残しました。例えば、「大胆であれ、最初であれ、異質であれ」(Be Daring, Be First, Be Different)とか、「すべての人生は実験である。実験は多くすれば多いだけいい」(All life is an experiment. The more experiments you make the better)というようなフレーズに、彼の「アメリカ的な」ノリを垣間見ることができるでしょう。アメリカ的な自律した個人という考え方は、エマーソンの自立の思想によく表れていると同時に、彼のもう一つの中心的な考え方である「内なる神」にもよく表れています。例えば、エマーソンはこう書いています:

人食い人種たちの神は人食い人種となり、十字軍兵士たちの神は十字軍兵士となり、商人たちの神は商人となる。

The god of the cannibals will be a cannibal, of the crusaders a crusader, and of the merchants a merchant.

まるで現代アメリカの多文化主義を預言しているようなこの言葉は、同時に、アメリカ的な自律した個人という考え方の危うさも表しているような気がします。なぜなら、「人食い人種に食われる人」はどうなるのでしょう?「十字軍兵士に殺される異教徒」はどうなるのでしょう? ここには、弱肉強食的な自由競争という発想に通じてゆくものがあるような感じがします。最後が、おそらく当時のアメリカ人を念頭においている、「商人たち」になっているのも示唆的です。

アメリカ的な自律した個人とは、アメリカ社会に独自の多文化性という文脈において、ヨーロッパ的な「自律した個人」という考え方を「誤読」したものだったのではないでしょうか。または、ヨーロッパ社会では前景化することのなかった「自律した個人」という考え方にある矛盾が、アメリカ社会に独自の文脈で前景化され、そのなかで生まれたのがアメリカ的な自律した個人だったのではないでしょうか。すなわち、「アメリカ的な問題」とは、「人食い人種と十字軍兵士と商人が、それぞれの自律性を維持したま、一つの社会に共生するにはどうしたらいいか?」ということだったのではないでしょうか。

この「アメリカ的な問題」にアメリカ社会が出した答えは、個人という一つの存在に、「徹底的に単独なレベル」と「徹底的に対等なレベル」という、2つの次元の異なるレベルを見出すということだったのではないかと思います。

個人の単独性とは、計量不可能なものです。平面的な基準によって計量不可能であるというのが、まさに単独性の定義だと思います。この平面的な基準によって比較できないものの自律性を社会が保証するにはどうしたらいいか? と考えたとき、「単独なレベル」とは別の次元に「対等なレベル」が見出されたのではないでしょうか。アメリカの人権運動や司法判断で長らく言われてきた「異なるが、対等である」(different but equal)という言葉が意味しているのは、そういうことではないでしょうか。

人権というのは、平面的に計量可能であることが前提にされているのだと思います。だから裁判所は、その均衡点を見つけて判決を下すことができるのでしょう。この平面的に計量可能なものの設定とは、認識の枠組みの同一化、すなわち「均質化」を意味しています。しかし、そもそも「対等なレベル」で比較計量される人権とは、「均質化」のためではなく、個人の自律した単独性を保証するという「多様化」のために設定されたのではなかったでしょうか?

ここには矛盾があると思います。「単独なレベル」と「対等なレベル」というのは、同一平面上には存在できないはずです。

人権とは、社会的なリソースを奪い合う自由競争をフェアに行うための単一的なルールのことなのでしょうか? そうではなかったはずです。それでは「アメリカ的な問題」の回答にはなっていないと私には思われます。そんな弱肉強食的な世界で、私たちはそれぞれの自律した単独性を他者に認めてもらうこはできないはずです。

人権というプラグマティックなシステムが上手く機能するためには、そこにはつねに同時に、そもそもそれを要請したはずの自律した単独性というメタな視点がなければならないのではないでしょうか。 アメリカ社会の「モザイク」や、そこで彼らが他者と接している姿、どんな相手に対しも「偉そうな態度」を取らず、美徳としてフレンドリーに言葉を交わし、さらに積極的に助け合っている姿を見ていて感じるのは、この2つの次元の異なったレベルの共存です。

アメリカ社会が規定する人権とは、多様な価値観を持った個人(「人食い人種」や「十字軍兵士」や「商人」)を、単一的な価値観のもとで戦わせるための「駒」として規格化するためにあるのではないと思います。そうではなくて、そうした均質的な暴力に抗して個人が単独性を開示し、おのれの仕方で「神」との出会いを果たすスペースを他者から認められるために、人権はプラグマティックに設定された制度なのではないでしょうか。

エマーソンの唱えた「自立」や「内なる神」や「実験」や「外部に向かって腕を伸ばすこと」というのは、このアメリカ的な「ゆとり」を表しているのだと私は思います。

自律した個人という考え方が、ヨーロッパ社会の同一的な文化から、アメリカ社会の多文化的な文脈に移植されたとき、そこに前景化した「アメリカ的な問題」に対してアメリカ社会が出した答えとは、まず多様な個人のなかに、ほとんど究極的に有徴性を削ぎ落とされたような「対等なレベル」を見出すことだったのではないでしょうか。

「アメリカ人」とは、何なのでしょう。

日本の法律では、親が日本国籍を持っている者が日本人となります。アメリカは日本と違い「出生地主義」を取っており、アメリカの地で誕生した者は、だれでもアメリカ人になります。これは親がアメリカへの違法侵入者であろうと、だれであろうと、アメリカの地で誕生した者は例外なくアメリカ国籍を取得するということです。「親の問題を子に押しつけない」のです。ですから、日本人旅行者がアメリカで出産すると、その子は成年してから本人の意思でどちらか一方の国籍を選ぶまで、二重国籍を持つことになります。

こうした発想の違いは、日本の「戸籍」制度にもよく表れています。「戸」=「家」を単位にした身分登録制度を持っているのは、世界中に日本と、かつて日本の植民地時代にその制度が導入された韓国と台湾しかありません。戸籍制度とういうのは、非嫡出子差別・夫婦同姓(戸籍筆頭者=家長)・兄弟姉妹の序列・離婚歴その他の情報の記録など、アメリカ的な人権の観点からするといろいろ問題が多いのです。だから戸籍制度は悪いということではなく、日本社会に固有の文脈では上手く機能しているのでしょう。ちなみに中国では「戸口」という制度が運用されており、「農村人口」が「都市人口」に流入して人口分布のアンバランスが起こるのを妨げるために、国民の移動の自由を制限しています。

アメリカでは、その人権擁護の観点から、個人を不必要に差別化するのに使える情報のカタログ化が徹底的に禁止されています。アメリカには住民登録というのもありません。(居住地を証明する必要があるときには、光熱費の請求書を持参します。)出生・結婚・死亡の届け出はしますが、それぞれが独立して行われ、これらの登録の間では連絡がなされず、個人の身分変動を一覧できないようになっています。出生届けには、子どもの性別も、親の氏名も記述されません。この地で生を受けた者は、親が誰であろうとも、ただ「アメリカ人」というアイデンティティのみを与えられます。

こうしてアメリカ的な人権は、個人という存在のなかにほとんど究極的に「対等なレベル」を見出します。

しかし、それと同時に、アメリカ的な多文化主義やアイデンティティ・ポリティクスは、個人という存在のなかにほとんど究極的に「単独なレベル」を見出します。

個人の対等な人権を徹底的に擁護するアメリカの社会制度というのは、同時に多文化主義というメタな視点を持っているからこそ、うまく機能するのではないでしょうか。また、多文化主義という価値の相対主義が暴走するのに歯止めを掛けるのが、人権という別なレベルなのではないでしょうか。

「個人は単独性において対等である」という言葉を口にするは簡単です。しかし、実際にアメリカで生活すると、この言葉にある矛盾を感じることになります。

アメリカでは、就職希望先に提出する履歴書に年齢や性別といった情報を書いてはいけないことになっています(もちろん人種も)。これは、個人の「対等なレベル」を明示し、さらに「偏見による人種差別をしません」という「カラー・ブラインド」的な価値観を形式的に表しています。

しかし、私たちは仕事場でまったく社員たちの年齢や性別や人種の話をしないわけではありません。逆に、しょっちゅうしています。例えば、私の派遣先の一般社員には黒人女性が数人いるのに、黒人男性はメール・ルームでしか働いていません。(もう会社辞めましたけど。)そこで私たちはそうした事実に